Reverse:1999 短編集   作:ぱる@鏡崎琴春夜

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私の愛しき十四行詩

「タイムキーパー、こちらを受け取っていただけますか?」

「? うん、貰うね」

 私は差し出された洋封筒を受け取る。表面は真っ白で、隅の方に財団のマークが薄く印刷されている。そこから財団が施設内で売っている一般的なレターセットのものだと分かった。しかし、いったい誰が送ってきたのだろうか。洋封筒には何も書かれていない。私は、誰からか尋ねようと顔を上げる。だが、手紙を持ってきた助手、ソネットは既にいなかった。

 聞けないのなら自分で開くしかないか。とペーパーナイフを手に取り、洋封筒を開けた。

 

 

 

あなたは帽子を目深に被り、

傘を開いて、雨中を歩く。

 

ぴちゃりぴちゃりと足音が、

ぴたりぴたりと消えていき。

 

あなたは鞄をしっかり握り、

傘を開いて、雨中を歩く。

 

ガヤガヤと聞こえた喧騒も、

サァサァと雨に消えていく。

 

あなたは時計に目を落とし、

傘を開いて、雨中を歩く。

 

シーンとなった世界の中で、

ぽつりと一人小さく呟いた。

 

ただ時代が一つ消えただけ。

傘を開いて、雨中を歩く。

 

 

 

 洋封筒の中には一枚の便箋が入っていた。便箋に書かれていたのは十四行の詩。私は詩の内容とそれを書き連ねた筆跡に見覚えがあった。

『雨上がりに立つあなたを綴った十四行詩』

 文末に書かれたタイトルを小声で読み上げる。そこで、私はやっと、手紙を持ってきた彼女が何故すぐに居なくなってしまったのかを察した。

 

 テーブルの上に、十四行詩を置く。便箋はついた折り目によって紙が持ち上がり、それが開いた窓から吹き込んだ風によって、注目しろとばかりにひらひら揺れる。

『傘を開いて、雨中を歩く』

 ソネットにそんな姿を見せたことがあっただろうか。

 目を閉じ、瞼の裏に記憶を映す。雨の中を歩いた記憶は何度もある。

 春の雨、夏の雨、秋の雨、冬の雨。

 冷たく、涼しく、寂しく、痛くもあった。

 でも、あの十四行詩の雨はきっと違う雨だ。

「……私は何と返すべきなんだろう」

 今日が何も予定の入っていない休日だったのは幸運だったのか不運だったのか。そう十四行の短くも強い思いの込められた一枚の便箋について考えることを避けてしまう自分に少しだけ嫌悪感を抱く。

 今までの記憶。彼女との思い出。それを思い出せば答えは決まっているはずなのに、恐れている自分がいる。

 初めての雨。ロックと潮風の香りを信じながら浴びた雨。狂騒の中で傘をさすことができなかった雨。様々な雨が記憶から浮かび上がる。

 また取りこぼしてしまうのではないかと、拒んでしまいたい自分がいるのだ。

 私は目を開けた。

 もう一度、便箋の十四行詩を読みなおす。

 拒みたいと恐れる想いは変わらずある。だが、やはりちゃんと答えるべきだとそれを抑え込む。

 スゥと息を吸い込み、ペンを握った。

 

 

 

 

 あぁ、どうしましょうと私は悩んでいた。

 マチルダが今日行動を起こすと吉であると言ってくれたのを信じ、行動したのだが、改めて考えると恥ずかしさと後悔が押し寄せてきたのだ。

 タイムキーパーが私のことをどう思っているのか私はわからない。悪いようには思われていないと信じているのだが、私の十四行詩を受け取り、応えてくれるのか、振られてしまうのか、それを確かめるのが怖くて、自室に帰ってしまった。

 せめて詩を読んでどのような反応をするかまでは見ておけばよかったと思うが、今更戻っても不審だろう。なにより、タイムキーパーが意味に気づいていれば、私は相当恥ずかしい思いをすることになるだろう。

「……誰かに様子を見に行ってもらうのは」

 マチルダ、Miss.サザビー、Ms.ドルーヴィス…と何人かの候補が浮かぶ。

「いえ、皆さん忙しいでしょうし、やめておきましょう」

 しばらく私は考えこんだが、気になるものはやはり気になり、タイムキーパーの元へ足を運ぶのだった。

 

 

 

「タイムキーパー、いらっしゃいますか?」

 コンコンとノックするも返事は無い。

「タイムキーパー? いらっしゃらないのですか?」

 今日は休日だから、どこかへ出かけてしまったのだろうか。

「あら……開いてる」

 ガチャリとドアノブを捻り、小さく押してみると扉に鍵がかかっていなかったようで、キィと蝶番の軋む音を立てながら、扉は開かれた。

「───失礼します、タイムキーパー」

 勝手に入ってもいいだろうかと逡巡してしまうが、好奇心が勝り、部屋の中に足を踏み入れた。

 数時間前に訪れた時と変わらない室内。様々な場所を巡った時に持ち帰ったであろう私物が並び、一見綺麗なように見えて少し埃をかぶっている。大人になってしまったかのように様変わりした彼女にも変わらない一面があることを教えてくれる部屋だった。

 室内を見渡すも、やはりタイムキーパーはいない。しかし、窓は開けっぱなしで、鍵も掛けていないとなると、どこか近場に出かけたのだろうか。

 そうして観察し続けていると、机の上の様子が変わっているのに気が付いた。

 私の十四行詩とノート、ペンは片付いていたが、インク壺がノートの横に置いたままだった。

「何か書き物をしていらっしゃったのでしょうか……?」

 パタリと閉じられたノートの中身を覗きたい好奇心が、積乱雲の様にモクモクと立ち昇ってくる。

「流石に、書き物を見るのは……きゃっ」

 私の十四行詩とは何の関係もないメモを残しておくノートだった場合、機密的な意味で見てはいけないモノが書かれているかもしれないと自分の心を律した瞬間、窓から風が吹き込んだ。

 朗らかな陽気だったウィルダネスの天気は、その持ち前の気まぐれさを発揮し、風を強くし始めたようだった。

「閉めておいた方がいいでしょうか」

 乱れた髪を、手櫛で軽く整えながら独りごちた私は、倒れてしまったものが無いか部屋を見渡す。そして、私は再び机の上に目を引かれたのだった。

「この洋式封筒は……」

 風でパラパラとページが捲れたのだろう、ノートが開いていた。開かれたページには見覚えのある洋式封筒が挟まれていた。

 そう言えば、便箋はあっても封筒は無かったなと今更ながら気づき、自分が開いたのではないと言い訳をしながら、封筒が挟んであったノートのページに目を通した。

 

 

陽色の君の髪が揺れ、

クスリと口元綻んだ。

 

緑灰色の瞳が揺れる。

驚き慌てる手元の杖。

 

鈴の音の様な君の声。

傍に立つ君が心強い。

 

傘の下は足音が二つ。

触れ合う肩の暖かさ。

 

雨の中に人影が二つ。

声は雨音でも消えず。

 

月の下には私達二人。

詩交わす君の愛しさ。

 

雨は未だに降り続く。

上がらず永久に降れ。

 

 

 

 読み取れる詩はそれだけだったが、書いた上からグチャグチャと塗りつぶされた数行の文章が、タイムキーパーの試行錯誤を分かりやすく示していた。そして同様に、私の十四行詩への答えも分かりやすく示されていた。

 ふふっ。と安堵の笑い声が洩れる。

 その時だった。

 

「……ソネット?」

 石化のスペルを受けた時の様に体が固まる。

「確かに部屋の鍵は掛けていなかったけど……」

 ギギギとゆっくり顔をタイムキーパーの方へ向ける。

「その、これは、風でページが捲れて、私が自分で読もうと思った訳でも……」

 ぎこちなく言い訳が口から漏れ出る。だが、私はまた一つミスを犯したのかもしれない。

「ページって───まさか、見たの!?」

 素っ頓狂な声を上げて、タイムキーパーは私の元に、いえ、机の上のノートに向かって駆け寄ってくる。そして、ノートを取り上げ、ぎゅうと抱きしめた。

「……読んだのはどこ?」

「洋式封筒が挟まれていたページだけです。タイムキーパー」

 頬を朱色に染め、いつもより二割増しのジト目でタイムキーパーが私を見据えた。

「本当に?」

「神と財団に誓って、本当です」

 事実、他のページは読んでいない。胸に手を当て真っすぐに宣誓する。

「……わかった、信じるよ」

 タイムキーパーは、机の対角線上にあるベッドの方へノートを置く。

「鍵を開けたまま外出した私にも非はあるしね……それに、読んでも問題ない部分だったようだし」

 どうやら私の行いを許して下さるようだった。

「えっと、素敵でしたよ? タイムキーパーの詩。特に傘の下に足音二つというのは、私の十四行詩になぞらえた表現で───」

「ちょっと!」

 わぁっとタイムキーパーはMr.アップルの様に顔を真っ赤にして私の声をかき消しました。

「恥ずかしがらなくても……とても情熱的で私は好きで」

 最後まで言い切る前に、タイムキーパーが私の口を手で塞ぐ。

「初めて書いたものだから───評論は要らないよ。君のただ一言、嬉しいという感想だけで充分だから」

 多弁という方ではないタイムキーパーなのに、今は恥ずかしさの熱に浮かされ、目尻には小粒の涙さえ浮かばせて、必死に言葉をつむいでいる。見たことのない彼女の一面に、怒られている最中なのに、私は喜びが込み上げてきた。

「……本当はきちんと返信した後でOKをしようと思っていたのに」

 手を放してくれたタイムキーパーが、小声でそうつぶやいた。

 

 

 

「でも、見られたものは仕方がない」

 そう言ったタイムキーパーは続けて、ソネットと私の名前を呼んだ。私はそれにはいと短く答える。

「君の気持ちはよく分かった……きっとこれからも危険なことがあると思う。あの数学の島の時の様にね。それでもいいのなら、私は君の気持ちに応えたいと思うんだ」

 まだ恥ずかしさが抜けきっていないタイムキーパーのはにかんだ笑顔に、私は答えとして口づけをした。

 

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