ラスト・オブ・リアル・ワンス   作:さくらのみや・K

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第Ⅹ病 禁じられた愛

 深夜。

 

 LEDのシーリングライトは消され、月明かりが差し込むだけの部屋。

 自分の影で、手元も見えないほど暗かったが、綾瀬は迷いなく鍵盤を叩いていた。ヤマハのアップライトピアノも、ショパンの子犬のワルツも、幼い頃からの付き合い。文字通り、目を閉じたままでも弾けた。

 

 子供の頃、ピアノ教室では色んな曲を教わり、ショパンの曲もいくつも覚えた。その中でも、ワルツ第6番 変ニ長調 作品64-1……通称“子犬のワルツ”は、綾瀬の一番の得意曲だった。

 小学生の頃、縁の前で初めてピアノを披露した時、彼が一番好きだと言ってくれた曲だった。この曲を演奏する度、縁と出会ったあの頃のことを思い出す。

 

 

 二人が初めて出会ったのは、小学校二年生の頃。

 帰る途中、通学路の公園でいじめられていた縁を助けたのが綾瀬だった。当時、他の男子と何度も言い争うくらい負けん気が強かった綾瀬は、一人で彼をいじめる他の男子を追い払ったのだ。

 助けてあげた後も、泣き止まない縁の手を取り、彼の家まで送り届ける。

 縁が、綾瀬の家の隣に住んでいたことを知ったのは、その時だった。

 

 全てはここから始まった______

 

 当時から、家を空けることが多かった野々原家。

 その事情を知った綾瀬と彼女の両親は、縁と渚を、本当の家族のように迎え入れた。学校から帰ってから、夕飯を食べるまで、三人はいつも一緒で、同年代の三人は食器も共用だった。何なら、兄妹の両親が帰って来れない時は、お風呂もベッドも一緒だった。

 学校でも、引っ込み思案な彼を気にかけて、綾瀬はいつも縁の側にいた。やがて縁に友達ができても、一番一緒に居る時間が長いのは綾瀬か渚だった。渚も、当時は頼れる姉的な存在として綾瀬に懐いていて、綾瀬も、渚を本心で可愛がっていた。

 6年生になり、縁が良舟を受験すると言い出した時も、綾瀬は必死になって後を追った。彼女の両親は戸惑ったが、ずっと自分の子供たちの面倒を見てくれたお礼と言って、縁の両親は、綾瀬の分の塾代も工面してくれた。

 

 しかし、三人の関係にわずかな暗雲が立ち込める。

 それは、渚の縁に対する感情が、徐々に露わになり始めたからだった。

 

 中学生になり、子供達は少しずつ大人に近づいていく。縁もかつての気弱さは消え、逞しい少年へと成長していった。傍で見続けていた綾瀬は、いつの間にか、彼への感情が変わっていたことに気付く。

 

 “守るべき存在”から、

 “好きな人”へと______

 

 一方で、同じ感情の変化が、渚にも起きていることに綾瀬は気付いた。

 

 同じ血を分けた兄妹同士。

 許されないことだが、綾瀬には「実の兄妹なのに」という偏見は無かった。

 縁と同じだけ渚のことも見てきた綾瀬には、渚の気持ちが痛いほど理解できたからだ。

 幼い頃から、両親が側にいない二人。一番近くにいて唯一頼れる肉親は、兄の縁だけ。綾瀬といるときも、渚はいつも縁の手を離さなかった。縁の帰りが遅かったりすると、幼い渚はいつも兄を呼んで泣きじゃくり、心配させた彼を綾瀬が説教するのも、三人の日常の一コマだった。

 

 渚の気持ちはよく分かる。

 だからこそ綾瀬は苦悩した。

 

 これからも家族であり続けるべきか、

 縁の恋人を目指すのか______

 

 前者を取れば、綾瀬は自分の気持ちを無視して、苦しみ続けることになるだろう。

 でも後者を取れば、必ず渚と衝突することになるのは分かっていた。そもそも、縁が受け入れてくれるかも分からない。

 

 綾瀬は一人、日増しに大きくなる感情に張り裂けそうな胸を抑えながら、思い悩み続けた。

 

 

 あの事件が起きたのは、その最中だった______

 

 

「……っ!」

 綾瀬は両手で、乱暴に鍵盤を叩きつけた。

 防音壁材を張った部屋に不協和音が響き、静寂が訪れる。

 

 三年前の事件は、綾瀬の心に大きなトラウマを残した。

 

 思い悩む一方で、綾瀬は、三人の平穏な日常がいつまでも続くと信じていた。心のどこかで、このままが良いと願っていた。

 

 だが、想い人が死の淵を彷徨う様を見せつけられ、綾瀬はその日を境に変わってしまった。

 彼を止められず、守れなかった後悔。

 だが何より、自分の気持ちを二度と伝えられなくなることへの恐怖と焦りが、綾瀬の心を歪めてしまった。

 

 

 三年前のあの日から、少しずつ時計の針はスピードを上げていく。

 縁は奇跡的に回復し、いつしか日常が戻っていた。しかしそれは、もの凄い速さで過ぎ去って行った。

 

 気がつけば、もう高校2年生になっていた。周りは少しずつ、進路の話をし始めた。

 それは、綾瀬も縁も例外ではない。

 

 

 もう、いつ破綻するか分からない。

 いつからかカバンに忍ばせるようになっていた五寸釘を、渚や障害になるかもしれない他の誰かに突き刺す日が、きっと必ず訪れる。自分でも危うい自覚はあったが、それを止める方法が、綾瀬には分からなかった。

 

 

 もう私は間違わない。

 今度は絶対に、縁をあんな目には合わせない。

 

 そして、縁と同じ人生を歩みたい。

 この想いを伝えたい。

 

 

 だけどもう、

 時間が無い______

 

 

 月明かりが差し込む部屋で、綾瀬は再び、ピアノの鍵盤を叩き始めた。

 

 

 

 *******************

 

 

 

 同時刻。

 

 部屋の灯りを消そうとした縁は、ドアを叩く音を聞く。

「どうした?渚」

 部屋のドアが開き、パジャマ姿の渚が入ってくる。

「ごめんね、こんな時間に」

「ああ。でも良いのか?休みだからといって、夜更かしはよくないぞ」

 明日は日曜日だが、あまり遅い時間まで起きているのは健康に悪影響を及ぼす。縁は、渚の身体を気遣っていた。

「ごめんなさい。どうしても、聞いておきたいことがあってね」

「そうか。なら仕方ないけど」

 ベッドに腰かける縁の前に立ち、渚は切り出した。

 

「お兄ちゃん。咲夜さんのこと、どう思っているの?」

 切り出された渚の問いに、縁はじわりと汗が流れ落ちるのを感じた。

「どうって、前に話した時と変わらないよ。変わった奴っていうか……」

「そうじゃなくて」

 小さい動揺を隠しながら話し始める縁を、渚は遮った。

 

「ねえ、お兄ちゃん……」

 

 

 咲夜さんに、

 告白されたよね______?

 

 

「な、何言って……」

「本当はね、あの日見てたの。咲夜さんがお兄ちゃんに告白するところ……」

「ッ!?」

 

 一番嘘をついてはいけない人間の一人に、

 一番バレてはいけない嘘をついてしまった______

 

「ねえ、お兄ちゃん?」

 渚がにじり寄る。

 

 早鐘を打つ心臓の鼓動が、頭の中に充満する。思考が真っ白になり、返す言葉が見当たらない。

 うめき声すら出てこなかった。

 

 

 ヤンデレCDでは、主人公が吐いた小さな嘘が、渚の怒りのトリガーを引いた。だからこそ、縁は一巡目でも二巡目でも、可能な限り嘘を吐かないようにしてきた。嘘をついても大丈夫な状況と絶対にダメな状況を見分け、どうしても隠し事をしなければならない場合は、なるべく真実を織り交ぜた。

 今までは、辛くも失敗せずにこのシチュエーションを乗り切ってきた。

 

 

 屋上で何を話していたの______?

 

 

 今になって考えれば、呆れるほど浅はかな賭けだった。

 そもそも縁は、咲夜と屋上に行ったこと自体、誰にも話さなかった。渚が()()と言った時点で、彼に残された選択肢は一つしか無かったのだ。咲夜に告白されたことと、それが渚にバレそうになった焦りで、それに全く気づけなかった。

 

 笑ってしまう程に間抜けだった。

 

 少なくとも頸城なら、渚が屋上でと言ったのを、みすみす聞き逃すといった愚は犯さなかっただろう。

 

 焦りと後悔が思考を支配する。

 

 こうなると、最早正直に全てを打ち明ける他無い。

 幸い、咲夜からのアクションは、あの日以来無かった。今はまだ、告白してきた以外の事実はないから、最悪の事態は回避できる。

 だが、この事実を知ってしまった渚が、この後どう動くか。縁の回答の仕方次第で、最悪の方向へ走る危険も十分あり得た。

 

 頸城、お前ならどうする______

 

 今の縁には、その最適解を見出す力は無かった。

 

 

「……ごめんね」

 

 張りつめた沈黙と、縁の頭の混乱を破ったのは、渚の優しい声色だった。

 

「え……?」

「あの夜、お兄ちゃんに聞いた時、絶対正直に言ってくれないって分かってた。むしろ、何のためらいもなく本当の事言われた方が、悲しかったかも」

 思いもよらない渚の言葉に、縁は安堵しつつ、困惑した。

「お兄ちゃんは、園芸部の人達との、今の関係を壊したくないんでしょう?」

「そりゃ、まあ……せっかく、部としての活動も軌道に乗って来たしな」

「うん。それなのに、いきなり咲夜さんに告白されたなんてみんなに知れたら、大変なことになっちゃうもんね」

 渚には、縁の抱えている苦悩など、お見通しのようだった。その上で、咲夜との屋上での出来事を隠したことを、黙認していたのだ。

 

 にっこり微笑む渚に、縁は救われた気がした。

 そして、こんなに自分を気遣ってくれる家族に隠し事をしたことに、罪悪感を感じた。

 

 渚だけではない。綾瀬も、園子も、咲夜も______

 例えこの世界がヤンデレCDの世界線で、彼女達がそのヒロインだとしても、縁にとっては大切な家族であり幼馴染であり友達に他ならない。

 だからこそ、真剣に自分の事を考えてくれる彼女達を、キャラクター扱いしたりはしない。ゲームの選択肢のように発言を選び、誤魔化して彼女達の気持ちを踏みにじったりしない。

 

 この世界がヤンデレCDの世界だと気づいてから、縁が最初に心に決めたルールだった。

 

 咲夜が現れてから……いや、頸城が消滅し、4月に記憶が全て戻ったあの日から、縁は無意識に彼女達をキャラ扱いしてきた。一巡目より状況が悪化していることに焦り、彼は大事な事を忘れてしまった。

 

 それこそが、今縁が一番悔いるべき過ちだった______

 

「ごめんな……渚」

 縁は、そっと渚を抱き寄せた。自然に体が動いた。

「ふぇっ!?お……お兄ちゃん……?」

 思わぬ縁の行動に驚く渚。

「ごめんって言わなきゃならないのは俺の方だ……こんなに、心配してくれてたのに、勝手に悩んで……」

「……お兄ちゃん」

 渚の体温が、縁の身体に伝わる。

「全部、お見通しだったんだ……」

「うん。だって、お兄ちゃんの妹だもん」

 ドラマCDのキャラクターなんかじゃなく、渚は確かに生きている。その事実を噛み締めるように、縁はその温もりを感じていた。

 

 

 一方で、縁は別のことも考えていた。

 

「なあ、渚?」

「何?お兄ちゃん」

 兄の苦悩を思って黙っていた渚が、なぜこのタイミングで打ち明けたのか。

 縁には、思い当たる節は一つしか無かった。

 

「もしかして、咲夜に何か言われたのか?」

「……うん」

「やっぱり、そうか」

 

 咲夜と園芸部の水やり当番を済ませて帰宅してから、渚の様子がいつもと違うことに、縁は薄々気が付いていた。気がかりではあったが、自分の墓穴を掘るのが怖くて、中々聞き出せずにいたのだ。

 

『そろそろ、綾小路咲夜も動き始めるんじゃないでしょうか』

 

 千里の言う通り、既に咲夜は、渚に目をつけて行動していた。

 早速彼の言う通りの状況になっている事実に、縁は悔しさとイラ立ちを感じる。

 

 だが今は、妹の身が何より気がかりだった。

「大丈夫だったか?もしかして、何か嫌がらせでもされたんじゃ」

「あ、ううん!そういうのじゃないの!それは安心してお兄ちゃん、ごめんね」

 大げさに心配する縁を、慌てて落ち着かせようとする渚。

「そうは言うけどな、もし……」

 大きく流れが変わりつつあるとはいえ、一巡目の咲夜の所業を忘れられない縁は、簡単には安心できない。昼間の千里の言葉が、彼の不安を更に搔き立てる。

「もう、お兄ちゃんったら!本当に何でもないから、ね?」

「そ、そうか。ならいいが……」

 未だ不安は拭えないが、必死な渚を見て、一旦引き下がる。

 咲夜の対応を一任した以上、過剰な心配は却って彼女を困らせてしまうだろう。

 

「何かあったら、ちゃんと言ってくれな?」

「うん……っ」

 兄の言葉に、渚は頷きながら口をつぐんだ。

 

 昼間の咲夜との会話が蘇る。

 

 

 麻薬のように危険で甘い、

 同じ想いを抱える少女の誘いが______

 

 

 

 *******************

 

 

 

『私にはね、腹違いの義兄が二人いるの』

 ロールスロイスの後部座席で、咲夜はそう切り出した。

『一人は綾小路の次期総帥と言われている、綾小路物産CEOの凍夜義兄さま。そしてもう一人が、医者をしている桐夜義兄さま______縁の担当医だった一人よ』

『あの時の……』

 主治医以下数名の医師の中に、明らかに若い青年が混じっていたのを、渚は思い出した。

 詳しくは知らないが、院内では随一の脳外科医らしいと聞いていた。

『二人とも私とは歳も離れていて、物心がついた頃には、二人とも家にはいなかった。実際、凍夜義兄さまとはあんまり話したことは無いわ。でも、桐夜義兄さまは、会う度に私の事をとても可愛がってくれた。両親と違って、お義兄さまはいつも一緒に遊んでくれて……』

 言葉の端々に、大企業を統べる綾小路家という特殊な事情が垣間見える。渚は改めて、咲夜の背負う苦悩と重責の一端を知った。

 

『そんなお義兄さまに、私は恋をした』

『!』

 ぽつりと告げた咲夜に、よく知った瞳が見えた。

 鏡で何度も見た、縁への想いに苦悩する自分自身の瞳だった。

 

 多忙で、年に数えるほどしか姿を見せず、会えば勉強や綾小路家の後継者としての将来しか話さない両親。

 同じような微笑みを貼り付けながら、身の回りの世話に徹する付き人達。

 大企業の令嬢という肩書に媚びへつらい、あるいは敬遠する身の周りの級友や周りの大人達。

 

 そんな人間達に囲まれた咲夜が、年相応の少女として扱ってくれ、同じような苦悩を抱える桐夜に恋するのは、ごく自然な流れとも言えた。

 

『いつか……もっと成長したら、桐夜義兄さまに自分の想いを伝えるつもりでいたの。異母兄妹としてじゃなく、純粋に一人の男性としてのお義兄さまを愛していることをね』

 まだまだ子供だったけれど、いずれ大人になれば、彼の恋人に名乗りを上げる権利を得られる。

 咲夜はそう信じていた。

 

 

 だが時間の流れは、咲夜を待ってはくれなかった______

 

 

『お義兄さまには、婚約者がいたの』

『……!』

 桐夜には、以前から交際していた恋人がいた。

 

 同じ大学でロボット工学を専攻し、現在は綾小路重工で人工知能の研究開発の携わるエンジニア。グループを挙げて人型汎用ロボットの実用化を目指す綾小路にとっては、彼女は最も重要な人材だった。

 綾小路家にとっては、彼女こそ桐夜の婚約者に相応しい人物だった。

 

 そして桐夜自身、分野は違えど、同じ学究の徒として心を通わせた彼女を何より愛していた。

 

『叶わない恋なのは分かっていたわ。母親が違うと言っても、血が繋がっていることに変わりはないから……』

 

 財力と権力を維持するため、面子を何よりも大事にする綾小路が、兄妹での恋愛を許容するはずがない。

 仮にそれが許されたところで、将来を決めた人がいる桐夜の心を、彼にとっては一人の義妹でしかない咲夜が変えられるはずが無かった。

 

 相手にされる余地すら最初からなかった現実を突きつけられ、幼い咲夜は毎晩泣き続けた。

 

 散々泣いて、自分の中で踏ん切りをつけたつもりでいた。

 それでも、あの時のことを思い出す度、こみ上げる涙と共に、張り裂けそうな胸の痛みが蘇る。

 

『それでも……私は……桐夜お義兄さまを愛していたの!ねぇ……アナタなら……分かるでしょう?』

 いつの間にか、肩を抱き寄せてきた渚に、咲夜は投げかけた。

 

 自分の身に置き換えただけで、心を引き裂かれるような気がした。

 分かるからこそ、渚にはそれを言葉に表すことができなかった。

 

 

 

 咲夜の指示で街中を周っていたロールスロイスが、渚の家の近くで停車した。

 

『渚さん?』

 かすかな振動とエンジン音が作り出す静寂を、咲夜の声が破った。

『な、なあに?』

『今日の話……話したのはアナタが二番目なの』

『……』

『分かっているわ。私が、良舟や園芸部で歓迎されるような人間じゃないことぐらい……』

『そんなこと……』

『それでもアナタは、私に手を差し伸べてくれた』

 渚は、そのひとことで気付いた。

 

 世間離れした金銭感覚に、一般家庭の人間を“庶民”と呼ぶ差別意識。

 そんな彼女の貴族気取りの振る舞いを、誰より嫌っているのは、他ならぬ咲夜自身だった。

 

 嫌われると分かっていても、咲夜はそれしかできない。それ以外に、他人との接し方を知らない。

 でも、それが間違いだと知ってしまい、知らない世界があると知っているからこそ、咲夜は園芸部へやって来た。

 

 自分を変えられるかも知れないと思ったから。

 

 

 悠がそうであったように______

 

 

『でもそれは、お兄ちゃんが言い出したことで……』

『ええ、分かってる』

 渚、そして縁。二人がいなければ、きっと咲夜はとうにこの学園を去っていた。

 そもそも、来ようとも思わなかった。

 

『だからこそ、アナタ達兄妹を見込んで、お願いがあるの』

 そこにはもう、叶わぬ恋に破れたか弱い少女はいない。

 いつもの、自身に満ちた咲夜の姿があった。

 

 

『私と野々原 縁を、恋人関係にして頂戴』

 

 

『!!』

 突然の提案に、思わず怒りを浮かべる渚。

『ねぇ、どういうつもり……?』

『落ち着きなさい。別に、縁が欲しいってわけじゃないわ』

『え?』

 言葉に意味が理解できず、渚は混乱した。

 

『見せかけでいいのよ。どうしてもそれが嫌なら、とにかく彼との距離を縮めてくれるだけでもいいわ。それでも、私の目的は達成できる』

『……』

 腹を割って話した相手とはいえ、縁に必要以上近づけるのは、渚には抵抗があった。

 今はこう言っているとはいえ、いつ咲夜の気が変わるとも限らない。どうしてもそう疑ってしまう。

 理屈では割り切れない、感情の問題だった。

 

 だが、咲夜もそれを見抜いていた。

『もちろん、見返りはちゃんと用意してあるわ』

『見返り……?』

 渚は首を傾げた。

 

『アナタは、縁を見ているだけでいいわ。今まで通り……いや、今まで以上に。そうすれば、後は私が何とかしてあげる』

『どういうこと?』

『この私と綾小路家の力がバックにつけば、アナタ達の関係に異を唱えようなんてお馬鹿さんはいなくなる。邪魔なものは全て、私が排除してあげる。私と縁が交際していることにしておけば、ちょうど良いカモフラージュにもなるでしょう?』

 

 渚は、思わず唾を飲み込んだ。

 

『それって……』

 目を丸くし、身体を震わせる渚の頬に、咲夜は手を添えた。

『私が叶えられなかった夢を、渚さんに託すわ』

 

 

 アナタ達兄妹を、

 本物の恋人同士にしてあげる______

 

 

『どう?嬉しいでしょう?』

 

 咲夜と同じようにあきらめかけていた、禁じられた愛。

 

 突然差し出された、途方もない夢を目の前に、渚はただ身を震わせることしかできなかった。

 

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