昨日あの後何故か毎日飯を作りにくると息巻いていた一之瀬の提案を丁重にお断りしお帰り願った。アイツにしては珍しく最後まで食い下がってきたがもうちっと自分の時間を大切にしろって話だ。どうせアイツの事だからバカみたいな数の友人を作る事は目に見えてる、当然付き合いもあるだろうし毎日俺に飯なんて作ってたら友達付き合いの時間が減るだけだっての。
さて、冒頭でも言ったがそれは昨日の事、今の俺は絶賛登校2日目の朝を迎えており寝ぼけ眼を擦りながらエレベーターに乗っている。飯を作る事は断れたが今日一緒に登校するのを断れなかった俺は普段なら絶対に行かないような時間に学校へと向かう羽目になったって訳だ。ちっ貴重な睡眠時間が削ってまでなんでアイツと登校なんてしなきゃいけねぇんだ?チン!と機械音がして扉が開きエレベーターから降りるとご苦労なこって、既に一之瀬は着いていたようで俺を待っていたらしい。
「おはよう荻野君、昨日はよく眠れた?」
「おはようさん一之瀬、よく寝れたが欲を言えばもう30分位寝てたかったな」
「そしたら始業ギリギリだよ!」
「まぁまぁどうどう、ほら行こうぜ」
まだ何か言いたそうな一之瀬を尻目に歩き出すとその半歩後ろを着いてくる。少し歩くと自分達以外にも赤いブレザーに身を包み通学する生徒の姿がちらほらと散見されるのを見てクソ真面目な奴が多いなぁと心の中で頭を下げる。
「そういや一之瀬は部活とか入んのか?俺は勿論野球部だけど」
「う~ん、野球部のマネージャーと生徒会で悩み中、掛け持ち出来たらいいんだけどね」
げっ!?コイツ俺の神聖な野球の時間まで浸食してくるつもりかよ、一之瀬がマネージャーか……仕事は務まりそうだが、駄目だな、部員共が鼻の下伸ばして練習に集中できない様子が容易に想像できちまう。よし、ここは未来の野球部を救うために何とかしてコイツを生徒会に押し込もう。
「生徒会かお前らしくていいじゃねーか、それに生徒会ともなると流石に掛け持ちはキツイんじゃねぇの?」
「そうかなぁ、そうなると生徒会は諦めてマネージャーに……」
何でそっちを取るんだよ!と心の中でツッコミを入れつつどうにか気が変わるように説得する方法を考える……が駄目だ全然思い付かねぇ、仕方ねぇここは古典的だがおだててその気にさせるしかねぇ。
「いやー、そりゃ残念だなぁ俺は一之瀬は生徒会、ひいては将来生徒会長になるのを楽しみにしてたんだけどなぁ」
「えっ!?どうしたの急に?」
「俺はいいと思うなー生徒会役員一之瀬帆波、モテるんだろうなーきっとそうなったら周りの男共は放っておかないだろうなー」
「それって荻野君も含まれるの?」
はぁ!?冗談は止せよ、という言葉をぐっと呑み込み俺はそうかもなーと適当に返事する。何なんだその訳の分からない質問は?しかも妙に乗り気になって一転して絶対に生徒会に入るとか意気込んでるし。
そんなやり取りをしていると学校に到着し俺達は内場きに履き替えて一年の教室のある階へと向かう。Bクラスの前に着いたのでここで一之瀬とはお別れって訳だ。
「見ててね荻野君!私絶対に生徒会に入るからね!」
そう両手で握り拳を作る一之瀬の頭を適当にポンポンと叩き頑張れよと言い残して俺は自分のクラス、Dクラスへと向かう。後ろで「うにゃあああ~!」とかいう一之瀬の訳の分からん悲鳴を上げているがどうした?風でスカートでも捲れたか?
さてそれでは我が愛しのクラスへと教室の扉を開け中に入ると……少なっ!登校している生徒の数は俺を含めても片手で足りる人数位しかいない。さっき一之瀬のクラスを覗いた時は10人位は居た気がするんだが……類は友を呼ぶって奴か?アイツのクラスは真面目ちゃんが多いらしい。つっても既に登校してる奴の中にはノートを広げて勉強してる奴もいるしあながち見当外れの見立てなのかもな、俺も一之瀬と登校しなきゃもっと遅かっただろうし。
てか1人明らかに不気味な奴がいるぞ、机の下でカメラを持ってニヤケ面してる奴がいやがる、そいつは髪の色はド派手に赤に近いピンク色だが髪を2つに結び眼鏡を掛けたいかにもクラスに1人はいる地味で目立たない女子って感じの奴だ。ただその雰囲気に反して胸だけは非常に自己主張の激しいサイズとなっている。眼福眼福、これが早起きは三文の徳ってやつかと少し得した気分になりながら俺は自分の机に鞄を掛けて突っ伏す。あ?さっきは早起きは三文の徳とかほざいてたのに寝ちまうのかってか?三文は欲張り過ぎってもんだ。
チャイムの音を目覚まし代わりに俺はむくりと体を起こすと当たり前ではあるがクラスメイト達は登校しており全ての席が埋まっている。程なくして朝のSHRが始まる。つっても今日はそんな大した連絡事項もなく出席確認だけ終えると足早に茶柱先生は教室を後にした。
授業が始まるまでの10分間教室内では自分達がポイントで購入した物や商業施設の話で持ちきりだった。かくいう俺も隣の席で眠そうに眼を擦っている須藤に声を掛ける。
「須藤、そういやスポーツショップあったぜ、規模はそんなにでかくねぇが品揃えは結構新しいとこ揃えてるし取り寄せにも対応してるみてぇだったぜ」
「お!マジかよ!欲しいシューズあったんだよな、俺も今日の放課後覗いてみるぜ、場所は?」
「スーパーの斜め前にあったな、看板も結構でかかったからすぐに分かると思うぜ」
「サンキュー!しっかし昨日は10万なんて大金使いきれねぇよとか思ってたけどこう考えると結構そうでもねぇな」
須藤のその言葉を象徴するように鞄にはジャラジャラとキーホルダーが着いており首には昨日は巻かれていなかったネックレスがこれでもかと言うくらい存在感を放っていた。コイツ初日で幾ら溶かしたんだ?どれここは一つ同じスポーツマンの好でお節介でも焼いてやるか。
「ったく、10万もポンと渡されてテンションが上がんのは分かるけどよ、あんま無駄遣いし過ぎんなよ」
「は?いいだろ別に、どうせこれから毎月10万貰えるんだしよ!マジで高度育成高等学校様々だぜ」
「バーカ、昨日茶柱の奴毎月10万くれるなんて一言も言ってなかったろ」
「あ?そうだったか?まぁそれにしたって毎月金は入ってくんだからよ、使わなきゃ損だぜ」
駄目だコイツ、浮かれきって俺の話なんて聞く気がありゃしねぇ、これ以上何言っても無駄だろう。しかし昨日険悪だった俺達が話してるのがそんなに物珍しいのか周囲の視線をひしひしと感じる。俺は小さく舌打ちをして視線を無理矢理反らさせるが1人だけ茶髪の無気力そうな野郎だけが俺から視線を外さなかったのが妙に印象に残った。
そんな事はさておき授業が始まっていくわけなんだがまぁ最初の授業ってのはお決まりの担当教師の自己紹介と授業の方針の説明だ大半の時間を使って終わりって訳だ。隣の席のバカは一時間目開始10分もたたずに机に突っ伏し30分も経った頃にはイビキをかきはじめやがった。しかし別にそれは須藤に限った話って訳でもなく大なり小なり寝てるやつや携帯をいじる奴、私語をする奴の姿は散見されるが奇妙な事に教師は一時間目から四時間目の間で誰1人としてそれらこ行為を口に出して咎める奴はいなかった。どうやら注意もせず成績表から点数を引く陰険な奴らでこの学校の教師は構成されてるらしい。いや、ここまでくると案外学校の方針でそう決められてるのかもな、理由は分からねぇが。ちなみに俺の授業態度は模範生徒そのものといっても過言ではなかっただろう、中学の時に散々一之瀬に注意され続け、昨日も今朝も授業は真面目に受けろとありがたーいお小言を頂戴したからな、アイツの事だから最悪クラスの連中に聞きまわって……てのも考えられる。というか昨日入学式をバックレたのがバレてた訳だから十中八九そうするだろう。
そんな下らない事を考えていると4時間目の授業が終わり昼休みの時間となる。
「えーっとこれから食堂に行こうと思うんだけど誰か一緒にいかなかいかい?」
そんな声がしてふとそちらの方に視線を向けると声の主は昨日自己紹介を主導で進めていた爽やかイケメン野郎だった。既にクラス内での人望が厚いのかこぞって女子達が立候補し奴の周りに群がっている。ふと平田の視線がある箇所で止まったためその視線の先を追うとそこには朝の無気力野郎の姿があり、視線で自分も行きたいと訴えているのが丸分かりだった。しかし哀れかな、イケメン野郎は女子達に急かされ食堂へと姿を消すと無気力野郎は妙にしょんぼりした様子で俯いていた。仕方ねぇ……一之瀬にも交遊関係は広めておけって言われたしな、そう思い俺は席を立ち無気力野郎の元へ向かう。
「よぉ、もしだったら一緒にメシ食いにいこーぜ」
そう声を掛けると俯いてた奴はバッと顔を上げて俺を見た途端に固まりやがった、失礼な奴だな。
「んだよ、別に奢れとか言わねーよ、さっき食堂に行きたそうにしてたし俺も行きてーんだよ、ほらどうすんだ?嫌なら1人で……」
「よし行こう」
コイツ……俺の言葉に被せてきやがった……どんだけ1人で飯食うのが嫌なんだよ。
「じゃいこうぜ、もたもたしてると席埋まっちまう……あー」
しまった、そういや俺自己紹介の時いなかったからコイツの名前分かんねーや。てかコイツも俺の名前知らないだろうしな。
「綾小路、綾小路清隆だ……あー」
「荻野吾郎だ、んじゃ行くか綾小路」
俺達は食堂に着くと券売機に並び自分の順番が来るのを待つ。といっても微妙に時間がずれてるせいかそんなに待たないで自分達の番になるのだがここであるメニューが目についた。
「山菜定食……?無料ってマジかよ」
「生活用品の他にも無料品ってあるんだな、まぁ無料だから味はお察しなんだろうが」
「ものは試しだ、俺はこれにするぜ、普通に旨かったら今度から昼飯代浮くしな」
「チャレンジャーだな、俺は無難にミックスフライ定食にしておこう」
食券を出すとすぐに注文した物がお盆に乗って出されたため俺達は空いている席を探し回ること数分。どうにか空いていた二人掛けの席を見つけ食事にありつく事に成功する。さて改めて自分のお盆に乗った山菜定食のメニューを吟味すると白米、味噌汁、味の薄そうな山菜のおひたしといかにもべちゃべちゃしてそうではあるがふきの天ぷらで構成されている。対面に座る綾小路も興味があるのか俺の山菜定食を覗き込んでいた。
「意外と普通に定食なんだな」
「まぁな、てかこれコロッケとか野菜炒めとか単品で頼めば普通に定食として体を成すな、もっとも無料ってのが売りだからわざわざそんな事をする物好きはいねぇか」
そう言いながら天ぷらを口の中に放り込む……昨日の一之瀬の作ったナポリタンと比べるのもおこがましいくらいの出来だな。やっぱ無料のもんに期待するだけ野暮か。
「そんなに微妙か?」
表情からこの定食の味を察したであろ綾小路が俺に味の感想を求めてきた。
「まぁ……確かに無料じゃなかったら食わねーわな、ただそれを差し引いても無料ってのはデカイと思うぜ」
「確かにな、既にクラスの中ではポイントを半分近く吐き出したと言ってる奴もいるし意外とその定食にはお世話になるのかもな」
しばらく無言でお互い飯を食う時間が流れるが高校男子ともなれば定食一つにそんなに時間は掛からない、水を飲みながら互いに世間話に花を咲かせていると音楽が流れ放送が始まる。何でも今日の17時から部活動の説明会があるそうだ。ちょうど話題の種がやってきたためか綾小路から部活についての話題が振られる。
「荻野は体格が良いが部活に入る予定はあるのか?」
「あぁ、野球部に入る予定だぜ、綾小路は……お前面白い筋肉の付き方してんな、なんかスポーツやってたのか?」
「いや?ビアノと書道なら習ってたが、スポーツは特にやってないな、ちなみに俺は帰宅部の予定だ」
「そうか、お前ならどの部活に行っても結構いい線行きそうだけどな、そうだ折角だし連絡先、交換しようぜ」
「良いのか?」
「良いのかってなんだよ、俺から頼んだだろ?まぁ部活で放課後とか休みの日は殆ど時間が潰れるだろうけどよ、暇な時があったら遊びにでも誘ってくれよ」
こうして俺は綾小路と連絡先を交換した。綾小路は連絡先に他人の名前が嬉しいのかマジマジと連絡帳の所を見つめていた。もっともコイツあんまり表情が変わらないから嬉しかったのか、他の感情からなのかは分からないが。
俺達は休み時間が残り少なくなってきたため教室へと戻り大人しく午後の授業を受けた……受けたと言っても午前と大して変わり映えのしない授業だったし、腹が膨れたからか明らかに居眠りする奴等が増えていたが。そんなこんなで待ってました放課後、部活説明会の時間までは30分位あるしどう時間を潰したもんかと思案していると須藤に声を掛けられた。
「荻野、一緒に説明会いこーぜ」
「あいよ、待ってました」
多分須藤から誘われるだろうなと予想していた俺は奴の方へ振り向く。すぐに行くのかと思っていたがどうやらそういう訳でもなさそうだ。
「池!山内!お前らも行くんだろ?一緒に行こーぜ」
須藤の呼び掛けに応じてこちらの方に寄ってきたのは二人の生徒達だった。
「んお!?おい須藤!もう1人来るなんて聞いてねーぞ!」
茶髪のなんともノリが軽そうな男子が須藤に抗議の声を上げている。そういや俺のクラスでの心象、最初のアレで最悪だったな。
「あ?昼休みに言ったろ、コイツワリィ奴じゃねーよ」
「お邪魔なら俺ぁ抜けるぜ?別に1人でも構わねぇしな」
「っと気を悪くしたならすまねぇ!俺は池寛治!目標はDクラスで一番最初にキャワイイ彼女を作る事だ!よろしくな!荻野!」
「俺は山内春樹だ、中学の時は背番号四番でエースだったぜ!」
「オイオイ、背番号四番はセカンドの番号だろ、てかお前ぜってー嘘だろ」
まだこいつより綾小路の方が筋肉は付いてたぞ、山内はバレたかと頬を掻きながらヘラヘラとしている。こいつら軽そーな奴だな、本当に部活入る気あんのか?まぁ関係ねーか。俺達は早めに体育館へ着くと話題は年相応の男子らしい話へとシフトする。
「荻野はクラスで誰が一番好みなんだ?」
池からそんな質問を投げ掛けられるが生憎クラスメイトの女子なんて1人も顔を覚えちゃいない。その事を伝えると返ってきたのはため息だった。
「お前なぁ~!せっかくそんなイケメンに生まれたんだから選り取りみどりだろ、気にしとけよそういう事は~」
「あっ櫛田ちゃん狙うのは止めろよ!櫛田ちゃんは俺の櫛田ちゃんだからな!」
「だから名前言われてもわかんねーっつーの!」
「オイお前ら下らねぇ話はその辺にしとけ、始まるみたいだぞ」
まさか須藤に注意されるとは……とそんな事は置いておいて俺も説明会に意識を集中させる。しかしなんつーか、ここまでの説明会を聞いての印象はパッとしねぇな、上を目指すってよりは趣味の延長のようなイメージだ。そして遂に野球部の説明会の番が来た、壇上に上がったのはユニフォームを身に纏った厳格そうな雰囲気を持つ生徒だった。
「野球部だ、我々の目標は無論甲子園出場だが情けない事にこの学校が設立されて10年間その目標は達成されていない、遊び半分の入部希望者は必要ないので来ないで頂いて結構、本気で野球に取り組む生徒だけを我が野球部は待っている、以上」
他の部と比べて実に短い説明だったし内容も衝撃的だった、その証拠に周りの生徒は明らかに引いている……が俺は口角を吊り上げていた。
「これでどうしようもないお遊戯野球クラブだったらどうしようかと思ってたが……いいじゃねぇか、燃えてくるぜ」
俺はそう呟くと須藤も「俺も負けてらんねぇ」と闘志を燃やしているようだった。俺は昂る気持ちを発散すべく三人に断りを入れて真っ直ぐに帰宅し速攻で着替えてランニングを始める。
「待ってやがれ野球部、待ってやがれ甲子園!」
気がつけば大量の汗をかきながら日が落ちるまで走り続けていた。ちなみにこれは完全に余談なのだが俺は携帯端末を部屋に置きっぱなしにしていたため一之瀬からのメールと着信を完全に無視しており、お冠だった一之瀬の機嫌を直すのに一苦労したってのはまた別の話ってやつだ。