学園祭におけるクラスでの出し物を決めてから2日が経った。
その間の休み時間や放課後を使いオーリ達、クラスの一同は喫茶店の大まかなメニューや衣装、およびそれらを用意するのにかかる経費・器材・利ざや等を計算し具体的な計画の形にもっていった。
「あいつらアホの分際で、いざ働かせるといい仕事をしやがるな」
お昼休みの図書室にて。クラスメイトによる資料や計算書を元にした、担任や事務棟への提出書類を清書しながら、オーリは感心なんだか呆れてるんだかもわからぬつぶやきを口にした。
机の向かい側で作業に付き合うフェアリーくんが相槌を打つ。
「んだな。ま、普段はあんなでも地下道とレベルアップの恩恵で“おつむ”に強化が入ってるのはダテじゃねえってことなんだろう」
数度に渡る交渉により歩合を考慮するという妥協を引き出したことで乏しい勤労意欲に火がついたのか、クラスメイトの連中はオーリ達が目を瞠るほどの働きぶりを見せた。
彼らの手元に置かれた各種提案を含めた書類群もそのひとつで、どれもこれも綿密な計算に基づく解り易い内容に加え、不慮の事態も想定した次善策まで複数用意された文句のつけようがないものだ。お陰で清書もオーリと相方の2人で充分に間に合う。
休み時間の終わる少し前くらいで作業を終わらせ、互いが書いた書類を交換しておかしなところがないかチェックをした2人は図書室を出て、職員室のユーノ先生へとそれを渡した。
◇
書類を提出した翌日の放課後。
喫茶店の設営や必要な小道具制作を精勤に目覚めたクラスメイト達に任せたオーリは、相方とエルフちゃんを伴って地下道に赴くことにした。
図書委員のサラに教えてもらった〈ムスペル〉なるモンスターを探してネコミミを調達するのが目的であるが、あらためて言葉にするとバカみてぇな字面だとオーリは少しだけイヤな気持ちになった。
なおセレスティアさんをはじめとした残りのパーティメンバーは、先にも彼女らが言ってたように各々の学祭準備でおおわらわゆえに声をかけてはいない。
それでなくともこんなトンチキな仕事に付き合わせるのもなんだと思われたし。
もっとも何言わずとも付いてくるつもりだった相方はともかく、エルフちゃんなどは「わたしならアホな用事に付き合わせてもいいってのかよー」と不満を隠さぬ様子だったが。
作業に追われるクラスメイトの邪魔にならないよう、更衣室で装備をまとった一行は通用口から運動場へと抜けた。
普段なら前衛職の連中や体育会系の部員達が汗を流す広大なグラウンドは、今やトンカチや塗料缶を片手の学徒達で溢れかえり、皆一様にそれぞれの出し物に使う屋台に釘を打ったりペンキを塗ったりで忙しそうにしている。
「おーい、こっちは出来たから向こうで仕上げたのむー!」
「釘を打ってくからそっち押さえて!」
「んー? 角材が何本か余っちまったぞ」
「余りじゃなくて大きめの角材を切った残り。それ使って他の小物を作るんで間違えても捨てんなよ」
「あー、ロープ足りなーい! 誰か貰ってきてー!」
「ならアタシ行ってくるよ」
「これ、誰かしょうゆぅだるを持てぇい」
「大路の買い出しだけど、他に足りないものあったりする?」
「うん、大丈夫。領収書はちゃんともらってきてね」
「わかってる。何にいくら使ったかのメモもしとけばいいんだろ」
敷地のあちこちに張られている大小さまざまなテントは泊まり込みと徹夜作業の学徒が設置したものだが、それ以外でも弁論部や落研などの体育館からあぶれた小規模サークルが練習用に使っているものが少なからず含まれるようで、耳をすませば中から当日のテーマに沿ったスピーチや演目などが聞こえてくる。
そこかしこには規則性もなくポールがおっ立ち、横断幕が蜘蛛の巣のようにめぐらされ、仮組みを終えた屋台と出店がところ狭しと並ぶ。
ロープと色とりどりの万国旗、飾り立てられた金ピカの
自分たちが面白いと思ったものやきらびやかに見えるものなら何でもいいから突っ込んどけとばかりの猥雑と熱がそこにはあった。
校門に続く通路の脇では美術部に所属していると思しき学徒達が各種看板やポスターの色具合を“ためつすがめつ”しており、少し離れたところに転がる巨大なハリボテの神様の脇で軽音部が練習に励み、その後ろをトーガを羽織ったラマが“ぽっくりぽっくり”とヒヅメの音を響かせて通り過ぎ、それを何匹かの学徒が「ああ、ありがてぇありがてぇ」などとうそぶき手を合わせて拝んでいる。
それら素っ頓狂な光景に掛け声や釘を打つ音、誰かの唄う「アップク、チキリキ、アッパッパア」などという得体のしれない小唄も混じる。
アホの脳内から漏れ出た白昼夢が物質化したようなグラウンドを通り過ぎ、ポータル広場に向かう道に入ると、そこもまた負けじとばかりの光景が拡がっていた。
『学園祭運営委員からの通達です! 台車、リヤカーの使用に関しては制限速度を遵守でお願いしまーす! 人の多い場所では必ず徐行をしてくださーい!』
『これから名前を呼ばれた部・サークルの代表者並びに副代表者は錬金実験棟前の運営委員会臨時本部へ集合するように!』
『学園祭前日まで放課後以降の中央階段は上り専用になりまあす! 下りに用がある人は各階の補助階段を───こらあっ! 面倒だからって窓から飛び降りるんじゃあない!』
『各種塗料の取り扱いは屋外のみ! やむをえず校内で作業をする際は、工芸部ないし美術部員の監督のもとで換気をしっかりと行うように! ───コッソリやってもバレるかんな!』
『徹夜作業を行うものは届け出をすること! 無断でテント張ったり小教室を不当占拠した場合、即退去と内申へのペナルティが課されるので注意してください! ───おいそこのバカタレども、人が言ってる傍から違法テント設置してんじゃねえ!!』
臨時に設けられた運営実行委員会の面々に紛れ、生徒会や風紀委員会から駆り出された学徒達がメガホンを手に声を張り上げている。
もちろんというべきか、どいつもこいつも人の話を素直に聞くわけもなく、道のいたるところが口頭による注意のみならず罵声と鉄拳と魔法と文句と反撃と爆撃が飛び交う戦場となるのに時間はかからない。
そんな地獄絵図を頭を伏せてやり過ごしつつ、大量の学徒達が徹夜仕事になるであろうことを見越した商売人達も負けじとばかりに売り口上をがなり立てる。
「えぇ~おべんと~う、お弁当はいらんかねェ~」
「おせんジュースにキャラメルもございますぅ~。購買部で買うより5割増で勉強させていただいてますゥ~」
「パン売るよォ~。学食のマズくて硬いパンだよぉ~、くすねたてホヤホヤだよぉ~い」
「みぃずゥ~水売るよォ~。即死水域から汲みたてのお水だよぉ~う。ちょっくら近くに土左衛門が浮かんでたけど気にしちゃいけないよぉ~」
光輝あふるる爽やか青春模様というより、魔女の釜の底にこびりつく煮詰めた混沌がごとき有り様を背にオーリ達がポータル広場に到着すると、ちょうど出張保健室から出てきたばかりのユマ先輩とかち合った。
「あら、オーリじゃない。これから探索? 学祭の準備は大丈夫なのかしら」
「こんにちは、先輩。これも準備の一環なのです、出し物に必要な物資調達ために地下道を探索せにゃならんのです」
妙なものを聞いたとばかりに眉根を寄せる先輩だったが特に追求する気はないようだった。
ありがたいことだ。こんなアホな事情は人に話せるようなものではない。
「そう言う先輩こそ学祭はいいんですか?」
「私をはじめとして保健委員はみんな、委員の仕事が優先だからね。クラスの皆もそこは納得済み」
先輩が語るところによると、この時期は金槌で自分の指を叩いたり制作に熱中しすぎて寝食忘れたバカタレが過労で担ぎ込まれることが多く、保健委員会の面々もそれらの対処に追われるのだそうな。
「あー……」
ここへ来るまで目にした乱痴気というかトンチキ騒ぎを思い浮かべたオーリは、ピーマンニンジンを丸かじりしたクソガキみたいな顔で黙りこくった。
「でも地下道に行く子が滅多にいないだけ、いつもと比べて平和なものよ」
言いながら口元に手を添えてあくびを噛み殺す先輩だった。
回復に使える魔力が足りなくなるのは避けられないので、いつものようにローテーションを組んで魔力回復の仮眠を摂ったり、魔法系学科の学徒の協力を仰いでのLv7大加護による強制回復などを余儀なくされているのだ。彼女が出張保健室から出てきたのも、仮眠を終えてまた仕事に向かうところだったらしい。つくづく学徒どもにとって頭の上がらぬ人々である。
お察しいたします。申し訳なさそうなツラで頭を下げるオーリへと小さく手を振り、「気にしないで、仕事だからね」とだけ言って先輩は
小さくなっていく先輩の背中を見送ったオーリは「……今度、茶店の試作品でも差し入れに行くべきかな」と、ひとりごちてからポータルをくぐった。
◇
「サラちゃんからの情報によればC層のどこかに出没するらしいが、正確な座標まではわからんとのことだ」
オーリが地図を指でなぞるのを、エルフちゃんが横合いから覗き込み訊ねてきた。
「もしかして
「そこは心配ご無用。件のモンスターの性質上(定期的排除が前提のバグじみた存在)、出没するのは湧出地点に限定されてるんだとさ」
どこの湧出地点に出るかまで固定されていないのでしらみつぶしになるのまでは免れないのだが、それでも
しかしその説明を聞いてなおエルフちゃんの柳眉がしかめられたまま戻ることはなかった。
「微妙にメンドイなあ」
「でもここは湧出地点の数なら知れたものだぜ。今回はフルメンでもないし、おやつ休憩も挟みながらゆっくり慎重に進んでいこうや」
「はいはい。不満はあれど男の子の決定には従う、そんなわたしは淑女の鑑。ところで今日のおやつはなに?」
「喫茶店メニューのお試しで作ったドーナツ、スコーンとジャム数種類のセット。半分ほどを探索したらお茶にしよう」
それを聞いてようやく少女の眉は機嫌を取り戻したようだった。