男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第9層 卵なりの心構え

 

 後ろ手に扉を閉めるや愛想の仮面を引っ剥がしたオーリは相方と視線を交わした。

 お互い口に出したいことは色々あったが、今はとにかくこの場を離れたくて仕方がない新鮮な空気が吸いたい“あいつら”の顔を忘れたい。

 

 二人は一言も発せぬままに、ほとんど走るような早足で中庭まで移動した。

 

 自販機でジュースを買い、端っこに置かれたベンチに並んで腰掛ける。昼休みなどの休憩時間には多くの学徒で賑わうスポットだが、今は学徒の多くが地下道探索や部活に励む時間帯なせいで初夏とも思えぬ冷え冷えとした静けさに包まれている。

 

 辺りに人っ子一人猫の子一匹の姿も見かけない───誰かに聞かれる心配もない───のを確認したフェアリーくんが、疲れたような顔で訊いてきた。

 

「そんで、どーすんだ。ホントにあいつらのパーティに入るの?」

「加わるだけはね、その後はしらなあい」

 

 相方に負けず劣らずウンザリした顔でプルタブをひねるオーリの脳裏に、煮込まれすぎたはんぺんみたいに覇気のないパーティの面々の顔が浮かんだ。

 

 嫌気が差すくらいよくわかった、長く付き合える連中じゃない。とにかくレベルも技量もモチベも、それらひっくるめたなんもかもが低すぎる。

 そりゃまあ入学して数ヶ月の新米学徒では仕方がないかもだが、何事にも限度ってもんはあるだろう。冒険者稼業は仲良しこよしでダラダラ走ることを示し合わせたマラソン大会じゃあないっつーの。

 

 そしてなにより無視できないのが、

 

「なんせあの子ら心が折れちゃってんのがなあ」

 

 これ。

 

 多くの者が勘違いしがちなのだが、実のところちっとやそっとの才覚(BP)なんざ冒険者にゃそこまで必要じゃないのだ。

 

 始めはどんだけ弱かろうがモンスターに何度ボコられようが罠に引っかかって無様を晒そうが死ななきゃ安い。死んだところで生き返ったなら儲けもの。

 しぶとく逃げ延び生き残り、問題点を洗い出し、コツコツ装備を整えて、昨日まで届かなかった場所を今日は踏破し、それがダメなら明日でもそれでもダメなら明後日に───この不屈というより、死んでも化けても生まれ変わっても懲りるということを知らないアホの根性。

 

 つまるところ〈ハックアンドスラッシュ〉の心構えが大事なわけで。

 

 ひるがえって連中の様子を見るに、今はダメでもいつかは……という気概への期待はできなさそうだ。

 昨日の今日で知り合ったばかりな他人の生き方や学業姿勢にケチを付ける気まではないけど、とにかくお金を稼げる冒険者になりたい(必然的に可能な限り早くから高難度の地下道に潜らざるをえない)オーリとしては最悪なまでに相性が悪い。

 

 あとこれは下衆の勘ぐりだが、この時期にいたるまで探索に必須の学科どころかパーティ定員の上限まで人数を揃えられないあたり、コミュか伝手を開拓する能力になにがしかの問題を抱えてる、あるいは見限られてパーティから逃げられたのじゃなかろうか。

 

 これらが知れた時点で深く関わる気は炎天下の水たまりのごとくに失せた。

 

「試しに探索を共にしないことには───それが果たしていつになるのか、そもそも向こうさんにその気があるかも怪しい───断言できんけど、あんまし期待できないかなー」

「なんとも手厳しいね。おまえだってあいつらを利用するつもりだったのにさ」

「その分、しっかり働いて返すつもりではあったんだよ……」

 

 もう無理だけどね。予想通りの連中なら、見返りもなく使い倒される未来しか見えないんだもの。オーリは失望を隠さず首を横に振った。

 

 持ちつ持たれつ(Win-Win)はある程度以上の拮抗によってのみ成立する関係だ。連中がどういうつもりかは知らないが、極端な力関係が逝き着く先は搾取か依存なわけで。健全な学徒としてはどちらにしても御免こうむりたい。

 何かを頼りたいのはこっちも同じだというに、最初から一方的にアテにされたではたまらない。

 

「おまえ、なんだかんだで有名だからな。レベルだけは無駄に高いぼっちがパーティ加入のために右往左往してるとこを見て、これなら上手く寄生できるとでも思われたんじゃねーの。これを機に、ちったぁその脇の甘さを直すんだな」

 

 ありそうな話だ。忌々しさと苦々しさをまぜこぜにした顔でオーリは天を仰いだ。

 

「あーあ、可愛い女の子にうつつを抜かせるくらい余裕があればなあ、俺だってなぁーんも考えずに乗っかれたんだけどなあ」

 

 嘆くエロガキの脳裏に艷やかな黒髪と大きな黒目をした少女の面影が浮かんだが、惜しい気持ちと一緒くたの簀巻きにして記憶の井戸へ放り込み蓋をする。できれば二度と浮かんできてくれるな。

 こちとらむしられるケツの毛すらありゃしねえ赤貧学徒、色恋より先に食い扶持をどうにかせにゃならん。

 

 相方の愚痴を横目にフェアリーくんがしみじみと言った。

 

「貧乏暇なし、女の子との縁もなしか。つれーな」

「ホントにね。とにかく出された課題はクリアしたんだし、あとは適当に付き合いながら『次の』パーティを探して、適当なところで脱けるかてきとーな幽霊メンバーになっちゃおう」

「あーゆータイプは手前のことを棚に上げてゴチャゴチャ言うてくるかもしれんぜ」

「そんときゃ黙ってもらうしかないよ。どこの世界どんな仕事も一番強く物を言うのは実績と力だもの」

 

 オーリは右腕に作った力こぶを“ぽん”と叩いた。駆け出しの卵とはいえ自分らだって冒険者、口ではなく体を動かしてナンボの商売なのだ。それを聞いたフェアリーくんがちょっと愉快そうな顔をした。

 

「乱暴なこと言うようになったね、おまえ」

「ほっといてや。そんときに備えて、こっちも相応のレベル上げに励まにゃならんのな。悪いけどこれからちょいと忙しくなるよ……下手打つと何度か死んじゃうかも」

「あいよ───ったく、とんでもねーやつと組んじまったらしい」

「ごめん、後悔させちゃった?」

「まさか。おまえに声かけてもらわにゃいずれパーティから三行半(みくだりはん)を突きつけられるまで腐ってたんだぜ、いい機会だと思ってらぁな」

 

 向けられた不安の視線を振り払うようにフェアリーくんは笑う。いつもの陰々滅々としたものではない、盛夏のヒマワリみたいに晴れやかな笑みだった。

 他のやつにもたまにでいいから、こんな顔をしてやればいいのに。滅多に拝めぬものを見られた嬉しさと一緒に、オーリは少しだけ残念に思わずにいられない。

 

「そんでこれからどーするよ。早速、地下道巡りでもすんの?」

 

 フェアリーくんへの応えは横に振られた首だった。

 

「それもいいけど、まずは〈職員室〉に寄っていこう。課題の報告がてら、ユーノ先生に話を聞いておきたいんだ」

「進路相談ってやつか。なーる、この学校の教師はどいつもこいつも実践的有識者だ」

「性格はさておきね」

 

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