―――『喧嘩商売』より『佐藤十兵衛』
ある日、アビドスにほど近いゲヘナにて…
「こちら、ヴァルキューレゲヘナ支部…!本部…本部…応答を願う…!」
《こちらヴァルキューレ本部、状況はどうなった!!?》
「こ…こちらの部隊は壊滅…!負傷者多数な上…車両もすべて破壊された…!」
《なんだと…!?奴はッ!?奴はどこへ!?》
「や、奴は…このまま進んで…うぅ…。」
《おいっ!?どうした!?応答しろッ!!!》
この学区を担当するヴァルキューレ所属の生徒が力なく意識を失った。
…いや、彼女だけではない。
周囲には三個小隊ほどの生徒が力なく倒れ、パトカーだけではなく装甲車すら幾台も大破し炎上している。
いかにゲヘナが不良の巣窟とはいえ…この惨状は異様だ。
こんな事ができるのはキヴォトス広しでもそうは多くない。
そして…こんな惨状を作り上げた張本人が目指す先は…
「アビドスまでは…もう少しですわね。」
アビドスだった。
それから30分ほど後、
「なに?ヴァルキューレの部隊が壊滅?」
《えぇ、巡回中の風紀委員が見つけたわ。》
この情報はすぐにゲヘナのヒナを通じネイト達アビドス勢にも齎された。
「規模は?」
《警察組織だから正確ではないでしょうけど…機械化された三個小隊、人員は元より車両もすべて破壊されていたわ。》
「なんともそれはそれは…。」
話を聞く限りただ事ではないようだ。
いかに日々銃撃戦が巻き起こるキヴォトスと言えど…ヴァルキューレ相手にここまでの大立ち回りを演じる者はそうはいない。
「他に何か情報は?」
《…破壊された車両に関してだけど。》
「ふむ。」
《使用された火器は50口径及びロケット弾に…小口径の対戦車砲弾らしいわ。》
「…随分ちぐはぐな組み合わせだな。」
キヴォトスにも『Sd Kfz 234』や『三号戦車』など小口径の対戦車砲を備えた車両はある。
だが、それらは50口径の装備を搭載できる設計ではなくましてやロケット弾などは搭載すら想定されていない。
「相手に随伴歩兵がいたのか?」
《いいえ、現場にあった薬莢はヴァルキューレの5.56㎜弾と.50BMG弾のみ。それに…》
「それに?」
《…ヴァルキューレ以外に車両がそこにあった形跡はないわ。》
「…何?」
つまり…犯人は50口径の銃とロケットランチャーを振り回しどういう方法かは不明だが砲弾を使い車両を破壊したということだ。
さらに極め付きは…
《しかも…装甲車には明らかに『鈍器』で刻まれたような破孔があったそうよ。》
対戦車火器を用いず…その者の力で装甲をぶち抜いたということだ。
「…随分聞き覚えのある戦闘の痕跡だな。」
《私もそう思ったわ。》
ネイトとヒナの脳裏には共通の光景が浮かんでいた。
《ちなみにネイトさん…。》
「俺は今朝からアビドスにいるぞ。」
《そうよね。貴方がヴァルキューレを襲っても何のメリットもないものね。》
「第一、パワーアーマーならその足跡がくっきり残る。」
戦闘の痕跡だけで判断すると…まさしく『パワーアーマー』のそれではないか。
現にネイトもアビドス独立戦争時には105㎜砲弾を投擲している。
50口径の銃器、M2重機関銃も容易に扱えロケットランチャーもお茶の子さいさいだ。
「分かった。警戒はしておく。情報提供に感謝するぞ、ヒナ。」
《どういたしまして。お礼なら…。》
「マスターのコーヒーだろ?頼んで送ってもらうさ。」
《さすがね。楽しみにしているわ。》
若干声にハリが戻りヒナとの通話はそこで終わった。
「さて…こっちも準備しなきゃな。」
ネイトもさっそく動き出す。
場所が場所だけにその犯人がこちらにやって来るやもしれない。
「こちらネイト、巡回中の部隊に告げる…。」
アビドスを巡回警戒中の生徒に先ほどの情報を共有し有事に備える。
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―――
「しかし、ヴァルキューレの部隊を好き好んで襲う奴がいるなんてな…。」
「あいつら襲っても実入りは少ねぇはずだが…。」
アビドスを巡回中の車両の中、元チンピラとカタカタヘルメット団の生徒は運転席で先ほどのネイトからの情報について話し合っていた。
載っている車両は装輪装甲車『ストライカーICV』、M2重機関銃搭載の遠隔操作型の無人砲塔をマウントしてあるタイプだ。
平時で戦車を乗り回すのはあまりにも燃費が悪く市民を威圧してしまうので戦後にネイトが巡回用に導入したのだ。
「だがよぉすげぇ暴れっぷりだな、そいつ。」
「あぁ、オジキみたいな戦い方ができる奴ぁそうはいねぇ…。」
生徒たちも聞けば聞くほどネイトの戦闘風景が脳裏をよぎった。
あのクラスの暴れっぷりとなると他はヒナやホシノなどのクラスになるが…
「でもよぉ、そういう連中は大概役職持ちだからなぁ…。」
強さがある一定の指標にあるキヴォトス。
そんな大暴れできるような存在は学校が囲い込んで戦力として保有するはず。
まかり間違ってもヴァルキューレに喧嘩を売るようなことはしない。
すると…
「…いいや、もう一人いる。」
後部の乗員スペースにいる元スケバンの生徒が声を上げた。
「ていうと?」
「…アタシら元スケバンの憧れ…と言ってもいいな。」
「へぇ、親分じゃなくてか?」
「そりゃあ兄貴は憧れさ。でもよ…スケバンやってた頃の憧れといやぁ…。」
その時だ。
「ッ!?」
「「「「のぉわぁッ!!?」」」」
突如、運転をしていた元ヘルメット団の生徒が急ブレーキを踏む。
「ど、どうした!?」
ただならぬ様子に声を荒げて問いかけると…
「おっおい、手配書のリスト出せ!!!」
「は!?」
「いいから早く!!!」
血相書いた生徒がヴァルキューレ発行の手配者リストをめくり…
「…やっべぇ!総員戦闘配置!!!」
今度は顔から血の気を引かせ、後部ハッチを空けつつ自分も銃を手に取り車外に飛び出す。
理由は分からないが戦闘配置となっては二の句を告げずに車外に飛び出す一同。
助手席の生徒は端末で無人砲塔を操作する。
そして…
「動くなっ!!!アビドス警備隊だっ!!!」
一番に飛び出した生徒は目の前にいるその人物に銃口を向ける。
その顔には緊張がにじんでいる。
だが、
「落ち着いてくださいませ。私に戦闘の意思はありませんわ。」
その人物は足下に『M2重機関銃』に焼夷ロケットランチャー『M202A1』を置きつつ優雅さを感じる所作でホールドアップする。
武装はネイトの情報にあった通りのものだ。
真紅の特攻服を纏いスカートにはこう刺繍されている。
『威血婆云乃悪上沙魔』
『天下無敵須怪婆云』
『我絶死覇火我異威々』
どう見てもただならぬ人物だ。
「ゲヘナで暴れたってのもお前かっ!?」
「はい、運悪く見つかってしまい…。」
「なにしにアビドスにやってきたッ!!?」
いち早く飛び出た生徒がさらに目的を尋ねていると…
「~ッ!?おい、まてっ!」
「なっなんだよ!?」
後部ハッチから降りた生徒の一人がそれを止めさせる。
見ると後部ハッチから降りた大半の生徒は目の前の光景が信じられないような表情をしているではないか。
「お前、アイツ知らねぇってわけじゃ…!」
「分かってる!!!でも、今のあたし等じゃぜってぇ敵わねぇぞ!!」
「…ッ!」
先に誰何していた元ヘルメット団の生徒にも…分かっていた。
今目の前にいるあの人物は…たとえ装甲車があろうと決して倒せない。
むしろ被害は拡大するだろう。
そして、
「待ってろ、あたしが話しを付けてくる…!」
「おっおい!」
元スケバンのその生徒は銃を構えずにその人物に近づいていく。
「うっす、先ほどは失礼しました!!!」
「お気になさらず。むしろ、彼女の対応は普通ですわ。」
「本日はどういった用向きでこちらへ!?」
相対したその生徒はその人物に頭を下げ謝罪し目的を尋ねる。
その行為には彼女への尊敬の念が多く混じっていた。
「そう固くなさらずともよろしいのに…。」
そんな生徒の態度に彼女は少し困ったような表情を浮かべるが、
「そうはいきません!!!今はもう辞めたとはいえ元スケバンのアタシらにとって…。」
「それならば…私も同じですわ。今や私もスケバンではなく…矯正局から脱獄したただの『脱獄囚』にすぎませんわ。」
「そうはいきません!仲間を護るために捕まったとお噂は聞いております!!!」
「…そうですか。初めてお会いするのに私のことをそれほど想ってくださるなんて…。」
それでも尊敬の念を禁じ得ない生徒に目頭が熱くなる彼女。
そして…
「アタシらも何もしていないのなら貴女と…『アケミ姐様』とは戦いたくはありません!!!」
彼女の名前が叫ばれた。
かつて…ヴァルキューレにとって悪夢のような事件があった。
警備車両12台、戦車2台が全損し生徒にも甚大な数のけが人を出した大惨事。
それほどの被害は…たった一人の『スケバン』による犯行だった。
その身体能力は…他の追随を許さない。
悪名高き『七囚人』の一人にして…『伝説のスケバン』…
「すぅぅぅぅ…はぁぁぁ…やはり…娑婆の空気と人は格別ですわね…。」
そう深く息を吸い込み…控えている生徒たちにも聞こえるように…
「改めてご挨拶を…。『栗浜アケミ』…スケバンをやらせてもらっております。以後お見知りおきを。」
彼女、『栗浜アケミ』は名乗りを上げるのであった。
そこから数十分後、
「…なるほど、それでアビドスに…。」
「うっす!」
報告を受けたネイトはアケミと相対した生徒から彼女の目的を聞いていた。
アケミがアビドスまでやってきた目的は単純明快、
『あなた方の社長様であられる…『ネイト』氏とお会いできますでしょうか?』
ネイトとの面会だ。
「…ゲヘナでの騒動も彼女が?」
「捕まえに来たので抵抗した…と。」
「そりゃそうだろう…。」
相手は狐坂ワカモと同じ『七囚人』、ヴァルキューレからしたら絶対に見逃せない人物だ。
「ヴァルキューレへの通報は?」
「今はまだ…。」
「上出来だ。出来るだけ事態の露見を遅らせてくれ。」
「了解っす!」
だが、ワカモと違いこちらの話を聞くだけの理性を持ち合わせていることも判明している。
ネイトとの面会という目的を果たせれば大人しくしてくれるはず。
相手は生身でパワーアーマー級の惨状を作り出す存在。
暴れられるよりさっさと用件を済まさせてお引き取り願った方が被害は少ないだろう。
第一…ヴァルキューレに協力する筋合いはない。
「で、彼女は?」
「今はアニキの行きつけのカフェでお待ちいただいてます。」
「分かった。それじゃ…行くとするか。」
待たせるのも悪いので情報共有を済ませネイトはアケミの待つ『Cafe Franklin』へ向かう。
先ほど言った様にヴァルキューレに察知されるわけにはいかないので周囲には最低限の警戒しか敷いていない。
それでも一切臆することなく、
「いらっしゃいませ、ネイトさん。」
「突然すまないね、マスター。」
「何を、貴方方と私の仲じゃないですか。奥でお待ちですよ。」
『Cafe Franklin』のドアを潜り…
「…お待たせしたかな?」
「いえ、この度は急なお呼び出しにお答えいただき感謝いたしますわ。」
「そうか。…W.G.T.C.代表取締役社長のネイトだ。」
「栗浜アケミと申します。よろしくお願いいたしますわ、ネイト様。」
奥の席で待っていたアケミの元へ行き握手を交わす。
アケミも席を立ち握手に応じてくれたが…
(大きい…!それに…なんて鍛えこまれている…!)
まず、彼女の立ち姿に即座にただ者ではないことを見抜くネイト。
身長はネイトの頭一つ以上高く、特攻服を着ていても分かるほどたくましい体つきだ。
そして…
(凄いな…!こんな奴がいるとは…!)
握手一つからも彼女の様々な情報が伝わってくる。
アケミの筋肉の付き方や体幹の強さに足腰の強靭さ。
さらに…彼女の肉体を支える鋼鉄の精神力まで。
ネイトも兵士であり武術を長年鍛錬してきた男だ。
そんなネイトをして…齢20に満たないアケミの肉体の完成度に舌を巻く。
「…フフッ、これがかの…。」
それはアケミも同様だった。
自分よりも小柄でキヴォトス人基準ではせいぜい中の下程のはずのネイト。
そんなネイトが…アケミには自分よりもはるかに大きく逞しく見えていた。
(もっと…もっとこの方を知りたい…!)
アケミの中に秘められた闘争本能に灯が点った。
「「ッ!」」
手を放し、右でネイトのコートの襟と左手で右袖をつかむ。
奇しくも、ネイトもアケミが動くと同時に同じ動作をとり共にがっぷり四つの組み合いとなった。
(重い…!自然体なのに永い年月も鎮座しているような巨岩のような重さだ…!)
(なんてお方…!体の重心が地の底…!まるで…この大地に根を張り聳える巨木のような…!)
しばしの間、二人は無言で組合い…
「…このままじゃこの店が潰れるな。」
「これほどまでお強い殿方は初めてですわ…。」
示し合わせたかのように互いに手を放す。
「…一先ず席に付こう。落ち着いて話をしようじゃないか。」
「承知いたしましたわ。」
改めて二人とも席に着き向かい合う。
「マスター、彼女に飲み物を。」
「畏まりました。お嬢さん、ご注文は?」
「では…紅茶を頂けますでしょうか、御主人?」
「少々お待ちください。」
「それで…遠路はるばるアビドスまでどういった用件で?」
飲み物を待つ間に早速アケミの目的を尋ねるネイト。
すると…
「その前にネイト様。貴方様に格別の感謝を述べさせてくださいませ。」
「感謝?」
「はい。あの子達…世に言う『スケバン』の子達をあなたの企業に雇い入れていただき幸甚の至りですわ。」
アケミはそう言い深々と頭を下げた。
「いや、俺は単に俺のところに来た連中に仕事を回しているだけだ。礼を言われるようなことじゃない。頭を上げてくれ。」
「何を仰いますか。これでも『伝説のスケバン』と呼ばれている身、礼すらいえぬようでは…あの子たちに示しが付きませんわ。」
「…しっかりした子だ。」
七囚人、伝説のスケバンと聞いていたが上品且つ礼儀正しいアケミ。
キヴォトスはおろか戦後連邦から思い返してもここまでお嬢様然している人物は見たことがない。
「…しかし、少し意外だな。」
「意外、とは?」
「てっきりスケバンの生徒を足抜けさせたことに文句の一つでもあると思っていたが…。」
もう一つ、ネイトが意外に思っていたのはここだ。
アケミはかつてキヴォトスに数多存在するスケバンの頂点だった。
そんな彼女からしたら自分は勢力を引き抜いていたような存在。
てっきり一言二言文句でも言われるものと予想していた。
それに対し、
「何を仰いますか。感謝こそ尽きぬともネイト様に不平などございませんわ。」
アケミはそのような意図はないと説明。
「その心は?」
「私どもスケバンは所詮『社会のはみ出し者』、身を護るために徒党を組んでいるにすぎません。私が剛力を振るったのも…偏にあの子たちを守る為ですわ。」
「ふむ。」
「そんなスケバンの子達をお引き立てし『普通』の生活を送れるようにして下さった貴方様を…どうして非難出来ましょうか?」
「つまり…スケバンをやらずに生活できるのならその方がいい…と?」
「もちろんですわ。私にはできなかった事を成したネイト様には…尊敬の念を禁じ得ませんわ。」
アケミはある人物からアビドスの現状を聞いたとき、胸が躍った。
キヴォトスでは…スケバンなどの不良は大人に食い物にされるのが常だ。
アケミもかつてはそのような脅威からスケバンを護るため奮闘していた。
そんなキヴォトスに現れたのが…ネイトだ。
スケバンだろうがヘルメット団だろうが雇い真っ当な仕事を与え正当な賃金を支払い更生させている。
さらには身を護れるよう自ら訓練までしているというではないか。
その成果は先のアビドス独立戦争で目の当たりにしている。
「ネイト様のような方がもっといらっしゃったら…キヴォトスはさらに変わっていたでしょうね…。」
「…改めて言われるとこっ恥ずかしいな。」
「フフッ、意外にもシャイな方ですのね。」
少し困ったような表情で頬を欠くネイトを見て上品に笑うアケミ。
と、そこに…
「お待たせしました、紅茶です。こちら、サービスのスコーンでございます。」
頃合いを見計らったようにマスターが紅茶と付け合わせのお菓子を持ってきてくれた。
「まぁ、美味しそう…。」
「ごゆっくりとおくつろぎくださいませ。」
「長旅だっただろう、本題には一服してから入ろうか。」
「お心使い感謝いたします。」
そう言い、アケミはこれまた上品な所作で紅茶とスコーンを堪能していき、
「…ごちそうさまでした。大変美味しゅうございましたわ。」
「満足してくれたようで何よりだ。」
どうやらとても堪能できたようである。
「さて、アケミ。アビドスに来た目的を聞かせてもらいたいんだが…いいか?」
「もちろんです。では、こちらを…。」
そう言い、アケミが取り出したのは…ホログラム通信用の機材だ。
「…つまり、アケミはメッセンジャー…ということか?」
「そうなりますわね。本日は私も…この方の指令を受けてきましたの。」
それを床に置くと起動しホログラムが投影され…
《ほむ、ようやく繋がりましたね。》
映し出されたのはボリューミーなシルバーブロンドの長髪をしリボンタイに全身黒の服にロングコートを羽織った少女の姿が現れた。
「…誰だ?」
《お初にお目にかかります、Mr.ネイト。私は『ニヤニヤ教授』、しがないコンサルタントを営んでおります。》
その少女、ニヤニヤ教授は恭しくステッキを突きながら頭を下げる。
「コンサルタント…ねぇ?」
先ほどと打って変わって猜疑の目を向けつつネイトはニヤニヤ教授を眺める。
「それで?いったいどういった用件で?」
《まぁ、そう邪険にせず。少しは交友を深めようでは…。》
そんなネイトを窘めるニヤニヤ教授だが、
「生憎ウチの会社はコンサルタントに頼る用件はないし…どう考えてもまともな営業なわけないからな。」
ネイトは一切靡かない。
第一…メッセンジャーにこちらに友好的とはいえ『七囚人』のアケミを派遣している時点でまともな要件なわけがない。
「それで?彼女を差し向けて俺に会いに来た本当の目的は何だ、プロフェッサー・ニヤニヤ?」
《ほむ…どうやら握手を交わせそうな雰囲気ではないですねぇ。》
「だったら生身で来い。ま、他人を使っている時点で…そんな度胸はありはしないだろうが。」
警戒心を隠そうともしないネイト。
見かけこそホシノやヒナのような小柄な少女だが…
「アンタに似た雰囲気の奴を一人知っている。ま、そいつに比べたら…まだまだだがな。」
ネイトには既視感しかない。
胡散臭く、いつも企み事をしている存在…。
(コイツ…黒服と同類か…。)
逆にいえば…年端もいかない少女の姿で黒服を想起させる存在。
それがニヤニヤ教授、警戒しないわけがない。
《私のような?それはぜひお会いしたいものですが…それはまたの機会にして本題に移りましょうか。》
ニヤニヤ教授もこれ以上長引かせても収穫はないと判断したか話題を切り替えた。
《まず一つ目…以前は『ウチの駒』が世話になりましたね。》
「『ウチの駒』?」
《こういえば伝わるでしょうか?…狐坂ワカモ。》
「ッ、お前の差し金だったのか…。」
忘れるわけがない。
狐坂ワカモ、カイザーPMC本部基地でネイトと激闘を繰り広げた『災厄の狐』と呼ばれる七囚人の一人。
彼女の性格や傾向からして本人の意思によるものだと思っていたが…
《先ほども申した通り、私はコンサルタントです。…それも犯罪の…ね。》
『手配師』という職業がある。
現代ではほとんど違法とされる人買いを起源とする裏社会の人材斡旋業だ。
ニヤニヤ教授もこの『手配師』の一種なのだろう。
ここはキヴォトス、犯罪専門の人材派遣など引く手あまただろう。
そんな中であって『七囚人』を最低でも二人確保している彼女は…相当上澄みのはず。
「だったら売り込み先を間違えたな。アンタに頼まなくてもうちは社員に事欠いていないし今後もアンタに頼むつもりもない。」
少なくともネイトには一切用の無い人種だ。
《ふふっそれは残念…。ですが、本日はそのような要件ではありません。》
「じゃあ何だ?」
《その件で…少々私の普段の業務に支障が出てましてね…。》
この手の業種は信頼性が命だ。
それが裏社会専門ならばなおのこと。
《私が持つ駒の中でも『狐坂ワカモ』は最上級。そんな彼女を撃退したのですから顧客が離れて行ってしまいましてね。》
そんな折に…あの出来事だ。
企図した物でなくともニヤニヤ教授は依頼を受けワカモを派遣したという形になってしまっている。
結果は御存じの通り、終盤にはワカモは圧倒され撃退されてしまった。
そのことがニヤニヤ教授に与える影響は語るまでもないだろう。
「ようはそのことで俺に苦情でも言いに来たのか?」
《まさか。これは単純に興味の一端。》
「興味?」
《えぇ…表の人間であるのに『裏』にも精通し表から裏社会の重鎮でもあるカイザーを仕留めた『アビドス解放の英雄』…Mr.ネイトと一度相まみえてみたかったのです。》
表社会と裏社会、表裏一体の存在だが決して相いれない世界だ。
境界付近の物はともかくニヤニヤ教授程裏社会に浸っているとなると直接表へ出てこれなくなる。
裏で社会を牛耳るなどということもあるが結局それも人を使ってだ。
ましてや表の人間が裏社会をどうこうできるはずはない…それが常識だった。
だが…ネイトはソレをやった。
自らは日の光に当たり続け…裏社会の奥底に潜む大蛸に必殺の銛を叩きこみ仕留めた。
それも正当な方法でだ。
そしてネイトは今も日の光の下、表社会で活躍している。
さらに本人も裏社会で武闘派として名をはせるワカモクラスの実力者ではないか。
ニヤニヤ教授が大きな興味を向けるのも無理はない。
「ふん、だったらなおのこと自分で来たらいいものを。」
《ご冗談を。私がその場に行けば灰になってしまいます。》
「むしろそうなったほうが社会のためだろ?」
終始、素っ気なくニヤニヤ教授と言葉を交わすネイト。
…それがニヤニヤ教授のさらなる興味を引いた。
(この人の…慌てふためく姿を見てみたい…!)
他人を用い物事を思いのままに運ぶニヤニヤ教授をして決して思い通りにならないネイト。
そんなネイトを…一瞬でもいい。
自分の意のままに操りたい。
言うなれば…『好きな子に意地悪をする』、そんなものだ。
《それでは二つ目…私と手を組みま…。》
「断る。」
言い切る前にネイトはその申し出を却下する。
《…決して貴方にとっても不利益のある取引ではないのですが?》
「利益・不利益は関係ない。俺にとって裏社会のゴタゴタなんか道端に落ちてる空き缶よりもはるかにどうでもいい。」
別段、ネイトも裕福になりたいからこの仕事をしているわけでもカイザーを倒したわけでもない。
目的遂行のために必要だから、この一言に尽きる。
儲かっているのはあくまでも副次効果だ。
《ほむ…これは強敵ですね。》
「分かったら諦めるんだな。今後は俺達の邪魔をしないよう余所で…。」
さっさと終わらせようと話を締めにかかろうとするネイト。
その時…
《そう言えばMr.ネイト…。》
「…何だ?」
《最近、『養子』をとられたそうですね?》
「………。」
ニヤニヤ教授の一言で動きが停まる。
それを見たニヤニヤ教授の口角が上がる。
《ミレニアムの何と言いましたか…そう、『アリス』という綺麗な黒髪をしたなんとも可愛らしい子でしたね。》
「………。」
《何分、私も情報通でして…特にあなたのことはよく耳にしますよ。》
そう言い、ニヤニヤ教授はタブレット端末を操作しモニタをこちらに見せる。
《もぉ―どうして取れないのぉ―!》
《これで21回目の失敗ですね、モモイ。》
《お姉ちゃん、もうあきらめなよ…。》
《嫌だッ!絶対このグッズをとるまで帰んないんだから!!!》
そこにはどこかのゲームセンターにあるUFOキャッチャーで遊ぶモモイとミドリ、そしてアリスの姿が映し出されていた。
《フフッ…本当に可愛らしい…。》
「………。」
《…これでお分かりになられましたでしょう?貴方はもう…『アビドス独立戦争』時の貴方ではない。》
もし、あの時のネイトなら聞く耳を持たないだろう。
だが…今のネイト。
つまり…明確な『弱み』を持ったネイトなら…ニヤニヤ教授はそう考えていた。
《さて…では改めてお返事を…。》
これでもうネイトは自分の想いのまま…彼女はそう思った。
だが…ニヤニヤ教授が目の当たりにしたのは…
「………。」
《~ッ!?》
裏社会に精通する彼女ですら固まるほどのおどろおどろしい『殺気』を放つネイトだった。
そしてその目は…先ほど以上に…ニヤニヤ教授への興味を微塵も感じなくなっていた。
「…言いたいのはそれだけか?」
短くネイトはそう尋ね、
《え…ッ?》
「…そうか、ならいい。」
困惑するニヤニヤ教授を無視しそれを返答とみなした。
《ど、どういうこと…ですか…?》
「………。」
《こ、答えていただけると…。》
「…これから『殺す』奴に話すことなどない。」
《ッ!!?》
まるで呼吸でもするかのように言い放たれた『殺す』という言葉。
そんな脅しなどいくらでも聞いてきたニヤニヤ教授の皮膚が粟立つ。
最早それは『決定事項』な上ネイトには何の感慨もない。
ただ…顔の前を飛ぶ邪魔な羽虫を叩き潰す、それくらいのことのようにニヤニヤ教授は想起した。
ニヤニヤ教授は…見誤った。
アリスはネイトにとって弱みではない。
言うなれば…『逆鱗』だ。
そこに触れたが最後…その者を亡き者にするまで止まらない。
《はぁーはぁーはぁー…!》
途端にニヤニヤ教授の顔が蒼くなり呼吸が荒くなる。
もう一つ、自分は見誤ったとニヤニヤ教授は理解した。
自分が『裏』だとすると…ネイトのそれはこう表現できる。
『闇』だ。
表も裏も関係ない。
いや、むしろ表にいればいるほど…自らの足元にできる影は濃くなりそれは『闇』になる。
その闇を用い…裏に潜んだカイザーを仕留めた。
だから…
《フッ…フフッまさかここまでとは…!》
それでもなお…気丈にふるまおうとするニヤニヤ教授だが…
《おいテメェ、そこでコソコソ何してやがる?》
《なッ!?》
突如、アリスたちを撮影していたであろう人物に…
《今アイツらのこと撮ってたよな?…何が目的だ?》
《だ、ダブルオー…!?》
ネルが声をかけその人物を問い詰める。
《テメェ、怪しいな?ちょっと付いて来てもらおうか。》
《ッ!!!》
《待ちやがれっ!!!あたしから逃げ切れると思ってんのか!?》
モニターの最後にはツイン・ドラゴンを持ち腰に龍柄のマスキングテープが巻かれた金属パイプを差したネルの姿が映ったところで映像が終わった。
《………。》
「さて…用件はすんだな?」
そう言い、ネイトは席を立とうとする。
すると…
「ネイト様、少々お待ちくださいませ。」
《アケミ…?》
アケミが手を挙げてネイトを制し、
「…ニヤニヤ教授、もしネイト様のご息女に手を出されるというのならば…私はこのままヴァルキューレに出頭いたしますわ。」
《なっ…!?》
ニヤニヤ教授に向け鋭い眼差しを向けながらそう告げるのだった。
《どッどういうつもりですか、アケミ…!?》
「私は本日…ネイト様にお礼申しあげるために教授の指示に従ったまで。彼にそんな無体を働くというのであれば…ここで教授との契約を破棄することも厭いませんわ。」
《それがどういう意味か分かって…!》
「ご心配なく。ネイト様のような方がいてくださるのなら私は喜んで刑に服し矯正局に戻りますわよ?」
アケミがニヤニヤ教授の元にいるのは矯正局から脱獄された恩があるからこそ。
だが、脱獄してから知ったネイトの活動にはそれ以上の恩義を感じている。
「ネイト様、このようなことで貴方様に恩を返せるなど思っておりません。ですが…あの子たちを守ってくださったように私が今度は貴方様のご息女をお守りいたしましょう。」
「アケミ…。」
ネイトに向ける表情を柔和なものに戻し
「さぁ、どうされますか?せっかくわざわざ脱獄させた七囚人、その一角をこんな戯れでなくすのは惜しいのではなくて?」
《クッ…!》
再度、出頭をちらつかせニヤニヤ教授に尋ねる。
ニヤニヤ教授からしてみれば…状況は最悪だ。
ネイトは確実に自分を見つけ…亡き者にする決意を固めている。
さらには彼に抗することができるであろうアケミもこのままでは自分の手から離れてしまう。
その先に待つものは…
《…戯れが過ぎました、申し訳ありません…!》
これはあまりにも割に合わない謀だ。
ニヤニヤ教授は苦虫をかみつぶしたかのような表情を浮かべネイトに頭を下げた。
「…覚えておけ。もし今度そんなことを考えようものなら…もう俺は止まらないぞ。」
対して、表情は一切変えずネイトはそう告げ…今回だけは見逃すことに。
《それでは、Mr.ネイト…。またの機会…》
「今度は直に顔を見せろ、チェシャ猫女郎。そのにやけっ面に一発ぶち込んでやるからよ。」
《…失礼します。》
一切許す様子など微塵もなく最後までネイトは毒を吐きニヤニヤ教授のホログラムは消えた。
「…ネイト様、このようなことになってしまい…。」
「何をアケミが謝ることがある?教授と君のことは全く別問題だ。」
頭を下げようとするアケミを今度はネイトが制した。
「それに…君はアリスを護ってくれようと動いてくれた。…ありがとう、あの子の父として心からの感謝を。」
「…うふふっ、可愛い娘さんでしたわね。ぜひお会いしたいものですわ。」
「大っぴらにとはいかないが…いずれな。」
「楽しみにしております。」
先ほどの張りつめた空気が嘘のようににこやかな会話を交わすネイトとアケミ。
だが…楽しい時間というものは長くは続かないものだ。
《アニキ、そろそろ限界だ…!ヴァルキューレのアビドス支部が騒がしくなってきたぞ…!》
ヴァルキューレの監視についていた生徒から通信が入る。
「さすがに耳が早いな。」
「…名残惜しいですがこの辺りでお暇した方がよろしいですわね。」
「そうしてくれ。後はこっちでうまくごまかしておくさ。」
「面倒ごとを押し付けてしまい申し訳ございません…。」
「なぁに面倒ごとを楽しむことも人生さ。」
「…では償いとしてこちらをお納めくださいませ。」
アケミはそう言うと一通の便せんを取り出し素早く何かを書き込み…
チュ…
その隅に唇を押し当てネイトに差し出した。
「私直通の連絡先ですわ。助けが必要な際にはいつでもお掛けになってくださいませ。」
「…重ね重ね感謝する。その時は遠慮なく頼らせてもらうさ。」
ネイトもそんな彼女の気遣いを受け取り礼を述べる。
見ると携帯番号が記され隅には彼女のキスマークが刻まれている。
これは『この書面に偽りがない』と誓う古式ゆかしい表現だ。
現代では『xoxo』と記される。
「それではこれにて…。ご主人、お騒がせして申し訳ございませんでしたわ。紅茶とスコーン、また堪能したいものですわ。」
「何のこれしき。またいらっしゃってくださいね、お嬢さん。」
「是非とも。」
そう言い残し、M2重機関銃とM202を担ぎアケミは軽やかにどこかへ走り去っていくのであった。
「…マスター、犯罪者にも色々いるんだな。」
「フフッ、貴方もかなり変わっていますがね。」
「そうか?」
「えぇ。でも…父として立派な方だとも思いますよ。」
「…ありがとう。…すまないがコーヒー貰えるか?」
「畏まりました。」
残されたネイトはカウンターに座り直し久しぶりにマスターのコーヒーを楽しむのであった。
その後、急いで駆け付けたヴァルキューレの生徒だったが…
「いやぁ…七囚人相手に俺一人でどう対抗しろと?」
「私も店を壊されたくはありませんからなぁ。」
老人二人(一人、見かけ三十路)にのらりくらりと交わされ結局アケミを取り逃してしまうのであった。
この世で一番強い殺意は、愛を巡って産まれた殺意。
―――漫画家『松井優征』
ネイトの苗字は…
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なくていい
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あったほうがいい