謎の邪宗門オヤジの襲撃から逃れたオーリ達は、日頃からお世話になってる人達への陣中見舞いをするため学内のあちこちを回ることにした。
まず手始めに向かったのは校庭の隅っこに敷設された〈保健委員会〉の臨時出張テントだった。
雑踏の混乱による怪我や立ちくらみ喧嘩騒ぎ等、次から次へと担ぎ込まれてくる連中の収容以外にも、保険委員達の休憩や待機所(仮眠による魔力回復も含む)として機能するため、結構な大きさとなったパイプテントの横幕をめくろうとしたオーリ達を、殺気立った怒声が出迎えた。
「おい、出動要請が入ったぞ! 準備しろ!」
「場所は!?」
「正門入ってすぐの無許可屋台、花火打ち込まれたチラシ撒きが突っ込んできて引火だとよ!」
「クソァ! あのバカタレども、またやらかしやがったのか!」
「俺もう魔力切れ寸前やぞ!」
「てかメシ食う暇もねーのか!」
「そんなもん行きながら食え!」
「文句はええから早よせんかい! 置いてっちまうぞ!」
薬箱や担架を手に、通行人を轢殺する勢いで緊急出動する保健委員たちをやりすごしたオーリ達があらためてテントをくぐると、ユマ先輩が地べたにぎっしり転がる怪我人や急病人、ドリフのコントみたいな黒焦げ野郎どもへ回復魔法を施しているのが見えた。
声をかけられるより前にこちらへ気付いた先輩は、いつもと変わらぬ柔らかな微笑みをよこした。
「うん? どうしたの、怪我でもしたのかな? 悪いんだけどご覧の有様だから、自前回復ができる人は治してあげられないよ」
「ちゃいますて。お忙しい先輩たちへの陣中見舞いです。───これ、よろしければ他の委員の皆さんと召し上がってください」
労いと一緒にオーリは先ほど買い込んだ品々や、喫茶店での調理中に暇を見て作っておいたお菓子等を渡した。
「わざわざありがとう。でも私達のことより、あなた達が楽しむことを優先してね」
「そりゃあもちろんですが、こんな時でもないと先輩達に日頃の感謝も伝えられないですから」
「ここ最近、暇を見つけては差し入れしてくれる後輩くんがいるから、気持ちだけで間に合ってるんだけどな」
「気持ちが間に合ってるなら、しっかり形にもしないとですよ」
真面目くさるオーリの律儀さ、あるいはクソガキ特有の融通の利かなさからくる頑固に先輩は少し困ったような笑い方をした
「───ふふっ、本当にあなたはいい子だね。他の子達も半分くらいでいいから見習ってほしいよ」
◇
長居して仕事の邪魔をするのも悪いので、二言三言の会話を交わしてからオーリ達は臨時テントを辞去した。
次は錬金先輩のところに向かおうかなとオーリが考えてるところへ、なぜだか面白くなさそうな風にエルフちゃんが訊ねてくる。
「前から気になってたけど、きみは先輩に対してやたら礼儀正しく接するね。ああいうのがいいのか、歳上が好きなのか」
「きみは隙あらば色に絡めたがる噂好きのおばちゃんかね。後輩として当たり前の礼儀の範疇やぞ」
「どーだか。ホントは良い後輩アピールで距離を詰めて、あわよくば───とか考えちゃってるんじゃねーの?」
「確かに素敵な人なのは否定せんがね、能力含めて仰ぎ見る対象ってだけで好いた惚れたはとてもとても」
俺なんぞの手にゃ負えねーよ。オーリはどっと疲れたように息を吐いた。
照れ隠しとかではなく紛うことなき本音と事実である。
「……ま、あの人を見てると故郷の姉ちゃん思い出すてのもあるんかな。両親や兄貴達ともども、元気してるといいんだが」
微笑みというにはややほろ苦い顔を覗き込むようにして、隣に浮かぶフェアリーくんが訊ねてきた。
「そんな似てんのか」
「うんにゃ。見た目から雰囲気から全然違うけど、なんでか頭に浮かぶんだよね」
それともこれがホームシックってやつかな。遠く離れたふるさとに思いを馳せる少年を、フェアリーくんが常よりやや温もりを感じさせる目で、エルフちゃんが白けたようなツラで眺めた。
「ふん、やっぱし歳上が好きってことじゃん。───エロガキ」
「だからなんでそうなるんだよぉ」
口を尖らせるオーリを無視して、エルフちゃんは近くにいた紙芝居屋からソースせんべいを買ってかじりついた。何がそんな気に入らないのかしらんが、どうやらこれ以上は取り合うつもりもないようだ。
とはいえコイツの前で少しでも感傷的な気分になった自分もアホだったのだろう。
色々なものを台無しにされた気分で頭を振ったオーリは次の目的地に向かうことにした。
◇
次にオーリ達が向かったのはアイテムの合成でお世話になっている、ディアボロスの先輩のところだった。
といってもオーリ達は彼女がどこのクラスに所属してるか知らなかったので、上級生達の教室や出し物を見物ついでに巡って探すことにした。
した、のだが……。
「……ぬー、見つかんないね」
30分ほどあちこちをうろついたところでオーリがぼやく。どこか別のサークルに助っ人で駆り出されてるのだろうか?
残念ではあるが向こうさんにも都合というやつがあるだろうし、学祭も今日だけではないので明日また探すことにしよう。
気を取り直したオーリは校舎から中庭を突っ切り、文化系サークルの部室が置かれているクラブハウスに向かった。今の時間ならバハムーンくんが文芸部の売り子をやってるはずだ。
ゆるゆると買い物をしながら到着したクラブハウス前の広場は、学徒と来場者で大賑わいだった。
今日という日のため、文化系サークルに所属する連中が臨時即売会場を設営しているのだ。
「はいはーい、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。今ならお安くしておくよーい」
「こちらポーセラーツ体験会やってまぁす。あなただけのオリジナル食器を作ってみませんかぁ?」
「とっても可愛いフラックぬいぐるみ、残りあと3点!」
「おっそこの賢そうなおぼっちゃん、歴研発刊のリルガミン王家興亡史はいかが? ターミナルから得られた最新情報を基に我が研究会の精鋭が分析したレポートだよ!」
「今日の記念に似顔絵どうっすか! ちょっくら似すぎて魂持ってかれる人もいるけど気にしちゃいけねぇ」
「唄ってあげましょわたしでよけりゃ セーヌのたそがれ
「花はマロニエ シャンゼリゼ 赤い
「そこのお兄さん、〈灰色の貴婦人〉が使ってた
「午後からの演劇部の演目、パンフレットお求めの方はこちらでーす!」
普段なら昼休みに学徒達がお弁当を広げ、放課後には美術部員が写生に励んだり校舎施設からあぶれた小規模サークルが練習に使うくらいの広場だが、今日はそのあちこちに簡易テントや長机が置かれて大賑わいを見せている。
各部の学徒達がめいめい好き勝手放題な売り口上をがなり立て、それに混じって様々な同好会の弾き語りやらが歌い踊る広場の入口で、オーリはぐるりを見渡した。
お目当ての相手こと、バハムーンくんはすぐに見つかった。なにせ他の文系部員とは一線を画すデカいガタイと、これまたデカい翼を背負うやつなので黙ってても目立つ。
「お、来てくれたんか」
こちらが近寄ってくる気配を感じたのか、オーリ達が声をかけるのに先んじてバハムーンくんは首を向け片腕を上げた。
質素だが頑丈な作りのキャンプチェアに座る彼の膝の上ではクラッズさんが丸くなって寝ており、その前にある長机の上には学祭に合わせて発行された部の同人誌が積まれている。
オーリは手土産の詰まった大きめの紙袋を掲げ、
「まあね、これは差し入れだよ。───調子はどーね?」
「ありがとうな。ま、ぼちぼちってとこだ。同人誌も予想よりハケたし」
言うても俺は売り上げにこれっぽちも貢献できてねえんだけどな。バハムーンくんは軽く苦笑いした。彼が売り子になってからここらに近寄る者が露骨に減ったのだそうな。
彼には悪いがそらそうだとオーリも思わざるをえない。なにせ内面はさておき
「部の皆には悪いが、明日からは別の仕事をさせてもらったがよさそうだ」
「それがよかろ。人には得手不得手ってもんがあるからな。ところでその発行誌、俺も1部もらっていい?」
「おう、毎度あり。差し入れの分、勉強するぜ」
「さんきゅ」
お土産と一緒に代金を渡したオーリは早速、受け取った同人誌をめくり、バハムーンくんが寄稿したページに飛んだ。
美術部員に依頼して描いてもらったという扉絵には、口から吹雪を放つ雪女と目から冷凍光線を撃ち出す雪だるま、それらを迎え討つべくメーサー殺獣光線車を駆る雪男などが
オーリは冷水が歯に沁みたようなツラをした。
「……タコみたいな火星人が出てくる系の空想科学小説?」
「なにを言ってるんだ。見ての通り推理小説だぞ。俺は火星のプリンセスの方が好きだな」
「オーギュスト・デュパンやシャーロック・ホームズにガン見させてもわかってもらえねーよ」
バカなやり取りをしてる最中にクラッズさんも目を覚ましたので、オーリ達は彼女も交えて机の上に広げた土産物をつまみながら歓談にふけった。
なんとも不真面目な仕事ぶりと思われそうだが、どうせ近寄る者とていないのだ。
そうして30分ほどの馬鹿話をしたところでシフト交代の時間となった。
やって来た文芸部員と代わったバハムーンくんとクラッズさんと一緒にオーリ達は騒々しい中庭を歩く。
さて、これからどこに行こうかと考えるオーリへと、彼女さんを肩車の形で乗っけたバハムーンくんがちょっと言いにくそうに切り出した。
「悪いんだが、俺達は別行動させてもらうよ。今日は、その……この子と2人きりで周りたくてな」
「あー、そらしゃあねえわ。気ぃ利かせられんですまんかった」
「こっちこそ勝手を言っちまって済まん」
「いいてことよ。まあ明日は皆であちこち見て周ろうや。じゃあ、また明日な」
「ん、じゃあな」
別れしな、ここに来る途中の屋台や客引きにもらった割り引きチケットを渡してオーリ達は手を振って別れた。
◇
オーリ達は一通りの屋台を巡ってから再び校庭に抜けた。
途中、何度か怪我人を運ぶ保険委員の面々に
学園の外からやってきた遍歴商人達の屋台や露天商いの品などを物珍しげに眺めて、たこ焼きを頬張るフェアリーくんの麗貌が石でもかじったようにしかめられた。
「なんだこりゃあ、タコなんざカケラも入っちゃいねえぞ。ただの焼きだ、焼き」
「アコギしやがるな。俺のはちゃんと入ってるから、よければ交換する?」
「ありがとーよ。でもいいんかよ、おまえ」
「物自体は具を抜きにしてもちゃんと美味しいから無問題ね」
学内を一周したオーリ達はドリンクの屋台で温かい飲み物を買い込んでから、校庭の中央に設営された屋外寄席へ向かった。
ちょうど開催されてた落研やコント同好会の演目に腹を抱え、小休止の時間になったところでオーリは軽くあくびをした。
「……そろそろ一休みすっか。お腹もくちくなったし、面倒事やどんちゃん騒ぎに巻き込まれたりで疲れたし」
なにより俺ら、お昼前からロクに休んでもいない。オーリのが伝染ったのか、エルフちゃんも口元に手をやってこぼれそうになるあくびを噛み殺した。
「そーだね。わたしも今はなんか、静かに音楽でも聴きたい気分」
「なら体育館にでも行ってみるか」オーリは空から降ってきたチラシをキャッチして目を通した。「今なら吹奏楽部の発表会に間に合うよ」
半ばアホの大博覧会と化しているとはいえ、これでも『文化祭』なのだ。たまにゃ文化的なものに触れてもバチは当たるまい
ところがそれを聞いたフェアリーくんが首を横に振った。基本的にオーリの提案を断らない彼にしては珍しいことである。
「悪いんだけど、ぼくは少し用事があるからここで離れさせてもらうぜ」
「それはまあ別に構わんけど……なんぞ人手が要る用件なら俺も手伝うよ?」
「そーゆーんじゃねえから安心しな。あくまでもプライベートな話ってだけ。……つけ加えるとぼくは吹奏楽部の幽霊部員なんでツラを見せにくい」
「ああ……」
そんならしゃあねえわな。心もち目を泳がせるフェアリーくんの姿に、オーリもやや気まずげに納得した。言われるまでそこらが頭からすぽりと抜けていたのだ。つくづく自分のウカツとデリカシー不足が呪わしい。
「じゃあな。ま、ぼくのことは気にせずお前は楽しんでてくれよ」
背中の羽を強めに振って空に上がったフェアリーくんに、オーリは小さく手を降る。傍らのエルフ娘が清々したとばかりの声を投げつけた。
「おうおう、どこへなりと行っちゃえ。今日はもうツラ見せないでもいいぜー」
「手前こそ邪宗門のありがてぇ腐れ説法でもご拝聴して粗末な脳ミソ洗ってきな」
「えーい、おのれら別れ際のやり取りさえ無難に済ませられんのかい」
文化の薫りも高い応酬に、オーリは頭を抱えたい気分だった。
ブラックホール第三惑星人に仕組まれた時刻表トリックの鍵を
スーパーXとガメラの衝突事故が握っているとは思わなんだ