―――哲学者『ガブリエル・マルセル』
あれから二日後…
《…以上が今回の顛末です。》
「…………。」
《…あ、あの…ユウカ?》
C&Cと先生はミレニアムに帰還しユウカに任務の顛末の報告を行っていた。
が…
「質問というか…相当大騒ぎしたみたいね…?!」
ユウカの額には青筋が立っている。
《え、えぇ…ですがご心配なく。先ほどもお伝えしたように『学校間の問題』には…。》
そんな彼女の反応に戦々恐々ながらも言葉をつづけるアカネだが…
「それはいいわ…!発生したゴールデンフリース号の修繕費も…よくはないけどどうにかしましょう…!」
《で、でしたら何が…。》
「あなた達…どうしてネイト社長を巻き込んだのよ…!?」
ユウカは目線を鋭くしホログラムのC&Cたちを睨む。
「私もモモイから聞いてアリスちゃんとネイト社長がコユキと同じ船に乗っていると初めて知ったわ…!それはいいわ、偶然だもの…!でも…!」
場面はあの日…
ドッパアアアアアアアアアアンッ!!!!
みぎぃやああああああああああああああああーーー!!!??!??!!!
あれから少し経ち…
「ほら、獲ってきたぞ。」
ネイトは簀巻きにしたコユキを俵担ぎしてネルたちの元まで運んできたが…
「…ダンナ、それはいいけどよ…。」
「い、一体何をどうしたらそんな風に…?!」
目の前に放り投げられたコユキを見てあまりのその惨状にネルですら言葉を失う。
それもそのはず…
「お…お尻が…お尻が割れる…。四つに…割れる…。」
白目を剥き顔から出せる液体を垂れ流しつつうわ言を呟くコユキ。
そしてそんな彼女の臀部、つまりお尻の部分は…
「お、お洋服って…強く叩くと無くなっちゃうんですね…。」
「いや、一体どんな強さでやったらそうなるんだ…!?」
確かにコユキはバニー服を着ていたはずだったが…その部分だけ布地が弾け飛んだように無くなり素肌があらわになり…
「わぁ、コユキちゃんったらバニー服なのにお尻がお猿さんみたいになってる~♪」
「笑えねえよ、アスナ…。」
アスナの一言でどんな惨状になっているか理解できるだろう。
「師匠…まさかそのオールで…?!」
コユキを担いでいた逆の手には確かにオール『だった』物が握られていた。
どれほどの強さで叩いたのか、水掻き部分が粉々に砕けていた。
「やり過ぎとは言うなよ、先生。コイツがやらかそうとしていたことに比べたらこれでも甘すぎるんだからな。」
「それは確かにダンナの言う通りだな。」
悪びれることなく言い放つネイトだがこれには同意するしかない。
ネイトがいなければコユキを取り逃がし…いつかW.G.T.C.の資産を食い荒らしていたかもしれない。
実に6000億以上、コユキがどうこうできる額ではない。
かといって…資産を食い尽くされたミレニアムにもどうにもできない。
その先に待つのは…最悪の事態として待っているのはミレニアムとアビドスの全面対立だ。
おそらく良くてミレニアムはアビドスの分校、最悪の場合はネルの言っていたように更地となるだろう。
そして主犯のコユキの末路は…語るまでもないだろう。
尻を引っ叩くだけで済んだとするなら安い位だ。
「さっ早くコイツを連れて行け。」
「あいよ、ダンナ。手間かけさせて悪かったな。」
何はともあれ無事にコユキの確保に成功。
「じゃあね、旦那様!今日はありがとうね!」
「ご協力に感謝いたします、旦那様。このお礼は必ず。」
「アリスにもありがとうと伝えてほしい。」
「いろいろとご迷惑をおかけしました、ネイトさん。」
コユキの身柄を引き受け先生とC&Cはそそくさとゴールデンフリース号を退散していくのであった。
そして場面は現在に戻る。
「ただでさえ色々とW.G.T.C.には『色々』とあるのに完全オフのネイト社長を巻き込んで剰えミレニアムの恥部をさらすなんて…!」
《…そのことに関しては言い訳しようもございません。》
青筋立てるユウカにいつもは飄々と受け答えるアカネすらも真面目な表情で頭を下げる。
報告ではその場を立ち去ろうとしたというのにネルが部屋に押し入ろうとしたとのこと。
《ユウカ、私からも謝らせてほしい…。》
さらにC&Cの面々とともにいる先生もユウカに謝罪する。
が、
「先生…貴方も何をやってるんですか…!?幾ら慌ててたとはいえハッキングしてまでネイト社長の部屋に踏み込んで拠点化するなんて…!」
《本当にごめんなさい…。》
まさか積極的に先生もネイトの部屋に押し入ろうとしていたとは思わなかった。
が、深々と頭を下げて謝罪する先生を見て…
「…ふうぅぅ…スゥーーー…はーーーーー…!」
ユウカは深呼吸を繰り返して気を鎮め…
「…先生が帯同してこの結果ですので…まだマシな結果だったと思うことにします…!」
元より先生にはネルたちの暴走を制御するために帯同させていた。
それでこれなのだ。
先生がいなければもっと事態は悪くなっていただろう。
…正直言うと誰にも気付かれずに達成してほしかったのだが。
「それに急遽とはいえネイト社長とアリスちゃんが協力してくれたおかげでコユキも捕縛できましたので怪我の功名でもあります…!」
何はともあれコユキの捕縛には成功しミレニアムの経済破綻は防がれた。
その部分は評価しなければならない。
《だろ?そこはちゃんと認めてもらわなくちゃなぁ。》
と、ユウカのその言葉に気を良くしたネル。
だが…彼女たちは重要なことを忘れていた。
「…それであの子が持ち出したデータの回収は?」
今作戦でのもう一つの目標についてユウカが尋ねると…
《…………あぁッ!!?》
少々間をおいてネルや先生はおろかアカネすらそんな声を上げた。
コユキを捕縛した達成感と安堵から…完全に忘れていたのだ。
「…何をやってるのよ、あなた達…!!!」
これにはとうとうユウカの堪忍袋の緒が切れた。
「さっさとゴールデンフリース号に戻って探してきなさいっ!!!見つけてくるまで絶対戻ってこないこと、以上っ!!!」
《ちょッちょっと待って、ユウ…ッ!》
先生が何か言おうとしていたのを無視しユウカは通信を切った。
「はぁぁぁぁッもうっ…!!!」
数日前のように何とか頭を冷やそうと頭を掻くが…やはり思考がまとまらない。
コユキを捕縛できたのでミレニアムの『存続』は守られた。
だが…データが戻ってこなければミレニアムの『発展』はそこで潰える。
「どうしよう…!どうすれば…!」
最悪の事態ばかり頭をよぎる。
その時だ。
「ユウカ先輩、アリスちゃんが戻ってきました。」
セミナーの生徒がユウカの元に報告に訪れた。
「…すぐにネイト社長をお連れして…!」
「分かりました。」
その生徒にユウカはそう伝え…
「さぁ早瀬ユウカ・・・正念場よ…!」
静かに気合を入れ直す。
数分後、
「お招きどうも、ユウカ。これ、ゴールデンフリース号の土産だ。セミナーの皆で食べてくれ。」
「突然お呼び立てしまい申し訳ありません。お土産、ありがたくみんなでいただきます。」
ネイトの姿はユウカの執務室にあった。
「で、俺をここに呼んだ理由は?」
「まずは謝罪をさせてください。…アリスちゃんとのバカンス中だというのに我が校のC&Cが押しかけお休みの邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした…。」
開口一番でユウカはネイトに深々と頭を下げる。
「いや、色々あったが…それもまた旅の思い出だ。気にしないでくれ。」
ネイトは苦笑しながらも頭を上げるように促すが、
「いいえ、巻き込んだだけでなく脱走者の捕縛まで助力していただいて謝罪の一つもなければミレニアムセミナーの沽券に関わります。」
ユウカは頭を挙げずになおも謝罪の言葉を繰り返す。
「…分かった。その謝罪は受け入れる。だから頭を上げてくれ。」
「ありがとうございます。…旅行中に先生方と交わされた契約に関しては必ず履行いたします。」
「そうか?じゃあ、これ。ちゃんと連邦生徒会と折半してるから支払い頼む。」
そう言い、ネイトは一通の大きな封筒を差し出す。
「分かりまし…え?」
顔を挙げてからそれを見た途端…ユウカは固まる。
ユウカの前に差し出された封筒が…分厚い。
想像の10倍は分厚い。
「あ…あぁあのこれは…!?」
「いやぁ…貴重なバカンスの一日を潰されてなぁ。その分残り一泊一日…存分に楽しませてもらったよ。」
ネイトは確かに謝罪は受け入れた。
だが…それは今であってゴールデンフリース号に乗っている間はそうではない。
あれからネイトには珍しくゴールデンフリース号内で豪遊。
「『ゴールドマグロ 』だったか?あの寿司は最高だったぁ…!それから天ぷらも旨かったなぁ…!」
絶対普段は行かないような高級な寿司や天ぷらの店を梯子したり、
「アリスにできた友達も誘ってな。それは飲めや歌えやのもうどんちゃん騒ぎだった。」
そんな店をアリスが知り合った博徒の方々と貸し切り宴会を開いたり、
「あとは土産代だな。アビドスや便利屋にミレニアムの知り合いの分…。流石豪華客船、なかなかのラインナップ。」
最終日にはショッピングも存分に楽しんだ。
「ち、ちょっとこれは…?!」
予想以上…などという範疇では収まらない額にユウカの顔も青くなる。
幾ら契約して自分もそれを了承したからとはいえこれはあまりにも…。
「す、少し猶予を頂けますか…?!何分、あの子のせいでミレニアムの資産が…!」
これが平時なら問題ないが…今のミレニアムには結構な出費だ。
なんとか譲歩を引き出そうとするユウカだが…
「そうか?…まぁ、それくらい待つさ。」
ネイトもそれに軽く返す。
まるで見せつけるように指で何かを回して遊びながら。
「あ、あのそれは…?」
「これか?…コユキが首にかけてたものだ。」
それを止めてユウカに見せる。
よく見ると…兎型の装飾に巧妙に偽装された『USBメモリー』だった。
場面はまたネイトがコユキの尻をしばいた直後に戻る。
「お…お尻が…!お尻がぁぁぁぁ…ッ!」
「ファーハーバーのラッドラビットの方がまだ狩り甲斐があったよ、ロングフェロー…。」
あまりにも手ごたえのない幕切れに水掻きが砕けたオールを担ぎネイトはかつてともに旅をした年老いた猟師の姿を思い出していた。
すると…
「…ん?」
倒れ伏したコユキの首元からネックレスが零れていた。
見ると…
「USBメモリーか?」
兎型の装飾の一部が取れ中からUSBのコネクタが見えていた。
「確か…。」
ネイトはふと思いそのペンダントを回収する。
「…てことで回収してたんだがネルたちに渡しそびれてたんだ。」
そんなことを言うネイトだが…
(嘘だ…ッ!絶対嘘だ…!)
頭からそんなことを信じるユウカではない。
これでも数か月ネイトのやり方を見てきたという自負がある。
交渉ごとにおいて…有利な手札をみすみすネイトが手放すはずがない。
そして、コユキが持っていたというUSBの中身は…
「ち…ちなみに中身は…?」
一縷の望みをかけネイトに尋ねると…
「…さぁ?」
含みしか感じない笑顔を浮かべ…
「一つ言うなら…それの支払いをしてくれるのなら今回は『見逃す』とでも言っておこうか?」
最早答えているも同然の答えを返した。
つまりネイトはこの中身を…
「…分かりました…。今日中に支払っておきます…。」
ユウカは若干涙目になりながら…支払いに応じた。
このUSBの中身…それは『耐衝撃ファイバー』の分析と…製造法に関するデータだ。
ようやく複製が完了し量産の方法も確立したところで…コユキが脱獄しこのデータを持ち出してしまったのだ。
おそらく逃走資金の足しにしようとでもしていたのだろう。
まさに最悪のタイミング。
そのデータを…ネイトは目の当たりにしている。
ネイトからすれば製造方法が分かったのならあの約束は御破算にしてもいいはずだ。
だが、それを身逃がしてくれると言っている。
「あ…あのどうして…?」
理由を尋ねると…
「そうだな…。今回の件は『自然災害』にでもあったと思っておくさ。」
短くそう答え、
「だが、これっきりだ。今後はしっかり頼むぞ。」
手に持ったUSBメモリーをユウカに投げ渡すネイト。
「…感謝します。」
それを受け取り今日何度目かの頭を下げて礼を述べるユウカ。
ネイトの言うようにあの契約は今後も続く。
より一層このデータの取り扱いに注意しなければと決意を新たにするのであった。
「で、だ。実はもう一つ頼みがあるんだが…。」
「なんでしょうか?」
またネイトには大きな借りを作ってしまった。
余程のことが無ければユウカも受け入れるつもりである。
「…あの白兎と面会できるか?」
―――――――――――――――
―――――――――
―――
「うぅ~…痛いぃ~…!」
ミレニアムへ移送されたコユキ。
現在はさらに厳重な監視体制の『反省部屋』に収監されていた。
直径10mの正六面体の防弾ガラスの部屋で内部にはあらゆる電子機器が存在しない。
しかも、ミレニアムだというのにセキュリティに至るまで紙と人員を用いるアナログな監視体制かつ監視員もスマホすら持ち込めない。
電子的なセキュリティが無意味ならとことんデジタルを排しようと言うなんとも脳筋だが事実コユキもこれでは脱走ができない。
コユキも今のところは脱走を諦めベッドにうつぶせになっていた。
まだネイトに引っ叩かれた尻が痛くてまともに座れないのだ。
と、
「コユキ、貴方に面会よ。」
「ユウカせんぱぁ~い…?」
そんな反省部屋の扉がノックされユウカが客人を連れてきた。
そちらを見る気力もなく…
「もう勝手に入れちゃってくださ~い…。」
適当な返事をして面会を受け入れるコユキ。
が、
「やぁコユキ、尻はまだ痛むのか?」
「うわぁああ!?いったああああああああああいッ!!!」
面会に訪れた人物、ネイトの声を聴くと跳び起き後ずさろうとするも尻がベッドに当たり悲鳴を上げた。
「落ち着け。今日は尻を引っ叩きに来たんじゃない。」
「うぅ…!いったい何しに来たんですかぁ…?」
尻を抑えつつ蹲りながらそう尋ねると…
「コユキ…ここから出してやろうか?」
「…え?」
まさかの提案に顔を挙げて見てみると…
「ただし…こいつを起動できたらだ。」
目の前に独特な形状の『ブリーフケース』が置かれ開かれると何かの電子機器の装置が入っている。
「コイツの起動には10ケタのパスワードが必要だ。チャレンジは1回、成功して結末を見届けられるなら…責任をもってお前をここから連れ出そう。」
「ほッ本当ですかッ!?」
願ってもない申し出だ。
これしきの事で脱走できしかもネイトというとんでもない戦力を味方にできるとなれば…今度こそミレニアムから完全に自由になれる。
「どうだ?挑戦してみ…。」
「やります!やらせていただきますっ!!!」
ネイトの言葉を待たずにコユキはその機械に飛びつき…
「こんなの私にとってはお茶の子さいさいですよっと!」
瞬く間にパスワードを打ち込み起動スイッチを押す。
当たり前のようにパスワードは正解し装置は起動する。
「やるな。」
「にははははッこんなの楽勝ですよぉ!」
「それじゃあ…あと3分後にここを出るぞ。」
「それでこの装置って何ですか?」
腕時計を確認しつつ脱出準備を整えるネイトにニンマリとした表情を浮かべてコユキが質問する。
見ると装置のモニターにはミレニアムの地図が映し出されているが…
「ん?うちのある兵器がミレニアム全域に攻撃を仕掛けるための起動装置だが?」
「………え?」
ネイトが明かした正体を聞きコユキは固まった。
「俺のことを調べたのなら知ってるだろ?W.G.T.C.にはキヴォトス全域を攻撃できる兵器を有していることは?」
「まっまたまた冗談ばっかりぃ~…。」
確かにその情報もコユキは入手しているがそれをミレニアムに、しかも自分に起動スイッチを押させるとは思えず笑うが…
「…………。」
「え…?!」
ネイトは真顔になりコユキを見つめ何も答えない。
「何を困惑している?これが望みだったんだろ?」
「の、望み…!?」
「ミレニアムから自由になる為…この学校が無くなることを厭わないほど金を使ったんだろ?」
「そんなッ!私はそんなつもりは…!」
「いいや、コユキ。お前はこれと同じことをやったんだよ。それも自分の意志でな。」
「~ッ!!?」
言い返せなかった。
そうだ、自分も同じことをやっていたではないか。
それが経済的か、物理的かの違いでしかない。
そして…どちらも自分がミレニアムから自由になる為にやった事だ。
「でっでもアリスちゃんっアナタの娘さんもここに…!」
それでも何とか思いとどまらせるために船で会ったアリスを引き合いに出すコユキだが、
「ゲーム開発部は当然退避させてるさ。それにこの建物以外を壊滅させることなど容易い精度の攻撃だってことは知ってるだろ。」
既に対処済みで…
「安心しろ。ここを出たらどこへでも好きに行けばいいさ。ウチの金にさえ手を付けなければ追いかけもしない。」
最早ネイトを止めるすべはない。
「い…いや…ッ!」
「いやも何も…お前は俺に話を全部話も聞かずに起動してしまったからな。あと…1分と30秒でミレニアムは瓦礫の山だ。」
全て…すべて自分が招いてしまった…。
何時ものようにほんの軽い気持ちで…自分はミレニアム破滅のスイッチを押してしまった。
「はぁー…!はぁー…!はぁー…!」
コユキの視界が暗くなり幾ら呼吸をしても息が詰まる感覚がした。
その時…モニターの表示が変わった。
停止コード入力受付終了まで残り30秒
「~ッ!?」
「おっと、そう言えば…まぁ100桁のパスだしコユキには必要な…。」
安全装置として仕込んであったのだろうが起動するのはネイトも予想外だったようだ。
しかし…コユキにとってはまさに…最後の希望だった。
「はっはっちゃあああああああああッ!!!」
奇妙な掛け声を挙げて凄まじい速度でキーボードを押していくコユキ。
そして…その動きが停まったその時…
自爆プログラムを作動しますか?
とモニターの表示が変わり、コユキは即座に承認を選択。
自爆プログラム作動、全攻撃が中止されました
「ハー…ハー…ハー…ッ!!!」
「おぉ…まさか100桁をそんなに打てるとは。だがいいのか?これでお前はここに居続けることに…。」
意外そうな表情を浮かべてネイトはコユキに声をかける。
あれほどまで欲しいた自由を自ら断ったのだが、ネイトの問いかけに…
「そんなのっ!!!ミレニアムがボロボロになるのに比べたらそっちの方がいいですよ!!!」
声を荒げてネイトを非難するコユキ。
「………。」
「いっいぃいくら私が自由になりたいからってこんなの間違ってますっ!!!こんなの…あっていいわけないじゃないですか!!!私が言えたことじゃないって分かってます!!!でも私は皆に傷付いてほしいわけじゃ…!」
なおも大声でネイトに言葉を言い放つコユキだが…
「それ、ジョークグッズだぞ。」
「…はぇ?」
「よくできてるだろ?ゲーム開発部にエンジニア部にヴェリタスの合作だ。」
まさかの種明かしに打って変わって呆けたような声を上げる。
「少しお前に自覚を持たせようと思ってな。ゴールデンフリース号のお土産を報酬に突貫で作ってもらった。」
「じ、自覚…?」
「コユキ。お前の力はな、ともすれば世界を滅ぼし世界を救うこともできる、そう言う力なんだよ。」
目線を鋭くしネイトはコユキに断言するように言い放つ。
コユキの異能、コンピュータシステムの暗号であればどんなに複雑なものであろうとも感覚的に簡単に解いてしまう能力。
こんな無法の力をネイトの世界で存在するならば…各国の核ミサイルの発射コードなど意味をなさないだろう。
コユキにもし本当の意味で『善悪の区別』が無ければ…一瞬で世界は火の海だろう。
そして逆に…放たれた核ミサイルを無力化することもできる。
「その認識がお前には『無さすぎる』。現にお前はミレニアムの破滅のスイッチに一も二もなく飛びついただろ?」
「うっ…!」
「だから…お前はミレニアムの資産を食い荒らし重要なデータを盗み出したんだろ?」
「うぐぅ…!」
先程の行いと脱獄してからの行いを挙げてコユキの問題点を指摘すネイトにその指摘がグサグサと突き刺さるコユキ。
「コユキ、もしお前がそれを解除しなければ俺はお前を見捨てていた。だが…お前は自分の意志でミレニアムの壊滅を回避したんだ。」
「ネ、ネイト…さん…。」
「お前の力は…いわばあらゆるものを切れる『包丁』だ。」
「包丁…ですか…?」
「それは料理人に持たせればありとあらゆる素晴らしい料理も作れるが…殺人鬼が持てば瞬く間に恐ろしい凶器になり下がる。」
彼女の理解力でも飲み込みやすい例を挙げながらネイトは言葉を続ける。
「コユキ、お前はどっちになりたい?人を喜ばせる料理人か…冷酷非道な殺人鬼か?」
ネイトの見立ては…コユキは良心の呵責はないが善悪の区別はあるはずだと考えている。
もしその区別がないなら…ネイトには彼女をどうすることもできない。
そして…
「そ、その二つなら…私は…料理人がいいです…。」
彼女は迷わず料理人を選択した。
「…なら、コユキ。その言葉を肝に銘じておくんだな。」
「…はい。」
「じゃあ、お勤め頑張れよ。」
「…え?」
言うが早いかネイトはブリーフケースを引っ掴み一目散に出口に向かう。
「ちょぉっ!?連れてってくれるんじゃないんですか!?」
急いでコユキも追いかけるが…無情にも扉は閉じられた。
「ネイトさん!?約束が違いますよ!?」
バンバンと扉を叩きネイトに外に出すように求めるコユキだが…
「心外だな。俺は『結末を見届けたなら』と言ってたぞ?」
「けっ結末ぅ!?」
「そう、永遠来ることがないミレニアムの滅亡のな。」
最初からこの約束は絶対に果たされないものと決まっていたのだ。
だからネイトも電子機器をコユキの元に持ち込む行為をユウカから許されていたのである。
「さっ詐欺だぁッ!!!汚いですよぉ!!!」
自分以上に狡猾な手段に彼女は非難するが…
「第一、ミレニアムの処分に外部企業の俺がどうこう口出しできるわけないだろうが。」
「ひどいッ!!!私の純情をもてあそんだんですねぇッ!?」
「少し考えればわかるだろう。んじゃ、俺はこれで。」
「うあぁああああーなんでーッ!!?」
ケロッとした表情でそう答えネイトはその場を後にしていくのであった。
数分後、
「…というわけでコユキも少しは自覚が持てただろう。」
「ありがとうございます、ネイト社長…。」
「私達もあの子にどう伝えればいいかを苦心していました…。」
セミナーの執務室でネイトと相対するユウカとノア。
先程、二人の以前までのコユキの接し方…というより 責の仕方を尋ねたネイト。
その答えは…
「「悪さをしたら『反省しなさい』と…。」」
これにはネイトも頭を抱えた。
ユウカとノア、それぞれ別分野ではあるが高い能力を持っている優秀な生徒だ。
…その優秀さ故に自分の理解力がコユキにもあると思い込んでいたのだ。
結果、コユキは反省だけ促されその過程を理解できないでいた。
まだ年若い女子高生の二人だ、無理もない。
だから、ネイトは実演を持ってコユキの能力の意義とどうすればいいかを教えたのだ。
「物事はな、ゴールだけをいきなり教えても意味はない。軽くでいいから道程も教えるのがいい先輩だぞ。」
「はい…今後の指導に生かします…。」
「それから金銭の大切さも教えること。なんだったらウチを使ってもいい。万全の監視体制で雇ってやるからさ。」
「必要ならお願いさせてもらいます…。」
「…これだけ言っておけば君たち二人なら大丈夫だろう。」
短い言葉ながらもユウカとノアにも指導をするネイト。
「じゃあ、俺はこれで帰る。また何かあったら連絡をくれ。」
「今日は色々とありがとうございました。」
「なにもなくても歓迎しますからいつでもいらしてください、ネイト社長。」
用事も全て済んだのでネイトは席を立ち部屋を後にしようとすると、
「それにしてもネイトさん。」
「ん?」
「そのトランクの映像、よくできてましたね。まるで本当に…。」
ほんの冗談のつもりでノアは微笑みながら声をかける。
あのトランクの出来はジョークグッズにしてはクォリティが高い。
コユキを驚かせるにしてはだいぶ手が込んでいた。
そう…ノアには気合の入ったジョークにしか思えなかった。
だが…
「…ノア、君に一つ教えておこう。」
ネイトはドアに手をかけ振り返らないまま…
「俺は冗談は好きだし駆け引きで誤魔化しやらはするがな…『戦い』と『復讐』に関しては一切『冗談』は無しだ。」
「…え?」
「……つまり、コユキがウチの金に手をかけてそれをミレニアムが補填しなかった場合は…。」
『~ッ!!?』
その言葉に…ユウカとノアの背筋は凍った。
今回は何もなかったから『ジョーク』で済んだ。
しかし、すわ一大事には…。
「…まぁ、そんなことは俺もしたくないがな。じゃあ、失礼するよ。」
声の調子だけ普段のネイトに戻り今度こそ部屋を後にしていくのであった。
――――――――――――――
――――――――
―――
「いやぁ助かったぜ、チビ!」
「忘れ物をしてはダメですよ、ネル先輩。」
「まさか旦那様が白兎が持ち出した情報を回収していたなんて…。」
所変わってC&Cの部室。
先程帰ってきたアリスがお土産を届けるついでに事の顛末をネルや先生たちに説明していた。
「旦那様も抜け目ないねぇ。その情報を使ってユウカに契約を守らせるなんて♪」
「う…う~ん…!これを認めていいものかどうか…判断に悩むなぁ…!」
ネイトの交渉術は『えげつない』の一言に尽きる。
それを普段からシャーレの業務で世話になっているユウカにも使われることに先生は苦悩する。
「メイド服も持ってきてもらって本当に世話になりっぱなしだね…。」
一方、カリンの言うようにバニー服に着替えてそのまま船に置いてきてしまったメイド服も届けてくれた。
「ダンナにも礼言っといてくれ!この礼は必ずするってな!」
おかげでゴールデンフリース号に戻る手間が一気に消え非常に楽になったことにネルも上機嫌だ。
すると…
「あ、そうです!ネル先輩にこれを渡しておくようにパパに言われてたのでした!」
「あん?ダンナがアタシにか?」
「ちょっと待っててくださいねぇ…。」
何かを取り出そうとトランクを漁り出すアリス。
そして…
「ありました!はい、ネル先輩!パパから『以前の礼』だそうです!」
布に包まれた棒状の物をネルに差し出した。
「んだ、こりゃ…?」
何かと思い早速包みをとってみると…
それは一本の金属パイプだった。
「こ、これは…!」
「わぁ、リーダーのスカジャンみたい!」
「フフッリーダーにお似合いですね♪」
「凄い…!こんな精巧な装飾も出来るのか…?!」
「相変わらず器用だなぁ、ネイトさんは…!」
しかし、その金属パイプにはまるでネルを象徴するかのように登り竜の装飾が施され先端には彼女の激情を表すような赤い宝珠がはめられていた。
「すっすげぇ!かっけぇ!!!」
この手の装飾が大好きなネルは大層気に入ったようだ。
すると…
「よかったですね、ネル先輩♪憧れのパパからプレゼントしてもらって♪」
「ブふぅッ!!?ち、チビっ!?何言ってんだ、オメェはッ!?///」
アリスの発言に顔を真っ赤にしながら反論する。
「別にアタシはダンナなんかに憧れちゃいねぇ!!!今度またやり合う機会があったらコイツで勝負をつけてやるつもりだ!!!」
と、その金属パイプを構えネイトと戦う覚悟を言い放つも…
「?でも、アスナ先輩がネル先輩はパパが大好きで憧れてるって言ってましたよ?」
「ア~ス~ナ~!!!」
「あははっ!でも本当のことじゃん、リーダー♪よかったね、旦那様からプレゼント貰えて♪」
「よぉし、よくわかった!!!その喧嘩かってやるぞ、ごるぅあああああああああああ!!!」
情報源がアスナだと分かり早速金属パイプを振りかぶって彼女を追いかけ始める。
「キャ~♪」
アスナも慣れたものか、笑顔で悲鳴のふりをしながら楽しそうに逃げ出す。
「はぁ…リーダーもアスナ先輩も変わらないな…。」
「フフフッでも、これでようやく帰ってきたって気がしますね♪」
「ネル先輩もアスナ先輩も楽しそうですね♪」
「あ、あの…止めなくていいの…?」
そんな風にC&Cの騒がしい幕引きでこの『兎たちの追跡劇』は幕を閉じるのであった。