文化祭の名を借りたバカタレどもの乱痴気騒ぎが終わってしばらくが経った。
その間における、怪我人の治療に破壊された校舎や各施設の復旧作業等、様々な面倒ごとの始末も一段落し(代償として、駆り出された保険委員と錬金学科の面々が軒並みぶっ倒れた)、季節は移ろい巷の人々は肌身を切る空気の冷たさに体を震わせ、学徒達はシャバより快適な環境を求めて地下道に繰り出し、体動かして温まるついでにモンスターをぶん殴ったり蹴っ飛ばしたり、クエストこなしたり単位取得に明け暮れていた。
そうして日常を取り戻したパルタクス学園は朝イチの
「じゃあ今日から期末試験だ。授業も自主的に受けるやつ以外は休講よ。あんたら精々、頑張りな」
素っ気なくユーノ先生の告げた一言によって、教室内はざわめきに包まれた。
突然のことに最前列からニ番目の席にいたヒューマンの男子学徒が“おずおず”と手を挙げる。
「あの……いくらなんでも話が急すぎませんか?」
「なに言ってんの。告知そのものはずいぶんと前からやってたろ。さては学祭と準備に追われて頭から抜けてたか」
「それは憶えてますけど、時期はもうちょい先だったはずじゃ……」
「ああ、そこ勘違いしてたのね。正確には開催が今日から、あんたの言ってるのは試験期間の最終日のことだろ」
今からプリント配るからしっかりと目ぇ通して、解らんことがあるならあたしンとこに訊きに来るんだよ。そう言って先生はクソガキ共へ、期末試験の日程について書かれた印刷物を配った。
それによると試験期間は今日から数えて年度末の初旬まで。内容は試験会場である〈マシュレニア学府〉と〈ランツレート学院〉に到達し、それぞれに用意された筆記試験を受けてこいとのことだ。
併せて経由する全ての地下道を開放するので、ポータルとの接続に必要なパスキーの
うへぇ。教室内の誰かが自習時間の潰れた小学生みたいな声を絞り出した。
内容としては前学期の中間試験とそこまで大差はない。試験を受ける場所が地下道のド真ん中から地上の学園に移っただけの話である。
ただしどちらも大陸の南北端に位置する学校、特にランツレート学院は到達のためには都合4つの、しかも彼らが今まで探索してきたものとは段違いに難しい地下道を潜り抜ける必要がある。試験期間にいかほど余裕があろうと、
ユーノ先生はそこそこ真剣な空気となった教室内を見渡した。
「なんだ、どいつもこいつもしけたツラしやがって。あんたらだって冒険者としてメシ食ってきたいなら、いつかは高難度の地下道に行かにゃならんのだぞ。それが今回ってだけの話だろ」
呆れたように鼻を鳴らす先生へ、先ほどの学徒の隣の席にいたフェルパーの男子が唇を尖らせる。
「でも先生、おれらにだって心の準備とか色々あるわけじゃないっすか。それを───」
「ばっかじゃあるめえか。だってんならアンタ達が今まで殺ってきたモンスター共や対処してきたトラップは、ご丁寧にも『今から貴方がたを襲わせていただきますので諸々の準備ほどよろしくお願いいたします』とか注意してから
「うぅ……それはまあ、そうですけど……」
「あんたらが何言おうが今さら試験の内容も時期も変わらねーんだ。ブーブー文句垂れる時間あるなら、足りない頭と実力でどうにか試験を乗り切ることを考えろ、このバカタレ」
そう言われては返す言葉もない。口ごもる学徒から目を離した先生は教室に雁首揃えるアホヅラどもを眺め回した。
「どうせやることはいつもと一緒よ。『死ななきゃ安い』を合言葉に、死なないように気をつけて死ぬ気で頑張るこった」
これ以上の無駄口が面倒くさくなったのか、先生はHRを切り上げ「もしわからないことあるなら、いつでも訊ねに来るのよ」とだけ言って教室を出ていった。
残された学徒連中は顔を見合わせ、あるいは降って湧いた頭を抱えながらも対処のためにそれぞれのパーティで集まり、あるいはプリントやスケジュール帳に目を通して日程を確認していく。
傍からするとかなり無茶苦茶なことを言われてるようにも聞こえる。
しかし職業としての〈冒険者〉とは───あるいは仕事を通じて社会と関わるということとは───どこまで行こうがこれなのだ。
選べる立場でないからには出された選択肢の中からマシなものを引き当てるしかなく。
課題は出され、賽は投げられ、後は“やるかやらないか”だけが残る。
少なくともここにアホヅラ並べてる連中に関して言うなら“やらない”という選択肢だけは無さそうであったが。
◇
ところ変わって学食大路。
「さて、俺らはどうやって攻略ルートを攻めていくべきか」
HRが終わった後で早速パーティの面々と合流したオーリは、夏休みにも何度か利用したオープンカフェで食事がてらこれからの予定について相談をしていた。
オーリの切り分けたほうれん草とベーコンのキッシュを受け取ったセレスティアさんが気楽そうな面持ちで言う。
「どうもなにも、今までに攻略した地下道を順番に回っていけばいいじゃない」
彼らはこれまでに大陸南部に配置された地下道を経由してマシュレニア学府まで到達するルートと、大陸北端に向かうルートの半ばまでを開拓している。
さらに加えるならオーリがある教師から頻繁に受けている
「てことは───まずはルートを確保してあるマシュレニアか」
シーザーサラダをつつくバハムーンくんへ、こちらはラグーのパスタを大皿から取り分けながらオーリは頷きを返す。
「んだな。とはいえ行くだけなら今からだって行けるけど、肝心の筆記試験がダメじゃあ意味ねーからなあ。そこらもしっかり対策せんとだな」
あんたら、大丈夫なんか? パーティの面々を順繰りに見ていくと、キッシュをかじっていたエルフちゃんの目があらぬ方へと泳いでいく。
オーリはため息をこぼさずにはいられなかった。
「……どうやら夏休みと同じく、折を見て勉強会をやる必要があるっぽいな。くれぐれも学期始めみたく、補習でパーティに穴を空けるなんてのはナシで頼むぜ」
「へいへい、気をつけまーす」
「そーしてくれ。とりま勉強に関しては置いとくとして、成績のことも考えると今回の試験で開放された地下道は片っ端から攻略しておきたいんだけど、あんたらはどーね」
もっと言うなら俺らも装備更新やレベルアップを重ねたのだし、そろそろ新しい稼ぎ場が欲しい。相方の切実なつぶやきに、オニオンスープから顔を上げたフェアリーくんが皮肉そうなものを向けた。
「さすが端くれとはいえ優等生はどんなときでも勤勉、あるいは貪欲なこった」
「んー、ダメかなあ」
「うんにゃ、それもまた冒険者らしくていいんじゃねーの。懐はぬくいに越したことはないしな」
「そう言ってもらえると助かるね。ただそうなるとマシュレニアで試験を受ける前後に、大陸中央部の地下道を探索するわけだが……」
大陸中央を突っ切る形で配置された地下道は主に2つがある。
ひとつはホルデア山脈から入れる〈フレイク地下道〉。
これを越えると大陸の中央に存在する超巨大樹海こと、〈ヤムハス大森林〉に出る。
緯度的にほぼパルタクス学園と同じなのに、なぜか熱帯雨林のような環境を形成するそこからさらに〈ヤムハス地下道〉を通ることで、南部地方ルートと同じくマシュレニアに到達することが可能となるのだ。
またヤムハス大森林のポータルには、上記の地下道以外にも大陸東海岸に繋がる〈トハス地下道〉へ侵入することもできるのだが、こちらは最低でも2年生の後期カリキュラム受講資格がないと開放どころか侵入許可さえ降りない(加えると難易度もお察しどころか現在のオーリ達では入って数歩で死ぬ)。
「ゼミの先輩から聞いた話じゃ、北部ルート後半と中央の難易度が同じくらいなんだと。なので攻略は置いておくにしても一度は中央の地下道を探索して、後々の試し胴にしておきたいのな」
どーね? 仲間達を見渡していくが皆もそこは異論は無いようで全員が首肯してくれた。
空いた手でOKサインを出すエルフちゃんが感心したように言う。
「しかしきみもあっちゃこっちゃに顔が広いね。普段からそうやって情報収集してんの?」
「まーね。他にも過去問を譲ってもらったり、各教師・講義の出題傾向とか単位取得のコツを教えてもらったり……。言っちゃなんだけど、ゼミに所属したり先輩と交流をはかるってやつは半ばそーゆーもんだしな」
肩をすくめたオーリは残りのパスタをかっこんだ。
せこい話かもしれないが、しかしこれとて冒険者、あるいはそれならずとも仕事で食っていくための大事な練習なのだ。
つまりは縦横の繋がり構築やら、目上相手とのコミュニケーションというやつ。一人親方が基本となる冒険者稼業では、これの“ある・なし”は馬鹿にできない武器となる。
冒険者なんぞ基本は腕っぷしこそが物を言う商売。そんなもん無くとも務まるだろと思われそうだが、アホでもやれてた脳筋仕事の時代はさておき現代の冒険者は腕力自慢だけではとても務まらない。まして腕が同じ程度のヨーイドンなら、より好印象な方に仕事を任せたいというのが人情だろう。
そういった部分を鍛えるという意味でも、これもまた重要な自主鍛錬と言えなくもない。
なので教師連中もカリキュラムとしての礼儀作法以外の、フラットな形による対人経験を積ませるべく、折りに触れてさりげなく学徒らを誘導するべく試みているのだが、そこはまだまだ思慮も経験も浅いガキどもだ。気の合う相手としかつるみたくない、苦手な相手とは距離を置きたい等により、それら配慮が芽を結ぶのは甘く見積もっても半々くらいなのだとか。
◇
食事兼ミーティングを終えたオーリ達は大路を後にした。
腹ごなしにとりとめのない雑談を交わしながら“ゆるゆる”と歩き、お昼過ぎに学園へと戻った彼らは試験の注意事項などについての質問をするべく職員室に足を運んだ。
本当はパスキーの更新をしてもらう予定だったのだが、肝心の受付となる事務棟が同じ目的の学徒達による芋洗いだったので、そちらは後回しにすることになったのだ。
こちらも昼食を終わらせたばかりであったらしいユーノ先生へひとしきりの質問を済ませたところで、オーリはHRの時間からこっち、気になっていたことを訊ねた。
「ところで先生、以前に俺らがパスキーの更新をしたときは『〈ターミナル〉にエラーが起こった』とかでキー情報が送れないって話でしたけど、今はもう復旧したんですか?」
ユーノ先生は食後のコーヒーに唐辛子でも混じってたような顔をした。
「それに関しちゃ今だに解決しとらんし原因も不明のまま。当然、復旧もまだよ」
「あら、そうだったんですの。……なら、どうやってパスキーを運んできたんです」
「そら人力よ。学園出入りの商隊へ依頼して、ちまちま運んでもらったのさ。急ぎの分は天竜も使ってね」
なんでも最近は市場へ天竜召喚札が大量に流通していることもあり(詳細については第36層を参照のこと)、以前より大幅な安価で即時輸送が可能となったのだそうな。
「へえー……。ドークス先生が依頼のご褒美に、気前よく召喚札をくれる理由ってそういうことだったんですね」
しっかりしているようで隙だらけのアホは能天気そのものの声で納得をしてから職員室を出て、当初の予定だったキー情報の更新をしてもらうために事務棟へ向かった。
◇
残った学徒がそこそこいたせいで時間を食いはしたが、更新作業そのものは、ものの数秒で終わった。
体内を巡るビーコンに専用の装置でもってキー情報を上書きすれば、後は情報が定着するのを待てばいいし、それにしたところで数分で済む。
この技術がない時代は地下道を利用する度、各ポータルに常駐する係員やら管理施設へ長ったらしい必要書類を提出したり、審査等で待たされたりも当たり前だったというのだから、まったく
「さてと、これでいつでも新しい地下道に行けるが……今日はどーするね、様子見にフレイク地下道に行ってみるかね」
何のつもりか手のひらを太陽に透かして見るオーリに、エルフちゃんが待ったをかけた。
「その前にちょっと寄り道がしたいんだけど、いいかな?」
「うん? なんぞ今までの地下道でやり残したことでもあったんかいな」
「まーね。やり残し……っていうかリベンジ、みたいなもんだよ」
「あー?」
眉をひそめるアホへ、少女がイタズラを仕掛ける妖怪のごとく“にやり”と笑った。