ラスト・オブ・リアル・ワンス   作:さくらのみや・K

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第Ⅴ病 悪ノ娘“下”

 

 咲夜に連行された縁は、またしても彼女の案内役をやらされる羽目になった。とはいえ、春の時に比べれば、校内の案内は楽だった。

 良舟の巨大な校舎の半分以上は、6学年分の教室で占められている。後は生徒数に合わせて巨大になった食堂。講堂兼体育館が2棟。職員室。図書館。理科室や調理室など、科目別に使われる教室。そして各部室が点在している。

 普通の中学高校に比べれば広いかも知れないが、要は、それぞれをくっつけただけである。他の学校に比べて、特別何かあるわけでも無い。

 

 故に_____

 

「なんか呆気ないわね。 こんなものなの?」

 分かってはいた事だが、我儘お嬢様はやはり文句を垂れた。

 縁はため息を吐き、苦笑いを浮かべた。

「街とは違うからなー。 部室を一つ一つ巡ればまた違うけど」

「嫌よそんなの、面倒にも程があるわ」

「だろうよ。 俺も同感だから助かる」

 咲夜が冗談に乗らなかったことに安堵する。

 

 一巡目でも、やはり咲夜は縁に学内を案内させた。

 同じような会話を交わしたことを思い出す。この世界でも、やはり咲夜は咲夜だった。

 

 それを確かめた縁は、自分からある提案をした。

 

「そんな所より、一つ行って見たい所があるんだけど」

「へぇ、どこかしら?」

「屋上」

 

 一巡目で、どんな順序で案内したかは忘れたが、最後に屋上に行ったのは憶えている。あの時は、咲夜から言い出した。

 

 咲夜は少し考え、

「良いじゃない、行きましょう」

 と頷いた。

 

「ただ……」

「?」

「屋上は、何年か前に飛び降りた生徒がいたせいで閉鎖されてる。立ち入り禁止なんだ」

 噂の域を出てないが、縁達が入学した時には既に閉鎖されていた。実際には、警備員のポカが有耶無耶にされているだけなのだが。少なくとも一巡目では。

「でも、お前ならどうにでもできるだろう?」

 咲夜は一瞬縁を見つめ、不敵に微笑んだ。

「当然でしょ?それじゃあ、教師に開けるよう指示すれば良いのね。 職員室は何処だったかしら」

 そう言うと、ツカツカと歩き出した。

「さすがだな」

 縁は後に続く。

「べ、別にアナタのためじゃないんだからね!どうせ行ったって、何にもないんでしょうし」

 咲夜がわたわたしながら誤魔化した。

 

「その代わり、誰も来ない……俺に話があるから、こんなとこまで来たんだろ?」

「!」

 咲夜が立ち止まって振り返った。

 

 悠は、咲夜は縁を探し出してこの学園に来たと言っていた。事実、放課後に真っ先に園芸部に来て、縁を連れ出した。

 本当の目的が何か知らないが、何にせよ、咲夜とは話しておかねばなるまい。彼女が自分を連れ出したのは、そういう意味では都合が良かった。

「……なるほどね。庶民にしては、ずいぶん気が利くじゃない」

「そりゃどうも」

「良い心掛けよ。じゃあ、行きましょうか」

 また前を向いて歩き出す。

 

 本当、変わらないな______

 

 咲夜の小さな背中を見ながら、縁は思った。

 

 

 *******************

 

 

「はぁー、風通しが思ったより良いわね」

「そりゃー屋上だからなー、風しか通らねえよ」

 7月の夕方。まだまだ日が高いが、昼間よりは幾分か気温が下がり、通り抜ける風は涼しかった。

「それで、どう?お望みの屋上は」

「悪く無いな」

「ふぅん?」

「いつ見ても、ここから街を眺めるのは気分が良い」

「もしかして、今までも来たことあるのかしら?」

「……さあ、どうだろうな」

 屋上は縁にとっては初めてでは無かった。一巡目で解放されてから、もう何度もこの景色を見てきた。

「良い景色だろ?」

「そうかしら?時間帯もあるかもだけど、全然面白くない。箱庭より狭く感じるわ、ここから見える景色」

「……そう言うと思ったよ」

 本音か強がりか。

 咲夜らしい感想に、思わず笑みがこぼれた。

 

 それから少しの間、二人は黙って屋上からの景色を眺めていた。

 一巡目でも、二巡目でも、ここから見渡す街並みは変わらない。同じように人々が行き交い、夕陽が沈んで朝日が昇る。この世界が、かつて自分が生きた世界を巻き戻したものだと、こういう景色を見る度に思い知らされた。

 

 ふと縁は、一巡目で咲夜とこの学園で対峙した時のことを思い出した。

 あの時は、彼女は明確に悠の敵としてこの学園に来た。

 小柄で華奢な外見に似つかわしくない、鋭い洞察力と冷酷さに恐怖し、これから自分達にどんな影響を与えるか。縁は身構えていた。

 実際、咲夜は縁達にとって、最大の敵になった。

 

 だが今、再び咲夜と対峙した縁の心は穏やかだった。

 一度経験したから、ある程度の覚悟ができている……というのもあるだろう。

 しかし、それだけではなかった。

 

 確かに一巡目では、咲夜は縁達と敵対した。

 だがその後、園芸部に入れられてからは、彼女なりに仲間として部員達に接するようになった。土いじりは嫌がったが、色んな珍しい植物を手配したり、縁と綾瀬達との関係を気遣ったり。

 まだまだ子供で、高飛車で生意気だけど、心のどこかに人恋しさを隠し持つ。そして、なんやかんやで面倒見が良く、素直じゃないけど仲間想い。

 

 かつて悠がそうであったように、綾小路という肩書を取り払った咲夜は、どこにでもいる齢14の少女。大企業一家の末席である以前に、渚と同い年の女の子だったのだ。

 

 そんな、わがままお嬢様と過ごした日常もまた、縁にとってはかけがえの無い思い出の1ページだった。

 

 そして_____

 

 夢見の襲撃が始まった時。

 悠が殺された後も、皆を守るため、綾小路の財力を武器に咲夜も戦ってくれた。確実に、自分も標的になっているにも関わらず。

 

『アンタ、今何処にいるの!?』

『とにかく聞きなさい!小鳥遊 夢見が逃げ出したの!』

『早く病室に戻りなさい!急いで!』

 

 夢見に殺される直前。

 思えば、電話越しに最後に言葉を交わしたのも、咲夜だった。

 

 今の縁は、そんな咲夜の本当の姿を知っている。

 

「なあ、咲夜。単刀直入に聞くぞ」

「……」

 咲夜は黙って、こちらに視線を向ける。

「咲夜は、何をしにこの学園に……いや、どうして俺を探し出してここに来た?」

 

 だがそれはそれとして、咲夜が転校してまで、縁に会いに来たのは疑問だった。

 

 

 縁は、一巡目と今までの経緯を改めて思い返し始めた。

 

 

 

 *******************

 

 

 

 一巡目において、縁は園芸部入部に際し、良舟学園の暗部を覗くことになった。

 

 縁達が入部する1年前、園子が当時の男性顧問に暴行未遂を受けた。彼は懲戒免職になり、複数の余罪が警察に発覚して逮捕された。

 しかし学園側はこの事実を隠蔽、園子にも口止めを強要した。

 それに関連したトラブルが、一巡目の園子のいじめの要因となっていた。

 縁達はそのトラブルを解決しようと奔走。その結果、悠の権力によって校長や他の教員が学園を追い出されることになった。

 悠には、自身の家の事情に、園子を巻き込んでしまった負い目があったのだ。

 

 そもそも、私立良舟学園を運営する教育財団の主要出資者は綾小路家。現総帥直系の言わば“本家”側と、悠の家系である“分家”側が、共同出資で運営している。特に良舟の運営は、綾小路家の権力闘争でも重要だった。

 

 分家筋で最も権力を有している悠の父は、この事件を契機に、学園長を始めとする辞職した教員の後任に、分家側の人間を据えることに成功した。

 悠の父は分家筋の人間でありながら、綾小路四天王と呼ばれる主要企業4社の一つ、ANEホールディングスの社長の座を勝ち取った傑物。その手腕により、ほんの数ヶ月で良舟から本家側の人間を一掃したのである。

 この一連の騒動によって、結果的に息子の悠自身も、跡目争いを一歩進めることに成功した。

 

 しかし、そんな分家側の良舟における勢力拡大を、本家側は望まなかった。良舟は綾小路グループの経営に直接影響しないとはいえ、この勢いを潰さなければ、残り3社やいずれは綾小路家そのものを乗っ取られかねない。この1年前には、綾小路重工業のエネルギー部門が、ANEに買収されたばかりだった。

 

 そんな本家が、良舟のイニシアチブを取り戻すために送った勢力。その筆頭が、綾小路重工業社長の娘であり綾小路家総帥の孫、咲夜だった。

 そして咲夜はその使命に従い、悠を潰すため、園芸部や学園全体を巻き込んだ騒動を起こした。

 

 

 そして縁は二巡目の世界へ_____

 

 二巡目では、園子の暴行未遂は起こらず、それに付随した綾小路の権力争いも起きなかった。

 しかし、それに値する……あるいはより大きな事件が、二巡目の良舟では起こっていた。

 

 3年前______

 

『男子中学生、半グレグループの男に刺され意識不明の重体』

 

 そのショッキングな事件は、たちまち大きな話題となった。一時は全国ニュースにも取り上げられるほどだったが、しかし悠の根回しにより情報統制が行われ、縁や夢見達はすぐに世間の目から遠ざけられた。

 幸い、被害者が縁であることは世間に知られ無かったが、そうなると面白くないのはマスコミ側だった。被害者やその家族友人から話を聞こうとしていた彼らだったが、謎の権力により強制的に遠ざけられ、満足な取材ができなかったからだ。

 

 しかし彼らは、すぐに矛先を変えた。良舟学園の生徒の安全管理に問題は無かったか、その不備を見つけて追及しようと乗り出したのだ。

 

 そして良舟へ取材を始めて間も無く、あるとんでもない事実が判明する。

 

 男性教師による複数の女子生徒への性的暴行と、学園側による事実隠蔽が発覚した。その男性教師は、一巡目で園子に手をかけようとした男だった。

 マスコミはこの事実を徹底的に追及した。地元警察も捜査に乗り出し、他校に転籍していた男性教師は逮捕。隠蔽を指示した学園長や関係者も徹底的に追及を受け、最終的には刑事責任を問われて書類送検された。

 

 教師の性的暴行とその隠蔽自体は、細かい経緯を除いて、おおむね一巡目と同じ。

 大きく異なるのは、その事実がマスコミによって公にされ、広く世間に注目されてしまったことだ。

 

 本家側も分家側も、こうなってしまっては下手に動くことはできない。出資者としてこの事件の責任を問われた両者は、良舟存続がかかった事態収拾に追われることとなった。

 ただでさえ、教育現場を権力闘争の舞台にしていた綾小路。それだけでも世間の批判の的になるのに、後任人事をそれに利用すれば、それこそ綾小路グループを揺るがす一大スキャンダルに発展してしまう。

 結果、“清廉潔白に学園を再建する”という名目の元、学園長は外部の人間を採用し、他の教員もそれに準じた人事となった。

 

 

 それから3年。縁の刺殺未遂も良舟の事件も、世間からの記憶からは遠ざかった。学園運営は変わらず、本家と分家の均衡を保ち続けて安定している。

 そんな中で、咲夜や悠のような子供が騒ぎを起こしても、簡単に無かったことにされるだろう。寝た子を起こす物音を立てる行為を、大人達が容認するはずがないからだ。

 実際悠もそう言っていたし、一巡目二巡目と、一般人よりは綾小路家に関わってきた縁にもそれは分かっていた。咲夜もきっと理解しているだろう。

 

 

 ならば、一体なぜ______

 

 

「最初はただ、会って文句の一つでも言ってやろうとしただけだったの」

 先に口を開いたのは咲夜だった。

 

「それで、私がアナタのことを調べていくうちに、アナタが例の事件で刺された被害者であることに行き着いた」

 縁は身構えた。

 3年前の事件が、この学園を追い詰めたきっかけになっている以上、綾小路家が自分に良い感情を抱いていないのは確かだった。

 

「その時、お義兄さまがアナタのことを話していたのを思い出したのよ」

「お義兄さまって誰……ああ、あのスポーツカーの」

 あの日咲夜を迎えに来た、青いポルシェに乗った青年。フロントガラスが反射し、縁は顔を見ていなかった。

「でもなんで、その人が……」

「お義兄さまはお医者さんなのよ。綾小路総合病院の脳外科医。アナタもお世話になったでしょう?」

 綾小路総合病院。

 駅前の一等地に聳える超巨大病院。この辺りでは最大の医療機関であり、国内でも最高クラスの医療設備と医師を揃えている。

 3年前の事件当日、縁は悠が手配してその病院に運ばれた。

「4月に会った時、お義兄さまはアナタのこと、気づいていたそうよ。あの時は黙っていらしたけれど」

「もしかして……」

 縁には心当たりがあった。

 

 深い刺し傷で心臓が止まった縁。救急車で運ばれた時、その容体は極めて深刻だった。

 人間は心停止から5分を過ぎると、仮に蘇生に成功しても脳に大きなダメージが残るとされる。蘇生後脳症と呼ばれるもので、意識が戻らなかったり、身体機能や認知機能に障害が残る場合が多い。

 縁も、意識が戻る可能性は30%以下。意識が戻っても、元通りの生活を送れる可能性は低いと診断されていた。実際、縁は事件の記憶をつい最近まで失くしていた。

 

 そのため、縁の担当医の中には、脳外科医も複数いた。そのチーフ的役割を担っていた医師は、他の医師より随分若かった記憶がある。

 今思えば、どことなく悠に雰囲気が似ていた。

 

「驚いていらしたわ。二度と目覚めないかも知れなかったアナタが、元気に街を歩いているんだもの」

「……感謝してもしきれないな。その人にも」

 立って歩くこともままならなかった縁が、今こうしてられるのは、病院の医師や看護師達の治療やリハビリのおかげだった。きっと、咲夜の義兄がいなければ、皆と会話すらできなかったかもしれない。記憶喪失だけで済んだのは、間違いなく奇跡だった。

 悠と、病院の先生達には、感謝してもしきれない。

 

「でも、俺があの事件で刺されたのを知ったからって、なんで転校までして来たんだ?」

「それは、その……」

 急に俯く咲夜。

「アナタ、従妹を助けに行って、刺されたんでしょう?」

「……まあ、そうだな」

「誰かを助けるために身体を張れるって、なんていうか……すごいことだと思うの。かっこいいっていうか……って、今のは何でもないわ!忘れなさい!!」

 縁は面食らった。

 まさか咲夜が、彼女なりにここまで直球に、相手をほめることなんて滅多に無い。ほぼ初めての経験だった。

「それに、この間もちゃんと相手して案内してくれたし、今日だって……嬉しかった……じゃなくて!その……庶民にしては、ずいぶん気が利くじゃないって思ったから」

 どれもこれもほぼ強制じゃねえか。縁は思った。

 

「だから、その……」

 俯いたままの咲夜。

 耳の先まで赤く染め、しばらく黙りこくっていた。

 

 だがやがて顔を上げ、意を決したように口を開いた。

 

「わ、私の隣に、立たせてあげても……いいかなって」

「……なんだって?」

 

 困惑してたじろぐ縁に、一歩歩み寄る。

 

「悠も、綾小路家も関係ないわ!私はね……」

 

 ローズマリーの瞳が、真っ直ぐこちらを見つめてくる。

 一巡目も含め、一度も見たことがない表情だった。

 

「アナタを、私のモノにするために、この学園に来たの」

「______っ!?」

 

 その瞬間、縁は思い出した。

 

 そこには、わがままなお嬢様も、冷酷な悠の政敵の姿も無い。

 

 

 ヤンデレCDヒロインの一人、

 綾小路 咲夜がそこにいた______

 

 

 「どう?嬉しいでしょ?」

 

 不敵に微笑む咲夜。

 

 先程までの、穏やかな気分は吹き飛んだ。

 縁は一巡目と同じ……いや、それ以上に困難な局面に直面することになった。

 

 

*******************

 

 

 綾小路 咲夜

 

 日本屈指の大財閥、綾小路財閥の令嬢。

 拝金主義で自分に目もくれない親の下で育てられたため、感情表現が上手くできず、好きな人に対しても素直になれず傲慢不遜な態度を取ってしまう。また、金銭感覚や常識が常人とは大きく異なっており、突拍子もない発言で周りからは距離を置かれがち。それでも、対等に接してくれる主人公に恋心を抱き、何かと絡んでくる。しかし“自家用ジェットで海外の遊園地へ行く”とデートに誘い、そのことを呆れられてしまい遂に逆上。自分だけを愛せるようにと、厳重警備の屋敷の一室へ、主人公を監禁してしまった。

 

 

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