「ん?」
夜を迎えたスーツケースの中に入った私は、微かな話声を聞き取った。だが、その話声に覚えはない。誰かがテレビをつけたままにしたのか。それともTTTがなにかしているのか。そんなことを考えながら、私は音が聞こえる共有スペースの方へ向かった。
共有スペースに顔を出すと、薄暗い室内に、テレビの明るさが溢れていた。やっぱり誰かがテレビを消し忘れたのだろうと思い、足を踏み入れた時、ソファに誰かが座っているのに気付いた。
「……エターニティ?」
白く長い髪に、白のガウンコート、白のネグリジェ、全身を真っ白に染め上げている女性について思い当たる名前は、私にはそれしかなかった。
「あら、お帰りなさいベルティ」
「うん、ただいま。それで、何をしているの? テレビなら部屋でも見れると思うんだけど」
スーツケースの住人には一人ずつ部屋が割り当てられていて、人にはよるものの、大抵のものはそろっている。テレビもその一つで、わざわざこんな夜更けに、共有スペースにまで足を運ぶ必要はないはずだ。
「それなんだけど、少しテレビの調子が悪くて……だから、ここで過ごそうと思ったの」
エターニティは申し訳なさそうな表情を浮かべながら理由を述べた。
「そう、じゃあ明日、調子を見に行くよ」
「えぇ、ありがとう。───そうだわ、お嬢さんも一緒に夜を過ごさない?」
折角の提案だったが、私は首を横に振った。
「遠慮しておくよ。邪魔をしてしまっても悪いし……気遣い、ありがとう」
「あら、邪魔なんて思わないわ! 案外夜というものは寂しいのよ?」
エターニティは、ほら早くと急かすように、体を横にずらしてソファにスペースを作る。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
私はソファに腰を沈める。ギッという音が静かな部屋に響いた。
「外は寒かった? ほら、さっきまで私がくるまっていたから暖かいわよ」
エターニティはさっと私にブランケットを共有してくれた。確かに彼女の言う通り、ブランケットには体温が残っており、暖かい。
「ありがとう」
「どういたしまして」
エターニティがそう答えたとき丁度、テレビから小気味よい音楽が発せられた。
『さぁ、今晩もザ・トゥナイト・ショーのお時間となりました』
「君はいつもこんな夜を過ごしているの?」
私がそう尋ねるとエターニティは少し困った表情を見せた。
「……いつも、と言われるとどうかしらね」
ザ・トゥナイト・ショーが喧しく、それでいてどこか単調で、ぼーっと聞き流してしまえるような言葉の羅列が、私と彼女の沈黙を埋める。
「あぁ、そんな顔をしないで頂戴、お嬢さん。何も聞いちゃいけないことじゃないわ。……ただ、どこからがいつもと呼べるのかしらと思ってしまっただけよ」
私はどんな表情をしていたのだろうか、彼女は慌てて言葉をつむぎ、私を心配そうに見つめた。
「そうね────あたしが前に言ったことを覚えている? どんなこともお金さえもらえれば話してあげるって」
「うん、覚えてる。もしかして有料な話だった?」
「ふふっ、あたしのことそんなにがめつい商人だと思っているの? 今日はもう店じまいよ。……これは夜を一緒に過ごす年下の女の子に向けたお姉さんの昔話よ」
エターニティはいつもの怪しさをちょっぴり含んだ笑顔で語り出した。
「パチリ、パチリと薪が爆ぜて、トロトロと揺れる赤い炎が目の前をちらつく。────暖炉の火は定期的に薪を放り込まなければ消えてしまうわ。だから私は暖炉の前で静かに暖かさを続けるために薪を放り込むの。こっくりこっくり安楽椅子を漕ぎながらね……それは、それはさみしい夜だったわ」
エターニティの口調はゆったりと、一つ一つの情景、音、暖かさを瞼の裏に描き直してから口に出しているかのように語る。
「寂しい?」
「そうよ。暖炉の傍にはあたししかいなくて、今みたいにトゥナイトショーが言葉を振りまいてもくれない。あるのはきぃきぃきしむ安楽椅子と薪の爆ぜる音だけよ。それを明け方まで繰り返して、暖炉の赤が、空に移り住み始めた頃になってあたしはソファに移るの」
「じゃあ、夜はずっと一人っきり?」
「えぇ、そうよ。でも、誰かが見ておかないと寒いままなのよ? もう大丈夫だと思った頃に暖炉の横で静かに眠る。それが長い間続けていた夜の過ごし方だった」
エターニティは両ひざを抱え、その上にこてんと首をかしげるように顎を載せた。その両目は優しく閉じられ、懐かしい昔を想起して、映し出すシアターの役目を瞼が負っていた。
「けれどね、ヴェルティ────今は違うわ。今ならダンスパーティーもソファも、29インチのブラウン管テレビもあるわね。それに貴方も」
「私……?」
「そう、大いなる嵐の中を一人歩む者、タイムキーパー……そして、今あたしの横で過ごしてくれる可愛い子よ。貴方がいてくれるから、今あたしは寂しくないの」
「……そっか、ありがとう」
「あぁ、そうだわ。明日は暇かしら? もしよかったら、ローンボウルズをしに行きましょう」
「ふふっ、喜んで」
夜は更ける。薪をくべ続けなければならない暖炉よりも暖かい二人の人物はゆったりとお互いの話をし続けた。
放送休止中のカラフルな画面がブツリと切り替わり、画面に赤い服を着た少女が映る。朝の番組にはまだ早い。彼女はTTT。テレビの中に住む神秘術家で、噂話が大好きな
「ねーねー、誰かテレビ消し忘れてるよ~?? アレ? ヴェルティとエターニティ……きゃー! まるで親子みたい! ふふっ朝のニュースは決まりね! こうしちゃいられないわ、オニオンに早く伝えないと!!」