ありふれない紅き閃光   作:銀翼

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ミュトスフォーム

檜山を徹底的に叩きのめした日の翌日。真っ昼間のハイリヒ王国王都訓練場。

 

その訓練場の中にたった一人、ゼロがポツンと立っていた。

 

いつもなら訓練をしている人間達でごった返している訓練場だが、他の者達は迷宮に潜っていったり部屋に引き籠ったり食堂兼サロンに入り浸ったりと各々の時間を過ごしているからだ。

 

メルド達騎士団がいないのは、その迷宮に潜っていった者達の引率や生徒達のケアに勤しんでいる為だ。

 

雫は王城の中にいるが、とある事情により訓練に参加出来ない。

 

「……」

 

一陣の風がゼロを通り過ぎていくと、そのゼロのボディが一瞬だけ光り出し、その身体を変える。

 

髪の色は太陽の様な黄金から満月の様な白銀に変色し、ヘルメット以外の所にも胸元や手首、胸に翡翠のクリスタルが埋め込まれている。元のボディを比べてメタル感が増していて、白の差し色が増えており、ZEROと書かれたパーツも出ている。左腰には長剣型となったゼットセイバーが翡翠のラインが入った黒い鞘に納められた状態でマウントされているが代わりにバスターショットがオミットされている。

 

そして何処から出ているのかは解らないが、銀色の羽根が舞い落ちていて、地面に着くとそれが消えていく。

 

このトータスで初めて出したミュトスフォーム。皆や王国には特に秘密にしているのではないが、ただ単にこれまでする暇が無かっただけだ。

 

左腰にマウントされているゼットセイバーの鯉口を切り、ゆっくりと鞘から抜剣していく。鞘に見合った細身の刀身になった翡翠の刃は、通常よりも鋭い輝きを放っているようにも見える。

 

ゼロはそのゼットセイバーを――

 

「綺麗……」

 

「ッ」

 

振るおうとしたが、聞こえて来た声によってその身を止めてその人物を見た。

 

雫と香織、王女のリリアーナだ。香織の方はまだ少しふらついて歩き方が安定していないので雫の肩を借りて歩いている。

 

「零……。その身体は、一体……?」

 

「……」

 

初めて見る零の未知なる姿に雫が聞いてくるが、ゼロは無言のままゼットセイバーの刀身を鞘に納め、左腰に佩く。しかし隠すつもりは毛頭ないので、ミュトスフォームはそのまま継続しておく事にした。

 

ゼロは雫の肩を借りている香織の方に視線をやる。いつも明るい彼女だが、影が差して元気が見えない。

 

「目を覚ましたようだな」

 

「うん……。目覚めたのは今朝だけどね……。正直、ハジメ君がいないのはまだ実感がわかないし、頭がまだズキズキするから全快とは言えないけど」

 

「そうか」

 

ハジメが奈落の奥底に落下していったあの時から、香織はずっと眠っていた。城に務めている御典医曰く、外傷的な物も含まれていたが、それが副作用の物では無く精神的な物という事であったらしい。

 

あの時、錯乱していた香織を気絶させるためとは言えバスターショットの銃床を思いっきり彼女の頭に振り落としたのだ。まだ痛むだろうという事で頭を少し摩る。

 

「私が寝ていた時の事、雫ちゃんとリリィから聞いたよ……。ハジメ君の為に怒ってくれて、ありがとう巌人君……」

 

「……アイツ等が気に喰わなかっただけだ。特に礼を受ける事はしていない」

 

「零さんならそう言うと思ってましたわ。でも、零さんが謁見の間から出て行ってから王城内では空気がピリピリしているのです」

 

リリアーナの追加によると、零が謁見の間から去っていったあの後、あの場にいた教皇や国王、光輝を始めハジメに対して誹謗中傷を浴びせていた文武官は皆、醜悪な心根の奥底が露呈した事によって人間関係が酷く荒れているという事だ。

 

特に光輝は同じ神の使徒であったはずのハジメに対して、止める事も無く誹謗中傷に加担した事でこんな奴が勇者で本当に魔人族との戦争に勝てるのか?と思い始めた者達も出てきているとの事だ。

 

これまで光輝に対して熱のこもった目で見ていた令嬢達は、そんな光輝を見て少しずつ距離を取り始めているのは余談だ。

 

「まぁ、アイツはそれでも自分は悪くないって南雲君に責任転嫁するのが容易に想像できるのが怖い所よね……」

 

「短い間しか見ておりませんが、私も雫さんと同じ思いですわ」

 

付き合いが短いリリアーナでも光輝の事は危険と言い切れるのだから、その危険度というのは容易に解る。

 

「そういえば零、この前檜山君を徹底的にやったって聞いたけど、本当?」

 

「知らん」

 

檜山を庇う心算は毛頭ないし本当の事を言っても良かったのだが、もし本当の事を言ってしまうとこの二人が本当に檜山の事を殺しに行きそうだし、そうなったら恐らく王族や教会によって握りつぶされるだろうがクラスメイト達はより窮地に立たされる事になるだろう。

 

「そういえば、零さん。零さんは何故あの時ハジメさんを侮辱した方々に対してあそこまで怒れたのですか?神の使徒だからというのが理由では無さそうですが」

 

「言われてみると、確かにそうよね……。特に南雲君と零って接点とか無さそうだけど、何故南雲君にそこまで肩入れ出来るのかちょっと気になるわ」

 

「あ、私も知りたい。どうしてなの?」

 

「……」

 

リリアーナがふと聞いてきた事で雫と香織がそれに乗っかって来た。そういえば、ゼロ自身も解らなかった。何故今の世で人間であるシエルでは無くハジメに対してあれだけ肩入れ出来るのか。

 

その答えはすぐに解った。ハジメは、今はもういないアイツに似ているのだ。

 

誰よりも意気地なしで悩んでばかり、泣いてばかりでいたがその癖弱音や本音を一切吐こうとしなかった。ゼロ自身もアイツが弱音を言った時は遥かなる記憶の中でもあの時しか無かった。しかしだからこそアイツは信じ続けていたしゼロ自身もアイツを信じ続けた。そしてアイツとの約束も、お互いが傍らにいなくてもゼロの中で生き続けている。

 

そのアイツが死んだ時と別れの時は、人間に生まれ変わった今でも容易に思い出す事が出来る。

 

ハジメは基本的に事なかれ主義ではあるが、避けられない事には危険を顧みずに飛び込んでいく。両親の仕事の手伝いで毎日が大変なのにそれを億尾にも出さないし弱音や本音を出さない。ゲーム等で徹夜になるのはあるが、それは自業自得とも言えるが。

 

ゼロはふと二人から視線を離して遠くを見つめる。風によって銀髪が尾を引くように靡き、静寂が覆う。その時に雫と香織は初めてゼロの表情を見た。いつも仏頂面な時が多いゼロが、ほんの少しだけ笑っているのだ。

 

特に雫は八重樫道場で共に修行に励んでいる時にもゼロがほんの少しでも口角を上げたのはチラッと見た事も無い。それで驚いて、また同時に気付いたのだ。今出しているミュトスフォームを始め、零、またはゼロについて何も知らない事に。

 

「……似ているからだ。アイツに」

 

「「アイツ?」」

 

「アイツ、というのは、何方なのですか?」

 

「……」

 

リリアーナからの質問には答える事無く、ゼロは闘技場の中央部に立ち今度こそゼットセイバーの鯉口を切ろうと――

 

「巌人!」

 

と、今度は別の声が聞こえて来た事でまた中断されることになった。声の主を察知して溜息をつきたい衝動に駆られるが、その声に応えねばならない。

 

鯉口を切ろうとしたゼットセイバーをまた左腰に佩刀すると、その声の主である天之河光輝に視線を向ける。パーティを率いてオルクス大迷宮から帰還してきたらしいが、皆肌処か鎧にも傷一つ無い。

 

メルドや他のメンバーはその後ろについていて、ゼロのミュトスフォームを初めて見て目を見開いているが、光輝がそのゼロに喰ってかかっているので後回しにしている。

 

だが光輝の方はそのフォームまでは目が行ってないらしい。

 

「……?」

 

「聞いたぞ!檜山を徹底的に痛め付けたって!何故何の罪も無い檜山をあれだけ痛め付けた!!」

 

確かに、知らない人間からしたらゼロが檜山にしたのはただの私刑(リンチ)にしか見えないだろう。

 

メルドに目配せしてみると、メルドは軽く頷いた。事の経緯を話せという事だ。

 

「確かに俺は檜山を痛め付けた。それは否定しない」

 

「何故仲間であるはずの檜山を――」

 

「ならばお前は何故あの時仲間であるハジメを誹謗中傷する事に加担した?ハジメは仲間では無いのか?」

 

「そんな事は関係ない!俺が聞きたいのは檜山の事だ!」

 

「そんな事、だと?」

 

ハジメの事をそんな事と斬り捨てた声が聞こえたのか、彼に思いを寄せて、ただでさえ(やつ)れている香織の顔に影が差す。

 

ゼロ自身もまさかこのような事を言うとは思いもしなかったのか、言葉に詰まった。

 

「檜山は何も――」

 

「ハジメを奈落の奥底に落とした張本人が檜山だと聞いても仲間と言えるか?」

 

「なッ!?」

 

遮ったゼロの言葉に今度は光輝が言葉に詰まる。後ろで聞いていた勇者パーティの面々も、雫も香織も、そしてリリアーナも目を見開き驚きを隠せない。

 

ショックを受けた香織がゼロに問いかけて来た。

 

「巌人君。それ、本当なの?」

 

「あの時俺は確かに、嫉妬、憎悪、呪詛に歪んだ檜山の顔を見た。これまで見下して虐めて来たハジメから返り討ちにされ、そして俺には何度も叩きのめされた。動機としては充分だ」

 

「っ、で、出鱈目を言うな!責任を取りたくないからってそんな嘘をつくな!」

 

「お前に信じて貰おうが貰うまいかはどうでも良い」

 

「なっ」

 

光輝の喚きを、ゼロはにべにも無くバッサリと斬り捨てる。

 

「俺は嫉妬に狂い仲間を殺しかけたアイツを仲間とは認めん」

 

嫉妬、と聞いてゼロの記憶の中にとある一人のレプリロイドが思い浮かぶ。二代目レジスタンスの司令官を務めていたレプリロイド、エルピスだ。

 

彼自身特に話す事は無かったしゼロも断片的にしか聞いていないが、ネオ・アルカディアに務めていた時代に四天王のハルピュイアにごみを見るような目で見下されていた。

 

とある機密に触れた事でネオ・アルカディアからイレギュラー認定されて処刑を待つ身になっていたが、それに心を痛めた裁判員の手引きによって脱出。シエルやゼロ達とは別のレジスタンスを率いる事になった。

 

シエル達と合流するまで持ち前の事務能力や指揮能力でシエル達と合流するまでそのレジスタンス軍に一人の死者も出さずに生き残った事で、当時のオペレーターであるルージュやジョーヌを始め彼を慕うレプリロイドは多かった。

 

元々英雄願望が強かったが、そこにゼロが合流した事で、彼のその願望はやがて嫉妬となり大惨事を引き起こす事になる。

 

だが、このエルピスと檜山は根本的に違う。エルピスには彼を慕う仲間が多く、そして最後の最後にだが自身の過ちに気付いて深く懺悔した。檜山はそのエルピスとは全く異なる。嫉妬でトラップを発動させ、更にハジメを奈落の奥底に落とした後、ゼロに叩きのめされるまでのうのうと暮らしていた。それだけでもゼロにとってはイレギュラー同然と言える存在だ。

 

言って、ゼロは一つ気付く。

 

「何故お前は加害者の檜山を庇い被害者のハジメを虐げる?」

 

「檜山を庇って等無い!お前の単なる勘違いだ!」

 

「……」

 

子どもの様に癇癪を上げる光輝に、ゼロは呆れを通り越してただのバカを見るような目に変わる。そしてそれを聞いた者達は皆こう思った。

 

((お前が言うな!))

 

しかし、思っただけで声には出していないので、皆には伝わっていない。

 

バカにつける薬はこの世に存在しない。バカと天才は紙一重とは言うが、光輝(コイツ)の場合は紙一重では無く分厚い紙が何枚も重なっているのでは無かろうかとも思える。

 

ゼロはなおも続ける。

 

「これまでの言動を思い返してみろ。お前の言動に矛盾が生じているというのが解る」

 

だが光輝は自分が正しいと信じて疑わない人間だ。後悔する事は無く、そしてそれと同時に反省する事もこれまでした事が無い。

 

もし己を顧みて反省すれば、普通はこういう事は言わない。だが――。

 

「五月蠅い!黙れェッ!!」

 

「……」

 

認めたくない、指摘されたくない、自分が絶対に正しいと癇癪を起して聖剣を抜剣。その切っ先をゼロに突き付けた。

 

この男ならばこういう行動を取ると予め予測が出来ていたので、ゼロは特に驚く様子はない。ただ鋭い眼光に呆れを乗せて目の前のクソガキを見ている。

 

流し目でメルドを見てみると、メルドももうダメだと言わんばかりに首を左右に振った。そして言った。

 

「やれ」

 

面倒見のいいメルドでさえも光輝に対して匙を投げた。その言葉にゼロは頷いて、ゼットセイバーの鯉口を切る。

 

「王女様!二人を観客席へお願いいたします!」

 

「はい!」

 

その空気を察知した二人は、急いで二人から離れさせようと近くにいた者達を観客席に避難させる。香織はハジメを奈落の奥底に落としたのは檜山と聞いて呆然としていたが、雫とリリアーナによって何とか退避していった。

 

「始めッ!」

 

全員が無事に退避した事でメルドが号令を出す。その直後に光輝の姿が消えて、ゼロの眼前に現れる。技能の一つ、縮地を使って一気に距離を詰めたのだ。

 

だが、いざ剣を振り抜こうとした時だった。突如として光輝の太刀筋が鈍ったのだ。

 

「っ」

 

その剣に間違っても当たるつもりは無く、ゼロはその鈍った剣を躱すとそのお返しにゼットセイバーを居合の要領で抜き放つ。狙うのは首。そしてそのゼットセイバーは持ち主の思いを汲み殺意を乗せてその首に、頸動脈に一直線に向かう。

 

「う、うわぁぁっ!!」

 

明らかに殺意を以て首に向かってくる鋭い翡翠の剣。そしてその怜悧冷徹な瞳に殺意を乗せているゼロに、光輝は純粋に恐怖を感じて聖剣を盾にする。だが、ゼロは甘くない。

 

ゼロは居合の要領でゼットセイバーを抜き払い、その盾になったその聖剣ごと光輝の身体を吹き飛ばした。

 

――ガィィンッ!!

 

「ぐ、うぅぅぅッ!!」

 

鋭く重いだけでは無く、氷の様に冷たく濃密な殺意に殺気を漲らせた太刀筋と眼光を受けて、光輝はすっかり怖気づいてしまった。だがまだメルドから終了の号令は降りていないので続行だ。

 

吹き飛ばした事でゼロとの距離が空くが、ゼロは一気に間合いを詰めずゆっくりと光輝に歩み寄る。

 

「く、来るな!来るなァッ!」

 

一気に間合いを詰めずにやって来るゼロに、怖気づいてしまった光輝はゼロを近付かせまいと乱雑に聖剣を振り払う。

 

だがそれすらも盾にすらならなかった。歩み寄りながら鞘にゼットセイバーを納めると、乱雑に振るわれる聖剣、では無く光輝の手を狙って振り抜いた。

 

「がァッ!」

 

剣では無く手に痛みが走った事で、光輝は聖剣を取り落としてしまう。そしてその無防備になった光輝の頭、正確に言うと側頭部に――

 

――ガァンッ!!

 

「あ……」

 

思いっきりゼットセイバーの鞘を振り抜いた。やって来た痛みと衝撃によって脳が揺さぶられ、光輝は意識を失った。

 

「それまで!」

 

メルドの号令が響くと同時に、ゼロはミュトスフォーム及びレプリロイド化を解いて巌人零という人間に戻る。

 

戦いと呼べるものでは無く最早児戯に等しいが、ともあれこれで光輝を黙らせる事が出来た。

 

気を失った光輝には一瞥もくれず、ゼロは長い金髪を棚引かせながらメルドの方に向かっていく。メルドはもう光輝に対して呆れたというか、何と言えば良いのか解らないというような表情だ。

 

「……覚悟を決める時が来たぞ。メルド」

 

「あぁ……」

 

覚悟、というのは戦争に参加するための最も重要な事だ。敵、この場合は魔人族を殺す覚悟。ハジメが奈落の奥底に落ちていった事で死を間近に感じたが、覚悟が出来たとは言い難い。参加する者達は被害者であると同時に加害者になるのが戦争だ。

 

零は訓練場から出ると、そのまま誰に何を告げるまでも無く去っていった。

 

光輝は檜山と同じく何日かベッドのお友達になる日々を過ごす事になったが、悪夢に魘される事になった。




7/20の活動報告にゼロのEXスキルについての物を載せました。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=315129&uid=19756
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