「それで、わざわざこのサイズの制服を用意したんですか……?」
私がキヴォトスに赴任してからまるまる一週間が経った現在。
やはりというか案の定というか、結局は逃れられなかった連邦生徒会長の座席にちょこんと座る羽目になった私は、目の前で広げられた見覚えのある白い制服を前にして思わずそう呟く。
「ええ。この連日の活躍により、こと暴徒鎮圧に関しては会長の手腕を疑う者は既にキヴォトスには存在しません。特に防衛室と交通室からの支持は凄まじく、こちらの特注の制服もその方面からの差し入れに近いものです」
「……なるほど?」
「ヴァルキューレからもいくつか感謝状が届いております。元は反対意見も多かったシャーレの設立及びSRT特殊学園の継続に関しましても、気付けばまるで反対意見そのものが元から無かったかのようにすっかり沈静化していました。今後はそれらの戦力についても、大々的に会長に回せるようになるでしょう」
「それは有難いですけれど……」
忘れもしない赴任当日、シャーレ本館を襲撃した狐坂ワカモの存在は記憶に新しい。あれからもこの一週間だけで彼女には何度も遭遇したが、残念なことに未だ捕獲には至らず。ならば一度、あの彼女を捕獲して矯正局送りにしたという戦力の増援は素直に有難いことだが、それは私が本物の連邦生徒会長だった場合の話である。
いや、確かに気持ちは理解できるのだ。よもや失踪直前に行き摩りで知り合った男性に対し、個人で背負うにはあまりにも重すぎる業務を託したと考えるよりかは、身体が縮んだ状態でも問題なく業務を熟すために、適当なバックストーリーを用意してその人物に成り済したと考えた方がまだ納得できる理屈ではある。むしろ託された側の私からしてもその方が自然であるとすら思う。ただ、実際にはそうでないというだけで。
例の伝言についても、遠回しに本人が主張したいことだとして処理されてしまった。まあそうなるよね。『今は無理だけどいつか戻ってくるから頑張って(意訳)』なんてこの私が伝えたら、きっと身体の変化のことについての方便だと思ってしまうよねうん。
それでも一応、最初の二日間くらいは逐次反論していたのだが、その度に流されて仕事を追加されるので今はもう半ば諦めてしまっている。どうせ本人が復帰するまで支えるつもりだったのは違いないし、彼女にとっても突然の失踪よりかはいくらか救いのある展開になるだろう──と、今では無理やり納得することにしている。私の心情的にはともかくとして。
「尤も、流石に行政処理の部分に関しては随分と記憶が抜け落ちているようですが……」
「………」
「それも業務には支障が無い程度で、処理能力に限って言えばかつての会長を知る私からしても目を見張るほどです。少なくとも現時点では、問題視するほどでもありません」
「……………」
そりゃあ盛大に下駄履いていますからね『シッテムの箱』で。その気になれば都市全体をコントロールできるオーパーツに取ってみれば個人単位の事務処理など児戯に等しい。また、そうでもないと頭の出来はせいぜいが秀才レベルの私に、とてもじゃないが都市の運営なんて大それたことは出来ない。そうでなくても、先にも軽く触れたように、ある程度のインチキでもしなければ連邦生徒会長の座は個人で携わるにはあまりに仕事量が多過ぎる。
あの、ええと。これ元々それ専門の事務職員とかじゃなくて学園都市の生徒がやってたんですよね? この量を? 自分の勉強とかどうしてたんですか? 趣味の時間とかは? 下手したら睡眠時間すら碌に……最初は大袈裟と思っていたが、もしも平然と熟していたなら彼女の超人呼ばわりも止むなしである。
「──ですので、現時点を以て、危急の要件は一通り片付いたと考えて良いでしょう。貴女の“先生”という立場上、真の意味でオフの日を作るのは難しいですが、今後もこのペースがしばらく続くようであれば、一月もあれば連邦生徒会全体で週休二日制を敷くことも夢ではありません」
「それはあまりにハードルが低くありませんか……?」
リンちゃん(こう呼ぶように言われた)も、表面上はいつも通りのクールさだが、声色とか言葉の節々から喜色が隠しきれてない。その程度で、と言っては失礼かもだが、夢とか言ってる時点でまだ学生の身分なのに既に精神が黒く染まっている。昨日久々に休めたとか満面の笑顔で言ってたけど、本来はその方が異常なんだけどなぁ……。
で。
「そのような貴重な時間を、わざわざ私のために……深く感謝します、会長」
「いえいえ。あの時お手伝い頂いたチナツさん達には改めて挨拶したいと思っていましたから」
そんなこんなで空いた時間を使い遠路遥々やって来たのは、このキヴォトスでも有数の規模を誇る三大学園が一つ、混沌と自由を謳うゲヘナ学園。この学園に所属するチナツさんのほか、赴任当時にシッテムの箱奪還作戦に助力してくれたユウカさん、スズミさん、ハスミさんは奇しくもそれぞれ同じ三大学園の所属であり、いずれ視察の機会を窺っていたので今回の件は本当に渡りに船でもある。
「それでは改めまして、連邦生徒会長代行のアロナです。ですが一応、ここにはシャーレとしての立場で来ていますので、どうか気軽に“アロナ先生”とお呼びください」
「先生……ですか? いえ、分かりました。きっと深い考えがおありなのですよね」
いえ別に。というか考えも何もそのまま言葉通りの意味であってそれ以上でもそれ以下でもない。先生という肩書にそれなりの拘りはあるが、その呼び名を無理に強要するつもりもない。無論、そう呼んで欲しくはあるからそれとなく促したりはしますけどね!
「私はゲヘナ学園一年、風紀委員会所属の火宮チナツと申します。先日は会長の事情も鑑みず、事態を悪化させるような真似をしてしまい申し訳ありません」
「いえ、そんなことは──」
抗議の事を言っているのだろうか。それなら迷惑なんてそんなことはない、のだが。あまり深くも説明出来ないので少し返答に悩む。辛うじてそれらしい言葉を繋ぐことは出来たが、彼女はそれに違和感を覚えたかどうか。私にはそれを確かめる術はないが、あちらも深くは追及するつもりはないようで、
「それで、“先生”。本日はここゲヘナにどのようなご用件でしょうか」
「あ、それはですね。ここしばらく連邦生徒会がごたついていたんですが、最近ようやく時間が取れるようになったので、シャーレへの依頼と言いますか、要望の方も片付けて行こうかと」
ぶっちゃけ得体の知れない組織であるシャーレには、その手の要望は驚くほど少なかった。なまじ代表たる私が公然の事実として連邦生徒会長本人であると知れ渡っていたからだろう。私個人に対する意見やら疑問やらは概ね間口の広い連邦生徒会の窓口へ渡されていた。
しかし、完全にシャーレに対する依頼が0だったわけではなく、特に一番初めにその業務に立ち会った者、即ちチナツさん以下あの日のメンバーに限っては、“シャーレという組織そのもの”に強い関心を持っていた。だからこそ、わざわざシャーレの窓口まで要望を出そうなどと考えたのだろう。
「それで、そちらには要約すると『戦術指揮について学びたい』と」
「成程、あれをご覧になられたのですね。これはお恥ずかしい。というのも、私を含めゲヘナ風紀委員会の面々は、最終的にはヒナ風紀委員長に頼らざるを得ない現状を憂ているのです」
曰く。
ゲヘナ風紀委員会には、もはやゲヘナの絶対的な象徴とも言えるご存じ空崎ヒナ風紀委員長がいる。
彼女はゲヘナにおける秩序そのものであり、彼女の実力及びその人柄に憧れて風紀委員会を務める者は多く、それはチナツさん自身もそうである。故にこそ、誰もが彼女のように、彼女に僅かでも追いつけるように、あるいは彼女の負担をほんの少しでも減らすために尽力し、しかし皮肉なことに、他でもないその彼女とのあまりに隔絶した実力差に心が折れて、やがては彼女に負担を強いる羽目になる。
「そんな時に、私は見ました。あの日に、荒事には慣れていても、優秀ではあっても、例えばヒナ委員長のように特出しているとは決して言えない面子を率いて、それでいて次々と幾多の不良を、果てはあの“災厄の狐”さえも容易く退けた華麗な指揮を」
「……他はともかく、ワカモさんに関しては過剰評価だとは思いますが」
「いえ、貴女はあの日だけでなく、以降の遭遇についても悉く無傷で彼女を退けています。会長、いえ先生は無自覚でも、貴女がこれまでに制圧したその“他”の面子の中には、これまで風紀委員会が総出で掛かってもヒナ委員長に頼らざるを得なかった温泉開発部の部長や、美食研究会のメンバーまでもが当然のように混ざっていました」
温泉開発部に美食研究会。どこかで聞いた覚えがあるようなないような。いや、そうだ確か美食研究会はキヴォトス最悪のテロリストが云々とかリンちゃんが言っていた。最悪と美食があまりにミスマッチ過ぎてなんですかそれ、と思わずリンちゃんの前で呟いた覚えがある。
ちなみに温泉開発部に関してはその場では思い出せなかったので後で確認したら、なんでも二日ほど前、DUにある線路上で穴を掘ってるところを私が制圧したんだとか。二日前と言えば確か電車ジャック未遂事件があったけど、もしやそのついでに捕まえたりしたんだろうか。それ以前にあの日線路上に居たって事はつまり私がシッテムの箱を使って電車を止めていなかったら電車に轢かれていたのでは? なにそれ危ない。要するにそういう行為を平然と行える問題児であると。
「なるほど、それで私にと。戦術指揮は私にとっても自慢なので、それを評価されるというのは素直に気分が良いですね」
確かにこれは根本からどうにかしないと解決しそうにない問題だ。少なくとも、ヒナさんのことをあまりご存じじゃないとか言い出したら怒られるでは済まなさそう。それにトップダウン形式の辛さはこの一週間だけで身に染みて分かっている。私の戦術指揮が少しでもその助けになるというのなら、私としても異論はない……のだが。
「ですが困りましたね。はっきり言って、そういう事情でしたら力になるのは難しいかもしれません」
「……理由をお聞きしても?」
そんなことは知れている。結局のところ戦術指揮なんてものは、一朝一夕で身に付くような力ではないから、これに尽きる。
チナツさんは先程私の指揮を指して“華麗”と評していたが、そう感じるのは極限まで無駄を省いているからだ。目標を定め、役割を分け、状況に応じ、目的を達成する。如何に簡単そうに見えたとして、あるいは
付け加えるなら、この手の技術にはどうしても担い手のセンスがいる。具体的には、ある程度捻くれた人間じゃないと向いていない。これもまた単純な話、戦術とは即ち相手が最も嫌がることを執拗に只管に押し付けることにある。互いの人格を認めず、極めて冷静に冷徹に、あらゆる障害をまるで自然災害に相対するかのように、丁寧に容赦なく遠慮せずしてリソースを削り合う。
そう。つまりは時として犠牲を容認する覚悟がいる。私もかつて戦場では、ほんの少しのかけ違いで無惨に散る戦友の姿を幾度となく見据えて来た。幸い、このキヴォトスでは随分と“死”という概念が遠いためにだいぶハードルは低いはずだが、それでも善人には向いているとは言い難い。少なくとも、キヴォトスの現状を憂いてわざわざDUまでカチコミを掛けるようなチナツさんが、ただでさえ先輩方が過半を占めるだろう仲間達を相手にして、果たしてそのような冷酷な選択が出来るだろうか?
「………」
「命令に不満を抱いたことは? 役割に疑問を覚えたことは? 選択に憤りを感じたことは?
おそらくは誰もが多少の苦手意識を持っているでしょう。ですが、司令官とはそれが当然。嫌われてこその役目。私は例外側で更には一過性のモノで、ほんの少しの掛け違いでやがて蛇蝎の如く嫌われる羽目になる──もしも動機が『誰かのため』であるのなら、なおさら指揮官なんてのは辞めておいた方が良いです。だって」
誰かに好かれるために、それ以外から嫌われるというのは、辛いですよ?
例えば私であれば、この顔や身長で私を侮った奴らを全員跪かせるという後ろ暗い目的があったから頑張れた。他者から見ればどんなにくだらない理由でも、その苦しみを押し付けるためなら何だって貫き通せた。
執念。怨讐。プライド。呼び方は何でもいい。でも、人は善意だけでは頑張れない。いや、いくら頑張ってもそれではいつか燃え尽きる。残念なことに、善意は動機の芯となるにはあまりに脆い。報われるとも限らない。更には現状だと独善でしかない。下手をすれば、やがてその感情が爆発して、他でもない当人に当たり散らすことも十分にあり得る。私は貴女のために頑張っているのにどうして、と。
「あり得ない……とは、言い切れませんね」
熟考の末に絞り出したチナツさんの言葉。ここまで偉そうに言ってあれだが、当然ながら私の経歴については省いたのでぶっちゃけ説得力ないかなぁと思っていたのに、ひとまず疑問は流してくれたのかそれどころではなかったのか、神妙に呟くチナツさんの表情は暗い。でも、誤解するよりかはこの方が良いと私は考える。故に彼女が“それでも”と言うのであれば、私はそれを尊重したく思う。結局私はただ判断材料を与えたに過ぎず、選ぶのはどこまでも自分自身だけなのだから。
(存分に悩みなさい、若人よ──)
内心だけでふんぞり返って、若人の苦悩や選択を見守る。何という至福の時、これだけのために先生を目指したと言って過言では無い。似合わないとか言ったやつは屋上で。
「でしたら──」
「それは──」
「ですから──」
そこからは時間の許す限り、彼女と意見を交わし合った。ゲヘナの現状から始まり、不安、展望、愚痴と続き、最終的には何故か進路相談みたいになってしまったが、非常に充実した時間だったのは間違いない。
今後、彼女がどのような成長を遂げるのか。はたまたしばらくは足踏みするのか。それは誰にも分からないけれど、願わくば彼女の選択を、このまま見守っていければ良いなと強く思った。
多分アコちゃんと一番仲良くなれる主人公。ぶっちゃけアロナ要素が演算能力しかないけど所詮はエロ同人出身なので気にし過ぎるとハゲます。