それゆけ! スーパーアロナ先生   作:融合好き

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予定の倍くらい長くなったけど、良い感じに区切れそうなところが無かったのでとりあえずまとめて投下します。


第五話 和マンチ染みた総力戦

 

 

 

 

深く染み渡るような暗闇。それを彩るようにどこまでも広がる星空が視界全体を満たす。

 

『半壊した教室』とでも表現するべきなのだろうか。大胆に抉り取られた天井や壁から覗く夜空は幻想に溢れており、単なる廃墟とは到底思えない空間自体の神秘的な雰囲気も相俟って、今現在私のいるこの場所が、少なくとも尋常のモノではないことは誰の目にも明らかだった。

 

「……懐かしい感覚ですね」

 

そんな視界に広がる非現実的な光景を見て、思わずそう呟いてしまう。というのも、これと一緒にするのは色々と失礼かもしれないが、戦闘中に怪我やら興奮やらで意識を失うと、それまでに分泌された脳内麻薬の影響か、このように妙に美しく幻想的な夢を見ることが多いからである。

 

今回のケースに関しても、原因はよく分からないが、経緯については覚えている。教育者としての資格を得るため、随分と離れて久しい戦場の空気を久方ぶりに体感したからだろうか。まさか目的のブツを見つけるや否や安心して気を離してしまうとは何と情けない。下手に外とは異なって部下が早々死なないというのも考えものだ。よもや戦場で緊張を切らすなどと、お前はどこの新兵かと。

 

「……やはり、少しズレていますね、貴女」

「ひぁっ!?」

「失敬。何やら見当違いのことを考えていらしたようですので、勝手ながら思考を覗かせて貰いました。結論から申しますと、ここは貴女の精神世界というわけではありません」

 

随分と可愛らしい悲鳴ですね、と棒読みで呟く白い髪の少女。背格好は悲しいかな私とほぼ同等で、テンションや発音の差こそあれ顔立ちや声もとても偶然とは思えないほど似ている。

 

何より、彼女からはおよそ生物が発する気配らしきものが感じられない。ここが私の精神世界でないという発言を信じるなら、即ちこの場所は──

 

「──『シッテムの箱』へようこそ。そして、今後ともよろしくお願いします、“先生”」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「巨大な怪物に立ち向かうとは、これまた随分と心躍るシチュエーションではありますが……」

 

上空およそ100mのヘリの中。この高さであっても油断すれば接触しそうなほどに巨大な暴れ狂う蛇を眼下に見下ろして呟く。

 

神秘の渦巻く街キヴォトス──噂に聞いたこの街の不思議は、蓋を開けてみると予想以上のものだった。かつて血腥い戦場で青春を捧げたこの身としては、こういった機能的とは言い難いロマン溢れる兵器の存在は、尋常の殺し合いを否定しているかのようで中々に心躍る。

 

加えて、今回に限れば学生たちとの攻略戦だ。誰もが学校にテロリストがやってきて無双するシチュエーションを思い描いた経験があると思うが、それを実際に体験できるなどと何と羨ましいことか。尤も、それはあくまでこのキヴォトスの住民の耐久性あってのことで、外でこのような兵器が暴れていたら阿鼻叫喚待ったなしではあるが。

 

(外──か)

 

ふと近くにあった鏡を見つめ、そこに映る()()()()()()()()()をぼんやり見つめる。

 

あの日、彼女と出会ってから、まだ時間にして10日も経っていない。しかし、いつのまにか随分と遠くまで来た気がする。このヘイローは『シッテムの箱』による防衛装置を兼ねた見せ掛けで、デザインに関しても箱の中の少女が気を利かせて拵えてくれたものだが、こうして彼女と同じヘイローを身に付けていると、まるで彼女に支えられているようで少し嬉しい。

 

(まあ、実際は私が彼女を支えているわけですが)

 

それでもここまでするのは流石に予想外だった。まあ、そのおかげで貴重な経験が出来たと考えたら悪くない。何より連邦生徒会長の権限はあらゆる面で問題解決に都合がよく、今更捨てるのはあまりに惜しい。

 

事実、このアビドス並びに“預言者”の一件も、単に“先生”としての役目を与えられただけでは到底ここまで辿り着けなかった。せいぜいが対処療法的に戦力をかき集めて、適宜撃退できるか否か──そうして手を拱いているくらいなら、多少の苦労が何だというのか。そも最大の労苦を肩代わりしてくれる可愛い同居人の存在もいる。改めて見ると随分と恵まれたものだ。戦友の屍に囲まれて戦場で一人立ち尽くしたあの頃とは大違いだ。

 

「アレが……砂嵐の原因なんですよね」

 

そうしてしみじみとこれまでの軌跡を振り返っていると、不意に隣に座っていた奥空さんがポツリと呟く。まあ這ってる状態でさえそこらの戸建を上回る高さの蛇が暴れたらどうなるかは想像に難くない。それが現在進行形で砂を撒き散らしていれば尚更だろう。

 

そんな彼女の様子を受けてか、彼女の先輩だという小鳥遊さんが彼女に語りかける。

 

「ま、こうして実際に見ると納得するしかないよね。現状でも心配になるレベルなのに、ここが砂漠の中心部じゃなくて、外縁付近だと考えると寒気がするよ。……で、あの化け物がこんなトコにいるのは会長ちゃんの仕業?」

「ですね。ビナーは無線の上位互換のような、電波塔さえも必要としない遠隔からの供給によりエネルギーを得て活動しているようで、それ自体も相当な超技術ですが、それでも私の持つオーパーツに勝るほどではないみたいです」

「電源もないのに動いてるってこと?」

「おそらくは元々そういう設計で、ここでは便宜上充電と呼びますが、自然放置であれば充電が完了するまでおよそ10年。しかし現在はたびたび指令という名の給電を受けて適宜稼働しているらしく。実は私が今回かなり性急に動いたのは、その指令を感知したのが今まさに今日この日だったからです」

 

電源も無く動き出して、補充なんてあるわけもないミサイルを乱射してるのは流石にホラーではあるが、『シッテムの箱』もその気になれば電源がなくても最低限の動作は出来るそうなので、おそらく古代にはきっとそんな技術が普及していたのだろう。

 

そして、同系統の技術が用いられているのであれば、たかだか一兵器がサンクトゥムタワーにすら匹敵する演算装置たるあの娘に敵うはずもない。相変わらず普段の仕事も頼り切りなのに、これで対価が毎晩のナデナデで良いとか破格の極みだ。無論、それに甘え続けるのはダメだと理解はしているが、やはり現状は頼る他に道はなく、それでも最近は治安も向上してあの娘に頼るレベルの仕事自体が減ってきたり、またあの謎空間に食料とかを持ち込めると分かってからは褒美にケーキを用意したりと頑張ってはいるのだが、それであの娘に報いられているのかは微妙である。

 

「なるほどねぇ。それで私でも見覚えのあるテロリストの主犯が一緒に乗っているわけだ」

「ゲヘナでの依頼直後でしたので……追討はかなり得意な方だと思っていたのですが、あの耐久性で薄い所をゴリ押しされると流石に参りますね。よもやあれほどの数の風紀委員を率いて、それでも半分程度しか捕まえられないとは」

「ハーッハッハッ! いや、謙遜する事はないさ。空崎ヒナが不在の今、あれら有象無象を率いて我々を捕獲などとそう出来ることではない!」

「ああ、やっぱりそのタイミングを狙っていたと。確かにこれは思ったより大変そうですね……」

 

全身をワイヤーで縛られていて動くとそれなりに痛いだろうに、それを全く感じさせない態度で少女は笑う。

 

そう。彼女こそが連邦生徒会から直々にヘリを20機も借りられた理由であり、ゲヘナ最大規模のテロリストとしても有名な“温泉開発部”の部長、鬼怒川カスミさん。自他共に認める低身長である私をしてそう変わらない程度の体格でありながら、被害額で言えば例のワカモさんをも優に超えるほどキヴォトス各地で暴れ散らかしていた正真正銘の問題児。

 

それまで資料でしか彼女を知り得なかった私には未だ実感が薄いが、その厄介さは捕獲した旨をリンちゃんに報告した瞬間、彼女が心からの笑みを浮かべたと聞けば多少は伝わるだろうか。まあ実際厄介というか、強さの方向性が私と同じタイプであったので、最終的には風紀委員長のスペックに頼り切りであるその他一般の風紀委員では厳しい相手だろうことは違いない。尤も、その手のタイプは私含め、こうして戦術で上回られるとあっさり負けるのはお約束ではあるが。

 

「というかここら一帯はヒノム火山の影響でわざわざ施設を掻き分けずとも割と何処を掘っても温泉が出るんですが……」

「おいおい。連邦生徒会長ともあろう者が分かっていないなぁ? 私は単に温泉を探しているのではなく、その中でも特に優れた、より素晴らしい究極の温泉に巡り合うために日々研鑽を重ねているのだ」

「ある意味では噂に聞く“美食研究会”と同じ、と。まあ、それならそれで考えはありますが」

 

面倒な行動原理だ。それが犯罪であることは承知の上で、それでも自らの“美学”のために動き続ける人間。でもまあ、それなら肌を焼くか爪でも剥ぐか、とりあえず苦痛抜きには温泉に入れないような状態にすればこの手の人間にはかなり効くだろう。私の例の学友(ロリコン)とも同じで、こういう人間はそうと決めたら梃子でも動かない。なら、強引にでも理由を作ってあげればどうか。やがてどこかで妥協して丸くなるかもしれない。

 

(尤も、この方法は流石に使えませんが…)

 

戦場ではPTSDになった新兵の利き手をへし折るくらいは平気でやったものだが、今の立場でそれをやると問題が大きくなり過ぎる。権力でゴリ押すことも可能だろうが、一度でも振り切ってしまえばいつかどこかで歯止めが効かなくなるだろう。故に却下、何より私がやりたくないし。戦場で泣き喚くようなクズ相手とかならともかく、流石に子ども相手にはちょっとねぇ。

 

でも、程度を低くすればどうか……? なんて物騒なことを考えていたからだろうか。いきなり黙り込んで彼女の身体を見つめていた私に、鬼怒川さんが動揺して語りかける。

 

「ど、どうした? ようやくこのワイヤーを解く気にでもなったかな?」

「全身に恥ずかしいタトゥーを刻むとかすれば、とりあえず普通の銭湯には入れないなぁとか考えてました」

「は?? ──いや待て、流石に冗談だろう? なぁ……いえ、申し訳ありません。少々お待ち戴けないでしょうか。よもや連邦生徒会長ともあろう御方がそのような無体な真似をなさるとは思いませんが……」

 

いけない。うっかり考えを口に出してしまったからか、思わず口調が崩れるくらい鬼怒川さんが怯えてしまっている。わざわざ念押ししなくてもやりませんよタトゥーなんて一生モノだし。全身の毛を剃るくらいならするかもしれませんが。

 

「とにかく、作戦はこうです。まずは私がビナーをこのまま引き付けます。これは最も安全で危険な役回り。何事もなければ空の旅を堪能するのみ。ですが、もし何かあるようなら……」

「おじさんたちでアレを相手する必要がある、と。だからこの機体だけこんなガッチガチの軍用装甲で来たんだねぇ」

「偵察機なので武装は最低限ですが、耐久性は折り紙付きです。仮にSAM(地対空ミサイル)の直撃を受けても問題なく飛行可能な、“外”だとお値段いくらになるか分からないような優れモノですよ」

「あの尻尾に横殴りされても?」

「それはちょっと無理ですね……」

 

痛いところを突かれた。けれど誤魔化すわけにもいかないためはっきりと告げる。告げる言葉は“厳しい”ではなく“無理”。それは当然の話、というか強化ガラスとかもそうだが、その手の装甲は衝撃を分散、あるいは逸らす構造になってるのが殆どで、単純に硬いから無傷、みたいなのはぶっちゃけ皆無と言っていい。そうでなくてもヘリが同サイズ以上の鉄の棒で横殴りにされるとかそんなことを想定してる機体があるはずない。良くて墜落か空中分解、下手をすればそのまま挽肉コースでキヴォトスの住人であろうとご臨終しかねない。少なくとも私はお陀仏だろう。

 

「まあ、そうならないために私がいるので。それに一応この高さであればビナーが急にシャチホコじみた格好で飛び上がりでもしない限り上空に逃げれば最悪墜落は避けられますし」

「流石にそれは無いと信じたいですが……」

 

そもそもが謎技術で稼働してる謎兵器というのもあってか、どこまでも可能性を捨て切れないのが辛いところ。何ならいきなり変形して空を飛び出してもなんら不思議では無い。そうなったら割とお手上げだが、そこまで考え出したらキリがないので考えないことにする。

 

「その間、十六夜さんたちアビドス生3名と一部風紀委員、そして拿捕した温泉開発部の皆さんにはある作業をお願いしています。我々の任務は彼女たちの作業が完了するまで、この場で監視と足止めを続けることですね」

「あの、私はどうして…? 防衛にも足止めにも参加は出来ないと思うのですが…」

「奥空さんはヘリを動かせるとのことですので、予備のパイロットとして控えてもらっています。なにせ場合によっては強烈なGが掛かる急旋回なんかも十分に起こり得ますからね。私も運転出来ないこともないですが前回の審査受けていませんし、そうでなくても予備パイロットはいくらいても困る事はありません」

 

取り越し苦労で済むならばそれでいいのだ。どうせ今回の作戦では一人二人の戦力が削れたところで大差はない。それよりも一番重要な役目たるこのヘリが堕ちる可能性を極限まで減らすこと。そのために無理を言ってまであの場で一番強い小鳥遊さんをこちら側まで引っ張ってきたのだから。

 

「……そこのテロリストはどんな理由で?」

「まあぶっちゃけ人質ですね。彼女がいないと温泉開発部の人員を動かすことができなかったので。最悪彼女らはいなくても作業そのものに支障はありませんが、マンパワーがあればそれだけ時間を削減できます」

「ふーん……?」

 

少しだけ棘のある口調の小鳥遊さんの疑問に答える。やはりというか何というか、どうも彼女はビナーとは直接戦いたかったようで少々ご不満の様子。それでも指示に従ってくれるからには今更暴れ出したりはしないだろうけど。……まさか急に飛び降りたりはしないよね?

 

「えっと、その作業とは具体的に……?」

「ああ。それはですね──」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

砂場を踏み締める独特の小さな足音が、無数に共鳴しまるで一つの音となる。

 

カンカンに照りつける太陽に、背負った荷物の重量。慌ててヘリに飛び乗ったからか靴や着衣も制服のままで、もしもこれがこの先二度も三度も続くとなれば、せめて最低限の装備だけでもととっくに作業を断念していたに違いない。

 

「ようやくカイザーをぎゃふんと言わせられると思ったのに、どうしてアタシらはこんな砂漠のど真ん中で運び屋なんてしてんのよぉ……!」

 

常ならば爆発してそうなセリカちゃんも、今回ばかりは元気が無い。ただひたすらに地味な作業ではあるが、これが作戦の要になると理解しているので無碍にもできないのだろう。それでも普段から重いミニガンを運んでいる私とは違い、アビドスの気候からか軽装の多いセリカちゃんには中々に辛い作業であるようだ。

 

「……鍛え方が足りない。普段から運動をしていればこれくらいは平気」

「そういうシロコ先輩だって汗だくじゃない……!」

「発汗は生理現象。それ自体を非難される謂れはない」

「だからってぇ……!」

 

やはり反論が鈍いというか、思った以上に精彩を欠いているらしい。シロコちゃんも口でこそ小生意気に説いているが、内心では本気で彼女のことを心配しているのだろう。それでも彼女のことを手伝わない、手伝えないのは、シロコちゃんもそれだけ真剣にこの任務に向き合っているからだ。

 

「それにしても、これだけの量の()()を砂漠のど真ん中に運べ〜、だなんて。あのヘリを使うんじゃ駄目だったの?」

「不可能じゃないとは思いますが、モノがモノですし、砂浜に着陸はどうしても万が一が……それこそ安全性を考慮するなら戦車でもないと」

「履帯に砂が詰まれば余計に時間がかかる。手間ではあるけど、人の手で運ぶのが一番効率的」

 

ここからざっと見渡しただけでも300人近く、それぞれがダンボールサイズの爆弾を背負って砂漠を行軍など信じがたい光景ではある。しかし移動中、眼下にて暴れていたあの怪物のことを思えばこれだけの爆弾があったとて不安になってしまう。

 

「確か“ビナー”って言ったかしら、あの化け物。距離があったから正確な大きさはさっぱりだけど、ちょっとしたビルくらいのサイズはありそうだったわね」

「“ちょっとした”どころか、最低でも30メートル以上との話なので、ビルで言うなら10階は優に超えます」

「それだけの巨体を有していて、砂漠さえをも自由に暴れ回る怪物……まともに戦えば当然勝ち目があるはずもなく、私たちですら下手を打てばひとたまりも無い相手」

 

だから彼女はそれを仕留めるために、こうして人材をフルに活用し罠を用意している。慈悲も容赦も身も蓋もなく、ある意味では残酷とも取れる、とにかく徹底的に相手を封殺する選択肢を選ぶ。

 

まともに戦えば被害は避けられないから、そもそもまともには戦わない。金で済むならきっとそれが一番良い。おそらくはそんな考え。方向性は真逆なれど、どこまでも冷酷で合理的な選択はカイザーコーポレーションのやり口を連想させる。やはり巨大な組織のトップともなると誰もが似たり寄ったりの思考になるのだろうか。恐ろしくはあるが、それ故に味方であるうちはこの上なく頼もしい存在ではあるのだろう。

 

ただし反面、もしも我々がキヴォトスという都市に害を与えるような存在となるようであれば、きっと彼女は同じように、まるで一切の躊躇も迷いも遠慮もなく、今まさにキヴォトス各地で行っているように苛烈に迅速に。ご自慢の戦術指揮を用いてあっさりと、適切に私たちを処理してしまうのだろう。

 

「…………」

「どうしたの? 流石のノノミ先輩といえど、この暑さには参るって話?」

「ああいえ、少し考え事を……ええと、会長はこれだけの量の爆弾を、どうやって用意したのかと」

「ああ……それはあっちにいる温泉開発部(バカども)のモノだ、元々はな」

 

誤魔化しの言葉。しかし返答は意外なところから行われた。すぐ隣というほどの距離でもない。少し風下側に僅か離れた位置で私たちと同じように荷物を運んでいた誰か。この暑い中、それでもきっちり着こなした制服には見覚えがあり、記憶が正しければゲヘナ風紀委員会のモノ。たまたま会話が聞こえたのか、彼女も彼女で退屈を持て余しているようで、それまでの経緯を軽く教えてくれる。

 

「元々、我々は空崎風紀委員長が不在時における訓練をしていた。いや、より正確には天雨行政官等も含む3年生全員だな。それは言うまでもなく、彼女らが卒業した後のことに備えるためだ。故にこの場にいる風紀委員会は1・2年の者しかおらず、先輩方には現在のゲヘナを任せる形になっている」

「卒業って……こんな時期に?」

「確かに急だが、実際突発的に決まったことだ。本来は風紀委員長も交え、連邦生徒会長が天雨行政官以下風紀委員会幹部たちとで談合を行う予定だった。ところがその直前、連邦生徒会長は空崎風紀委員長の顔を見るや否や、強権を用いて彼女に休息を言い渡した。理由については『自分は“先生”だから』と主張していたそうだが、詳細については私も知らない」

「“先生”……」

 

アヤネちゃんもそう言っていた。連邦生徒会長とはあくまで代理で、今の彼女は連邦捜査部シャーレの“先生”を名乗っていると。私はそれを方便とばかりに思っていたが、そうまで拘るとはその肩書きに何かあるのだろうか?

 

「突然のことにあの天雨行政官と言えど流石に面食らったようだが、風紀委員長が常日頃からオーバーワークであるのは周知の事実。むしろ率先して訓練という形式に押し込んでいた。内容に関しても、本来なら不参加は3年生の幹部のみとなる予定だったが、そこを我々の希望で無理に範囲を広げた形となる」

「ん。それはどうして?」

「痴れた事。我々とて己が風紀委員長の負担であるのは理解している。卒業の件も、いずれは避けて通れぬ問題でもある。それが何方も同時に安全に、万魔殿の介入も無く熟せるのであれば、我々がその案件に一も二もなく飛び付いても不思議ではない」

「…………」

 

意外……というか、こう言っては失礼かもしれないが、あの自由なゲヘナにあるまじき厳格な思考を持った子だ。あるいは、こういう考え方をする子が風紀委員会に所属するものなのか。思えば、あの混沌としたゲヘナ学園において、自らの時間を削ってまで治安維持に励もうとする志のある子たちだ。たとえ彼女が名も知れぬ風紀委員の一人だとしても、ならばその覚悟は当然のように我々のそれを遥か凌駕して然るべきとも言える。少なくとも、それを誰が否定できようか。

 

「だが、そうと決まるや否や、タイミングを見計らったかのように温泉開発部がまた騒ぎを起こした。かのように、は正確ではないな。そのタイミングを見計らい奴らは行動を起こしたのだ。当然、風紀委員会では結構な騒ぎとなったが、まさかつい先程言い渡したばかりの命令を取り消すわけにもいかない。その結果が連邦生徒会長率いての大立ち回りだ。その後どうなったかに関しては、この無数の爆弾と今現在の奴等を見れば分かるだろう」

「そうね。まるで馬車馬の如く働かされて──まあ、それはアタシたちも同じか」

「言っておくが同情は要らんぞ。騒動を起こすきっかけとなった盗聴器は連邦生徒会長がその場で全て回収している。これまでも確かに違和感を覚える場面は幾度かあったが、奴等はたかだか温泉開発のためによもやそこまでするのかと一同驚愕したものだ。ただ逆に、奴等がそうまでするということは、即ち密告者の類はいないだろうというのが今回の最大の収穫だな。私とて、身内を疑う羽目になるのは絶対に避けたい」

 

つらつらと語られる内情。それには彼女たちの常日頃の苦労や苦悩が見え隠れしていて、単にゲヘナだからと偏見を抱いていた自分が本当に恥ずかしくなる。……でも、それはまだ取り返しがつく範囲であり、私が今後改めればそれで良い話だ。

 

私はきっと何も知らない。今だって多分何も分かっていない。これからもおそらくは何を理解出来るかさえ知り得ない。

 

でも、それでも。それでは嫌だから。何も分からないままの『箱入り娘』では嫌だから。だから私はここにいて。でもそれで何を成し遂げて? 否、それすらも出来ずにいて──

 

「着いたようだな」

「ここは──」

 

幾度となく乗り越えた小高い丘を越えて、ようやく辿り着いた光景は異様なものだった。そこに広がるは不自然なほどに広い平地と、その中央にある大きな窪み。

 

先回りして来ていたのか、視界の端で瓦礫を並べたような急拵えのヘリポートにズラッと並べられた無数のヘリが見える。窪みには中心部から螺旋状に規則正しく並べられた無数の爆弾と、その周囲で既に爆弾を運び終えた生徒たちが淵に輪上でズラッと並んでいて、傍目からは本当に何の集まりなのかさっぱり理解出来ないことだろう。

 

それら無数の視線に見守られながら、私たちも荷物を周囲に倣って慎重に置く。同等の苦労を共有したからか、輪の途切れた部分へ向かうと周囲の人たちが率先して冷たい飲料水を渡してくれて、深刻な任務の最中だというのに、そこには謎の一体感で満ち溢れていた。

 

「……っぷはぁ〜! あー、これでようやく終わりね〜! つっかれたぁあああ……!」

「ん、違う。これからが本番。次は襲撃に備えないと」

「どうせまだまだ運ばれてくるんだから、5分やそこらは全然問題ないでしょ? 実は途中からずっとトイレ我慢してたのよね〜。最悪そこらの岩陰でするつもりだったけど、ヘリの方に仮設トイレがあるみたいだからちょっと行ってくるわ」

「あ、ちょっと……!」

 

さっきまでの疲弊した様子はどこへやら。私たちが止める間もなくセリカちゃんは駆け足でヘリの方へと行ってしまう。現金というか強かというか、見ているだけでこちらも元気になるような、私とは無縁のバイタリティに溢れた子だ。近い将来、寂れたアビドスを引っ張っていく人員として、これほど頼もしい後輩はいない。

 

とはいえ、私も緊張が抜けたからか限界に近く、服に砂が付くことさえ厭わずしばらくその場に座り込んで作業を眺める。中心からいち、に、さん、よん、ろく、はち、じゅうに……と目で追い、やがて数字が3桁に達した辺りでふと私はその疑問を呟いた。

 

「そういえば、どうしてこんな中途半端な場所なのでしょう……ここは砂漠の中心部という訳でも、地形的にも戦うには不向きそうなのに」

「聞いていないのか? いや、お前たちは最後の最後に拾われたアビドスの生徒だったな。まあ、私もここで無ければならない理由までは聞いていないが……」

 

疑問に答えるは、いつのまにかもうすっかり馴染んでいる風紀委員の子。こんな独り言に対しても律儀に答えてくれる辺り、本当にこんな非常事態ではなくもっと別の形で知り合いたいと思える良い娘だ。まだ知り合って30分も経っていないが、それでも彼女の言葉なら信頼できる。素直に耳を傾けると、

 

「今は地形くらいしか見る影もないが……何でもここは、かつて巨大なオアシスが存在していた場所らしい」

「あ──」

 

そう、いえば──

 

言われて今更のように察する。窪んだ地形、そしてその周辺にある均されたような平地。そも点在する廃墟の瓦礫による急拵えとはいえ、ヘリポートほどの設備を用意するとなるとやはりそれなりの地盤が必要になる。この場所は既にその土台が出来ていた。かつての最盛の名残がこのような不思議な地形を生み出していたのだ。

 

「………」

 

言葉を失う。かつてはこんなところにまで、これほどの僻地にまでアビドスには人が溢れていた。アビドス砂祭り。その単語を耳にするだけで、ホシノ先輩は悲しそうな顔をする。アビドスで砂祭りが行われたのは遠い昔。当然、ホシノ先輩はそれを経験したことはないはずなのに、それがどうしてなのかはいつも教えてくれなかった。

 

フラッシュバックする記憶と現在のこの場所が重なり、その対比で思わずその場に放心してしまう。例の“ビナー”による被害は数年前。それよりも遥か昔にオアシスは枯れ果てた。もちろん、それが“ビナー”と全くの無関係であると断言することは出来ないが、少なくともそれに何者かの意図はないはず。

 

なのにどうしてこんなにも悔しいのか。なのになぜこれほどに悲しいのか。それはあくまで自然の摂理だ。人がどんなにそれを嘆こうと、まさかそれに抗えるはずもないのに。

 

「ノノミ先輩、あのヘリ……!」

 

それから5分か10分か。どれだけ呆けていたのかその時間すら定かではないが、少なくともセリカちゃんが戻ってきたことに気付かないくらいの期間を経て、ついにその時が訪れる。

 

他と比べて明らかにシルエットが厳つい装甲ヘリ。それはつい数時間前にホシノ先輩方が乗り込んだそれと同じで。今はまだ辛うじて外観が見える程度ではあるのだが、あのヘリが近付いてきたということは、即ち──

 

『こちら連邦捜査部シャーレです。これより30分後に作戦を実行します。作戦区域内にいる生徒は、至急ヘリを利用し避難をお願いします。繰り返します──』

 

合成音声だろうか。独特なイントネーションで放たれるダウナーな少女の声が、あちこちに設置されていたスピーカーから響き渡る。

 

30分。猶予はあるが、長いというほどでもない。これだけの人数を順次ヘリに乗せて、と考えるとむしろ短いと言っていい。そして当然ながらここにいる面子は行き掛けに例の“ビナー”を遠目に目撃しているため、アレに巻き込まれるのは流石に勘弁と、パニックとは言わないまでも我先にとヘリの方へと走って行く。

 

でも。

 

「おい、どうした? まさか今更疲労が祟って足も動かないか? 仕方ない、ならば背負ってでも──」

 

その場から動こうとしない私に、隣にいた風紀委員の子がぼやきながらも、それでも私を見捨てることはなく姿勢を低くして私を促す。それに対し、私は首を横にゆっくりと振ると、

 

「……正気か? お前もあの“ビナー”を見ただろう? 如何に我々が頑丈とはいえ、外傷による死亡事故も完全な0ではない。お前もキヴォトスに住んでいるのなら、過去に列車に轢き潰されヘイローを破損した子どもの痛ましい事故の話を耳にしたことがあるはずだ。爆発に巻き込まれたら酸欠の危険性だってある。ご大層なその武器も、あそこで並べられた爆弾一つ分の威力にすら劣る。お前がここに残ることは、何一つとして戦況に影響を及ぼさない!」

「それでも、です」

 

嗚呼──本当、この子とはもっと別の形で出会いたかった。厳しい口調は私を心配してのこと。所作の一つ一つに優しさが滲み出ていて、だからこそ私の我儘で、その好意を断らなければならないのが心苦しい。

 

「それでも──それでも、私はここに残ります」

 

はっきりと告げる。それに意味なんて無かったとしても。何の役にも立たないとしても。ただの自己満足でしかないにしても。それでも。それでもこれはアビドスの問題だから。私はアビドス高校の生徒だから。アビドスの行く末を担うこの戦いは、せめて最後まで見届けたい。

 

そう伝えると、目の前で盛大にため息を吐かれてしまう。彼女からしてみれば相応の主張をしているのだから当然だ。それでも優しいこの子はどうにか私を説得しようと口を開くが、それを遮るように左右の後方から声が掛かる。

 

「ん。私も最後まで見届ける。可能なら1発くらいは弾をぶち込む」

「当然っ、アタシもね! ここまで来たら最後まで見ないと損よ損!」

「シロコちゃん、セリカちゃん……」

 

ちょっと血の気が多過ぎる気はするが、彼女たちが残ってくれるというのは非常に心強い。しかしその感動も束の間、セリカちゃんは続けてこうも告げる

 

「というより、見た感じ結構残るのも居そうだけど?」

「え?」

 

思わず周囲を見渡せば、確かにちらほらと何故かその場に残っている人の姿が見える。どうしてだろう。風紀委員の彼女の言うように、ここに残る意味なんて無いに等しいのに。

 

そう思ってると、彼女はまたため息を一つして、

 

「あの温泉開発部(バカども)は放っておけ……! というかだ。お前らもこの場に残るならあのバカどもと同類扱いされるぞ? 本当にそれでいいのか?」

「ええ……?」

 

なんか予想外の方向からの説得が来た。確かにかの有名なテロリストと同じ扱いは普通に嫌だ。でも多少の風評程度で曲げられる主張でもない。最終的には彼女が折れる形となり、

 

「……武運を祈る」

 

とだけ告げて、少しの間その場に静寂が訪れる。やがて誰が言うでもなく3人で平地からもやや離れた近くの高台に移動すると、ちょうどその時、砂漠の中心方向にある地平線から徐々に盛り上がっていく怪物の姿が見えた。

 

「アレが、ビナー……」

 

砂場であっても感じる振動音。縮尺の狂ったようなサイズ感。是なるはキヴォトスに眠りし神秘が一つ。アビドスの怪物。機械仕掛けの大蛇。其の名を預言者ビナー。

 

神秘の渦巻くこの街に暮らして、しかしアレほど出鱈目な兵器はこれまで見たことも聞いたこともない。一体誰が何のために。そんなありきたりな疑問さえも諸共に吹き飛ばすほどの、圧倒的な存在の暴力。

 

“──!!!!!”

 

悲鳴のように、怒号のように。劈く轟音が、地響きを伴い近付いてくる。

 

最初は水平だった視線が、時が迫るに連れて徐々に、徐々にと上へ上へと持ち上がっていき、最後はどんなに見上げても全容さえ掴めなくなる。ビルが意思を持ち襲い掛かるとは、かくも理不尽で不条理なものなのか。こんなの勝ち負け云々の次元の話ではない。()()()()()()()()。立ち向かう方がどうかしてる。

 

「ノノミ先輩! いつまでも呆けてないで、そろそろ時間よ!! 耳を塞いで口を全開!!」

 

そこでハッとして、咄嗟に言われた通りの行動をする。拙い、完全に空気に呑まれていた。あのビナーについての疑問は山ほどあるが、今は考え事をしている場合じゃない。それはまず私たちが、今日ここで生き延びてからの話だ。

 

(……あれ?)

 

そこで改めてビナーを見て、ふとある事に気がつく。何というか、どこか違和感があるというか。しかしこれは太古の兵器、経年劣化もあるだろうし元々そういうものだと言われてしまえばおしまいだが、けれどそれにしても妙にボロボロというか、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()──

 

(もしや、連邦生徒会長が何か──?)

 

あれほど用意周到な人物だ。罠を仕掛けてハイおしまいと、単にそれだけで済ますとは考えにくい。ならばそこかしこに付けられたあれら傷跡はおそらく、確実にこの罠で仕留めるために、彼女がどうにかして刻み込んだ爪痕。

 

しかしビナーはそんな傷跡など気にも止めず、遂に爆弾が設置されている湖の外縁部へと差し掛かる──その直前、ビナーはその巨大な蛇腹を器用にくねらせて地面にどんどん潜っていき、遂には完全に姿が見えなくなる。

 

(……え?)

 

まさか失敗──? そんな疑問を内心で呈する暇もなく、その瞬間は突然に訪れる。

 

「ッッ〜〜……!!!」

 

視界を埋め尽くす一瞬の閃光。それに僅かに遅れてやってくる轟音、衝撃。

 

咄嗟に身体を屈めるも、それでもとても立っていられないほどのエネルギーの奔流。膨大な熱量が爆風に押し流され肌を焼き、大気を流れる無数の砂がまるで鑢のように身体全体を削っていく。

 

踏ん張ることさえままならず、結局私は10m単位でごろごろと吹き飛ばされ、どうにか踏み止まったその場所からは、爆心地上空が完全に黒く染まっているのが見えて乾いた笑いが込み上げてくる。この罠で仕留められるか否かといったさっきの思考はなんだったのか。こんなのどう考えても過剰火力だ。これほどの爆発を以てすれば、事前の削りなど関係なく、それこそ仮にあのビナーが10匹単位でいたとしても、おそらくは容易く仕留められたことだろう。

 

『──預言者“ビナー”の討伐を確認。任務を完了します。お疲れ様でした』

 

どこからか聞こえたそんな報告は、とても喜ばしいことのはずなのに今更感が凄まじかった。それでも最後まで状況を見届けるべく、僅かに歪んでしまったミニガンを杖代わりに立ち上がり、あちこち痛む身体を引き摺って、どうにかこうにか丘を越えると、

 

「ゔっ……」

 

視界より先に飛び込んできたのは異臭。火薬の焼ける特有の匂いに、何か強烈な別の刺激臭が混ざり合っている。古代兵器というだけあってマトモな方法では動いていないのか、ガソリンや重油といった燃料が焼ける匂いはしていない。そしてどうやらその予想は正しいらしく、窪みに溜まった水溜まりの上でバラバラになったビナーの残骸からは、油が溶け出すことで発生する油膜の類はまるで見受けられなかった。

 

「………水溜まり?」

 

いや、待った。サラッと流してしまったが、どうしてここに水が溜まっている?

 

当然ながら、ここは水の一滴どころか、僅かな湿気すら感じられない砂漠のど真ん中だ。かつてオアシスがあったと言ってもそれは遥か過去の話。さっきの爆発が水脈を刺激した? 否、湖が枯れ果てるとなるとそんな単純な方法でどうにかなる話じゃない。でも、実際に水は溜まっている。となるとこれは一体……?

 

「ノノミちゃんの想像通り、これは過去にあったという水脈からのものじゃないよ。これは多分……もっともっと深いところにあったものだ」

「もっともっと深いところ……?」

 

あちらもあちらで無事に任務を終えたのだろう。吹き飛んだ私が戻ってくる間にヘリから降りていたらしいホシノ先輩がこちらを見て駆け寄り、疑問符を浮かべたままの私の疑問を解消するべくこう語る。

 

「おじさんもさっきヘリの中で軽く聞いただけなんだけど……ゲヘナを筆頭にアビドスやトリニティ、ワイルドハントにヴァルキューレ警察学校と言ったここら一帯は、ヒノム火山の影響で()()()()()()()()()()()()()()。トリニティとワイルドハントもそうなんだ。その中間にあるアビドスだけ都合良く水脈が枯れてるわけもない」

「あ……」

 

そう……そうだ。この匂い、この香り。火薬の匂い程度で打ち消せるはずもない刺激臭、卵が腐ったような独特の香りは、銭湯なんかで馴染みのある硫黄の──なら、つまり、この水溜まりの正体は。

 

「尤も、こんな砂漠地帯となると相当地下深くまで掘らないと温泉なんて出ないんだろうけど……そこはほら、あそこの蚯蚓がどうにかしてくれたよ」

「ミミズ、って……」

「それに、あの爆弾は元々温泉開発のために用意されていたものみたいだし、発破処分の建前だろうと、本来の目的で使われるならそれがきっと一番良いよ。ほら、あそこ──」

 

そう言って先輩が指を差したその先には、件の“先生”が一際大きなビナーの残骸の上に乗って、周囲の生徒に何やら注意をしているのが見える。

 

「ほら、そこ! 勝手に入るのはやめてください!! 絶対やばい成分とか溶け出していますからね……まずは水質調査からです! というかまだ一部ビナーの残骸が燃えているのによく素肌で入れますね……お湯が熱せられて丁度良い? そういうことじゃなくてですね……!!」

 

メガホン片手にあたふたとするその姿からは、到底威厳らしきものは見受けられない。この作戦を立てたのもその舞台を整えたのも、果てはビナーを半ば操ってこの結果に導いたのも、全ては彼女による所業だというのに。

 

「でも、どうして温泉を……?」

「半分くらいは思い付き、というか人質だった温泉開発部部長の要望だね。『せめて温泉開発のために使え』って。別に従う義理なんてないんだろうけど、そこまで言うならその通りにしてやるって言ってた。のこり半分は……無いよりは有った方が良いから、らしいよ」

「有った方が良い?」

「別にアレを観光資源にしろとかそういう話でもない。出来た経緯がやたら物騒だし、何やら色々と怪しいし、そもそも温泉の成分すら定かじゃないんだ。喜び勇んで設備を整えても、人体に有害な物質が多く含まれてたー、なんてザラだよ。ただ何にせよ、そう考えることさえも元が何も無ければ出来ない。少なくとも興味を持ってそうな人はあそこにいるし、だからやってみた、だって」

 

先輩も先輩で状況について行けてないのか、続く言葉は随分と投げやりだ。けれど実際、こんなものを私たちにどうしろというのか。

 

連邦生徒会長である彼女からすれば、たかだか一自治区にそれほど時間を掛けたくない気持ちは分かる。しかし、彼女が“先生”を名乗る以上、生徒の要望は無碍にもし難い。その結果がこの何もかもをも詰め込んだスピード解決。私たちの積年の悩みも、彼女にとっては多少厄介な案件の一つでしか無い。その認識の差こそが、このどこか心に残る微妙な気持ちを産んでいるのだろう。

 

「言っておくけど、まだ終わりじゃないよ。これから昼休憩を挟んだら、すぐにここからしばらく行ったところにあるカイザーの基地を叩きに行くから」

「ええっ!? だ、大丈夫なんですか!? 如何に連邦生徒会の権限があるとはいえ、カイザーはあくまで一企業で──」

「『いやー、偶然ビナーくんが基地の真ん中を横切っちゃったなー。いやー、流石に基地内部までは調べるつもりはなかったんだけどなー。でも貴重なオーパーツの稼働記録だからちょっと立ち退いて貰ってしっかり資料を作らないとなー。いやー困っちゃったなー迷惑掛けちゃうなー』って、どの口が言ってるんだか。強かというか図太いというか、連邦生徒会長の肩書は伊達じゃないね。他にも文化財発見の報奨金やらアビドス自治区に権利があるとかどうのこうので、借金についてもどうにかなりそうって、もうおじさんには色々とついて行けないよ」

 

その言葉に思わず頬が引き攣る。一体何処まで彼女の計算通りだったのか。怖い人だ。恐ろしい人だ。今回の件で出来た膨大な借りで、今後彼女は我々に何を要求するのか。考えるだけで背筋が凍る。

 

でも、それでも。

 

「全部──なんとかなっちゃいましたね」

「………そうだね」

 

ぼんやりと呟いたその独り言は、しかし確かに目の前の先輩に拾われる。私に背を向け未だ騒がしい温泉を眺める彼女の表情は分からない。

 

「……ああいう“強さ”こそが、ある意味で私たちには一番必要だったのかな」

 

最後にそう一言だけ告げた彼女は、果たして何を想ってそう言ったのか。それはきっと私には知り得ないことではあるけれど、いつか彼女が、それを笑って語れるような日が来ればと良いなと。私は強くそう願った。

 








これを総力戦と言い張る勇気。
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