アイドルを志すジャズバンドと別れたオーリ達はC層を抜け、一路マシュレニアを目指すことにした。
ジェデロ地下道のC層はずいぶんと前に探索し尽くし、出没するモンスターや入手できるアイテム等に関するレポートもまとめ終えているので今更ここに用はない。
しかし先に進もうとする彼らへフェアリーくんが待ったをかけた。
「その前にセメタリーを探索したい」
〈セメタリー〉───各地下道のC層に設置された廃棄コードの投げ込み先のことだ。直近だと前学期末で実技試験の会場として使われた。
出没するモンスターの強さも手に入るアイテムも微妙ならマップの構造や仕掛けも面倒なので、稼ぎの場とするには労力の割に旨味がない場所だ。それゆえに彼らも存在を無視していた。
しかしこれまで何度も述べた通り、現代の冒険者というのは超古代文明の遺産を発掘する探索要員としての一面もある。
例えばオーリ達にとっての命綱でもある、ブラッドコードはじめとした現代錬金術等の技術、その前段階である魔法や聖術とて過去の冒険者が地下道から持ち帰ったものなのだ。
資源採掘を主な稼ぎとする一般的冒険者として生きていくなら無視してもいいが、それ以上を目指すなら───有り体に言えばガッポリひと山当てたいなら───地下道に関わるありとあらゆる部分に興味を持ち、探索し尽くす気概ありの(実際にあるかどうかはさておき)アピールをしておくべきじゃねえかというのがフェアリーくんの主張だった。
彼の言に一理あると真っ先に首肯したのはオーリだった。
とにかく稼げる冒険者になりたい身としては、少しでも成績の足しになることはしておきたい。こすい自己アピールと思われそうであるが、出来るやつだと印象づけたり目をかけてもらうというのは大事なことなのだ。もっとも、それ以上にコイツは相方の意見や提案を拒まないというのも大きかったが。
「そんなら途中のパルタクス地下道のセメタリーも探索しとくべきだったかな」
「“例のアレ”の始末を優先しなきゃだったろ。回り道して余計な疲労を抱えて勝てる相手とも思えんかったんで黙ってた」
快勝もいいとこだったから、結果としては余計な気を回しただけに終わったがよ。繊細な唇を皮肉の形に曲げる相方から目を離したオーリは、パーティの面々を順繰りに見渡した。幸いにも否定的なものを面に出してるやつはいないようだ。
じゃあ早速、行ってみるか。仲間達の同意を得たオーリは短転移の呪文を使い、C層の北西端っこにあるセメタリー移動用ポータルが設置された小部屋前の座標へ跳んだ(小部屋の内部はなぜか転移の魔法が弾かれる)。
◇
セメタリーに進入したオーリ達は床や周囲を観察した。
前学期末の試験で赴いたときのそれ───正式名称〈ペテロセメタリー〉───と違い、見た目だけなら先ほどまでいたジェデロ地下道とあまり変わらない。
ポータルの置かれた現在地点は
オーリ達は西の扉から時計回りの順番で探索を開始。
西の扉は施錠されており、これはクラッズさんの分析によると特殊なキーコードが必要な扉なのでピッキングも魔法も受け付けないらしい(後でわかったのだが東側の扉も同様だった)。
北側の扉は施錠こそされていなかったが、入った先には3×3の区画による小部屋があるっきりで内部は空、肩透かしをくらったエルフちゃんとセレスティアさんが「ちぇー、しけてんなー」と悪態をついたものである。
少女達のぼやきはさておいて、一行は最後に残った南側へと向かう。
開きっぱなしの出入り口(?)を通過すると、そこからX軸を貫く形で連結された区画が、長い回廊を形成するようにして通っているのが見えた。
特に考えもせず足を踏み入れようとするアホどもをクラッズさんが制し、道具袋から取り出した商売道具こと〈長さ10フィートの棒〉でもって地面と壁面を手早く“ぺしぺし”叩くと、接触したところから火花が散った。
かすかに漂うオゾンの臭いに、バハムーンくんが片眉を上げる。
「
「
オーリに質問されたクラッズさんは、ポッケから蓄光塗料で色付けされたコインを取り出して隣の区画に投げた。床に落ちたコインは転がりもせぬまま、しかしゆっくりと東側へ移動し、数区画ほど先の地点で止まる。
通路の先を満たす闇の中で仄かに届く光の位置と移動時間からクラッズさんが一瞬で距離を計算、オーリに教えてくれる。
「
クラッズさんのハンドサインによれば、このタイプの罠配置だと高確率で移動床の先に
「おっかねーな。ちょいと手間だが、移動床に乗っかったら終端で位置と方角の確認をしてくれるかい」
クラッズさんが言われるまでもないとばかりに“ふんす”と鼻を鳴らした。彼女とてそれなりのレベルに達した盗賊職。方位や現在座標を肌身で感知するくらい、朝飯前でやれぬでは話にもならない。
2人のやりとり(方っぽが声に出してないので、傍から見てると独り言か一方通行に見えるけど)にエルフちゃんがぶーたれた。
「えー、面倒くさいなあ。ンなことしないでもウチらの体力なら、多少の電気ビリビリはかすり傷でしょ。気にせずガンガンいこーぜ」
「俺らだけならそれでもいいんだがよ。この子や俺の相方みたく、体力に乏しいメンツもおるんや」
「がんばるチカラでなんとかならんかね」
「今から体力つくまで筋トレに励めてか。日が暮れちまうぜ。頑張りでなんとかなるのは相応の体力に恵まれた学科と種族だけよ」
不毛な会話を切り上げたオーリ達は回廊状区画の探索を開始した。
どうやら“回廊”は終端から一歩でも進むと始端へとループする形式のようだ。先へ進むには道中のどこかにハイドコードで隠蔽された通路───パッと見ではただの壁に見える───を見つける必要がある。
もっともクラッズさんにとっては無いも同然の偽装であったらしく、すぐに2つの隠し通路が見つかったわけだが。
しかし通路をくぐった途端、一行は出入りのポータルが設置された小部屋に戻っている自分を発見した。
なにかの怪奇現象にでも巻き込まれたようだがさにあらず。原因に思い当たったオーリが忌々しそうにつぶやいた。
「……どーやらさっきの通路にワープゾーンが仕掛けられてたくさいな」
おそらくなのだがこの先にも同じような〈回廊〉があって、ワープゾーンが仕込まれていない“正しい通路”を引き当てることでのみ先に進める構造なのだろう。
夏休み中に探索したワープ地獄地帯(※第41層参照)を思い出したらしいエルフちゃんが「うげ」と、美少女にふさわしからざる呻き声を上げた。声にこそ出さなかったが、他の面々も似たようなツラである。
心底イヤそうにする仲間達を落ち着けるため、オーリは呑気そうな口調で説明を続けた。
「心配はいらねーよ。あんときと違って今回はトラップが仕込まれた数も知れたものだし、そのアテが外れても俺の
つけ加えるなら割と初歩の超術には
「というわけで仕切り直しな。
───魔術 Lv7 パーティ 長転移」
オーリの呪文により一行はさっき開けたのとは別の扉に跳ぶ。
ちなみにセメタリー用のポータルに向かうときに使った短転移でないのは、魔法をローテーションすることで先ほどこいつが口にしたスキルによる魔力の補充を見込んでいるからだ。
オーリの読み通り、もう一つの扉は“アタリ”だったようで、一行は次の〈回廊〉へと進むことができた。
そのようにして各々による魔法と技術を駆使し、トラップを乗り越えながら回廊を抜けること6回。オーリ達はマップの大半を埋めてから最南端にある小部屋へ到達した。
「接敵がなかったのはありがたいけど、モンスターやアイテムの傾向に関してのレポートを書けないのはつらいな」
書き込みの終わった地図を仕舞いながらオーリは唇を不満の形にとがらせた。
理由は不明だが移動床や回転床も、即死水域と同じくエネミーと接敵することがないのだ。一説には空間そのものに作用するトラップコードがモンスターの湧出コードと干渉し合って打ち消すのか、設置しても流してしまうのではと言われている。
探査の呪文によると、扉の向こう側にマップ最北端にあったものとほぼ同じ大きさと形の小部屋状区画があるらしい。
オーリ達はドア越しの接敵やトラップを警戒しながら慎重に扉をくぐっていった。
「なーんもないね」
肩透かしをくらったようなエルフちゃんの声が、モンスターどころか文字通りチリひとつ転がってさえいない小部屋に虚しく染み渡る。
「なんだこれ。何の意味もなく部屋が置かれただけかよ」
「それはねーよ。地下道はなにがしかの目的とそれに沿ったコンセプトで形成されてんだ。ここにだって必ず、現代の解析が及ばない“なにか”はあるはずなんだ」
「それってなんなのさ」
「俺に解る程度のもんなら、お偉い学者先生たちがとっくの昔に解析しとるな」
揺るがしようのない事実とはいえ情けないことを堂々とほざくオーリだった。
しかし何の成果も得られずじまいでは味気ない。いっそ接敵をするまでここかポータル部屋をうろつくべきかなどと考えながらぐるりを見渡すと、部屋の隅っこで薄ぼんやりとした光を放って浮遊するオブジェクトが見えた。
〈ターミナル〉だ。
「なんでこんなとこにこんなもんが?」
首をひねるオーリ。基本的にターミナルは各スレッドを結ぶポータルの近辺に設置されるのが常なのだ。
他にめぼしい物もなさそうだし、一行はそのターミナルを調べることにした。
「カウサ地下道のセメタリーと同じなら、“これ”も普通の地下道とは違う専用のターミナルってことになるのかな?」
「前回はセメタリーの正式名称と管理者の名前くらいしかわからんかったが、手間賃代わりにもちっと面白い情報なり履歴なりほしいもんだ」
独り言めいたオーリの疑問に返事を寄越しながら、さっそくフェアリーくんがターミナルへの接続を開始する。
「んーっと……やっぱし前と同じくセメタリーの情報だ。なになに、正式名称は〈バルトセメタリー〉、管理権限者はPLT-05チルドレン型万能電脳種〈バルトロイのジャスミナ〉ね。ガーディアン情報は……〈ABRIEL‐0606 スケルトン無限種:アバドン〉、ね」
スケルトンとは
白骨化した死体がモンスターとなった代物だが、筋肉も関節もあったもんじゃないこいつらがどうやって戦闘行動まで可能とする動力を得ているのかは謎だ。
「てことは、きみの
「かもな。言うてもその御本人を拝めんじゃ意味ねーな。……おん?」
「どーしたの」
柳眉を寄せるフェアリーくんの説明によると、過去の───イカロ戦役よりはるかに前の記録情報が遺されているのだそうな。
それはいいのだが……。
「……なんじゃあ、こりゃあ」
10秒ほど経ったところでフェアリーくんはターミナルから手を離した。
その間に一体、何を見せられたのか。天世界からこぼれ落ちた銀細工の美貌が、今やドブへ沈んだ鉛の塊のごとく歪んでいる。
素足でネズミでも踏んづけたような風情のまま無言で頭を振る相方へ、オーリは気遣わしげな声をかけた。
「一体全体、どーしたってのさ。何があったのさ」
「どーもこーも……なんつったらいいのかもわかんねーな、これ。百聞は一見にしかずだ、おまえらも見てみりゃわかるよ」
「あー?」
「安心しな、気分が悪くなったりはしねーから。そうさな……バカ映画でも観るような気分で覗いてみるこった」
意味がわからねーよ。説明というものを放棄したそのセリフに、パーティの仲間達が不快寸前の不審と訝しみを面に出したが、どのみちこのまま事情を知らずにいるわけにもいかない。ひとまず彼の言った通り、皆でターミナルに接続を試みることになった。
実時間にして数秒、体感時間にして数十年に及ぶ圧縮情報が脳や精神とはまた別の知覚領域で解凍され、
「……なんじゃあ、こりゃあ」
先のフェアリーくんとまったく同じセリフが誰かの口からこぼれ出た。