「………会、長?」
それが、彼女の第一声。
私の方へと向き直って、怪訝な顔で僅かに視線を下げ、その姿を認識した瞬間に呟かれた言葉。声は明らかに震えていて、これでもかと見開かれた瞳は驚愕に満ちていて、けれどそれ以上の期待が入り混じっていて。しかし、それを否定しなければならない私の立場としては、これ以上なく心苦しくて。
そして案の定詰め寄られた私は、どうにか宥めた少女に事情を説明……する間もなく捲したてられ、最終的には泣き出してしまった彼女にどうしたものかと思い悩んでいると、ちょうどそのタイミングでテロ事案が発生。
少女の切り替えは驚くほど早く、テキパキと周囲へ指示を出す姿は普段の気苦労を感じられて思わず同情してしまう。その際、長い葛藤の末にその場を離れる直前までこれでもかと逃げ出さないように念押しされたのはやはり私の容姿が理由だろうか。まあ何度も縮んだとか若返ったとかそれに類することを言われたし、オーパーツが失敗云々とも言っていたから多分そういう負の信頼がある人だったのだろう。
「……そんなにも似ていますか?」
似てるなんて次元ではありません、と付け足したのは、ここまで案内をしてくれた+ついさっき行政官から迫真の表情で私の監視を仰せられた連邦生徒会に所属する一生徒。彼女も彼女で先程まで先の行政官のように喚き散らかしていた。私も私でこれまでの人生、この容姿を理由に侮られることはあっても、こうも尊敬や期待が入り混じった態度で話し掛けられるのは初めてなので困惑してしまう。しかもそれが人違いが原因ともなれば、私としてもどう接して良いものやら。
「……あの、本当に会長とは別人で?」
「貴女もまた随分と拘りますね……」
一分に一回はその質問をされている気がする。流石に言い過ぎた。けれど体感的には似たようなものだ。その度に否定して彼女も謝罪を返してはいるが、一向に納得を示す様子はない。まるでそうであってくれと縋っているかのように、おそらくは先程の七神リン行政官と同じ理由で、彼女もまたその
(経験上、こうなった人は梃子でも動かないから、どうしたものやら……)
思い返すのは、いつまでも私のことを合法ロリだと誤解して事あるごとに求婚してきた
まるで悪魔の証明みたいだと少し笑ってしまう。このままだと最終的には、私が若返ったせいで記憶も無くしたとか勝手に納得されてしまいそうだ。彼女たちの落胆を思えばいっそそれもアリかなとは思いつつも、それでは
(そんなに似てたかな……いや、確かに似ているなぁとは思ったけれど)
ただでさえ合法ロリと揶揄されるほど背も低く女顔で、容姿にコンプレックスのある私としては、意図して自他共に容姿へ関心を持たないようにしていた。加えて最後に会った時も状況が状況で、あの時は怪我やら血溜まりばかりに目が行ってしまい、結局それまでマジマジと見比べる機会も無いままに、その機会さえも今は失ってしまった。
けれど、それでも。確かにそんな私でさえもそっくりだとは思うくらいには、彼女と私の容姿は瓜二つで、ならばその会長を渇望している少女らにしてみれば、記憶を無くして若返りなんて無茶苦茶な理論さえも、押し通す価値のあるものなのだろう。
(……仕方ありませんね)
「順番は前後しますが、権限そのものは既に付与されています。でしたら、ここは存分に活用させて貰いましょう」
「……え?」
「──着いて来てください。一先ずはテロの鎮圧を優先します。貴女も私を会長と仰ぐなら、まさか断ったりはしませんよね?」
「は──はいっ!」
こうなれば、行動で示すしかないだろう。幸いと言っては何だが、戦術指揮は私の得意中の得意分野だ。多少は役に立てるだろう。コンプレックスでしかなかった容姿についても、今だけは有り難い。こうも誤解してくれる人がいるのであれば、現場で戦力を募ることも難しくはない。今は人命が最優先、その後のことなど、事態が落ち着けばいくらでも話し合う余地はある。
「しかし、初日から暴動とは……こんなちんちくりんの私が選ばれたのは、つまりはそういうことなのでしょうね」
「?……何か仰いましたか?」
「いえ、こちらの話です。急ぎましょう」
なお、結構先の未来では、件の連邦生徒会長は私を荒事専門の組織に所属させておきながら、それはあくまで私がキヴォトス全体で動きやすいようにと舞台を整えてくれただけであり、どこまでも評価していたのは人格のみで、肝心の戦闘能力に関してはまるで知らなかったという驚愕の事実をのちのち聞くことになるのだが、それはまた別の話である。
☆☆☆
「いかんせん、随分と数が多いですね……」
「いえ、既にシャーレ奪還は目前。各地の暴動も鎮圧しつつあります。流石は会長です」
「ですが、肝心の主犯はまだ捕えられていません。加えてあの手の実力者は戦術ではなく戦略単位での攻略が必要です。多少時間は経ってしまいますが、ここは応援を待ちましょう」
戦術が通用しない、即ち個人で数十人を軽く相手にできるような一騎当千の相手は、相当の戦力を整えないと多数の犠牲を強いる羽目になる。いくら頑丈とはいえまさか大人である私が生徒たちにそんな無理を押し付けるわけにはいかないし、何よりシャーレは他の暴動地区と違い郊外にある無人の建物でしかない。確かに内部の施設は気掛かりではあるが、そこに凶悪犯を釘付けにしていると考えれば悪くはないだろう。なお、内部の施設が当時の私の想像の百倍くらいは重要なものだったりしたので、この判断が完全なる悪手だったと知るのはもう少しだけ先のことだ。
「凄い──こんなにもあっという間に……!」
「こちらも荒事には慣れていたつもりでしたが、やはり連邦生徒会長は流石ですね──」
「寄せ集めの人員でここまでのことが出来るなんて──」
「この指揮を参考にすれば或いは──」
そんな行き当たりばったりな私を過剰に持ち上げてくれるのは、各地のテロに対し憤り、義憤で連邦生徒会までわざわざ集ってくれた心優しい生徒さんたち。ユウカさん、スズミさん、ハスミさん、チナツさんと、出会った当初こそ声を荒げていたもののこうして率先して治安維持に動く姿はとても美しく思う。私が今後新たに立ち上げるシャーレにも、彼女たちのような素晴らしい人材が得られることを願うばかりだ。
「でも、こんなにあっさり事が片付くのなら、どうしてこれまで姿を晦ませたり──」
「ユウカ。それは敢えて言うまでもなく、今の会長のお姿を見れば分かるでしょう?」
「若返り──キヴォトスに遺された神秘、超常のオーパーツを幾多も保全していたという連邦生徒会長であれば、そのような事態にもなるのですね」
「あくまで噂ですが、どこかの自治区でもその手の研究が進められていたとか。なるほど、そのような状況に陥っていたのなら、人前に出られなかったというのも納得です」
(……………)
しかし、まあ、どんどんと誤解が広まっていくのはどうしたものか。一応別人だと明言したはずなのに、気づいたら設定が色々付け足されて勝手に納得されてしまっている。というか聞く限り連邦生徒会長って行政組織のトップなのでこの手の暴動鎮圧にはほぼ無関係どころか普通に出来ないような気がするのですが、それを鎮圧したからと何故納得されているのだろう? そんなにも超越した存在なのだろうか連邦生徒会長。そんな人に誤解されて大丈夫なのだろうか私。
『──会長!?』
それから応援を待ちながらユウカさん達を中心にシャーレ奪還作戦について話していると、通信越しに慌てた様子の七神行政官の姿が映る。あくまでも一部隊として動いていたつもりだったが、手広く遠慮なくやったせいで遂に彼女の耳にも状況が知れ渡ったらしい。
『何をして──いえ、どうしてそこに居るのですか!?』
「暴動鎮圧を優先しました。既に報告は行っているかも知れませんが、現在のところ残すは主犯格のみです」
『そうではなく──ああ、貴女はそういう人でしたね……!』
なるべく簡潔に状況を伝えると、行政官の言葉を遮るかのように訪れる轟音。それと共にシャーレの屋上近くの壁が一部ごっそり抜け落ち、落下した瓦礫が散らばった衝撃で正面入口の自動ドアがバラバラに割れて不快な音を掻き鳴らす。
(……例のオーパーツは地下室に保管されているはず。でも、あれだけ派手に動き始めたなら)
猶予はあるが、悠長にしてられるほどでもない。不幸中の幸いか、主犯が潜伏している場所はついさっき割れた。戦力はまだ十分とは言えないが、それは外の世界での基準。先程までのユウカさん達の戦闘を見るに、あれほど荒事に慣れた人材を何人も抱えているのなら、あの程度の単独勢力如きどうとでもなるだろう。
「勝手に暴れてくれるなら好都合です。やや予定より早いですが、ここは混乱に乗ずるとしましょう。それでは守月さん、手筈通りに」
「了解です」
言葉と同時、まずは先行してスズミさんが建物内に突入する。これは閃光弾を得手とする彼女であれば、撤退も容易いだろうという理由。そのまま数十秒入口付近に留まって貰い、一先ずの安全が確認できたので続けてユウカさん、チナツさん、私、その他義勇団の順番に突入する。今の私が行って大丈夫なのかという意見はそれなりに出たが、作戦の要であるオーパーツは私にしか起動出来ないので、そこはどうにか割り切るしかない。それに、主犯も主犯で建物の上層部にいるのであれば、敢えて足元を壊す真似はしないだろう。
(まあ、希望的観測が混じっていることは否定しませんが……)
何にせよ、暴力沙汰を何のリスクも無しに鎮圧するのは不可能だ。結果的に怪我人が出なくても、銃弾が後少し逸れていたら大惨事だったなんて事案は沢山ある。ならばリスクを減らすためには、やはり早期解決が望ましい。そのためになら身体だって張る。なんといっても私は“先生”なのだから。
「ここは……?」
暴動により停電を起こしたのか、反応しない地下室の扉を強引にこじ開けると、まばらに非常灯だけが周囲を照らす真っ暗な室内で、何故かそれだけが独立して発光・浮遊している謎の欠けた石碑が目に映る。
「これ、何かしら……?」
ユウカさんが呟く。……確か、これが“クラフトチェンバー”だっただろうか。電力も碌に提供されていない状況でこれほど光り輝いているのは、流石の超技術の産物だと素直に思う。これもこれでじっくりと調べたい気持ちはあるが、今はそれよりも優先するべきことが──
「あった──」
その物体は、タブレット端末に酷似していた。否、酷似どころの話ではなく、タブレット端末そのままの姿をしていた。強いて違和感を上げるのであれば、あまりにも飾り気がないというか、製品ロゴすらどこにも見当たらないところだろうか。
流れるままに、私はそれを起動する。聞いていた通り、誰に教わるまでもなく、自然と私にはそれが出来た。そして──
「……………」
“……我々は望む、ジェリコの嘆きを。”
“……我々は覚えている、七つの古則を。”
脳裏に浮かんだ文章を紡ぐ。曰く、『シッテムの箱』と呼ばれるこのオーパーツのパスワード。私はその由来には興味がない。どうしてそれがパスワードとして設けられていたのかも知らない。でも、今はその機能が必要となる。少なくとも代償はないはずなので、怪しさだとかそういうのは、今はまだどうでもいい。
『接続パスワード承認。生体認証及び認証書作成のため、メインオペレートシステム“A.R.O.N.A”に変換します』
☆☆☆
(ウィィィィィン──)
どこからともなく謎の起動音が鳴り響き、同時にこの建物全体の照明が復旧する。
あまりにも唐突に。まるで何事無かったかのように。けれど建物上層からの振動や爆発音は未だに続いていて、それが単なる偶然によるものではないことは明らかだった。
「誰か──そうですね、貴女。直ぐに首席行政官に連絡を。これよりサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会へと移管します」
「え──は、はいっ!!」
そして、その原因と思わしき少女が、サンクトゥムタワーから付き従っていた連邦生徒会の役員にそう告げる。彼女と連邦生徒会に具体的にはどのようなトラブルが起きたのか未ださっぱりだが、役員の反応は喜色に満ち溢れていて、その内容が朗報であることは誰の目にも明らかだった。
「何が起きたのかは私にはさっぱりですが──どうやら、最大の目的は無事に達成できたようですね」
「ついさっき、
「彼女が何らかの端末を操作した後にこの状況──察するに、おそらくは若返りによって通らなくなってしまった生体認証の再登録を実施したカタチでしょうか」
「あの会長にしては珍しい災難ではありますが……まあこれくらいでしたら、キヴォトスでもよくあるトラブルの一つですかね」
そう呟いた直後に、断片的に語られた会話の内容からこれまでの経緯について今更のように察する。こんなところまで着いてきておいてアレだが、私はあの場で居合わせた他の面子とは違い、ほとんど個人で活動しているだけにこの手の情報には疎い。今回のことはまだしも仮に騙されて犯罪の片棒を担がされていたらと考えると、やはり私も多少は横との繋がりを持った方がいいのかもしれない。
そして件の連邦生徒会長と言えば、通信越しにこれでもかと七神行政官から絞られている。これもあの超然とした彼女に相応しくない姿ではあるのだが、不思議ととてもしっくりくる光景だ。おそらくは今まで彼女が我々に見せていた完璧な姿は見せ掛けで、実はその裏ではこうして必死に身体を張ってきたのだろう。
だから私はその姿に幻滅を抱くことはなく、むしろ尊敬の念が湧いてくる。だからこそ先ず、彼女を無事にここから帰すことが何よりも今必要なことであると。
地下であるここが復旧したからには、あの“災厄の狐”も異変を感じてこの建物を精査しにくるはず。まだ電源が復旧して数分もしていないため、猶予はあるがそう余裕もないだろう。
銃を構え直し、気を引き締める。あくまで撤退戦とはいえ、相手はあの音に聞こえし狐坂ワカモ。これだけの人数差に加え連邦生徒会長の神懸かり的な指揮能力があったとしても、油断をすれば喰われるのはこちらだ。
そんなことを思っていると、これまた唐突に連邦生徒会長は、
「……逃げられてしまいましたか」
思わず、「はい?」と呟いてしまう。逃げる? 誰が? 決まっている。災厄の狐だ。けれど何故? まさか人数差に臆したわけでもあるまいし、これだけの騒ぎを引き起こした主犯が、このタイミングでむざむざ逃走するはずが──
「詳細は省きますが、私の持つこの端末はここの建物全体のシステムと繋がっています。でして、それで早速、時間稼ぎと次策への布石として一通りの防火システムを起動しましたが、制御された屋内で戦うことを嫌ったのか、どうも彼女は破損した外壁部から外部へと脱出したようです」
それを安堵するべきか厄介に思うべきなのか、と続けて、ひとまずこれ以上私たちにできることはないと彼女はそう締め括る。安堵か厄介か。心情的には後者で実態としては前者であろうか。けれどそれは何の後ろ盾もない私だからこそ抱く感想であり、それこそ人によって評価は分かれるだろう。
何にせよ、引き際を弁えたテロルほど面倒なものはない。サンクトゥムタワーの制御権云々に関わらず、あの災厄の狐はあちこちで騒ぎを引き起こすことだろう。
(………ですが)
ふと周囲を見渡せば、そこには連邦生徒会長の言葉を受けて露骨に安堵している義勇団の方々の姿。現状を憂いた、部下だから付き従った、暇だから付き添った、単に暴れたかった──動機こそ様々であっても、彼女たちは間違いなくこの街の治安維持に尽力してくれた。突然のテロに対し、これほど協力してくれる人々がいるのなら、キヴォトスの未来も、そう悪いようにはならないだろう。
──これは、彼女が連邦捜査部S.C.H.A.L.Eを設立した当日の記録。
それまでは殆ど一人きりで戦ってきた私の、後に大切な戦友となる部員たちが、やがてこのキヴォトスを救うに至る、その始まりの話である。
おかしいな、存在がギャグなのになんか全然ギャグにならないぞ? どうして、どうして……。
続きは誰か書いてくださいお願いします。