私は働いていない。アルバイトを複数、日給社員を1回だけ。どれも長くは続かなかった。これまでの経験を生かしたりはしていたが。何というか所詮人は自分の実力以上の力を引き出す事は出来ないのだ。私は陰口を言われるし、嫌がらせもされる。それはどうしようもない事だ。私は小学生の時はまともに文章を書くこともできず、高校背になってもそれは変わらなかった。今となってはレスバで負ける事はそうそう無い、何せ私は魂を使って命を使ってレスバに挑むのだから。
現実はあまりにも過酷だ。人生は容姿と性別が9割以上残りは健常者か障害者かだ。仮に魂のレベルが相手より上だとしても容姿で歯が立たなければ相手が絶対の有利であり勝つのは至難の業だ。
私は仕事をする事が出来ない。苦痛に耐える事が出来ない。たかが時給1000円なんぞの為に命をかける事など出来ない。もう無理だ。私は女性の肉体がこの世で最も好物であり中身は興味ない。そして女を憎んでいる。このような精神では中身で私に近づく価値などない。そんな事は自明の理である。
何故私が女を憎むのか。そうなった人生、そのように形成された私の人格を見てみよう。私は気持ち悪がられていた。私は人と目を合わせて自然に話す事が出来た。しかしその無意識に行われる動きが一度外れてしまうと不可逆だ。無論類い稀なく強い意志があれば無意識に戻す事ができるだろうが生憎私にはそのような強靭な意思はない。
何故か私は普通に話しかけてもまともに取りあわれることがなく。拒まれていた。それは何故なのだろう。ふと、鏡で自分の顔を見た。そこに答えがあった。
女に生まれればその時点で人生は勝ち組だ。女には目に見えないバリアが貼られている。そのバリアは国が陥落しない限りは決して破れない絶対に見えない壁だ。彼女らは安全圏から一方的に蹂躙する権能を持っている。彼女らの肉体はこの世界のどのような物質よりも価値がある。勿論富豪ならば金でその肉体を買うことが出来るが。あくまで金目当てであり私自身に何らかの価値を見出した訳ではない。
想像してみるが良い。女性の体を。街で見かける生脚を狂ったように出している彼女たちを。見比べてみるが良い。自分の足と。
何だこれは
ここか、ここにあったのか、星は。
まるで大気のように重なり合っている。だというのに決してそれを、その星を手にする事は出来ない。目に見えているのに。すぐ側にあるというのに。目に見えない絶対の壁が。性別の壁が。ホルモン治療しようが股間を取ろうが見た目を似せよう、DNAが違う。
すぐそばにあるのに、絶対の見えない壁がある。
彼女らの肉体はどの様な物質よりも勝る。その肉体そのものが芸術である。私も願うならば、その肉体を持って生まれたかった。
何だこの体は?何故だ?
たかが女より僅かに高い身体能力を持っているというくだらんメリットとあまりにもデカすぎるデメリット。もはや、身体能力などメリットですらない。故に我は女の敵となる。無駄に高い身体能力が我の首を締めるのだ。
こんなものはデメリットでしかない
我は欲していた。その史上最高の物質を。器を。それさえあれば何も要らぬ。その肉体さえあれば全てを制したもの同然なのだから。
男の体?
そんなもの女の肉体にまるで及ばない。本当に醜い穢れた体よのう。僅かに身体能力が高いが暴力を払えば豚箱行きよ。法律という無敵の権能の前では何の役にも立たない。
何と女性の肉体の美しいことか。男の直線の体と違い、見よ。この滑らかな曲線を。宇宙は直線ではなく曲線だ。まさしくこの言葉こそが相応しいではないか。何ときめ細やかで美しく柔らかい肌よ。
勘違いをするではない。
私はマッチングアプリで2万ぐらいでSEXをした事がある。全く気持ちよくないし楽しくもなかった。ケツのうんこの匂いは数日残り。胸は乳臭かった。
しかし私は"現実"の話をしている。
そのような些細なことは現実には何の影響も及ぼさない。
しかし何と腹立たしい事だ。私は10万以上無駄に金をなくしている。歌舞伎町の女は金だけ取って逃げおった。
おのれ、、、馬鹿にしおって。
タクシーの運転手が悪びれもなくわざと遠回りしてしたり顔で
「近道選んだ結果1万手前でした」
止まった駅は既に終点を過ぎていた。なのにいつまでもそこに留まり私が自転車をなった瞬間に何処かに走り去っていった。
なんと、なんと、なんと、なんと屈辱的なのか
しかしこのような事は日常茶飯事だ。しかしいつまでも慣れることはない。
私はいつも美少女となり戦っている妄想をしている。
必要なのは美少女と力だ。
美少女とて、それだけでは不安だ。故に強大な力が必要。不滅の美少女と不滅の力を持つのだ。
以前妄想をして自らが出来る妄想力の極みとも言えるところまで達した。
魔術というと何を思い浮かべるだろうか?アニメ、ハルポタ、創作物、ファンタジー、妄想物、空想の産物。地球上に生きるそのほとんどがこの様な発想をするだろう。もし、魔術は現実にあるんだなどといったかわぎりには。
「屑二病か?」
「あるわけないやろw現実見ろやw」
「ファンタジーの見過ぎで頭までファンタジーになったんか?w」
このような発言が飛び交う事は想像に難くない。
かく言う私もそうだった。何故、そうだったなのか。
私は魔術、いわばオカルトを使う事は出来ない。
そのような体験をしたことがあると言ってもそうとは断定できるものではない。
そもそも脳で考えられるものを超越したものがオカルトなのだから分かりようがないのだが。
しかしそれでも私は魔術の訓練を続ける。
魔術のといてば、実践魔術講座リフォラマティオ。魔術原論エレメンタマギカ。必修魔術論。などがある。
実践魔術講座の上巻はネットに無料で配布されており。それを目にし目を疑うであろう。
何だこのつまらない実践と退屈な文章は、、、と。
スピリチュアルやムーのようなものとほとんどの人間は思ったまま寿命を終えるが。実際は異なるのだ。