〈ターミナル〉を使いパルタクス学園に戻ると、外はもうすっかり暗くなっていた。
おそらく夕食時を少し過ぎたくらいだろうとオーリは当たりをつけた。
普段は学徒連中が食堂か大路に押しかけるので校舎内は静まり返る時間帯。
だが学園祭を控えたこの時期、校庭はおろか校舎の廊下にまで学徒達が溢れかえり、そいつらの振るう金槌戦鎚パイルバンカーが釘諸々を打つ音やノコギリ・刀剣が材料(木材だけではない)を斬る音が夜気を押しのけ、学内の隅々を満たす勢いで響き渡っている。
「おらーっ邪魔だあ! どけどけえーっ!」
「うわっ、危ねえなあ!? どこ見てやがる!」
「とっとと失せろー! 轢き殺されてえかー!」
「おいこらてめぇ! 待てこらてめえ!」
「何度注意されたら気が済むんだこのバカタレ! もう許さねえぞ!」
「クソァ! 陸上部と弓道部の奴ら呼んでこい!」
「空飛べる奴らは校舎越えて回り込め! 挟み撃ちにすっぞ!」
馬鹿でかい看板やハリボテを数人がかりで担いで爆走するアホどもの足音、荷物を満載し通行人を跳ね飛ばす勢いで駆け抜けるリヤカーのスキール音、そいつらを鬼の形相で追いかける学祭実行委員と風紀委員の面々、ついでにハネ飛ばされた被害者達。
いつもなら幽的さえ寄り付かない夜闇の静けさも、各校舎や研究棟をつなぐ通路や校庭のあちこちに立てられたポールから吊るされた提灯ランタン
買い出しから帰ってきたクラスメイトの差し入れを手に一息入れる学徒達。
それらを仮りそめの観客として、僧侶の念仏パワーで若かりし日の力を取り戻した小野小町が怨敵・草深少将を卒塔婆一本杭による串刺しで逆転勝利、ロミオとジュリエットが悪代官に必殺のクロスボンバーを叩き込む。血湧き肉躍る感動の大団円に、観客達から万雷の拍手と歓声が上がった。
学祭当日を彩る紙吹雪にくす玉、花火玉を物凄い速さで作っているのは錬金科や手先の器用な盗術科の学徒達だ。
よく見れば虚ろな目ン玉でグレネードや焙烙玉を作ってるやつもチラホラいてるが、ここ最近の疲労と寝不足で自分が何作ってるかもあやふやになってるに違いない。
そんな居残り作業の学徒たちを相手に商売に勤しむ即席商人もいる。
「本日は前夜祭大サービスの日! 油っこくて具のない焼きそばが今なら学祭時お値段の3割増し!」
「なんの、こっちは味が薄くてのびたラーメンがなんとお値段そのまま量半分だあ!」
「こっちだって負けてない! 粉っぽくてやっぱり具のないカレーが食べられるのはウチのお店だけ!」
「……昭和の喫茶店による正月商法か、やる気のない海の家かよ」
「具がないのはともかく、盛りくらい勉強しろよなあ」
「そこのお兄さん、トチ狂った水無瀬シズナがアイドルデビューしたときのブロマイド買わない?」
「稼ぎたい気持ちはわからんでもないが、多少は商売仁義ってもんをわきまえなよ。アコギにもほどあんだろ」
「なに言ってやがる。この時期は学祭の入りを見越した大路の連中が割増してやがんだぞ! こうでもせにゃ赤字になっちまわあ!」
「あの悪徳商人どもめ!」
「いたいけな学徒の足元見るようなマネしやがって!」
「そういう言葉は、もうちょい擦れっ枯らしてねえ奴らが口にしてこそだな」
「なあなあー、チャーシューとまで言わないからラッキョウかメンマくらいオマケしてくれよー」
模擬店の練習も兼ねてひと稼ぎしようという魂胆なのだろう。制服の上に法被を着込んだ学徒達がろくでもない商いに勤しみ、背に腹は代えられない連中が忌々しそうにメシをかっ込み文句を垂れる。
その中に混じった明らか学徒ではないおっさん連中は、どさくさに紛れて学食大路の方から出張してきたらしいテキ屋と香具師と露天商だ。こいつらと一緒くたになったチンドン屋が声を枯らし、屋台から逃げ出した金魚とたい焼きが地べたでびちびちと跳ね回りカラーひよこ達も負けじとあちこちで“ぴよぴよ”鳴いていた。
この前夜祭というか前夜無法地帯というか。
どこを見渡そうが誰かがいて、その誰も彼もが不気味なほどに
さながらこの世全ての
◇
「うおーい、戻ったよー。ったく……ひでぇ目に遭った」
バカタレどもの起こした混乱と騒動に巻き込まれややボロボロの有様になったオーリ達を、教室に残って作業をする学徒達が出迎えた。
居残りの数は半分ほど。他の連中は交代で学食や買い出しに行ってるのだ。
「お帰りー。首尾はどーだった?」
「見ての通り、大漁さ。───それとこれはオマケのひよこ、あげる」
「いらねー。どこで拾ってきたの」
「アホの暴走特急に
人の気も知らずに手のひらの上でぴよぴよ鳴いてるピンク色のひよこを教室の片隅に置き、オーリは戦利品のネコミミを近くの机の上にぶちまけた。
衣装の採寸を測っていたヒューマンの少女が近寄ってきて、興味深げにそのひとつを頭に装着してみせた。
「どーね、似合う?」
「うん、可愛いじゃない」
褒められたことに関してはまんざらでもなさそうなヒューマンさんだったが、すぐにネコミミを外して複雑そうな顔をした。
「こんなもん付けるくらいなら、フェルパーやドワーフの子にウェイトレスしてもらえばよさそうだけど、男の子ってのはわかんないね」
「君だって格好いい男子に付けてもらったら考えが変わるかもだぜ」
「だったらオーリくんが付けてみなよ」
「俺にゃ似合わね。彼氏にでもやってもらいな」
「いねーんだよ、そんなの。あーあ、どこかにカッコいい彼氏って落ちてないのかな」
ヒューマンさんはちょっぴりふてくされた様子でネコミミを押し付け作業に戻った。
その背中に「ゴメンて」とオーリは詫びてから、フェアリーくん達とこれからの予定について相談し合う。
「ひとまず俺らの仕事は終わったわけだが、次はなにしよっか」
「模擬店の小物や宣伝ビラの制作でも手伝うとかでいいんじゃねーか」
「そーだね。出払ってる連中が戻ってきたら、人手の足りてないとこを訊いて助っ人をしてくか」
頷き合う男子2人にエルフちゃんが混ざってきた。
「それもいいけどさあ、まずは晩ご飯済ませてからにしようよ」
言われてみればお昼以降、おやつを食べたっきりで働き通しだ。今夜は長丁場になりそうだし、お腹になんぞ詰めておかんと厳しいだろう。
「今からじゃ学食も購買部も混んでるし大路にでも行く?」
「話を聞く限りあそこの連中、割り増し逆キャンペーンを開催中らしいからなあ。懐に余計なダメージくらうのは避けたいかな……」
渋い顔をするオーリ。
同学年の学徒に比べてはるかに稼げてはいるが、それでも出費を抑えられるに越したことはないのだ。
「しゃあないな、調理実習室に行こう。模擬店の練習がてら俺が何かつくるよ」
幸いなことに材料ならいくらか余ってることではあるし、ついでに夜食でもこしらえておくべきか。
オーリの提案にエルフちゃんは機嫌よくうなずきを返した。
「いいねえ、きみのお料理なら喜んでいただくよ」
「きみ達にも下ごしらえとかの手伝いはしてもらうからな」
「へいへい。じゃあ、さっさと行きましょ」
オーリは作業中のクラスメイト達に一声掛けた後、エルフちゃんに手を取られて教室を後にした。
引きずられるように連れて行かれる少年を何人かが物思わしげに見送ったが、やがて鼻をふくらませてため息をつき、やけに乱暴な手つきで作業へ戻った。
…………
結局、その日は夜遅くまで作業が続けられ、クラスの大半は寮にも戻らず教室に雑魚寝して夜を明かす羽目になったという。
◇
かようにして学園中が来たるべき学園祭に備えるためのお祭り騒ぎ、もしくは乱痴気騒ぎに明け暮れながらも着々と準備と舞台は整い、オーリをはじめとした学徒連中もそこかしこを東奔西走右往左往月は東に日は西にひよこ右向きゃ尾は左、看板作ってポスター作って、インクの臭いがキツい印刷室にこもって頭痛をお供にビラやチラシを刷って、衣装を仕立て直したり繕いものに勤しんだり、疲れ寝不足で授業中に居眠りしたり先生にカミナリ落とされたり、買い出しに出かけたり料理の材料を値切ったり、余り物でおやつ夜食を作ったり……。
そうしてる内に、気がつきゃ“あっ”という間に学園祭の前日。
「さて、これで明日から学祭が始まるわけだが───」
帰りのHR(学祭に備えて今日は半ドン)にて、ユーノ先生は教壇から教え子達を見渡した。
皆いずれも髪はボサボサ制服もヨレヨレ。面に浮かぶクマや疲労を隠しきれてはいなかったが、それでも誰の顔にも満足のいく仕事をやり遂げた達成感が見て取れる。
先生は満足そうに笑ってみせた。
───結構なもんさ。こいつら例外なく若さと頑丈さしか取り柄のないアホ揃いだが、冒険者を志すならそれだけあれば80点。無理や無茶が利く内ならいくらでもやりゃあいいんだ
「あんたら、よく頑張った。学祭をつつがなく送るためにも、最後の仕上げが終わったらちゃんと寮に戻ってしっかり寝ておきなさい」
せっかくここまでやったんだ、肝心の本番を楽しみ尽くせにゃ損だぞ。常からは想像もできない優しい声による労いに、さしものクソガキ共とて素直にうなずきを返す。
「じゃあ、これで解散。さっきも言ったけど、今日ばかりは早めに寝ちまいな」
愉快そうに言い聞かせ、ユーノ先生は教室を出ていった。
◇
いつもより早い放課後となり、オーリ達は準備の締めくくりとして教室内の机を移動し、掃除と一緒に飾り付けを施していった。
手が空いたり掃除を終わらせた連中が合わせた机の上へ手芸部の子に刺繍を入れてもらったシートを被せたり、壁にお品書きやリボンを貼り付け、フェアリーくんのように空を飛べるやつらは天井に装飾を施していく。
自分に割り当てられた衣装(ついでにネコミミ)を確認したエルフちゃんが、椅子にクッションを設置してるオーリに声をかけた。
「ところで、きみはどんな格好をするの。無難なとこで執事?」
「なに言っとる、俺は裏方専業だぞ。やれてせいぜい、コックか“おさんどん”のカッコで飯炊きさ」
「せっかくイメチェンして格好良くなったのに、もったいないなあ。余計なことかもだけど、もうちょい自分を押し出してもいいんじゃないの」
からかいでなく惜しそうに言いながらエルフちゃんは、この少女のどこにと思えるほどのうやうやしい手つきでネコミミをオーリに被せた。
「そう言ってもらえるのは嬉しいね。ま、次の機会があればそんときは考えておくよ」
かすかな苦笑いと一緒に、オーリは引っ剥がしたネコミミをエルフちゃんに返した。
「ンなことより、先生にも言われた通り今日はさっさと切り上げて休んじゃいなよ。肝心の接客担当が目にクマ作ってたりヨレてたらお客も寄り付かねえ」
「うん、わかってる。オーリくんも疲れを残さないよう、ほどほどにね」
「あいよ。ま、お互いに当日は張り切って稼ぎに貢献しようや」
話はこれで終わったとばかりに作業を再開した少年へと、少しだけ不満そうなものを浮かべたエルフちゃんだったが、それもすぐに消して「じゃ、また明日」とだけ言い残し教室を後にした。