「……詰まるところ、エデン条約とは、ゲヘナ学園とトリニティ総合学園間での不可侵条約という名の、
カチャカチャと僅かな食器の音だけが鳴り響く静寂を、透き通る声で物騒な文言を並び立てつつ、桐藤ナギサを名乗った少女は語る。
エデン条約。かつてあの子が推し進めていたというゲヘナ学園とトリニティ総合学園間での不可侵条約。目の前の少女が言うにはそれは建前のようだが、少なくとも条約の名前からして平和を目的としたものであるのは間違いない。
「………」
ゲヘナ学園とトリニティ総合学園。これら2つの学園は過去の怨讐からか現在でも対立が多く、自治区を跨いでの闘争も珍しくない。そのため犯罪者の身柄や裁権を巡るトラブルが後を絶えず、ならばいっそ共同で治安維持組織を設立し、グレーな犯罪者の捕縛及び取り調べを一任しよう──そういう意図のもと、この条約は作られていたらしい。
治安維持は建前で、本命は面倒ごとを回避するためのもの。“外”でも似たような組織はあった。多数の国家の思惑が重なり、完全に意図した通りの働きをしているとは言い難いものの、それでも特に政治的な絡みもない一般殺人鬼程度ならあっさり引き渡してくれるくらいにはモラルを持った組織だ。正直な話、どんなに複雑な国家間の因縁が絡んでいようと、そこらで武器を振り翳す悪人など物理的に制圧する他ない。
とはいえ、それが国家ぐるみでの冤罪だったりもまた十分に可能性としてはあるわけで、だからこそ他国での犯罪は立証が難しい。故にこその不可侵条約。正直ゲヘナとトリニティの関係は良好とは言い難いが、故に互いが互いを監視し合える状況になれば、相手に舐められないためにも特に犯罪に対しては厳格な対応をするだろう。互いに互いの横暴を阻止するための枷。まあ、軍事同盟は流石に言い過ぎな気はするが。
「ですが、この条約ははっきり言ってしまうと、貴女が失踪した当時から進行が半ば放置されており、それは貴女が復帰して2週間が過ぎた現在も変わりません。いえ、むしろ貴女が治安維持に精を出すようになってからというものの、この条約の存在を疑問視する者も多く……その理由はお分かりでしょうか」
「はて……?」
放置? いや確かに私は別にその条約に関わった記憶はないけれど。けれど私も単に道楽でこの席に座っているわけでもなく、少なくとも自分がやるべき仕事内容くらいは把握してそれを達成すべく日々を過ごしている。というより、前述したようにこの会合に来る以前にエデン条約について軽く調べたので、既にこの条約は互いの学園間というか、言い方は悪いが「後は若い者たちにお任せして…」という段階まで来ていて、極端な話互いの同意があれば今すぐにでも成立するような状態だったはずだ。
(それでも……となると、やはり感情論?)
あんな奴らと手を組めるか。あいつらとだけは絶対に嫌だ。ありきたりだが、人が人である以上、誰かに好悪を抱くのは自然で、それ自体は誰にも否定することはできない。特にゲヘナとトリニティとなると種族からして相容れないというのも理解できる話で、ならば建前でも仲良しこよしは出来ずにいて、とかそんな話だろうか。
「──そう難しく考えることでもない。事はもっと単純なことさ」
割と真剣に考えていたからだろうか。それまでは私の真正面で我関せずといった態度で紅茶を飲んでいた百合園セイアさんが、しかし会話はしっかりと聞いていたようで私に助け舟を出す。けれど、内容は要領を得ないというか、ぶっちゃけ具体性に欠けてそれだけではピンと来ないモノ。私と似たような感想を抱いたのか、彼女から見て右前方、ナギサさんの正面に座っていた聖園ミカさんが更に付け加えるように、
「あはっ、セイアちゃんの言葉足らずは相変わらずだね☆ まあ要するに、条約が中々締結しないってことは、つまりはその条約が必要ないって思われてるワケなの」
「必要ない? 手を取り合うとは言わないまでも、余計な面倒事を避けるための条約が?」
はて、どういうことだろう。犯罪者の身柄や逮捕権といった自治区間の揉め事は、ヴァルキューレであっても自治区の管轄ごとでかなりの隔たりがあるような厄介事だ。あくまで自治区同士ともなれば、連邦生徒会の権限を以てすら難しい場面も多いだろう。それを理解した上でなおも介入するとなると、それこそシャーレクラスの権限でもないと──………あ。
「……もしかして、シャーレに所属すればそれで事足りてしまう?」
そう答えると、桐藤さんは全然嬉しそうじゃない顔で「ご明察です」と答えると、
「そう、この条約の滞りは、シャーレの存在によるところがとても大きい。学園の軛もなく、生徒であれば誰でも所属可能で、それでいて権限はティーパーティのそれを遥か凌駕する。トリニティに限った話でも、それまで“自警団”を名乗っていた組織がまるまるシャーレに移籍したことで、非公認だった団体が今や学園内外において正義実現委員会に勝るとも劣らない影響力を得ていたりとそれはもう、ええ」
「あー……」
盲点というか何というか。確かにシャーレに所属すればさっき言ってた問題が全部片付くなぁと素直に思う。
今回の場合、あくまで問題となるのは犯罪者の身柄や逮捕権といった自治区間を巡る細々とした揉め事だけで、別にゲヘナとトリニティにそれぞれその自治区特有の罰則があるわけでもない。ならばシャーレを通してそれぞれのヴァルキューレに裁権を委ねたところで何ら問題はなく、むしろシャーレであればそれら2つの自治区のみならずキヴォトス全域においてその権限が及ぶ。極端な話、トリニティの生徒がミレニアムに旅行中、ゲヘナの犯罪者を捕縛しても何ら問題はないどころかむしろ推奨される行為である。
何より、シャーレに所属すればわざわざ嫌いな相手と手を取り合うまでもない。自治区を巡る紛争を抑えることが主目的であるのなら、シャーレの存在だけで十分に事足りてしまうのだ。
「ええと……申し訳ありませんが今更シャーレを閉鎖なんかは無理ですよ? 既にガッツリとヴァルキューレと連携してますし、確かに権限の大きさはこちらも問題視しているところですが、私が会長を辞するまでには防衛室かSRTかヴァルキューレに併設される形で──」
「いえ、それ自体に何かを要求するつもりはないと言いますか、私としてもシャーレの存在には非常に助かっています。実のところ、私は荒事や武器の手入れが苦手で、いつも分派の方々に整備をお任せしてしまうくらいでして」
「そうだねー。この前は榴弾を誰かさんに
何やら聖園さんが不穏なことを呟こうとしたその時、あまりに聞き覚えのある炸裂音と共に聖園さんが額を押さえて僅かに仰反る。いつの間にか桐藤さんの手に握られていた拳銃からは硝煙が上がっていて、まさかこんなデコピンみたいなノリで発砲するとは流石に思っていなかったので素で驚いてしまう。
しかし、小径とはいえ額に弾をモロに喰らったはずの聖園さんはと言えば、まるで蚊か何かでも止まっていたような素振りでアザすら付いてないおでこを軽くぱっぱっと払うと、
「また人聞きの悪いことを……! そもそもアレはミカさんが勝手に……!」
「もー、ナギちゃんってば過激ー。そんなだからゲヘナとも上手くやれてないんじゃないのー?」
「どの口がそれを言いますか……! 面倒だからと交渉を全部任せておいて……!」
「きゃー☆ 誰かさんみたいに口封じされちゃーう♡」
ケンカをするのは何とやら。やいのやいのと売り言葉に買い言葉で、この場所がトリニティ総合学園の中枢部だと忘れそうなほどに姦しく言い争う二人を見て、ついつい私も気が緩みそうになる。
持っている物こそ物騒だが、その互いの根幹にあるのは絶大な信頼。もちろん、キヴォトス人特有の耐久力ありきとはいえ、二人の間にはこの程度のやり取りや暴力では揺るがないような、深く強固な結び付きがあるのだろう。
それを証明するように、慣れた様子でその戯れを眺めていた百合園さんは、付き合っていられないとばかりに紅茶の残りを一気に煽り、
「しかし、別にあれら過激派ほど強固なものではないが、私からも条約が停滞した現状は非常に望ましい」
「……ええと、それはつまり、百合園さんもゲヘナとは相容れないと?」
「一概には否定しないとも。ゲヘナにも正義感に溢れる者はいるだろうし、トリニティにも極悪人はいる。或いは意地の悪さで評価するならそこのナギサを筆頭にトリニティの方がよりいっそう悪質だ。故に私の主張は、もっと感情的で個人的なものとなる」
「ゲヘナには苦手なタイプが沢山いると?」
「好悪の話とも少し違う。単に私が“この条約が結ばれると悪いことが起きる予感がする”という、誰にとっても迷惑極まりない被害妄想を抱いているだけだよ」
「ええ……?」
なんか妙に具体的というか、この子はなにかそういったスピリチュアルな感性でもお持ちなのだろうか。その手の能力は百鬼夜行の専売特許だった気がするのだが、私も殺意とかに関しては割と勘は鋭い方なのできっとそういうのもあるのだろう。
そうこうしていると、どうにか落ち着いたらしい桐藤さんがティーカップを震える手で手に取り、その際に少しだけ紅茶を溢してしまったことを聖園さんに揶揄われたりと脱線を繰り返しながらも、遂に今日の本題について触れていく。
「こほん。それでは常日頃からお忙しい連邦生徒会長……いえ、“先生”を我々が此度のティーパーティーにお呼びした件についてなのですが、実は現在、トリニティ単独では非常に対処が難しい事態に襲われていまして……」
「わあすっごい。百文字くらい喋ってるのに何一つ具体的な話が出てない。いつも思うんだけど、そんなに勿体ぶった喋り方して疲れないのかな☆」
「………。………連邦生徒会長である貴女であれば、トリニティの成り立ちなど釈迦に説法でしょう──過去にこの学園が切り捨てた怨讐が、今になって姿を現したようです」
「具体的にはー?」
「ああもう五月蝿いですねッッッ!!」
銃声がこれでもかとばかりに連続する。どうも彼女の持つ拳銃はリボルバー式ではないようで、その回数は10を超えても止まらない。しかし聖園さんはその全てを特に防ぐ様子もなく目を閉じる事はおろか微動だにせず受け止めると、
「ご存じトリニティは幾つもの学園の集合体なんだけど、それこそゲヘナとトリニティみたいに中には相容れない学園同士もあったワケ。でも悪いことにトリニティの前身は、それらの学園を単に排斥するだけじゃなく、キヴォトスにすら居られなくなるレベルで徹底的に弾圧した。それだけなら過去の過ちで済む話なんだけど……」
「今もトリニティに所属するとある学生に、その排斥した学園の出身である疑惑が掛かっている。如何なる事情か何が目的か……今すぐに呼び付けて聞き出す事は可能だが、トリニティの所属である我々が何を言っても火種を煽る結果になりかねない。故に連邦生徒会の立場から調査を依頼したい──ナギサが言っているのはそういうことだよ」
「………付け加えると、発覚した理由はその生徒の素行不良や成績不振によるものです。過去がどうあれその生徒が現在健やかに穏やかに過ごせているようであれば、我々とてわざわざ古傷を抉るような真似はしたくありません」
いつもこんなノリなのか。先の乱射事件には誰一人として触れず、それこそ撃たれた当人すらノーリアクションのまま話はどんどんと続いていく。
「………」
トリニティは優雅な生徒の集まりだと聞いていたが、やはり彼女たちもキヴォトスの価値観からは逃れられないらしい。まあ正直こんなVIPなエリアにいる少女までもが当然のように帯銃してる時点でなんだかなぁとは思っていた。尤も本人からすれば護身用にスプレー持ち歩いてるくらいの感覚なんだろうけどじゃあ気軽にぶっぱなしてんじゃないよ!
それはさておき、ここに来てようやく話が見えてきた。要はその生徒にシャーレとしての立場で話をそれとなく聞いてきて欲しいと。素行不良の件についても、単に鬱憤が溜まってるだけならそれで良し、ただ、もし学園そのものに叛意があるようならば──
「──実のところ、あまり心配はしていません。正義実現委員会からの報告によると、本人は頑なに詳細を語りませんが、どうもその生徒はいじめを受けていた別の生徒を庇ったがために正義実現委員会と対立したらしく……」
「ちょっと過激だけど優しい子ってことだね☆ だから復讐とかそういう話にはならないんじゃないかな?」
「ただ、成績不振については深刻だ。トリニティはいわゆるお嬢様校故に落第に関しては他の学園よりも甘いが、それでも全教科一桁代で素行不良ともなると庇う事は難しい。もちろん、我々とて下手に彼女を刺激する行為は避けたいが……」
“学園都市”という特性上、そこは避けては通れない。学園とはその名の通り学ぶための園。勉強がしたいしたくないは勝手だが、ならば学園に通う理由もない。無論、私だって勉強をすることだけが学校の全てだとは言わない。けれど学生がそれを言うには限度というものはある。少なくとも学園にとって、学ぶ気がない生徒など単に邪魔者でしかないのだ。
「とはいえ、そこは個人の事情もあるのでしょう。例えば件の生徒であれば、最近転校して来たためにこの学園のシステムに不慣れで、まだ修学していない範囲の試験を誤って受けてしまったのかもしれません。他にも似たようなケースで一年にして三年用の試験を受けてしまった者。突然の体調不良でテストそのものを受けられなかった者。精神を病んで自暴自棄となった者──同情こそしますが、しかしこの広大な学園でその数は片手で数えられる程度と、やはり本人に問題があるのも事実」
「補習だったり休学だったり、あるいはそれ専門の学校に行くなり、自慢じゃないけどそこらの設備は充実しているからねー。私も勉強はあまり得意とは言えないけど、それでも赤点さえ回避すれば生徒会長もやって行ける程度には優しいはずだよ」
「ミカの場合はもう少しティーパーティーとしての矜持を持って欲しいところだが……実際、私が最高学年に進級するこれまでの間、私の知る限りこの学園で退学を言い渡された者はいなかった。連邦生徒会長にとって見れば退学者など珍しくも無いことだろうが……この学園ではそれほどに大事なんだ。こうして最高権威が真剣に話し合う程度にはね」
「…………」
母数が母数だけに、私も当然そういう話を耳にする事はある。そもこの学園都市は学園の自治区そのものが“外”で言う国のようなもので、互いに競い合うように学園があちこち乱立している地域も珍しくない。それこそ、この前訪れたアビドス学園が過去にその代表例だったはずだ。
なまじ教材のデータ化並びに均一化によって授業進行度のコントロールが幾らでも出来るからだろう。私がシャーレで捕縛した不良なんかはその煽りを受けた被害者とも取れるが、それでも受け皿はいくらでもあって結局は本人の意思次第。学ぶ気があれば学園は受け入れるし、そうでないなら特に優遇はしない。それをどうにかしたいと考えてる辺り、確かにこの子達の育ちの良さというか、品位の高さは存分に感じられた。
「そのため自警団の件を参考に、彼女たち落第寸前の生徒を、“補習授業部”という名でシャーレの末席に付け加えさせていただきました。これで少なくとも、トリニティ側から落第を言い渡される可能性はグッと下がります。ですが、それも一時凌ぎ。結局は当人の意識が変わらなければどうにもなりません」
「あくまでトリニティ側から落第ってのが珍しいだけで、怪我で留年とか精神を病んで休学とかは稀に良くあるって感じだからね。良くも悪くも格調高いから、学園の空気が合わなくて自主退学ってのは退学の理由としてはダントツ☆ ま、それで辞めるならそれも一つの選択肢って感じで、私はそれを否定しないけどねー」
「今回の要件は、危急の事態とはいえ、これらの取り決めをシャーレの代表たる貴女に伺いも立てず執り行ってしまった事への謝罪と、可能であれば先に述べた生徒についても事情を聞いて欲しいということだ。無論、多忙な君のことを思うと無理にとは言わないが──」
「……それはつまり、普通にこちら側が授業をしても問題はないということですか?」
「え?」
ふとそう思い確認を取ると、特に問題ないとのこと。まあ何か不都合あったとしてもシャーレで自習という形にすればどうとでもなるんですけどね。
しかし私の提案に間の抜けた声を上げたのは聖園さんだけで、他二人はむしろ私がそう言い出すのを待っていたかのように妙にスムーズに話は進んでいく。うーん狡猾。今から将来が心配ですよ私は。何も学生のうちから汚い大人のやり口を真似しないでも…。
「名前はそれぞれ白洲アズサさん、阿慈谷ヒフミさん、浦和ハナコさん、下江コハルさんの4名。授業については時間の空いた教室か、本校舎からは少し離れている今は使われてない旧施設群を使用しても構わない。無論シャーレの自習室でも大丈夫と」
「浦和ハナコについては私から話そう。私の数少ない友人と呼べる仲だ。成績が芳しくない理由についても見当はつく」
「あ、私もアズサちゃんについてなら話せるよ☆ なんてったって
「わ、私は阿慈谷さんについてなら……ええ。彼女とはそれなりに親交がありますので」
最後についでのように語られる言葉。しかしそれは付け加えるというよりかは何かを隠しているようで……ははぁん。もしかしなくてもこの子たち、単に友人が落第の危機で心配しているだけだな? 可愛げの無い子たちだと思っていたが、案外年相応な所もあるじゃないか。成績不振だという子たちに関しても、こうして庇ってくれる友人がいるのなら心配は要らなそうだ。
「あれ? 下江さんに関しては……?」
「下江コハルは一年にして三年用の試験を繰り返し受けている。一度なら過失かもしれないがおそらく意図したものだろう」
「正実に所属してて副部長を慕ってるみたいだし、飛び級して同じ学年にでもなりたいのかな? それで赤点を取ってるんじゃ意味ないけど☆」
「そもそもトリニティに飛び級の制度はありません。成績にしろ行動にしろ、単純に考えが足りていないだけかと」
「ええ……」
そう思い、気分良くその場を去ろうとしたところで、最後の最後に嫌な情報が叩き込まれる。ある意味で、その子についてが一番苦戦するかもしれない。割と勉学に苦労した覚えのない私としては、中々に難しい問題であった。
「そうだ。最後に一つだけ聞いてみたかったことがあった」
「……?」
「この条約は“エデン”、即ち楽園の名を冠しているが──しかしその内実は、先に述べたように非常に血腥いもの。ならば君は、どうしてこの条約にそんな意味を込めたんだい?」
いや知らんし。
まさかあの子に聞けるはずもなく、その質問だけは適当に誤魔化すしかなかった。
☆☆☆
「では、この4人が補習授業部のメンバーということですか?」
翌日に顔を合わせた例の4人は、これまた中々に強烈なキャラクター性をしていた。
まずは先程の台詞を告げたハナコさん。水着で校内を徘徊するという奇行を繰り返し正義実現委員会……ゲヘナで言う風紀委員のような組織に捕縛されたらしい。彼女は現在も澄ました顔をしながらも水着のままで、彼女自身の豊満な肉体も相俟って戦場では垂涎の的となることだろう。百合園さんの話だとうつ病に近い状態らしいが、こうして見るととてもそのようには感じられない。はて。
「えっと、そうですね……あはは」
愛想笑いを浮かべているのは、どこかで見た覚えのあるキャラクターがモチーフのカバンを愛用しているらしいヒフミさん。純朴そうな様子と人の良さそうな笑顔は如何にも人当たりが良さそうで、とても落第寸前が故に集められた人材とは思えない。
しかしながら彼女、実はこのメンバーの中で一番アウトロー気質と言っても過言でなく、成績そのものは割と優秀ながらも、愛用しているキャラクターの話になるとテストだろうが何だろうがブッチして優先するというこう見えて欲望に忠実な女性である。
せめて事前に連絡でもしておけばこんなところに来なかったのだろうが、テストをブッチした件に関しても、変に言い訳せず「ペロロ様のライブに行ってた」と証言していたので、おそらく教官が相手であっても嘘がつけないタイプなのだろう。割と自業自得である。
「死にたい……本当に死にたい……」
歪んだ顔で俯いているのは、ある意味で一番の問題児ことコハルさん。
彼女は特に変わった背景などはないのだが、どうも単純に成績が芳しくないという何とも厄介な事情を抱えている。本人はすごく良い子そうなのが逆に辛い。マジでどうしよう。
「………」
そして最後。クールな表情で佇むのは、この補習授業部が作られる要因ともなった、過去にトリニティ総合学園に弾圧された学園出身であるというアズサさん。ティーパーティーで話を聞く分にはそんなに変なことにはならなさそうという評価だったが、実際に目にすると何というか。普通に厄介そうというか何で少年兵みたいな雰囲気しているのだろう。少し私の方でも調べてみた方がいいかもしれない。
「そして私がこの補習授業部の担任を引き受けました。連邦捜査部所属のアロナです。気軽に“先生”とお呼びください」
「ほ、本当に若返っているんですね……」
「当然、噂では存じておりましたが……こうして目の当たりにすると、素直に驚くしかありませんね」
「というか、もうあんなのただの子どもじゃない。ホントにあの子が連邦生徒会長なの?」
「不老とは興味深い……老齢に至っても全盛期の肉体が得られるなら、それは即ち戦力の倍増だ」
自己紹介をした際の反応はそれぞれこんな感じ。何気にコハルさんが鋭いことを言っていたが、それも疑念だけで核心には至らない。リンちゃんすら騙せているからね! いや本当になんでだろう……そろそろ誰か危機感を持って良いんですよ?
そのままの流れで軽く授業。とは言ってもコハルさんやアズサさんの関係で試験範囲も異なるので基本は教材頼みだが。しかし見たところ、案の定コハルさんがちょっと怪しいくらいで他のメンバーに関してはかなり真面目に勉強をしている。これはもしや案外簡単に行けるのでは? と思ったもののの、当然そう上手くは行かず、
「2点?!?!!??! 2点、2点ですか20点ではなく?!いえ20点でもダメなのですが──というかハナコちゃん、ものすごく勉強ができる感じでしたよね!?」
これがテスト範囲の小テストを行った際、ハナコさんが叩き出した点数に対してヒフミさんが告げた台詞。というかヒフミさんも言ってるように、多分これ点数が取れないとかじゃなくて取る気がないパターンっぽい。百合園さんもそう言ってたし、彼女の場合は最悪休学させてでもメンタルケアを優先すべきかもしれない。
他にもアズサさんは32点、コハルさんは11点とこれまた酷い。しかもアズサさんは単に準備不足って感じだったが、コハルさんは本当に出来てない感じがしてなおさら辛い。本人が本人なりに頑張ってそうなのがもう何とも。まあいきなり三年用の試験受けるような子だし、いわゆる勉強のやり方が間違っているだけだと信じたい。
「こ、これではもう合格なんて……う、あうぅ……」
そしてある意味で一番マズいのがこのヒフミさん。点数自体は72点と合格ライン(60点)を超えてたものの、私がトイレに行くためのホントにほんのちょっと目を離した隙に、教室全体をペロロ様?のイラストやグッズで埋め尽くしてしまった。まだ会話もそう多くは交わしていないが、この狂いっぷり、退学を賭けた試験だろうとこのキャラクターのグッズのためなら平然とサボりそうで恐ろしい。
(というか、このキャラクター以前どこかで……)
街頭テレビや看板とかでも見た覚えはあるのだが、なんかもっと真面目なところで見たような気がしてずっと引っ掛かっていた。えーと、あれは確かアビドスの関係で資料を漁ってたころに……うーん。
『今よりおよそ半年前、そのキャラクターをモチーフとしたぬいぐるみを作成していた会社が倒産手続きを行なっています。おそらくは直前に起きたその会社のタンカー事故が関係しているのかと。タンカーそのものは既に引き上げ済みで、市場に出回ることが無かった“ペロロジラ”のぬいぐるみが、現在も交通室で4体保管されていると記録しています』
私がそうして悩んでいると、頼れるあの娘が私にしか聞こえない声で助言をしてくれる。ああそうそうタンカー事故……そんなのもあったあった。いやぁ相変わらず賢くて偉くて可愛いなぁあの娘は。でも市場には流通しなかったグッズかぁ……この盲執っぷりを見るに、もしかしてこれは使えるのでは?
正直勉強に関して物で釣るのはどうなんだとも思ったが、それでやる気が出るのならそれも一つの手だろうと私は今にも倒れそうにしているヒフミさんに話しかける。
「そうそうヒフミさん。貴女が大事にしているそのキャラクターについてなのですが……」
「ペロロ様ですか! 連邦生徒会長もお好きなのですか!?」
「ああいえ、そういう話ではなく……以前、半年ほど前ですか。そのキャラクターをモチーフにしたぬいぐるみを積んだタンカーが沈没した事故がありまして──ペロロジラと言いましたか? タンカーを引き上げた際に回収したものが、交通室の方にいくつか残されていまして、それほどお好きなのでしたら、私の方からおひとつ融通しようかと」
さっきまでの落ち込み様は何だったのか。キャラクターを引き合いに出すと途端に元気になるヒフミさん。それならばとタンカーの件について軽く触れるも、どうしてかヒフミさんは固まって動かない。あれ?と思うも束の間、ヒフミさんはぐおんと擬音が鳴りそうな勢いでこちらを振り返ると、
「そ、それは本当ですか……!!!?!?!」
「え、ええ……あ、ですが試験に合格したらですよ?」
「お任せください!!!!!!!!!!!」
思わず後ずさってしまうほどの迫力でこちらを凝視するヒフミさん。鬼気迫るというか、まさかこれほど分かりやすく釣れるとは思わなかった。試験どころか、貞操とかを条件にしても余裕で即答しそうな勢いがあった。そんなに貴重なのかペロロジラ。いや確かにあの娘も市場には出回らなかったとか言ってたけど。
「ペロロジラ……?」
「……」
「ふむ……よほどの貴重品なのか……?」
小躍りして歓喜するヒフミさんと、それを困惑した目で見つめる3人に囲まれて、私はキヴォトスに来て初めての“先生”の業務を終える。余談だが、翌日のテストではヒフミさんは同じ範囲の試験で見事100点を叩き出すのだった。……いや100点って。流石にびっくりしましたよええ。
コレクターの底力は侮れない。これが彼女らと共に私が新たに学んだ教訓である。ひとまずヒフミさんに関しては、この先も全く心配はいらないだろう、うん。
残り3人。
原作との相違点
セイアが無事→ナギサが武器を握るハードルが低い(ミカ限定)
ミカが調子に乗っている→2人を出し抜いて計画した和解作戦が上手くいってるから。
ナギサのテンションが変→ミカが調子に乗っている+セイアがポストでエデン条約も滞っているためいちいちキレる余裕がある。また座席的にミカが他を巻き込まず撃ち抜きやすい場所にいる。
発砲は流石に物騒過ぎかな?とも思ったけどミカだしロールケーキぶつけるにはテーブル広過ぎて無理そうだから仕方ないね。