期末試験開始を告げられた翌日、オーリ達は〈ジェデロ砂漠〉へと赴いた。
ジェデロ砂漠は大陸南部に広がる砂漠地帯だ。パルタクス学園からは2つの地下道を抜けた先にある。
なんでも大昔は中央部のヤムハス大森林にも匹敵する豊かな自然に恵まれた土地だったらしいのだが、隣接するカウサ荒地と同じく
なおここから繋がる〈ジェデロ地下道〉を通ると、期末試験の課題のひとつ、〈マシュレニア学府〉へ到達するのだが今回のオーリ達にとってそれは二の次だ。
先に片付けねばならぬ目的のため、彼らはジェデロ地下道のある区画に行かねばならない。
のだが───
「んー?」
ポータルをくぐり出入り口の設置されたR1スレッドへと侵入したところでエルフちゃんが眉を寄せてあたりを見渡した。
訝しげな顔つきで長い耳をせわしなく動かし何かを探る少女へ、セレスティアさんが声をかける。
「どうかしたの?」
「んー、大したこっちゃないんだけどね……」
エルフちゃんはイマイチ自信なさげに言葉を切り、
「なんか、妙な音……音楽? が聴こえた気がした」
「どこかのサークルが練習でもしてるのかな。だとしてもこんなとこでやる理由がわからんすぎるけど」
稼ぎがいっぱい夢いっぱい、それら文言に釣られてのこのこやって来たバカタレどもを餌食にするモンスターのお腹もいっぱいの地下道だが、その危険に比して有用性も様々な方面でいっぱいだ。
セレスティアさんが語ったように地下道での活動に慣れた者の中には、
しかしそれも近場かつ比較的に危険の少ない
セレスティアさんが周囲を警戒するクラッズさんに目配せをするも、返ってきた反応は横に振られた首とすくめられた細い肩である。パーティ内において突出した探査能力の持ち主だが、その知覚は現在地を中心にした周囲の区画に限定されるので、遠くスレッドのいずこから聴こえてくるような音までは拾えないのでこれは仕方がない。
仲間達の様子も知らぬげに音の発生源を探るべく目を閉じ耳を澄ますエルフちゃんへ、あるったけの補助魔法をかけ終えたオーリが訊ねる。
「ところでその音楽ってどんなだったよ」
「わたしもそこまで詳しかないんだけど、なんかジャズっぽかった」
「ほう」
「あ、信じてねーなー」
「ンなこたぁないよ。ただあまりにも予想の外々だったもんでさ」
ホントかよ。エルフちゃんは不満そうに唇を尖らせる。
「ホントだよ。ま、気になるなら先に“用事”を片してから探してみるのもよかろ」
肩をすくめて流したオーリは、今回の主目的である区画へ跳ぶべく転移の呪文を唱えた。
◇
今回の彼らがお目当てとする座標。
そこは以前、オーリ達を完膚なきまでの一敗地に塗れさせた“例のアレ”こと、キーパー(上級イカロフォース)の湧出地点である。
ひとつ隣の区画へとパーティを跳ばしたオーリは仲間達へ確認を取った。
「さて、それじゃあ始めるか。───みんな、準備はいいかい?」
「おっけーね」
すっかり手に馴染んだプロトバルキリアスを携え、空いた指で可愛らしくOKサインをよこすエルフちゃんを筆頭にパーティの面々が頷く。
もうここまでの流れで察せられたろうが、彼らの目的とはかつて手も足も出せぬまま、散々に自分らをボコボコにしてくれた“例のアレ”への真っ向勝負である(別名:お礼参り)。
以前と違い、彼らはレベルアップに励み、力を付け、装備も新たにした。ここらでもう一度、過去の強敵を相手に自分達がどれだけやれるのかを確かめたいというのがエルフちゃん達の考えであった。
彼ら彼女らの気性を考えれば即日実行でもよかったのだが、ダメだったときの保険として例の〈手榴弾〉を作成しておきたいというオーリの主張ゆえに日をまたいでの決行だ。
斥候のクラッズさんが後ろに下がり、前衛組が目的の区画へ侵入。
同時に床が幾何学模様を描いて光り、模様に沿って膨大なコード情報が流れ込んでくる。オーリとフェアリーくんがそれぞれ聖術と魔法の準備を終え、クラッズさんが新調したクロスボウへ弓をつがえる。
極限まで圧縮された情報は区画の中心部に集い渦を巻き、渦は螺旋を形作り、空中へと内包された設計図に基づいた“存在”を形成し───果たして“例のアレ”こと〈キーパー〉、もしくは等身大トンチキ殺人モダニズム土偶姿を現した。
初接敵したのと同じく、例のアレはこちらへ手の存在しない腕───おそらくなにがしかの衝撃波を撃ち出す砲口なのだろう───を向ける。
同時にセレスティアさんの姿が消え、アレのすぐ手前に出現するや凄まじい衝突音と一緒にアレが吹っ飛んだ。彼女の十八番、超高速突撃だ。
体を大きくへこませ、床にぶつかりバウンドしながらアレが空中で体勢を立て直すも、流れるような動きで滑り込んだエルフちゃんがバルキリアスを一閃、アレの腕が付け根から叩っ斬られた。かつてどれだけ攻撃を打ち込まれようとかすり傷もつかなかったアレの装甲が、今や水を吸った紙より脆く頼りなくなっている。
並のモンスターなら怯むか動きが乱れるほどの手傷を負わされようと、例のアレは頓着することなく残った腕をエルフちゃんへと叩きつけてくるが、こちらもエルフちゃんが手元で“くるり”と回したバルキリアスによって刎ね飛ばされる。一般的な刀槍と違い、柄の両端から刃が伸びるバルキリアスならではの息もつかせぬ連続攻撃だ。
手痛いダメージにさしものアレも一旦、後ろに下がろうとする。
しかしそこに後方からの弓が足止めを、魔法が追い打ちをかけ、さらには初撃の硬直から復帰したセレスティアさん、〈献身〉のスキルでフォローしていたバハムーンくんも加わりアレを袋叩きにする。アレの滑らかな表面がみるみる内にへこみ、深い傷痕で覆われていく。
「……これなら〈手榴弾〉どころか回復魔法も要らんな」
あまりにも一方的な戦いを前に、オーリはしみじみとしたものを覚えながらポッケの〈手榴弾〉を探った。
前回は“こいつ”が無ければ勝負にもならず、まして最初の接敵時はどれほど攻撃しようが傷も付けられずに終わった彼らだが、以降のレベルアップと装備の更新により当時とは比較にならないほど実力を増している。それを実感する意味でもこのやり残しの始末には大きな意義があったというものだ。
感無量に浸ってる間にも少女達の攻撃はいよいよ激しさを増し、反対に例のアレの動きが鈍っていく。
アレとしてもどうにか立て直しを図りたいのだろうが、間断なく打ち込まれる攻撃に自己修復機能───上位種のモンスターには短時間で身体を再生できるやつが珍しくない───も追いつかず、かろうじて再生したところでその端から破壊されてしまう逆ジリ貧だ。
そうして限界を迎えたらしいアレが痙攣のような動きをしてからフリーズ。すかさずバハムーンくんが前に出て、打撃盾による渾身の打ち下ろしを見舞う。
なんでたまろう。暴走する馬車ともがっぷり四つを組める君主の放つ一撃に、さしものアレも無様に地べたに崩折れ、その隙を見計らい両手でバルキリアスを握りしめたエルフちゃんが大きく身を反らし───
「くたばれ!」
さえずる小鳥のような声に乗せられた裂帛の気合、物騒なセリフとのセットで振り下ろされたバルキリアスが断頭台よろしくアレの胴体を真っ二つにした。
それが致命傷であったらしい。アレの全身にさざ波のようなノイズが奔り、居合わせた皆が固唾をのんで見守る中、断面図じみた傷口(?)から糸玉が解けていくようにしてアレの体が情報として還元されていき───数秒ほどで消えて無くなった。
「……どうやら勝てたようだな。お疲れ様」
脱力したようなオーリの労いに、エルフちゃんが地下道の闇の中でさえ輝く笑顔と一緒のVサインを返した。
◇
三度目の正直とでもいうべきオーリ達の戦いは快勝の結果に終わったが、残念なことにドロップアイテムを得るまでは叶わなかった。
「片手落ちとまでは言わないが、ちょいと物足りんね。これからどーするよ、反対側にある“アレ”の湧出地点にでも行くかい」
「まさか。目的つーか心残りは始末できたんだし、これ以上はもう用なんてないよ」
オーリの提案にバルキリアスで肩を叩くエルフちゃんが首を横に振った。
「それよっか、ここ来た時に聴こえてきた音が気になるからさ、そっちを探しに行きたい」
「あー、ジャズらしきなんかってやつ。ま、話のネタとして小遣い稼ぎの
…………
軽い休憩のついでに装備の点検をしてから、オーリ達は侵入に使ったポータルの設置されたR1スレッドの中央部に跳んだ。
今回、彼らが引き当てたのは、マップNO.27と呼ばれるスレッドだ。
中央部に小部屋が設置された通常区画があり、それを挟み込むような形で南北に帯状の
マップの東西は真ん中にある壁によって仕切られているので、そこを越えるためには往来用の通路がある中心部小部屋に入らねばならないのだが、扉はスレッドのどこかにある制御パネルによって閉じられているのでまずはそいつを探す必要がある。
スレッドの2/3ほどを目隠し状態で進まなければいけないので踏破は厄介と思われそうだが、基本的に迷路状となっている他スレッドと違いここは構造そのものは単純な上、回転床だの電撃床だのが併設されてるでもなく邪魔する障害物も無きに等しいので、腕の良い
何度か暗がりに足を取られてすっ転び壁に頭をぶつけての“こけつまろびつ”をしながらも、オーリ達はなんとか制御パネルに到達。
中央小部屋の扉を開放したところで、エルフちゃんがここに侵入した時と同じく耳を“ぴょこ”と動かした。
「あ、今度はハッキリ聴こえる。───あっちの方角からだ」
オーリ達にはまったく聴こえないのだが、彼女が確信を込めて指差したのはスレッドの中心部、つまり先述した中央の小部屋の方角だった。
C層へ向かうためのショートカット用の扉も行き掛けの駄賃で開放してから、短転移呪文によって一行は中央部に足を踏み入れた。
ここらまで来るとさしものオーリ達の耳にも件の“音”とやらが届いてくる。
「確かにジャズだな……」
まあ音楽のジャンルとかよく知らねーから“ジャズっぽい”が正しい感想なんだろうが。オーリが料理の塩加減でも間違えたような表情でつぶやいた。
小部屋の中からはサックスやトランペットによるアップテンポの曲が響いている。
状況こそバカみてぇではあるが、この先にいる何者かの腕前は音楽には詳しくないオーリすら、素直に感嘆させるほどであった。
「……しかしンなとこで聴衆としゃれこんでもいられんしな。まさかこれがトラップてなワケもなかろうが、気を付けて調べてみよう」
オーリの目配せに頷いたクラッズさんを先頭に、一行は小部屋の探索を開始した。
といってもさして広くない区画。ものの数分で彼らは音……ではなく音楽の発生源である、スレッド中央部に到着した。
「なんじゃ、こりゃあ」
誰かのつぶやきが軽快な音色にかき消される。
彼らの視線の先では数名の学徒達がジャズの演奏をしていた。
◇
学章からすると2年生らしき件の学徒達は、唖然とするオーリ達のことなど目にも入らぬ様子で一心不乱に楽器を奏でている。
それだけならどこぞの音楽サークルがここを練習に使ってるだけで済ませるのだが、こともあろうにモンスターに囲まれ襲われながらそれを続けているのが不気味である。
とはいえそこはオーリ達よりレベルも腕も段違いな上級生だ。
演奏に夢中であろうともモンスターの存在なぞどこ吹く風。ほんのわずかなすり足だけでただの一度も攻撃をかすらせず、いかなる猛攻をも柳のように受け流す手際は見事としか言いようがない。
その間にも演奏は少しも乱れずに続けられる。
サックスを担当するヒューマンの少年が首を狙ってきたオーガの段平を紙一重でかわし、反撃として美来斗利偉・拉麺男ばりの心突釘裂脚で腹と脊髄を粉砕すれば、その背後ではトランペットをかき鳴らすフェルパーの少女が四方八方から襲い来るトロールの群れを飛翔左右脚や大車輪蹴りで一掃。その他の面々も頭骨錐揉脚や前方斧刃脚などで応戦している。手が塞がってるから仕方がないのだが蹴り技が多めだ。
「おい、どーすんだこれ」
眼前に広がる音楽サークルの練習なんだか超人一○二芸のお披露目会なんだかもよくわからないその光景に、フェアリーくんが頭を抱えながら相方へ訪ねた。月光を糧に咲く花のような美貌は突発性の頭痛にでも襲われたように歪んでいる。
「どうと言われても、なあ……ンなもん俺の方が訊きたいよ」
「絵面こそトンチキだけど無害な連中っぽいし、このまま放ったらかしてマシュレニアに向かうか?」
「そうしてもいいけどね、どうやら戦いも演奏も終わりそうだ。何してんのか訊ねてもいんじゃね」
オーリが顎をしゃくった先ではモンスターを始末し終えた学徒達が演奏の〆に入っている。
少しして楽器から口を離されたタイミングで、オーリは拍手をしながら彼らに近付いていった。
「お見事です、そしてお疲れ様でした」
急に声をかけられようとも、少年達は驚いた様子も見せなかった。どうやらこいつらがいることなど、先刻承知のようだ。その上で、ちっとも気にすることなく演奏と接敵をこなしていたわけか。高レベル冒険者にのみ可能となる無駄絶技である。
サックスを手にした少年が会釈を返し、
「どういたしまして。お代は聴いてのお帰り……と言いたいが、練習のやつじゃお銭も取れんわな」
「そりゃ助かります。ところで練習とおっしゃいましたけど、それなら近場の
余計なことかもですけど、なんでンなとこでやってるんです? 当然ともいうべきその疑問に、トランペットのマウスピースを拭きながらフェルパーの少女が応えた。
「そりゃもちろん、ここでなきゃいけない必要があるからよ。ノービスの弱っちいモンスター相手じゃ練習にならないんだから」
「はい?」
思いもよらぬ返答にオーリ達の眉が困惑の形に歪む。
てことはなにか。あんたら演奏しながらモンスターをボコ殴りにする練習でもしてたっていうのか。
「まーね。ウチら〈アイドル〉を目指してるんだ」
「アイドルぅ?」
これまた予想もしてなかった単語に間の抜けたオウム返しをするオーリだったが、先輩達は気にすることなく説明を続けた。
「おうともさ。お前ら〈
吟遊詩人───トルバドゥールとかミンストレルとも呼ばれる、主に歌や踊りなどを飯の種とする流しの芸人のようなもんである。
オーリの田舎のようにロクな娯楽もない土地では紙芝居屋と並んで人気の芸事商売だが、大抵は
話が掴めず困惑するオーリ達に、サックスの先輩が首を横に振った。
「ああ、お前が考えてるのとは別のやつな。俺らが言ってるのは現在は失伝した冒険者の職業のこった」
先輩が言うには大昔に存在した、魔力のこもった歌や踊りでパーティをサポートする職業であったそうな。
「学園が新しい
「なんでもボクらの集めたデータや資料を元に過去の吟遊詩人達を再現して、いずれは歌を武器にした〈アイドル〉学科とかいうのが作れるかもって話だよ」
「依頼主が学園の研究棟だけに、報酬や単位も結構おいしいのよ」
「……はえー」
オーリはなんとも言いにくいツラで相槌を打った。
ひとまずの事情は解ったが、それはそれでまた疑問も浮かんでくる。
「俺、あんましこーゆーのって詳しくないんですけど、アイドルとジャズって食合せが悪いのとちゃいますか」
ライデンファイターズなら掠りボーナス貰えんくらい距離が離れてるだろ。
当然すぎるオーリの指摘に今度は先輩たちが微妙なツラをする。
「ンなこと言われてもしょーがねーだろ、俺らだって手探りでやってんだからさあ」
「やめてよね、ボクらだってふと我に返るとバカじゃねえのって思っちゃうんだし……」
「大体、どんだけ歌や踊りを頑張ったところで披露するのがモンスターの時点で虚しさしか無いわよ」
あーもー、悪かったですよ。オーリは素直に詫びて頭を下げた。
◇
その後、先輩達となんやかやと情報交換も含めた話をしてからオーリ達は探索へと戻った。
スレッドの未踏破区画をしらみ潰しに探索して周り、C層へと繋がるポータルを起動するオーリ達に幽かな、しかし力強い演奏が届く。
オーリが“ぼそり”とつぶやいた。
「世の中、俺らが思ってるよりアホが多いもんだな」
迷宮にはジャズが響くと九龍妖魔學園紀で学んだ
数あるDRPGの中でも