私の名前は北島颯人、俗に云うチー牛だ。チー牛という概念が認知される事となったのは最近の事だが、酷く侮辱的な名称というだけであって、容姿が醜く根暗で性格も悪いどうしようもない人物への世間からの扱い、インターネットでの扱いに違いはない事は明白だ。
そして、この私も当然それに当て嵌まる。顔はとてつもなく不細工という訳ではないが私は男性故性的な価値はなく、体は痩せているが部活も何もしてこず一応小学生の時に水泳やサッカーをやってはいたが、普段何も鍛えていないのでだらしない体で尚且つ45ってばかりいるせいか体毛は濃くワキガで体臭も一般的な男性よりも臭いだろう。
小学生の時、私はそこそこの田舎の学校に通っていたのだが、クラスは1クラスしかなく、6年間同じメンバーと過ごすことになる。でも俺という気持ちの悪い存在がいてもやり切れたのは、まだ子供で活力に満ちていて、世界への希望に満ちていたからだと思う。かく言う私も、当時はまだ生まれて数十年程度の子供で今ほどではなかった。
私は、女子生徒と遊ぶ事すらあった。今では考えられない事だ。今の私は性獣で、外出していて女性を見ると無意識に其方を見てしまう。生脚なんて出していたら見ようとする欲望が溢れる。私は若い女性の近くを通り過ぎたりすれ違ったりするのが大層苦手だ。いつ気持ち悪がられるか、気持ちの悪い虫でも見るような態度を、目を向けられるか恐れている。
実は私は障害年金2級を受給しており、2ヶ月に1回13万貰っている。2級の条件は、就職能力を認めず、日常生活に置いて他者の助けを必要とするというものである。障害は、IQ70の境界性知能、ASD、統合失調症である。私は肉体には何の障害も持っておらず、顔も一般的なチー牛顔だ。故にすれ違う一般人の100%は私を"ただのそういう奴"としか思わない、故に、様々な悪口、態度をされる事はしばしばである。
勿論私が受けてきた24年間の苦痛よりも、その辺の女性の方が多大な苦痛を受けてきただろう。見られたくないのに勝手に男から欲望の目で見られ、道を歩けば襲われる危険があり、露出の多い服を着れば盗撮される危険もある。それら苦痛は決して私では死ぬまで味わうことの無い苦痛である事は明白である。そして、私はその苦痛を知りたくはない。それは今までの受けてきた私の苦痛が大したことのないものになってしまうからだ。以前私は女装サロンで女装し茨城県つくば市まで東京から電車で帰ったことがある。その時におじさんから尻を叩かれた。そこから算出して女性の受けている苦痛が私の24年の苦痛を大幅に超越している事が分かった。しかし、私は信じない。それを理解する必要はない。何故なら私の体は男性なのだから、性別適合手術を受けると、ホルモン治療を受けると、"女性になれるのか?"
小学生の時の話に戻そう、私は女子生徒にも話しかけたり、話してる複数人に話しかけたりした。しかし何故だろう。無視をされたり。嫌がられたりした。次第に私は口数が少なくなり、自分に自信が無くなっていった。私は勉強が出来なかった。宿題もやらなかった。夏休みは遊んでばかりで宿題というものからひたすらに目を背け続けた。授業中はノートに黒板そのまま書き写すだけでそれだけ。水泳の授業の時、当時の私は今と比べるとそれほど女性の体に関心はなかったが、しかし女子共は敏感だ。私が自分自身の感情すら理解していないなか、彼女らは特に私を危険視していた。しかしまだ、この時の私は肯定感が、メッキが、コーティングが完全に剥がれることはなかった。
中学生の時、私は友達という友達がいなかった。いや、小学生の時に最後の教室で、良くしてくれた同級生に
「約束通り友達になってあげていたけど、それは今日までだ。バイバイ。」
「君が、頼み込んだから僕は友達になってあげた。忘れたのか?」
私は解離性同一障害とは診断されていないが、何か明らかに別の同じ体にいる、別人がいたように思える。兎にも角にも私は友達になってくれと頼み込んでいたらしい。まあ、小学の時から友達なんていなかったという事だ。勿論同級生と遊んだ事は何度もある、楽しくは無かったが必死だった。現実を見ないように心を守るようにと必死だったのだ。
中学ではなんか色々あったように思える。これまで通り勉強なんてしなかったが。それにしてもいじめという虐めをされた事は無かったな。まあ、気づいてないだけかもしれないが。
現実に起きた筈のない記憶がある。今より数年前に唐突に中学のアルバムが引き寄せられるように気になった出来事がある。それからだ。様々な記憶を思い出していったのは。
私は戦っていた。理科室で。ある"美少女"と。何故かは知らないが戦っていた。私の技は後にある女子生徒からネイルガンと名付けられる事になるが、ポーズはすこぶるダサい。両腕を前に突き出し、爪を正面に向ける。5本の指から目に見えない何かを射出するのだ。しかしなかなか強力な技に思える。何せそれを受けると"存在が消えるのだから"彼女に勝つ事は出来なかったがどうも彼女はそれほど強い方ではないらしい。というか別にその力を持ってない人物でも彼女に勝てるらしい。この世界は感情が全てだ。より強力な感情を持っているものが世界を制する。
茨城県下妻のイオンの近くの上から見ると蝶々に見える公園でそれは起きた。私はまたしても戦っていた。それは私が侮辱された事への報復の為である。その時の動画はアップされたらしいが、私への非常に厳しいコメントだらけで溢れていたらしい。それは世界の秘密かの如く消されたが。兎にも角にもそこで私は子供達を消していた。消されるとその子供を産んだ親も記憶から無くなりその人物がいたという歴史は最初から無かった事となる。
高校生では一言たりとも話さずに終わった。無論偏差値は最低で一般推薦で入った。私は女性の体に対する凄まじい興味に逆らえずJKの生脚を見るのを抑える事が出来なかった。その結果3年生のある日、虐めは始まった。
いじめは直接的なものではなく間接的なものであった。故に問題になることがなく卒業までそれは続いた。私は私でなくなった。
卒業してから家族で花畑にいった。その日私の身体から何かが抜けていった。それは一体何だったのだろうか。私は何かは分からないが体の部位では無い何かに力を込めるとそれが増幅されるような感覚があった。私はそれを頻繁に行っていたように思う。それは花畑の時にそれと同時に抜けて。抜けた後の最後の一回の残り滓があった。それが最後だった。
日が経つにつれ私は私ではなくなっていった。そして今に至る。
専門学校にも推薦で行ったのだが、電気工事士の資格をとる学科で、マジで興味はなく、理解不能で一年通ってもう一年休学で退学した。休学していた時にアルバイトをしていたのだが。そこで
「◯◯◯◯(美少女の名前)って知ってますか?」
とJDのバイトに言われた。
「うわ、妄想してるよ、、、気持ち悪」
今思えば、何らかの方法で体を一時的に乗っ取ってその名前を口にしていたように思える。
今となっては家族にある程度私を理解されているが当時はそうではなかった。父親に
「教科書全部暗記しろ。幾ら金払ったと思ってるんだよ」
と言われたのを覚えている
私は様々な悪口を言われてきた。それはどれも直接的なものではなく。ある種芸術的な悪口だった。それはそれはとても私に効いたのだが。
現在は魔術の勉強をしている。魔術結社の面談も控えているが。夢も見ている、叶うのだと信じている夢を。グ◯ブルのカリオストロのように美少女を作りそこに魂を移動させるという夢を。