〈カウサ地下道〉の探索は順調に進んだ。
それでなくともどこの地下道もCスレッドの構造はシンプルな上、探索だって隅から隅まで済ませているから余計な場所に近寄る必要もない。
あえて困ったことがあるとすれば斥候を担う盗賊職の不在で、
駆け足気味に湧出地点を半分ほど消化したところで一行は休憩を取ることにした。
カウサ地下道C層の中央部には水場があるので、その近辺に防水シートを敷いただけの簡易キャンプを貼る。
並べられた試作品のドーナツのひとつをかじったエルフちゃんが顔をほころばせた。
「おいしいね、これ。オーリくんが作ったんだっけ」
「まあね。お気に召していただけたようでなにより」
応えるオーリは少し前に合成した〈カシナートの剣〉でフォームミルクを作っている。
「こいつを合成しといて正解だったな。あると無いとじゃ、レパートリーや作業の捗りがダンチやさかい」
形状が形状だけに扱いにはちょいと工夫はいるが(長剣サイズのハンドミキサーとかいうゲテモノをどう使うのか想像すればいい)、これひとつで各種クリームやメレンゲが楽に作れるし、学園祭が終わったらどこぞ適当なパーティなり食堂なりにでも売りつけてやれば二度おいしい。どうせ自分とこのパーティでは使いたがるやつもいないのだ。
ミルクを淹れたてのコーヒーに流し人数分のカプチーノを作り終わったオーリは、カシナートの剣を近くの水場に突っ込んで洗い道具袋に仕舞った。地下道内の水場というやつはどんだけ雑に扱おうと微塵も汚染されることはない。
キャンプ用のマグカップを受け取ったエルフちゃんがうらやましそうに言う。
「最近のきみは相方くんにおやつ作ってるんだよね。いいな、わたしにも作ってよ。材料費は出したげるからさ」
「材料だけかい。手間賃くらい出せよなあ」
「んだよー、美少女におやつを捧げる栄誉もくれてやってんだろがよー」
「ンなもんお腹を空かせた犬猫畜生だって鼻も引っかけねえや」
呆れ果てたように言い捨てたオーリは林檎のジャムをたんまり乗せたスコーンにかじりついた。
それを言い出したらこいつは絶世の美少年へのご機嫌伺いにおやつを貢いでるわけだし。
◇
休憩を終えキャンプを片付けたオーリ達は次の目的地である西端の湧出地点に向かった。
そこの湧出地点のすぐ南側には一学期の期末テストの会場に使われた〈セメタリー〉への入口があり、北側には数十ほどの区画を繋げた部屋状の空間が存在している。
湧出地点でかち合ったエネミーはハズレだった。
しかし次の湧出地点に向かおうとしたところで北側、つまり『部屋』状空間のある方角から、
『みぃぎゃああああ~~~~っ』
……なんだか風呂場へ放り込まれてシャンプーされてる猫みたいな悲鳴が聞こえてきた。
「なんじゃ、今のは」
「さあてね」
今さらこれくらいで驚きはしないが、それでもフェアリーくんとオーリは胡乱げな顔を見合わせずにはいられない。
「のんきしてないで構えなよ。何かがこっちに来てる」
両足を肩幅ほどに開いた猫足立ちとなり、腰だめにしたバルキリアスを隙なく構えるエルフちゃんが警告した通り、こちらに向かって靴のそれとはまた違う妙な足音が近づいてきていた。
接敵───ではないはずだ。
前にも述べたが地下道の
したがって区画の外からやってくるのは人類、それも地下道への進入許可が下りている冒険者の類と相場は決まっているはずなのだが……。
訝しさと緊張を半々にしながらも、オーリ達は何がやって来てもいいように迎え討つ用意をする。
果たして彼らの前に闇の向こうから姿を現したのは───やたら露出の高い服装に、着ぐるみのような丸まっちい手足をした少女。いや、少女っぽいなんかであった。
悲鳴を上げた先で何があったのか。少女っぽいなんかは涙で“くしゃくしゃ”になった顔もそのままに、オーリ達のことなぞしらぬとばかりにその傍らを走り去り闇の中に溶け込んでいった。
3人は狐に化かされつままれひっぱたかれ、ついでとばかりにアカンベェまでされたような気分で目配せをしあった。
「……なんじゃ、今のは」
「さあてね」
とはいえ地下道で遭遇した事象に、人類の常識を当てはめることは愚かしい。
今起こったことに関してはひとまず忘れることにして、オーリ達はさっきの少女っぽいなんかが湧いてきた方角に進んでみることにした。
先に述べた部屋状の空間は大きな『部屋』の中にもう一つの、小部屋が配置された形をしている。
その小部屋のちょうど真ん中らへんで、彼らは奇妙なモンスターに出くわした。
見た目は普通のトロール。
ただし群れで行動して侵入者は確認次第、問答無用で襲いかかってくる連中とは真逆に単独、しかもこちらのことなど眼中にもない様子ときた。
「うん、良いね今回のネコミミ。この色彩、薄暗い地下道とのコントラスト、ふわふわした手触りの中に混じるチクリとする刺激。それらの絶妙なバランス、実に素晴らしい」
トロールは手にしたネコミミを飽きることなく愛でている。
おそらくこいつが〈ムスペル〉とかいうやつなのだろう(そしてさっきの少女っぽいなんかがネコミミモンスターとかいうトンチキなのだろう)。
さて、どうしたものか。対応に困るオーリのことを、振り返ったエルフちゃんと右隣のフェアリーくんが“じっ”と見つめる。
2匹の目は口ほどに『お前がなんとかしろよ』と物を言っていた。
俺は面倒事の始末屋じゃねえんだけどなあ。
今学期だけで何匹目になるも定かでない苦虫をまた一匹、口の中に放り込んだオーリは、できるだけ相手を刺激しないような声音でムスペルへと話しかけた。
「……もし、そこの方。ネコミミをご堪能中に失礼いたします」
「おや、誰だね君は」
「当方ゆえあってネコミミを集めている者。誠に無礼勝手な頼みを承知の上で、そちらの手のものをいただきたい」
「ほう」
ムスペルは感心したような声音で手の中のネコミミとオーリとを交互に見比べた。
「歳に見合わず中々お目が高い。相当のマニアとお見受けする」
いえ、マニアではないです。訂正したくはあったが話がこじれそうなのでここはじっと我慢の子。
黙りこくる少年達にムスペルは不敵な笑みを浮かべた(トロールなんで表情まではわからんが、そういう気配を感じた)。
「だがこれほどの逸品、いかな同好の士といえども簡単に渡すわけにはいかないよ」
「いかさま、道理。対価をお支払いする、というのは野暮ですか」
「左様、君らとて冒険者だろう。欲しいものがあるなら───腕尽くできたまえよ」
それなら半ば望むところではある。なにせ話が面倒にならずに済む。
得物を構え、あるいは呪文を口ずさみ、オーリ達は流れるように戦いへと身を投じた。
◇
もっとも戦いそのものはすぐ終わったのだが。
具体的にはエルフちゃんによるバルキリアスの一閃で片がつく程度にはあっさりと。
「……なんて弱いんだ」
フェアリーくんが呆れ半分、うんざり半分でつぶやいた。
彼がいざというときの保険に控えていた
「そら珍妙なとこがある言うても所詮はトロール。殺る殺らないの話に持ち込めばこんなもんやろ」
自分で言いながらもどこか納得いかなそうなオーリの視線の先では、ムスペルがどこから取り出したのか手のひらサイズの白旗を“ひらひら”と振っている。無傷で。
「うん、強いね君たち。特にそこのお嬢さん、得物を振り下ろす際の力や角度、腰の入れ具合も見事だったよ」
「そりゃあどーも」
掛け値なしの称賛を受けたエルフちゃんだったが、その面に浮かぶものは喜色とほど遠い。
エルフちゃんはバルキリアスを握る手に視線を落とした。
確かに仕留めた、手応えも間違いなくあった。初手から全力で打ち込んだ一撃は、こいつの首といわず頭をえぐり飛ばし絶命に至らしめたのだ。
だのにこいつは堪えた様子もなく生きている。傷のひとつも負った風もなく痛めつけられたという気配さえ出さずに。どういうことだ。
きなくさいものを漂わせるオーリ達のことなぞどこ吹く風で、ムスペルは懐から取り出したネコミミを投げてよこした。
「ことここにいたれば、僕もいさぎよく負けを認めよう。それは君たちのものだ、持っていきたまえ。───では、いずれどこかで会いましょう、また来週」
オーリがネコミミを受け取ると、ムスペルは霞のごとくに消え失せた。
魔法を使ったようでも、まして足で逃げたわけでもない。最初からそこには何もいなかったような神隠しじみた消失に、少年達はなんとも言いにくいツラでしばし立ち尽くした。
◇
誰もが何かを言いたげなのに口を利きたくもない。微妙な空気だけが残る中、エルフちゃんが錆びついた鉄扉をこじあけるようにして口を開いた。
「……お目当てのものが手に入ったはいいけれど、数は一個だけ。これじゃ、あってもなくても同じだね。ひどい骨折り損だ」
「ふむ」
オーリは口元に軽く握った拳を当てて考えた。
───サラちゃんによればあいつは地下道の不要情報が凝り固まったバグみたいなものだったか。撃破によるクリーンアップを目的とした存在だから、何度、殺っちまおうがしれっと復活するとも。それにさっきの、不自然な反応とセリフも気になる。……そういや現在はこの近辺をうろつく冒険者、というか学徒も学園祭の影響で少ないから野郎の形に蓄積されたバグの始末も滞ってるってことなんだよなあ。ひょっとしたら他の湧出地点を探れば、また出現してるんちゃうか?───
そこまで考えをまとめたところで頷いたオーリは、こちらを注視する同行人たちへ「2人とも、少し思いついた話をしてもいいかな」と、これからの行動について語った。
…………
「……ふん。内容はろくでもないが、一理はあるし筋も通ってんな」
一連の話を聞いたフェアリーくんが少しイヤそうに鼻を鳴らしたが、オーリの考えに同意だけはしてくれた。
「つまりだ、今もこのスレッドのどこかに湧いてるあの野郎が、出現しなくなるまで湧出地点巡りを続けるわけだな」
「うん。クリーンアップの完了に必要な撃破数がどんだけかはわからんが、少なくとも2、3回で済むようなものじゃないとは思うんだよね」
2人のやり取りにエルフちゃんが手を挙げた。
「でもさー、いくらCスレッドが単純な構造だからって、延々と周るのは骨だぜ」
「そこは無問題。俺らの転移魔法がある」
オーリの〈
あとは彼らとムスペル、どちらが音を上げるかの勝負ってわけだ。それを聞いてエルフちゃんも納得と一緒に腹をくくったようである。
話もまとまったところでオーリは地図を取り出し、次の目的地を指さした。
「じゃあ早速、跳んでみるか。まずは一番、遠いところにあるここに行こう」
◇
『みぃぎゃああああ~~~~っ』
2回のハズレを引いて次の湧出地点に向かおうとしたところで、さっきも聞いた珍妙な悲鳴が闇の向こうから響き、次いでネコミミを剥ぎ取られたネコミミモンスター(なんたる言語的矛盾か)とすれ違ったオーリ達は、先程の推測が正しかったという確証を得た。もっとも、正しいからといってそれが嬉しいことかまでは別物ではあるのだが。
「うん、良いね今回のネコミミ。この色彩、薄暗い地下道とのコントラスト、ふわふわした手触りの中に混じるチクリとする刺激。それらの絶妙なバランス、実に素晴らしい」
悲鳴の発生源と思しき区画に足を踏み入れると、そこでは少し前とまったく同じような姿形と状況でネコミミを愛でるトロールの姿。
つげ義春の短編漫画みてぇだなと思いながら、オーリはムスペルに声をかけた。
「もし、そこのお方。少々よろしいか───」
◇
そんな調子でムスペルを狩り続けることしばし。
都合、何匹のムスペルを始末したかは憶えていないが(5匹目以降はバカらしくなって数えるのをやめた)、スレッドのどこを探しても出くわさなくなったところで、オーリ達は今回のクリーンアップ作業が完了したらしいと察した。
道具袋に放り込んだネコミミの数を確認したオーリは大儀そうに肩を叩いた。
「こんだけあれば充分かな。そろそろ帰るとしよう」
一連のアホな作業のせいで身体はともかく精神的にどっと疲れた気分だ。