お昼時───今日も今日とて腹を空かせたクソガキ共が、食堂購買を埋め尽くす。
「おーい、後がつかえてんだから早よどいてくれよー!」
「押すんじゃねーよ! つぶれてアンコが出ちまう」
「アンタこそ割り込まないでよ!」
「ねえおばちゃーん、もっと盛り多くしてくれよー!」
「あ、ズルいぞ! こっちは倍盛りして!」
「うっさいんだよクソガキ共! ちったあ黙って待てないのかい!!」
「わぁ、おばちゃんが怒ったぞ!」
「早く謝れ!」 「俺は悪くねえ!」 「世界の終わりだ!」 「地震だ!」 「雷だ!!」 「火事だ!!!」 「オヤジだ!!!!」 「サメだ!」 「逃げろ!」 「助けて!」
生きる糧を求めるためになりふり構わずわきまえず、群がる者ども押しのけてときに罵声・肘鉄・剣撃・魔法・ブレス・おばちゃんのげんこつも飛び交うその光景は、冒険者の卵というよりお釈迦様より垂らされた
そんな切羽詰まった青春模様が織りなす
「ご飯がマズくなるから他所でやれってんだよ、スカタン」
フェアリーくんの珠玉を転がす美声による容赦ない罵倒が浴びせられた。
◇
どこでもいいからパーティに加入しろとの
受け入れ先を探すのに並行し、口と性格の終わってるフェアリーくんを相方にした地下道探索も続けられ、その甲斐もあって相棒はレベルを4つも上げた。この時期における、しかも上級学科としては驚くべき成果である。近場の探索で得られる経験値では今さらまかなえない程度に育ちきってるオーリには何の変化もなかった。
その一方、パーティ探しはまったくはかどらなかった。めぼしいパーティはどこも定員いっぱいで、今さらオーリを受け入れる余地は無かったのだ。
ならいっそ自前でパーティを立ち上げるか? ───などと浅はかに考えたのも一瞬のこと、すぐに却下した。
よく考えなくてもこの時期までパーティに誘われもしない、自分で売り込みもしないで宙ぶらりんこいてるようなのは能力か性格のどちらか、下手すりゃ両方に問題を抱えたミソッカスだ(オーリが言えた義理でもないけれど)。こと人材や人間関係において余り物にゃ福なんて無いもんだ。
低血圧のゾンビめいた動きで体を起こしたオーリは、テーブルに置かれた水差しからコップに水を注いで呷った。
「うーん、助っ人としてなら需要はあるんだけどなあ……」
「そこそこ長く付き合ってきたメンツと交代ってほどにゃならねーか」
「んだね、こればっかりはしゃーない。マスターレベル言うても所詮は基礎学科だもん、時間と経験を積めば俺より優秀な連中なんて売るほど出てくるだろうし」
少年のぼやきが食堂に満ちる、喧騒雑音怒声悲鳴剣戟呪文爆音説教に飲み込まれ消えていった。
ややあってオーリは“はた”と気づいたようにフェアリーくんへ言った。
「あ、そうだ。よければきみンとこのパーティ紹介してくれない? 補欠や二軍扱いでもいいからさ。俺としても顔見知りと一緒なら心強いし」
「どうしてもってんなら構わんけどさ、おまえの考えてる通りにゃならんと思うぜ。そしたら代わりに、ぼくがパーティから追ん出されちまうだろうから」
「……なんでえ?」
「なんでもなにも、ぼくってこんな性格じゃん。今でさえパーティのメンツからすげー嫌われてっから、代わりが来たら『ハイ、さよなら』になってもおかしくねーよ」
それでなくともいずれ追い出されるの確実かな。もはや既定のことと考えてるのだろう、フェアリーくんは思い入れもなさそうな風情でお魚のフライをかじった。
これはまあしゃあない、能力さえありゃなんとでもなるってのは都合の良すぎる幻想なのだ。多少は仕事ができようと、面倒なやつ摩擦を生むやつはとっととクビを挿げ替えちまうのが円滑な職場運営のコツ。替えが効くならなおさらね。
それとしつこいようだが冒険者のお仕事は命がけ。信用も信頼もできなきゃ場の空気までギスらせるやつに背中を預けたがるアホはいない。
「それでなくとも、おまえがよくお世話になってる錬金パイセンと違って、ぼくにゃ我慢をしてまで居座らせる価値なんざ無ぇからな。カリキュラムも後期になりゃ上級の学科に鞍替えするやつらも増えるだろうし、いずれお払い箱さ」
「自分で判ってるならなんとかすりゃいんじゃないかなあ……」
「それが出来りゃあとっくにやってるっつーの。ついでに今さら遅せえっつーの」
フェアリーくんはふてくされてそっぽを向いた。そんな態度をとってなお心を奪わずにいられぬ美しさよ。うっかり直視しちまった周囲の連中が魂を抜かれた彫像と化した。
ついでに歩きながら見惚れたバカタレの何匹かが正面衝突して「このやろー、どこ見てやがんだ!」と喧嘩がおっ始まった。西新宿のせんべい屋か区役所跡地の病院長みたいなやつである。
周りの騒動はさておき、そうなると彼の
「なんだおめえ、まさかぼくに気を遣ってんのか。田舎モンは大きなお世話って言葉も知らねーらしいな」
「知ってる。でも、これからも付き合いが続く相手に後ろめたい気分を抱えるより三方よしを選びたいんだよね」
「あっそ、なら好きにすりゃいいさ。でもおまえの課題はどーすんだよ、期限までもう半分切ってんだろ」
それよなあ。オーリは渋い顔で、石のようにずっしりと重くて固いパンを千切って豆スープで満たされた皿に突っ込んだ。栄養価のみを重視した結果、味やら食感やらは二の次どころかドブにでも叩き捨てたようなこのパンはこうでもしないと喉を通るようなものではない。
即席のパンスープを先の割れたスプーンでかき混ぜながら色々と考えを巡らせてみるが、良い打開策は浮かびそうもなかった。
───あちらを立てればこちらが立たず、しかしこのままでは三方もろとも枕並べて共倒れときた。さて、どーすっかなあ……
◇
アホが頭ひねってどれだけ考えようが所詮は休むに似たようなもので、大したアイデアも浮かばぬままオーリ達は食堂を後にした。
中庭あたりで昼寝するにも図書室で本を読むにも微妙な時間ということで、午後の授業が始まるまで教室で駄弁って時間を潰すことにする。
昼食後に特有の倦怠感をまとう空気のせいでこぼれたあくびを噛みつぶしつつ、教室の扉をくぐった二人をクラスメイトの声が出迎えた。
「オーリよう、お前に客が来てんぜー」
「お客とな。誰よ」
「さあね、行きゃわかるよ……ったく、何があったかしらんけどうらやましいこった」
「あーん?」
いぶかしげに眉を寄せるオーリに構うことなく、クラスメイトの少年が首をしゃくった先には見知らぬ女の子がいた。
よく見ないでも判る可愛い女の子だった。
こざっぱりとしたボブカットの
フェルパーの女の子はこちらを“ちら”と見て固まった。横っちょのフェアリーくんが目に入ったのだ。先の食堂のときと同じく不用意に彼の美貌を目の当たりにした定番の反応だが、そういうのには慣れっこのフェアリーくんはつまらなそうに「ちょっと席外してんぜ」と耳打ちして教室から出ていった。気を利かせたとかではなく、面倒くさい話になりそうだからオーリに放り投げたというだけのことである。
取り残されたオーリは哀れなる即席夢遊病者へ近寄り、気付けにその肩を軽く叩いてやり───内心で首をひねった。
冒険者としてはえらく薄くて頼りない感触だが、魔法系学科の子なのだろうか? 生来の敏捷性を活かしたゴリゴリの前衛職適性持ちが多いフェルパーにしては珍しいもんだ。
少女はしばしの間、夢見心地のようにうすぼんやりした面持ちでいたが、
「おーい、気を確かにもってくれえ。こちとらの声は聞こえとるかよお」
というオーリの呼びかけでようやく我に返り、まだ頭の中にこびりつくモヤを振り払うかのように頭を“ぷるぷる”と振った。そうしてるとますます猫っぽい。
さらに2、3回ほどの瞬きの後、ようやっと正気を取り戻した彼女はバツが悪そうな顔で口を開いた。
「あはは、みっともないとこ見せちゃったね……えーっと、はじめまして。あのさ、きみ少し前に地下道探索で〈灰〉になっちゃったパーティを拾った子で……いいんだよね?」
「───え? ああ、うん」
思いもよらぬ話題に不意をつかれたオーリは、ややどもりながら頷いた。その話を知っているということは……。
「そういうこと。恥ずかしい話なんだけどアレ……わたしと、わたしの所属してるパーティ。きみのことは〈蘇生〉してくれた保健委員さんに聞いたの」
照れくさそうに目を逸らし少女は顔を赤らめた。
事情さえ知らなきゃ、つられて頬を染めてしまいそうなほど可愛らしい仕草も根こそぎ台無しな話だった。お陰で大分、こちらの脳天もヒエッヒエだ。
「そうなんだ……。あーっと、身体は大丈夫? どこか調子が悪くなってたりはしない?」
「うん? それなら心配しないでいーよ。ここの保健委員さん達に太鼓判を押してもらってるから」
そりゃあよかった。オーリはいまいち心のこもらない相槌を打った。
「ちょっと前置き長くなっちゃったね。ここから本題なんだけど……きみ、今日の放課後は空いてるかな? ウチのパーティの子も君にお礼が言いたいとかでさ、ちょっと足を運んでもらいたいんだよね」
「ん……まあ、構わないよ。どこに行けばいいの」
「わたしンとこの教室。えっと、ここを出て右に3つとなりね」
「あいよ、ひょっとしたら“こっち”の用事のせいで遅れるかもだけどそこはご勘弁ね」
「わかった、他の子にもそう伝えとく」
フェルパーの少女は“こくり”と、かすかに頷いて身を翻した。
「時間取らせてゴメンね。じゃあ、また───放課後にね」
少女が足早に去るのと入れ替わりに、白けた顔で宙に浮かぶフェアリーくんがすぐ隣に“ふよふよ”と流れてきた。
「良かったじゃん、可愛い子と知り合えて。ゲロ吐きながら助けた甲斐もあろうてなもんだ」
「いや、別に出会い目的とかいうわけじゃないからさ……」
「冗談だよ」
笑えねーよ。オーリが偏頭痛でもこじらせたように顔をしかめていると、教室のそこかしこで話を盗み聞きしていたらしい男子連中が目の色を変えた。
「……ちゅうことは、俺も死んじゃってるやつ助けたらワンチャンいけんの?」
「マジすか!? おれ親切だから下心とか関係なく地下道行ってくるわ!!」
「おい待てよ、俺も行く!」
「俺も!」 「俺も」 「ワイも」 「あっしも」 「わちきも」 「拙者も」 「麿も」 「我も」 「余も」 「みどもも」 「おいどんも」 「ミーも」
「おい、抜け駆けすんなよ俺たち友達だろ!」
「しるか、お前は遅れてこい! むしろ来んな!!」
「おいこらてめえ待てこらてめえ、さては一人だけ幸せになるつもりだな!」
「るせー! むさくるしい友達が100人いるより可愛い彼女一人のが万倍もいいに決まっとろーが!」
取らぬ狸の皮算用とはこのことか。
「でもいいんかよ、のこのこ付いて行っても? この手の話はトラブルになりがちって聞くんだが」
「そうだね、よく知らないヒトの事を疑うのも悪いけど用心しておくにしくはなし───てなわけで、そこも含めてちょいと頼みがあるんだ」
「おまえがそんなん言うのも珍しいね。なーに、用心棒としてついて来てほしいの?」
「そっちもあるにはあるんだけど……」
もったいぶるように言葉を切ったオーリは“ちょい”と身を寄せてフェアリーくんの目を見据えた。イタズラを持ちかける悪ガキみてぇなツラしてやがんなとフェアリーくんは思った。
「ねえ、俺とコンビ組もうよ」