ラスト・オブ・リアル・ワンス   作:さくらのみや・K

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第Ⅸ病 THIRTEEN DAYS

 

「アナタ、屋上にいたわよね?」

 静かに住宅街を走るロールスの車内。咲夜の問いに対し、渚は無言だった。

 代わりに表情が険しくなり、目付きが鋭くなる。

 

 しばらくの沈黙の後、

「渚さん?」

「……うん」

 ようやく渚が頷く。

「いつから尾けていたの?」

「ほとんど、最初から」

「やっぱりね。じゃあ、私が彼に話したことも?」

「聞いたよ、全部……」

 さっきまでの同い年の友人に向ける眼が、自らの幸せを脅かしかねない敵へ向けるそれに変わった。

「……知ってたんだ」

 ぽつりとこぼすように、渚は言った。

「ええ、もちろん。それじゃあ……」

「ねえ」

 咲夜の言葉を遮り、渚は首を傾げた。

「見てるの知ってて、お兄ちゃんに告白したの?」

「そうよ」

「どうして……?」

 

 深まりつつあった友情が、互いの策略が交錯し合う腹の探り合いだったと分かった瞬間だった。

 渚は咲夜が、縁を自分のものにしようとしていたことを知りながら彼女に近づき、咲夜はその本心を察しながらそれを受け入れた。

 

 渚の左肩にかけた、トートバックの持ち手を握る手に力がこもる。

 いくつものなぜが、渚の頭に浮かぶ。

 

 なぜこの学園に来たのか、

 なぜ縁に告白しに来たのか、

 なぜ渚と仲良くなろうとしてみせたのか……

 

「……何かおかしなことでも?」

「え?」

「だって、縁に告白する場面を妹のアナタに見られたところで、何の問題もありはしないでしょう?」

 睨みつけてくる渚に、一方的に現実を突きつける咲夜。もしここが、咲夜のロールスの車内で無かったら、どうなっていたかは分からない。

「そ、そうかも知れないけど……そうかも知れないけど!でも!それでも私はお兄ちゃんを……」

 語気を荒げる渚。

 普通の兄妹ならそうだ。兄との恋愛事情を、血縁関係にある妹に目撃されたところで、気まずいかも知れないくらいで何の問題は無い。

 だが、渚の縁に対する感情は、普通のそれを大きく超えている。

 

 自らの血の繋がりなんて関係無い。

 縁を他の誰かに盗られるなんて許せない。

 

 その想いを踏みにじる咲夜に対し、渚は自分の感情を抑えられなかった。

「私はずっとお兄ちゃんと過ごしてきた!お兄ちゃんのことなら何でも知ってる!綾瀬なんかよりも……だから、アンタみたいなポッと出のお嬢様なんかには、絶対渡さないんだから!!」

 咲夜に掴みかかる渚。

 

「!!」

 すかさず、助手席の執事兼ボディーガードが、こちらに身を乗り出そうとする。

 

 だが、スーツの懐に手を入れたところで、咲夜がそれを制した。

「お嬢様……!」

「……」

 無言で執事を睨む。男は渋々、前を向き直った。

 

「……本当に好きなのね」

「え……」

 唐突に語気をやわらげた咲夜に、思わず拍子抜けする。

「咲夜さん……?」

 力が抜けた渚を、咲夜はそっと彼女の座席へ押し戻した。

 

「本当は縁に告白を受け入れさせる気でいたわ。だから、アナタが近づいてきた時も好都合だと思って、付き合ってあげたってわけ」

「……」

 まだ疑いと敵対心を拭えない渚は、その言葉に不快な表情を返した。

「そうすれば、アイツは……幽夜はこの学校で一番の拠り所を失う。良舟に……というより、この街に居続ける一番の目的を奪えば、追い出すのは簡単だわ」

「そのために、お兄ちゃんや私を利用しようと……っ!」

 渚は、ぎりりと歯を食いしばりながら言った。

「……最初はね」

 咲夜はため息を吐いた。

 

「実際に園芸部に入って、アナタや河本 綾瀬と実際に対峙して、アナタ達の縁に対する想いの強さを思い知らされたわ。そして、彼もアナタ達を大切に思ってるでしょう?」

 常に言い合う渚と綾瀬。その話題の全てが、縁に関わることだった。その内容は、一度街で出会った程度の自分には、到底知りえない深い内容ばかり。

 それは、二人をなだめる縁も同様だった。いつも二人のことを考え、関係の悪さを憂いでいた。

「今から何をしようと、私は縁にとって一番大切な存在にはなれない。どんなに策を巡らせようと、アナタ達が過ごした時間の差は埋まらないものね」

「……あきらめてくれるの?」

 恐る恐る、渚が尋ねた。それを見て、咲夜は微笑んで応えた。

「無理やり交際関係を気付こうとしても、アナタのお兄さんは反抗するでしょう?それをねじ伏せたところで、アイツに足元を掬われて恥を晒すのがオチだわ」

「……ッ」

 戦略的な回答に、不快そうな表情を浮かべる渚。

 

「それに……」

 咲夜は言葉を続けた。

「私も、アナタと同じだったから……」

「……どういうこと?」

 渚が聞き返すと、咲夜は俯いた。初めて見た、悲しげな表情だった。

 

「私もね、血の繋がった実の兄を愛していたの______」

「!?」

 

 咲夜が顔を上げる。

 その赤い瞳には、かすかに涙が浮かんでいた。

 

 渚は真っ直ぐ見つめ返す。

 幾度となく鏡で見つめた、自分自身の瞳と瓜二つだった。

 

 ロールスの後部座席で、同じ禁断の感情を抱いた二人が、見つめ合っていた。

 

 

 

 *******************

 

 

 

 縁は千里に連れられ、部活帰りの学生達で騒がしくなったコンビニから、町外れの古ぼけた倉庫に移動した。

 見た目はボロいが廃屋というわけではなかった。中には平ボディの大型トラックやトレーラー、更にはダンプトラックが整然と駐車されている。倉庫の片隅にある棚やそこに置かれているの物品の様子からも、この倉庫が常に使われている場所だと分かった。

 

「……おい、ここ大丈夫なのか?」

「とある運送会社の車庫ですよ。ここなら、邪魔が入る心配はありません」

「じゃなくて、どう考えたって不法侵入だろって言ってるんだ」

「そうですね。トラックにはどれもドライブレコーダーが付いてるので、僕らの姿はバッチリ映ってるでしょうねぇ」

「なっ!?ふざけんな!!」

 こんなことで、来年の大学進学や将来に余計な傷をつけられてはたまらない。

 慌てふためく縁を見て、千里は揶揄うように笑った。

「冗談ですよ!」

「はぁ!?」

「友達の父上が経営されている会社でしてね。今さっきその友達に連絡して、場所だけ貸してもらったんですよ」

「……」

 本当に、とことん人を揶揄うのが好きな奴だ。またしても千里にもてあそばれた事実に、縁は歯噛みした。

 

 

 塚本 千里______

 

 色んな噂に詳しい“知りたがり”を名乗る、どこかの学生。やや幼げな顔付きのせいで、中学生か高校生かもはっきりしない。

 

 だがそれは、彼の表の顔でしかない。

 

 日本の裏社会屈指の情報組織、“千里塚インフォメーション”。

 私立探偵など足元にも及ばない情報収集能力を持ち、縁のような一般の男子高校生の人間性から、咲夜のような大企業の令嬢の私生活、果ては核弾頭を積んだICBMの発射コードまで……金額次第でクライアントの望む全ての情報を手に入れる、情報のブラックマーケット。その能力から、綾小路のような大企業や政治家が、自分に有利な情報を手に入れるため、大金を積んで彼らに仕事を依頼していた。

 

 千里はその構成員だった。

 一巡目で、当初は咲夜に雇われて縁達の情報収集をしていた。しかし好奇心から直接縁に接触し、最後は彼にビジネスとして依頼される形で、咲夜の情報を提供した。

 

 いつも気味悪いまでに満面の笑みを浮かべ、こちらの動きや考えを先読みした上で、もてあそぶような話し方をする。

 縁はこの男が大嫌いだった。

 

咲夜との抗争の最中。いつも神出鬼没に現れては、無慈悲な現実と自分では手に入れられない情報の断片を見せつけ、縁の精神を徹底的に追い詰めた。挙句の果てには、咲夜に対する切り札を、千里の情報収に縋る羽目になった。

 散々もてあそばれた挙句、やり返す隙も無かった縁は、千里をこの世で最も嫌いな人間リストに入れていた。

 無論、この二巡目で最も再会したくなかった人間だった。

 

 

「さて、と。ねえ、縁さん?」

 千里は、その辺に置かれていたエンジンオイルのペール缶に、足を組んで腰かけた。

「……なんだよ」

「そろそろ、綾小路咲夜も動き始めるんじゃないでしょうか」

 その切り出し方は、縁の想像通りだった。やはり千里は、縁の元に咲夜が現れてから今までの現状に興味を示して接触してきたようだ。

「再開発における綾小路重工側のイニシアチブを確保する。という大義名分があるとはいえ、彼らにとっては片田舎のこの街にわざわざ転校して、一庶民である縁さんに告白までしたんですから。目的があなたを手に入れることであろうと、真の目的が別にあるとしても、いずれにせよ何か大きな動きがあるはずです」

「そうだろうな」

 なぜ千里がそれを知っているのか、最早疑問にすら思わない。

 良舟学園は、綾小路家の令嬢が通うには確かにやや分不相応なのは、縁にも分かっていた。増してや、本家と分家の権力闘争が明るみに出そうになり、両者ともこの学園の運営では慎重になっている中では、咲夜の転校には多くの反対が伴ったのは想像に難くない。更にその上で、あろうことか縁に恋人関係を迫ってきた。

 あのプライドの塊のような咲夜がここまでした以上、このまま穏便に済ませるわけがない。

 

「もし動くとして、あいつは何をしでかす?」

「ふふ、そうですねぇ」

 千里は白々しく考えるふりを見せる。

 

「綾小路 悠と、河本 綾瀬の退学……なんていうのはどうです?」

 

 千里の言葉に、縁の鼓動が跳ねた。

 

「あなたを恋人にすること、悠をこの学園から追い出すこと。どちらが目的でどちらが手段かは、今のところ本人にしか分かりません。ただどちらにせよ、あなたを恋人として自分側に取り込めば、悠は学園内での後ろ盾を失うことになる。転校当初に咲夜以上の暴虐を振るった彼の、今の交友関係のほとんどは、縁さんのヒモ付きですからねえ」

 かつて幽夜としてこの学園に転校し、綾小路お決まりの貴族ムーブで顰蹙を買った悠。今の名前に変えて転校し直したとはいえ、多くの生徒達は彼の存在を快く思わなかった。今でも、過去の評判や綾小路家という肩書が足を引っ張っている節がある。

 そんな悠を、どうにかクラスに馴染めるように縁は尽力してきた。だがそれも未だ完璧ではなく、何かでグループを作る時も「縁がいるなら」という条件付きで悠を仲間に入れるような場面が、今も時々あった。

 

 今の悠の学校での立場を担保しているのは、実は縁だった。縁が離れれば、悠は学園内で早々に孤立するだろう。

 

「とは言え、あなたにとっても悠は親友でしょう?そう簡単に裏切るとは思えません。その上、他の女性方……特に渚さんと河本 綾瀬の存在がある以上、あなたも咲夜の交際を素直に受け入れはしない。そんなことをすれば、今度は包丁か五寸釘がお腹に刺さっちゃいますからねえ?」

「いい加減にしろよ、お前……」

「ああいや!これは失敬」

 睨みつける縁に、千里は笑顔を崩さす謝るフリをしてみせた。絶対ネタにしてくると分かっていても、千里の無神経な冗談に、縁は苛立ちを抑えられなかった。

「まあそれはともかく、咲夜もそれは百も承知でしょう。とはいえ、いくら総帥の孫娘と言えどその力を行使することは現状望めない。となれば、まずは自分で、あなたの周りの人間を取り込む必要が出てくる」

 一巡目では、綾小路本家が良舟学園の運営のイニシアチブを取り戻す計画の一つとして、分家側の悠を退学させるために送り込んだのが咲夜だった。そのため、彼女のバックには本家の権力と財力があった。千里塚を雇えたのも、その資金が使えたからだ。

 だが二巡目では、完全に咲夜の個人的な行動となる。総帥の孫娘であり重工CEOの令嬢と言えど、子供の個人的な人間関係に金と力を使ってくれるほど、綾小路家は甘くは無い。縁が起こした事件によって実態がマスコミに暴かれ、下手な手出しができなくなった良舟学園が舞台となれば、尚更だった。

 そうなれば、サラリーマンの月収以上のお小遣いと、自分の努力でどうにかするしかない。

 

「あなたと距離が近く、関係が深く、そして自分とも距離が近くて言葉を重ねる時間が長い人間……さあ、それは誰でしょう?」

「……渚か」

「イエス」

 苦々しく答える。

 悠があの日言ったことと同じだった。勢いに任せて言った彼とは違い、千里には仮説を裏付ける根拠があった。

「彼女が何と言おうと、兄妹では恋人関係にはなれないですし、多分縁さんもそんなことは望んでいないでしょう?多分ですよ?多分」

「多分多分うっせえよ!絶対ねえよ!」

 咄嗟に否定する縁を、千里は笑いながらスルーした。

「故にあなたの妹と河本 綾瀬では、相対的に妹さんの方が障壁になりにくい。その上で、彼女と友好的な関係を築くことができれば、穏便に大きな障害を一つクリアできる」

 妹である以上、異性として、縁が他の女と付き合うことを止める力は無い。その事実を突き付け、且つどうにかして渚の感情を上手く抑えることができれば、咲夜が縁と付き合うのを認めてくれるかもしれない。作戦としては悪くなかった。

 

「後は渚さんに交際を後押しするようお願いしたりして、縁さんと付き合うことができれば……?そうですね、ハッピーエンドですね。あなたが咲夜と交際を決めた時点で、悠はこの学園に在籍し続けるのを諦めるでしょう。もしかしたら彼女が手を下すまでもなく、自ら縁さんと絶交して退学するかも知れませんねぇ?」

「この野郎……」

 パチパチと拍手する千里。どれだけ人をコケにしたら気が済むんだと、縁は睨む気力も失って、諦観のため息をついた。

 

「とはいえ、まだ河本 綾瀬が残っています。が、これも早々に片付くでしょう」

「綾瀬はどうしようってんだよ」

「簡単ですよ。あのナイフみたいにキレた綾瀬が、咲夜をただで済ますはずがない。その感情を目一杯煽ってやれば、すぐに綾瀬は理性を失って、咲夜に手を出すでしょう。もっとも、あなたが咲夜と付き合った時点で、彼女の怒りのメーターは振り切れるでしょうけど」

 確かに、現時点で綾瀬の咲夜に対する心象は最悪だった。縁が渚や園子や、他の女と会話するだけで不機嫌になる綾瀬が、二人の交際を知れば何をしでかすか。縁は想像したくなかった。

「咲夜がどこまでリスキーな手段に出るかは分かりませんが、綾瀬に先に手を出させれば、それでチェックメイトです。退学で済めばラッキーでしょうねえ」

 良舟学園に手を出せない綾小路家といえど、身内に危害を加えられればさすがに黙ってはいない。学園側も、綾小路の令嬢の身に何かあればただでは済まない。

 学園は速攻で綾瀬を追い出すだろう。最悪、この街にすらいられない状態になるかもしれない。

 

 そうなれば、縁と悠のどちらが本命にせよ、咲夜にとって最大の邪魔者はいなくなる。

 後は縁と渚を隣において、良舟学園の女王として青春を謳歌すれば良い。

 

「なるほどな、確かによくできた妄想だな」

「そうでしょう?」

 縁の精一杯の皮肉を、千里は軽く受け流す。

「だけど、そんなトントン拍子で事が進むとは思えない。渚がそんな簡単に咲夜の言いなりになるとは思えないし、悠もその前に手を打ってくるだろ。第一、俺がそんな簡単に、咲夜に屈すると思ってんのか?」

 千里の話は、あくまで全てが思惑通りに進む前提の話だ。

 そもそもの話、咲夜が本当に悠を追い出そうとしているかも確証がない。

「綾瀬がブチ切れるのは否定しないんですね」

「黙れ」

「あっはは。ま、これはあくまで、綾小路 咲夜が何かしら企んでいると考えた場合の仮説です。ただ彼女が、あなたにひと目惚れしてやってきただけかもしれませんし」

 そう言って一通り笑った後、千里は幾分か表情を正して縁に向き直った。

「いずれにせよ、咲夜の転校と園芸部入部、彼女と渚さんの接近で、あなたの周りを取り囲む人間関係は一気に緊迫してしまいました。何かきっかけがあれば、一気に破綻するでしょうね」

「……」

 こちらの精神状態などお構いなしに、淡々と話し続ける千里に、縁は黙るしかなかった。

 

 咲夜を園芸部に入れたのも、渚と距離を縮めさせたのも、全ては縁が発端だった。

 どちらも、既に緊迫している渚と綾瀬の感情を更に悪化させないため、咲夜がこの学園で孤立させないようにと気遣った結果だった。一巡目で、最後は皆良好な関係を築けたという記憶を頼りに、敢えて皆の距離を縮めて、色んなわだかまりを解すことができるのならと考えた。

 

 この状況を招いたのはお前自身だ。と、千里は暗に言っているのだ。

 自覚はあってもなお、縁は湧き上がる無力感を抑えられなかった。

 

「どうすればいいか……なんて聞いたって、どうせ答える気なんてないんだろう?」

「それはあなたが考えるべきことですからねえ」

「クソがっ」

 しれっと答える千里に、縁は毒づいた。

 

 最悪な提言はするが、ろくな助言はしない。

 頼んでもないのに干渉するは癖に、その言動にはとことん無責任。

 そのくせ、話す言葉に間違いがない。

 

 縁が、塚本 千里という男が大嫌いな最大の理由がこれだった。

 ここまで無慈悲な話を一方的に突き付けて、それに対するアドバイスはまるでする気がない。

 

 17年間プラス3年間の人生で、これほどタチの悪い奴には他に会ったことが無かった。

 

「とはいえ、せっかくお会いできたんですし、一つだけ」

 話し始めた千里の言葉に、縁は身構えた。いつも千里の言葉は、自分の感情を揺さぶってくる。それが、新たな悩みの種となって、縁を苦しめるのだ。

()()すれば、何か糸口が見つかるかも知れませんよ?」

「咲夜のことをか?」

 一巡目でも、縁は同じことを言われた。もっととんでもない事を言われると思っていた彼は、肩透かしを食らった。

「いいえ。というより、それは当然のことです」

 が、千里は首を振る。

 

「僕が言いたいのは、綾小路 悠についてですよ」

 

 その言葉に、縁は一瞬混乱し、沸々と怒りがこみ上げる。

「お前、俺があいつのこと何も知らないって言いたいのか……?」

「ええ。ついでに、分かった気になっているともね」

「ふざけんな!」

 思わず声を荒げた。

 

 縁にとって悠は親友。

 彼が転校してから、3年以上ずっと一緒だった。たくさん言葉を重ね、互いの事情も悩みも共有してきた。

 なのに、それを“分かった気になっている”と赤の他人に言われれば、怒りも湧いた。

 

「少なくとも、人の覗きばっかしてる奴に言われる筋合いはねえッ!!いい加減にしろよッ!!」

 怒鳴る縁を、千里は涼しく受け流す。

「あなたが見てきたのは、あくまで良舟学園生としての綾小路 悠。それ以前の彼は、あくまで本人が語ったものに過ぎない。たかが数年ぽっちで理解した気になっているなんて、全くお笑い種です」

「……ッ」

 悔しいが、縁には返す言葉が無かった。

 

 悠は親友だが、兄弟でもなければ、昔からの幼馴染でもない。

 どこまで行っても、所詮は中等部の途中から知り合った、クラスメイトに過ぎないのだ。なのに幽夜だった頃の彼を改心させ、それを根拠に悠を分かった気になっていたのだ。

 でも実際は、彼が前の学校ではどうだったのか。

 綾小路で具体的にどういう扱いを受けているのか。

 咲夜との関係はどうだったのか______

 

「いずれにせよ」

 千里は立ち上がった。

「あまり時間はありませんよ。おそらく、夏休みまではもちません。2学期を迎える事なく、園芸部とあなたの人間関係は崩壊するでしょう」

 尻の土ぼこりを払いながら、最悪の展開をさらりと言ってのける。

 人を食ったような話し方ばかりするが、嘘だけは吐かない。残酷なまでに、どこまでも真実だけを話してくる。

 仮に嘘だとしても、縁にはそれを確かめる術は無かったが。

 

 そして、真剣な表情で千里は告げる。

 

 

「13日以内に、決着を着けて下さい______」

 

 

 それが、千里が予測するタイムリミットだった。

「13日。たった、それだけ……」

 2週間足らず。

 それまでに何とかしなくては、縁は親友も幼馴染も、居場所すらも失う事になる。

 

「大丈夫ですよ、縁さん」

 千里の言葉に、思わず縁はぎょっとした。

 その言葉は、彼が知っている一巡目の千里が口にするような言葉ではなかったからだ。

「世界はかつて、13日間で核戦争を回避しました。縁さんにも、この危機を乗り越えることができると、僕は思っています」

 その言葉は、明らかに励ましの言葉だった。

 それも、何の嫌味の無い純粋な……

「何を根拠に……」

 縁の問いに、千里はさっきまでとは違う、確信を得ているようなキリっとした笑みを浮かべた。

 

「______でないと、面白くないでしょう?」

 

 相手の気持ちを逆撫でするような言葉だったが、何故かその声には嫌味が無かった。

 どこか爽やかな、本心で励ますような声色と表情だった。

 

 

 その時、初めて縁は気が付いた。

 

 目の前に立つ二巡目の塚本 千里は、

 初めて見る私服姿だった______

 

 

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