体育館を出ると、あたりはもう夕焼けの色に染まっていた。
あちこち回って出し物を見物してお昼寝休憩まで入れたのだから当然ではあるのだが、それにしても時間が経つの早えぇなあとオーリは物惜しい気分に浸らざるをえない。
とはいえそこは冒険者を志す少年少女、あるいは体力自慢のアホが集う園ことパルタクス学園。
多くの学徒達にとってはなにほどのこともなく、彼ら彼女らはこれからが本番だと言わんばかりに学内のあちらこちらを精力的にうろつき回っていた。
あるところでは売り口上やら客引きやらに声を枯らす学徒がいれば屋台での調理に励む学徒がいる。
別の場所では珍奇な物品を法外な値で買わせようとするやつもいれば値切り交渉に詭弁を奮うやつがいる。
腕を深く切りすぎたガマの油売りが商品ほっぽりだして回復魔法を使い、寅さんみたいな格好のバナナの叩き売りが商いに見切りをつけてスムージー売りにジョブチェンジ。
親御さんとはぐれた迷子をあやすのに四苦八苦する運営委員の隣では、イカサマを見破られたくじ引き屋が懐から閃光弾や煙幕玉を取り出し、
怪しげな儲け話をもちかけることで悪評高いバカタレが、純朴そうな笑顔を貼り付けた寸借詐欺研究会のメンツへ声をかけているのを横目に、オーリは通りがかったジュース売りのワゴンを呼び止めて飲み物を購入した。
「そこかしこから昇りたつ文化の薫りに目眩がすらぁ」
ぼやく少年のすぐ隣でアコギ商売にキレたらしい客が店員と口論になり、数秒後もせず引っ込んだ口の代わりに手が出て足が出る。
止めに入った周りの学徒どころか出動してきた風紀委員達も巻き込んでの乱闘騒ぎから離れ、ジュースに口をつけたエルフちゃんが洒脱な仕草で肩をすくめた。
「年がら年中バカ騒ぎしてる子たちが、普段なら探索に使ってるエネルギーを注ぎ込んでるんだから仕方ないね」
「その全身全霊の馬鹿騒ぎが、数日に渡って続くってワケだ。心と体が音を上げないか心配だ───おん?」
「どったの。なんか珍しいものでも見つけた?」
何かに気付いたオーリの視線を追っていくと、少し前に別れたフェアリーくんの姿が見えた。
ただし一人きりではなく、彼よりやや歳上と思われるフェアリーの男女と一緒であった(フェアリーも大概、見た目と年齢が一致しない種族だが)。
佇まいといい身なりといい遠目にも品の良さを感じさせる二人を相手に、フェアリーくんはいつもの彼からは想像もつかぬ穏やかな表情で会話をしている。
その光景にエルフちゃんが珍妙なものを見たとばかりに眉をひそめた。
タチの悪い野良犬が似合わぬ愛想を出したのを目の当たりにした気分とでも云おうか。
「ふーん、あの子もあんな顔するんだね。いつも目に映るもの全てが腐肉にでも見えてそうなツラしてんのにね」
「彼のことをなんだと思ってんだ。石ころ木っ端じゃねえんだぞ、身内や知り合いに笑顔くらい見せるだろ」
「この学園で“アレ”がそんな顔するやつなんて、わたしが知るかぎりじゃきみ一人だぜ」
本当に気が付いてないのか。呆れを隠さぬ声音へオーリは何も言い返せない。
代わりに小さく頭を振り、
「とはいえ親しい人との水入らずを邪魔するのもなんだ。ここは気が付かないフリして他所に行こう」
「そーだね───と言いたいけど、ちょっと遅かったみたいだよ」
エルフちゃんがウンザリ顔を隠しもせずに指さした先では、こちらへ向けて廃寺に遺棄された仏像じみた笑みをよこす美少年の姿。
見えてないフリしてこの場を立ち去ろうとするも、世にも美しい少年が薄紅をひいたような唇を微かに動かす方が早い。
声には出さず、届いたメッセージにいわく───
『逃げるんじゃねえ』
観念するしかないらしい。
◇
知り合いらしき2人を置いて近寄ってきたフェアリーくんは、棒立ちするオーリに向け軽く手を挙げてみせた。
「よう、楽しんでるようでなによりだ」
「まーね。どうせならきみとも一緒ならよかったのにな」
「こんなとこで気ぃ遣わねえでもいいんだ」
「本当だよ。いつも一緒にいてくれる子と一緒のが楽しいに決まってる」
「……ああ、そうだな、おまえはそう言うよな」
皮肉げに鼻を鳴らすフェアリーくんだったが機嫌を損ねたわけではなさそうだ。
彼らのやり取りを視線だけで交互に見ていたエルフちゃんが、何を思ったのかオーリの腕を掴んで“ぐい”と引き寄せた。突然のことにオーリは目を丸くし、フェアリーくんは訝しむ。
「どーだ、うらやましいか。お邪魔な虫がどっか行ってる間、わたしらずっとこんなだったぞ」
「妙なもんでも拾って食ったのか、それともタチの悪ぃ男にもらった病気の毒がついに頭へ回ったのか」
フェアリーくんは理解しがたい生き物の習性を目の当たりにでもした研究者のような面持ちで陶器のようになめらかな額を押さえた。
「まあ、こんなのは放っといていいんだ。ンなことより、時間は取らせねえからちょっくらツラ貸してくれや」そう言ってフェアリーくんは少し離れたところで佇む、先の男女へと目を動かした。「気が付いてるかもしれんが、ありゃぼくの両親だよ。おまえの事を話したら、ぜひとも挨拶がしたいとかでさ」
願ってもないことだ。オーリは空いてる手で○を作った。
「お安い御用よ、そんくらい。きみのご両親ならむしろ俺の方からしなきゃだ」
「そーかい。……ありがと」
安心したように微笑むフェアリーくん。そこへ不満そうなものをたたえたエルフちゃんが混ざってくる。
「なあなあ、わたしは? 仲間だぞ、仲間。しかも美少女だぞ」
「手前は来ねーでいい。てか来るな、妙なもん見てパパとママの目ン玉が穢れっちまうから今すぐどっか行け。ついでに首吊ってくたばれ」
立て板に水とばかりの罵詈雑言も、シャーマン戦車に匹敵する顔面装甲は貫けない。
結局、少しの押し問答の末に無理やり着いてきたエルフちゃんも交え、オーリは件のご両親と顔を合わせることになった。
とはいえ、それほど御大層なことがあるでもなく───
手短な挨拶といくらかのやり取りを済ませてから、フェアリーくんは両親と一緒に文化祭を周るために(ついでに見送りも)再びオーリと分かれた。
文化の賑わいを称する混沌が織りなす雑踏へ、寄り添って消える小さな影達を見送るオーリのツラには、地下道でモンスター相手の斬った張ったの連戦を重ねたより色濃い疲労がまぶされていた。
「……知らない人と話をする。たったそれだけが、こんなにも疲れることだなんて初めて知った」
愚痴るオーリだったが別にフェアリーくんの両親からなにか嫌味お小言をもらったとかではない。
むしろその逆。2人はオーリの手を取り、以前から手紙等で伝え聞いていたこと、
まったく、彼は一体ご両親へ何を語り伝えたのだろうか。
人から頼られて悪い気はしないがそれでも歳上の、しかも明らか自分とは生きる世界からして違ってそうな上流の方々から感極まったような風情で「息子のことをよろしくお願いします」と、何度も頭を下げられるというのは居心地が悪くなる。
「聞いてみたくもあり、やっぱ怖いからやめとくかという思いもあり」
こびりつく疲労の元を振り払うように頭を振ったオーリは、傍らで“にやにや”と笑うエルフちゃんに目を向けた。
恐縮のあまり挙動不審の様さえ晒したこいつとは対照的に、彼女は作法に疎い者でさえそれとわかるほどに恭しく礼儀正しい応対をしてみせ、その丁寧な所作はオーリのみならずフェアリーくんのご両親にすら感心を抱かせたものである。
───やっぱこの子も、いいとこの育ちなんかね
あるいは単純に自分の生まれ育ちが悪すぎるだけで、周りの子達にとっちゃこれが当たり前なのか。だとしたらもうちょい自分も礼儀作法に関する授業でも受けておくべきだろうか。
悩むオーリの腕に抱きついたエルフちゃんがニヤニヤ笑いを深めた。
「他の子もきみと大差ないよ。わたしの場合はお家の事情ってだけ。どこに出しても恥ずかしくないように作法をみっちり叩き込まれてるのさ」
「なんも言ってねえぞ」
「言われなくてもきみなら顔見りゃわかるんだ。マナーよりブラフの技術を学んだがよくねー?」
ウソをつくのが下手な子はいい人らしいけど、それも場合によりけりだね。どこに出しても恥ずかしい暴力少女が「けけけ」と、
◇
その後、日がとっぷりと暮れる時刻まで遊び歩いたところで2人は寮に戻ることにした。
本音ではもう少し遊んでいたかったが、こいつらには明日以降も模擬店での仕事が待っている。疲れを引きずらぬためにもここらが切り上げどきだ。
しかし校舎に向かおうとする2人をせき止めるかのように、グラウンドや敷地のあちこちで軒を連ねる出店に向かう人々の流れはますます増えていく。
おそらくは出し物や演目を終えた連中がなだれ込んできているのだろう。
「学祭はまだ続くつーのに元気な連中だ」
どこから湧いて出てくるのかも不明なバイタリティに呆れ半分、感心半分でつぶやき歩くオーリの横を、屋台や模擬店の呼び込みと、おしゃべりしながら店を回る学徒達が通りすぎる。
あちこちから歓声、蛮声、怒鳴り声、香辛料が焦げソースが弾ける匂い。それらに混じり、どこからか流れてくる弾き語りや手風琴の物悲しいメロディが空に消えていく。
押し合いへし合いする人混みをかきわけ、ようやっと校庭から抜け出たところで、
「おーう、クソガキども。楽しんでるかー?」
耳に馴染んだ声が聴こえてきた。
ぐるりを見渡すと近くの屋台───学徒による模擬店ではなく、学食大路から出張してきたやつだ───の粗末なベンチに腰かけたユーノ先生が、こちらに向けて大ジョッキを掲げているのが見えた。
「先生、せっかくの学祭なんですから模擬店で食べりゃいいのに」
「なに言ってる。基本的にはあんたら学徒の催しなんだぞ、こんなとこでなきゃ酒も出しちゃもらえねえ」
「なーる」
近寄ってきたオーリの相槌も聴こえぬげに、思い切りよくジョッキを傾けた先生は「けふっ」とおくびをこぼし、もう片方の手で握った串焼きへ豪快にかぶりつく。
女捨てた有り様にエルフちゃんが眉をひそめた。
「はしたないなあ」
「うっせぇーぞ、ガキンチョめぇ。こちとら毎日、厄介事を起こすクソガキどもの面倒やらで忙しい身だ。こんな日の飲み食いくらい好きにさせろつーの」
「センセってば見た目いいのにもったいない……そんなじゃ百年千年の恋だってヒエッヒエになっちゃいますよ?」
「ケッ、知ったようなこと言ってんじゃねーよ。そもそも相手もいねーのにどーしろってんでーい」
「冒険者の生き様は、色無し、恋無し、ついでとばかりになさけなし。あーあ、こうなっちゃう前に素敵な彼氏を見つけなきゃ」
「ったく、さしもの地下道もお金持ちのイケメンとか旦那だけはドロップしちゃくれないんだから、気が利かないわー」
“ぶーぶー”言いながら追加したジョッキをさらに半分ほど空けたところで、先生は少しだけ真剣な顔をした。
「ま、アタシのことは置いといて、あんたらは精々、今を楽しんどくことさ。なんせ
学祭に茹だった頭と浮かれ浮世の熱さえ冷ますその一言に、オーリ達は辟易たるツラとなった。
「うへぇ……思い出したくないなあ」
「あんたはいいだろ。曲がりなりにも優等生の側なんだから」
「そりゃまあ、そうですけどね。だとしても気が滅入るもんですよ。先生だって学徒の頃はそんなだったんじゃないですか」
「……さーて、どうだったかなー」
なんの気なしに言ったつもりだったが、先生は傾けたジョッキで表情を隠すようにして
ひょっとしたらアルコールのせいで余計な記憶を引っ張り出されたのかもしれぬ。
下手につついて藪蛇も嫌なので、オーリ達は気が付かないふりをすることにする。
「まあお互いに、昔話なんぞ花を咲かせる歳でもないですね。ンなことより、もう遅いんで俺らはお暇させてもらいます。先生もあんまし飲みすぎちゃダメですよ」
「へっ、仮にも高レベル者の肝臓みくびるない。こんくらいで潰れるような、やわじゃねーよ」
レベルアップと経験値の恩恵というやつは内臓諸器官にも適用されるというのが先生の主張であるらしかった。
それがホントなら、夏休みの前後で二日酔いに苦しんだ自分らはなんなんだよとオーリは言いたかったが、どのみち酔っ払い相手に道理もなにもあったもんじゃなし。
なので無言で手を振ってその場を後にした。