Fallout archive   作:Rockjaw

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覚悟に勝る決断無し
―――野球選手『野村克也』


Wanderer, to the Dwelling Place of Angels Part2

場面を少し戻し…

 

「A班、配置に付けたっすか?」

 

ネイトたちのいるダウンタウンにやって来たタイミングより少し遅れて現れた黒と赤でのセーラー服を纏った集団。

 

《A班、建物後方に待機完了。》

 

「了解。B班、報告を。」

 

《こちらB班、隣接する建物に配置完了しました。》

 

「了解っす。狙撃班、包囲はどうっすか?」

 

《こちら狙撃部隊、すべての窓を見渡せる位置に尽きました。》

 

何とも手慣れた様子で同じ格好をした生徒たちがネイトとハナコが入っていったアパートを包囲する。

 

彼女たちはトリニティの治安維持を担う実働部隊『正義実現委員会』である。

 

そんな彼女たちを率いている黒く長い髪と黒い羽をもつ糸目の生徒が報告を聞き終え…

 

「分かりましたっす。…じゃあ私たちがまずコンタクトを図るんでもしもの場合は予定通りにお願いするっす。」

 

『了解!』

 

数人の後輩たちを伴いアパートへと入っていった。

 

………そんな彼女たちを、

 

「い、一体何があったのでしょうか…?」

 

少し離れた場所の物陰で掃除道具を持ちシスター服を着たピアスを開けている生徒が目の当たりにしていた。

 

場面は前話の巻末へと戻る。

 

「せ、正義実現委員会がなんでウチに…!?」

 

《詳しくは面と向かって説明するっすから開けてもらえないっすか?》

 

突然の正義実現委員会の訪問に七転八倒団は度肝を抜かれていた。

 

いきなりトリニティ切っての武装組織がガサ入れに来たとなれば驚かない方がおかしい。

 

「あ、アニキッ逃げて…!」

 

ともかく今ここにネイトがいるのはまずい。

 

彼だけでも何とか逃がそうとするが…

 

「…いや、もう遅いだろうな。」

 

「え…!?」

 

ネイトは状況を冷静に分析。

 

「はい、おそらくこの建物は包囲されているでしょう。」

 

ハナコも表情が鋭いものに変わる。

 

「ハナコの言う通り…標的はどうであれこの建物にいる人物が狙いの時点ですでに取り囲まれているはずだ。」

 

「だ、だから早く!アニキだったら簡単に!」

 

確かにネイトならばたとえ包囲下であっても逃げ出せはするだろうが…

 

「いえ、正義実現委員会には多くの狙撃部隊もいます。今窓から逃げ出せば…。」

 

相手は筋金入りの治安維持部隊、今動くと躊躇なく撃って来るだろう。

 

「それにハナコも置いてはいけない。だったら…どっしり構えておくに限るさ。」

 

そして、ここまで巻き込んでおいてハナコを置き去りにするという選択肢はネイトの中にはなかった。

 

「…おぉ、普段は緑茶かコーヒーだが紅茶も悪くないな。」

 

そう言うと出されていたカップを手に取りお茶を楽しみ始める。

 

「うふふっそうですよぉ♪急いては事を仕損じるとも言いますから♪」

 

ハナコも表情を和らげお茶を飲むのだった。

 

『………。』

 

そんな二人を見つめる七転八倒団の面々。

 

《もしも~し、無視するんすか~?》

 

ドアの向こうにいる正義実現委員会の隊員の声に若干の棘が感じられ始め…ドアの向こうが騒がしくなり始める。

 

最早突入は時間の問題かに思われた…その時、

 

「分かった、今開ける。だからドアぶち破るのは無しにしてくれ。」

 

七転八倒団も腹を決め正義実現委員会を受け入れることに。

 

《おぉ?》

 

何やら意外そうな声を上げるドアの向こうの彼女を無視するように、

 

「…なんだよ、正義実現委員会。うちら今日は休みなんだけど何の用件だ?」

 

不機嫌な表情を隠すことなく目の前にいる正義実現委員会の生徒に尋ねる。

 

「まぁとりあえず…上がらせてもらってもいいっすか?」

 

目の前にいる背の高い糸目の生徒が穏やかながらも…有無を言わせない圧を放ちながら答えた。

 

「…今は客人がいる。手荒い事はなしだぞ。」

 

「…ありゃ~タイミングマズったすかね。まぁ、失礼するっす。」

 

七転八倒団の要求に糸目の生徒は一応受け入れつつ他の生徒も伴って室内に入り…

 

「どうも、皆さん。お休みの所申し訳ないっす。」

 

中にいるほかの七転八倒団に挨拶しつつ、

 

「お客人方、御用の最中に騒がしくし…。」

 

中にいる客人に詫びを入れようとすると…、

 

「…えぇッ!?」

 

今度は自分たちが固まった。

 

「あらぁ正義実現委員会の皆さん、今日は何もしてませんよぉ?」

 

「う、浦和ハナコ…さん…!?」

 

見間違えるわけがない。

 

ハナコはいつもやらかす騒動で正義実現委員会の常連と言ってもいい存在だ。

 

彼女も当然把握はしている。

 

が、問題は…

 

「…どうした?何を固まっている?」

 

(ね…『熱砂の猛将』がなぜここに…!?)

 

トリニティでもその勇名を轟かせるアビドスの猛者、ネイトがいたことだ。

 

何やら独特な服装をしているがあの顔…間違いない。

 

「………!」

 

思わず糸目の生徒は息をのむ。

 

相手はヘイローの無いただの人間。

 

武器も一見して腰に差している拳銃一丁だ。

 

自分達なら瞬く間に制圧できる…はずだが…

 

(う、動けないっす…!)

 

この状況でも勝てるビジョンが一切見えない。

 

唯一分かるのは…銃を向けようものなら最後、援護部隊の突入前に自分たちは負ける。

 

外に援護を求めようにもネイトのいる場所は狙撃手の死角。

 

背後にいる後輩の正義実現委員会の生徒たちも固まり動けないでいる。

 

すると…

 

「…心配するな。」

 

「え…?!」

 

「俺は客だ。そちらの公務執行の邪魔をするつもりはない。」

 

こちらの動揺を読んだように手を出さない旨を伝え…

 

「ガサ入れに鉢合わせてしまったんだ。ここから動かないしそちらの指示には従うさ。」

 

協力もすることを伝える。

 

「あ、私も皆さんの指示には従いますしこの場は動きませんよぉ♪」

 

ハナコも同様のことを伝えると…

 

「…ご協力に感謝しますっす。」

 

一先ず糸目の生徒は礼を述べ、

 

「ご紹介が遅れました。私、正義実現委員会二年の『仲正イチカ』って言います。今日はこの部隊を率いさせてもらってますっす。」

 

ネイトに敬礼しつつイチカは自己紹介をする。

 

「で、今日うちに来た理由は?」

 

「じゃあさっそく…。」

 

七転八倒団の生徒に促されイチカは訪問理由を明かす。

 

聞くところによると少し前にトリニティの生徒会組織『ティーパーティー』所属の会計係の生徒が襲撃を受けた。

 

その際にティーパーティーの予算として多額の現金を輸送中だった。

 

周囲にはほかのティーパーティー所属の生徒が護衛についていたものの奇襲を受けたため全員負傷。

 

現金も奪われてしまいその捜査を正義実現委員会が行っているのだが…

 

「その捜査中、『最近、かなり羽振りのいいスケバンの集団がいる』っていうタレコミがありましてね。」

 

「それがウチ等…だって言いてぇのか?」

 

「それは何とも言えないっすけどね。」

 

答えを濁すイチカだが今日ここにガサ入れに来ている時点でそれがもう答えだろう。

 

その時、

 

「い、イチカ先輩!ありました!」

 

部屋を捜査していた正義実現委員会の生徒の一人がある物を持って駆けつけてきた。

 

それは…まだ帯でまとめられたままの札束だ。

 

「これがベッドに据え付けられていた個人用の金庫内部に!それも全員の金庫に!」

 

「それ以外にも多額の現金が保管されていました!」

 

「…ほぉなるほど、確かにこれはかなり羽振りがよさそうっすねぇ。」

 

只のスケバンが持つにしては…確かに大金だ。

 

「では、七転八倒団の皆さん。この現金について説明してもらってもいいっすか?」

 

イチカは彼女たちに向き合い微笑みながら説明を求める。

 

すると…

 

「いや、それはアニキ…W.G.T.C.からの給料だけど?」

 

「あぁ、うちら銀行口座ないし手元に置いとくしかないだろ?」

 

「…え?」

 

「つーか、一緒に給与明細もしまってるはずだぞ。よく探して見ろって。」

 

七転八倒団の面々は一切動じす金の出所を明かし正義実現委員会にさらに探すように言い…

 

「ほれ、これがウチが彼女たちに支払ったっていう証拠だ。今送ってもらった。」

 

「あッちょッ!?」

 

ネイトが持参したタブレット端末を操作しそれをイチカに投げ渡す。

 

そこにはネイトのサインと決済印が押された給与支払証明書が表示されていた。

 

見ると…確かに七転八倒団メンバーの名前と支払った給与額とその日時が書かれてある。

 

「…こんな大金を現金で全員にっすか?」

 

「彼女たちも言ったろ。口座が無きゃ現金支払いしかないし合法だが危険のある仕事をやってもらって手当を色々つけてその額になったんだ。」

 

「………。」

 

「なんならあとで正式にウチに資料提出を願い出ればいい。全く同じ書類を書面でそちらに送るさ。」

 

にわかには信じられないが相手はW.G.T.C.だ。

 

カイザーから多額の資産を吸い上げ今なお多額の事業契約を結んでいる中小企業の皮を被った化け物企業だ。

 

現在は事業も展開し収益は今なお増大中である。

 

そんな企業なら…可能なはずだ。

 

むしろ、こんな短期間で偽装できるわけもないし偽装したらそれは信用に関わる。

 

「い、イチカ先輩…!給与明細も見つかりました…!」

 

「日付の経過から…差額にも違和感はありません…!」

 

「そっそっすかぁ…。」

 

さらに七転八倒団の言うように給与明細も発見された、

 

すると、

 

「よかったですねぇ、正義実現委員会の皆さん♪」

 

ハナコが満面の笑みを浮かべ手を打ちつつイチカ達にそう声をかけた。

 

「な、何がっすか?」

 

「これで七転八倒団の方々の嫌疑は晴れて容疑者候補が一つ減ったんですからぁ♪」

 

そうだ。

 

給与明細だけではなく企業が発行する給与支払証明書という公式な記録もある。

 

七転八倒団に掛けられた嫌疑は限りなくなくなったと言っていいだろう。

 

これで手錠をかけて引っ張ろうものなら…自分たちが悪者になる。

 

「…少々上司に報告をしても?」

 

イチカはそう一言断り報告と判断を乞う。

 

「ハイ…ハイ、間違いなく本人で…了解っす、『先輩』。」

 

話はすんなりまとまり…

 

「…今日は御迷惑をおかけしました。原状復帰して直ちに私達は失礼させてもらうっす。」

 

イチカ達は謝罪し捜査の後片付けを行い退散することに。

 

「そっか、疑いが晴れたのなら何よりだ。」

 

七転八倒団も疑いが晴れたのならばそれで十分だ。

 

食って掛かっても何も得することはない。

 

一方、

 

「「………。」」

 

正義実現委員会に向け何やら鋭い視線を向けるネイトとハナコ。

 

その後、正義実現委員会の後片付けも終え…

 

「では、私達はこれで失礼するっす。改めて本日は申し訳ありませんでした。」

 

イチカは後輩たちを率いアパートの前で改めて七転八倒団に謝罪する。

 

「じゃあな。そっちも捜査頑張れよ。」

 

「ありがとうございます。お二方もこんな騒動に巻き込んでしまい…。」

 

「いいえぇ、これくらいどうってことありませんよぉ♪」

 

「任務だからな。仕方がない事さ。」

 

「ありがとうございます。では、私達はこれで。」

 

そう言い、イチカ達は帰ろうとする…と、

 

「…お詫びついでに。これは独り言として聞いてほしいっす。」

 

「ん?」

 

イチカは立ち止まり…

 

「…ティーパーティーは近々『校則』の改訂を行うらしいっす。その内容は…『全トリニティ生徒は学校施設、もしくは学校指定の寮への入居を義務付ける』という物っす。」

 

いまだ一般の生徒には明かされていないティーパーティーの施策の情報と…

 

「もし、違反した生徒は正義実現委員会は拘束しティーパーティーが設置する収容居住地に強制収容する…という罰則付きって話っす。」

 

『なっ…!?』

 

違反の罰則があまりにも厳しいものということだ。

 

「…なぜ、それを?」

 

独り言という建前を無視しネイトはイチカに問う。

 

「…ネイトさん、独り言っていう体くらい守ってほしいんすけど…。」

 

「いいから。今日のはどう考えても…七転八倒団を拘束するための口実に過ぎないんだろう?」

 

「………。」

 

「現金はあるが給与明細はあるしウチに連絡すれば解放はすぐだ。だが…短い時間であっても彼女たちを拘束したかったんだろ?」

 

「…無実の生徒をとっ捕まえるほどウチは暇じゃ…。」

 

ネイトの追及をのらりと躱そうとするも…

 

「貴方方になくても…貴方方の『上』の方々はそうじゃないんではないですかぁ?」

 

続けざまにハナコが言葉を投げかける。

 

「正義実現委員会は『ティーパーティー』直属の部隊。そして…『ティーパーティー』はW.G.T.C.とネイトさんの情報が是が非でもほしいはず。」

 

「………。」

 

「おそらく…ティーパーティーの方々もようやく最近になってネイトさんと七転八倒団の方々の関係に気付いたのでは?」

 

「………『トリニティの才媛』ってのは伊達じゃないっすね。」

 

「そこで罪状はでっち上げてでも彼女たちを拘束しわずかな時間でも尋問を行い俺の情報を得ようとした。もし情報を吐かなかった場合の手段がその校則の改訂、雑だが筋書きはこんなところだろう。」

 

「…ったくやりにくいっすねぇ、貴方たち二人。」

 

イチカはそう言って頭を掻き向き直る。

 

ネイト、そしてハナコはイチカとは初対面も同然。

 

だというのに…自分たちのお上が描いた『絵』がこうもあっさり見破られるとは…。

 

「えぇ、ウチも役所仕事っすから軍事力は有っても上からの命令は絶対なもので。」

 

「それが正しい。だが、なぜそれを俺達に明かす?黙ってやってたほうが正義実現委員会の点数稼ぎにはなるだろう?」

 

打ち明けてくれたことは感謝するがネイトはイチカの行動に疑問を覚える。

 

それに対し、

 

「あぁ~…実のところ自分たちもあんまり乗り気じゃないんっすよねぇ…。」

 

苦笑を浮かべながらイチカも打ち明ける。

 

「最近の七転八倒団は以前みたいな規則違反やら犯罪行為を行うことが無くなったのは把握してるっす。それに区画の不法占拠して造ったバラック小屋じゃなくてちゃんと家を借りて暮らしているのも。」

 

七転八倒団、以前までは『カツアゲのバイト』と称して恐喝などを行い問題を起こしていたスケバン集団だ。

 

それがいつの間にか恐喝を行っているという通報がめっきり減った。

 

あったとしてもせいぜい他のスケバングループに喧嘩を吹っかけられて応戦するくらいだ。

 

正義実現委員会とは協力関係だったり敵対したりする『ある組織』の知り合いもそんなことを言っていた。

 

「おそらく…いや、W.G.T.C.がその子たちにお仕事とお給料を与えてくれるようになったお陰ってのは今日のことを見てよく分かりました。」

 

変な格好をしている目の前にいる大人が…人知れず自分達にはできない方法でトリニティの治安に貢献していたのだ。

 

「…そうさ、アニキがウチ等にも働かせてくれたから変われたんだ。」

 

「私達は校則違反者や犯罪者を捕まえるのが仕事っすけど…今を変えようと真っ当に頑張ってる子達の邪魔するのは業務の範疇じゃないっすから。」

 

そして、組織と人情との板挟みになりながらも…

 

「ですから…七転八倒団の皆さんにネイトさん、私たちにできるのはこれくらいっすけど…頑張ってくださいっす。」

 

イチカはそう言い、七転八倒団にエールを送るのだった。

 

「では、私達はこれで!今のことは他言無用でお願いするっす!」

 

今度こそ別れの言葉を言い立ち去ろうとするイチカ達正義実現委員会。

 

その時、

 

「…仲正イチカ!」

 

ネイトは声を張り上げ彼女を呼び止め、何かを素早く投げ渡す。

 

「ッ!」

 

刹那、イチカの目は鋭く見開かれ纏う雰囲気が剣呑なものに変わり…投げられたそれを人差し指と薬指で挟み止める。

 

「…これは。」

 

ネイトの投げたものは…W.G.T.C.社長としてのネイトの名刺だ。

 

「ティーパーティーは気に喰わんがお前たちの『正義』への想いは気に入った。」

 

浅く笑いながらネイトはイチカ達の『正義』への想いを称賛する。

 

「力を借りたい時は連絡してくれ。訓練でも任務の助力でも仕事として請け負うぞ。」

 

「…あははっ、いやぁ~これが『アビドス解放の英雄』っすかぁ。」

 

一瞬見せた暗い雰囲気が引っ込み人懐っこいそれに戻り、

 

「…有難く頂戴するっす、ネイトさん。あ、もちろん私だけの秘密にしますから安心してくださいっす。」

 

それをポーチに大事そうに収め、

 

「では皆さん、改めて失礼するっす。良い一日を。」

 

今一度深く頭を下げて今度こそこの場を去っていくのであった。

 

イチカ達が撤収した後、

 

「…さて、どうしたものか。」

 

「まさかティーパーティーがそんな強引な手段に出てくるとは…。」

 

ネイトとハナコは先ほどのイチカの話を思い出し対策を思案する。

 

今日の所はネイトとハナコがいたから何とかなった。

 

もし、ネイトがいなければ七転八倒団は拘束されていただろう。

 

今回は何とかなったが…問題はティーパーティーが行う校則改訂だ。

 

学校の寮ならば簡単に入れるはず。

 

お嬢様学校故に生徒の実家からの寄付金で運営されているため家賃もほぼないも同然だ。

 

しかし、現に七転八倒団は校外のアパートを借りて生活している。

 

それはなぜかというと…

 

「う、うちら成績低くて寮に入れねぇからこうやって部屋借りてるのに…!」

 

トリニティの寮にはある程度の成績があって初めて入寮できる。

 

七転八倒団のようないわば『落ちこぼれ』の生徒たちはその成績を満たせず寮からも追い出された存在だ。

 

そうなると、バイトを受けようにも書類審査ですぐに弾かれ収入を得られず部屋を借りることもままならない。

 

このトリニティにおいて…『普通』に生活できるということすら特権の一部なのだ。

 

「せっかく…せっかくアタシらも『真っ当』に暮らせるようになってきたってのに…!」

 

「くそっ、ティーパーティめ…!やることが汚すぎるってんだ…!」

 

彼女たちも、以前は路地などを不法占拠しバラック小屋で生活していた。

 

雨風も防げず、寒さに身を震わせ食べるために悪事もやっていた。

 

それでも…ネイトの下で働けるようになり『普通』の生活を送れるようになってきた…そんな矢先だったのに…。

 

「あの…アビドスで受け入れることは…。」

 

ハナコがネイトにそう尋ねる。

 

確かに、七転八倒団の一部のメンバーは現在アビドスに転校している。

 

ティーパーティーがそのような手段を打って来るのならさっさと移ったほうがいいのだが…

 

「…ハナコちゃん、ソイツぁ無理だ…。」

 

「え…?」

 

「うちらな…半年以内にヴァルキューレにとっ捕まって『保釈』されてここにいるんだ…。」

 

「キヴォトスじゃ…学籍がある奴は保釈されて半年たたねぇと転校できねぇって決まりがあるんだ…。」

 

ここにいる面々はそれができない。

 

犯罪を犯した生徒が転校し簡単に他校の生徒になれるようでは取り締まりようがない。

 

それを防ぐため、連邦生徒会はある一定の犯罪行為を犯した生徒に対し半年間の『学籍』のロックを掛けるのだ。

 

彼女たちがいまだにトリニティに残っているのはこういった理由がある。

 

「そんな…。」

 

これでは完全にティーパーティーの思う壺ではないか。

 

最早打つ手なしか…に思われたその時、

 

「なぁ、そこの君。君は何かいい案はないか?」

 

『え?』

 

ネイトは突如すぐそばの路地に向かって声をかけると…

 

「ヒャッ!!?」

 

 

何とも可愛らしい声が上がり、

 

「あっあぁッあらぁッ!!?」

 

おそらくその路地にあったであろう色々なものを雪崩させそれに埋もれながら一人の生徒が現れた。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

「うぅ…すみません…。」

 

「何人か手伝ってくれ。」

 

とにかく彼女を引っ張り出そうと上に乗ったものを退けようとしたその時、

 

「あ、あのお構いなく…。」

 

その生徒はそういうと…

 

「よいしょっと。」

 

「なッ…!?」

 

軽く腕に力を込めただけで…自らにのしかかっていた物を押し上げ、

 

「うんしょうんしょ…ふぅ。」

 

自分一人で抜け出したではないか。

 

(なんてバカ力なんだ…!?)

 

力もろくに入れられないあの状況で容易く脱出できる腕力。

 

少なくとも…ノノミ以上の怪力だろう。

 

ネイトが彼女のバカ力に舌を巻いていると…

 

「あら、『ヒナタ』さんじゃないですかぁ。」

 

「こ、こんにちは、ハナコさん。」

 

どうやらハナコと顔見知りだったようだ。

 

立ち上がった生徒の服装はシスター服…

 

「…シスター…でいいんだよな、君は?」

 

のはずなのだがそうとは思えないほど深いスリット…いや、深すぎてガーターベルトと黒いショーツのサイドが見えてしまっている。

 

上着も何故か胸元がざっくり開いたデザインだ。

 

右耳にも十字架を模したピアスが開けられておりシスターにしては…ど派手な格好である。

 

そんな疑問に思うネイトだが…

 

「は、初めまして!わ、私、『シスターフッド』に所属しています、『若葉ヒナタ』と申します!」

 

彼女、『ヒナタ』はネイトに向い頭を下げて自己紹介してくれた。

 

「…アビドスのW.G.T.C.代表取締役社長のネイトだ。よろしくな、シスターヒナタ。」

 

ネイトもヒナタに本名を明かし自己紹介を返す。

 

「ネイトさん、ヒナタさんはれっきとした本物のシスターさんなんですよぉ。」

 

「は、ハナコさんとはよく朝のミサで顔を合わせているんです。」

 

「今日はどうしてこちらにいらしてたんですかぁ?」

 

ハナコが柔和な笑顔を浮かべつつヒナタに尋ねる。

 

どう考えても偶然居合わせたにしては…彼女は『重役』過ぎるのだ。

 

が、

 

「ほ、本日は地域の奉仕活動でこの辺りの清掃を行ってまして…。」

 

ヒナタはあっさりとここにいる理由を明かした。

 

「ハナコ。」

 

「…嘘ではないようですね。シスターフッドは頻繁に炊き出しや清掃活動などの郊外活動を行われていますから。」

 

「そ、その途中で正義実現委員会の方々がこのアパートに入っていくのを見かけて…。」

 

「気になって様子を窺ってた、ってことか。」

 

「は、はい。」

 

彼女の言い分もハナコが述べるシスターフッドの組織の活動も筋が通っている。

 

本当にヒナタがここにいるのは偶然なのだろう。

 

「なるほど…しかし、『シスターフッド』…か。」

 

「ど、どうかされました?」

 

「いや、俺も『ブラザーフッド』に身を置いていたから少し昔を思い出してな。」

 

「まぁ、そうだったんですね…!」

 

まさかの共通点が見つかりヒナタの表情が一気に華やいだ。

 

…実際のところ、ネイトの言う『ブラザーフッド』…『Brotherhood of Steel』は修道院どころか元はアメリカ陸軍残党が結成したゴリゴリの『軍事組織』なので全く毛色の違う組織だ。

 

なお、ネイトはその中でも『エルダー』に次ぐ高位の階級『センチネル』に襲名していた。

 

閑話休題。

 

「では、ブラザーネイト…。」

 

「ネイトで構わないぞ、シスターヒナタ。」

 

「で、では私もヒナタと呼んでください。…先ほどの正義実現委員会のお話ですが…。」

 

ヒナタは服についた汚れを払い居住いを正し、

 

「七転八倒団の皆さんがよろしければですが…シスターフッドがお力になれるかもしれません。」

 

「え?」

 

「どッどういうことだよ、シスターさん。」

 

ティーパーティーの校則改訂に対する予防策を説明し始めた。

 

シスターフッドの活動は所属シスターだけでなくボランティアも大きく関わっている。

 

そのボランティアはいつでも大募集中なのらしい。

 

「それで…お金を稼ぐ場所ではないので日当などはお渡しできないのですが…寝食の提供は可能です。もちろん、お家賃は頂きません。」

 

「まっマジですかい、シスターさん!?」

 

そのボランティアのためのいわば簡易宿泊所や、

 

「聞くところによると皆さん、ネイトさんの会社様で働かれてるときもありますのでしょう?その場合は多少のお家賃と少々のボランティアの協力さえいただけるのであればシスターフッドの寄宿舎に入居することも可能です。」

 

シスターフッド運営の宿舎もあるらしいではないか。

 

正直言って…破格と言ってもいい好条件だろう。

 

「慣れない間は大変かもしれませんが…私達も精いっぱいお手伝いさせていただきますので。」

 

その名のようなまるで日向のような微笑を浮かべヒナタは七転八倒団の面々にそう提案する。

 

「どッどうしてそんな…。」

 

「うち等みたいな不良崩れにそこまでよくして…アンタにとって何の得になるんだよ…。」

 

あまりにも良すぎる条件に七転八倒団の面々も困惑するが…

 

「損得ではありません。私達は…『シスターフッド』ですから。」

 

ヒナタが祈るように手を合わせ…

 

「シスターフッドは可能な限りトリニティの…いえ、このキヴォトスの全ての方々が安らかに…そして幸せに暮らせることが目標です。」

 

『…!』

 

「皆さんの問題が解決できて…より安らかな日々を過ごせるのであればそれに勝る喜びはありません。」

 

本当に心の底から七転八倒団の幸せを願いそう答えた。

 

「ネイトさん、貴方様のご活躍は常々聞いております…。アビドスだけではなく他学区である彼女たちにも救いの手を差し伸べていただき…私達も感謝に耐えません。」

 

「俺は単に彼女たちを雇っているに過ぎないんだが…。」

 

「そう簡単なことではありません。ですのでどうか…彼女たちがこのトリニティで安穏な日々を過ごせるお手伝いをさせてください。」

 

そして、ヒナタはネイトに対しても祈りをささげるしぐさのまま礼を述べ事態打開の手助けを申し出る。

 

「…どうする、七転八倒団。決めるのはお前達だ。」

 

視線を七転八倒団に向けネイトは彼女たちに決断をゆだねる。

 

所詮、自分は学区外の人間。

 

トリニティでの生活に関してとやかく言う権利はない。

 

そして…

 

「…じ、じゃあ!」

 

七転八倒団は決断した。

 

しばらく後、

 

「では、後ほどシスターフッドの職員がお引越しの手伝いに参りますのでよろしくお願いします。」

 

「七転八倒団一同もシスターフッドにご厄介になります!」

 

『よろしくお願いしまぁすっ!!!』

 

簡易的な入居の手続きも終え七転八倒団のシスターフッドへの引っ越しが始まった。

 

「感謝する、ヒナタ。なんと礼を言ったらいいか…。」

 

ヒナタに向け、ネイトは頭をこれ以上ないほど下げて感謝を伝える。

 

「い、いえいえ。困ったときはお互い様ですよ、ネイトさん。」

 

「フフッ、ネイトさん。ヒナタさんが困ってらっしゃいますからそのあたりで。」

 

恐縮しっぱなしのヒナタを見かねてハナコがそういうまでずっと下げっぱなしだった。

 

「そ、それでネイトさんはハナコさんとご一緒にどうしてトリニティへ?」

 

「それは…。」

 

ネイトはヒナタに核心こそ隠しつつもトリニティの来訪とハナコが同道している理由を明かす。

 

「そうだったんですね。では、この後はどちらへ向かわれるのですか?」

 

「はい、この後は…。」

 

今度はハナコが次の目的地をヒナタに明かすと…

 

「でしたら…!」

 

ヒナタがある提案をしてくれた。

――――――――――――――

 

――――――――

 

―――

「なっなんですって!?」

 

ティーパーティーの執務室にてナギサは驚きの声を上げていた。

 

かねてより計画していた『七転八倒団拘束からの情報収集』の失敗の報告を受けていた矢先に齎された…

 

《間違いありません、ナギサ様…!正義実現委員会が確実に本人だと…!》

 

今まで幾度となく諜報員を差し向けても『砂塵のベール』によって幾度も撃退され続けてきても『彼』の情報を得ようと躍起になっていた。

 

「ネ、ネイト氏が今一人でこのトリニティに…!?」

 

その『砂塵のベール』の外に『彼』、ネイトが一人で這い出てきたというではないか。

 

「他に情報は!?」

 

《現在は我が校の生徒『浦和ハナコ』と行動を共にしているとの報告です!》

 

「なっ…!?」

 

しかし、予想外の情報もあった。

 

(ハナコさんがなぜ…!?なぜ彼女がネイト氏と行動をともに…!?)

 

変わり者…というには聡すぎる生徒であるハナコ。

 

どの派閥にも与せず、またどの派閥からのアタックを悉く躱し続けるその学校生活はまさに唯我独尊。

 

そんな彼女がなぜ『アビドス解放の英雄』と共に行動しているのか?

 

「直ちに主要な道路に検問の設置を!バスやタクシー、レンタカーなどの移動手段を全て調べなさい!」

 

《で、ですが正義実現委員会は…!》

 

「ティーパーティーの部隊を投入なさい!なんとしても彼と浦和ハナコさんの身柄を抑えるんです!」

 

《か、畏まりました!》

 

それでも千載一遇のチャンスには違いない。

 

ナギサは直ちにネイトを捕捉するための厳戒態勢を敷く。

 

いかにネイトでも来て早々自分一人で『足』を確保できるとは思えない。

 

(ようやく来たこの好機…なんとしてもものに…!)

 

ネイトの身柄を抑えるのは時間の問題だとこの時はそう思っていた。

 

が…

 

「け、検問をすり抜けたとはどういうことですか!?」

 

すぐに飛び込んできたのはネイト発見と…検問が役に立たないという部下からの悲鳴に似た報告だった。

 

「なぜッ!?強引に押し通ったのならその場で取り押さえられるはず…!?」

 

《現在、ネイト及び浦和ハナコの両名は車両にて移動中!その車両は…『シスターフッド』所有の公用車ですっ!!!》

 

「なっ…!?」

 

その報告にナギサは言葉を失う。

 

『シスターフッド』、トリニティに存在する部活の一つだが他の部活とは決定的に違う部分がある。

 

それは…『ティーパーティーの管轄下にない』独自の武力・発言力・情報網などを有している独立組織という点だ。

 

つまり…ことと次第によってはティーパーティーの要請を突っぱねることもできる。

 

その組織の全容はティーパーティーをもってしても容易に把握できるものではない不透明なもの。

 

そんなシスターフッドの車両にネイトが乗り込んでいるということは…

 

「し、シスターフッドが…W.G.T.C.と手を結んだ…!?」

 

自分たちに先んじてW.G.T.C.と関係を構築した恐れがあるということだ。

 

自らの手が及ばない独立組織とキヴォトストップクラスの戦力と資産を有する他学区の企業が…だ。

 

「…うぅっ!」

 

《ナギサ様ッ!?ナギサ様、如何なさいましたかッ!!?》

 

その考えに至った瞬間、ナギサの胃袋がキリキリと痛みを上げ始める。

 

(ど、どうやって…?一体…何が目的…なのですか…!?)

 

一切の理由が分からず、ナギサの心労は重なるばかりであった。

 

一方…

 

「………。」

 

「?どうかなさいましたか、ネイトさん?」

 

「いや、ちょっとした『知り合い』に手を振ってただけだ。」

 

「そ、そうでしたか。それにしても今日はティーパーティーの方々が多く出動されていますね。」

 

「誰か探しているんじゃないでしょうかぁ♪」

 

ネイトとハナコは清掃活動に赴く際にヒナタたちが乗ってきたマイクロバスに厄介になっていた。

 

当初、この申し出をした際にネイトは断ろうとしたが…

 

「ネイトさん、貴方の来訪がティーパーティーに伝わるのは時間の問題です。ここは彼女たちを頼りましょう。」

 

ハナコのアドバイスで便乗することに。

 

トリニティでティーパーティーの干渉を避けるにはシスターフッドの手を借りるよりほかない。

 

現に正義実現委員会が帰って一時間と立たないうちにトリニティ各所で検問が敷かれておりハナコの読みは当たっていた。

 

ネイトも先ほど信じられない目でこちらを見ているティーパーティ―所属であろう生徒に向いニヤッとしながら手を振っていた。

 

「本来なら私たちの大聖堂もご案内したいのですが…。」

 

「すまないな、ヒナタ。生憎今は時間が無くて…今度時間を作って訪問させてもらうよ。」

 

「ぜひいらしてください。その時はシスターフッドを挙げて歓迎いたします。」

 

そんな約束を交わしつつ車は進んで行き…

 

「到着しましたよ、お二人とも。」

 

「ありがとうございましたぁ♪」

 

「すまない、助かったよ。これは運賃として取っておいてくれ。」

 

目的地に到着しネイトは財布から幾枚かの紙幣を取り出しヒナタに渡そうとする。

 

「い、いけません!私達はお礼のために貴方方をお連れしたわけでは…!」

 

その額にヒナタは慌てて受け取りを断る。

 

他のシスターフッドの生徒も目を丸くしていた。

 

「…だったら、俺からのシスターフッドへの『お布施』として納めてくれ。それなら大丈夫だろ?」

 

彼女の反応を見てネイトは言葉を変えてヒナタの手に紙幣を持たせた。

 

「ネイトさん…。」

 

「七転八倒団を助けてくれたことを考えるとこれでも安い位なんだ。それに一回出した金は引っ込められない。俺に恥をかかせないってことで受け取ってくれないか?」

 

「…分かりました。貴方様のご喜捨に感謝いたします。」

 

ここまで言われてはシスターとして受け取らざるを得ない。

 

ヒナタは困ったような笑顔を浮かべながらその紙幣を受け取るのであった。

 

「じゃあ、ありがとう。」

 

「行ってらっしゃいませ、ネイトさん。ハナコさんもお気をつけて。」

 

「はぁい♪」

 

短いながらも別れのあいさつを交わしシスターフッドのマイクロバスは走り去っていった。

 

「さて…ここがか。」

 

バスを見送り、ネイトは向き直る。

 

目の前にあるのは…立派な建築物だ。

 

「『トリニティ中央図書館』。『現存』する中ではキヴォトス最大の図書館になります。」

 

「ここに…いるんだな。」

 

「はい、『古書館の魔術師』と呼ばれる古文書解読のエキスパートが。」

 

「…行こう。」

 

ビナー討伐への鍵を得るためネイトは中央図書館へと足を踏み入れるのであった。




いつからはじめようか、などと考えているときには、すでに遅れを取っている。
―――教育者『クインティリアヌス』
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