ラスト・オブ・リアル・ワンス   作:さくらのみや・K

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番外編 Mighty Wings
第1走 狙われた金翼


 郊外にある自動車専用道路。この街と隣街とを結ぶ全長約10㎞の幹線道路であり、市内の交通渋滞を緩和する目的で作られた。昼間は多くの車が行き交う一方、深夜には大型トラックが数台走るのみとなる。

 その車の少なさと舗装の綺麗さは、二輪四輪問わずの走り屋達にとって魅力的だった。街同士を繋ぐ幹線道路は、夜にはスピードに命を懸ける者達の戦場と化すのだった。

 

 皆川が駆るライトブルーとシルバーのバイクは、その深夜の幹線道路を、快音を響かせて駆け抜けていた。

 体重移動とスロットルを駆使して車体を右へ左へ翻し、律儀に制限速度60km/hを守る一般車を3倍以上のスピードですり抜けていく。

 

 一歩間違えれば、最悪人生そのものがパーになるが、その全てを引き換えたスリルとスピード感は、日常では決して味わえない。そもそも、彼の愛機であるスズキ GSX-R 1000Rに跨って、安全運転しろという方が酷というものだった。オートバイレースの最高峰、MotoGP出場車両の設計を流用したこのバイクは、正に公道のレーシングマシン。

 ゆっくり走りたければ、スーパーカブにでも乗るべきなのだ。

 

 ライダースーツに仕込まれた膝のプロテクターを擦りそうになるまで車体を倒し、右コーナーを高速で駆け抜ける。

 スロットルを捻り、加速と共に車体を起こした皆川の眼に、バックミラーに映る光が見えた。

 

 過ぎ去る一般車と違い、その光点はどんどん近づいてくる。

 間違いなく、彼を追ってくる別のバイクのヘッドライトだった。

 

「なんだあいつ」

 思わず呟いた皆川は一瞬考えた。

 最初は、いつもここを走っている他の走り屋か、あるいはよくつるむ同じチームのライダーかと思った。しかし、皆川のGSXは海外から逆輸入した202馬力仕様。今の6割程度のペースでも、着いて来られるマシンはあまり多くない。

(松本さんのドゥカか?でも今日は出ないっつってたよな)

 だが、今夜は平日ということもあって、出てくるであろう知り合いは多くない。

 

 思考を巡らせている間にも、そのバイクはどんどん近づいてくる。

(VMAX?にしちゃライト横長すぎだし)

 自身の排気音と風切り音を貫いて聞こえてくる、相手のバイクのエンジン音は、ますます男の疑問を深める。いつもつるんで走るスポーツバイクの高音とは異なる、今まで耳にしたことの無いような重低音。

 

 やがてそのシルエットが露わになる。

 控えめなゴールドに塗られたその巨体は、このGSXに絶対に追いついてはいけないものだった。

 

「ゴールドウイング!?」

 

 前面にそびえるウインドシールド、後部に積まれたラゲッジボックス。スポーツバイクにしかほとんど関心がなく、ハーレーダビットソンとレブルの見分けすらつかない皆川ですら、見間違えようが無い堂々たる外観。

 

 ホンダ ゴールドウイング______

 

 この時間のこの場所には、あまりにも不釣り合いな威容だった。

 ここでは、エンジンパワーとスピードが全て。走りにステータスを全振りした戦闘機が支配する世界であり、長距離ツーリングでの快適性に金をかけた陸のクルーザーが来るべき領域ではない。

 

 にも拘らず、その巨体は軽々と彼を追い越していった。

 

「舐めやがって……っ!」

 皆川の闘志に火が付く。

 

 スロットルを限界まで捻る。

 弾かれた様にGSXが加速し、14000rpmの許容回転数(レ ブ リ ミ ッ ト)を目指してエンジンが鋭く吠える。

 

 ブッ千切ってやる______ッ

 

 空気抵抗を減らすため、身体を車体にべったりと張り付かせ、首だけをあげてゴールドウイングを睨む。逆三角形のテールライトを睨み、猛然とマシンを加速させていく。

 

 深夜の幹線道路に、二台のバイクのエギゾーストノートが、ひと際高く響き渡った。 

 

 

 

*******************

 

 

 

「……それで?」

 数日後の夜。

 街の外れの高台にある展望台駐車場。10台ほどのバイクが止まっており、革ジャンやライダースーツを着た男達が談笑していた。

 

 竜崎 洸平は、メビウスメンソールに火を点けながら首を傾げる。チーム最年少の17歳。疑いようのない未成年喫煙だったが、それを咎めるような無粋な輩は一人もいない。

 皆川もそれに意を介さず、明るい茶髪を搔きながら首を横に振った。

「それでも何も、そこまでよ。どんどん離されてって、それで終わり」

「げぇ、マジっすか」

 洸平は、メビウスの煙を吐きながら驚愕した。

 皆川のGSXはその後、ゴールドウイングに追いつくことなく敗北。以降、リベンジマッチを挑もうにも出会えず、屈辱を晴らせずにいた。

「まさか皆川さんが、よりにもよってゴールドウイングに……あれそんな速いバイクなんすか?」

「なわけねえだろ……そうっすよね、ボス?」

 皆川は、近くで缶コーヒーを啜る初老の男に尋ねた。

 

 スピードとスリル、そして何よりバイクを愛する者達が集まるチーム“FLEET”。

 佐川は、30年以上前にこのFLEETを創設したリーダーだった。チームの代表として、そしてこの街のストリートで誰よりもバイクに詳しい師匠的な存在として、皆彼を尊敬し頼っている。

 

「ゴールウイングねえ」

 佐川は、愛車のBMWに腰を預ける。

 現行型のS1000RRの白いカウルには、至る所に路面の小石による傷が刻まれている。老齢な彼が今も、第一線で公道を疾駆していることを証明していた。

「まあ遅くはねえだろうな。エンジンもデカいし、DCTだし」

「排気量ってどんくらいなんすか?」

「1800」

「VMAXよりデカいじゃないすか!?もう車じゃん」

 洸平は口をあんぐりと開ける。メビウスの白い煙がモフりと吐き出された。

「排気量はな。パワーは大したことねえよ」

 その様子を、佐川は鼻で笑った。

「皆川のGSXは200馬力オーバーだ。ノーマル同士じゃ、そもそも話になんねえよ」

「大体特性が全然違いますよね」

 想定されるバイクの用途によって、搭載されるエンジンの特性も当然大きく異なる。

 長距離をひたすらクルージングするツアラーと、コンマ1秒を争うスーパースポーツとでは、比較することが本来ならおかしい事なのだ。

 

「……てことは、相当イジってるってことっすか」

「ま、そりゃそうだろうな」

 佐川は頷きながら、咥えたJPSにジッポーで火を点けた。

「いやいや、いくらなんでも、改造すりゃ速くなるもんでもないでしょ?」

 皆川が疑問を投げかける。佐川は肩をすくめた。

「さあ?ま、死ぬほど金掛けりゃどうにでもなんだろ。トマホークのV10だって、元を辿ればトラックのエンジンだし」

「あったっすね、そんなんも」

 以前動画で見た奇抜なバイクを思い出して、皆川は苦笑した。

 

 アメリカの自動車ブランドであるダッジが、2003年にデトロイトのモーターショーでトマホークという名のバイクを発表した。あくまでコンセプトモデルであり市販された訳ではないが、トマホークは8300㏄のV型10気筒エンジンを搭載。理論上の最高速度は680㎞/hとされ、SFメカさながらの外観も相まって大きな注目を集めた。

 そのV10は元々、同社のフラッグシップスポーツカー、バイパーのために開発された。ピックアップトラック用のエンジンを、当時クライスラーの傘下だったランボルギーニが、エンジンブロックのアルミ化等の大規模な改良を施した代物だった。

 

 もしそのゴールドウイングが、元々のエンジンをベースにチューニングされているとすれば、トマホークのようにほぼ新規開発レベルに手が入っているに違いない。

 この街で、そんな狂気染みた金のかけ方をする人間は、皆川達の知る限り一人しかいない。

「綾小路か……」

「ま、そんなとこだろうな」

 短くなったJPSを地面に捨てながら、佐川は頷いた。

 

 日本屈指の企業グループを率いる綾小路家について、特にこの市内で知らない者はいなかった。分家の一族が住んでおり、この街の王者として君臨しているからだ。

 彼らの金と権力の強大さは、彼らFLEETを含め多くの走り屋も良く知っていた。フェラーリやランボルギーニなどの高級スポーツカー、その中でも更に高性能な上位の限定モデルを乗り回しているのは、大抵綾小路の関係者だからだ。ハイブリット機構が当たり前になりつつあるスーパーカーが相手では、いくら腕の立つライダーやドライバーでも苦戦を強いられる。

 佐川も、綾小路の資金力で持ち出してくるスーパーカー相手に何度も辛酸を舐めさせられた。しかも辛くも勝利した翌週には、更に高性能なマシンを持ち出して来るのだ。

「金持ちにゃ勝てねえってことよ。俺達庶民じゃ」

「何言ってんすか」

 洸平は、この街でいくつもの店舗を構える飲食チェーンの代表という昼の顔を持つ佐川に、突っ込みを入れた。

 

「でも、このまんまじゃ終われねえっすよね」

 皆川の言葉に、佐川は頷いた。

「どんな魔法使ってんのか知らねえけど、ツアラーで舐めプしてくる奴に、負けっぱじゃ腹の虫がおさまんねえっすよ。ボスだってそうでしょ?」

「……ましてや、俺らはFLEETだからな」

 佐川の愛車に貼られたステッカーを見やる。

 

 FLEETは創設以来、ストリートでの速さでは一度も他のチームには負けたことが無い。個々人が高度なライディング技術を有しており、どのメンバーも他を寄せ付けない速さを誇っていた。彼らのスピードは常軌を逸しており、他のチームやライダーから「頭のネジが2、3本抜けている」と言われる程であり、皆彼らに尊敬と畏怖の念を持っていた。

 皆、決して富豪と呼べる程資金があるわけではない。汗水垂らして働いた金を注ぎ込んで、必死にバイクを維持しチューンしている。アルバイト代だけが資金である最年少の洸平に至っては、メンテ費用が足りず、いつも愛車のXJRの不調に喘いでいるが、それでも400㏄クラスでは市内で負け知らずの速さを誇る。

 

 皆FLEETというチームに、そして何より自身のスピードに誇りを持っていた。

 綾小路だろうと何だろうと、公道でのバトルでは絶対に負けられない。

 増してやそのマシンが、スポーツ性皆無のツアラーとなれば尚更だった。

 

「それによ、どうやったらゴールドウイングでそこまで速くなんのか、知りてえだろ。新しい発見があるかもな」

「……やるんすか?ボス」

「当然だろ。金持ちのボンボンなんかに、いつまでもデカい面させれっかよ」

 洸平の問いに、佐川はにやりと口角を上げた。

 

「FLEETの総力を挙げて、ゴールドウイングを仕留めるぞ」

 初老の佐川の眼に、年不相応の赤い火が灯った。

 

 

 

*******************

 

 

 

「お帰りなさいませ」

 深夜。

 とある施設のラボに、黄金のゴールドウイングが滑り込む。

 

 綾小路 悠はエンジンを切ると、左サイドのスタンドを起こして車体を降りた。

「いかがでしょうか」

 作業用の白いツナギを着たエンジニアは、ヘルメットを脱いでいる男に尋ねた。その下から、子供と見まごう顔つきが現れる。

「悪くないですね」

 綾小路 悠は、ヘルメットをエンジニアに渡しながら満足そうに頷いた。

 

 ゴールドウイング“A・Y・CUSTOM”。

 またの名を“綾小路 悠・家出仕様”。

 2020年式、ホンダ ゴールドウイング ツアーをベースに、悠が自身の資金を投じて秘かに製作させているマシンであった。

 

「セッティングはまだ詰める必要がありますが、かなり理想に近づきました」

「そうですか。そう言っていただけて何よりです」

 エンジニアは満面の笑みを浮かべた。

「ここに戻ってくる前、大型バイクを一台負かして来ましたよ」

「どうでした?」

「一瞬でバックミラーから消えました。いや、ここまでの性能に仕上がるとは……」

 車体の底面に覗くエンジンを眺めながら、悠は感嘆の声を上げた。

 

「これだけ流麗で、かつ剛健で……こんな美しい乗り物が、他のバイクに走行性能で劣るなんてもったいない」

 悠は、特注のシャンパンゴールドに塗られた大柄なボディを撫でる。

 

 底面に覗く巨大な水平対向6気筒(フ ラ ッ ト シ ッ ク ス)エンジンや後部の大容量ラゲッジボックスがどっしりとした印象を与えながら、なだらかなデザインのカウルによってスマートさも兼ね備えている。

 そしてライダーに最上のツーリング体験を与えるため、ホンダはありとあらゆる技術をこの巨体に注ぎ込んだ。7速と後進用のギアを持つ自動変速のDCTに、バイクでは初採用となるダブルウィッシュボーン式サスペンション。これらを惜しみなく装備した結果、ゴールドウイングは長距離ツーリングの快適性は他の追随を許さない、陸のクルーザーと化した。

 

 ゴールドウイングの持つ独特の風格と性能は、正に、ウイングマークを掲げるホンダ二輪部門のフラッグシップに相応しいものだった。

 

 家出仕様と呼ぶだけあって、悠はゴールドウイングの見た目だけでなく、その長距離性能に大きく惹かれた。

 常にSPや執事が側にいて自由が無い、綾小路家の御曹司である悠にとって、自分の運転で自由に走り回れるバイクという乗り物は魅力的だった。今までは広い屋敷の敷地内で、父親や勝手に購入したバイクを乗り回しているだけだったが、次第に塀の外へ走り出す憧れが大きくなった。

 悠がゴールドウイングと出会ったのは、その最中だった。

 

 かつて技術提携していた本田技研工業と綾小路重工業は、ゴールドウイングをベースにしたコンセプトバイクを製作した。両者の様々な先進技術を注ぎ込んだ車両ではあったが、何度かモーターショーなどに展示したり試験に使用した後は別の車両に交代し、ゴールドウイングはホンダの研究所の隅に仕舞い込まれていた。

 ひょんなことからそれを知った悠は、この車両を家出仕様のベースに決め、それを秘かに入手したのだった。

 

 外観も、乗り心地も、操縦性も、確かに悠の求める性能を満たしてはいた。

 しかし、悠はそれでは満足できなかった。

 

 もし悠が勝手に家を飛び出して出かけようものなら、綾小路家に仕える護衛はすぐさま彼を追いかけてくる。万が一悠の身に何か起きようものなら、綾小路家の今後を左右する事態となり、何より彼の護衛を任されている彼らの首か飛ぶ。

 人や車両、果てはヘリコプターまで動員して、御曹司を迎えに来るだろう。

 護衛達の追跡から逃れ自由を満喫するには、彼らを振り切る圧倒的なスピードが必要だった。

 

 そして何より______

 

 どれだけ見た目が良くても、

 乗り心地が良くても、

 スピードが伴っていなければ意味が無い______

 

 この美しいバイクが、遥かに小さい排気量のバイクに性能で劣る事実が、悠は許せなかった。

 

 こういった経緯から、悠は綾小路とホンダ両方のエンジニアを集め、自分専用の最強バイク“A・Y・CUSTOM”製作を決めたのだった。

 

 

「それにしても本当、悠様からこのお話をいただいた時は、冗談かと思いました。ゴールドウイングで300㎞/hを超えろなんて……」

「あっはは……」

 悠は後ろ頭を掻く。改めて、自分の無茶振りに我ながら呆れていた。

 

 A・Y・CUSTOM開発チームを集めた悠は、様々な要求を彼らに突き付けた。そのどれも、あまりにも無茶苦茶で思わず乾いた笑いが聞こえてくるほどだった。

「ブレーキの改良は大変でした。既存のブレーキでは、とても受け止めきれませんでしたからね。結局、キャリパーからディスクから何から、全て一から設計して作り直しました」

「すごく苦戦されたと伺っています」

「担当者に言われました。まさかゴールドウイング用のカーボンディスクを造る日が来るなんて……とね」

 アフターパーツ含めて市販車用の採用例が一切無い、カーボンセラミック製のブレーキディスクを用いた巨大なブレーキは、このゴールドウイングに注ぎ込まれた悠と綾小路の莫大な資金力の象徴と言えた。もしこのブレーキキットを市販すれば、関税と消費税抜きでも300万は下らない。

 無論、ブレーキだけではない。エンジン、サスペンション、フレーム、カウル、そして各種電子装備……そのほとんどが、綾小路とホンダの全技術を用いて別物と呼べる程に進化していた。

 結果、“A・Y・CUSTOM”は国産最速級のスポーツバイクを振り切る性能と、それをプロライダー程の技術を持たない悠が扱いこなせるだけの操縦性を手に入れた。

 

「ですが……」

「はい、承知しています」

 悠の言葉に、エンジニアは苦い顔をする。

「まだ例のシステムに関しては、悠様にお使いいただけるレベルには達していません。ホンダ側のライディングアシストと、我々の自動運転システムとの適合に難航していまして……」

「そうですか。まあ、覚悟はしていましたけど」

「申し訳ありません」

「気になさらないで下さい。無茶を言っているのは僕の方なんですし」

 謝罪するエンジニアを、悠はなだめた。

 

 

「このマシンが完成すれば、僕の行動半径はぐんと広がる。このゴールドウイングは、正に僕にとって自由への翼なんです」

 悠は、完成しつつある愛機を撫でる。

 まだ、エンジンからは熱気が漂っていた。

「皆さんに、僕の自由を託します」

「……はい」

 振り返る悠に、エンジニアは大きく頷いた。

 

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