ダンジョン探索を生配信したら死ぬほどチヤホヤされるってマ? 作:『?』
新宿ダンジョン第一層の内部は、岩肌剥き出しの洞穴といった様相を呈している。
一定の高さと幅を維持しながら、果てしなく錯綜する通路。そして不定期に現れるテニスコートほどの広さをした小部屋。…ダンジョン全体でみれば、その構造は明らかに何かしらのルールに従っているようだ。しかし、壁面や植生など、ある部分だけを切り取るならば、まさに自然物そのものといった形をしていた。
むしろそれが、これ見よがしに洞窟という環境を模倣しているようで、ひどく恣意的に感じられるのだ。
ダンジョンは時折、神やら悪魔やらの戯れで作られた、なんて言われることがある。
その意見を肯定するものは少ないが、しかし強く否定するような人も今となってはあまりいない。
それというのも、ダンジョンには『意思を持つ何者かがこれを作った』としか思えないような、そんな概念が幾つも存在しているのだ。
その代表例に「コンセプト」と「構造」がある。
これは、ダンジョンにはそれぞれ明確なコンセプトがあって、内部の物品やモンスターは全て、その世界観にマッチするよう作られているというものだ。
例えば新宿ダンジョンには、獣や鳥のような…洞窟に生きていて違和感のある形をしたモンスターはいない訳だ。
このコンセプトというもの。ある場所では森林、ある場所では古民家、ある場所では荒野など、種類を挙げれば枚挙に暇がない。
それに対して、構造については概ね似通っている。
より細かい分類はあるが、大きく分ければ2つだ。
階層が丸ごと開けた1つの大部屋になっているタイプと、大量の小部屋と錯綜する通路で作られたアリの巣のようなタイプ。ちなみに新宿ダンジョンは後者だ。
さて、ここまで長々と語ってきた訳だが…
つまり何が言いたいかと言うと、このダンジョンというもの。まるでゲームのようではないだろうか?
もし今は納得出来なくとも、きっとダンジョンに通えば皆も分かるだろう。
この場所を探索すること、その感覚は、RPGで散々体験してきたものに似通っている。
「つまりゲー厶で散々慣らしてきた俺は最強ってことだな!分かったか?」
ワイは才波が強い理由じゃなくて、そのザマでレベル5まで上げられた理由を聞いてるんやで 話題がすり替わってんだよなぁ… でも才波、ゲーム下手じゃん まぁ、確かにダンジョンは不思議のダンジョンみたいだな。 珍しく知的な話をしてると思ったらこれだよ! |
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「おい、今下手って言ったやつ誰だ!」
そんな雑談を挟みながらも、全く引かずにダンジョンを突き進む才波である。
岩壁に機械音声を響かせながらテクテクと歩く様子には、オークに手酷くやられたというのに恐怖など欠片もない。むしろ、それどころか反省すら無いように見える。
ただ、それも仕方のないことだろう。
才波の記憶力…というよりかは、記憶をしようという意欲は、ひどく壊滅的だった。
もうエロ漫画がどうとか、オークのチンポがどうとか、そのような話も引き出すに躊躇われる過去の話題となった頃合いだ。
それだけ時間が経てば、一度殺された程度のショックなどほとんど覚えていない。
あれだけ屈辱だと豪語していたゴブリンの件も然りだ。もう今日の朝食の献立よりおぼろげである。
それに加えて、思考自体が回っていない。
もう配信時間も随分と積み重なっており、十二時間の大台を突破しようとしていた。もっとも、そのうち三時間ほどは
時計の短針が一周する頃合い…時刻で表せば、今は朝の五時。
何度も死んでいるので肉体的には万全だが、それでも昼夜の逆転した才波の体内時計は、脳に眠気を送り始めていた。
才波の生態はほぼ赤ちゃんなので、眠気には抗えない訳だ。三大欲求に忠実な彼女の睡眠欲を掻き消せるのは、性欲か食欲のみである。
そろそろ出勤の時間やから落ちるで |
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「おいおい、まだげちゅ…月曜日だろ?なんの冗談だよ…俺が許す!休め!!そしてこの配信を見続けろ!!」
かみかみやね、まさかかわいいアピールか? 貴重な自由時間を才波に費やす社畜の鑑 こんな早くから!?うせやろ… お前が許可出しても、会社は許可出してくれないんだよなあ… それが視聴者に対して言う台詞か? |
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「ごちゃごちゃうるせえええ!!見よう!!!!」
うるさいのはお前定期 喧しいんじゃい! |
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脊髄反射で叫び、自慢を繰り返し、不遜にも視聴者に命令をする才波。眠気で朦朧としているからか、いつにも増して言動に脈絡がないが、元がめちゃくちゃなので異変に気付く視聴者は一人もいないようだった。
それはそれとして、配信のマンネリ化も進んできている。
ダンジョン1層は、とかくイベントが少ない。新宿ダンジョンはその顕著な例であった。
まずモンスターの種類はゴブリンとオークの2種類。個体数…ダンジョン内における密度においても、一言で表すならスカスカといった具合だ。宝箱の発見報告はまず無く、罠や特殊な部屋もほぼ見つからず…
要するに、ダンジョンの醍醐味と言うべきものが薄すぎるのだ。
その代わり攻略は非常に簡単で、短時間で次の階層に行けるはずなのだが…こと才波に至っては、その限りでもないらしい。
歩幅の短さや本人の油断慢心。また、騒音によりモンスターを誘き寄せていることなど、様々な要因が相まって探索の効率は最悪なものとなっていたのだ。
きっと普段の配信で鍛えられた視聴者でなければ、閲覧を続けることは困難であっただろう。
「…あれ、もしかしてアレじゃね?」
おっ、ようやくか! 始業前に切りいいとこまで見られそうでよかった 間違いないな |
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停滞していた配信に転機が訪れたのは、そんな折のことである。
ある通路の突き当りを曲がった先、約20メートルほど向こうに広がる小部屋の中央にあったのは、白く無機質なコンクリート製の枠に囲われた大穴であった。
それを視界に捉えるなり、まるで獣のように叫び、走り出す才波。
「やっぱ階段じゃん!やりい!!Fooooooo!!!!」
急に走り出して草。無邪気かな? おみみこわれる!! 見事に発狂してるぜ… |
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『ステップ』…あるいは、階段。
ダンジョンの床に突如として吹き抜けたそれは、遠くからではただの穴のように見えたが、覗き込めば横幅400センチほどの広い階段であると分かるだろう。
底は暗がりとなって見えず、手すりもなく、ただ段差が奈落まで続いているように見える。
ダンジョンにおけるステップの役割は色々とあるけれど、少なくともこの階層においては「階層の終着点」、もしくは「次の階層へ続く道」以上の意味を持たない。
それを見つけたということは、すなわち…
「おら、第一層攻略完了じゃい!!」
そういうことである。
階段まで駆け寄り、洞穴という世界観をガン無視してそこにある建造物を覗き込んだ才波は「見てるか?視聴者!」とひどく自慢げに告げる。
カメラには両手分のサムズアップがドアップで移り込んでいた。
声も喧しいし画面も喧しい! おちつけ 第一層攻略でこれとか、今後大丈夫なんか? まるで最深到達点を更新したような喜びようだなぁ… |
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「うるさいやい!俺は最強なんだから、次の階層でも無双してやらあ!」
うるさいのはお前定期 次の階層でも…"でも"? 無双はありましたか…? |
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「は?キレそう…!もう良いわ、せっかくだから俺はこの階段を降りるぜ!」
何がせっかくなんだ… |
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フンと鼻を鳴らして、階段へと足を踏み入れる才波。コツコツと硬質な音を立てて、薄暗い階段を下ってゆく。
光源など存在しないというのに「薄暗い」程度の明るさを保ち、どこまでも続いてゆく階段。それは何かが致命的に誤っていると言わざるを得ない、ひどく現実感の欠いた光景である。
もっとも光源無く明るいというのは、ダンジョン全体に言えることだが、ここのように人工物めいた場所だと、その奇妙さが余計に際立つものだ。
そんな空間を下っている内に、少しずつ才波の口数も減っていった。
やっぱ不気味よな… なんで才波しゃべらないん? 突然のホラー展開…ってコト!? |
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「…んだよ…俺はな、眠いんだよ…」
えぇ… まぁたしかに眠そうやったか… もう13時間ぶっ続けだもんなぁ、しゃーなしや それでも怖いから何か話せ |
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「お、視聴者の分際で俺に指図しようってかぁ?それ、舐めとるねぇ…!?」
そういうことへのアンサーは異様に速いのなんなん? 眠いんじゃなかったのかよ! せっかくステップなんやし、良いから寝ろ! |
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ステップはある種「The Backrooms」のような、そこはかとない生理的恐怖を覚える景色をしている。…しかし実際は、ダンジョンで最も安全な空間の一つであった。
まずモンスターがここに発生することはまず無い。あえて連れ込まない限り、ステップ内に入り込むこともない。
ステップと呼ばれる空間は、長さ不定の一本道だ。北側に向かって伸びる下り階段で構成されており、次の階層へのたった一つの入口に通づる。
それにも関わらず入口は複数存在している。場所も疎らだ。なんならステップへの入口は不定期に消滅するし、現れる。
ダンジョンに存在する不条理の中でも、一等理屈の通らない現象だが…それ故に、ステップ内で予期せず人間と遭遇することもそうそう無いわけである。
ステップの中で悪意あるものに襲われるということは、つまり相当ツキがなかったということに他ならない。あるいは、背後を付けられるほどに恨まれていたということだろう。
配信者の場合は時折、厄介な追っかけに襲われるらしいが、その点才波は視聴者数がしょぼいから問題なかった。
いや、視聴者数に関わらずヤバい輩は湧くのかもしれないが、少なくとも今時点で、その手のファンはいない様子だった*1。
少々話が逸れたが、要するにステップは安全ということだ。
それ故に、ここを休憩ポイントとして使うのは、非常にメジャーな選択肢であった。
特に、安全確保用のマジックアイテムを所持していない駆け出しや、無闇に人出を使えない少人数パーティなどは頻繁に利用しているだろう。
階段の幅が横にも縦にも広いというのも、かなりお誂向きだった。…もっとも、流石に寝返りなど打てば墜落するだろうが。
「んまぁ、そんな言うならね。しょうがないから寝てやるよ」
何様だよ! クソ上から目線で笑う |
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ガシャと階段の中央でバッグを下ろす才波。中から白染めの大きめな枕と、ぐちゃぐちゃに丸め込まれ、雑に収納されたシーツを取り出す。
きっと才波の配信を日常的に見ているものは、そのシーツに見覚えがあるだろう。それは彼女が自室を映した際、必ずと言っていいほど画角に映り込むものだ。
稀に「寒い」と言い出してミノムシのように包まることもあるが、基本部屋の床に雑に投げ出されている通称絨毯。
くさそう それ持ち運び用だったんか… あまりにも雑にしまい込んでて草 そのシーツ洗った? |
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「流石に洗ったわ!ちゃんとコインランドリーで乾燥までして、バッグに突っ込んだよ」
ダウト ほんとにござるかあ? |
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「ダウトってなんだよ!こんなことで嘘つかねぇし!!」
それをバッグのひとつ上の段に敷くと、今度は三脚を取り出して運ぶ。それはバッグの下の段に設置するようだ。
三脚が組み上がると、頭にセットしていたカメラを外して、そこへとセットした。
アングルが変わり、一人称視点から配信者を中心に捉えるスタンダードなスタイルになった。
そうなると、画面いっぱいに映っているものは美少女…と表現するには余りに惨たらしい、ほぼ血達磨といった様相の少女である。
あまりにもグロすぎる これ全部才波の血ってマ? 明らかに致死量で笑うしかない き た な い |
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「む、確かにそれは…一理あるな。汚れてると気持ちよく寝れないしな」
流石の才波でもこれはだめなんか あのヤバい部屋は汚れてる内に入らない…ってこと!? |
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読み上げを聞き流しつつ、バッグを漁る才波。画角の中心で大きく足を広げ、どっかりと座り込みながらバッグを漁る様子は、正直美少女というには無理がある振舞いだろう。
せめて恥じらってくれ… 血塗れでその振舞いをしたら、それはもうモンスターなんよ 美少女とは一体…うごごご…… |
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「おっ、あった」
しばらくそうやった後、ふと取り出されたものは直径5、6センチほどの水色の玉である。
それを確認するなり、おもむろに握り潰す。そうするとガラスの割れるような破砕音が鳴り響いて、煌めきが才波の身体を上から覆い尽くすように撫でてゆく。
煌めきが通過した箇所は、まるで配信開始時と遜色のないほどに綺麗に変貌していた。
キレイダマやんけ! 結構しないか、それ… そんなの買うくらいなら武器を買うべきでは?(ボブ訝) |
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やがて全身が綺麗になると、才波はぐいと大きな伸びをした。
基本才波は無防備なので、そのような振舞いをすれば自ずとTシャツの隙間からお腹が覗く。
そんなサービスシーンの最中、流れているコメントは…しかし武器や装備を整えるより先に、高価なマジックアイテムを調達していたことへのドン引きが中心であった。
さもありなん。
おなかたすかる キレイダマの相場、1個5万とか言ってて笑う それ買うくらいなら、ちょっといい防具も買えたやろ… |
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「それじゃ、寝るわ」
伸びを終えるなりそう告げた才波は、ごろんとシーツの上に倒れ込んだ。まるで棺にでも入るような、両手を胸の上で組んだ仰向けの体制である。
…もしかして配信つけっぱか? まぁ、これは誰でもやってるし… 何かあったら才波起こしてやろうぜ 起きるか? もう寝てるな 寝入り良すぎなんだよなぁ、赤ちゃんかな? 寝方が完全に生贄のそれで草 |
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あくびから数分、規則的な寝息を漏らし始める。
いびきも寝言もせず、お行儀よく眠るその姿は、間違いなく人間離れした美少女であった。…普段の才波を知らなければ、きっともっと尊いものとして見れただろうに。
いわゆる説明回ってやつです。
つまらなかった自覚はあるので、次はより面白い話になるようにしたいです。
…ちなみに不思議のダンジョン系の走りである「トルネコの大冒険」は93年発売です。
世界観上、ダンジョンが出現したのは2000年以降なので、トルネコの大冒険はダンジョンの先輩にあたります。