ラスト・オブ・リアル・ワンス   作:さくらのみや・K

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第2走 BLACK or GOLD

 

 皆川のGSXが、魔改造されたゴールドウイングに負けた。

 

 高坂がその話を聞いた時、彼は耳を疑った。

 彼のGSXは、FLEETのマシンの中でもかなり新しい部類であり、戦闘力では他のどのバイクに勝るとも劣らない。そして皆川も、チーム内では決して下手な方ではない。幼馴染で、バイクの免許も一緒に取りに行き、いつも速さを競い合っている高坂が一番それを知っていた。

 そんな彼と彼のマシンが、鈍重なツアラーにブチ抜かれた。あり得ないというより、あってはならない敗北だった。

 

 だが調べていくうち、そのゴールドウイングの化け物ぶりが明らかになりつつあった。 

 不定期に自動車専用の幹線道路に現れては、他の高性能バイクやスポーツカーが追い付けないスピードで疾走しているらしい。特にストレートスピードが尋常ではないらしく、300km/hを悠に超えられる性能を持つマシンが、次々敗北していた。

 その正体は一切不明。一つ確かなことは、外見以外はゴールドウイングと似ても似つかない、全くの別物だということだけだ。

 

「気合い入った野郎だ」

 ゴールドウイングの話を思い返し、幹線道路に繋がるバイパスの路肩で一人呟いた。

 

 彼はマシンにではなく、それを駆るライダーに感心していた。

 

 エスケープゾーンの無い公道でのドッグ・ファイトにおいて、何より重要なもの。それはマシンの性能でも、高度なライディングスキルでもない。

 

 それは、蛮勇とも言うべき度胸。

 

 どんな魔改造を施そうが、どんな高性能マシンを駆ろうが、どれだけ高度なテクニックを持とうが。そのどれも、公道では一つの要素に過ぎず、絶対的なものではない。

 

 目の前を瞬く間に通り抜けていく風景、

 耳をつん裂く風切り音とエギゾースト、

 コーナーの度に身体を押し潰すG、

 そして、吹っ飛べば死ぬかも知れないという恐怖______

 

 何より必要なのは、それらを克服して、尚もスロットルを全開にし続けられる勇気と度胸。それさえあれば、マシンやテクニックのハンデはいくらでも縮めることができる。

 

 旧式のホンダ CBR1100XX“スーパーブラックバード”を駆る高坂には、それがよく分かっていた。

 

 ブラックバードは、ホンダが世界最速の量産車を目指して開発したメガスポーツバイクだった。最高速度はノーマルで300km/hに到達し、世界中のあらゆるリッター超えスポーツバイクを凌駕した。その性能と見るからに速さを感じさせる外見は、当時小学生だった高坂を始め、多くの人々の心を引いた。

 

 しかしそれは20年以上前の話。

 エンジンやサスペンション、ブレーキと言ったハードウェアに加え、それらを制御するソフトウェアも、当時から格段に進化している。単純に車体性能で見れば、高坂のブラックバードは皆川のGSXや他の現行車種に大きく遅れを取っていた。

 純粋にスピードを求めるのならば、古いブラックバードに拘るのは、決して利口な選択とは言い難かった。

 

 それでも高坂は、子供の頃から憧れ続けていたブラックバードに乗り続けてきた。

 そして彼はその不利を覆し、この辺りでチームメンバー以外に負けた経験はほとんど無かった。FLEET内でもその速さは上位であり、皆川のGSXとも互角の勝負を繰り広げている。

 

 ライダーの素質。

 それが、速く走るための絶対条件なのだ。

 

 

「!」

 バイパスの向こうから、独特なエンジン音が響いてくる。それを聞いた高坂は、ブラックバードのキーシリンダーを捻り、エンジンのスタートボタンを押した。

 セルモーターが一瞬回り、続いて1137ccの直列4気筒エンジンが目を覚ます。

 

 やがて、夜の闇から金色の巨体が現れる。

 

 ゴールドウイング______

 

「見つけたぜ」

 後方から現れたゴールドウイングは、路肩に停車しているブラックバードの隣を過ぎ去り、幹線道路に合流するレーンへ抜けていった。

 張り込んで一週間。ようやくお目当ての獲物が現れた。

 

 左手のクラッチレバーを握り、左足のギアレバーを一速に入れた。ダークシルバーのブラックバードが走り出す。

 

 

 高坂はスロットルを更に開けて急加速し、猛スピードでゴールドウイングの後を追った。

 

 

 

*******************

 

 

 

 幹線道路へ合流して間もなく、高坂のブラックバードはA・Y・CUSTOMに追いついた。その様子は、バックミラーを介して悠の眼にも映る。

 

「……さっきのX X(ダ ブ ル エ ッ ク ス)か」

 思った通り、先程路肩に止まっていたバイクは、彼のゴールドウイングを狙っていた。

 200km/h近いスピードで巡行しているA・Y・CUSTOMだったが、ブラックバードは難なく追いつく。

 

 いいバイクだったな……と、悠は呑気に思い返す。屋敷で乗り回していた頃、悠はブラックバードもコレクションに加えていた。300㎞/h近い最高速度を叩き出す旧式のオートバイであったが、意外な程乗りやすく、どこまでも走っていけるような気にさせた。

 思えばあのバイクが、悠を外へ走り出させる気にさせたきっかけだったかも知れない。

 

 だが、今後ろにいるのは、このゴールドウイングを撃墜しようとするライバル。

 

 ぶち抜くか、

 ぶっちぎられるか。

 

 勝つか負けるか、ただそれだけ。

 

 綾小路家の複雑な権力闘争とはかけ離れた、ストリートのシンプルなルール。

 A・Y・CUSTOMを完成させるテスト環境としても、悠の日ごろの鬱憤を晴らす場所としても、これほど最適な環境はない。

 

 相手は、このゴールドウイング(金 翼)と対を成すとも言うべきブラックバード(黒 翼)。目指す方向は違えど、共にホンダが最高性能を目指したマシン同士。

 そしてそれを駆るは、この地域をスピードで支配するライダーの一人。

 

 

 相手にとって不足はない______

 

 

「走行モード、バトルモードへ移行。シチュエーション、ストリート、ドライ」

 

 バックミラーで明滅する、ブラックバードのパッシングを横目に、悠はボイスコマンドを呼び出した。同時に、ノーマルのゴールドウイングのメーターパネルを模したフル液晶のディスプレイの表示が切り替わる。

 

《走行モード、バトルモード。過給圧制限、スピードリミッター解除。減衰、ストリート、ドライコンディションにセット》

 

 ディスプレイは、横に伸びた棒グラフ上のエンジン回転数表示(レ ブ カ ウ ン タ ー)と速度計が中心を占め、周りには水温、油温、油圧、その他必要な情報が表示される。

 

《バトルモード移行完了。GOOD LUCK______》

 

 電子音声の言葉を聞くや否や、悠はスロットルを全開にした。

 前輪がわずかに浮き上がり、A・Y・CUSTOMの400㎏近い巨体が、ロケットのように加速を始めた。

 

 

 

「冗談だろッ!?」

 

 ワープするかのように遠のいたゴールドウイングのテールランプを睨みつけ、高坂はヘルメットの中で怒鳴った。

 

 スタートダッシュはほぼ同時だったが、あっという間にブラックバードが突き放される。

 話には聞いていても、実際に巨体がウイリーしながら加速する様を見せつけられ、高坂は混乱しそうになった。一瞬のうちに、彼は幼馴染が瞬殺された理由を理解した。

 佐川が予測した通り、エンジンはノーマルではない。フルチューンのエンジンに、ターボかスーパーチャージャーで過給している。現状の国産バイク最速の、カワサキ H2に輪をかける加速力だった。

 

 だが、一瞬慌てた高坂だったは、すぐに落ち着きを取り戻す。

 

 一瞬離れたゴールドウイングのテールは、すぐにその速さを失った。離れなくなり、逆にじわじわと近づいている。

 高坂はにやりとした。

 

 実は高坂は、わざわざ幹線道路の反対側……隣町側のバイパスで、ゴールドウイングを待ち伏せていた。その作戦が功を奏していた。

 

 幹線道路は大きく二つのセクションに分けることができる。

 隣街から半分は、比較的コーナーが多く、パワーのハンデも幾分抑えられる。更に全体的に下り勾配になっており、ブレーキの負担も大きい。隣街側のセクションは、車重の重いゴールドウイングには不利になるはずだった。

 ゴールドウイングにどんな魔改造を施していようと、地球の物理法則からは逃れられない。ヘビー級の車体はコーナーでの機動性を落とし、下り勾配では余計にタイヤとブレーキに負担をかける。特にオートバイは、ライダーの体重すらスピードを左右するほど、ウェイトに関してはシビアだった。

 

 高坂は、隣街から勝負を仕掛けることが多かった。

 性能差を幾分打ち消してくれる、コーナーの多い下り坂は、年式で劣るブラックバードには有利だった。

 そして何より、加速度の増す下り坂でスロットルを全開にするのは、並々ならぬ技術と度胸を必要とした。エンジンパワー以上の加速は恐怖を感じさせ、ブレーキングを誤れば即クラッシュになる。

 実際、このセクションは二輪、四輪問わず事故が多かった。FLEETの歴代メンバーも、何名かが命を落としている。

 

 

 さあ、どこまでやれるかな。

 金持ちのお坊ちゃん______

 

 ペースを落としたゴールドウイングに、ブラックバードがじわじわ迫っていく。

 

 

 

「くっ……」

 高坂の思惑通り、悠はこのセクションで苦戦していた。

 

 400㎏超えの車重は、どれだけ上手くブレーキングしてもなお、A・Y・CUSTOMをコーナーの外側へと押し出していく。

 車重に加え、直進安定性を重視した長いホイールベースは、コーナーでの機動性を更に低下させる。

 コーナーをクリアする度、ブラックバードが距離を詰めてくる。立ち上がり加速で幾分引き離すが、やはり重さ故にそれも今一つだった。300㎏近く軽いブラックバードの方が、加速にキレがある。

 

「改善の要あり……かな」

 だがまだ、A・Y・CUSTOMは奥の手を隠している。

 

 トンネルを超えた先に、一番急なコーナーが存在する。

 車重からくる、ブレーキングというアドバンテージがあるブラックバードは、間違いなくそこで仕掛けてくるだろう。そこを凌ぎ切れば、幹線道路は一気にスピードレンジが跳ね上がる。

 

 悠は、A・Y・CUSTOMの重たいボディを左右に翻しながら突き進んだ。

 

 

 

 最近LEDに交換され、白い灯りに包まれたトンネル内を、二台のバイクが走り抜ける。

 高回転で回るエンジン音が反響し、凄まじい爆音が響き渡った。

 

 この先に、この幹線道路で最も難しいコーナーが待ち構えている。

 コーナーの入り口は下り勾配がきつく、更に出口に向かって半径が小さくなっていく。

 こんな形状になった理由は諸説あるが、高架下の土地所有者が、橋脚建設のための土地買収を拒否したというのが有力だった。

 

 見た目以上に減速を必要とするため、読みを誤ったライダーの死亡事故が後を絶たない。それどころか、雨の日などは一般車の事故も発生しており、そういった由来から“魔のトンネルコーナー”と呼ばれている。

 

 高坂の眼に、トンネルの出口が飛び込む。

 明るい道の先にぽっかり開いた漆黒の出口は、正に地獄への入り口だった。

 

 

 ゴールドウイング、続いてブラックバードがトンネルを飛び出した。

 

「な……ッ!?」

 高坂は思わずぎょっとした。

 

 ゴールドウイングのブレーキングランプが点かない______!?

 

 

 車重を考えれば、ブレーキングしなければならないポイントを過ぎても、ゴールドウイングはブレーキをかけなかった。

 

「バカがッ!!死にてえかッッ!!!」

 高坂は思わず叫んだ。

 

 もう間に合わない。

 クラッシュに巻き込まれるのを恐れた高坂は、僅かに早くブレーキをかけた。バランスを崩さないよう、体勢を変えて車体を抑え込む。

 

 同時に、ゴールドウイングのブレーキランプが光る。

 

 そして______

 

「!?」

 

 

 一瞬、金色の壁が、目の前に迫ったように見えた。

 

 

 高坂の想像を遥かに超える勢いで、ゴールドウイングが減速する。

 

 僅かに落ち着きを取り戻し、高坂はブレーキをリリースしてコーナーへ進入した。

 そして、前を走るゴールドウイングの壁の正体に気付く。

 

 エアブレーキ______!!

 

 

 

「よし、うまく作動した!」

 悠はA・Y・CUSTOMの車体を倒しながら、思わず声を出して喜んだ。

 

 重さを克服するため、前後のディスクブレーキに加えて、A・Y・CUSTOMが装備する第三の制動装置。

 それが、車体後方に装備した、大型のエアブレーキだった。

 

 後輪の上部と左右に取り付けられているラゲッジボックスを改造し、それぞれに展開式のフラップとアクチュエーターを取り付けたのだ。立ち上がった三枚のフラップは巨大な空気抵抗を発生させ、車体を大きく減速させる。そしてコーナリング中はその角度を自動で調整し、加速時には素早く収納される。

 

 今日がエアブレーキ装備での初走行だったが、悠の操作に応じて見事に作動してみせた。

 

 

 さあ、ここから巻き返しだ______!!

 

 コーナー出口へノーズを向ける。

 スロットルを全開にして、A・Y・CUSTOMは猛然と加速した。

 

 

 

 魔のトンネルコーナーを抜けてからは、あっという間だった。

 二台の差は見る見るうちに離れていき、ほんの数百メートルで、高坂の視界からゴールドウイングは姿を消した。

 

 

 

*******************

 

 

 

「ほお~、エアブレーキと来たか」

 翌日、市内のバイクショップの店内で、高坂の話を聞いた佐川は感嘆の声を上げた。

「あんな重いバイク相手に、あそこで差せねえなんて考えもしなかったっすよ」

「ここまで来ると、バイク版のマッハ号だな。他にはどんなビックリドッキリメカをしこんでるやら」

「混ざってませんか」

 突っ込みながら、高坂はウィンストン・キャビンに火を点けた。

 

「で、加速はどうだった」

「どうもこうも、一瞬っすよ。まあ、100%自然吸気(N A)じゃないでしょうね」

「だと。どう思うよ、吉野さん」

 佐川は、奥で作業している男に話を振った。

 

 吉野はFLEET創設メンバーの一人であり、バイクショップ“モト・ショップ・ヨシノ”の店主だった。

 FLEET随一のメカニックであり、佐川以下、ほぼ全員のバイクのメンテナンスやチューニングを一手に引き受けている。

 

「馬力勝負ってなったらアンタの出番だろ」

「んだよ、もう俺が出ちゃうのか?」

 白髪交じりの金髪頭を掻きながら、吉野は気だるそうに近寄ってきた。

「あのVMAXなら、例のゴールドウイングでもパワー負けしねえだろ?さすがに」

「勘弁してくれよ、ナンバーついてねえんだぞアレ」

「なーに言ってんの、昔はよくやってたろ。どうせ平日の夜中にサツなんかいねえよ」

「ったく、相変わらずだな。佐川ちゃんも」

 ため息交じりに苦笑する吉野。

 

 しかしその目には、倒し甲斐のある獲物を見つけた、猛獣の鋭い光が宿っていた。

 

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