午前の授業が終わり、足早に教室を出たオーリはお昼休みに待ち合わせをしていたパーティの面々と合流し、学食で今後の活動について話し合うことにした。
どうせなら中庭かミーティングの小教室でも借りてゆったりと話をしたかったのだが、落ち着いた場所で食事をしたいのは皆も同じなのかどちらも先客・先約で埋まりきっていたのだ。
向かった先の学食は今日も今日とて大盛況だった。
配膳台の近辺は蜘蛛の糸に群がる亡者がごときクソガキどもでごった返している。
「今日も混んでやがんなあ……」
「明日も混んでるんだろうなあ……」
「ねえおばちゃーん、もちっと盛り多くしてくれよー。こちとら育ち盛りなんだぜー」
「ちょっと、受け取ったらさっさとどきなさいよ!」
「せこいことでゴネとらんで早よ失せんかい!」
「んだよー、ちょっとくらいならいいじゃんかよー」
「うっせーぞ! 腹空かせとるのはこっちも同じなんじゃあ!」
「これ以上つべこべ言ってると灰になるまでティルトレイぶち込むわよ!!」
「気持ちはわかるが怒鳴り散らすのはやめてくれよ……空きっ腹に響かぁな」
「そこのお嬢さん、パーフェクトドータの羽織り買わない?」
「たまにゃのんびりメシ食いてえし、明日は学食大路にでもいくかな」
お腹の虚しさは心の虚しさにも通じるのか、殺気立つバカタレ共をよそにオーリ達は空いているテーブルに腰を下ろし、それぞれ弁当箱や中休みの時間に購買部で買っておいたパンを広げた。
「開催までの準備やら後始末やらを考えると、しばらくの間はまともに探索も出来ないと思ったがよさそうだ」
大きめのランチボックスに詰めた手製のサンドイッチを、相方とつまみながらオーリは半ば愚痴のように言った。
少し前に機嫌を損ねた詫びとして、こいつはフェアリーくんにお弁当とおやつを貢いでいる。
それを受けて対面の、これまた手製の弁当を広げるバハムーンくんが頷く。
「ま、そうなるか。俺ンとこのクラスも大半がパーティ休業の形で準備を手伝うみたいだしな」
バハムーンくんはタコをかたどったウインナーを頬張った。
他にもご飯の上にでんぶで描かれた魚の絵やデフォルメされたネコ型の卵焼きなどが並ぶ、やたらと可愛らしいお弁当であるがコイツの趣味なのか?
その左、オーリから見て右隣のセレスティアさんは特に残念な素振りも見せず、
「私は魔法取得に向けた追い込みあるからちょうどいいかな。次の検定試験で新しい魔法を習得できるし」
なお取得する予定の魔法は2つ。それぞれが敵の魔法の威力と守りの力を弱める補助魔法である。
本来なら攻撃に関する魔法を覚える予定だったのだが、パーティの運用を考えるとこれ以上の火力は不要だし、それでなくとも〈斬り込み〉のスキルで広範囲の始末を可能とする彼女にとっては無駄という判断からこの選択となった。
「てことは何か物入りになったら、それぞれソロ探索か手すきの子に声かけて地下道に潜るってわけだ。───これ美味しいね、次もまた作ってよ」
多めに作ってきたおかずの一品に舌鼓を打つエルフちゃんによる注文を、オーリは素っ気なくあしらった。
「気が向いたらね。作るの結構、大変だったし。それはさておき盗賊職抜きの探索をするなら〈カウサ地下道〉までが限度だな。あそこなら
「オーリくんなら回復も解錠もできるだろ。ついてきてくれねーの?」
「俺にも事情なり都合はあるんだよ。それでなくとも今回の出し物には失敗してほしくない」
なあ? とオーリは傍らの、無言のままサンドイッチをかじるフェアリーくんへ目配せ。
世にも美しい相方は取り合う風もなくお茶を口にした。
実は今回の出し物───無国籍コスプレ闇鍋喫茶店───だが、HRでの交渉の結果、あがりの半分はこいつらの懐に入ることになっていた。必要な資金の何割かに加え、器材のいくらかをも2人が負担することになったからだ。懐の温もりと稼ぎの手段に関してクラスの誰より抜きん出ているからこそ採れる手段と主張といえる。
もちろんクラスの連中とてアホではあってもイワンのばかの登場人物よろしく、俺の稼ぎのためにお前ら汗水垂らせよと抜かされて「ハイ、頑張ります」などと応じるほど朴訥篤実の人ではないのだが、ここでの成功・失敗も内申点(主に集団行動に関する部分)へ加算されるとあってはサボりもボイコットもできるはずもなく、渋々ながらも従わざるをえなかった。
朝のHRにおける甲論乙駁丁丁発止のやり取り、脅迫、恫喝、言いくるめを思い出したエルフちゃんはこれみよがしのため息を吐いた。
「アコギだのう」
「何を言うか、投じた資本に対する正当な見返りじゃい」
オーリはさも心外とばかりに唇を尖らせた。
文句があるなら自分らが出した以上のものを───労働力でもアイデアでも───出せばいいのだ。それが出来ないからには、こちらの要求は通させてもらうだけのこと。
終止が自己満足に終わるだけの献身はさておき、しっかりとした損得の絡む話で見返りを要求しないのは、逆に仕事ってものに対する冒涜じゃねえかとこいつは考えている。
「全部かっぱいでやらないだけ、俺ら仏さまのように慈悲深いてなもんよ。なにより特段あいつらに親切してやる義理もねえんだぞ」
「ジンメンみたいなこと言ってら。同じ釜の飯を食うクラスメイトへの情もなしかい」
「自分でも信じてないようなことを言うのはよくないぜ。少なくとも俺は“アレ”に情が湧くようなやつだと思われたくはないね。きみだって似たようなもんだろ」
返す言葉の代わりにエルフちゃんはサンドイッチを2つ摘んでまとめて頬張った。
◇
「ところであんたらのクラスはどんな出し物をするんだい」
オーリに訊ねられたセレスティアさんが広げた手を“ひらひら”と振った。
「私ンとこは文化系所属が多くてね、皆そっちを優先しちゃうからクラスじゃ何もやらないんだ。私も他クラスにいる友達の手伝いに駆り出されるくらい」
「ああ、そういや部でも出し物はやるんだったな。そっちを忘れてたわ」
学園祭では基本的にクラス単位で出し物をするが、それ以外でも各部活やサークル毎の催し物もある。
例を挙げるなら演劇部や吹奏楽部が体育館を借りて演目を行ったり、コーラス部主催による屋外ゲリラ歌合戦などだ。
「逆に料理研究会は食べもの系の出し物をやるクラスへ助っ人に駆り出されちまうから、部活での出し物はやれねーんだよな……」
話を振られた研究会の部員であるところのクラッズさんが“ふん”と薄い胸を張ってみせた。こう見えて彼女のレパートリーは部でも一、二を争うほどに豊富なのだ。当然、各クラスからの需要もお察しだ。
その彼氏であり、もう一人の部員ことバハムーンくんはといえば、
「俺の場合は文芸部の出し物で手一杯だから、クラスにもそこまで顔を出せないんだ」
彼はかねてから部の同人誌で連載していた小説をひとまとめにした冊子を発行するための編集や校正の作業におおわらわなのだとか。
気になるタイトルは『雪男VS雪女VS雪だるま~南海の大決戦~』でジャンルはミステリーだそうな。
「ふーん」
オーリは炭酸の抜けたサイダーのような空返事だけして弁当をつついた。
眼前で何か致命的な間違えが起こっているはずなのに、誰もがそれを切り出せないまま物事がとんでもない方向に進んでいく珍奇な現象。
かねてから疑問に感じていたそれ、つまりは「そうはならんやろ」が起こる理由を少しだけ理解した気がした。
◇
その後、なんだかんだとおしゃべりしながらお昼ごはんと打ち合わせを済ませた皆はその場で解散し、オーリはフェアリーくんと一緒に〈図書室〉へと赴いた。
残りの時間を使って朝のHR時に破壊した床の修復依頼をするのと、ついでに喫茶店の
夏休み終わりの前後と打って変わり、図書室は水底に沈んだような静けさに包まれていた。
オーリは図書室に入ってすぐのところに設置された
そのついでに喫茶店のコスプレに必要な『ネコミミをドロップするモンスターについての情報』を訊ねてみる。
笑顔の可愛い図書室の新人看板娘、あるいは地獄の毒々図書委員ことサラは突然のアホな質問にさえ、いつもの笑顔を崩すことなく答えてくれた。
「ああ、それなら〈ムスペル〉のことだね。最近だとカウサ地下道のC層に出没してるよ」
まさかこんなバカみてぇな情報があっさり手に入るとは思ってもみなかっただけに、オーリの方が呆気にとられてしまうほどである。
それにしても、だ。
「そんな名前のモンスターなんて、教科書や資料集に載ってたっけ……?」
顎に手を添えて訝しむオーリへ、サラが訂正を加えた。
「勘違いがあるみたいだけど“分類上の種族名”でなく個体名」
カテゴリーから独立した一個の存在として、〈ムスペル〉の名を冠されたやつがいるんだそうな。
なんでも人語による意思疎通さえ可能とするほどの無駄に高い知能を有する個体とのことで、地下道に侵入した人類になぞ構うことなくネコミミモンスター(見た目だけならフェルパーに酷似した、これまたよくわからないモンスター)専門で狩りを行い、そのネコミミを剥ぎ取るのを習性とする特異なエネミーなんだとか。
それらの説明を聞いた少年達は、悪質な詐欺の現場にでも出くわしたような顔になった。
「なんじゃ、そりゃあ。昔の西部劇に出てくるテンプレ頭剥ぎインディアンじゃねえんだぞ」
「そんなこと私に言われてもね。私が目にした論文には地下道が
なので接敵した冒険者たちが何度、討ち取ろうがいつの間にやら闘将!!拉麺男のキャラばりにしれっと復活するし、その後も脇目も振らずネコミミを収集するのだそうな。
本来なら在り得ないはずの存在だけに、その行動も特性も一般的なモンスターのそれとは乖離したトンチキになってるのではないかと推測されている。
今さら地下道の事象なんてもんに理屈や常識を求めるのもアホらしいので、オーリは目先における疑問の解決だけをすることにした。
「特別なモンスターってことは、やっぱし強いのかな?」
「そこまではわかんない。攻撃や行動の傾向までは過去の交戦記録にも記載されてなかったし。見た目だけならトロールの近縁種でしかないらしいよ」
「詳細を書く必要を感じさせないくらい弱いのだと思いたいとこだね」
右横に浮かぶフェアリーくんの輝くような美貌が、付き合いきれないと言わんばかりに白茶けた。
「むしろバカらしくて書く気になれなかったんじゃねーの?」
「ありえなくもないのがまたイヤだなあ。……しかしサラちゃんも詳しいね、冒険者育成コースでもないのにさ」
「お褒めにあずかり恐縮と言いたいけど、これ君たちが勉強不足なだけだから。自分らの専攻する分野の知識くらい誰にも負けない気概を持ちなよ」
まったくもって、おっしゃる通りで。面目ないとばかりに平手でデコを“ぴしゃり”と叩くオーリだった。
過去にはそれが祟って何度も無様を繰り返し、少し前にだってあわや地下道で仲間達と枕並べて屍をさらす寸前にまでなったのがこのバカタレだ。
「しばらくは時間に余裕あるんだし、空いた時間で勉学に励むとするよ。───ところでサラちゃんのクラスも出し物すんだろ、どんなよ」
「うん? 普通の研究発表会らしいね。よければキミ達も見に行ってあげてよ」
ずいぶんと他人事な物言いだなと不思議に思いながらもオーリは頷いた。
「そりゃもちろんだ。きみの発表も拝みたいしね」
「ううん」サラは少し残念そうに首を横に振った。「私は図書委員の出し物に───あ、古本のバザーね───参加するだけだよ。私に御用があるならこっちに来て」
いつも持ち歩いてる辞書とも見紛う厚さとデカさのメモ帳、通称・〈外道の書〉を“ぽん”と叩いてサラは嘆く。
「私もクラスに貢献するために、集めた資料を提供するって申し出たんだけどねー」
ところが“これ”の中身をウカツにも読んでしまった結果、体調不良や心身の不調を訴えるものが続出。何名かは今も悪夢や不眠症に悩まされているという。
それが祟って学園祭の準備中においては、クラスから出禁のような扱いを受ける羽目になったのだそうな。
コズミックホラーに出てくる魔書かよ。うめくオーリ達へと、サラは舌を“ちろり”と出してコケティッシュに笑ってみせた。
「ひどいなあ。乙女の秘密ノートだぞ」
少女の姿が獲物を捉えた大蛇に被ったのはなぜだろう。