失踪した連邦生徒会長が若返って戻ってきたという話を初めて知った時、ひどく困惑したのを覚えている。
知ったきっかけについては細かく覚えていない。というのも、連邦生徒会長とは言わずと知れたこの街の事実上の頂点であり、その動向に異変が起きたとなれば当然誰もが注目する。気付いた時には復帰の知らせは少し前の失踪報道と同様にあちこちのニュースサイトで喧伝されていて、冗談のような文面の数々を前に、その内容を否定したくても最早そんな頭の痛い事態が真実であることを認めざるを得ない状況であった。
『怪奇! 若返った連邦生徒会長!』
『事実上の私兵集団!? 連邦捜査部シャーレ、その謎に迫る』
『その正体は凄腕傭兵!? 謎多き彼女の過去を追う』
これは掲載されていた記事の一部である。例の如く、クロノスを始めとするそこかしこのニュースサイトが、挙って面白おかしく騒ぎ立てている。稚拙というか、陳腐というか。これではまるでドキュメンタリー番組のタイトルだ。それも『B級』とかそう言った枕詞がつくタイプの。少なくともこの街のトップに対する、いや行方不明だった少女にするような扱いではないのは間違いない。
幸い、と言っていいのか、これらの記事を軽く読むだけで仔細については把握できた。と言っても、単に書いてあることそのままだ。それまで行方不明だったはずの連邦生徒会長が変な肩書を用意して戻ってきた。それもどういうわけか明らかに幼い風貌を引っ提げて。しかし、そのような状態であってもこの街のトップたるその能力に翳りはなく、今では帰還に際して創り上げた新たな立場を存分に利用して、キヴォトス各地の治安維持に励んでいると。
(連邦生徒会長……)
正直なところ、私は連邦生徒会長についてをまるで知らない。かつてキヴォトスを治めていたと言っても、それが具体的にいつ頃からなのかすら分からないし、彼女が連邦生徒会に勤めるきっかけなんかも知り得ない。
ただ、すごい人だというのは聞いている。それは彼女が失踪した途端、行政が麻痺し治安は悪化の一途を辿っていた現実から分かる。もちろん、原因の一つにサンクトゥムタワーのトップダウン極まるあのシステムがあるのはその通りだ。けれど現状を鑑みるに、あの時は治安が悪化したと表現するよりは、彼女がそれを押さえ込んでいたと捉えるのが妥当なのだろう。
「連邦捜査部S.C.H.A.L.E……」
やがてあちこち調べているうちに、必然的にその組織について行き当たる。ざっくり言うと自治区の枠を超えたヴァルキューレのような組織で、若返った連邦生徒会長がその状態でも連邦生徒会としての行政に携わるために築いたと言われているが、真偽は定かではない。
しかしながらこの組織、冷静に考えるとかなり碌でもない。だってそうだろう。法の枠組みを超えて司法権を行使し、行政のトップが代表を勤める。三権分立なんのその、トップが善性だから辛うじて成立しているだけで、近い未来には腐敗の温床となるのが目に見えている。
どうしてこのような組織が許されているのか。やはり如何な連邦生徒会長とはいえ、若返りなどという異常事態には十分な対応が出来なかったのか。そもそも若返りなんてこと自体が理解の範疇を越える。しかし画像で見る今の彼女は間違いなく連邦生徒会長を幼くした容姿そのままで、あっという間に混乱を治めたその手腕は他の何よりも彼女がこの街のトップである証明となった。
「この人なら……」
今までも漠然とそう願っていた。だからこれまでも連邦生徒会への要望は欠かさずにしていた。けれど今回の騒動を経て改めて認識した。この人なら、この人であれば、きっとこのアビドスの絶望的な状況も変えられるはずだと。
──そんな彼女が、連邦生徒会とは別の、個人単位で動くことができる組織で窓口を構えている。飾り気のない性格なのか、公式ホームページにはシャーレのロゴと、その他幾つかの項目が羅列してあるだけの非常にシンプルなもの。
(………)
更にいくつかのリンクを辿り、モモトークのオフィシャルアカウントというものに辿り着く。
“シャーレのオフィシャルアカウントです”
“24時間365日、いつでも気軽にご連絡ください”
“どんな内容でも、ちょっとした雑談でも大歓迎”
自己紹介の欄は、こんな当たり障りのない内容。多忙な彼女のことを思うと、この内容を鵜呑みに出来るような豪の者が果たして存在するのかどうか。
でも、仮に定型文にしてもハードルがぐっと下がったのは事実で、勇気を出して通話ボタンを押す。押した瞬間、こんな夜遅くに電話なんて流石に迷惑じゃないかと思い焦ったものの、どうする間もなく驚くほどあっさりとその通話は繋がる。
『こちらは、連邦捜査部シャーレです。災害、トラブルなどによる用件の場合は1を──』
(………)
慌てて携帯を耳に当てると、流れ出したのは無機質な機械音声。女性というより少女のような声で、AIか何かを利用しているのか、ところどころ発音が微妙におかしいところが見受けられる。
(そりゃあそうだよね……!)
ガックリすると同時に納得する。当たり前だが、24時間365日なんて一人の人間に対応できるわけがない。ただでさえキヴォトスにはトラブルも多いだろうに、その一つ一つに全て対応していたらキリがない。
加えて、連邦生徒会長は特に最近の活躍によって不良たちから恨みを買っていると聞く。いたずら電話なんて今更で随分と古典的な手法だが0になることもないだろう。手間を増やすことで通話までのハードルを上げることも対応の一つと取れる。
はぁー、と一息。緊張で張り詰めた身体が一気に弛緩する。時間帯がどうこうとか考えていた自分が馬鹿みたいだ。おそらくこの感じだと、用件だけ聞いて最終的には明日また連絡するなりそういった対応になるだろう。それならばとそのまま脱力して、それに際して通話終了ボタンを押そうとした矢先に、ふと無機質な機械音が耳を貫く。
『──その他、どうしようもない案件については9を押してください』
「……………」
そこで音声が途切れ、部屋に沈黙が満ちる。
どうしようもない案件。随分とざっくりした表現で、この手のガイダンスには相応しくないように思う。ただ、どうしようもない、と言われると、私の用件は確かにその通りで、私が彼女に何をさせたいのかと聞かれるとそれ以外には無いだろう。
お金を無心するのも、土地の問題も、天候のアレコレも、結局は同じこと。私では
(………)
ただ同時に、こうも思った。どうにもならない案件の相談を受け付けているなら、つまりはどうにもならないことさえもどうにか出来るということなのか。詭弁なのは分かっている。自分が滅茶苦茶言っているのは理解している。でも、そこまで言うのなら、そうまで言うのであれば。ご丁寧にそんな機械音声まで用意したのであるならばと。半ば挑戦状を叩きつけるかのように、私はキーパッドの9のボタンを推した。
通話は、一秒のコールも無く繋がった。
『──もしもし。ご用件を』
あまりに簡潔でダウナーな声。声質だけならばあの機械音声にも似ているが、テンションの落差が激しくてとても同一のモノとは思えない。事実、その時の私はその声をオペレーターか何かと勘違いして一通りの話をする。
『………なるほど』
間の相槌は無かった。加えて、最後に冷静になった時に聞こえたその言葉は先の機械音声と同様に少し発音がおかしかった。もしかしてやってしまったか?と思うも遅し、電話先の相手は無機質に無感情に、けれど妙に人間味のあることを告げる。
『“先生”にお繋ぎします。そのまましばらくお待ちください』
そう言われて、ここでようやく私は自分の失敗を悟る。と同時に、ここまで来れば後戻りは出来ないと覚悟を決める。先に話した声の主は何だったのか、それに関する疑問はあるものの、結果として連邦生徒会長に繋いでくれるのであれば願ったり叶ったりだ。
今度は流石にそれなりの時間を要した。後で聞いた話だが、この時の彼女はシャーレの仮眠室で休憩していたらしく、時間も空いているからと当番の子に任せるよりは自分が直接受けた方が早いと考えたそうな。
とにかくそんな幸運もあって、思いの外スムーズに私はキヴォトスの頂点と会話を交わすことが出来た。
『お待たせしました。連邦捜査部シャーレ所属、連邦生徒会長代理のアロナです』
「あ、あのっ……!」
幼い。まず第一に思ったのがそれだ。無論、私とて今更連邦生徒会長が若返った事態を疑う理由もなく、肉体が変異したなら声帯も声変わり前の女児のものになるだろうことは想像に難くない。しかし、それでも呆気に取られたのは事実だ。その声の主が、やたらと丁寧に厳つい肩書を語るともなれば特に。
(……もしかしてこの声、音声ガイダンスの?)
ついでにどうでもいい事実が発覚したりしたが、それでも怯まずに事情を説明する。私自身の自己紹介から始まり、アビドス自治区のこと。アビドス高校の現状、地理的な問題から借金に至るまで。
伊達や酔狂で“先生”を名乗っているわけでもないようで、先の機械音声とは異なり、彼女の相槌は実に的確なものだった。話しづらいことがあれば話題を誘導して先を促し、順次質問も交えて深い部分まで掘り進む。
『アヤネさんはこれまで、連邦生徒会に要望を出していたのですか?』
「はい。ですが、何度申請しても無意味でして──」
これまで不満に思い、やや棘のある言い方をした話題に関しても、
『実はあまり言いたくはないのですが、連邦生徒会が大々的に自治区の問題に踏み込むのはかなり問題がありまして──』
丁寧に、論理的に、徹底的なまでに。様々な慣例や法律を引用し、問うたこちらが詫びたくなるレベルで反論の余地もない理論に説き伏せられる。それはまるで赤子をあやしているようにも感じて少々恥ずかしくはあったが、おかげで私は余すことなく、彼女にアビドス自治区の現状について語ることが出来ただろう。
『主に問題なのは自治区の衰退、それに伴うカイザーへの借金、そして砂嵐による被害ですか。とりあえず砂嵐はどうにか出来るかもですが……』
「え???」
しばらく悩んでいた“先生”であったが、しれっといきなり一番無理そうなところを解決出来そうと言い出して困惑する。だって砂嵐である。こう言ったら元も子もないが、気候変動による砂漠化は人の手ではもはやどうしようもない天災である。いや本当にどうやって?
『実はアビドス自治区の砂嵐は、“預言者”と呼ばれる古代兵器が原因かもしれないとの話がありまして……』
「古代兵器……!?」
『実際、アビドス砂漠では過去に巨大な怪物との交戦記録が複数存在します。残された記録は一番古いもので数十年前。機械で出来た大蛇のような形状で、砂漠を縦横無尽に移動し──その際、周辺に雲の如き大規模な砂嵐を巻き起こす』
「………!!」
『アビドス自治区での大規模な砂嵐の発生記録と、その怪物との交戦記録はおおよそ一致しています。もちろんその全てが怪物の所為と決めつけるのは早計ですが……可能性は高いかと』
つまり、その怪物をどうにかすれば、砂嵐はどうにかなる?
降って湧いた希望に、思わず飛び上がりそうになる。この情報だけで、勇気を出して連絡した価値があったと素直に思う。けれど、そんな歓喜の感情も、続けて語られた言葉によって即座に変貌することになる。
『ただ、これまでの“預言者”の記録は全て10年単位のもの。しかし、ここ数年のアビドスにおける“預言者”の活動は、活発を通り越し過去のモノと比較して明らかに異常な頻度。砂嵐の発生数に関しても然り。加えてある組織が“預言者”の復活に関わっているとの話もあり──その、つまりですね』
歯切れが悪そうに、やけに遠回しに、何かを躊躇うように。それでも確かに彼女は言葉を紡ぐ。予想だにしていなかった言葉を。想像すら出来ずにいた真実を。
『あくまで私の見立てではありますが──これら一連の流れは、元を辿れば全てがその組織に辿り着きます。ならばそれは、即ち』
そう、それは常であれば「そんなはずはない」と即座に吐き捨てるような荒唐無稽な話。理解ができない。理解さえしたくない。全身が悍ましさで震えるほどの“悪意”の産物。
『──アビドスを襲った災害は、“人災”である可能性が非常に高い。少なくとも、私はそう見ています』
「人、災……?」
この言葉を聞いた時、一体自分はどんな表情をしていたのだろう。
確かめたいとは思わないし、そのつもりもないけれど──少なくとも、先輩方には絶対に見せられない顔をしていたと、何故かそれだけは確信を持って言えた。
☆☆☆
翌日、朝一番に伝えたこれらの内容について、その反応は様々だった。
流石に信じられないと一笑に伏す者。半信半疑で困惑する者。目を見開いて驚愕する者──そして、笑顔がいつのまにか貼り付けたようなモノに変わって、そのまま全く動かなくなった者。
あまりに異様な雰囲気のホシノ先輩に押され、私が思わず黙り込んでしまうと、そんな空気を察したのか、セリカちゃんまでもが「な、何よ…」とだけ呟いてしゅんとして沈黙する。
普段であれば彼女の不真面目な態度を諌めているはずのノノミ先輩すら重圧に呑まれ重苦しい雰囲気のまま、たっぷり時間を費やすことおよそ10分。しかし体感では1時間にも10時間にも感じられた地獄のような空気を引き裂くように、原因たるホシノ先輩がゆっくりと口を開いた。
「ねぇ、アヤネちゃん。多分もうちょっとその組織について聞いていると思うんだけど、良ければおじさんに教えてくれない?」
断ったら許さないと言外に告げて、けれど表面上は穏やかなままに先を促すホシノ先輩。まさか私がそんな状態の彼女に逆らえるわけもなく、ひとまず聞き及んだことを話す。
「えっと、名前はゲマトリア?で……確か、神の存在証明がどうとか……すみません、私も詳しくは知らなくて」
詳細は追って連絡するとのことだったので、実は私もこの程度のことしか知らない。こんなことならもっと詳しく聞いておけばと思ったものの、その情報だけでホシノ先輩には充分だったようで、
「あの男ッッ……!!」
普段の口調からは想像も出来ないような、地獄の怨嗟が如くあまりに低く、昏く、怒気の入り混じったその声に驚く。実際、私は最初にそれがホシノ先輩から発せられたものだとまるで分からなかった。それほどの豹変。それだけの激情。
当然、そんな感情に囚われた彼女は、溢れる感情のままに、激情に任せて荒々しく部室の隅に置かれたいつもの盾を手に取ると、靴を変える時間すら惜しいとばかりに窓を開け放ち、窓の縁に足を掛けて──
「ま、待ってくださいッ──!」
直後、咄嗟に彼女の腰部に抱き着いたノノミ先輩によって行き先を塞がれる。ホシノ先輩も、流石にそんな状態で飛び降りたらノノミ先輩が危ないと認識出来る程度には理性が残されていたらしく、けれど苛烈な重圧はそのままに、どこまでも一方的に告げる。
「せ、せめて裏取りをッ! アヤネちゃんの話は、あくまで連邦生徒会長の推測に過ぎない筈です! 何か勘違いを──そう、資料そのものが間違っていたり──」
「突然その場で聞かされた話題で、そんな気の利いた集計ミスなんてあると思う? 私は別に誰がこの都市のトップだろうと興味はないけど、あの女が伊達や酔狂で連邦生徒会長の椅子に座ってたわけじゃないのは流石に分かってる。
ああ、確かにあの女はそれまでアビドスの現状なんて自治区がどうのと言い訳かまして知らんぷりしていたのかもしれない。けれど、そんな奴ですら傍目に分かるほどの違和感を覚えたんだ。それがどうして間違いだなんて言い切れる?」
「っ……!?」
「それにね。私だってずっと疑問だったんだ。どうしてアビドスがこんな災害に襲われるのか。何故あのゲマトリアを名乗る男は私なんかに声を掛けたのか。“預言者”がどうこうは全然知らなかったけど、砂漠の怪物については私にも心当たりがある。まさかそれが古代兵器で、しかも操作が可能だって? なるほど、すっかり騙されてた。そりゃあそうだ。都市を覆うレベルの砂嵐なんてものが、こうも都合良く連続で発生するわけがない!」
大仰に、両手を広げて。ここが舞台の中心であるかの如く。妙に芝居掛かった口調で。彼女はまるで自分に言い聞かせるように「馬鹿馬鹿しい」と喚き立てる。
それは横暴に振る舞っているようで、しかしどうしてか痛々しい。“操作”とまでは言ってなかった──そんな一時凌ぎの反論でどうにかなる問題ではなく、それにきっと、結局のところ真相は、彼女が導き出したそれと相違無いだろうという予感がある。
あるいは単に、そうであって欲しいと願っているのか。理不尽を誰かの所為にするのはとても楽なことだ。少なくとも、可否すら不明な過去の出来事を悔やむよりかはよほど。想いの差こそあれ、きっとホシノ先輩も同じだ。「自分が不甲斐ない所為でこうなった」だなんて、そんなの嫌で嫌で堪らなくて。いっそ誰かのせいであって欲しいと、そんな身勝手な願望を常日頃から願っていた。
(……だから)
故の爆発、なのだろう。やり切れない想いの矛先が見つかったから。これまでの鬱憤が、憎悪が、怒りが。足を止めることを赦さないから。
(でも)
それでいいのか? ここで“それは仕方ない”と妥協して、ホシノ先輩を行かせてしまって、本当に私は、それでいいのだろうか?
気持ちの整理は付くだろう。復讐は何も生まないとはよく聞く言葉だが、それでも当人の折り合いを付けるのには役立つ。是非や成否はどうあれ、矛先が消えれば何かが変わるは自明の理。そこで止まるのか周囲にも当たり散らすのか、彼女であれば大丈夫だと思いたいが、こうして暴走している姿を見ると自信が揺らぐ。
とはいえ、このまま手を拱いていたら同じこと。今はノノミ先輩が抑えてはいるが、無理な体勢で縋り付いたためか十分な力が入っているとは言い難い。おそらく振り解かれるのも時間の問題だろう。そもそもの話、彼女はその気になればノノミ先輩を引き摺ってでも動ける筈だ。それをしないのは、まだ辛うじて残された理性が働いてるからに過ぎない。
(どう説得すれば……!?)
復讐なんて虚しいだけ。おそらく彼女はそれを承知でやっている。“預言者”を先に。元凶を処理せねば結局は同じこと。人違いじゃあ。そもそもそれを尋問してでも聞き出すために──
(駄目、もう──)
“──♪♫♩♬ ♪♫♩♬ ♪♫♩♬”
不意に。
あるいは場違いにも鳴り響く軽快な音。緊迫した空気を気にも止めず、我が物顔で空間に存在を主張する電子音が部室全体に響き渡る。
「電話……珍しいわね?」
「ん、確かに。全員揃ってるのに。誰?」
「あ、私のです、はい……」
おずおずと手を挙げて、カバンからタブレットを取り出す。別に電話が来るのは悪いことでもなんでもないのに、あまりにもタイミングが悪い。見れば、ホシノ先輩たちでさえもそのままの姿勢で固まっている。気が抜けたのか、あるいは──出来ればこの間に、ノノミ先輩はこっそりと体勢を変えて……って、
「連邦生徒会長…!?」
画面に映るのはつい昨日の晩に登録したばかりの番号。確かに追って連絡する旨の話はしていたが、まさかこんなにも早く連絡してくるとは思わず声が出てしまう。
うっかり名前を出してしまったことで、ただでさえ私へと向けられていた視線が鋭くなり一層居心地が悪くなるが、皆も聞いた方が良いだろうと端末をスピーカーモードに切り替え、意を決して画面をタップすると、
『あー、あー、あー。もしもし。奥空さ…ですか? 聞こ…ますか? お時間は大丈夫で…か、どうぞ』
「は、はい。問題ありません…」
スピーカーモードでもなければ聞き取れないくらいに、随分と音質が悪く雑音混じりの声だが、どんなに音質が粗くてもこの幼い声は忘れられそうにない。
返事をして少し、しかし会長は何故かその間無線か何かのように粗い音質で感明の確認を行っていたが、やがてしばらくすると回線も安定し、けれど心配性なのか、最後まで彼女は「マイクテスマイクテス」と回線の確認をしてから、漸くその話を切り出す。
『あー、勝手ながら、あれからコチラの方でいくらか追加調査を行いました。
結論から申しますと、砂嵐の件に何者かの意思が絡んでるのは間違いありません』
「っ……!」
もはやそのことを疑ってなどいなかったが、こうも力強く断言されてしまうと流石に身体が強張る。当然ながら、キヴォトスの中心たる連邦生徒会では得られる情報の質も量も一自治区とは比較にもならない。加えて彼女には連邦生徒会長としての立場の重さもある。そんな彼女が断言までするということは、既に言い逃れが出来ないレベルで証拠が出揃っているのだろう。
『目的はアビドスの地に眠っているというオーパーツ。主犯はカイザーコーポレーションで、先日告げたゲマトリアがそれに一枚噛んでいる形のようです』
「カイザーコーポレーションもですか……?!」
『ええ。まあ単純に砂嵐によって砂漠周辺の地価を引き下げ、借金を盾に根こそぎ巻き上げる。書類上でも一度私有地になってしまえばそうそう手出しは出来ませんからね。何せ目的は存在すら定かではない砂場に沈む一欠片の宝石。じっくり腰を据えられる状況で無ければとても安心できないのが本音でしょう』
「………」
初めて聞いた新事実。オーパーツなどという眉唾物、とてもじゃないがあの合理性の塊が如きカイザーに繋がるとは到底思えないが、不思議とスッとその内容を受け入れてしまう。
不可解ではあったのだ。あのような不毛の地、砂漠の権利などを主張してカイザーに何の得があるのかと。なまじカイザーが強大な企業であるからこその疑問。利益を追求する企業が何も利益を生まない土地を求めるならば、やはりそれには理由があったのだ。
「何よ、やっぱりアイツらも悪いんじゃないッ……!!」
セリカちゃんの激昂が部室に響き渡る。声にこそ出していないが、あのシロコ先輩すらかなり険しい表情をしているのが見て取れる。ホシノ先輩に至っては怖くて視線すら向けられない。
ヒートアップしていく部室とは対照的に、どこまでも冷静に言葉を紡いでいた連邦生徒会長。しかし彼女は、これからが本題とばかりに力強くこう問いた。
『しかし、それ故に隙が生まれた。奥空さん、占有離脱物横領罪というのをご存知ですか?』
「え?」
せんゆう……何? あまり聞き慣れない単語に戸惑ってしまう。何処かで聞いたようなそうでもないような。そも急に言われた所為で何のことを言われたのかさえ定かではない。
『占有離脱物横領罪。いわゆる“ネコババ”です。通常、私有地で見つかった拾得物に関しては、届出を提出して一月以内に所有者が現れなかった場合、その物品は土地の所有者のモノとなります。しかし、それがオーパーツ……“文化財”ともなれば話は別です』
「ええと……?」
『つまりです。如何に私有地で見つかったものであろうと、それが相応に歴史あるモノ、即ち文化財と認められる場合は、それは原則的に“キヴォトスの所有物”となる』
「………!!」
そうか、文化財保護法──!
そもそもカイザーの狙いが不明だった私にその発想は出なかった、というより、仮に思い付いても実行なんて出来るはずもない。
事ここに至り、ようやく彼女の狙いを察する。つまり会長は、カイザーの宝探しに託けて、それ自体に対し、『お前らキヴォトスの重要な文化財を勝手にネコババしようとしてるよなぁ!?』と難癖を付けるつもりなのだ──!!
「そういうわけで、事は可能な限り迅速に! 貴女たちの輝ける青春、借金の記憶で染めるにはあまりに惜しい! ですのでまずは、砂漠の“預言者”こと『ビナー』討伐から始めましょう!」
「え?」
最後の声は端末からではなく、ホシノ先輩達がいる方から、つまりは学校の外から直接鳴り響いた。
ふと今更のように気付けば、わざわざ視線を向けるまでもなく、窓から差し込む光には幾つかの影が見える。何よりバリバリバリと劈く轟音が校庭の方であちこち鳴り響いていて、どれほど電話に集中していたというのか、逆に私はどうしてこれを無視出来ていたのか恥ずかしくなるレベルでいつの間にか状況は激変していた。
「……いやぁ、今の連邦生徒会長ちゃんは随分とアクティブだねぇ」
まだまだ微妙に堅い口調ながらも、流石のホシノ先輩も敢えて普段の口調で茶化しつつも冷や汗を掻いている。それまで激昂していた彼女でさえそうなのだ。私たちはと言えば、碌に反応も出来ず固まっている。だって、だってまさか。まさかあんなお悩み相談一つで。たったあれだけの電話一本だけで。よもや校庭を所狭しと埋め尽くすレベルのヘリを用意して駆け付けて来るなんて──
「まあ、実際のところこれらのヘリは9割くらい別件のモノなのですが」
本来は2台だけの予定でした、と告げて、少女は器用にヘリのハシゴからホシノ先輩が退いた直後の部室の窓の縁に立つ。周囲にはヘリが飛び交う中で不安定な足場の上。冷静に考えればかなり危険な状況だが、それを全く感じさせないほどに少女の姿勢は力強く揺るがない。
「──是なるは“総力戦”。不毛の大地に秘められし財を巡り、互いを貪り喰らい合う蠱毒」
つらつらと迷いなく澱みなく。小さな全身に在らん限りの力を込め少女は宣言する。
「貴女がそれを求めるのであれば──私は全霊を以て、貴女を勝利へと導きましょう」
点在するヘリの影から見え隠れする太陽が、ちょうど少女のヘイローの付近をチカチカと照らす。
雄々しき立ち姿や絶大なカリスマ性とも相俟って、それはまるで、彼女が天から祝福されているかのようにも見えて──
若返りし王。“先生”を名乗る謎の少女。色々と不審な点や、怪しいところはそこかしこにあるはずなのに──それでも私は、そんな彼女がどうしてこれほどに慕われるのか、その一端を見たような気がした。
アロナなら……きっとアロナなら大丈夫だから……!!