文化から果てしなく縁遠いバカタレどものお祭り騒ぎが二日目を迎えた。
とはいえそこは大陸西方のアホの投げ込み寺ことパルタクスの学徒だ。
隙を見せればゴミのようなチラシを押し付けてくるビラ配り、血眼で入部届と外泊証明書にサインを迫る部活の勧誘、不気味な壺や
そして気を抜いたら最後、上記のバカどもによって制服のポッケというポッケにチラシをねじり込まれ、わけのわからない部活や命知らずの
それら野放図地獄絵図をあしらいさばき、ときには手足や魔法や鎖鉄球や煙幕玉を繰り出し、手芸部特製の糸なし糸電話で保険委員に連絡して被害に遭った連中を搬送してもらい、その保険委員の面々に何度か
一体なにがあったのか。どいつもこいつも寝起のゾンビみたいな顔色で床や机に突っ伏し、服はだらしなく着崩され、今にも吐き出しそうなやつまでいるときた。
「……えーい、おのれら朝も早よからなんちゅう有り様になっとるんだ」
近くでぐったりしていたゾンビの一匹を捕まえて事情を聞けばなんのことはない、昨夜はあまりにも上々の出だしにクラスの全員が浮かれ騒いで夜遅くまで遊び回り、ついでとばかりに調子こいて酒が入ったのだそうな。
割と最近の自分も似たような失敗やらかした身であるからあんまし強くは言えないが、それでもまだ商いは続くのだしちったぁ自重をせんかい。
オーリが頭を抱えてると、眼前の惨状とは真逆の快活さに満ちた挨拶がかけられた。
「おはよ、オーリくん。今日もがんばろーね……って、うわナニコレ」
「やあ、おはようさん。実はなあ───」
教室に蠢くアホのゾンビたちに目を丸くするエルフちゃんに、事のかくかくしかじかを語ろうとしたところでフェアリーくんもやってくる。
二人に手短な説明を終えたオーリはあらためて即席ゾンビであふれかえる教室内を見渡した。
「さてこのバカども、どうしてくれようか」
「どーもこーもないんじゃね。回復魔法を使ってあげなよ。夏休みの頃と違って今ならこの子達も呪文一発で治せるんでしょ」
「アホの尻拭いのために憶えたんじゃねえんだがなあ」
軽い調子で言うエルフちゃん、対してオーリは渋い顔をせずにはいられない。
なにせ仮にも最上級の魔法。習得に到るまでの苦労を考えたら、こんな状況でこいつら相手に使うのがはばかられる。
ためらうオーリをみかねたのか、フェアリーくんが助け舟を出すように言う。
「だけどこのままじゃ仕事にならねーんだぞ、おまえがイヤってんならぼくが使う。それなら文句もないだろ」
道具袋から杖を取り出した相方の小さく華奢な手をオーリは少し慌てた風に押さえた。
「待って、待った、わかったよ俺がやる。ここは必要経費と割り切るから」
いかに御大層な呪文と言えど、今のところ使い途はないのだ。こんなしょうもないことに相方の手を煩わしたでは、さすがに申し訳ない。
傍らで「ほんにきみは相方くんにだけはダダ甘よな」などと言うエルフちゃんのことはひとまず無視するとして、二日酔いに呻吟するクラスメイト連中をうらめしげに睨んでからオーリは呪文を口にした。
「……ったくもー、治ったら馬車馬どころかパトラッシュよりこき使ってやるからなあ。
───
◇
多少のハプニングこそあったもののなんとか二日目を乗り切り、三日目からはお仲間のバハムーンくんとクラッズさんも手伝いに来てもらえることになった。
二日目の惨状を見てクラスメイトだけに任せちゃおれぬと不安を覚えたオーリが、文芸部の人らへ差し入れついでに二人をこちらへ寄越してくれないかとお願いしたのだ。
半分はダメ元のような頼みだったが、どうせバハムーンくんは客引きに向いてない……どころかお客を遠ざけるだけだし、クラッズさんにいたっては彼氏の傍で寝てるだけなのだ。せっかく部活で鍛えた料理の腕を持ち腐れるよりはマシということで渋々ながらも了承してもらえた。
そのお陰でシフトを調整には骨を折ったが、仕事が終わった後ではパーティの皆と一緒に学祭を回ることもできた。時間が経つのも忘れて遊んで回る。
四日目ともなればもう語ることがあまりない。
なにせ連日に渡る馬鹿騒ぎで、さしものバカタレ共も息切れ気味。
まして翌日が最終日ときては、どこの部や教室も片付けを意識したものとならざるを得ない。
学食大路からの出張屋台も半数が手仕舞いをしているので、学内のあちこちでは甘いもの好きな子どもの歯のようにぽっかりとした空き地が目立っていた。
オーリのクラスも営業時間を縮小し、手の空いたクラスメイトは片付けの準備や懲りずに生えてくる痴漢野郎の始末(フクロにして窓から捨てる、校舎の裏に穴掘って埋める)に取り掛かる。
喫食の邪魔にならないようこっそり目立たずの作業は大変そうだが、作ったり飾り付けるのに比べれば引っ剥がして解体するだけなので割に楽なものだ。
ごたごたやってる内に日が暮れた。そろそろ冬の訪れを意識する時期だけに暗くなるのも早い。
パーティのメンツや他に何名かのクラスメイトは寮に帰るのも億劫ということで教室に残り、バザーで買い込んだ中古の寝袋や毛布にくるまって眠くなるまでおしゃべりに明け暮れた。
喫茶店の余り物や飲み物と一緒にランタンの灯を囲み、とりとめのない雑談を交わしてのキャンプもどきは存外に楽しいものだ。
◇
最終日の朝が来た。
頭をひよこに突かれ目を覚ましたオーリは死にぞこないの芋虫を思わせる動きで寝袋から這い出た。
床寝であちこちがきしむ身体を伸ばしてアクビをひとつ。足を「ぴよぴよ」鳴きながらつついてるひよこを摘み上げ、教室の隅っこに置かれている簡易鳥小屋に戻してから(逃げ出さないように囲いもしてあるのだが、どうやって乗り越えたんだ?)、パーティのお仲間とクラスメイト連中を起こして回る。
全員を起こし終え、寝袋を道具袋に仕舞っているとエルフちゃんが寝ぼけ眼をこすりながらぼやいた。
「うぎぃー……もちっと寝ていたかったあ」
「気持ちはわかるけど今日はどうせ模擬店も半ドン、片付けだって昨日の内に結構な量をこなしたから残りの始末もそうはかからんよ」
そして明日と明後日は学祭後の特別休養日が入っている。眠りたけりゃいくらでもできるてなもんだ。
「それはそうだけどさあー……」
「いい若いもんが朝も早よから愚痴ってるもんじゃないぜ。コーヒー淹れたげるから顔洗ってきなよ」
「はぁーい。ミルクとお砂糖多めでおなしゃーす」
「あい、あい」
のろくさと教室を出ていく少女の後ろ姿を見送ったオーリは調理ブースへと向かい、例の〈頑丈な鍋〉に水を張り魔法を叩き込んだ。
◇
そうして迎えた学祭の最終日。
無事に午前の営業も終わり、簡単な昼食と休み時間を摂ったオーリとクラスメイト達は模擬店の後片付けを開始した。
セレスティアさん達、パーティの面々も自分とこのクラスやサークルの手伝いのために戻っており、教室の外では他クラスの連中が解体した模擬店・出し物の残骸を、ゴミ袋や手押し車、リヤカーに詰め込んで行ったり来たり。窓を覗けばケーキに群がるアリンコよろしく校舎に張り付いた学徒達が、壁や屋根に飾り付けられた装飾・飾り板を引っ剥がしているのが見える。
ときたま飾りと一緒に人影が落っこちていったり、破壊音や衝突音に混じって「うぎゃっ」だの「うわーっまた誰か押し潰されちまった!」だの「回復魔法使えるやつこっち来てくれ!」だの「誰か保険委員呼んでこい!」だの「おいこらてめえら、校舎内では徐行しろつってんだろ!」だの「ヤロー、もう許さねえぞ!」だの「とっ捕まえて吊るしちまえ!」だのという悲鳴・怒号・罵声が聴こえてきたり、顔面を真っ赤に染めた風紀委員や学祭実行委員、ついでに保険委員達が激怒した王蟲ばりに駆け抜けていく。
さながら時間を準備期間まで巻き戻したような有り様の廊下から視線を外して簡易鳥小屋のひよこへエサと水をやるオーリに、でかいバールを手にしたドワーフの男子が声をかけた。
「オーリよお、お前の指示通りに解体したブースとか小物は端っこへ積んどいたけど、これでいいんか?」
「ん、ご苦労さん。大路の業者に話をつけてあるさかい、引き取りの人が来るまで置いといてくれな」
「わかった。しっかしこんなもん何にするんだ。刻んで焚き木の代わりとか?」
「新しく屋台を始める商人に売れるんだよ。元が模擬店用に加工されたもんだから、木材を一から加工するより安上がりなんだ」
「ああ……だからあんま壊さないようにしろ言うてたんか」
「余計なとこが傷物になると安くなっちまうでな」
付け加えるとそれを見越して、他所から出た廃材のいくらかはオーリが引き取っている。
抜け目がねえこった。感心してるんだか呆れてるんだか、判別のつかない様子で肩をすくめたドワーフくんは、解体の際に出た木くず等を詰めたゴミ袋を取って教室を出ていった。
他のクラスメイト達も自分の作業を済ませたやつから三々五々、解散してアクビを噛み殺しながら寮に戻ったり、別クラスにいる友達の手伝いに向かったり、簀巻きにして転がしておいた痴漢野郎を(ラストオーダー直前まで湧いて出やがった)埋めに行ったので、教室にはもう片手で数える程度の学徒しか残っていない。
さて、俺はどうしようかな。エサをやり終えたオーリの耳に、世にも美しい声が届いた。
言わずとしれたフェアリーくんである。彼もつい先程、天井に貼られたリボンや造花の剥ぎ取り作業を終えたばかりだ。
「おまえこれからどーすんだ。寮に戻って“あがり”にでもするんか」
「そうしてもいいけどね。夕方からキャンプファイヤーがあるんだろ、それ拝んでからでもバチは当たらんさ。───よければきみも、一緒に見に行かない?」
白バラのような手が無言でOKサインを出すのと、横合いからしなやかな影がオーリの右腕を絡め取るのはほぼ同時だった。
面白くなさそうなツラをしたエルフちゃんである。
「なあなあ、わたしは?仲間はずれはひでーぞ」
「もちろんきみだって誘うつもりではいたんだよ」
「なら女の子を優先しろよなぁー。ホント、きみはそーゆーとこがダメダメくんだね」
「そりゃあすまんかった。次はそうするよ」
「『次からは』じゃないんだ」
男の子同士の付き合いってもんがあるのさ。見苦しく言い訳するオーリの腕が万力じみた力で締め上げられた。
「言うても夕方までは時間もあるし、他の面々も誘ってからどこか適当なとこで休んでるとしようや」
まだ片付けが終わってないなら手伝ったげるのもよかろ。それを聞いたフェアリーくんがやはり無言で頷き、エルフちゃんもそれについては文句が無いようで大人しく体を離してくれた。