チク、タク、と部屋の時計が鳴り響く。
そして沈黙する俺と亜美。
「遅いなぁ、貴司の奴」
トイレに行ってから十分は優に超えている。気がする。
いや五分かな。実は三分も経ってないかもしれない。
「……そろそろかな」
「ん?」
亜美が呟いた。
「そろそろ貴司が帰ってくるって?」
そんなことまで分かるのか。
愛の力ってすげーな。
「うん。……ちょっと、目を瞑っててくれる?」
「え? 何? 何が始まんの? サプライズ?」
「いいから」
言われた通り目を瞑る。
何が始まるんです?
「動いちゃ駄目だからね……」
「おうふ」
耳元で囁かれる。
くすぐったくて変な声出ただろ。やめろよ。
と、その声に気を取られていて気付かなかったが、俺の腕が背中に回されていた。
おいおい、サプライズでここまですることあるのか?
俺がじっとしていると、あっという間に後ろ手縛りの完成だ。
「もういいよ」
言われて俺が目を開けると、目の前にはビニール紐を持った亜美。
「何これ? 腕を封じて、一体何をしようって言うんだ? ていうか、貴司は――」
「これで身動きできないね。ふふ、どうしよっかな」
そう言いながら笑みを浮かべる亜美。
おい、なんだこれ?
もしかして俺、ここで殺される?
俺何かお前らの気の障ることした?
あっ、分かった。
ダブルデートが余計なお世話だったってんで、ちょっとおイタしてやろうって感じか。
にしてもやりすぎでは?
幼馴染にする仕打ちじゃねえよ。
「あの、すみませんでした。何が悪かったか分かりませんが、命だけは許してください」
何かを質問するより、命乞いが先に出た。
きょとんとする亜美。
だが、次の瞬間にはどこか艶めかしい笑みに変わっていた。
「そうだよ。学くんが悪いんだよ」
亜美が言いながら近寄ってくる。
「いつまでも、私の好意に気付かないくらい鈍感な学くんが、悪いんだよ」
「……へ?」
好意に気付かない……俺?
貴司じゃなくて、俺!?
ああ、あれね。友達としての好きってことね。
んなわけあるか。この状況で。
まずい。これはまずい。
とにかく詳しい話を聞かなければ。
「え、えーと。とにかく理由は分かった。ちょっと落ち着こうか」
「もう無理だよ。もう、引き返せない」
「話せば分かる! 話せば――んぐっ!?」
「ちょっと黙ってて……暴れないでね。すぐに済ませるから」
口を手で塞がれ、馬乗りにされる。
やばいってこれ。マジで何が始まるんですかここから。
幸い、足は動く。……が、亜美を蹴飛ばすわけには……。
試しにジタバタしてみる。
蹴飛ばすどころか足が届かない。
なら体を捻って――!
「暴れないでってば」
「ん、ん!」
ダメだ、ビクともしない。
亜美ってこんなに力強かったっけ?
「好き、学くん……」
やばいぞこれ。
もう何が何でも先が見える。
犯される。
――と、階段をトントンと登ってくる音が聞こえた。
助かった。そう思ったのだが。
がちゃり、と扉が開いた先にいたのは。
「亜美」
貴司だった。
完全に終わった。
「早かったね、私はこれからだよ」
「いや、もう大丈夫。……話はついたから」
「本当に? じゃあ、もう学くんには関わらないって誓ってくれたの?」
「……うん」
「そっか」
俺の上から亜美が離れる。
なんだ。
何の話だ。
「学くん。ちょっとスマホ借りるね」
そう言うと、充電中だったスマホをケーブルから外して、中を見る。
セキュリティロックすら易々と解除して。
待て。何で知ってるんだ。
「ふふふ。見て、これ。伊藤さんから」
言われてスマホの画面を見る。
『ごめんなさい。別れてください』
伊藤さんから、そうメッセージが送られてきていた。
嗚呼、そんな。
今日出来たばかりの彼女なのに。
「貴司、何したんだよ」
「……ごめん。でもこうするしかなかったんだ」
「貴司くんは何も悪くないよ。さっきも言ったけど、私の気持ちに気付かなかった学くんが悪いの」
「亜美も、なんなんだよそれ。俺の事が好き? お前が好きなのは、貴司じゃなかったのかよ」
「何勘違いしてるの? 私が好きなのは、昔からずっと学くんだよ」
「だ、だって、お前ら最近いつも一緒に居たじゃねえか!」
「一緒に居たら好きなの? それはおかしいよ。それに最近一緒に居たのだって、学くんとどうしたら付き合えるのか相談してもらってたからだよ。貴司くんが好きなんて気持ち、これっぽっちもない」
「……」
貴司が顔を伏せる。
「というわけで、これからは私と付き合ってくれるよね? もう伊藤さんは彼女じゃないもんね? 付き合うって言ってくれるまで、腕、解かないからね。でも安心して? 私がご飯作って食べさせてあげるし、トイレもさせてあげる。何ならあっちの世話だって――」
「いや、親帰ってくるだろ。そうしたらどうするんだよ」
「え? ……じゃあ、今から私の部屋に来る? 私の部屋で一緒に過ごそうよ」
本気の目だった。
いや、これは本気というより……どこか、壊れたような目だった。
俺のせいなのか?
俺のせいで、亜美はこんなことを。
「わ、分かった。付き合うから。解いてくれ」
「本当に?」
「本当。マジで」
「逃げない?」
「逃げないよ」
「逃げたら、今度こそ閉じ込めちゃうからね」
腕のビニール紐が解かれる。
と同時に、亜美を抱きしめてやる。
「ふふっ、どうしたの?」
「……いや、今まで辛い思いさせて申し訳ないなって」
「でも、これからはずっと一緒だもんね? 死ぬまで、ずっと」
それはまだ分からないけど。
何が何だか、よくわからないけど。
亜美の気持ちには、応えてやろうと思った。