最初にセレスティアさんの、次にバハムーンくん(当然のようにクラッズさんがセットでいた)の教室を回ったオーリ達は軽い手伝いをしてからそれぞれを誘った。
全員が二つ返事で了承してくれたが、バハムーンくん達は2人でいる方を選ぶだろうと思っていただけに少し意外ではある。
口には出さなかったが顔には出ていたのだろう。頑丈な肩にクラッズさんを乗っけたバハムーンくんが失笑のようなものを浮かべた。
「ま、これもパーティの親睦を深める一環てやつだ。デートなら別の日にもできるが、こうしてお前らとイベントを楽しむ機会はそうあるもんじゃないだろ」
なるほど彼なりにパーティの運営について考えてくれてたらしい。
しかし気を遣わせちまったのには違いないので、そこは申し訳ない。
「ほら、そういうとこだ。これくらいは気にしないでもいいと思うぞ。普段は面の皮が厚いくせに妙なとこでナイーブなやつだ」
「なんだ知らんかったのか。こう見えて傷つきやすくて繊細、グラスハートの思春期少年なんよ」
「ガラスって毛が生えるんだな」
などとしょうもないやり取りをしながらオーリ達は中庭に移った。
少し前まで軒を並べていた模擬店が片っ端から撤去されたのと、学徒や商人連中が引き払ったのとで閑散とした雰囲気が漂う中庭の、常よりだだっ広く感じる芝生に腰を下ろし、皆でめいめいくっちゃべりながらキャンプファイヤーまでの時間を過ごす。
…………。
「───おい、いつまで寝くたばってやがんだ。とっとと起きろや」
水晶細工の小鳥を思わせる声と頭を襲う衝撃によって、オーリはいつの間にか入国していた夢の国から強制退去となった。
「やっと起きやがったか。もう時間だぜ」
まだ夢の中にでもいるのかなと思った。
薄ぼんやりと開けた眼の先で、夜闇の天使が冷たい顔で見下ろしている。
「……まだ寝ぼけてやがんのか」
小さく舌打ちをした天使は月の光を集めて固めたような指をバカの鼻先で弾いた。
「痛ったあ!?」
「これで今度こそ目ぇ覚めたろ、早よ立ちやがれってんだ」
天使あらためフェアリーくんの罵倒に押されるようにして、オーリは仮の寝床であった芝生からのっそりと立ち上がった。どうやら話し込んでいる内に眠っちまってたらしい。
他の面々も口元に手をやってアクビを噛み殺していたり目を擦っているので、どうやら寝てたのはオーリだけではないようだが、ひょっとしたら自分らでも気づかず疲労を溜めていたのかもしれぬ。
したたかに打ち据えられた鼻を押さえて辺りを見渡すともうすっかり暗くなっていた。
「……なんか既視感のある状況だ」
「気のせいじゃねーの。ンなことより早くグラウンドに行こうぜ」
急かすフェアリーくんが指し示した方角を見れば、校舎越しの薄っすらとした明かりと、大勢の人々が集まり奏でる喧騒の欠片が届いてくる。
軽く頷いたオーリ達は中庭を後にし、やや足を早めてグラウンドへと急いだ。
◇
到着したグラウンドは、すでに結構な盛り上がりを見せていた。
文化系サークルの目玉でもあった屋外寄席が設営されていた場所に、おそらくその寄席を解体した材料で組んだらしきバカでかい井桁が置かれ、燃え盛る炎の中に学徒達が次から次へと模擬店や出し物の残骸を放り込み、立ち昇った火の粉が夜空へ躍る度に周囲から歓声が上がる。
「おー……いかにも青春の1ページって感じ」
遠目にも熱と興奮が伝わってくる光景にオーリが目を細め、右隣のエルフちゃんが皮肉も混じった相槌をうつ。
「その過程を無視できりゃね。どこの世界に痴漢野郎や邪宗門、わけのわからない勧誘の生え散らかす青春があるんだよ」
「どこと言われりゃこの学園に、としか。───それよりきみ、その格好いつまで続けるんだい」
「んー、似合ってないかい?」
エルフちゃんは赤色とワインレッドのチェック柄スカートの裾をつまんだ。なぜか彼女、模擬店で使用した〈プリシアナ学院〉とかいう聞いたこともない学校の制服のままなのだ。
「前にも言ったけどよく似合ってるし、可愛いとも思っとるよ。しかしドレスコードっちゅうもんがあるだろ」
「ああ、それ。先生に聞いたんだけどさ、そーゆーの大丈夫らしいよ。規定の頑丈さがあればどんな服でもいいんだって」
「マジすか」
「マジで、大マジ。ま、普通は冒険者学校の制服と同じくらいの機能性した服なんて用意できないから、皆もパルタクスの制服を着てるってだけみたい」
なので先輩の中には、探索途中で立ち寄った他の学校の制服を(大体は〈ランツレート学院〉のものらしいが)着用する者も珍しくないのだとか。
「ふうん。でもそんな先輩なんて見た記憶ねえぞ」
「それくらいの時期だと卒業資格の取得に集中しがちでファッションにまで気を配る余裕もなし、そうでなくとも生活のほとんどを学外での探索に充ててるから見かけないんだ」
「ああ、なるほど……」
言われてみればオーリがよく知る錬金術の先輩と、ユマ先輩はじめとした保険委員の先輩方はどちらも主な稼ぎと活動が学園だからここにいるというだけで、他の先輩連中は遠方にある高難度地下道の近辺にある街を利便性の観点から活動拠点に置いているのだ。
「てことは、学祭の休み明けからもずっとその制服のままってことか」
「そーだよ。演劇部の子にかけあって着替え分も確保できたし。───嬉しいかね?」
「眼福なのは認めよう」
「もう一声」
「やだよ」
んだよーケチくせぇなあ、イヤなもんはイヤじゃあと押し問答する馬鹿二匹を、フェアリーくんが冷めた目で、バハムーンくんが愉快げな微笑みで、セレスティアさんが“にやにや”と笑い、クラッズさんが後ろ足で首のあたりを掻く。
彼らがそうしている内にも校舎やグラウンドのあちこちから、お菓子を運ぶ絵本のアリンコよろしく小箱や袋を掲げ抱えた連中が行列でやってきては、次から次へと炎の中に学祭の残骸やらゴミやらを投じていく。
その光景の中に異変を感じたのはバハムーンくんだった。
何かおかしなことが起こったわけではないのだが、パーティの盾役としての勘がそうさせたのか、キャンプファイヤーがある方へと───ちょうど現在は目のあたりに濃いクマを作ってたり“うろん”な顔つきの奴らが妙にでかい箱を焚べている───急に振り向き何事かあっても対処できるようじっと見つめる。
険しい顔つきの彼を不審に思ったオーリが、からかい混じりに声をかけようとしたのだが、
「お前ら、伏せろっ!!」
血相を変えたバハムーンくんが大声を上げ───キャンプファイヤーが爆ぜた。
一際でかい炎、ではなく爆発とともに四方八方へ火球が乱れ飛ぶ。
突然のことにグラウンドにいる学徒達も、そしてオーリ達も固まる中で、ただ1人動けたバハムーンくんがパーティを庇うように前に出る。
オーリ達がなにか“目に見えない頑丈なもの”で覆われたような感覚を得るのと、目の前が真っ白に染まったのは同時だった。
爆音、衝撃、眼球を灼く光、肌身を焼く熱。
混乱する頭で何が起こったのかを必死に探ろうとするオーリの目が真っ先に映したのは、等身大の消し炭のような有り様になったバハムーンくんだった。
「ッ!? ───ッ!?」
悲鳴を上げずに済んだのは背後のクラッズさんが取り乱した声を聴いたからだ。自らの火傷も無視して半狂乱となる彼女を、セレスティアさんが後ろから抑える。
お陰でいくらか頭も冷えて、何が起こったのかバハムーンくんが何をしたかの予想もついた。
異変が直撃する前、彼がとっさに使ったであろう〈献身〉というスキルが自分らを守ってくれたのだ。
これは〈
原理としてはセレスティアさんの専攻学科である〈侍〉の扱う〈切り込み〉を防御に転用したものとでも思えばいい。
所属パーティのコード情報に自分のそれを同期、パーティの誰かが攻撃を受ければ、『受けたダメージのコード』を自分へ流し引き受けるというものだ。
これだけならパーティを無敵化するような便利技術にも聞こえるが、すり替わったダメージコードは現在の自分の装備と耐久力とで擦り合わせを行うので、使用者の体力と装備の充実を図らないとダメージを受け止めきれないし、最悪、自爆も同然となる欠点もあるのだ───例えば、今のバハムーンくんのように。
とはいえ彼が身代わりとなってくれなければ、パーティ全体の被害はこんなものでは済まなかったろう。
バハムーンくんのあまりの惨状を見たフェアリーくんが、とっさに
「待った。俺がやるからきみは
───
オーリの指示によってパーティが負った傷が癒され、次いで半ば炭化したバハムーンくんの体が瞬く間に元へ戻る。
〈全治〉の魔法は傷を治せても火傷による副次被害まで癒せるか不明だったからこその判断だ。
ひとまず無事を取り戻した彼氏に、涙で顔をくしゃくしゃにしたクラッズさんが抱きついた。
「───助かったよ、恩に着る!」
それはこっちの台詞さ。ニヤリと笑い返すオーリへ、道具袋から愛用の盾を取り出しながらバハムーンくんが訊ねた。
「にしても……一体なにがあったんだ!?」
「……おそらくだけど、使わなかった花火を焚べたバカタレがいたんだろーな」
「なんちゅう迷惑な」
しかめっ面を見合わせる2人だった。
困ったことに火勢は衰える気配もなく、キャンプファイヤーは荒れ狂うドラゴンのごとく周囲へと花火というか火球を撒き散らしまくっている。
「おっと、あぶねえ!」
バハムーンくんがこちらに向かってきた火球をシールドで弾く。
打ち返された火球は“へろへろ”と頼りない軌道を描いて、少し離れたところに転がっていた箱に命中し───今度はその箱が爆発した。
爆発によって新たな火花と火炎玉が放たれ、それが着弾した箱がさらなる爆発と火の玉を撒き散らす。
オーリは爆弾設置に失敗したボンバーマンでも目の当たりにしたようにつぶやいた。
「……どーやらあの中にも花火か火種が紛れ込んでたみたいだな」
「ああ、もう! ままならねえ!?」
当然のことながらこれらの被害はオーリ達だけに留まらない。
先ほどまで青春の光輝に満ち溢れていたグラウンドは、今や見る影もなしの熱と狂騒が煮えたぎる地獄と化していた。
「うわあああぁーっ! 逃げろ、にげろーっ!」
「きゃあああ───っ!!」
「熱っ熱いぃ───!?」
「水、誰か水持ってこい!」
「あいよ~ゥ、み~ずゥ~いらんかね~白玉水ゥ~い、ひゃっこい……あんぎゃー!!」
「わーっ!? 危ないからこっち来るんじゃねえ!」
「たぁーすけてくれぇー!」
「おかあさ~~んおかあさ~~ん」
「キャリーがやった! キャリーのしわざだ!」
「おお見よ! 今こそ我が宗派に仇なす不埒者に天罰が降るときぞ! ほろびますぞ! ほろびますぞ!」
「あーん、神様仏様カドルト様エンパス様、たすけてー!」
「もう二度と店屋物の丼壊したりしないからたすけてー!」
「これからは心を入れ替えて早寝早起きするからー!」
「カンニングしたのも悪かったよおー!」
「将門公の首塚を壊して東京を血の海に沈めたりしないからゆるしてえー!」
「こんなことならダメ元であの子に告るんだったぁ───っ!!」
燃え盛る炎の中を多数の学徒が悲鳴を上げ、走り、転げて、火だるまになったりの阿鼻叫喚を、心底からげんなりした風にオーリが評した。
「スプラッターハウスの最終面じゃねえんだぞ」
「館ものミステリーもこーゆーオチな印象よな。それより俺らはどうするよ。下手に動いてもあいつらの二の舞だし、火の手が収まるまでじっとしてるか?」
道具袋から
ふむ、どーしたもんか。次の手を考えるオーリに、やや慌てた風なエルフちゃんが声をかけた。
「オーリくん、上! 上!」
彼女が指差した上空から、複数の火球が迫ってくるのが見えた。
「───
「───魔術 Lv4 グループ
フェアリーくんによる超高速呪文の三連射によって大半が迎撃され、一拍遅れてオーリが撃った魔法が残りを撃ち落とす。
ひとまず一難を乗り切ったフェアリーくんがセレスティアさんを指差し、
「ぼくらは空に逃げたほうがいいかな?」
「やめとけ───ホレ」
オーリが顎をしゃくった先では空を飛べる学徒達が全方向に撃ち出される花火の直撃をくらい、蚊取り線香にまかれたカトンボよろしく“へろへろ”と落っこちているのが見えた。ついでとばかりにそのバカどもが、地上で逃げ惑う連中に突っ込んで二次災害を引き起こしてる始末だ。
「じゃあどうするの。見た感じ、まだまだ火力が衰える気配もなさそうだけど?」
やや引きつったような笑みのセレスティアさんが訊ねる。やせ我慢といえども、この期に及んでなお笑っていられるのは大した肝の座りようだ。
「どーもこーもない、このままじゃ魔力も尽きてジリ貧だ。そうなる前に多少の被弾は覚悟で校舎まで逃げっぞ」オーリは手早く補助魔法をかけてからバハムーンくんに目をやり、「あんたにゃ守りと
バハムーンくんは「ま、それっきゃねえな」とつぶやいてシールドを構え直した。
「任せろ、盾役の面目躍如てもんだ。そっちこそ回復を切らさんでくれよ!」
「おうともさ。───それじゃあ皆、全力で走れ! 走れ!」
号令とともにオーリ達は走り出す。
先頭にはクラッズさんとフェアリーくん、その両斜め後ろをエルフちゃんとセレスティアさんが固め、回復役のオーリ、殿のバハムーンくんが続く。
すぐ横っちょをもの凄い勢いでかすめる握りこぶしほどの火球にオーリは背筋を冷やした。
「ったく、どんだけぶっ込みやがったんだ!」
その間にも四方八方に撒き散らされる花火は数を減らすどころか、時が経つほど威勢を増やしていくようだった。
夜空を切り裂き花火が踊り、グラウンドのあちこちを炎が彩り炙る。悲鳴なんだか歓声なんだか断末魔なんだか笑い声なんだかもよくわからない声が夜闇を押しのけ響き渡る。
「熱っ! 熱っつ!?」
「フシャーッ!?」
「あーもう! せっかくのヘアカラーも台無し!」
「おわあっ!? そろそろ限界だ、回復頼む!」
「あいよお! 任せとけえ!」
「オーリくん、前が火の海だよお!?」
「ウニャーッ! ギャーッ!」
「あんくらいじゃ死ぬほど熱いけど死なねーよ! 火傷覚悟で突っ込め! 交互に全体回復すっから準備ヨロ!」
「わーったよ! おまえもタイミングをトチるんじゃねーぞ!」
「ほろびますぞ! ほろびますぞ!」
「おっボーナスタイムだ! あいつぶっこ抜いて盾にするぞ!」
「まかせろー! くらえ、乙女ショルダーバズーカ!」
エルフちゃんが体当たりをぶちかましとっ捕まえた邪宗門オヤジを即席の防火盾に、トンチキ焦熱地獄を突っ切る少年少女が熱と酸欠で息も絶え絶えにヤケクソじみた声を絞り出す。
「ちっくしょーが! なんで学祭の終幕がパニック映画にすり替わるんだ!」
「こんなクライマックスが昔読んだ小説にあったっけなあー!」
「フニャアー! ギニャ───ッ!!」
「たくもー、傷物になったら責任とれよなあー!」
「いいなー、それ。私も取ってもらおっかなあ!」
「そんくらいナンボでも取ったるから早よ急げ!」
「よっしゃあ、吐いたツバ飲むんじゃねーぞー!」
周囲を吹き荒れ肌をじりじりと焦がす熱を感じながらオーリは悪態をついた。
「クソァ! 最後までしまらねえなあ!」
当初の予定だったキャンプファイヤーとフォークダンスの参考にすべく遊んだときメモ2も無駄に終わったね。これも全部、蓬莱学園の犯罪!が悪いんだ
次からは探索と、ユーノ先生が言ってた期末テストのお話