泉新一のいる実力至上主義の教室 作:salong
ギラギラと太陽が頭上から容赦なく辺りを照らす中、私は学校に向かって足を進めていた。ふと、周りの登校中である生徒たちを見てみると手をパタパタしてうちわ替わりにしたり、来る途中で購入したと思われる冷えた飲み物を顔に当てたりして暑さを凌いでいた。それだけ今年の夏は暑いと言うことを表している。
「それにしても今日は本当に暑いですね真澄さん」
杖を突きながら私の隣を歩く坂柳がそう語りかけてくる。
「ええ、多分去年よりも気温が上がってるんじゃないかしら」
事実、去年と比べて明らかに気温が上昇しているのが体感で何となく分かる。これも地球温暖化の影響なのだろう。温暖化のことについては社会問題になっており、ニュースでも度々取り上げられているのを目にしている。
「私が言うのもなんですが、こんなに暑いと気付かないうちに熱中症になってしまう恐れがありますからくれぐれも体調にはお気を付けください」
「分かってるわよ。自分の体調ぐらい管理出来るわ」
しかし、それが気にならなくなるほどの事件が全国各地で起きていた。そう、ミンチ殺人だ。今から3年前くらいに人間の死体がミンチにされているのが発見され、世間を震撼させた。また、それだけでなく、ある中学で起きたたった一人の生徒による大量殺人事件。こんなことが立て続けに起きていればそうなるのも無理はない。
そしてやっと落ち着いてきたかと思ったら今度はこの敷地内で行方不明者が出たと言う。犯人は今だに見つかっておらず、警察によればまだ敷地内の中に潜伏している可能性があるらしい。そのことについて一昨日も少し話をしたのだが、その中で気になることがあった。
『ああ……だけど少しは用心しておいた方がいいかもしれないよ。最近落ち着いてきたとは言っても、また何が起きるかわからないし、それだけ今の世の中が物騒過ぎるんだ。みんな他人事のようにしてるけど、突然平凡な日常が簡単に崩れることだってあるんだからもっと気を付けるべきだと思うんだ……』
(あの時のあいつの顔……気のせいかもしれないけど…一瞬だけ何だか悲しそうな顔をしてるように見えた…)
私がそう思っている相手は同じクラスで隣の席でもある泉新一。彼は高校生にしてはどこか大人びているような感じがする男子生徒であり、出会った時から周囲とは違う何かを私は感じていた。
それに水泳の授業の時に見たあの胸の傷には驚かされてしまった。一体どうしたらあんな酷い傷が出来てしまうんだろう。本人はちょっと事故にあったって言ってたわね。どうみてもちょっとどころじゃないと思うけど。
泉についてはまだ全然分からないところがある。だけど確かなのは、あいつがとても優しい奴だってこと。だから私が犯した罪のことも話してあげた。ただ、一つだけどうしても話すことが出来なかった。
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昼食を取り終えた俺は綾小路たちと佐倉のことについて話していた。予定通り、放課後に櫛田が声を掛けたらしいが、事件のことについては何も話してくれなかったとのこと。どうやら相当目立つのが苦手らしい。それに綾小路は佐倉が目撃者だったとしても名乗り出る義務はないし、無理に証言してもらうことに意味はないと言っていた。確かにその通りだ。その佐倉って子の気持ちを考えずに無理やり証言させても後味がよくないものになるだろう。
また、下手をすれば学校側から虚偽の申し出をしているのではないかと疑われる可能性もある。そうとなると他に一体どうすればいいのかと思っていたが、綾小路によると昨日の放課後にBクラスが今回の件を手伝うと言ってくれたそうだ。あの一之瀬たちが協力してくれるのならかなり心強いことであろう。もしかすると事件解決に繋がる何かを見つけてくれるかもしれない。俺はそんな期待を胸に抱くのだった。
そして特に眠気がピークになる午後の授業を乗り越え、ようやく学校での一日が終了した。廊下に出れば部活に行く生徒や帰宅する生徒で溢れている。そんな中、俺は読み終わった本を返しに行こうと思い、図書館に向かう。
その最中、前方から二人の男女が歩いてくる。そのうちの一人は生徒会長である堀北学であった。もう一人は確か…橘って言う人だったはず。そういえばこの二人はよく一緒にいるところを見かけるな。よほど仲がいいんだろうか。そう思い、通り過ぎようとした時だった。
「泉新一だな?」
突然立ち止まり、俺の名前を呼ぶ生徒会長。
「はい。そうですけど?」
「お前とこうやって喋るのは初めてだったな。だが、自己紹介はいらないだろう?流石に生徒会長の名前くらいは知っているはずだ」
眼鏡をクイっと上げてそう語る生徒会長。ここの生徒である以上、流石に名前くらいは俺も知っている。あの時の演説が特に印象的だったからな。と言うか知らない奴なんているのか?
「そうですね。俺も生徒会長の名前くらいは知ってますよ。それで俺に何のようですか?」
「実は以前からお前と話してみたいと思っていたんだ。しかし、中々機会が回ってこなくてな。そこでだ泉、早速聞きたいことがある。お前は今年の…いや、歴代の中でもトップの運動能力を持っていたな。何か習い事でもやっていたのか?資料には何も記載されていなかったが」
「え、えーと…小学生の時に少し球技をやってました…はは…」
「そうなのか…?しかし、ここまでの記録を叩き出すのは常人には不可能なはずだ。……まぁ、いいだろう。いずれ体育祭でお前の活躍を見ることが出来るだろうしな」
体育祭か。それまでに退学してなきゃいいけど。
「そ、そうですか。それであの…俺からも少し聞いてもいいですか?」
「構わないぞ。それで何が聞きたいんだ?」
「今、1年のCクラスとDクラスの生徒の間で問題が起きてるのは知っていますよね?やっぱりこのままだとDクラスの須藤は停学になってしまうんでしょうか?」
「ああ、その通りだ。このままいけば間違いなく須藤は停学、Dクラスはクラスポイントを減らすことになるだろう。最も、何か決定的な証拠があれば話は別なんだがな。だが、Aクラスのお前には関係のないことだろう?」
「いえ…ちょっと聞いてみたかっただけなんです」
「そうか。ともかく、あまり変に首を突っ込まないようすることだな。ではそろそろ…」
「あれぇ〜?堀北会長と橘先輩じゃないっすか〜。こんなところで立ち止まって何してるんですかー?」
そこに現れたのは金髪で背が高く、顔立ちが整った男子生徒であった。この人は確か2年生の…
「なっ、南雲君!?」
「別に何でもないが。俺はただ泉と話をしていただけだ」
「泉?ああ、そこにいる一年のことですか。そういえば今年…じゃなくて歴代の入学者の中で一番運動が出来るんでしたっけ。あ、自己紹介がまだだったな。俺は2年Aクラスの
「1年Aクラスの泉新一です。よろしくお願いします、南雲先輩。その…運動に関しては、少し調子が良かっただけですよ」
「おいおい、少し調子が良かっただけでトップが取れるわけないだろ。それも今年じゃなくて歴代だぞ、歴代。今ここにいる俺や堀北会長よりも上ってことなんだぜ」
「い、いや…本当にそうなんです…」
流石にこの適当な理由じゃ誤魔化せるわけないよなぁ…いつかはボロが出るかもしれないとは思っていたけど。
「まぁ、いいさ。いつか分かることだしな。それと堀北会長、俺今日はちょっとサッカー部の方に顔出しに行くんで少し遅れますね」
「そうか、分かった。ただ、元いたサッカー部の面倒を見るのもいいが、生徒会の活動を怠るようなことはするんじゃないぞ」
「そんなこと分かってますよ。それに今まで俺が生徒会での活動を怠るようなことなんて無かったじゃないですか。少しは信用してくださいよー」
軽い口調でそう答える南雲先輩。普段からこんな感じなのか。
「それじゃあ俺そろそろ行きますね。堀北会長、橘先輩。また後で会いましょう。それと泉もまたいつか会おうぜ」
そう言い残し、南雲先輩はその場を後にした。
「全く、相変わらずな奴だ。それはそうとすまなかったな、泉。少し長くなってしまって。もう行っていいぞ」
「あ、はい」
そう言われ、俺もその場を後にして図書館に向かった。それにしてもあの生徒会長が俺と話してみたいと思っていたとは。しかも俺が歴代入学者の中で運動能力がトップだったなんて…ちょっとやり過ぎたか…試験の時はなるべく良い成績を残そうと思っていたからそこまで考えていなかったなぁ…
「泉君って小学生の時に球技をしていたと言ってましたけど、本当にそれだけでそんな凄い記録を出せたりするんですかね?」
先程の話で出ていた泉の運動能力のことについて橘がそう言ってくる。これに関しては疑問に思うのも仕方のないことだろう。
「いや、あれは多分嘘だな…たかが球技を少しやっていた程度であの記録を叩き出せるはずがない。それとあいつには少し不可解な点があってな」
「不可解な点?それって一体…」
「奴の中学での体育の記録が2年の半ばから大幅に上がっているんだ。その前までは平均的な記録だったのに対して…」
「えっ!?…たっ、確かに…それは不可解ですね…でも、もしかして実力を隠していたとかその可能性も…」
「いや、それは考えづらいな…いくら何でもこんな中途半端なことをして何の意味があると言うんだ。それにあいつの中学は……」
「……?会長?どうされました?」
「…いや、何でもない。気にしないでくれ。それより橘、早く生徒会室に行って活動を始めるぞ」
「はっ、はい!」
俺は橘にそう言うと、少し足を早めて生徒会室に向かうのだった。
泉新一…お前は一体……
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本を返却するだけのつもりだったが、気になる本を見つけて立ち読みをしてしまい、少し時間を取られてしまった。その後すぐに俺は玄関へ向かい、外に出る。ふと、近くの時計を見ると現在の時刻は4時を回っており、周りを見渡すと先程と比べて生徒の数はかなり減少していた。あと他に大体残っているのは部活をしている生徒くらいだろう。そんなことを思いながら前に進んでいく。そして寮へ帰っている途中、少し前に見覚えのある二人の後ろ姿を見つけた。
「綾小路、一之瀬」
名前を呼ぶと二人が振り返る。夕陽に照らされるその二つの顔はとてもよく整っており、まさに美男美女と言えるだろう。
「泉か」
「泉君!って、綾小路君は泉君のこと知ってるの?」
「ああ、入学初日からな」
「へぇー、そんな前からなんだ。知らなかったよ。仲良いんだね」
興味深そうに言う一之瀬。
「ところで泉は今日は帰りが遅いが何かあったのか?」
「実は放課後に読み終わった本を図書館に返しに行ったんだけどそこで気になる本を見つけちゃってさ。読むのに少し夢中になってたんだ」
「そうだったのか。本当に本が好きなんだな。お前は」
「そう言う綾小路も読む方じゃないか」
そして次に俺は先程から疑問に思っていたことを質問した。
「なぁ、後ろから見ていて思ったんだけどさ、二人は付き合っているのか?」
「にゃにゃ!?ち、違うよ!ただ綾小路君と一緒に帰っていただけだよ!」
不意にこんな質問をされたからなのか、顔を真っ赤にして否定する一之瀬。一方の綾小路は表情を全く変えずに同じように否定した。前から思っていたが、綾小路っていつも同じような表情ばかりしているな。本人からするとこれが普通なのかもしれないが。
「そうか。距離感も近いし、てっきり付き合っているように見えたからさ」
「と、とにかく!私たちはただの友達だから!」
「落ち着きなよ。それは充分わかったから。あと、そういえば一之瀬たちは今回の件を手伝ってくれるんだろ?何か考えはあるのか?」
「うーん、そうだね。さっきも綾小路君に同じことを言ったけど、やれるだけのことはやってみるつもりだよ」
「そう言うことだ泉」
一之瀬に続けてそう答える綾小路。表情は相変わらずだか、心なしかどこか期待しているように見えた気がした。
新一の出身中学を知っているのは学校関係者と堀北学だけです。