―――アラブの諺
「なんて規模だよ…!?」
ネイトも90年生きてきて初めて見る砂嵐。
連邦では放射線を撒き散らす『Radストーム』なども経験しているが…それと比較しても圧倒的な猛威をひしひしと感じる。
「おい、この規模の砂嵐の経験は!?」
《ねぇよ!少なくともここ数年で最大の規模だっ!!!》
「なんてタイミングだよ…!?」
アビドスで生きてきた生徒たちですら初めて見る規模の砂嵐。
それが今まさに…アビドスに襲い掛かろうとしている。
「作業中の生徒に通達!!!作業を中止し近くの高さのある頑丈な建物内に入れっ!!!砂嵐が来る、重機は乗り捨てて構わん!!!」
すぐさまネイトは下にいる生徒たちに避難を指示。
下手をすればここ一帯は砂の底に沈む。
機材は掘り返せば済むし生徒たちの命には代えられない。
下をのぞき込むと指示通り生徒たちは迅速に周辺の頑丈な廃ビルの中に逃げ込んでいる。
砂嵐はまだ遠方のため避難は余裕をもって終えられるだろう。
「観測班、そっちは無事かッ!?」
《こっちも避難は済ませてるがこのままじゃ防砂林でも防ぎきれないぞ、アニキっ!!!》
本来は対『諜報員』の監視役として配備していた生徒たちの言うことももっともだ。
確かにあれからポプラの防砂林は拡張を重ねている。
だが、あの砂嵐はあまりにも想定外の規模だ。
到底防ぎきれない…どころか防砂林が壊滅する恐れすらある。
ポプラの木というのは木材の中では非常に脆い部類に入る。
台風の強風域クラスでも容易に倒れる*1と言えばそれがどれほどか分かるだろう。
それがあの砂嵐…木が折れるのはまた苗を植えて成長させればいい。
問題は土壌が使えなくなることだ。
ヘドロの乾燥所も埋もれてしまうやもしれない。
しかし相手は自然の猛威、人間の力ではどうすることも…
「…アビドス高校、誰かいるか?!」
だが、この男は諦めない。
《こちらアヤネです!状況は無線で聞こえていました!》
すぐにアヤネが応答し…
「アヤネ、直ぐに自走砲部隊を出撃させろ!」
《じ、自走砲部隊をですか!?》
「急げ、時間がない!!!」
《は、ハイっ!》
有無を言わせずアビドス高校が配備するクルセイダー自走砲部隊に出撃要請を出し…
「整備班!こちらネイト、『天候変化弾』の使用を許可する!!!準備にかかれっ!!!」
《アイアイサー!!!どれにしましょうか!?》
「一か八か、戦前でも誰もやろうとしなかっただろうが『雨』を用意しろッ!!!」
整備班に向け…ある特殊弾頭の使用許可を出した。
数分後、
「急げ急げ!!!全くアニキもとんでもねぇモン作ってやがったな!」
アビドス高校から出撃し市街地を爆走するクルセイダー自走砲。
総数4両の自走砲一個小隊が一定距離をとり展開している。
「しかし…なんてバカでけぇ砂嵐なんだ…!?」
遠くを見るとここからでも見える砂嵐の陰。
あれがアビドスに襲い掛かれば…今までの自分たちの活動が無駄になる。
それを防げるのが…自分たち自走砲小隊だ。
すでにネイトによって配置場所及び発射目標なども指定されている。
「こちら自走砲第一小隊一号車、配置完了!!!」
《二号車、指定座標に現着っ!!!》
《三号車、俺らもたった今着いたぜ!》
《四号車、いつでもぶっ放せるぜ!》
しばらくして自走砲部隊は展開。
《了解した!全車、手近な大きめの『雲』を狙え!》
『了解っ!!!』
それを受けネイトは新たな指示を出す。
砂漠の広がるアビドスだが…ネイトの常識と違った部分が一つだけある。
それが『雲』の存在だ。
通常、沿岸部でもなければ砂漠の空に雲は存在しない。
砂漠に届く前に雲に含まれる水分が蒸発もしくは雨としてすべて消費されるからだ。
故に、砂漠には雨が降らないし雲が来ない場所は極度に乾燥し砂漠となる。
だが、雨こそ降らないが海からかなり離れたアビドスの空には雲が豊富に存在している。
ならば…お膳立てさえ整えれば…
《弾種『天候変化弾‐雨』、撃てぇッ!!!》
すぐさまネイトは発射指示を飛ばし、クルセイダー自走砲は砲身を高く掲げ砲弾を発射。
発砲された砲弾はしばし飛翔し…内蔵されたロケットに点火。
煙の尾を引いて昇っていく砲弾は雲の内部に到達し炸裂する。
各自走砲が搭載された砲弾を全て手あたり次第に雲に目がけて叩きこんでいく。
搭載されていた指定砲弾はすぐに撃ち終えた。
すると…
ポタッ
「え…?!」
周囲を見渡すために車外に顔を出していた生徒の顔に…水滴が落ちてきた。
さらに空を灰色の雲が覆っていき降って来る水滴…いや雨粒がどんどん増えてきた。
「あ、雨だ…!?本当に降ってきやがった…!?」
砂漠の学校であるアビドスはこの日…記録でも片手で数え切れるほどしかない『大雨』に見舞われたのだった。
「間に合ったか…!」
雨は直にネイトがいた場所でも降り始め砂漠に沈んだ廃墟を濡らしてき…雨足はどんどん砂嵐に向かって伸びていく。
「頼む…!効いてくれ…!」
その光景を祈るように見つめるネイト。
そして…雨雲と砂嵐がぶつかった。
すると…砂嵐の進行が止まる。
砂嵐と雨…現象こそ違う物の双方とも『低気圧』が原因で起こるものだ。
二つの低気圧がぶつかり合うと互いに押し合いその狭間では大荒れの天気になる。
これは『二つ玉低気圧』と呼ばれる現象で日本でも初冬や春先に起こり広範囲が大荒れの天気となる。
その現象が…今まさにアビドスで繰り広げられた。
砂嵐と雨雲の境目では上昇気流によって雨雲が持ち上がり積乱雲を形成。
ぶつかり合った場所を境に砂嵐すら霞むような豪雨と何本もの落雷が派生する。
まるでこの世の終わりのような光景が繰り広げられているが…決着はあっけなかった。
突如として砂嵐の勢力が低下、そのまま押し切るような形で雨雲が砂漠の奥へ向かって伸びていくではないか。
「…フゥ~…。」
それを見届けたネイトは深く息を突き腰を下ろす。
これで砂嵐がアビドスを飲み込む事態は避けられた。
もし、この押し合いで雨雲が負けてもその先には水に濡れた砂漠がある。
砂が舞い上がる心配はないので被害の軽減はできただろう。
「こちらネイト、砂嵐の消滅を確認した。自走砲部隊、よくやってくれた。」
結果を伝えると無線の向こうで歓声が上がる。
今までなすすべなく受け入れるしかなかった砂嵐。
それに異世界の技術を用い打ち破った。
アビドスにとっては…まさに悲願だったのだろう。
「まだ雨は少し降るだろう。しばらくの間、全員待機するように。」
その歓声を聞きつつ生徒たちに今度は雨宿りを命じるネイト。
(砂漠の雨は洪水を起こすそうだが…幸いアビドスには都市排水路が整備されている。なんとかなるだろう。)
流石はかつての最強校。
廃墟になってもこの辺りの水路はどうやら生きているようで枯れ河『ワジ』以外の場所でも水は排出されて行っており大規模冠水などの心配もなさそうだ。
(だが…この手段はそう何回も使えない…。)
そう思考の海に浸りつつ遠くの景色を眺めていると…
「~ッ!!?」
ネイトの本能が警鐘を掻き鳴らした。
ナニかが…いる。
(なんだ…!?この気配は…ッ!?)
雨音すらも聞こえなくなるほどの集中力ではるか彼方を見つめると…
「…ッ!アレは…ッ!?」
そこに…奴がいた。
距離からして優に10㎞は離れている。
だが…そんな距離でも分かるほどの『巨体』がそこに屹立していた。
いや、それだけではない。
その周囲をまるで砂漠を海原であるかと錯覚するほど滑らかに潜航し躍動する長大な胴体が蠢いている。
この雨の中でもここまで届く輝きを放つ四つの『眼』がこちらを睨みつけていた。
そして…その頭上には巨大なヘイローが輝いていた。
「一体…アイツは…?!」
明らかに常識の範疇に収まる存在ではない。
あんな存在に睨みつけられたら普通なら怯えるだろう。
だが…ネイトは見逃さなかった。
あの存在の胴体が動くたびに…膨大な量の砂塵が舞い上がっていることを。
「…お前かぁ…ッ!!!」
普通はあり得ない結論だ。
自然現象であるはずの砂嵐を常識外れの巨体を持つ存在とはいえ起こせるとは到底思えない。
だが、これもまたネイトは『本能』で理解した。
奴は…『敵』だ。
アビドスの忌むべき『敵』だ。
復興に歩むアビドスを阻む…打倒すべき『敵』だ。
「………ッ!」
ネイトも奴を睨みつける。
しばしの間、両者に視線がぶつかり合い一歩も引かぬ無言の威嚇が続く。
すると…その巨体はゆっくりと地面に潜っていき姿を完全に消した。
「………。」
それでもなお、ネイトは奴がいた先を睨み続ける。
…その時、
「クックックッ…いかに頑丈な貴方でもこんな大雨の中でぬれっぱなしではお体に障りますよ…?」
背後からなんとも聞き覚えのある胡散臭い声が聞こえてきた。
「…黒服か。」
「ご無沙汰してます、ネイトさん…。」
振り向くとそこにはいつもの全身黒のコーディネートにこれまた真っ黒な傘を差している黒服がいた。
この雨の中であっても足音を聞き逃さないのだが…考えるのは止めよう。
黒服という男はこういう男なのだから。
ちなみにアビドス独立戦争後、祝勝会を兼ねてやってきた際にすでに一発ぶん殴っている。
ネイト曰く『小麦粉より細かい粉を詰めたサンドバッグ』のような感触だったとか。
「最近はてんで飲みに来ないと思っていたが…相変わらずだな。」
「えぇ…最近は探求も多忙なもので…。一段落しましたらまた…。」
「それで?今日は一体どんな用件だ?」
「このアビドスで大雨が降り始めたと聞きましてね…。まさかとは思いましたが…やはり貴方が…?」
「『天候変化弾』と言ってな、連邦で使っていた天候を人工的に変えることができる代物だ。」
「なんと…天候操作という神の如き『御業』までも実現しているとは恐ろしいですね…!」
何時ものように連邦の技術に目…というより顔のひび割れを輝かせる黒服。
「そんな大層なものじゃない。自然現象も所詮は『科学』だ。理屈さえ理解すれば存外難しくはない。」
だが、ネイトにとってはクラフトなどと比べても連邦世界ではありふれたものだ。
しかし…
「クックックッ…相変わらず人が悪い…!」
黒服の興奮は収まらない。
「なにが?」
その理由を尋ねると…
「水は生きていくうえで欠かせぬもの…!雨を自在に降らせる技術、それすなわち他国の生命線を握るに等しい行いだというのに…!」
「………。」
「あぁ、本当に貴方の世界はどうしようもなく『狂って』いたのですね…!」
黒服の語ることはもっともだ。
雲は本来どの国の物でもないし雨が降るのもまさに天任せだ。
その天任せを人為的に行うということは他国から雲を…延いては水を奪う行為に等しい。
もし、隣国と敵対したとして自国上空でこの天候変化弾-雨を使い続ければどうなるか?
答えは簡単、隣国に届くはずの雲は消失し雨も降らず『日照り』と『旱魃』が起こる。
そうなれば…核兵器なども用いずその国は滅びへの道を歩むだろう。
まさに狂気の所業だ。
そんな黒服に対し…
「…あぁ。だから滅んだんだろうな、俺の世界は。」
まるで当然と言わんばかりに感情の起伏もなく答えた。
事実…ネイト自身ですらあの世界は狂っていたと思っている。
倫理も理性も投げ捨てた企業に政府、軍ですら平気で自国民を撃ち殺していた。
そんな世界が到底まともだとは思えない。
無論、そんな世界からやってきた自分も…
「だが、そんな狂気の産物がこうしてアビドスを護ったんだ。狂気も使いようだな。」
「クックックッ…それは否定のしようがない事実ですね…。」
いつの間にか二人は並び立ち同じ方向をしばしの間眺める。
そして…
「…黒服、奴がまさかアビドスを…?」
意を決しネイトは黒服に尋ねる。
奴はその身じろぎで砂塵を舞い上げていた。
あれだけの巨体であんな速度で砂漠を動き回れば…
常識ではいかに巨体とはいえ砂嵐など起こせるわけではない。
黒服ではないが…まさに神の御業だ。
しかし…自分もまさに神の御業と思われてもおかしくない天候操作をやってのけた。
そして、ここはキヴォトス。
自分の常識など役に立たないことだってあるだろう。
「フフッ…では答える代わりに見返りに何を…。」
黒服もちゃっかりしたものでネイトにご褒美を求める。
それはつまり…
「今度の飲み会に先生を誘う。それでどうだ?」
ならばと黒服が同様に強い興味を示している先生との対面を挙げると…
「ほぅ…!それは何とも魅力的な…!それで構いませんよ、ネイトさん…!」
黒服もどうやら乗り気のようだ。
そして…
「で…やはりあの砂嵐は奴が?」
「えぇ…あれがセフィラの最上位に位置する天上の三角形の一角…。パスは理解を通じた結合。『違いを痛感する静観の理解者』の異名を持ちます…。」
黒服の口から語られるあの怪物の正体。
「水没地帯のケテルの同類か?」
「えぇ…それは遠い昔のことです…。」
黒服はネイトが知らない詳細な情報を語ってくれた。
遠い昔のキヴォトスの辺境、誰も足を踏み入れない旧都心のとある廃墟で奇妙な研究が進められていた。
それは…『神』の研究。
その存在を証明できれば…その構造を分析し再現できるだろう…と。
まさしく新たな神を作り出す方法だ。
誰でも鼻で笑うような滑稽な仮説だったが…ある者たちが興味を示した。
「それが『ゲマトリア』、我々の組織のモデルとなったいわばオリジナルの組織です…。」
そのかつての『ゲマトリア』がその研究を資金や時間などで支援。
ついに『神の存在』を証明する為の超人工知能が作られた。
神という存在に関する情報を収集し、分析し、研究し、それを証明する人工知能…。
「悠久の時が過ぎ都市が破壊されてもなお…その研究がおこなわれていたことすら忘れ去られるほどの時間が過ぎたにも関わらず…この人工知能は己の任務を遂行し続けました。」
「随分忠誠心が高い事で…。」
「ですが…ある時遂にAIの宣言が声高らかに廃墟に鳴り響いたのです…。『Q.E.D.』…と…。」
そして…とうとうその人工知能はやり遂げたのだ。
「つまり…ケテルやアイツはそのAIが再現した…新しい『神』という存在の形か。」
新たなる神の誕生、それすなわち新たなる時代の先駆けを生み出したのだ。
「『音にならない聖なる十の言葉』、と己を称する新たな神…。『DECAGRAMMATON』と…。」
「…ッ待て、その言葉…!」
「おや、御存じで…?」
その言葉にネイトは聞き覚えがあった。
かつての黒服との飲み会よりも前…防衛室の施設に踏み込んだ際に見た謎の言葉だ。
「…黒服、ケテルを倒した時に…『デカグラマトンの預言者』…と言っていたな?」
「えぇ…彼の者、または己の神命を予言する10人の預言者と接触し新生の道である『パス』を拓きました…。これぞまさに新たな天路歴程…。」
「ふん…機械がJesus気取りとは…。」
正直。機械が今更神を気取ろうがどうでもいい。
ネイトは会ったことはないが連邦世界でも…そんな誤作動を起こした機械はごまんといただろう。
実際に…自身の執事が機械では到達できないであろう『感情』を有していたのだから。
「ケテルもその一体で奴も…。」
「その名は…『ビナー』…。」
「ビナー…。」
明かされた新たなる敵の名前、ネイトは視線を前に戻す。
「ネイトさん…。奴はケテルの比ではない強さを持ちます…。そんな預言者相手に…貴方はどこまで耐えられるでしょう…?貴方の力は…果たして新たな神の御前でどれだけの意味を持てるのでしょう…?」
対して黒服はネイトの前に立ち大仰な身振りで問う。
「貴方の持つ『源流の神秘』は…新たな神の神秘に比肩しうるでしょうか…?!」
「…お前、随分楽しそうだな。」
「それはもう…!これは非常に興味深い研究なのです…!」
そして…黒服はネイトの目を覗き込むように迫り…
「ネイトさん…貴方は神を目の当たりにしたことがありますか…?」
静かにネイトに問いかけ…
「神その物に会ったことはないが…『最終戦争』の時に神も悪魔も出なかったんだからいないんだろうな。」
己の経験を踏まえて一切動じることなくそれに答えた。
「なるほど…それは何よりです…。」
その答えに満足したのか黒服は離れ…
「どうぞ…神との戦いの前に風邪を引いては元も子もありませんから…。」
自身の傘をネイトに差し出した。
「…いいのか?」
「たまには雨に打たれるのもいいでしょう…。それがこのアビドスに降り注ぐ雨ならば…。」
「…そうか。」
短く言葉を交わしネイトは黒服の傘を受け取った。
「ではネイトさん…。私はこれにて…。お約束をお忘れなきよう…。」
そう言い、黒服は雨に濡れながら出口の方へ歩いていく。
すると…
「…黒服、一つ教えておくことがある。」
肩越しに黒服を見ながらネイトは声をかけ、
「おや、なんですかな…?」
「実は俺に新たなコードネームが増えたんだ。」
「ほう、それは?」
「『ロンギヌス』、それがミレニアムの『全知』が俺に付けたコードネームだ。」
少し前にヒマリが自分に名付けたコードネームを明かすと…
「~ッ!…クックックッ…アッハッハッハッ!そうですか!それは何ともあなたにピッタリなコードネームだ!」
今日一番の笑い声と興奮のせいかひび割れから光があふれ出す黒服。
「では、『神殺し』の名を得た貴方の選択を見届けることにしましょう!」
「ま、俺一人でやることじゃないがな…。」
「いえいえ、貴方が選ぶ選択!それこそが私も実に興味があるところ!貴方ならば期待以上の物を見せてくれると信じていますよ!」
「…どっちにしろ期待に沿えるようには努力するさ。」
大興奮の黒服に素っ気なくそう返すネイト。
「では今度こそ失礼いたします!次にお会いするのは決着の時になるでしょう!」
そう言い、ご機嫌なまま黒服は再び歩み始めるが…
「Doo-dloo-doo-doo-doo…I'm singing in the rain~♪Just singing in the rain~♪」
前に向き直ったネイトには見えないが…彼には珍しい軽快な鼻歌とステップの音が聞こえる。
「What a glorious feelin'~♪I'm happy again~♪」
「…フン、良い声じゃないか。」
「I'm laughing at clouds~♪So dark up above~♪」
悔しいが非常に様になっている。
「The sun's in my heart~♪And I'm ready for love~♪」
そこまで歌ったところで…黒服の気配が消えた。
「新たなる神…ねぇ…。」
ネイトは先ほどの黒服の言葉を一度反芻し…
「………。」
雨が止むまでその場を動くことはなかった。
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翌日、すっかり雨は上がりアビドスの空には青空が広がっていた。
「どうだったぁ?」
「うっす!砂の流出や枝が折れていたりしたのは確認されましたがポプラの木にそれ以外の被害は確認されませんでした!」
「ん…それはよかった…。」
「あのまま砂嵐が来てたらと考えるとそれくらいの被害は幸運でしたね…。」
現在はアビドス高校生徒全員で被害確認を行っている。
昨日の雨の影響はまだ色濃く残っており砂漠とは思えないほどの泥濘に四苦八苦しながらもポプラの防砂林の無事は確認できた。
「でも、まさか砂嵐に雨で打ち勝つだなんて思いもしませんでしたね。」
「そうね!もうこれで砂嵐が来ようが怖いものなしよ!」
セリカを始め昨日の出来事はアビドス高校を勇気づけた。
今までなすがままに受け入れるしかなかった砂嵐。
それをネイトの技術は打ち破り被害を最小に抑えた。
今後もあの砲弾さえあれば砂嵐など脅威にはならない。
誰しもが…そう思っていた。
だが…
「悪いが…あの手は何度も使えないぞ、セリカ。」
「え…?」
唯一、ネイトが冷静にその考えを否定する。
「ど、どうしてですか…!?あの砲弾は量産が…!」
「あぁ、できる。材料も問題なく揃う。」
「ん…じゃあ何が問題なの…?」
「コイツさ。」
そう言い、ネイトが手に出現させたのはビンに詰まった淡黄色の粉末だ。
「それは…?」
「『ヨウ化銀』という物質だ。昨日の砲弾にはこれが使われている。」
「…それが一体どう問題があるの、ネイトさん?」
「…あの砲弾を使いすぎるとこの砂漠はこの物質に汚染される。」
『~ッ!!?』
そう、人工降雨の研究は現実でも行われている。
『ヨウ化銀』は氷の結晶構造に似ているため雨を降らすための核として用いられている。
そして…ヨウ化銀を多量に取り込むと様々な健康被害をもたらす。
「昨日くらいの使用、それも何度かくらいなら問題はない。…だが。」
「砂嵐があるたびに使っていたら…!」
「そうだ。それに昨日みたいに砂嵐が抑え込み切れなかった場合…。」
「ど、毒の砂がアビドスの街を覆う…?!」
「さらには他学区の降雨量の減少。これも将来的に様々な不和を生むだろう…。」
それだけではなく…これは近隣に降るはずの雨を奪い去る方法だ。
せっかく勝ち取ったアビドスの平和を脅かしかねない。
「だから…本当に緊急手段でしか使いたくない。」
彼女たちに背を向けそう宣告するネイト。
「じ、じゃあ…もう砂嵐を受け入れるしかないってこと…!?」
その言葉に心配そうな表情を浮かべる生徒たち。
すると…
「…ホシノ、『ビナー』という名前に心当たりは?」
「うへ?ビ、ビナー?」
突如、ネイトは背を向けたままホシノに尋ねる。
「…うん、古い生徒会の資料で見た名前だね…。」
ホシノもその名前に覚えがあった。
実はビナーは数十年前からアビドス自治区で目撃されている。
「そう言えば…昔のセイント・ネフティス社の鉄道工事の際にも目撃されていたと聞いたことが…!」
当然、アビドスの土着企業のセイント・ネフティス社にもその情報はある。
「ん…でもなんでそれを今…。」
その真意をシロコが尋ねると…
「…ッ!?まさか昨日の砂嵐は…!?」
ネイトが答えるよりも早くアヤネが言葉を発した。
「…あぁ、そのビナーが巻き起こしたものだろう。砂嵐の向こうで奴が砂漠を泳ぎ回っているのを確認した。」
「そんなまさかッ!?あの砂嵐が自然現象じゃないですって!?」
セリカは声を荒げるが無理もない。
常識では考えられないからだ。
だが…
「俺達だって砂漠に雨を降らせた。…砂嵐を起こせる奴がいても不思議じゃない。」
「…ッ!」
その言葉がすべてだ。
ここは神秘あふれるキヴォトス、何が起こっても不思議じゃない。
「じゃあ…なんすか…!?アビドスは今後ずっとそのビナーってやつのご機嫌次第でまた砂嵐に襲われるんすか…!?」
生徒の誰かがそう言った。
あの方法はそう何度も使えない。
とするなら…もう砂嵐を防ぐ手段は…
「…俺達には『4つ』の選択肢が残されている。」
ネイトは振り返らずそう告げる。
「一つ、『汚染に構わず雨を降らせ復興を進める』。」
「それは…嫌です…。」
その選択肢にホシノの表情は曇る。
「二つ、『砂嵐を受け入れつつ復興を進める』。」
「それだと一瞬でやってきたことが…。」
その選択肢にはノノミを始め多くの生徒が目を背ける。
「三つ、『現状の復興計画を破棄し一から計画を立て直す』。」
「で、ですがそれでは…!」
「これ以上の計画なんて…!」
この選択肢にはアヤネとセリカが目を見開き否定する。
既に学区の大半を砂漠が呑み込んだアビドス。
残された市街地のみでの復興は…非常に険しい道のりだ。
そして…
「そして四つ…。」
「ん…何があるの、ネイトさん…?」
残る最後の選択肢は…
「…俺達であのビナーを倒すこと、だ。」
『!』
脅威その物の排除、つまりビナーの討伐だ。
全盛期のアビドスの時代から存在しこれまで仕留めきれなかった…まさに『怪物』を、だ。
「…俺はアビドスの新参者だ。だから…今この場で今一度『アビドス』の意志を問いたい。」
ネイトは生徒たちに向き直り改めて問う。
「選んでくれ。俺は皆が選んだ選択肢を全力で遂行しよう。」
まるであの時の…アビドス独立戦争の時のような力強いまなざしだった。
「…うへ~、ネイトさん。その選択肢がある時点で…もうやるっきゃないですよ。」
ホシノが同じ目をして一歩踏み出した。
「ん…それが一番手っ取り早い。邪魔なものなら倒してしまおう。」
シロコも同じ目をして一歩を踏み出した。
「フフッ♪セイント・ネフティス社の悲願でもありますのでお付き合いいたします♪」
何時ものような柔らかい微笑の中に覚悟を宿しノノミも一歩を踏み出す。
「はぁ…また大変そうなことすんなり提案しちゃって仕方ないわね…。」
やれやれといった表情を浮かべつつも鋭い目線でセリカも一歩を踏み出す。
「でも、これがネイトさんですよね。だから、私達はここまでこれたんです。」
困ったような笑顔を浮かべつつ、アヤネも一歩を踏み出す。
「…んじゃ一丁やったるか!荒事ならアタシらの得意分野だ!」
「オウよ、いまさら怪物の一匹や二匹ドォンと来いってんだ!」
「アビドスの先輩方が倒せなかった奴ってんなら箔がつくってもんですぜ、アニキっ!」
「よっしゃあッあたし等の大砲でぎゃふんと言わせてやらぁ!」
「何を言ってんだ!奴をぶち抜くのは俺達の戦車だぜっ!!!」
「オウオウっ!航空機兵隊も忘れてもらっちゃ困るな!」
他の生徒たちも続々と一歩を踏み出し…覚悟を決める。
誰一人…ほかの選択肢など見向きもしなかった。
「…ネイトさん、これがアビドス高等学校の答えです。」
「…分かった。」
全員の意志は統一できた。
「では、諸君…あのアビドスを我が物顔で泳ぎ回る化け物を仕留めるぞ…!」
『うおおおおおおおお!!!』
その声はアビドス砂漠に轟く。
この日…新たなるアビドス高校の戦いの幕が上がったのだった。
恐れは毒だ。しかし、突き進むことだけが解毒剤になる。
―――実業家『トラビス・カラニック』