大陸西方のアホの吹き溜まり、パルタクス学園といえど教育機関の端くれであるからにはカリキュラムの合間に行われるイベント自体は一般の学校のそれと変わらない。
例えば年度の頭は入学式、暑さ寒さが厳しくなる時期なら長期のお休み、学期の末頃にゃ試験が待ち受け、成績いかんによっては先生のお小言に親御さんからの大目玉といった具合だ。
とはいえ、そこは常識を地下道のどこかにでも置き忘れたようなパルタクスの学徒たち。
イベントのガワはともかく、内容に関しては概ね他所の学校のそれとは一線も二線も画す程度には素っ頓狂なものとなるのは避けられないわけである。
◇
二学期も中盤を越し、学徒達がそろそろ次の長期休暇と年の代わりを意識しはじめたある日、朝イチの
「〈学園祭〉の準備、ですか」
担任のユーノ先生から告げられた内容を反芻したオーリ達、クラスの一同は首をひねった。
「そう。今日はクラスごとにやる出し物や催し物をあんたらに決めてもらうからね」
学園祭。ところによっては文化祭などとも呼ばれる、日頃の学習や活動の成果を発表する学校行事のことであるが───
「冒険者学校の学園祭なんて何すりゃいいんです。お客を地下道に呼び込んで、俺らが適度に痛めつけて弱らせたモンスターのボコ殴り体験会とか?」
別に悪気あっての質問ではないのだが、それでもユーノ先生は露骨にイヤな顔をした。
「あんたねえ……大昔の残酷処刑や男塾の名物じゃないのよ。どこの世界にンな、文化とも祭りとも縁遠い学園祭があんだよ」
「やるかやらないかで言うなら、この学園のアホどもはやるのとちゃいますか」
「否定しきれないのがつらいわ。でも、ひねくれて考えたり奇をてらう必要もないよ。要は他所でやってることを場所変えてやるだけってことなんだから」
今日のHRはその出し物と、各種の準備や担当者を決めること。そう言って先生は窓際に移動し、予備の椅子にどっかと腰を下ろした。
教師は口を出さず監督に回り、おおまかな方針やまとめ方は学徒に一任する。つまりグループディスカッションから始まる各種やり取り、計画の立案、実行にいたるまでの経験を積ませる一貫というわけだ。
学園生活とか指導要領というのはなかなかどうして、合理的に組まれてるもんだと感心するオーリにクラスの男子が声をかけた。
「オーリよぉ、なんかいいアイデアねーのか」
「なんで俺に投げてくるんだ」
「だってお前ってば暇さえあれば自前の屋台出してるじゃん。最近は弁当も売ってるし、その伝手やらノウハウでどーにかならねえ?」
「きがるにいってくれるなあ」
同居人の無茶振りに辟易するドラちゃんみたいな顔するオーリだったが、学友と称するバカタレ共はお構い無しに次から次へと自分の都合を押し付けてくる。
「そうだそうだ、お前がなんとかしろよ」
「お前と違って俺達は探索とかスキルの取得で忙しいからな、余計なことに精を出してる場合じゃねえんだ」
「こーゆーときこそ経験者が率先して力になるべきだぞ」
「やっぱ持つべきものは頼りになるクラスメイトだわ」
「オーリくん素敵!」
「そこのお嬢さん、セブンハンド・ブッダのヒヅメ買わない?」
「つーわけで後は全部任せたからな。精々、このクラスと俺たちの名を汚さないように頑張ってくれよ」
まったく、人の都合など知ったことではなく譲歩する気がないなら無理くりに譲らせ、こちらが一歩を譲れば三歩は踏み込んでくる奴らである。
めいめい勝手なことを言い出すバカタレ共をオーリは半眼で睨みつけた。
「おっけー、お前らがそう言うなら任されてやるよ。───ただし模擬店とかを出す場合は“あがり”の半分、いや8割は俺がもらってくから後でつべこべ言うんじゃねえぞ」
冷え冷えとした声が耳に届くやクラスのアホ連中の顔色が変わった。
「おい、なんだそれ。暴利にもほどがあるぞ!」
「人の弱みに付け込もうってのか、なんてやつだ!」
「この銭ゲバめ!」
「クラスメイトとして最低限の仁義もないの!?」
「オーリくん見損なったよ!」
「そこのお兄さん、日輪学園の女子制服買わない?」
「クラスの面汚しめ! 恥ってもんがないのか!」
教室中のバカタレ連中から口々に好き勝手放題の言いたい放題をされるオーリだが、こいつとてそれくらいで退くようなタマではない。
目を据わらせ大きく息を吸い込むその姿を見た隣の美少年が耳に脱脂綿を詰め、少し離れた席のエルフちゃんがそっと耳を塞いだ。
「どやかましゃー! 人に丸投げるちゅーのはそういうことじゃあ! 文句あんならおのれらも提案のひとつくらいせえ!」
窓ガラスが“びりびり”と震えるほどの大音声でバカタレ共を怒鳴りつけ、机をゲンコで叩いたオーリはその勢いのまま席を立ち、黒板の前へと移動してチョークを手に取った。
「くっそ、なんて野郎だ」
「だまらっしゃいってんだ。ブチブチぬかす暇があるなら足りない頭と知恵絞ってなんぞアイデアをひねり出さんかい、このスカタン」
先のバカ声に鼓膜でもやられたのか、恨めしげに耳を押さえてこちらを睨むアホタレへ憎まれ口を叩き返し、オーリは黒板に『模擬店(なんの店かはこれから決める)』 『お化け屋敷』 『演劇』 『プラネタリウム』等々、この手の催しではド定番の出し物をつらつらと書いていく。
「無難なとこだと食い物系になるんだろうけど、それは他のクラスも似たようなもんだしな。他のやつを選ぶにせよ、差別化なり客を呼び込めるなにかは欲しいわな」
「そんなら問題ないだろ。幸いウチのクラスの女子どもは見た目だけなら上玉が揃ってる、適当に着飾らせて客引きや接客させときゃスケベ野郎どもが寄ってくるさ」
真ん中あたりの席で頬杖をつくエルフの少年の提案に周りの男子達も頷いた。
しかしその言いに女子達が険しい顔をする。
「うわ、サイテー」
「ナチュラルにカスみたいなセクハラかますんじゃねーよ、変態」
「こないだ拾った乙女精神注入棒Mk-Ⅱ(釘バット+4)でブン殴られてーかぁ?」
甲高い非難の集中砲火にさらされた男子連中は「なにがいけないってんだよー」と唇を尖らせこそしたものの、それ以上の藪蛇は回避したいとみえて引っ込んだ。
「大体さあ、そこまで言うならあんた達も女子にウケるような格好くらいしなよ」
「女の子にチヤホヤされるならやぶさかではない。───具体的にはどんなのよ」
「脱いだら? あんたらガタイくらいしか取り得がないんだし。水着喫茶なんてよくね」
その言いに今度は男子達が血相を変える。
「うわ、サイテー」
「セクハラよ、変態セクハラ女がいるわー!」
「いやーっ不潔! 男の子をなんだと思ってるのよ、いやらしい!」
己が身を掻き抱き、さも汚らわしいとばかりに汚い悲鳴を上げるバカタレ共へ、こちらは不気味な珍生物を目の当たりにしたような女子達の罵倒が叩き返された。
「うわ、うっぜ」
「わざとらしいカマ言葉使うな、しなを作るな、クネクネすんな!」
「キモいもん見せんじゃねーよ! 目が腐ったらどーしてくれる!」
「なんだと!」 「お前らと違って俺らは清純派なんだよ!」 「何が清純だ!」 「あんなもん外でやったらドブ川のザリガニだって即死するわ!」 「おいこら人のことをなんだと思ってんだ!」 「クラスと学園と冒険者の恥よ!」 「お前らは女の恥だろうが!」 「そういうセリフは恥ってもんを知ってからにしろ!」 「お~さ、こんな薄幸な 人生夢でもみたくなる」 「あとはおぼろの夢さえも こわすあいつの心がにくい」
「……あー、うるっせぇ。さてはこやつら、何をしてるのかさえ頭ン中からうっちゃってやがんな」
心底から忌々しそうにつぶやき、オーリは道具袋へ手を突っ込んだ。
教室ではあちこちから罵声と怒号と野次悪口が飛び交い、ちり紙と弁当箱と割り箸バランしょうゆ差し(お魚のやつ)が投げつけられ、ノート教科書えんぴつ消しゴム紙飛行機が行ったり来たり、何組かのグループが集まって腕を組んでのシュプレヒコール合戦までが開かれる始末。
そんな
オーリが愛用の
「えーい、そこなアホども真面目にやらんかい。さもなきゃ教室中にお前らの脳ミソ撒き散らしちまうからな」
静まり返る教室を見渡し“ふんす”と鼻息を荒げるオーリの横っ面に先生の呆れ声が投げつけられた。
「どーでもいいけど、壊した床はちゃんと弁償すんのよ」
「……へぇーい、後で錬金術が使えるやつに依頼を出しときますよ」
舌打ちしそうになるのを我慢しながら、オーリは鎖鉄球を道具袋に仕舞った。
◇
「とはいえ衣装等で差異をつけるのには俺も賛成。割とお手軽だしな」
教室の温度と蠢くアホどもの頭が冷めたところで、オーリも先の提案への賛意を示したのだが、それを聞いた数名の女子達から不満気な顔を向けられた。
「ふぅーん、君もそこの助平たちと同じ意見ってわけ?」
「……そんな意地悪なこと言わないでくれ。必要とあらば俺らも、似たような形で着飾るくらいするからさ」
「あっそ、吐いたツバを飲むことがないようにね。お婿に行けないくらいすっげえエロい格好させてやるんだから」
「せめても公序良俗の許す範囲でヨロ。公然わいせつでとっ捕まったじゃ親が泣く。……とはいえ、どこで調達してくるかが問題でなあ」
購買部や学食大路で古着を買うにしても必要な人数分を用意するには結構な額になるし、クラス総出で作るにしても今からじゃ間に合うかどうか。
最悪、他所のクラスの手先が器用な子や手芸部員にクエストの形で受注してもらう必要があるかもだが、それでも足がついちまうかもしれない。
どうしたものか悩んでいると、最前列の席で“へらり”とした笑みを浮かべてるヒューマンの少女が手を挙げた。
「はいはーい、提案ねー。あたし演劇部なんだけどねー、部で使わなくなった衣装が結構な量、倉庫で埃かぶってんだよねー。アレ借りてくりゃいんじゃねー」
古かったりサイズが合わなかったりするだろうから多少の手直しは必要だろうけどねー、イチから作るよりは時短できるんじゃねーと少女は続けた。なるほどそれはオーリたちにも良いアイデアだと思われた。
「衣装の種類はどんなんがあるの?」
「んーっとねー……お姫様とか王子様とか砂かけ婆とかねー、メイドとか執事とかパイラ星人とかねー、リボンの騎士とかダイアモンドの騎士とかアンギラスとかねー、他にも沢山あるよー」
「なんかチラホラ妙なもんが混じってる気がするけど悪くないね。コスプレっぽいのは否めんが、非日常感を出す上ではむしろいいのかな。───じゃあ衣装の調達を頼んでもええかい」
「はいよー、任されたよー」
これで懸案事項がひとつ消えた。
ヒューマンさんにお礼を言ったオーリが他になんぞアイデアはないかと教室を見渡していると、先程の、気色悪い動きで身をくねらせていたアホの一匹ことクラッズの男子が手を挙げた。
「コスプレで思いついたんだがよ、女子にネコミミでも付けさせるってどうよ」
「あー? フェルパーの女子に接客させんのか」
「違う違う。そいつら以外の連中に付けさせんの。ほら、バニーガールってあんだろ、アレの耳的なやつよ」
教室内の、自前で猫耳ケモ耳が生えてるフェルパーやドワーフの子らが意味わかんねーよとばかりに眉をひそめたが、代わりに男子連中の大半(一部女子も含む)が、ネコミミ装着したクラスの女子連中を想像して鼻の下を伸ばしたりニヤケ面をさらしてるので、案としてはこれも悪くはないのかもしれない。
手応えありと見たのか、クラッズくんは熱心に自案を推してくる。
「まあこの手のロマンは女子にゃあわからんよな。だがあれなら男受け抜群だし客も呼び込めると思うぜ」
「ふーむ、しかし制作には手間がかかりそうだぞ。材料としちゃ毛皮だろうけど、入手とか加工なんてどうすりゃいいんだ?」
「それなら前に、どこかの地下道で『ネコミミの収集癖があるモンスター』の話を聞いたことあったんで、そいつからドロップできるかもしれんぜ」
「なんじゃ、そりゃあ」
思いもよらぬ話を切り出され、困惑というより料理の火加減を間違えたような顔になるオーリに、こちらも似たようなツラでクラッズくんは言う。
「いや、俺もパイセンからの又聞きだから詳しい話は曖昧なんだけどさ。……ひょっとしたら図書委員のサラちゃんにでも訊いたら、なんか教えてくれるかもな」
「あんまし彼女に頼るのもどうかと思うが、この際しゃあなしやで。どうせこの後でクエストの発注(破壊した床の修復)をしに図書室へ行かにゃならんのだ、ついでに話を訊いてみっかな」
「おう、頼んだぜ」
「お前は来ないのか、言い出しっぺ」
「……いやその、だってなぁ……あの子、怖いし……」
「えーい、この根性なしめ」
◇
結局、HRの時間ギリギリまで“なんやかや”と協議を重ねたオーリのクラスは喫茶店をやることに決定した。
事務室に提出する申請用紙に、それらの内容と大まかな計画を記入したある学徒が、
「あまりにも新鮮味が無さすぎて、逆に斬新さを感じるまであるわ」
などと呟いていたそうな。