男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第8層 別れと出会いと三行半

 

「縁が切れちまうときはこんなもんか、存外に呆気ねーもんだな」

 

 放課後になり、所属していたパーティのメンツに脱退する旨を伝えて帰りの道すがらフェアリーくんは気の抜けたような調子で言った。彼らの他には誰もいない廊下に、妖精がさえずる歌のような麗声が寂しく染み渡る。

 

 お昼休みにオーリからされた提案をフェアリーくんは二つ返事で了承してくれた。ひょっとしたら保留くらいはされるかなと思っていただけに、オーリとしてはありがてぇかたじけねぇと手を合わせたいほどだった。

 

 ただ……その流れで彼が今のパーティを抜けるとまで言い出したのは予想の外も外だったけれど。本当にこれでよかったのだろうか、複雑なものを声に乗せてオーリは訊ねた。

 

「別に辞める必要まではなかったんじゃね。しばらく副業みたいな感じでさあ、上手くやっていけるか様子を見るとかでもいいじゃん」

「なんぼおまえがお人好しのボンクラつっても、手前の都合だけ優先するようなのに背中預けたいって思わねーだろ。そういうの含めてけじめってやつ」

 

 ぼくだって没義道(もぎどう)って言葉は知ってるさ。背中の羽をかすかに震わせ“ふよふよ”と空に遊ぶ相方をなんとも言い難い横目でオーリは見やった。強いていうなら拾い食いしてお腹を壊した犬でも眺めるような気分だろうか。

 

 幸いというべきか、彼のパーティ脱退そのものは何事もなく済んだ。本当に何もないくらいに何もない終わり方だった。

 たかだか数ヶ月程度の付き合いとはいえ仮にもお仲間が脱けるという事態であるというに、一悶着どころか狐につままれたような心持ちになるほど何もなかった。

 

 精々がとこ、リーダーを務める子から形ばかりの引き留め(さっさと切り上げたいのが見え見えなくらいやっつけ)を聞かされたくらいで、後はどいつもこいつも肩の荷が下りたわ早よ出てけと言わんばかりの雰囲気を露骨にしていたくらい。口に出さなかったのは彼らなりの温情ではなく、コイツのために口を開くのすら嫌だったからなのだろう。

 

 まったく一体全体、何をやらかせばこんだけ嫌われるのか。彼らを頼りなく繋ぐものは、ほんのわずかな未練の音さえたてずに切れた。

 

「そりゃあ日々の積み重ねってやつだな。毎日毎日、気遣い無縁のイヤミに皮肉を垂れ流されてりゃ誰でも嫌気が差そうてなもんだ」

「……自分でもわかってるなら直そうよ、そういうの」

「前にも言ったろが、そんなん出来るなら苦労しねーんだよ。それにもう関係ないことだし、おまえは気にしないんだからいいじゃん」

「俺に限ればそうかもしれんけど、なあ」

「あぁもう、そんなツラすんなって。ぼくだっておまえに迷惑かけるのはイヤだし、一緒にいるときくらいは気をつけるからさ。ホラ、これでいいだろ」

 

 ───そーゆー問題じゃないんだよなあー。オーリは腹の中だけでため息を吐いた。根本的な解決になってないっつーの。

 

 だが何を言ったところで殊勝に聞き入れるタマでないのは他ならぬ自分がよく知っている。今は益体もないことを擦りギスった空気になるより、少しでも妥協してくれただけマシと割り切るべきなのだろう。どこまで付き合いが続くかは判らないが、思い直しのチャンスは後でいくらも作っていけばいいのだし。

 

「おっけー、じゃあそれでいこう。俺もちょっとしつこすぎたよ、気を悪くしたらすまんかった」

「いいよ別に謝んなくても、ぼくが悪いんだからさ。とにかくこの話は一旦、打ち切りな───着いたぜ、この教室じゃね」

「おーう。……さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

 オーリが教室の扉に手をかけつつこぼしたつぶやきを、「へっ」と小馬鹿にしたようにフェアリーくんは笑い飛ばした。

 

「大げさなこと言ってるよ。ちょっくら話を聞くだけのことじゃねーか」

「いんだよ、言ってみただけなんだからさあ。雰囲気だいじ」

 

 いたずらっぽくオーリも笑う。

 まったく、この時までは笑い話で済んでいたのだ。

 

   ◇

 

 扉を開けた先では4人の少年少女がアホ二匹を待っていた。

 

 内訳はヒューマンの男子二人と女子一人、そしてお昼休みのフェルパーの少女。

 例のごとくフェアリーくんの美貌が直撃したせいで全員が即席夢遊病者になっちまったので、正気に戻すため回復魔法(モリスディア)をかける羽目になった。フェアリーくんは「めんどくせぇ、魔力もったいねぇ」と苦虫を数匹ばかりかじった。

 

 正気に戻ったところで彼らはあらためて自己紹介をした。せっかく施した魔法を無駄にされてはたまらないとのことで、フェアリーくんだけ背を向けてという珍妙な絵面だが。

 

 ひとくさりのお礼を言い終わると、彼らは本題の要件を切り出してきた。

 

「きみ達の、パーティに、加わってほしいとな」

「ああ、うん……その、君達さえよければ……なんだけど」

 

 反芻するオーリへ、一同のリーダーと思しき少年がえらく遠慮がちというかおっかなびっくりな態度で頷いた。

 

 ───そんな気後れしないでもええのになあ、俺そんなに怖そうな顔しとん? ちょっと傷ついたがそこはそれ、警戒心を解くためにもオーリは努めて明るく同意した。

 

「全然おっけーだよ。俺らも受け入れてくれるパーティ探してたから渡りに船ってもんだ」

 

 それを聞いて少年たちの表情も少しは緩んだようだ。そこを見逃さずオーリはふと感じた疑問をぶつけた。

 

「でもいいのかな? 一気に二人も入れちゃうとパーティの上限にひっかかりそうだし、なにより俺らどっちも魔法職だもんでよ、そっちの既存メンバーと被っちゃうと思うんだけど」

「あ、いや、そこは大丈夫だよ。元々、僕達のパーティは4人しかいないし魔法だって使える子がいないから」

 

「うん?」

「あん?」

 

 何言ってんだおめー。思いもよらぬ言葉にオーリは眉根を寄せた。フェアリーくんは向こうさんから見えないのをいいことに眉どころか顔をしかめている。

 

 というのも、なにがしかの事情がない限り冒険者のパーティ編成というやつは、学徒であろうと現役で活躍してるプロであろうと教科書に載ってるテンプレートから外れないものだからだ。立回りと連携のしやすさ、リスクに対する安全マージンの幅、そして取り分の兼ね合い等から前衛と後衛で3人ずつの全6名、これがパーティ(小隊)と呼ばれる単位の基本であり最大であり最小の数となる。

 

 特に数ある学科の中でも斥候(せっこう)と罠や施錠された区域の解錠を担う〈盗賊(シーフ)〉職と傷を癒やす回復魔法職は鉄板で枠を作るべき職種であり、こいつら抜きに地下道へ入るようなバカタレがいたならそりゃ自殺志願者の同義語と言っていい。

 オーリのように死ぬも生きるも手前の勝手な自己責任の上で変則的な探索をしてるならともかく、一人のミスが全体を危機に晒すパーティでそんなマネを、ましてや冒険者としてそれなりに経験を積んできたやつらがするもんなのだろうか? 

 

 オーリが不審と不穏に考えを巡らせていると、(もも)の裏にかすかな感触を覚えた。彼らの死角に周ったフェアリーくんがこっそり文字を書いてるのだ。

 

 こそばゆさをこらえつつ読み取ったメッセージの内容はこうだった。

 

『大丈夫か こいつら』

 

 まあ、せやろな。オーリもフェアリーくんの小さな背中に手短な返信を書いた。

 

『まかせて 探ってみる』

 

 メッセージを受けてからここまでわずか数秒。たかが十代半ばのガキに出来るようなもんじゃないと思われそうだが、地下道に潜る、あるいは冒険者として『レベルを上げる』というのはこういうことだ。いかなる理由かは不明だが、地下道で経験を積むものたちの成長曲線は常人のそれと比べて明らかに異なるものを描く。

 

「そっかそっか、ならお互いにちょうどよかったね。それより立ち話もなんだ、お茶しながらこれからについて軽くお話でもしようよ。今日はお近づきのしるしに奢ったげるからさ」

 

 オーリは人好きのする笑みを浮かべつつ〈道具袋〉からコーヒーや紅茶、各種お菓子類を取り出した。どれもこれも探索によって得られたアイテムであり浪費することに抵抗はあったが、必要経費ということでここは割り切るべきなのだろう。

 

   ◇

 

 聞き役に徹したオーリの話術の賜物か、はたまたお菓子とお茶が口と気分を緩ませたお陰か、少年たちとの会話は弾んだ。弾ませている側がウンザリとなるようなことまでくっちゃべってくれた。

 

 結論から言う。“こいつら”とんでもない地雷パーティだった。

 

 ……いや、さすがに言い過ぎた。パーティというもおこがましいダメ野郎の寄せ集めだった。

 

 なにせ話を聞いてみりゃレベルは揃って戦士学科の一桁前半、踏破したのはトレーン地下道のみで、それだってCスレッドにまで到達していないという惨状ときた。

 今の時期ならクラスメイト連中の大半はとっくに3つか4つの地下道をクリアしてるし、レベルだって二桁越えは珍しくない。遅れがちな奴らにしてもスレッドを隅から隅まで探索し尽くさないと気が済まないとかいうこだわりがゆえだっつーのに、こいつらは一体なにしてたんだろうか。

 

 そして彼らを引き合わせるきっかけとなった全滅の理由にいたっては輪をかけてひどかった。

 なんでもいつもより調子良くスレッドの奥まで足を運ぶことができたところで、運良く見つけた宝箱の罠を、鑑定役も不在のまま石つぶて(石ころぶつけられたのと同程度の怪我をする。ちょっと痛いけど死にゃしない)あたりだろうとエエカゲンにあたりを付けて開けちまったのが原因らしい。

 

 罠の正体はなんと毒ガス(周囲に即効性の毒をまき散らす、すぐには死なないけどほっとくと死ぬ)。その時点で回復用のアイテムも切らしていたとかで、解毒もできぬままに引き返そうとした途中でメンバーがバタバタとブッ倒れ、パーティの中で一番体力のあった───それでも水準としてはへっぽこだけど───フェルパーの少女が仲間の死体を回収しつつ、どうにかターミナルまで辿り着いたはいいものの彼女もそこで力尽き全滅しちまったんだとさ。

 

 ───まいったな、まるでツッコミ追いつかない

 

 オーリはこれみよがしのため息でも吐いてやろうかという誘惑にあわや負けそうになった。

 

 説明された一連の行動がどれもこれも教科書の最初に載っている冒険者の心得───慣れない地下道の狩り場は入口の近くで、宝箱は無理して開けない、回復アイテムには余裕を持たせる、まだ大丈夫と思えるのが切り上げ時───を片っ端から逆走するものばかりってどういうことだ。あんたら今までこの学園で何を学んでいたんだ。それでなくとも手前の命かかってんのちゃうんか。

 

 張り付かせた作り笑顔を固まらせるオーリの耳元へフェアリーくんが顔を寄せて囁いた。

 

『よかったね、鬼と蛇の汚ったねえちゃんぽんだ』

 

 耳朶をくすぐる、脳が蕩けようほどの美声にもオーリの心は晴れることはなかった。

 全然、まったく、これっぽっちもよくねえっつーの。こっちから見えないけど野郎、心底からムカつく笑顔を浮かべてんだろーな。

 

 しかしお陰で気を取り直すことはできた。オーリはそれとなく『お仲間』を見渡す。

 

 なるほど、地下道とモンスターを相手に場数を踏み技量と自信をつけてきた同級生連中とは比較することさえアホらしくなる体つきと佇まい。お昼休みにフェルパーの少女の肩に触れたときの、あの頼りない感触はただの鍛錬とレベル不足によるものだったわけか。

 

 なんにせよ深く考えるほどのお付き合いをしたい連中でもなし、用が済んだ今となってはとっとと身を引いたがよさそうだ。

 

「ところでこの後はどーしようね。お互いのスキルとか立回りのすり合わせに軽く地下道回りでもする?」

 

 別に今すぐでなくてもいいけど。オーリの提案にも少年たちは露骨なまでの逃げ腰を見せた。あんたら冒険者学校に席を置きながらそれはどーなんだ。

 眼前のバカタレ連中の頭を引っ掴んで振り回したい衝動に駆られたオーリだが、これもどうにか我慢する。やったところで意味ないし、それどころでもないし。なによりそういう反応が返ってくるのを見越しての提案だったわけだし。

 

 オーリはへらっとした口調でその場を取り繕った。

 

「あー、悪い悪いよく考えなくてもあんな事(パーティ全滅)があった昨日の今日で探索なんかやれたもんじゃないもんね。デリカシーないこと言っちゃってゴメンねぇー」

 

 安食堂の塩スープより薄っすい謝罪にほっとしたような空気を漂わせるメンツの中ただ一人、フェルパーの少女だけは何かを言いたげにこちらを見ていたが、上手く気のせいだと思い込めた。ときとして自己欺瞞は円滑な人間関係を築く上で重要な技術となる。

 

「それじゃあもう遅いから俺らそろそろお暇させてもらうねぇ教務課やら担任の先生にパーティへ加入したのを報告しなきゃだしぃー」

 

 誠実さをゴミ箱にでも叩き捨てたようにへらへらした態度で告げて、オーリ達は教室を後にした。

 

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