ありがとう。
俺にジャンプにハマるきっかけをくれて•••
楽巌寺嘉伸は京都府立呪術高等専門学校の元学長、現在は呪術総監部のトップとしてその座に君臨している。閉じきった和室の応接間で、コハクは楽巌寺と対峙していた。
「任務の一環で、音楽フェスに、出場しろ?」
「そうじゃ」
「ざっけんな。何でバンドなんかしなけりゃならねぇんだよ、他を当たってくれ」
「ほぅ?じゃが、わしはお主以上の適役はいないと考えておる。中学一番の歌い手だったんじゃろ?呪術師をしながらかつては音楽の道を歩んでいたわしの目に狂いはない。これを機に、お主の雷のような魂を表現してみせろ」
「てかアンタが楽しみたいだけだろ?」
楽巌寺は黙って茶を啜る。
「••••最近耳が遠くなってのう」
「図星じゃねぇか!?確かに、俺は歌にはかなり自信がある。けどなぁ、俺だけが上手くても生きていけない世界なのは俺でも分かるんだよ。バンドってことは最低でも3から5人くらい集めねぇといけないだろ?それに音楽フェスに出るんだったらレベルが求められる。学校の部活動や学園祭とは違うんだ。しかも最近はSNSやらなんやらで周りの声が多すぎてめんどくせぇし、俺は面倒なことには巻き込まれたくねぇんだよ」
コハクの言うことは正しい。
演劇や舞台では20~30人規模で行うことが多い。20~30人もいれば、もし1人が怪我や病気などで欠けてしまっても代役を立てやすい。でもバンドは1人でも欠けたら活動できない。しかもバンドのメンバー全員のスケジュールを合わせる必要がかなりある。1人でも欠けるとライブはおろか、練習もままならない。それに勿論のこと、ライブには金がかかる。
「•••で、受けてくれるんじゃろ?」
コハクはむっ、と嫌そうな顔をした。断るのは簡単だ。だが断ったらこの間の任務先でコレオと騒動を起こした際の責任を取らされるかもしれない。任務ならまだいいが、これが謹慎または停学処分だったら面倒臭い。
「はぁ•••バンドのメンバーは?まさか俺に集めさせろと?」
「まさか。2年の有馬龍牙と3年の姫川愛香の2人に声をかけてある。それぞれ音楽の経験はあるからなんとかなるじゃろう」
「あと1〜2名か•••東京の連中にも声かけていい?」
「問題ないじゃろう•••それから、必要になったらわしを呼べ。貴様らヒヨッコどもに本当のバンド魂を、骨の髄まで叩き込んでやる」
目に囂囂と燃える火を宿らせ笑みを浮かべる楽巌寺元学長。その目を見てコハクは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。部屋から出ていくコハクはため息をつきながら項垂れた。
「やっぱ私情じゃねぇか•••明星にかけるか」
一方その頃、彼の実家『苺プロダクション』にて。
「え?アンタら三人兄弟なの?」
「うん!!数十秒前に私とお兄ちゃんが産まれたから、私がお姉ちゃんなの!!」
おかっぱの赤い髪の少女『有馬かな』とコハクの姉である『星野ルビー』の姿は事務所の撮影用スタジオにあった。アイドルとして売り出すためには実績が必要、なので同じ事務所の人気ユーチューバー『ぴえヨン』とコラボし、ぴえヨンダンス1時間連続というコラボ企画を行っていた。
「•••とりあえず気の毒ね、弟くん」
こんな天真爛漫で頭が残念な姉を持っているというルビーの弟に有馬は同情していた。
「ちょっとロリ先輩どういう意味!?」
「別に〜?というかどんな奴なの?同じ学校じゃないのは分かるけど」
「あ〜、、中学2年までは普通のおとなしい子だったんだけど〜中学3年の新学期に同じクラスのいじめっ子たちをボコボコにしちゃったんだぁ•••それに周辺の学校の不良とか半グレとかヤクザとかを病院送りにしてたらしいんだよねぇ」
「別の意味でヤバいじゃない!?」
「あ、でもでも!?頭はめっちゃ良いの!!学内成績トップだったし!!それに歌がめっちゃ得意なの!!合唱部の先輩たちが勧誘しにくるレベルに!!」
「へ〜?マルチタレントじゃない。素行以外は」
「うん自慢の弟だよ!!素行以外は」
☆☆
コハクはスマホのオンラインミーティングアプリを使って、親友と連絡をとっていた。画面越しだとしても、4月ぶりに会う親友はどこか陽気になっていた。
『いいよ、親友の頼みだ。いや〜まさか液体金属の操作練習で楽器演奏してた経験がここで役立つとはね〜?コハクも音楽祭クラッシャーの本性が唸るときだぞ〜?』
「ブチ転がすぞお前・・・てかお前変だぞ、頭怪我してないか?」
『ピンポーン大正解!!虎杖先輩に4分の3殺しにされたんだよあははは!!!』
そういうと座っていたベッドから立ち上がり、全身傷まみれの痛々しい姿が露わになった。見るからに痛々しい傷の数々、"魂を断つ斬撃"を必中の領域で浴びせられたに違いない。それなのに笑ってるコイツは正常なのだろうか。
「・・・ハイになってやがる」
『ん〜そうか?そうだねぇ?!そうかもがっーー『動くな包帯巻けないだろ』ーーちょっ、母さん引っ張らないで傷開くから!?ムゴゴゴゴゴ!!!』
「・・・んじゃ、4人集まったんで誰がどの楽器するのか決めるぞ」
「よしっ!!んじゃ俺ドラムな!!」
赤い髪の側頭部を刈り上げて流し、一昔前の特攻服風の制服に身を包んだ人物がドラムのスティックを握る。
『
「ん?やったことあるぞ」
『
「へっ。こう見えて色んな部活の助っ人やってたんだぜ」
この人物こそ2年生の
『
「
「•••私は?」
コハクの眼前に、灰色のロングヘアにメイクではないクマがある女性の顔が飛び込んできた。
黒い喪服を着た彼女はじーっとコハクの目を見ていた。
「••••姫川先輩は、キーボードやってください」
「うん••••やる、やれる?どうだろ•••」
3年生の
『呪物回収バンド(仮称)』
バンドメンバー
ボーカル担当、星野コハク
エレキギター担当、家入明星
ドラム担当、有馬龍牙
キーボード担当、姫川愛香
と、書かれたホワイトボードを背にコハクは全員に任務の概要を伝える。
「今回の任務は、音楽フェスの優勝者に送られるトロフィーを手にいれること。このトロフィー、はっきり言って呪物だ」
「あ?んじゃ、トロフィーを盗めば良いじゃねえか」
「このトロフィー•••
『•••なるほどね』
「お••••日本語、喋ってる」
『包帯外したんですよ。とりあえず、盗めないなら正々堂々勝負して手に入れようってこと?』
「資料には、『この呪物は"正当な手段で手に入れた"持ち主の元からは逃げ出したりしない』ってあるからそう言うことだろ」
「今は繁忙期だからなぁ•••んじゃ、6月下旬から練習をスタートさせようぜ!!」
「•••だな。絶対に優勝するぞ」
「「『お〜!!!』」」
解散後、コハクは自室に数時間引きこもって机に齧り付いていた。手にはシャーペンと消しゴム、ゴミ箱には山ほど積まれた丸い紙。その正体はボツにした曲だ。呪術に関わる案件ゆえに、一般の作詞家にお願いするわけにはいかない。とか言って楽巌寺元学長の伝手はない。もうみんな高齢だからだ。
「•••楽曲のテーマは『呪い』、どうするかねぇ」
テーマは全員で話し合って彼らが普段から身近で見ているものを曲にすることになった。とりあえず形にはなったが今のメンバーでは心細いような気がする。現在のバンドメンバーは4人、できればもう1人欲しい。
そうだ汀はどうだ?
歌はともかく、手先が器用だから楽器とかいけるのでは•••
「•••と思ってた時期が俺にもありました」
ダメだった。
「何が?もう一回言うけど、無理。僕オンチだし、楽器なんかカスタネットしかできないよ。それに、僕長期の任務で数ヶ月くらい高専帰んないから」
「じゃあお前の姉ちゃんとか、レイセンの妹さんとか」
「ん〜〜〜分からないな。あの人たちどっちかって言うと歌うよりも、演技派じゃないかなぁ••••てか姉ちゃんをテレビに出したらやばいことになる」
「あ〜、世界三大美女の座から1人転落するってアレか。しかも性格も良いんだろ?あの人まじでアマテラスかヴィーナスの化身じゃないか?」
「腹違いの姉が女神の化身だった件••••」
結論、もう候補がねぇ。
▽☆▽
3日後、コハクは普段通り割り振られた任務にて、溜まったストレスを呪霊で発散していた。呪いに関する音楽は数多い。カゴメ歌や交響曲第9番の呪いなど。現在では呪いに関する音楽、呪歌を作る際には必ず専門の呪術師に依頼してお浄めしなければならない。とはいえ今回は呪いのこもっていないようなもののためであるため、お浄めの心配はない。だが初めての作曲というものは神経をすり減らす。
「だぁ〜このあと報告書か•••歌詞に虚心坦懐、怨親平等は使えるか?語呂的にも••••••ん?」
コハクは術式により五感が常人の5倍ほど研ぎ澄まされている。
(なんか音が、女子寮に近い談話室か?今の音は•••誰か踊ってるのか?)
コハクは談話室に向かう。談話室の扉をノックしても返事はない。なのでドアノブを捻って扉をゆっくり開けた。
そこには頭に赤色のリボンをつけて踊るマスクの女性がいた。
誰だこいつ。
おかしい。女子寮には今コレオしかいないはずだ。目の前にいる透き通るような美声で最近話題のJpop音楽を歌い、キレキレの動きで踊る女は誰だ。どうやら俺が談話室に入ってきていることには気づいていないらしい。背格好と声からコレオかと思った。けど俺の知るコレオは燃えるような激情を仏頂面のマスクで隠しているような女だ。あまり天真爛漫な笑顔で笑うようなやつじゃ•••いや知り合ってまだ半年も経っていない人間を全て知った気になるのも失礼だろうな。
そして、コハクは思い出した。
今話題の音楽系ユーチューバー『MIZUNOE』
アニメソングのカバー曲や人気曲のカバーを中心に動画投稿しており、歌の上手さとダンスの完成度とトークの上手さから国内外にも大勢のファンがいる。世間ごとに疎いコハクだが、彼女の名前はニュースやユーチューブから知っていた。
とはいえ••••
(•••綺麗だな。声も顔も)
コハクは母親を刺し殺されたあの日から、何かに命を燃やしている人を美しいと思うようになった。
母は嘘をついて人を愛することに。
五条悟は"最強"の教え子たちにカッコつけるために。
••••そして"あの人"は父親として散るために。
「ご清聴ありがとうございました〜いや〜歌うのって気持ちいいですぅ!!」
気づけば、コレオ(仮称)改めMIZUNOEがパソコンの前で手を振っている。
「あ、コメントありが••••後ろ?何がーー」
「••••よぉ、しらぬーーいやMIZUちゃん」
ヤバい。何がどうなのかは分からないが、ヤバい。
「あー俺はノックしたぞ、一応」
「ーーーーーー殺す」
コハクに向かって蹴り飛ばされる椅子。
その椅子を人差し指一本で止めて、くるりと回転させて足から床に落とす。そして足元に引き寄せる。
「お前音楽系ユーチューバーだったのか。にしても髪型と服だけで人って見た目変わるんだな」
「だ、ま、れ、訴えんぞ」
目ががんぎまり、マスクとリボンを引っ張って床に投げ捨てながら、コハクの元にゆらゆらと近づいてくる。
「どこに訴えるんだよ。座れ。配信は止めても止めなくてもいいぞ」
「なんであんたの言う通りにしないといけないのよ」
「落ち着け。雑魚に見えるぞ」
「っっっ!?あんたねぇ!?」
鬼気迫る勢いで詰め寄るコレオ。
そしてコハクの胸ぐらを掴もうとして、、急に体が動かなくなり倒れた。
(は!?か、体が、動かない!?)
頭が割れるように痛みだし、視界もぐわんぐわんとゆがんでいく。
何よりこの不快感。立ちあがろうとしても立っているのか倒れているのかが分からない。
喋ろうとしても思うように喋れない。
鼻から液体が流れる。血だ。
(な、なにこれ•••)
コハクの術式『雷轟霹靂』は電気と同じ性質を持つ呪力から変換できるあらゆる現象を引き起こし、さらに自分の呪力を消費して電気そのものを操ることができる術式。しかし常人が使用すると途端にキャパシティを超え、感電し死亡する。だがコハクは電気への完全適応を果たしている。
現に、彼女の脳内では脳の電気を増幅させて血管を破壊。彼女に脳出血の症状を引き起こさせた。
仰向けになったコレオを見下ろすようにしゃがむ。
そのコハクをキッと睨みつけるコレオ。
美人の怒った顔は美しいというが、まさにその通りだ。先ほど見せた歌唱力と天真爛漫なキャラを演じた演技力、そして今見せた感情の大きな振れ幅。カメラが回っている、人が見ているのにもかかわらず自分の感情のままに動けるイカれ具合。
(いいね。悪くない)
「お前、楽器できる?」
「は?できるけど」
「ベースは?」
「なんでも得意だけど?」
「バンドのメンバーになってくれない?」
沈黙•••
「ーーーーはぁ?」
「できないなら言えよ。『自信なくてできませんって』」
「あ”?できるし?舐めんな?」
ベース担当、不知火コレオ
コレオはコハクの候補に最初から入っていませんでした。
なんで嫌いな奴を頭数に入れるんだよ、とのこと。