男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第70層 迷宮の底へと

 フェルパーの少女を伴い〈ホルデア登山道〉に赴いたオーリは、道具袋の中からいくつかの装備を取り出して、仮りそめのパートナーへと差し出した。

 

「ほい、これを貸してあげる。ちゃっちゃと身に付けな」

 

 普段のオーリが使っている鎖帷子、草摺(くさずり)、皮小手のセット。どれも限界近くまで強化済みなので学園近隣の地下道をうろつくモンスターでは全力でぶっ叩いてもかすり傷を負わせるのがやっとだろう。

 

 抜けきらぬままの疲労のせいもあってか、本来のパーティ連中の倍ほども時間をかけてどうにか装備を済ませた少女に、オーリは言い聞かせるように語っていく。

 

「無理に戦う必要はないよ。でもとにかく死ぬな、怪我すんな。冒険者は死ななきゃ安いが合言葉、死んじまったら貰えるもの(経験値)も貰えやせん。なるたけ打ち洩らさないようにするが、それでも抜けていく奴らが出たら俺のカバーが入るまでひたすら逃げるか、ダメなら守りを固めて亀になるんだ」

 

 少女は真っ青を通り越し、紙のような色となった顔で震えながら頷いた。

 

「よっしゃ、それじゃあ───行こう」

 

   ◇

 

 先にも何度か述べたが、ホルデア登山道の攻略難度はは技能実習用に利用されるトレーン地下道に毛が生えた程度であり、しっかりと学業に励み経験とレベルを積んだ者にとってはちょいとしたお散歩か部活のランニングコースの延長線上くらいなもんである。

 

 しかし今の今までろくな探索もせぬままでいた者には辛い道行きには違いない。

 例えば、今回の同行者であるフェルパーの少女のようなやつだ。

 

 オーリの予想した通り少女の道行きは不様なものだった。

 

 経験値とレベルによる底上げが出来ていない体には頼りの防具もただの重しに成り下がり、何度も何度もこけつまろびつ地べたに突っ伏し、顔をぐちゃぐちゃにしてあちこちはすり傷だらけ。

 モンスターと接敵なんてしたら逃げることも出来ずに縮こまり、恐怖に歯を打ち鳴らしてひたすら耐えるばかり。

 戦いが終われば炎天下の犬ころのように息を荒げ、足を引きずり這々の体でオーリの後を追う姿はみじめこの上ない。

 

 その有り様を人が見たら笑うか呆れるかのどちらかだろうし、それも仕方のないことだ。学徒でありながら学業から逃げ続けたツケの支払いとはそういうことだ。

 

 

 

 

 

 …………。

 

 ただ、それでも彼女は最後までやり遂げはしたのだ。

 最後まで、自分の足で立っていた。

 

 

「……俺にはできなかったことだ」

 

 

 少女の醜態を最後まで見届けたオーリは、どこかうらやむようにつぶやいた。

 

   ◇

 

 最終地点であるL1スレッドのターミナルを使い、2人は学園へと帰還した。

 

 ポータルから出ると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。

 探索を開始してからおよそ3時間くらい経ったのだろうか。

 できるだけ多くの接敵をこなすために遠回りのコースを選んだとは云え、いつメンならほんの20分もあれば済むのだ。

 

 初めて探索をやり遂げたのと緊張の糸が切れたのとで尻餅をつく少女を見下ろしオーリは言う。

 

「あんたよくやったよ。あんたのみっともない姿を他の連中は笑うだろうけどな。でも俺は笑わない。本当に、よくやったよ」

 

 まさかこいつからお褒めの言葉をもらえるとは思ってもみなかったのだろう。喜んでいいのかもわからぬ様子の複雑な顔でこちらを見上げるフェルパーの少女から、オーリは素っ気なく顔をそらす。

 

 この子の目をまともに受け止める自信がなかった。

 

   ◇

 

 その後、貸与した装備品を回収して道具袋に仕舞ったオーリは、これからについて少女へいくらかの忠告をしておくことにした。

 正味そこまでしてやる必要も義理もないのだが、これも乗りかかった船というやつなのだろう。

 

「……さて、あとは寮に戻って一眠りしちまえばレベルアップはできるだろうが、まだ終わりじゃあない。今度は“これ”をあんた一人でやらにゃならない」

 

 常になく真剣な物言いに、少女は疲労で朦朧(もうろう)となる頭に鞭をくれて聞き入った。

 

「前準備として今回の稼ぎを使って手持ちの装備を強化だな。学食の脇っちょにディアボロスの先輩がいんだろ、あの人が合成屋やってるから声かけてな、資金の許す範囲で制服を強化してもらうといい。俺の名前を出せば少しは安くしてくれるかもしれんけど、まあ期待はしないことだ」

 

「そしたら毎日、少しずつ学食の無料パンをくすねろ。外じゃマズいだけのパンだけど、地下道なら回復薬の代わりになる。1日に2、3個としても1週間あれば結構な数が溜まるはずさ」

 

 かつて群れからあぶれて迷った馬鹿が、無い知恵絞ってひねくり出した工夫の焼き直し。

 この少女にもまんま適用できるかはわからないが指針くらいにはなるだろう。

 

「で、先の準備と並行して教科書の熟読と、さっきも言った通り先生に授業の受け直しと進路についての相談をしてきな。今までサボったツケを支払うからには、相応の目に遭うのは避けられないだろうけど、それでもここで踏ん張れるかがあんたの分水嶺(ぶんすいれい)。腹を括っておくこった」

 

 最後に、オーリは余計なことかなと思いながらも付け加える。

 

「今日のことを忘れるなよ。あんたは間違いなく地下道をひとつ踏破してのけた。俺の助けはあったかもだが最後まで走り抜けたのは他でもない、あんたが自身の力だけでやり抜いたんだ。……こいつは先生からの受け売りだが、冒険者やるからにはアホほど辛いことがあるだろう。それでも諦めず前を向き続けるなら、迷宮は必ずあんたに報いてくれる」

 

 ───どんな形になるかまではわからんけどな

 

 少女は地下道に潜る前と比べて、こころなしか引き締まった顔つきで頷いた。

 まだ不安を残してこそいるが、それでもこちらをしっかりと見返す瞳には少し前とは違うものがあるのだと思いたいものだ。

 

   ◇

 

 餞別代わりのLv7快癒(マディリタ)で少女の体を完全回復してやってから2人は解散した。

 

 別れしな、少女は小さく礼をしてから自分の言葉を噛み締めるように言った。

 

「あのさ……私、もう少しだけ頑張ってみるよ。その……今までだって何度、同じようなこと言ったかもわかんないけど……でも、今度こそ、本気で」

「そうかい。まあ、気を付けてな」

 

 たとえ気休めであっても「頑張れ」とは言えなかった。

 

 彼女の言葉を疑うわけでは無い。ただそれは時に手ひどい呪いの言葉になっちまう。

 やれるだけのことをやり尽くして、それでも前のめりにブッ倒れるしかないやつだっている。目の前の少女がこの先どう転ぶかはわからんが、余計な重荷になりそうならたとえ言葉ひとつ分でも軽くはしてやりたい。

 

 お互いにそれ以上は何も言わず、かすかに頭を下げて少女は学生寮のある方へと向かった。

 

 その背中が小さくなり夜闇に紛れたところで、

 

 

「一日一善、いいことはするもんだね」

 

 

 聞き慣れた声が背中から浴びせかけられた。

 

 振り返ると、すぐ後ろにいやみったらしいツラしたエルフちゃんがいた。オーリは驚いた風もなく肩をすくめた。

 フェルパーの少女は気が付いていなかったのだが(顔見知りってわけでもないから仕方がない)どうやら出待ちをしていたらしく、ポータルから少し離れたとこでネイルの手入れをしていたのが目に入っていたのだ。

 

「あーんなどーしようもない子にまでお節介を焼くだなんて、きみは親切なやつだなあ」

「なんだ知らなかったのか。こう見えて三国一の親切モンさ」

「そうかよ。可愛い女の子だったから、いいとこ見せたかった?」

「別にそういうわけでは」

「隠さなくてもいいんだぜ。きみだって男の子だもんなあ」

 

 エルフちゃんはわざとらしく笑ってみせた。

 

 怖ぇーよ。オーリは泣きそうな気分になった。なにせ目がこれっぽっちも笑っていない。元がとびきりの美少女なだけに、口元だけをひん曲げた笑みはITかテリファーの殺人ピエロじみたおっかなさすら感じさせたという。

 

 そんなオーリの有り様に少しは気を良くしたのか、彼女は表情を緩め、

 

「ちなみに他の皆にもバレてっから。ま、こっちにまで足を運ぶような酔狂モンはわたし達くらいだったけど」

 

 “達”とな。他に誰がいるのかとオーリが首を巡らしていると、エルフちゃんが右斜め上を指さした。

 彼女が示した方を辿れば、数十mばかし離れた上空に浮かぶフェアリーくんの姿が見えた。常から冬の天使を思わせるその美貌は、今や氷河から削り出した彫像のごとく冷え込んでいる。

 

 オーリと目が合うや、フェアリーくんは薄紅をひいたような唇を“ぱくぱく”と動かした。

 いくら視聴覚にも強化が入る高レベル者といえどこの距離では声なんか聞こえるものではないが、口の動きで何を言ってるのかだけは解る。

 

 曰く、

 

 

   『くそばか』

 

 

 まったくもって、おっしゃるとおり。

 他に言いたいことも無かったからなのか、それきり興味をなくしたようにフェアリーくんは背を向けて校舎の方に飛んでいってしまった。

 

 こりゃあしばらくご機嫌斜めは免れまい。オーリは渋い顔をした。

 

「明日にでもお弁当作ってご機嫌伺いでもするか、さもなきゃ休みの日に遊び誘うかせにゃなあ」

「いいなー、それ。わたしにもおべんと作ってくれよー、遊びに連れてけよー」

「気が向いたらな」

「んだよー、ちゃんと約束しろよー。さもなきゃ無理やり付いて行ってやるからなぁー」

「どんな脅迫だよ、そりゃあ」

 

   ◇

 

 なんやかやの押し問答の末、明日からしばらくの間、好きなおかずを作ってくるのを条件にエルフちゃんは矛を収めた。

 

「───で、きみはなんだってあの子を手伝ってあげたの? しかもタダで」

 

 やっぱしそこは見逃しちゃくれねえんだな。少しだけためらいはしたものの、観念したオーリは慎重に言葉を選び口を開いた。

 

「ちょいと確かめたいことがあったんだ」

「なにを」

「少し前の話なんだけどさ、考えなしにこの学校にやってきて冒険者の現実にボコられて、にっちもさっちもいかなくなってた馬鹿がいたんだよね。───ちょうどあの子みたいに」

「珍しくもない話だね」

 

 斬り捨てるような素っ気なさにオーリの口元が緩んだ。

 そう、自分らが知らないだけでアホほど転がってるんだろうよ。わざわざ見つけたくもないけど。

 

「それは置いとくにしても、なんだかんだあってその馬鹿はある日ツキに恵まれてさ、ギリギリのとこで学園生活を建て直すことができたんだよ」

「めでたしめでたし。それでそのボンクラくんは今どこで何してんのさ」

「そこそこ上手くやってるみたい。前と違って仲間とか色々な人にも縁ができてさ、目が回るくらい忙しいけど、その代わりに色々と迷いながらだけど将来や進路とかを真剣に考えるようにもなって。───思うに寝食忘れて物事に打ち込めるのは、今が充実してる証じゃないかって」

「ふーん」

 

 自慢の髪に細い指を絡ませ、エルフちゃんは気のない風で相槌を打つ。

 

「で、彼女になんでここまでしたのかって話に戻るんだけど……あのとき、崖っぷちで人生変えることができた馬鹿は、ただツキを恵んでもらっただけなのか。あるいは誰もが一度はありつける機会ってやつを正しくモノにできたのか。あの子がこれから先どうなるかは知らないけど、今日という日に起こったことを活かせるかどうかで、そのどちらかの証明になるんじゃないかと思ってさ……」

 

 もっとも、オーリとしてはそれを見届けるどころかあのお嬢さんに関わる気さえないので、結果が藪の中で終わろうと構わないのだ。

 時間を置き、何かの拍子にかち合うことがあるならその一端は知れるかもだが、このままツラも見せぬまま忘れちまった方がお互いのためとも思えた。

 

 しかしそれに関してエルフちゃんは納得できないようで、

 

「わっかんねーな。それがどーしたっての、それやって何の足しになるっていうの」

「何もありゃせんて。意味もなけりゃ得にもならない。……強いて言うなら、自分の中でもやついてたことが一区切りするくらいかな」

 

 エルフちゃんは今度こそ馬鹿を見るような目をした。

 

「手間暇かけて得られるのが今さらどうにもならない話かよ。とんだ骨折り損じゃん」

「そうだね、きみが正しいよ。こんなもんを気にかけるのも囚われるのも、まだまだ俺が弱いから。───シンプルな生き方できるのは強い子の特権だな」

「もしかしてバカにしてる?」

「そうではなくて」

 

 ここだけはしっかり言い切り、オーリは首を横に振ってからこちらを値踏みするように伺う翠玉の瞳をしっかりと見据えた。

 

「逆だよ。俺はきみのそういうとこ羨ましいと思ってるし……尊敬もしてる。おい、茶化したりすんなよ、本当だぜ。弱い馬鹿ほど小知恵働かせて小賢しく考えてはマヌケを晒すのさ」

 

 考えることは悪いことではない。だが弱さと馬鹿に自覚あるなら、まずやるべきは休むにも似たようなそれをひとまず置いて、筋トレして教科書とにらめっこだろう。寄り道してる暇なぞあるものか。

 でなけりゃ相応に痛い目に遭って体に言い聞かせる羽目になる。

 

 完全には納得していない風のエルフちゃんだったが、それでも目を逸らして自慢の髪をもてあそぶその姿からは不快に属するものは見えなかった。

 オーリとしても自分のヘタな説明やら説得やらで彼女を納得させられるとも思っちゃいなかったので、今はとりあえず気分さえ害さなけりゃそれでいいだろうということにする。

 

「まあいいや。どうせこれ以上はもう、あの子に関わることはないんだからな。そんなことよりご飯だね」

 

 今の時間では学食や購買部の混雑は目に見えてるから、学食大路にでも繰り出すことにしよう。エルフちゃんと約束したお弁当の材料を買い出さにゃならんし、それでなくとも今日だけはさすがに、フェアリーくんをはじめとしたパーティの面々とは顔を合わせにくい。

 

 これからについて決めたオーリが校門に向かおうとしたところで、その腕をエルフちゃんが絡め取った。

 

「そうだね、オーリくんが奢ってくれる約束だったね。ごっつぁんです」

「ンな約束したっけなあ」

「したよ。してなくてもしたんだよ。美少女と一緒にご飯食べられる喜びを噛みしめな」

「なぁーんか納得いかねぇー」

 

 釣り銭を誤魔化された夜鳴きそば屋の気分で、オーリはエルフちゃんと並んで歩き出した。

 




久しぶりにAvalonとやる夫の狂王の試練場を読み直してきたらそのまま徹夜してたよ
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