「相席いいかな?」
お昼には少し早いのに席が埋まってしまっているカフェテリアで、机に課題を広げていた私へ、そう声を掛けてきた女性は、にこやかに笑って言った。
「・・・・・・どうぞ?」
積み上げていた資料を動かす。季節はずれと思える青いマフラーを首に巻いた女性はありがとうと言って席に着く。
彼女はカフェラテとオムレツ、トーストにサラダといういかにもな朝食と今日の朝刊をテーブルに置く。そして、カップに口づけし、カフェラテを少し口の中へ流し込んだ。
彼女は自分のルーティンをテキパキとこなす。それはまるで機械が定められた動きをなぞっていくように、気まぐれを挟まない動きで、カップをソーサーに戻すと、今度はトーストを口に運び、新聞を開く。
私は彼女の新聞へ視線を送る。───今日の一面は怪盗現る。短い見出しだが、それで十分人の目を引けるのだろう。
「それは、大学の課題かい?」
女性の声に私は視線を新聞から離す。女性は新聞の端から薄い青の瞳を覗かせていた。
「そうだけれど・・・・・・?」
「いや、ずいぶん難しそうだなって思ってね。私も大学の講義を聴いたことがあったけれど、そのとき聴いたものより高度な内容だ」
「そうかしら、普通の内容だと思うのだけれど」
女性は新聞を側に置き、私をまじまじと見つめた。
「でも、君にとっては少し難しかったんじゃないのかい? 目の下にクマができてる。夜更かししたんだね」
女性はクスリと笑いながら自分の目の下を指し示した。
「───え、えぇ、そうね。教授ってば、いきなり課題を出すんだから、手間取っちゃって」
「へぇ、それは災難だったね」
労いに他人の不幸と言う少しの蜜を混ぜた言葉を女性は口にする。スゥと細められ、笑いを表すように曲がった線となった女性の双眸にも、それが現れていたが、私はそれに何故かちょっぴりの恐怖を覚えた。
「・・・・・・そうだ、がんばる若人にお姉さんから贈り物をあげよう。ちょっと待ってて」
なにか不味いのではないかと思い始めた瞬間、女性の雰囲気は、まるで別のモノに入れ替わったかのように変化した。そして、私が答える間もなく席を立ち、歩いて行ってしまった。
『メラニア、あの白髪の彼女、気をつけた方がいい』
女性がどこかへ行ってしまったのを見計らったように、私の鞄が小声で囁く。
「分かってる、アッシ先生。彼女、何か気づいてるようにも思える。けど、昨日の私は完璧だったハズ・・・・・・アッシ先生もそう思うよね?」
『メラニア、確かに昨日は完璧だった。でも、その前は? もしかしたら彼女、ずっと君を追っているのかもしれない』
そんなことは、と言いたくなる思いをぐっと押さえる。思い出すと、彼女の行動すべてが、何か意図のあるモノのように思えてきてしまう。
「はぁ、頭痛くなってくる。甘いモノがほしいわ」
本当に初めて出会ったのが今日だったのか、よく思い出そうとしていた時だった。
「やぁ、お待たせ」
女性がカップを一つ持って帰ってきた。
「はい、頑張る学生さんにお姉さんからのプレゼントだよ」
そういって差し出されたカップを、私はおずおずと受け取る。
「これって───」
カップから香る香りはカフェモカ。それも、このカフェテリア特製のスペシャルレシピ。それは、私が最近好んで飲んでいたものだった。そして、先ほど欲しいなと思ったもの。
「その顔、プレゼントに満足してくれたみたいだね」
「なんでこれを・・・・・・」
「君は頭を使っていただろう? それに夜更かししていた・・・・・・なら、糖分とカフェインの接種が必要と思ったわけさ」
女性は得意げに推理を披露する。
「・・・・・・財団には探偵もいるの?」
「さぁ、私は聴いたことないね。これはちょっとした職業病みたいなものさ」
彼女は一体どういう人物なのだろうと、貰ったカフェモカに口を付けながら考える。
人を観察する仕事。先ほどの口振りから財団にはそれほど詳しくない。この場所には様々なアルカニストがやってくるが、女性の服装はあまり動きやすそうとは言えない。恐らく内勤なのだろう。
彼女の姿でもっとも目を引くのは青いマフラー。しかし、これは彼女の仕事を特定する手がかりにはならない。あとはヘッドフォンぐらいだろうか。
「ふふっ、ずいぶん熱心に見つめてくるね。気になるかい?」
私はコクリと頷く。彼女から得られる情報は少ない。どこにでもいる一般人、そうとしか思えなかった。
「残念、そこまで興味を持ってくれるのはうれしいけど、教えることはできないんだ」
申し訳なさと嬉しさに少しの意地悪さを混ぜた返事が返ってくる。
「さて、あまり邪魔するのも申し訳ないし、私はさっさと食べてしまうよ」
ちらりと時計を確認して彼女は食事を再開し始めてしまった。
きっともう彼女は質問しても答えてはくれないのだろう。私も渋々ながら課題を再開した。
コトリとソーサーにカップが戻される。その音に視線を向けると女性の食事は終わったようだった。
「ふぅ、食べた食べた。じゃあ私はこれで失礼するよ」
楽しい食事だったよと彼女は告げ、席を立ち上がる。
だが、立ち上がった彼女は、私を見下ろして少し考える仕草を見せる。そして、先ほどまで読んでいた新聞を私に差し出した。
私がそれに困惑していると、彼女は口を開いた。
「君にあげるよ。一面の記事、読みたいんだろう?」
読みたかったのは事実だったため、私は新聞を受け取る。すると彼女は私の耳元の口を近づけて囁いた。
「昨晩はとっても格好良かったよ、怪盗アッシさん」
私は驚愕と焦燥に突き飛ばされて、女性から距離を取る。だが、彼女はただにっこりと笑って、席から去ったのだった。
ふわぁと大きなあくびをするコーンブルメを見つけた私は、彼女に近づいた。
「やぁ、コーンブルメ。眠たそうだね」
「ん? あぁ、ヴェルティ。昨晩とても面白いことがあってね、ずっと聴いていたんだ」
もう一度コーンブルメは大きなあくびをした。彼女が何かに耳をそばだてていることはよくあることだが、一体何を聴いていたのだろう。気になった私はそれを尋ねた。
「とびきり可愛い怪盗が誰にも気づかれることなく、宝石を盗み出したんだ。泥棒はいけないことだけど、ああも綺麗に盗むなんて・・・・・・私はファンになってしまったのかも」
楽しそうなコーンブルメの語り口を聞いてくるうちに、私もその話を聞いてみたくなった。だが、彼女に聞いても、どんな番組名だったのか教えてくれなかった。
「・・・・・・ミスラジオに聞けば教えてもらえるかな」
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