ありふれない紅き閃光 作:銀翼
その男は、悪夢を見ていた。
相対しているのは孤児院から通っている分際で、いつも絶対に正しい自分と反対意見を言うあの忌々しいあの男。
今回もまたある仲間の男子を庇おうとした時に、その仲間が行った事を糾弾した。直接的な戦闘に関わらない後方支援職、生産職のヤツに魔法を放って奈落の奥底に落下させたのだ、と。
しかも、その落下した生産職のヤツに対して誹謗中傷では無く、あくまで事実を言っただけで自分は加担したつもりは無い。
その男と相対していたが、その実手も足も出なかった。
何故かは解らないが、自分の聖剣が相手にぶつかりそうになるとブレーキが掛かる。しかし反対に、あの男が持っていた翡翠の輝きを放つビーム状の刀身を持った長剣は確実に自分を殺そうとした。あの鋭い瞳に凄まじいモノを込めて。
そして凄まじいモノに飲まれてその剣が、自分の首筋に――
「うわぁぁぁぁぁッ!!」
翡翠の刀身が首筋に当たる寸前、意識が急上昇してその男、天之河光輝は目を覚ました。
「ハァッ、ハァッ……。夢、か……」
悪夢とは言え夢だった事に自分が実際に斬られて無くて安心するが、同時に忌々しいあの出来事を突き付けられた気分だった。
時計が無いので窓の外を見てみると、朝焼けが東の空から上がって来るのが見える。だがあれから何日経ったのかが解らない。だが雨はすっかり止んでいて今はもう雲が少ない晴れの日だ。
「……」
サイドテーブルに置いてあったボトルからグラスに水を注いでゆっくりと嚥下していく。冷たくて美味しい水のお陰で気持ちが少しばかり落ち着いてくるが、それでも忌々しいアイツの出来事は消えない。
「チッ」
慣れない舌打ちをして、光輝は寝間着から鎧に着替えて鞘に納まった聖剣を左腰に佩いて、イラついた様に脚を踏み鳴らしながら部屋から出ていった。
「ん?」
部屋の外に出て暫く歩いていくと、とある場所にメルドがいた。そのとある場所というのが。
「ッ、巌人……」
部屋から出てきた人物に、光輝はガリッと奥歯を噛み締める。忌々しい金髪を腰辺りまで伸ばし、それを青い紐で結んでいる。周囲に恐怖を植え付けるような鋭い目つき。
最も忌み嫌う男。巌人零が部屋の前でメルドと話していた。その様子を光輝は壁の影に隠れて見てみる。
何の話をしているのかは解らないが、お互いがすぐに離れたのを見てそんなに大したことじゃないと自己完結した。
しかし、この判断を大いに後悔する事になる。
零は起き上がるとすぐに準備を整える。
朝食を終えた後にすぐにホルアドの街に行きオルクス大迷宮に向かう為だ。レプリロイドとして行くと完全に変質者と見られるので変身するならオルクス大迷宮に入ってからだ。
腰に
準備を終えて部屋から出ると、愛用している騎士団の甲冑に剣を腰に帯びたメルドが壁に身を預けて待っていた。
「準備の方はどうだ?」
「あぁ。大丈夫だ」
「そうか。朝飯食ったら城門近くの厩舎で合流だ。既に雫と恵理には話を通してある」
「了解した」
頷くと、それを確認したメルドは鎧と剣を揺らしながら去っていった。
その後は恵理と雫と合流して朝食を摂ると、城門にある厩舎に向かう。待ち合わせ場所となっている厩舎には、既にメルドがあの時と同じ騎士三名、御者兼業の騎士一人と一台の大型馬車と共に待機していた。
「これからホルアドの町に行くが、俺達が行くのは例のトラップがあった場所の一歩手前の19階層までだ。それからは零一人で行かせる」
「了解」
迷宮は一度破壊された壁や、発動した罠は修復されて元に戻る。つまりはあの時の罠にまた引っ掛かる事にもなるが、それを逆手に取ってあの階層まで一気に飛ぶ。ホルアドの町は王都とはそこまで離れていないので日帰りも可能だ。
「良し、乗り込むぞ」
騎士によって馬車の扉が開かれ、中に一人ずつ乗り込んでいく。そして全員が乗り込んだのを確認して扉を閉じ、御者を兼業する騎士は馬の手綱を引いて歩かせていった。
目指すはホルアドの町。石畳から土の地面に変わり、また別の揺れに変わる馬車の中だが、全員特に気にする様子も無いし特に喋る事も無い。
それから太陽が南天に至るよりも少し前にホルアドの町に到着した。ホルアドの町は冒険者達で既にごった返していて、少し離れればすぐにでも逸れてしまいそうだ。
「では、私は厩舎に行きますので団長は先にお願いします」
「あぁ。頼む」
一人の騎士が馬車置き場に馬車を、厩舎に馬を繋ぐために一時離脱した。
「良し、ここからは俺達とは別に零は個人として中に入れ」
「え、どういう事ですか?」
メルドが言った言葉に、恵理が言葉を出す。零はメルドが言おうとしていた事を予測していたので特に驚いた様子は見受けられない。
「人数に欠員が生じるとそれだけでそのパーティは迷宮を運営しているギルドからブラックリスト扱いされる。ハジメの時は人数が多かったから受付の職員も何も言う暇も無かったが、今回はそうでは無いからな」
「言われてみるとあの時は……」
メルドからの説明を受けて、雫は納得した声を出す。
確かに、ハジメが落下した後はもう皆を速く休ませることを優先させる為に受付の時も簡易な物にしていた。あの時に問いかけるような雰囲気では無かったので、受付も何も言う暇も無かった。
「解った。先に中に入る」
「是非そうしてくれ」
零が頷くとまずは先に並ぶ冒険者達の所に向かう。零が並んだと同時にまた別の冒険者が並び、その冒険者の後ろにまた別の冒険者が、と瞬く間に零の姿は見えなくなった。
そして、厩舎に馬、馬車置き場に馬車を置いてきた一人の騎士が戻って来た事でメルド達も列に並ぶ事にした。
「……。良し」
先に受付を済ませた零は、第1階層で冒険者達から死角になってる場所に向かい、一度剣とアーティファクトを
そして剣帯を腰に再び巻くと、極めて自然体で元々いた場所に戻り冒険者達の中に戻る。
怪しまれないようにすれば逆に怪しまれてしまうのだが、生憎ゼロはそんなメンタルは弱くない。
自然体故にレプリロイドの状態で数多の冒険者達に混じっても誰にも怪しまれず、そのまま受付を終えたメルド達を待つ事にした。
「零!」
響いてきた声でゼロはその方向を向く。そこにメルドを筆頭に四人の騎士達、恵理と雫がいた。
「……行くぞ」
メルドの号令によって、全員が頷いて迷宮の奥深くに進んでいった。
少数の人数とは言え、伝説の英雄に神の使徒、ハイリヒ王国最強の騎士団長とそのその騎士団長から選抜された騎士が弱い筈は無く、他の冒険者達を尻目に確実に深く潜っていく。
そして、あっという間にあの運命の20階層の一歩手前の19階層に到着した。
その19階層から20階層に向かう階段で、ゼロは皆と向き合う。
「零。お前なら大丈夫だと思うがこう言わせてくれ。ハジメの事を頼む」
「あぁ」
メルドが騎士団を代表してゼロの肩に手を置いて言ってくる。騎士団の皆もメルドと同じ思いなのかゼロを見て頷いている。
無事ならばいいのだが、クロワールの定期連絡によってハジメは今は隻腕の状態ではあるが、何とか生き残っている。だが迷宮の中は一瞬の後の安全の保障等されていない。言い方こそ悪いが全てが自己責任なのだ。そんないつ死ぬか解らない危険の中で、冒険者達は自由を得ている。
「零。もう、知っていると思うしメルドさんに言われたけど南雲君と、無事に帰って来てね」
「あぁ」
「私は、もうメルドさんや雫ちゃんに言われたけど、敢えてこう言わせて」
「……」
ゼロは無言で恵理の言葉の次を待つ。
「……行ってらっしゃい」
数少ない言葉に籠められた幾千幾万の思い。かつて科学者の少女が、危険な任務に赴く際の己に言った言葉。ゼロの様に強くはない。でもせめて気持ちだけでも隣にと目の前にいる少女は伝える。
「……行ってくる」
その言葉に籠められた思いを汲み取り、ゼロは颯爽と長い金髪を靡かせながら背中を向けて階段を降りて行く。ゼロが下の階層に向かっていくのと比例して足音が小さくなっていく中で、メルドが恵理の隣に立つ。
「あれだけで良かったのか?恵理」
「言いたい事、先にメルドさんと雫ちゃんに全部言われちゃいましたし。それに零君が南雲君達と帰って来た時に言うって決めてますから。お帰りなさい。大好きだよ。――って」
本音を言うと暫しの別れになるのは寂しい。しかし、ゼロについて行くだけの力が無いから逆に困らせてしまう。だからこそ、帰って来た際に言う言葉を胸に秘める。恵理はそう決めた。
「そうか……。さ、魔物が復活するから、ここらで帰るぞ」
「「はっ」」「「はいっ」」
メルドの指示の元、雫と恵理、護衛の騎士たちは踵を返して元いた場所に帰っていく。振り返りはしない。必ず再会すると約束したのだから。