紆余曲折、というには少々バカらしい出来事に見舞われながらも、オーリ達は期末試験の目標地点であるマシュレニアへ到達した。
マシュレニアはかつてこの地域に存在していた〈イシュラ共和国〉の前線基地兼、軍事教練施設であった〈シャングリア聖戦学府〉が置かれていたとされる街だ。
立地としては四方をデカくて急勾配の山脈っぽいものに囲まれた場所に作られた街であるが、実はこの地形は山や盆地ではなくイカロ戦役最終盤における、超古代文明の遺産がもたらした無差別爆撃で形成されたクレーターだったりする。
当然ながら直撃くらった聖戦学府は周辺の市街諸共できれいさっぱり消滅したのだが(オマケとばかりにイシュラ共和国も吹っ飛んだ)、設置されたポータルだけは生きていたので地下道を結ぶ中継地点としての街を建設するついでにかつての聖戦学府の跡地へ〈マシュレニア学府〉を創設したのだ。
設立までの経緯こそアレだがマシュレニア学府は大陸に存在する冒険者育成学校の中では最も古く歴史のある学園であり、特に魔法や錬金術に関するカリキュラムに力を入れていることもあって、それらの進路を希望する者は他学校での基礎カリキュラムを終えた後でこちらに編入することも多いという。
そんな歴史と伝統に裏打ちされた学園へ到着したオーリ達が最初に目にしたのは、ポータルが敷設された広場いっぱいに転がる半死人の群れだった。
「ところ変わろうが冒険者の生態というやつはあんまし変わらんらしい」
イヤそうにつぶやくオーリの足元では、おそらくマシュレニアの学徒なのだろう若者達が馬車に踏んづけられたタヌキよろしく大の字でノビており、少し離れたところでは疲労のあまり生気を失ったゾンビになって“ふらふら”とうろつく集団がおり、またある者はダイイングメッセージとして辞世の句を書き記し(そんなことしてる余裕あるなら保健室に行け)、そんなアホどもの間を縫うようにして保険委員会の腕章を付けた学徒達が回復魔法をかけて回っている。
少年達はひとまず手近なバカタレどもに活を入れ、対価と引き換えに回復魔法を使ってやり、金がないけど治してくれとぬかす輩は「けちなアホがくとめ、どっかいけ!」と一喝して邪魔にならないとこへ蹴り転がしていった。
保険委員の学徒達がこちらへ“ちらり”と視線を向けるが、すぐに外して何事もなかったかのように業務へと戻る。小遣い稼ぎだろうと手伝ってくれるなら文句は言わないらしい。
魔力がほぼ空っけつになったところで小銭稼ぎを切り上げ、彼らは近くのベンチに腰掛け今後について話し合うことにした。
外した装備品を道具袋に仕舞い、オーリは通りがかったホットレモネード売りから人数分の飲み物を購入しパーティの面々に渡した。
「地べたに転がるバカタレを肴に飲むのもまた乙なもの」
「悪趣味なこと言ってんじゃねー。ンなことよりこれからどーするよ、筆記試験を受けに会場へ行くんか?」
フェアリーくんに足を軽く蹴られたオーリは首を横に振る。
「今日はさすがにやめといたがよかろ。体力には余裕があるけど色々あって心と頭が疲れた」
仲間達もそれに異論は無いようで、皆めいめいに頷きをかえした。
「試験は期間内ならいつ受けてもいいんだし、今日はここに来ただけでヨシとしようや。スケジュールにゃ余裕もあるんだ、根を詰めすぎるのは良くはないぜ」
そう言ったのはレモネードを半分ほど呷ったバハムーンくんだった。そろそろ寒さが身に沁みる時期だけに息が白く染まる。
「勉強会と併せて次の、ランツレートまでのルート確保を進めてギリまで粘ってもいい。俺らとしてもテスト勉強はしっかりしておきたいからな」
「んだな、それでいこう。自信のあるやつは先に試験を済ませちまえばいいんだし。とはいえこのアホ娘が勉強から逃げ出さねえよう皆で見張っとく必要はあろうが」
オーリから名指しされたエルフちゃんが機嫌を損ねたフグのようなふくれっ面を向けてくるが、そこはもう仕方がないと思ってもらいたいもんだ。なにせ前科がひどすぎる。
2人の様子を愉快そうに眺めていたセレスティアさんが忠告をくれる。
「あなたが傍で付いていればいいじゃない」
「そんくらいで殊勝に振る舞うタマかね。なにより俺ぁコイツのお世話係じゃねえんだぞ」
「そーゆー意味じゃないんだけどな。とにかくこの子、あなたの頼みは断らないから───多少はゴネるけど───言うこと聞かせたいならそっちでどーにかして」
ホントかね。セレスティアさんは納得いかなそうなオーリへ意味深な微笑みだけをくれたが、それ以上は何も言わずコップを傾けた。
「じゃあ今日のところはこれで解散ってことか。せっかく来たんだし適当なところをぶらついてみる?」
わたし、レストランか雑貨屋巡りがしたい。気楽に語るエルフちゃんを呆れ混じりにオーリはたしなめた。
「バカ言うない。行けるとこが拡がったからには、冒険者としての
◇
広場を後にしたオーリ達はマシュレニア学府の寮ロビーを待ち合わせの場所として一旦、解散した。
フェアリーくんは良い機会だからと学府の図書室へと足を運び、セレスティアさんとクラッズさんは街区を見物に出かけ、オーリはエルフちゃんにバハムーンくんを連れてクエストの受注をすることになった。
といってもここはパルタクスではないので、学府に所属していないオーリ達ではクエストの仲介はしてもらえない。したがって学府を介さぬ自主営業で仕事を取ってくるしかないわけで。
お供の2人を選んだ基準は初対面でもナメられぬよう、いかにも強そうなデカいやつを控えさせておくという古典的交渉術(※エイ的なサメの神様に誓って恫喝の類ではない)、もう1人は圧迫感を中和するきれいどころ兼、交渉要員としてだ。
街の商業区画に出た3人は商工会や町内会の会館などに設置された伝言板をチェックし、手頃な商会やら懐の温かそうな家の門を叩いての飛び込み営業をかけ、ついでに出入りと思しき商人にも片っ端から声をかけたりもした。
話を聞いてもらえるのは10にひとつにも満たなかったが、数撃ちゃ当たる精神によって何件かのクエストを受けることができた。
それ以外にもオーリ達のパーティが魔術のみならず、超術と聖術もマスターレベルで(正確にはオーリと相方の2匹だけだが)扱えると聞いた何軒かの商店と金満家から他にも仕事があれば優先的に回してくれると言ってもらえたのは幸運だった。口約束なのでそこまで期待できるようなものでもなかろうが、顔を売ることができただけでも上々だと前向きに考えるべきなのだろう。
営業回りが一段落したオーリ達は街区と学園をつなぐ戦艦ポチョムキンに出てきそうな大階段に腰掛け、休憩がてらに受けた仕事の整理とスケジューリングをした。
「もっとも俺らみたくな初対面の新米を、いきなり信用して仕事を任せようなんてのが真っ当な相手とも限らん。あちこちに顔出したり先輩とかに話を聞いて裏取りをせにゃならんだろうがな」
「きみはタフだなあ。わたしもう今日は歩きたくないよ」
疲弊しきったような声をエルフちゃんがあげる。知らない土地で知らない人達に声をかけ、仕事を取ってくるという作業はこれで存外に体力と気力を削る。人見知りの気があるバハムーンくんなど“ぐったり”となって顔を伏せてる有り様だ。
メモ帳を懐に仕舞い、オーリはやや厳しい形に眉を寄せた。
「あのなーあんたらなー、こんくらいでバテてたらご飯食べていけねぇぞ」
「それはわかってるけどさー……」
言葉を切ったエルフちゃんは力なく空を仰いだ。
「わたし冒険者のお仕事って、ギルドとかに所属してそこから受けるもんだと思ってた。学校のクエストみたいにさ」
「あー? 冒険者にギルドなんてねえよ、そんなもん」
「そーなの?」
「そーなの。冒険者は勤め人じゃあないつーの、一人親方が基本の自営業やちゅーねん」
それ以前に冒険者の組合だギルドだなんてもんをどこで拝んだよ。オーリに言われてやっとこエルフちゃんも気が付いたようである。
「学校で請け負ってる〈クエスト〉だって、ありゃあ単位取得を依頼の形で受けさせることで段階的に仕事へ慣れさせてく学業の一環と、それ以外じゃ学校に入りたてで色んなものに慣れてない一年坊とか、クエストにありつけない連中への救済措置でしかねえのに」
なので単位以外の金銭目的でもっと自由に稼げるクエストを受けたい奴は、とっとと学園の外に出て自前で営業をするようになる。
最近のオーリしたところで必須単位を取得して以降は図書室ではなく、近隣の街での依頼を独自に受注しているのだ。
「ま、確かに冒険者育成学校が設立されるより前の時代には、きみが口にしたような互助を目的にした組合みたいなモンがあったらしいんだがね……」
設立して数年保たずの爆速消滅しちまったんだそうな。
気力を回復したらしいバハムーンくんも興味を惹かれたらしく顔を上げて会話に加わってきた。
「なぜ」
「色々あるんだが、一番大きかったのが初動でのつまづきだろうな。所属することのメリットが皆無で人が集まらなかったんだ」
自主独立が基本の冒険者っていう業職種と、縦割り行政ないし役所的仕事のミスマッチなんかね。立てた人差し指でこめかみのあたりを押さえ、オーリは順を追って説明していく。
「まず一番の業務となる
ギルドが設立されるまで冒険者への依頼といえば先程までオーリ達がしていたように、めいめいが自主的な営業で受注するものだったのだが、設立以降は全てギルド側が一括で取り扱う形となった。これが方々に混乱と迷惑をまき散らしたのだ。
なにせ受注した仕事を割り振ろうにも、各所の連絡等によって少なからずの遅延が発生して請負う側が足留めされる上に───しかも複数受注は禁止。当然、その間の稼ぎは無い───仕事をする当の本人による交渉を一切介さぬ形で行われるので報酬や条件を不服としたトラブルも頻発。これを嫌った冒険者達は早々に見切りをつけ、ギルドを無視して自分で仕事を取るようになった。
依頼する側にしても皆がこちらの仕事を優先してやってほしいのに、やれ審査だ順番だと足留めくらって依頼と連動するスケジュールに支障をきたしたり業務が滞るケースが後を絶たず、結局は自分らで声をかけるか飛び込み営業をしてくる冒険者に任せるようになっちまう。
かてて加えてそれらに付随する手数料だの仲介料だの中抜きだので、ギルド以外の誰も得しない仕組みときては依頼人と請負人、どちらの足も遠のくわけで。
結果として好条件や真っ当な依頼は片っ端から腕が良いとか仕事が早いとか営業のできる冒険者に持っていかれ、ギルドのところに入ってくるのは普通なら無視されるようなものばかりとなるわけだ。例えば【絶対安全でとっても簡単、高給・高待遇なホワイト案件なクエスト】みたいな。
「それでいてさっきも言った諸々の手数料、所属にかかる年会費だかまでちゃっかり取るんだ。他にも冒険者は各地域ごとに設けられた支部に所属し他地域で依頼を受けるのはダメとか、最悪だと所属冒険者は年数回の無償奉仕を義務付けるとかのイミフルールを押し付けるとかさ」
所属することにいくらかのメリットがあろうとこんなもん、学校を出たばかりな右も左もわからん新米はともかく、とっくにツテやら営業ノウハウを構築した大半の冒険者にとっちゃ自分らの仕事を邪魔する迷惑者の扱いでしかなく。その新米連中もある程度のコツなりノウハウを得たらさっさと抜けてしまうので、組織としてますます先細りとなるわけだ。
「ていうかさぁ今まで冒険者達が自前で上手く回していたものを、頼まれもしないのに後からやって来たやつらが全部かすめ取って仕組みを“しっちゃかめっちゃか”した挙句に『これからは俺に従え言うこと聞かないやつは処罰な』とか一方的に突きつけてくるんだぜ。どんだけのお人好しだって腹を立てるだろ」
そして冒険者のみならず商いはお人好しでは務まらない。三方良しとまでいかずとも、自分の“もらい”はしっかり確保しなけりゃいけないし、それを妨害するやつは秒で敵認定だ。
当然、ハリケーンもかくやとなったギルドへの風当たりを押さえつけるために圧力や締付けがますますひどくなって、それがさらなる反発を生む悪循環。
これらの有り様を見た出資者(これが誰だったのかは不明。一説には冒険者を自分の手駒として取り込みたい領主か商会の連合ではないかと言われるが陰謀論まがいな推測の域を出ない)からも進捗について突き上げをくらい、にっちもさっちもいかなくなったところでギルドそのものが根こそぎで解体の憂き目となり、大した歴史も実績もないまま栄えある冒険者ギルド(笑)は跡形もなくこの世から消えちまったのだそうな。
さすがに予想の外々な急転直下の展開に、エルフちゃんの長い耳が“ぴょこ”と跳ねた。
「なにがあったのさ」
「直接のキッカケはある日、ギルドからなされた通達らしい。要約すると───期限内に全ての冒険者はギルドへ所属する手続きをすべし、従わぬものは冒険者としての資格を剥奪す───ってね」
「なにそれ、メチャクチャじゃん」
エルフちゃんが小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、バハムーンくんも理解不能の面持ちとなった。
そらそうだ。冒険者なんて商売はライセンス制じゃない。手前で名乗って探索の場に飛び込めば、それでもう冒険者ってことでいいのだ。オーリ達が学校に通ってるのだって別に資格取得のためではなく、現代冒険者の主な活動先が少しのミスで死と灰を呼ぶ地下道だからこそ、学徒というささやかな身分保証とセットになったカリキュラム、およびブラッドコードをはじめとした教育資産によるバックアップでもって自分達の能力向上をはかり生存と成功の確率を上げるための方便なのだ。
「まったくな。それだけなら皆も無視するだけに留めたんだろうけどな。しかし何を勘違いしたのか調子こいたのか、見せしめとして何人かを除名処分しとっ捕まえようとしよってなあ」
その知らせを受けてから日を置かず、ギルドのお偉いさんが事故に巻き込まれ片っ端から昇天しちゃったんだとか。
「原因はたまたま近所で魔法や飛び道具の訓練してた連中による誤射。もちろん蘇生したけど生き返った傍からロストするまで
「どこかで聞いたような話だなあ」
「きっと気のせいだよ。そんでもって各地に置かれたギルドの支部も、大陸のあちこちで同時開催された冒険者達の親睦を深める直進行軍、じゃねえやフルアーマーランニング大会の巻き添えで務めていた職員も巻き添えの更地になっちまってなあ。運が悪いことは重なるもんだ」
「冒険者ってムカついたりストレスが溜まると、偉い人を誤射したり男塾ごっこで憂さを晴らす習性でもあるの?」
否定できねぇわ。オーリは投げやりな風情で肩をすくめる。
「しかし冒険者なんてどいつもこいつも、人の言うこと素直に聞かないへそ曲がり。腕力頼みで好き勝手に生きるバカタレを、口先だけでどうこうできると思い込んだのが運の尽きだったのさ」
人の繋がり商いの基本は理屈で諭し情に訴え利益で釣ってこそ。
腕っぷしと身ひとつでメシを食いその気になればどこにでも行ける連中を、損得勘定どころか抑え込むに足る裏付けさえもない法だ組織だ権威だ規則だで縛り付けようなんざ弥勒菩薩様だってヘソで茶を沸かす。
それでなくともギルド制というやつが、古き時代に強権を振るった王政への対抗策やら、各業種で取り扱う品の流通や質を安定させるために生じたものでしかないのだ。
イカロ戦役に前後して当時の王家どころか国家そのものが消滅し、応じて各領の地方分権的な再編成も進み様々な技術の発見・発展も進んだ現代においては時代遅れの産物はなはだしい。
古式ゆかしいクエストの受け方
1:適当な酒場で仲間とバカ話しながら呑んだくれましょう
2:いい感じに酒が回ったあたりで自称・街の名士だの匿名の金持ちだの深刻なワケアリといったアホが寄ってきます
3:バカタレ共の持ちかけてくるバカらしい儲け話やウマい話等、一文の得どころか骨折り損の依頼を受けバカを見ましょう
コクーン・ワールドやヘッポコーズはこんなだった