チー牛として生まれた人生   作:あいえああ

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一般人とは何なのか

 横山のマクドナルドを無料で食べれる裏技を見たのだが。ここでその辺歩いている人間とはどういった存在なのかを再度思い出された為に書き記そうと思う。

 

 私はこの性別と容姿と脳の障害により。その辺歩いてるとすれ違う存在。これを"一般人"と定義する。これらに多大な迫害を受けてきた。

 

 私は小学生だったか中学生である女子生徒。と言っても非常に強力な霊媒である。に。マッチ売りの少女と言われた事がある。

 

 そもそもマッチ売りの少女とはなんなのだろうか。

 

 私は以前感情の強さが人間の力の強さを序列すると言った。この"感情"というものは誰しもが持つものである。それに何の恐ろしさがあるのかと疑問に思うだろう。しかし世の中に平等と言うものは存在しないと言う事を思い出していただく必要がある。

 

 容姿に格差があるように感情にも格差がある。私が子供の頃に接触した"非常に強力な霊媒"である少女等は。到底私が太刀打ち出来る存在ではなかった。

 

 私の持つ感情などあってないような物だと彼女達は言っていた。

 

 私の感じる苦痛は彼女たちにとって苦痛の内に入らない。それが何を意味するか分かるだろうか?私がどんなに苦しそうにしていても。その表情は「苦しみの表情」ではないのだ。その感情はむしろ「何も感じていないのだ」。

 

 苦しい時人はそれが表情に出る。表情はその人物の内面を表す。無表情は内面でも感情が無い状態なのだ。つまり、彼女等には定義があり。彼女等にとっての苦しい感情の一定のラインをまるで届いていなかったのだ。

 

 私は魂は同じと言ったが。実際は同じ魂同士でもやはり格差が存在する。貴方は恵まれた魂と肉体を持っているだろうか?

 

 そういった人物は人格が相応の人格となる。格下を嘲り。馬鹿にする。

 

 彼女等にとっては愉快な肉人形でしかない。

 

 まるで人間のフリをする肉で出来たロボットのように見えているのは間違い無いだろう。

 

 上なるものは下の如しだったか。上と下は繋がっているのだ。大体推測できる。

 

 我々障害者は彼女等の良心をどうにか呵責する他。人間としての尊厳を獲得する方法は無い。

 

 

 さて。これは一部の例外である。主に肉体の差がその全てである。

 

 一つ体験談を上げよう。私は面白くねぇなぁと思いながら惰性でゲーセンにて太鼓の達人をやっていたのだが。ここであるイベントが起きた。

 

 いつもの"迫害"である。

 

 私は性別に恵まれず、その上容姿は醜悪である。故にそこで何が起きたのかと言うと。

 

 ホビットと言う言葉を聞いた事がある。普段から馬鹿にしている容姿以外何も無い連中もなかなか侮れないものだ。

 

 簡潔に言えば私はホビットなのである。であるならば日常生活で何が起きるのかを想像するのは容易い事だろう。

 

 私に対して小学生くらいの女子が気持ち悪がったのである。

 

 理由はこうだ。

 

 俺がやった太鼓の達人が汚い菌が感染しているようで汚い

 

 私は何度も並んでやっていたのだが。彼女も何度もやっておりそのタイミングの関係で私がやっていた太鼓の達人と同じ個体でプレイする他なく。

 

 セクハラされてる様な気持ちにさせられるからである。

 

 私の陰険な雰囲気は犯罪的で本能と理性が警鐘を鳴らす為である。

 

 容姿が醜い為生理的に嫌悪感を持つ為である。

 

 太鼓の達人が年の割には下手くそで男なのにと、気持ち悪い為である。

 

 太鼓の叩き方が変で気味が悪い為である。

 

 私はどうしても本気でやろうとすると足でリズムを取ろうとする為、それが女々しい為オカマに見え生理的に嫌悪感を及ぼす為である。

 

 今上げたこれらは数あるものの一部であるが。これらがその理由である。

 

 人間は容姿でその人物の全てを決定ずける。残り1%は正確の良し悪しである。

 

 このような体験は女子で体験する事は決して出来ないものである。勿論女子の苦痛も私には体験することは出来ないが。そうなると、女子の苦痛に比べると大したことのないこれらは軽視される事となるわけだが。

 

 セーラー服を着ていたおじさんがいたらしい。その人物に対し女子は。

 

「気持ち悪いから追い出してください。お願いします!」

 

 こう発言した。まあ、無理もない事だ。私が女子なら同じ事をするだろう。しかしそれは空想の世界であり、私は女子ではなく。醜い人間の最下層、チー牛である。

 

 その為私は現実に対してこのように発言をする。

 

 確かに女子の服をおじさんが着るのは気持ちが悪い。寧ろおばさんがセーラー服を着ても浮きまくるだろう。

 

 しかし私が見るものは現実である。しかし現実と言う言葉は柔らかい言葉だ。なのでこう言い直すとしよう。世界の理。この世の真実。世界の真理。

 

 女が男の格好をして道を歩いてもただ服に無頓着な女子力が無いガサツな女でしかない。逆は如何だろうか。

 

 女装。オカマ。気持ち悪い。性癖。変態。露出狂。性犯罪者。

 

 何故このような事になってしまうのだろうか。そこには一体何があると言うのか。

 

 答え。『容姿』

 

 では男性が女装をするとしよう。一人は骨格も見るからな男性である。一人は女性と見舞う程線の細い男性である。

 

 その男性は女装をすると女性にしか見えないのだ。故に女性から嫌悪感を持たれない、また、少なく済む。

 

 しかしもう一人は如何だろうか?結果は明らかだ。私が上記に記した感想をもたれ、しまいには警察沙汰となるやもしれない。

 

 街を同じように歩いていて、方や何もなく。方や事情聴取。

 

 私は世界の真理を書き記している。いつも私に突きつけてくる"現実"のほんの一旦を例として上げた。

 

 序盤に戻そう。この動画となんの関係があるのかと疑問だろう。しかし私が提示したこれらとは精神の深くで密接に繋がっており。勿論関係のあるものだ。

 

 潜在的な無自覚な無意識な迫害。

 

 私はこれらと日常を供にしている。

 

 マックの定員は嗤っていた。何故だ?怖くないのか?

 

 そう疑問に思うだろう。しかし大衆がこういった不審者に対する感情は。ただひたすらに残酷なものなのである。恐れ?多少はある。しかし本人は理解はしていないが無意識下では理解している。彼ら不審者が自分より格下の存在である事を。

 

 それがこの嗤った定員の本質である。

 

 話しかけてきた定員もそうである。何故こんなにも突き放すような態度なのだろうか。犯罪者。危険人物には丁重に扱い。他の者達に危険を晒さないように務めるべきなのにだ。

 

 警察や自衛隊といった人物も実はそうである。

 

 潜在的に迫害しているからである。

 

 何故彼らは格下を弾こうとするのか?

 

 答えは簡単である。

 

 気持ち悪いから。

 

 嗜虐心がそそられるから。

 

 DNAに刻まれている。弱者を排除する本能があるから。

 

 何故DNAにはそういった情報が含まれているのだろうか?そう疑問に思うだろう。弱者を態々排除する必要は無いのでは無いのかと。

 

 女性で考えてみよう。弱者男性を彼女達は欲するか?

 

 これら全ては男性か女性か。容姿が優れているか悪いか。

 

 パチンコは子供はやってはいけない。しかし私は定員に追い出される事がなかった。何故か母親が代わりに言われていた。

 

 違う。母親に伝えていた訳ではない。

 

 私が「女性のような特別な特権」を子供故に持っている。それを行使しては私を性的に喜ばせてしまうと言うものであった。

 

 女性は何をしても犯罪にならない。と表現するのが分かりやすいだろう。

 

 女性が出来る事を男性が行ったらどうなるか、というと分かりやすいか。

 

 それらは犯罪にならない。どんな心境であってもだ。

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