いつも一緒にいてくれるやつが、特別なイベントのとき傍にいてくれないというのは妙に寂しく感じるものだ。
小さくなっていくフェアリーくんの後ろ姿を未練がましく見送ったオーリは、傍らのエルフちゃんに声をかけた。背後から立喰い同好会所属の学徒達による、購入したフランクフルトの代金を誤魔化すためのくされ講釈が聞こえてくる。
「しゃあない。一度、教室に戻るとしよう」
言い訳になりそうだが何か含むところがあるわけではなかった。
エルフちゃんに頼まれ助っ人として駆り出されたセレスティアさんも、そろそろ交代の時間だろうから労いついでに誘ってやりたいと思っただけなのだ。
次の瞬間、背筋を突っ走る悪寒の告げるままオーリがとっさに半身をずらし足を引っ込めたのは、積み重ねた経験値とレベルがなし得た虫のしらせというやつなのだろう。
さっきまで足のあった場所から大量の火薬でも爆ぜたような音が起こった。
足裏へ伝わるかすかな振動。肝を冷やすオーリの目に映るのは、黒いニーハイソックスと小洒落たマニッシュシューズで彩られたエルフちゃんのおみ足───ついでに少しへこんだ地面。
オーリが愛用しているブーツは各領地の兵隊さん達が使ってるものを鉄板と針金で強化した特注品だが、それでもレベルを積んだ
「あっぶねぇなあ! 何しやがんだ、いきなり!?」
突然の大声に周囲の連中がこちらを“ちらり”と見るも、すぐに微笑ましさとやっかみが半々の形で視線を外された。痴話喧嘩とでも思われたらしい。
「きみの足元を超危険な毒サソリがうろついてたんだ。傍にいたのが気のつく美少女でよかったね」
「このやろう、じゃねえやこのアマ。嘘つくならもちっとマシなつき方にせんかい」
「ホントだよ、美少女はウソつかない」
「今まさにウソこいてるようなのがなんか言ってらあ」
棒にぶつかった間抜けな犬ころみたくなったアホのツラをエルフちゃんが笑う。その後ろでは聞くにも堪えない長口上にとうとう堪忍袋の緒が切れたオヤジが「この
「純情可憐な乙女の心さえ解し得ぬ、デリカシー皆無のエロガキには相応の扱いってこと」
「あー? どーゆーこった。あと純情なんちゃらはどっから生えてきた」
「ほら、それだ。なんできみは、わたしに対して『察する』ってもんをやってくれないんだろうね。相方くんや先輩たちにはするくせに」
「ンなこと言われてもわからんものはわかんねーよ。ちゃんと口に出して言わんかい」
「あっそう。なら言い直すね。───わたしと2人きりは、いや?」
思いもよらぬことを言われたアホがアホヅラ晒して固まり、立喰い被害にあった屋台の学徒や露天のオヤジ達が集まって、ゴトに失敗したバカタレどもを囲んでフクロにしはじめる。
「ズルいな。そんなん言われたら返せる答えは一つじゃんか」
「ズルはどっちだよ。女の子にこんなん言わせて、せこいはぐらかしまでしちゃってさ」
エルフちゃんは地面との摩擦を感じさせない動きでオーリの真正面へ移り、この期に及んで煮えきらない馬鹿を常ならぬ真剣な表情で睨みつけた。
「わたしは、きみと、2人だけがいい。───ほら、応えて。
あ、Yes/Noのどちらでもいいけど、ナメた返事をよこしたら場外乱闘になだれ込むダンプ松本ごっこしてやるんだから」
きみ長与千種ね。目を据わらせドスの利いた声を出したエルフちゃんは、どこからともなく飛んできたパイプ椅子を引っ掴んで凄む。さすがの馬鹿も両手を上げるしかない。
しかし女の子に興味はあれどこういう事とはからきし無縁のオーリである。
ともすれば泳がせそうになる視線、こぼれそうになるため息に蓋をして、しどろもどろの体でひねくりだしたのは女の子を喜ばせそうな工夫も色香もなにもあったもんじゃない言葉であったそうな。
「俺でよければ、一緒に周ってくれないかな」
「うん」
それでも目の前の、美少女の皮を被ったヒールレスラーは満足そうに笑ってくれたが。
少女がパイプ椅子を放り捨てるその傍らを、くしゃくしゃにした顔いっぱいに青タンつけたバカどもが「生まれ在所に砂かけた俺ィら達ぁ、どこへ行きづいても価値のねえ野良犬だ」 「親の儲けでふところ手、水でかっこむ冷や飯の味も雨漏りのする古畳で寝たこともねえぜいたくな野郎はかかってきやがれっ」などと捨て台詞を吐き散らしながら駆け抜けていった。
◇
「じゃあ、行こうか」
エルフちゃんがごく自然にオーリの手を取り、2人は並んで歩き出した。
この少女に抱きつかれたり、やたら近い距離でからかわれたり、拘束されてお化粧の実験台に使われたりは今までに幾度もあったが、それでもとびきりの美少女(中身は置いておく)とこうして連れ立って歩くなんて慣れるものではない。
黙りこくるオーリの横顔に、愉快げな視線が突き刺さる。
「次はきみの方からエスコートしてほしいな。今日のところはいい反応に免じて大目に見たげる」
「うっせ。きみと違って俺ぁこーゆーの慣れてねえんだからしゃあないだろ」
「わたしだって慣れてないよ」
ぶん殴るとか蹴っ飛ばすとかはよくやったし、なんなら今でもやるけど。おっかないことを口走る少女の美貌を、不審さを隠しもせずオーリはまじまじと眺めた。
先にも述べたがスキンシップというか、こちらのテリトリーに“ずけずけ”と乗り込んでくるような構い方を散々にしてきた少女である。
なにより、こいつならちょっと猫をかぶっただけで相手なんぞ選び放題だろうに。それが慣れてないはウソだろう。
「確かにわたしは選べる側だけどね、それって裏を返せば好きでもない子と付き合わなくていいってことでもあるんだよ。それでなくとも男の子ってあんま好きじゃないから、わたし」
優しく諭すような口調とは裏腹に、少女の唇は意地悪そうに歪んでいた。
「男の子ってさ、馬鹿で乱暴でいい加減でうるさくて助平で浮気性で身勝手で───挙げてたらキリないくらい女の子が嫌う要素の塊じゃん。そんなのと一緒とか、ましてや手ぇ握らせるとかハグとかありえねーから」
「ひっでぇ言われようですこと。そんなら俺はどうなんだ。自分で言うのもなんだが俺もきみ……達が嫌いそうなボンクラだぜ」
これは謙遜どころか自嘲でさえないただの事実だ。
少し前までは読み書きもできないほど頭が悪く、手前勝手な都合でパーティを見捨て好き放題に振る舞い、レベルを上げてからは己の懐を温めるためクラスメイトだろうと蹴り転がして回ってるのがこいつである。
「それとも俺は男の子じゃないとでも言いたいのか。そりゃまあ全盛期のスタローンや船木みたいな、いかにもな筋肉ってわけじゃないけどさあ」
「変なふてくされ方しないでよ。きみは別ってだけ。他の子と違ってイヤなとこあんま見せないし、一緒にいると面白い。わたしに散々、ひどいこと言ったり意地悪するのにね。なんでだろう?」
「“あなただけ特別”、ね。インチキくさい謎キャンペーンの謳い文句みてぇだな」
皮肉そうに返すオーリだったが、盛夏に咲く花のような美少女から言われたとなれば、まんざらでもない気分なわけで。
その反発だろうか、言わずもがなを口にしたのは。
「からかわれてても悔しい気持ちにだってなれそうにねーや。可愛いってのはお得なこった」
「そーゆーのやめてね。せっかくのいい空気を台無しにして楽しい?」
自分の手を包む柔らかくひんやりとした感触が万力の締付けに変わり、オーリも背筋を凍らせながらとっさに握力を強める。レベルアップに励んだ身でなけりゃ一瞬で握り潰されていたことだろう。
「……ごめんて。確かにせっかくの学祭で、いい気分に手前で冷や水ぶっかけるようなマネするもんじゃないね。もう言わないかまでは確約できんけど、善処だけは努めてするよ」
「そーして。こうやってきみと一緒してるだけでいいの。今だけは気取った態度もひねくれた言葉もいらない」
でも可愛いって褒め言葉だけは受け取ってあげる。機嫌を直してくれたのか、いつもの快活な笑顔を見せる少女につられるようにオーリも表情を解きほぐした。
「そうかい。ならここはひねくれず素直な気持ちで思いを口にするよ───俺の手ぇ元に戻しちゃくれんかね」
オーリはさっきから力の入らなくなった手を、少女の白魚のようなそれに握られたまま揺らした。
よく見れば手の甲にある点穴が白く浮き出している。先の突発的握力合戦の際、関節を繋げる点穴を突かれていたのだ。我が事でさえなければ、あの一瞬でよくやれたもんだと感心できるのだが、我が身で痛い目に遭ってる現状としてはそんなもん犬猫畜生さえ鼻にも引っ掛けたくない。
「やったげてもいいけど、わたしの腕じゃあ痛くせずには済ませらんないし、しばらくの間しびれて使い物にならなくなっちゃうんだよね。回復魔法を使ったがいいんじゃねー」
“べえっ”と舌を出すエルフちゃんだった。
可愛さ余って憎さ百倍というならば、その仕草はまさに余人の万倍ほどは憎たらしい。
「ったくもー……
全学年を見渡しても中々お目にかかれぬ最上位の回復魔法により、元通りとなった手を白くてほっそりとした指がなぞる。
「大したもんだ。それに“お手入れ”もしっかりやってるみたいだね。感心、感心」
「せっかくきみらに教えを請うたわけだし、こんくらいはな」
それなりに余裕が出てきたこともあり、最近のオーリは手肌にも気を遣えるようになった。たとえば爪は丁寧にヤスリで整え甘皮の処理も忘れない。今回は調理場を任されていたこともあり省いたが、ポリッシュ(一般のコスメと違い、経験値で強化された冒険者の爪を保護するための特別製)なども使い始めている。
少し前までの、髪も爪も
「とはいえ元が鮫肌ガッチガチだったもんで、きみのようにはなれんだろうが」
「ふふー、わたしだってレベルアップでお肌そのものを強化するのと、ケアを並行させて今みたくなったわけだし、何事も焦らず継続が大事ね」
「なーる。ところで、その怪しい動きやめーや」
苦言を呈するオーリ。このエルフ娘、さっきから握ったままの手を、指で器用にくすぐったりつついたりしていた。
「んだよー、ホントは嬉しいんだろー。もっと嬉しそうな顔しろよー」
「絶対にしねえやらねえ。てかこそばゆいちゅーねん、セクハラ娘」
「素直じゃねーなー」
「素直な気持ちを表に出した結果がこのザマさ」
“ぶちぶち”と文句を垂れながら手を振りほどいたりしないのも、素直さの発露なのかまでは不明だ。
◇
道中の出店を眺めてゆるゆると歩き、オーリ達は体育館に到着した。
演奏会はとっくに始まっているようで、中からはフルートやオーボエ等の音色が聴こえてくる。
2人は少しだけ早足になって入口へと向かった。
入口を抜けて館内を覗くと、意外なことに内部にぎっしりと置かれた椅子のほとんどに観客が座っているのが見えた。
オーリは少しだけ感心した。こんなアホの吹き溜まりにあってなお(投げ込まれたアホの一匹であるコイツに言えたもんではない)、文化の一片にでも触れんとする殊勝な心がけを持った連中がこれほどいようとは思わなかったのだ。
幸いなことに最後尾の席がいくつか空いていたので、立ち見にはならずに済んだ。
折りたたみ式の簡素な椅子へと静かに座った2人は、部活動に青春を捧げる若人たちが奏でる瑞々しい旋律に身を任せ───数分保たず夢の国へ向かってこっくり舟を漕ぎ出した。
注意も追ん出されもされなかったのは、体育館に設置された席の中央から後ろにいてるアホどもが片っ端から寝くたばっていたので、いちいち応対してたらキリがないので放置されていただけのことである。
◇
1時間ほどで全ての演目が終わり、目を覚ました馬鹿二匹は体育館を後にした。
「うーん、よく寝た。文化の力は偉大だな、ありがてぇ文化かたじけねぇ文化」
寝起きの猫よろしくあくびと一緒に背を伸ばしたオーリがゴミのような寝言を口にする。
結局、体育館に集ったバカどもの中に、演目の最後まで目ン玉を開けていられたやつは数えるほどもいなかった。
背後の壇上では発表会の〆として、今回、参加した部やサークルの部員、顧問達が総出で観客あらため仮眠休憩どもを見送り、ついでとばかりにバカタレ達の背中へ塩を投げるという一風変わったパフォーマンスを披露している。
パンクラス旗揚げ期の船木氏の体ってプロレスラーというよりボディビルダーっぽかったね