男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第77層 撃滅混迷学園祭 ~各種バカタレ返り討ちハッピーセット編~

「うぉーい、わたしを置いてどこに行くつもりだよー薄情モンがよー」

 

 教室を出ようとしたところで、草原をはしる風のように瑞々しい、しかして不機嫌という言葉を形にしたような声をかけられた。

 少年達が方や後回しにした宿題を前にした小学生のような、方や舌打ちでもしたそうなツラで振り返ると、教室の扉にもたれかかりこちらを睨みつけるエルフちゃんの姿が目に入った。

 

 オーリは心外とばかりに口をとがらせた。

 

「人聞きの悪いことを言わんでほしい。休憩時間を使って学祭を楽しむ───極めて真っ当な学徒のあり方じゃい」

「だったらわたしも連れてけよー。仲間だろー、クラスメイトだろー」

「なに言ってやがるかな、きみはまだ仕事が残ってんだろ。シフト表を知ってるからこそ、あえて誘わなかったんだぜ」

 

 付け加えるなら、彼女を嫌ってるフェアリーくんがイヤな顔しそうだったからというのもあるが。

 とはいえ勘ばたらきのよいエルフちゃんのこと。そこらは先刻承知のようで、彼女はいつもの快活な態度とは打って変わり少なからず毒をまぶした視線でもって馬鹿二匹を交互に見やった。

 

「ふん。それにしたってちゃんと対応済みさ───ほれ」

 

 皮肉げに言い、エルフちゃんは教室へと繊細な顎をしゃくる。

 そちらに目をやればでかくて真っ白い翼を背負った見覚えのある少女───オーリ達の仲間のセレスティアさんが、シックな青と白のエプロンドレスに身を包んで注文を請けているのが見えた。なるほど、彼女に助っ人を頼んだわけか。

 

 今日のために装いを新たにしたのだろう。ネコミミの下で柔らかいウェーブを描く金色の髪には、ショッキングピンクのインナーカラーが入っている。

 常人がやればドギツい印象ばかりを与えそうなものだが、内面はさておき品のよい美貌とそれそのものが黄金の輝きを放つような髪色、可愛らしい装いの組み合わせとが、彼女を夢の国の佳人のように仕立て上げていた。

 

 またウェイトレスとしての手際も大したもので、次から次へと舞い込む注文、質問、クレーム、ナンパ、お触り、痴漢行為等々をさばき、あしらい、無視して、断り、肘鉄を見舞い、鉄拳を打ち込み、教室内を舞うように飛び回る様は堂に入ったものだ。

 

 そうこうしてると新しい注文がきた。

 呼ばれたテーブルへと向かい、鼻の伸びきったお客から注文を受ける少女の背後へと「ああ、持病の(しゃく)が……」などと時代がかった寝言をほざき抱きつこうとする輩が生えてくるも、セレスティアさんは振り返りもせず踵を跳ね上げる。

 

 

「ぐげば」

 

 

 1km先のフットボールを撃ち抜く正確さで股間へ叩き込まれた踵あらため痴漢野郎迎撃ミサイルの一撃をくらい、世紀末救世主にぶん殴られた悪党みたいな悲鳴と泡を噴いて卒倒したアホなぞ一瞥もくれることなく軽やかに身を翻したセレスティアさんはオーリへ小さく舌を出しながら片目をつぶる。ついでとばかりに手を振ってよこす。

 直線上にいた何匹かが運悪く被弾して「なんという美少女しぐさ」 「こんなの絶対、俺のこと好きじゃん……」 「ばっかじゃねえの、俺だよ」 「夢見てんなよ。オレだよ、オレ」 「お前らスマンな、俺がモテちゃうばかりに……」などと色めき立つ。

 

 羨ましくなるほどの幸せ野郎を量産する手管に、エルフちゃんの口から感嘆とも羨望ともつかぬため息がこぼれた。

 

「罪な女だのう」

「きみだってその気になりゃあやれそうなもんだが」

「ほー、そうかいそうかい」

 

 エルフちゃんは少しだけ意地の悪い笑みを閃かせて距離を詰めた。

 

 こいつ、またぞろ妙なことするつもりか。オーリが身構えるよりも早く、少女の両腕が獲物を捉える白蛇となって少年の腕を絡め取り、しなやかな体が押し付けられる。

 脇に浮かぶ美少年が「うげ」と、でかいネズミかゴキブリでも見かけたような声を出した。

 

 二の腕に押し付けられる細身の、それでも柔らかい感触、ほのかな香水の薫りに固まるエロガキの耳元へ少女が口を寄せた。

 

「どーね、頭がフットーしちゃいそー?」

 

 耳をくすぐるわざとらしいささやき、吐息のこそばゆさに粗末な脳ミソが茹で上がりそうになるのをこらえ、オーリはどうにか平静を装い返事を絞り出した。

 

「悪くないな。今なら焼きそば奢るくらいはしちゃうかもよ」

「しわいのう」

「貧乏学徒の懐に無理な期待しちゃいけねえ」

「あっそ。いっぱい稼げる素敵な男の子になりなよ」

 

 きみのためにか。茹だった頭がそうさせたのだろう。余計なことを訊ねようとする口を、すんでのところで噛み殺すアホのツラがそんなに面白かったのか、抱きついたままのエルフちゃんが悪戯を成功させたグレムリンみたいに笑った。

 

「そーだよ」

「なんも言ってねえぞ」

「美少女の勘をナメちゃいかんよ。───がんばってね」

 

   ◇

 

 教室を後にした三馬鹿は校庭に繰り出し、あちこちに軒を連ねる屋台や出し物を見て回りながらの買食いをすることにした。

 他教室の出し物でも良かったのだが、どうせやることは自分達とあまり変わらないし、メニューにいたっちゃお粗末なもの(大路で仕入れたお菓子をそのまま出すってのはさすがにどうよ)。それならまだ量を買えて選択の幅がある屋台巡りのがマシという判断である。

 

 余計な同行者の追加にフェアリーくんがゴネるかとも思われたが、意外にも露骨にイヤな顔をするだけで何も言わなかった。

 別にこれを機に歩み寄るつもりとかではなく、あくまでもオーリに遠慮しただけなのは明白だったので、後で何か奢るなりしてご機嫌伺いでもせにゃならんだろう。

 

 オーリ達はこの手の出し物の定番である、焼きそばたこ焼きお好み焼き、フランクフルト焼きもろこしクレープ、素材不明の串焼き(手羽先っぽいけどよく見りゃ形状がなんか変)などを目についた端から買い込んでいった。

 

「よっしゃ、こんだけありゃええか」

 

 言いながらオーリが道具袋に突っ込んでいく量に、イカの姿焼きを手にするエルフちゃんが目を丸くした。

 

「ずいぶんと買ったもんだ。それ全部、食べるつもり?」

「まさか。他の連中への差し入れも込みに決まっとろーが」

「きみってば妙なとこでマメだね」

「最低限度の気遣いってやつさ。説教臭いこと言いたかねんだが、きみらちったぁ人間関係ってもんに思いをいたしてもらいたい」

「そーゆーのは他の子に任せたいかな。足りないものを補い合うのが仲間とかパートナーってやつじゃねー?」

 

 ぬけぬけと言い放ち姿焼きにかじりつくエルフちゃんを脱力したように見やるオーリだったが、ふと気が付いたように少女が着込むコスチュームを指さし、

 

「ところで遅くなったけど……よく似合ってるね、それ」

「ホントに遅っせーね。お詫びとしてもっと褒めるがよいよ」

「あい。可愛い、超可愛い。惚れ惚れしちゃう。───こんなでどーよ」

「よろしい、そこのりんご飴を貢ぐ権利あげる」

「ありがてぇありがてぇ。とはいえ慎みと遠慮深さを刻みつけて育った身でね。今回はご辞退させていただこうかな」

 

 実際、エルフちゃんの選んだ衣装はよく似合っていた。

 

 どこかの学校の制服なのだろう。頑丈で汚れにも強いが機能性だけを追い求めた結果、デザインといい配色といいどうにも野暮ったくなったパルタクス学園のそれとは違い、可愛らしいパフスリーブのブラウスに目にも鮮やかな赤と落ち着きのある黒を組み合わせたベスト。スカートは先の赤色にワインレッドを組み合わせたチェック柄で、それらの裾や襟元にはイエローのラインが配置され効果的なアクセントとして彩りを添えている。

 

 デザインといい装飾といい、制服ちゅうよりどこかのアイドルグループのユニフォームみたいだなと目を細めるオーリだったが、そこで妙なことに気が付いた。

 

 ───あー? なんだこりゃ。あちこちにパルタクスの制服みたいな仕掛けがされてんぞ

 

 冒険者学校の制服というやつは通常の学校・学部のそれとは違い様々な機能を付与されている。

 たとえば先に述べた耐久性の他にもポーチ等の小道具を引っ掛けたり、武具・防具を装備するためのフックやアタッチメント等が体の動きを阻害しない形で配置されたり等だ。

 他にも学徒や学科に応じた改造のしやすさも挙げられ、クラッズさんなどの盗賊系に属する学徒はこれを利用し、袖や襟元に非常用のワイヤーソーや各種補助ツールを仕込んでおくのがたしなみである。

 

 これらの珍妙ギミックが付与された理由、元を質せばパルタクス学園はじめとした各冒険者学校の母体となったものが、かの悪名高き最低接触戦争もとい〈イカロ戦役〉時における軍事教練施設こと、〈聖戦学府〉であったことに起因する。

 

 ……というよりも校舎からカリキュラム、ついでに制服までも黎明期に発掘されたばかりだった聖戦学府のそれを流用しているのだ。手元不如意による涙ぐましい節約精神、あるいは無い無い尽くしな貧乏人の一工夫とでも言うべきであろうか。

 

 話を戻すがエルフちゃんが身につけた衣装にも同様の仕込みがされている。普通の制服ではまず無用な代物が。

 

 穴が開きそうな凝視に気を良くしたらしいエルフちゃんが語ってくれた。

 

「さすがにお目が高いね。こことは別の地域にある〈プリシアナ学院〉ってトコの制服なんだって」

「あー?」聞き慣れぬ単語に、オーリは訝しさをあらわにした。「そんな名前の冒険者学校なんて聞いたことないぞ」

 

 記憶違いでなければ大陸における冒険者育成学校はパルタクス学園を含めて3つ。後は北部にあるランツレート学院と、中央南部に位置するマシュレニア学府だ。

 その指摘にもエルフちゃんは特に考えることなく言う。

 

「こっちとは別の大陸ンとこのガッコなんじゃねー?」

 

 そりゃあねーよ。オーリは言下に否定した。

 

 以前にも書いたがこの世界の海と空、つまりは実質的な世界のほとんどはワイバーン達によって支配されている。

 なので航路の開拓なんてもんは非現実的(うっかりワイバーンの縄張りに入ったら殺されちまう)、〈地下道〉を使おうにも大陸の外側までをカバーする地下道、およびそれに繋がるポータルは発見されていないのが現状である。

 

「〈天竜召喚札〉があるじゃん。どんだけ距離あろうがひとっ飛びだぜ」

「アレは使用者が一度は行った場所にしか行けんのだ。他の大陸に行ったことのあるやつがおらんのにどないせぇと」

 

 より正確には座標の登録さえできればいいのだが、イカロ戦役前後のゴタゴタによって他地域のデータどころか、座標の割り出しに必要な技術すら逸失した現在では夢のまた夢であろう。

 

「じゃあどこの制服なんだよー」

「そんなんわからんて。……でもよく考えたらそれ演劇部の借り物だろ。劇に出てきた架空の学校のやつなんじゃないかね」

 

 にしては細部に至るまでの作りが、実戦で使えそうなくらいしっかりしているのが謎ではある。

 

 ───きっと凝り性のやつが作ったんだろう。そういうことにしよう

 

 これ以上は考えても面倒くさいことになりそうだ。オーリはそう思い込んで前後の記憶を消した。

 

   ◇

 

 そうして1時間ばかりを買い食いやら屋外ライブやらの見学に費やして回り、そろそろ知人への様子見や差し入れに向かおうとしたところで、オーリ達の背後から天地をも震わす大音声が轟いた。

 

 

『ほろびますぞ! ほろびますぞ!』

 

 

「うわっ、なんだなんだ」

 

 いきなりのことに驚きつつ振り返ると、恰幅のいいガタイを僧衣に包んだ禿頭の中年男性が、尋常ではない形相でこちらに近づいてくるのが見えた。

 

「……あの、どちらさまですか?」

 

 冒険者の体力に物を言わせてさっさと逃げればいいものを、やるにも事欠いて足を止めて固まるオーリ達へ、全盛期のアブドーラ・ザ・ブッチャーを脱色したような風体のおっさんは“ずんずん”と圧を強めて詰め寄り、息のかかりそうな距離から怒声を浴びせてきた。

 

「ほろびますぞ! ほろびますぞ!」

「あっはい、それは分りましたので具体的に何の話をされたいのかをですね……」

「ほろびますぞ!ほろびますぞ!」

「えーと……だからですね───」

「ほろびますぞ! ほろびますぞ!」

「そりゃあわーったから、具体的に何がどうなのかを言えちゅーとるんじゃ!」

 

 何を言おうと聞き返そうと同じ文言を繰り返すばかりのおっさんに辟易するオーリの横で、エルフちゃんが無言のまま空いてる左手を一振り。見た目だけなら白磁のごときたおやかな手に熟練の手妻師か十六夜念法よろしく重戦鎚が現れた。お仲間のクラッズさんに教えを請うた隠器の術であるが、余計なスペースが見当たらない衣服のどこに隠していたのかは謎だ。

 

「ねえ、どーする。わたしの乙女精神注入棒でぶっ叩いて性根を入れ替えさせちゃう?」

「えーい、おのれもおのれですぐ暴力的解決を図るのやめい。いかなトンチキといえど相手は一般人やぞ、冒険者の腕力で殴ったら仏様ンとこに直行便やろがい」

「でも以上、こんなのに付き合っていたくないよ。こっそり腹パンでもして逃げちゃったがよくねー?」

「それはそう。さくっと殺っちまう、もといやっちまうか」

 

 前言はどこへやら。後ろ手に拳を握りしめ、オーリはそれとない動きでもって周りの死角になる位置を取った。

 

 朝令暮改にもほどがあると思われそうな行動だが、しかしこれをそしるのは酷だろう。

 考えてもみるがいい。年に一度の学祭を両隣に目にも麗しい美少女美少年と共に周るなんていう、少し前の自分では夢にも見れない青春模様を楽しんでいたのだ。それを何が悲しゅうて得体のしれない怪人に邪魔されにゃならん。考えたら段々とムカッ腹も立ってくるし、オーリのげんこつにも一層の力が入る。

 

 だがお腹に一撃入れようとしたところで、絶好調で喚き散らすほろびますぞbotの体が突如として風に舞い散る木の葉のように(などと形容するにはやや汚い)吹っ飛んでいった。

 

「うわあ、なにごと──!? てゆーか俺まだなんもやってねえからな!」

 

 いきなりのことに目を丸くするオーリの視線の先では、見知らぬドワーフの少女が巨大な鉄塊とも見紛う戦棍を振り切っていた。

 襟章からすると2年生、左腕に〈風紀委員会〉と記された腕章を付けている彼女がどうやら助け舟を出してくれたらしい。

 

 混乱から立ち直ったオーリがお礼をいうより早く、ドワーフの少女は腰のところに付けたポーチ───おそらく中に道具袋が入っているのだろう───に棍を仕舞い、こちらに向けてやや厳しい目と声を向けてきた。

 

「ちょっとキミ達、来場者さんの迷惑になるからこんな人混みの真ん中で騒ぎを起こさない」

「えぇー……あ、イヤ。はい、すみません」

 

 オーリにしてみりゃ一方的に絡まれた被害者みたいなもんではあるが、言い返したところで話をこじらせるだけなので素直に頭を下げることにした。

 

 そのやり取りの最中にも、地面にぶっ倒れ顔の穴という穴から様々な液体(血以外の、流れちゃいけなさそうなもの含む)を撒き散らしているおっさんを、少女と同じく風紀委員会の腕章を付けた学徒達が慣れた手つきで簀巻(すま)きにしていく。

 

 一般的な『学園祭』と呼ばれるものから連想されるものから果てしなく縁遠い光景を横目に、オーリは周りを警戒するドワーフ先輩へ訊ねた。

 

「あのー、“アレ”は一体なんなんです?」

「うん? 最近、学食大路のあたりを根城にしてる邪宗門の勧誘だよ。学祭の騒がしさに釣られてやって来たんだね」

「あー、もしかすると気色の悪いバチあたり地蔵(※第47層参照)をあちこちに違法設置してるやつらすか」

「そゆこと」

 

 目をつけられると無視してもまとわりついてくるから、もしまた声かけられたら何も言わずにぶつか蹴っとばすかしてね。苦々しさもあらわに対応を教えてくれるドワーフ先輩だった。学祭の前後からこっち、叩いてもフクロにしても簀巻きにしても埋めても川に流しても次から次へと生えてきやがるので、いい加減に甘い対応とかしていられなくなったのだとも。

 

 なるほど。周りの人々が野次馬にもならず通り過ぎていった理由がそれか。

 オーリが渋面で納得する内に、お仲間達の簀巻き作業も一段落し、去り際にドワーフさんは三馬鹿どもへ小言をくれた。

 

「ウチらも色々と忙しいんだから、自前で対処できることはそっちでなんとかしてくんないと困るよ。キミらだってせっかくの学祭を台無しにしたくないっしょ」

「はい、すんません。気をつけます」

「わかればよろしい。じゃあウチもこいつを川へ流しに行くから───撤収!」

 

 簀巻きにしたおっさんを担いで遠ざかっていく先輩達を見送ったオーリは、両隣で自分と同じく呆気にとられるというか納得いかなそうなツラで佇む相方達と顔を合わせた。

 

「まったく、なんちゅうイベントだ」

 

 しかしこれもまた、パルタクス学園における直視しがたい青春の一幕なのだ。

 

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