―――医学博士『穴沢咊光』
「まぁ…それは本当なのですか、シスターヒナタ?」
「は、はい、お忍びとのことですが確かにアビドスのネイトさんであるとおっしゃっていました。」
シスターフッドの本拠地である『大聖堂』。
そこで先ほど戻ってきたヒナタはある人物に先ほどのことを報告していた。
「そして…ネイトさんからバスに乗せてくれたお礼ということでこれほどのご喜捨を…。」
「ご喜捨ということなら有難く頂戴いたしましょう。迷える方々のために使うことを彼も望まれるでしょう。」
「わ、分かりました。」
「それで…彼とハナコさんは今は中央図書館にいらっしゃるんですね?」
「は、はい。古文書の解読をお願いしたい…と。」
「そうですか…。」
ヒナタからネイトたちの所在を聞き…
「では、『お礼』も兼ねて私も彼に『ご挨拶』に参りましょうか。」
その生徒はすっと立ち上がる。
「は、はい!お供いたします、『サクラコ』様!」
一緒に向おうと勢いよく立ち上がるヒナタだが…
「フフッ、シスターヒナタは奉仕活動でお疲れでしょう?今は休んでいてください。」
「で、ですが…。」
「貴女はこの後にいらっしゃる七転八倒団の方々のお世話をお願いしたいのです。頼めますね?」
「…承知いたしました。」
今後も彼女の仕事があるためやんわりと休息するように命じる。
「では、行ってきます。」
「お供いたします、サクラコ様!」
「私も同行させてくださいませ!」
「まぁ、では共にまいりましょう。」
そして、『サクラコ』と呼ばれた生徒は部下を伴い一路中央図書館へと向かい始めた。
彼女自身はかなりルンルン気分でお出かけなのだが…
(まさかティーパーティ―に先んじてサクラコ様自らあのW.G.T.C.社長とコンタクトをとられるとは…!)
(相手はティーパーティーの諜報部隊すら影すら掴ませない勇名轟くアビドス解放の英雄…!)
(これはつまり…これを足掛かりにシスターフッドのトリニティ内での威光をさらに高めようという思惑…!)
(さすがサクラコ様…!もはやティーパーティ―など取るに足らない、そういうことなのですね…!)
(((((サクラコ様、万歳!我がシスターフッド、万歳!!!)))))
お供のシスターたちが何やら物騒なことを想像していることに彼女は気付けなかった。
さて、場面は変わり…
「こんにちは、シミコさん♪」
「あッこんにちは、ハナコさん。」
中央図書館を訪れたネイトたちは受付にいる生徒の元を訪れていた。
「あら、今日はお連れ様がいらっしゃるんですね。」
「はい♪私は彼のガイドをやってるんですよぉ♪」
「こんにちは、俺はこういうものだ。」
「これはどうもご丁ね…。」
『シミコ』と呼ばれた生徒はネイトが差し出した名刺を見て…
『…………っ!!!』
大声を挙げそうになるも…『司書』としての理性で何とか踏みとどまった。
「…大丈夫か?」
「だっ大丈夫です…!ちょ、ちょっと驚いただけですから…!」
「そっそうか。改めて、アビドスW.G.T.C.のネイトだ。」
「はっ初めまして…!トリニティ図書委員会で司書を務めています『円堂シミコ』と言います…!」
まだ緊張した面持ちだが彼女、シミコはネイトの差し出した手をしっかりと握り握手を交わす。
「…それでネイトさんは本日はどういったご用件でこちらに?」
「それは…カウンター借りても?」
「あ、どうぞ。」
シミコに断りを入れバックパックをカウンターに置き中身を弄り始める。
「えぇっとこれ…じゃなくて…こっち…じゃない…。」
そんなことを言いつつ何冊かの本をカウンターに並べながら目的の物を探す。
「あら?確かにしまわれてましたよねぇ?」
「いろいろ動き回ったから奥の方に行ったかも…。」
「慌てなくて大丈夫ですよ。それにしても立派な装丁の…。」
司書の性か、ネイトが並べた本にも注目するシミコ。
出された数冊の本はどれもこれも分厚く見るからに歴史を感じさせる装丁が施されていた。
そう…まるで…
「………んんっ!!?」
「シミコさん?」
シミコはメガネをたくし上げ並べられた本を食い入るように見つめる。
「っとあったあった。別の収納に入れてたんだった。」
ネイトが例の石板の写しを取り出し…
「これの解読ができる生徒がここに…。」
来訪目的を伝えようとした次の瞬間、
「ちょ、ちょっとこちらへ…!!!」
「え?」
「いっイイですから…!」
「ちょぉっ!?」
シミコは有無を言わさずそれらの本とネイトの手を掴みどこかへと引っ張っていく。
「しっシミコさん…ッ!?」
いつもの彼女らしくない強引なやり方にハナコも驚きながら残されたネイトのリュックと石板の写しをもって後を追いかける。
そのままシミコに引っ張られネイトとハナコは中央図書館のさらに奥まった場所へと連れて行かれ…
「し、失礼しますっ!!!委員長ッ委員長はいらっしゃいますかぁッ!!?」
暗く埃っぽい一室…いや、これまた相当な規模の図書室に入るなりシミコは大声を張り上げた。
「ちょッシミコ…!いい加減に何があったか説明を…!」
「一体どうしたのですか、シミコさん…!?」
ここまで強引に連れて来られ困惑するしかないネイトとハナコ。
すると、暗闇の向こうから…
「…どうしたのですか、シミコ…?」
この暗闇に溶け込むような気だるげな低いトーンの声が響いてきた。
「また『古書館』解放の件ですか…?それは私が卒業するまで…。」
「そうじゃありませんっ!!!いいから早く出てきてください、『ウイ委員長』!」
「?図書館で騒ぐ生徒を叱るあなたにしては随分騒がしい…。」
どうやらあちらもシミコのただならぬ様子を察しこちらを窺ったのだろう。
「ひいぃっ!!!なっ、だっだだだ誰ですか!?」
再び暗闇の中から独特な悲鳴と共にこちらを誰何するような声が飛んできた。
「…あぁ~突然の来訪すまない。俺もこの子に連れて来られて何が何だか分からない状況なんだ。」
ネイトは開いている手をホールドアップしながら怪しいものではないと釈明し、
「こんにちは、『ウイ』さん。少々あなたのお力をお借りしたく図書館を訪れたのですが…。」
ハナコはこの声の主と顔見知りか簡単の事情も説明してくれた。
「は、ハナコさん?…それじゃ、そこにいらっしゃる男性の方は…?」
「アビドス高校用務員兼W.G.T.C.代表取締役社長のネイトだ。自己紹介が遅れてすまない。」
「ネ、ネイト…ネイト…ってあの…?!」
ネイトの名前を聞き少々驚きつつも…
「う、うーん、なるほど…。」
なんとか事態を飲み込んでくれたようでこちらに近づく足音が聞こえ始め…明かりが灯り彼女の姿を露にした。
ハナコの物とはまた違ったトリニティの制服の上に着崩したカーディガンを着た余り手入れがされてないと見える黒い長髪の生徒。*1
「こ、こんにちは…。」
「こんにちは。それで君が…。」
「えっと、私は3年生『古関ウイ』…この『古書館』の管理をしている、図書委員会の委員長、です…。」
少々挙動不審ながらも彼女、『古関ウイ』は自己紹介してくれた。
「そ、それでシミコ…な、なぜ…そんなに慌てて、ネイトさんをここへ…?」
一先ず、後輩であるシミコにネイトを連れてきたかの理由を尋ねる。
しょっちゅう口酸っぱく古書館についての口論になっているウイとシミコだが今日のこれは事情が違うことは容易に察せられる。
「いっ委員長!これ、これ見てください!」
シミコはそういうと抱えてきていたネイトが持参した本を細心の注意を払って近くのテーブルの上に置いた。
「ほ、本ですか…。フム、これは随分古めかしい…。」
ウイも興味を持ったかその本を見つめる。
…次の瞬間、
「………ひぃえぇあああああ!?」
『ッ!!?』
まるで鶏を絞めたような絶叫を上げた。
「こ、ここここっ、こんな子を、どこで!?」
「こっこれ全部ネイトさんが持参された本なんですよ、委員長!」
「なあああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
シミコの説明を聞き今度はまるで埴輪のような表情となって再び絶叫し…
「ど、どどどどっ、どぉどこでッ!!?」
「むぐぅッ!!?」
「どこで、みみみっ、見つけてきたんですかッ!!?白状、してくださいぃぃぃぃ!!!」
その表情のまま半狂乱状態になってネイトの胸ぐらを掴み詰問を始めるウイ。
「うッウイさんっ落ち着いてください!!!」
ハナコが急いでウイを引きはがそうとするも…
「仕留めるのはまだです、委員長!!!聞き出した後でも遅くは…!!!」
「シミコさんっ!!?」
こちらも錯乱気味になっているシミコも一緒になってネイトを尋問しようとし始めて収拾に時間がかかるのであった。
―――――――――――――
数分後、
「もっ申し訳ありませんでした…。」
「いきなり乱暴なことをしてしまいすみませんでした…。」
「ま、まぁいいさ…。こういう日もあるさ、うん…。」
ようやくウイとシミコは落ち着きネイトは解放された。
正直、文句の一つでもいう権利は大いにあるだろうが恐縮しっぱなしの二人を見てネイトはソレを飲み込む。
どうやら先ほどの行動は普段の彼女たちの性格では考えられないものなのだろう。
「それで…何をそんなに我を失うほどあわててらっしゃったか…説明してくれますよねぇ?」
ハナコが何やら黒いオーラを纏い理由を尋ねる。
「ひぃ、ひえぇぇぇぇ…っ!」
そんなハナコに怯えるウイだが…
「Ha,P、落ち着け。まぁ…思うとこはあれどのっぴきならない事情があったんだろうから。」
色々と飲み込んだネイトに諭され…
「…分かりましたぁ~。」
むくれっ面になりながらもハナコは怒気を引っ込めてくれた。
「…で、一体その本が何をそんなに二人を驚かせたんだ?生憎、本については不勉強なものでどうかご教授願いたい。」
改めて丁寧に言葉を選びながらネイトが説明を求めた。
「そ、それでは順番に…。」
「ま、まず言えることは…こちらの本はどれもこれも…筆舌に尽くしがたいほどの、希少な古い本、なんです…!」
「それも…博物館級、学術的価値を考えると値段なんて付けられないほどの…!」
こうして本のプロフェッショナルであるウイとシミコはネイトに説明を始める。
ネイトが持ってきていた三冊の本。
彼自身は資料収集の際に紛れ込んだ程度の認識だったが…
「こ、こちらは、『プリモディアル・トーム』と言って、キヴォトス史上最高峰の劇作家『シェーヴァ―ランス』の死後に発行された最初の作品集で、完全な形で現存しているのは、数十部もないんです…この本が無ければ、失われていた作品も、数多くあります…!!」*2
「しぇ、シェーヴァーランスってトリニティ出身で近代劇の母ともいわれるあの…!?」
「???」
ネイトは疑問符を浮かべているがその作者の偉大さを知るハナコは言葉を失う。
だが…他の二冊も負けていない。
「こちらの聖書は間違いなく『パーヂミア聖書』と言って…活版印刷技術を用い最初に発行された聖書です…!装丁の細工や細微な彩色など間違いなくパーヂミアの技法でわずか150冊製本されて現存数は3分の1、完全な状態は20冊も残っていません…!」*3
「き、希少価値もそうですが、最初の『活版印刷』で発行されたという、学術的価値は、はかり知れません…!」
キヴォトスの本の歴史の証人とも言ってもいい聖書に…
「こ、これは『ローゼンタール祈祷書』…!トリニティの主要な宗派の、宗教的な事柄について、編纂された手書きの本で、トリニティ全盛の、当時の文化様式では、最高傑作とされる本です…!ほ、本来はティーパーティーが所有する、書庫にあるらしく、わ、私も記録でしか、見たことありません…!まっまさか、本物をこうやって拝める日が来るとは…!」
「ティーパーティー所属メンバー用に数冊ほど作成されたという逸話は耳にしていましたが…まさか事実だったとは…!」*4
このトリニティのまさに権威の象徴ともいえる時祷書まで…。
「ネ、ネネネ、ネイト…さん…!こ。こんな子たちをどうして、貴方が…!?」
正直…どれか一冊であっても目の前のこの大人が所有できるような代物ではない。
本当ならすぐにでもショーケース…いや金庫にしまい込んで後世に伝えるべき逸品ばかりだ。
が、
「はぁー…やっぱ凄かったんだな…。」
事態の深刻さがいまいちわかっていないのか気の抜けた返事を返すネイト。
「す、凄かった?すごかった、ってどういうことですか…?」
が、その言葉が引っ掛かったのかウイが尋ねる。
「………ここでの話は絶対に外に漏らさない、それは約束できるか?」
目線を鋭くし、ネイトは三人にそう尋ねる。
「…ハイ、ここでの会話は私の中に秘めさせていただきます。」
「もちろん…!これほどの本の出所は絶対誰にも話しません…!」
「こ、この子達を護るためなら、たとえシスターフッドの、拷問を受けようと、吐いたりしません…!」
それに答えるように三人も目に力を入れて答える。
覚悟は…どうやら本当のようだ。
「…この場の全員、『本のプロ』と見込んで教えよう。数日前、アビドスのある喫茶店のマスターが…」
ネイトもそれに答えるため…アビドスの『知識の宮殿』アレクサンドロス分校の一端を明かす。
「あ、アレクサンドロス分校…!?あ、あの学校を見つけたのですか…!?」
「今まで数多のトレジャーハンターや盗掘集団が挑み諦めてきたあの伝説の分校を…!?」
どうやら図書委員であるウイとシミコはその存在を知っていたようだ。
「あの、その分校は規模でいうと…。」
「…トリニティ中央図書館を凌駕する歴史に蔵書の数で数十年前の砂嵐で一切所在がつかめなくなっている…というのが通説なんですが…!」
「そ、そのマスターさんは、一体何者、なんですか…!?」
「彼曰く、当時現役の警備司書隊の隊員だったらしい。これがその証拠だ。」
ネイトが取り出したのは整備のために与っていたかつてのマスターの相棒であるSAAだ。
「は、ハープに本のシンボル…!印章学の本で以前見た、『ミューズ』の紋章…!」
「まだ存命の方がいらっしゃったんですね…!」
「彼の情報を基に砂漠を数時間以上突っ走ってそこに向って砂漠を掘り起こして中に入ったんだ。」
「そこで見つけたのが…。」
「だいぶ本題がそれたが…ウイ、これが『古書館の魔術師』と称される君に解読を依頼したいものだ。」
紆余曲折はあったが…ネイトは当初の目的を果たすためにそれを差し出す。
「こ、これは…?」
「アビドス古代文字で書かれた石板の写し、とだけ言っておこう。この内容を可及的速やかに知りたい。」
「な、なるほど、私を訪ねてきた、理由が分かりました…。」
「出来るか?」
その写しを手に取りつつ…
「う、受けるにあたって、お願いがあります…!」
ネイト相手に精いっぱい気合を入れてウイはある要求をする。
「なんだ?」
「あ、貴方がこの石板の内容を知り、何をするつもりかは追及しません…!で、ですので、事態が落ち着いた後に、私もアレクサンドロス分校へ連れて行ってください…!」
これほどの稀覯本が無造作に置かれてあったという図書館。
本を愛するトリニティ図書委員会として…見逃せるわけがない。
「い、委員長が自ら進んで外に…!?」
「だ、黙りなさい、シミコ…!こんなチャンス、見逃したら何のために図書委員会入っているか、分からなくなります…!」
「でっでしたら私も!ネイトさん、ぜひ私も翻訳をお手伝いしますのでアレクサンドロス分校へ!」
当然シミコも協力を表明し自らもアレクサンドロス分校への入場を求める。
「………ふふっ、欲があるんだかないんだか分からないおねだりだな。」
目を輝かせながらこちらを見つめる二人を見てネイトは浅く笑い、
「いいだろう。翻訳してくれたら俺がアビドスの生徒会長を何が何でも説得して二人を知識の宮殿に招待しよう。」
二人をアレクサンドロス分校へ招くことを約束するのであった。
「あ、ありがとうございます…!では、こちらの翻訳作業を、全力で行います…!」
「私は古代アビドス文字とそれに関する資料を持ってきます!」
そうとなれば善は急げ、ネイトから受け取った石板の写しを別の机に広げ翻訳作業に入るウイとシミコ。
きあいの表れか、ウイはメガネをかけている。
「一応、当時の資料とかはあるが…。」
「だ、大丈夫です…!古代アビドス文字は、古代文字の中では、翻訳がかなり進んだ言語ですから…!」
流石は『古書館の魔術師』、石板の写しを見ては手元のルーズリーフに書き起こし翻訳作業をどんどん進めていく。
「先輩、資料持ってきました!」
「そこにおいてください、シミコ…!」
シミコも大量の本を抱えて戻り二人になり作業はさらに加速する。
「…Ha,P、二人の邪魔をしたら悪い。少し席を外そうか。」
「分かりましたぁ~♪」
「で、でしたら館内に、カフェがありますので、そこでお待ちください…!」
「翻訳が終わりましたら放送でお知らせしますので!」
「ありがとう、そうさせてもらうよ。呼ぶときはハナコの名前で頼む。」
ここにいても二人の邪魔になるやもしれないと判断し、ネイトとハナコは一旦古書館を後にするのであった。
――――――――――――――
―――――――
―――
「あ゛~…まさかあそこまでボルテージが上がるとは…。」
「大丈夫ですか、ネイトさん?」
ウイに締め上げられた跡を抑えるネイトとハナコは図書館内を歩いていた。
「でも、あんな貴重な本をポンと出すネイトさんも迂闊ですよぉ?」
「本の希少性は俺の専門外だから仕方ないだろ?」
「それにしても知識の宮殿ですかぁ…。私も行ってみたいものですねぇ♪」
「言っておくが中は酸素マスク必須な環境だぞ?」
誰にも聞かれないようにそんな会話をしていると…
「もし、そちらの方…。」
「ん?」
背後から鈴の転がるような声で呼び止められネイトが振り向くと…
「ネイト様とお見受けしますが…相違ないでしょうか?」
アッシュシルバーの髪をたなびかせるシスター服を纏った生徒がそこに佇んでいた。
その背後には数人の同様の格好をした生徒たちが控えている。
「そうだが…君は?」
先程のヒナタを思い出しシスターフッドの関係者だと分かるが…
「あら、『サクラコ』さん。ごきげんよう♪」
「ハナコさん、ごきげんよう。」
「Ha,P、知り合いか?」
親しげに挨拶を交わすハナコに彼女の素性を尋ねると…
「初めまして、私『シスターフッド』を取りまとめさせていただいております『歌住サクラコ』と申します。」
「つまり…シスターフッドのリーダー…?!」
「そう言うことになりますねぇ♪」
今日知り合ったばかりの組織のリーダーがまさかやって来るとは思わずネイトも少々驚く。
「先ほどは我がシスターフッドのシスターヒナタが『お世話』になったようで…。そして、シスターフッドへのご喜捨も感謝いたします。」
「…いいや、世話になったのは俺の方さ。七転八倒団の受け入れの件、重ね重ね感謝する。」
「いえ、『お困り』の方の力になることこそシスターフッドの『務め』。その『務め』を果たしたにすぎませんわ。」
と先ほどの七転八倒団の件に関して言葉を交わし合うが…
(ま、まさに先制攻撃…!あの『アビドス解放の英雄』相手であっても一歩もお引きにならないとは…!)
(つまり、今の言葉は『そちらの手勢は抑えた』、『いかようにでも処分できる』という意思表示…!)
(このような剛腕交渉…!ティーパーティにはできない手腕、さすがはサクラコ様…!)
何やら背後のシスターフッドの生徒たちが明後日の方向に思考を飛躍させる。
「………。」
「?どうかなさいましたか?」
「あぁ気にしないでくれ。」
「そうですか。ところでお二方は今お時間はございますでしょうか?」
「はい、少々依頼した内容が仕上がるまでカフェで時間を潰そうかと♪」
「まぁ、でしたらお邪魔でなければ私も『同席』させていただいてもよろしいでしょうか?」
「…あぁ、構わないよ。賑やかなのは好きだ。」
「ありがとうございます。でしたらさっそく向かいましょう。」
サクラコは軽い足取りで先にカフェに向って歩き出す。
「…なぁHa,P。」
「なんでしょうかぁ?」
「ひょっとして…彼女って結構勘違いされるタイプか?」
「…よく分かりましたね。」
「いやぁ…昔あんな感じで言葉の一つ一つの裏勘ぐられて大変だぁってぼやいてる知り合いがいてな。まぁ、そいつ自身結構なホラ吹きだったんだが。」
そんな会話をしつつ二人もその後を追っていくのであった。
その後、ネイトとハナコにサクラコは図書館内に併設されているカフェに到着。
「それでハナコさんを訪ねてトリニティまで?」
「彼女は俺が出会った中でもキレ者だから何か分かるかもと思ってな。」
「ウフフッ、ハナコさんにも『お友達』が増えたようで私も嬉しいです。」
「でも、ネイトさんったら乙女の純情を弄ぶようなお誘いをされたんですよぉ♪」
「まぁ、それはいけませんよ?清純なる心は何人たりとも犯してはならないのですから。」
「デートのお誘いってそんなにいけないことだったのかなぁ…。」
三人は一つのテーブルにつき飲物と軽食を頼み談笑している。
サクラコのお連れのシスターフッドの生徒は周囲に展開し警備にあっている。
「それにしてもネイトさんのそのお召し物…。」
そんな中、話題はネイトが着ているTシャツに。
結局、正体露見しているので着替えてもいいがタイミングがなくずっとこのままだ。
「これか?…アビドスの生徒会の連中が『これ着なきゃ行かせない!』って聞かなくてな。」
「そのようなデザインが最近の流行なのでしょうか…。私、何分そういうのには疎いもので…。」
そんなTシャツを食い入るように見つめるサクラコ。
初対面時から何となく伝わってきたが…彼女はかなりの箱入り娘というか少々浮世離れしている感がある。
「いやぁ、どっちかというと…。」
正直このデザインを流行とは中身老人のネイトも首を横に振るう。
それはない旨を答えようとした…
「えぇ、学区外のお土産でとても喜ばれるものなんですよぉ♪」
よりも早くハナコが捻じ曲げられた真実をサクラコに教えた。
「おっおいHa,P…?!」
ぎょっとした表情でネイトはハナコを見るが…
「そうなのですか…!確かにトリニティへの『愛』を伝える素敵なデザインだと思っていました…!」
「サクラコ!?」
「ネイトさん、こちらどこでお求めになりましたか…?!」
完全に間に受け目を輝かせたサクラコがずいっと身を乗り出しネイトに入手先を尋ねる。
正直、ホシノ達からの妨害工作という趣が強いことはネイトも重々分かっている。
本来潜入のつもりかつオッサンの自分が着る分には気にしないが…花の女子高生が着るにはあまりにもアレなデザインだ。
が、
「私どもも日々様々な『愛』を説くことが務め…。これもまた新たな『愛』の伝道の手段となるやもしれません…。ですので何卒…。」
サクラコは至極真面目に自らの務めを全うするためネイトにTシャツの出所の教えを乞う。
「………あんまり女子高生の君には似合わないと思うが…。」
ネイトはそう前置きを置いて…
「このTシャツ自体はたぶんトリニティの土産屋でも売っているし…もし、シスターフッドでチャリティーなんかで販売するオリジナルデザインのTシャツが欲しければここに連絡をすればいい。」
「こちらは?」
「セイント・ネフティス社のアパレル部門だ。俺の紹介と言えば多少融通してくれるはずさ。」
シャツの出所と彼女の目的を達せられるであろう手段を伝える。
「まぁ…ありがとうございます。教会におりますとこのような関わりを作ることがなく…。」
「たまには外に出てみるといいぞ。こうやって新しい出会いに恵まれるからな。」
「ネイトさんもそうだったのですか?」
「…まぁな。」
思い返せば…ネイトも一時期はアビドスの中に引きこもっていた。
それが…ある時アビドスを飛び出しミレニアムへ向かった。
その縁でモモイ達やセミナー、エンジニア部にヴェリタスと言う様々な知己を得た。
そして…
「そのおかげで…『娘』も出来た。」
「まぁ、娘さんが…。」
「あぁ、血は繋がってないが…それ以上に心で繋がっている大切な存在だ。」
出来るはずがないと考えもしていなかった『娘』も得ることができた。
「ネイトさんはとても尊いご縁に恵まれたのですね。」
「お話は伺ってますよぉ。一度私も直にお会いしたいですねぇ♪」
「ぜひ、機会がありましたらアビドスの方々や娘さんも『お連れ』になって大聖堂にもいらしてください。」
「観光目的でゆっくり見て回れるようになればな。」
現状、今の情勢ではおいそれとネイトやアビドス生徒会クラスの生徒ではトリニティに赴くと十中八九騒動になる。
あまり好ましい情勢ではないが…アビドスの方からではどうすることもできない。
「私ももっと外の世界に触れて知見を深めていきたいと思います。」
「でしたらサクラコさん、今度私と『夜のお出かけ』に行きませんかぁ♪」
「そ、そちらは少々遠慮したく…。と、というよりあのようなことはおやめいただきたいのですが…!///」
ハナコの提案に少々顔を赤らめながらやんわり拒否と諭すサクラコ。
「…やっぱりHa,P、そっちが『素』なんだろ?」
「さぁ、どうでしょうかぁ♪」
「趣味嗜好にとやかくのは好きじゃないがあまり他人を驚かせるなよ?」
普段の『アレ』だというのは察しがつき呆れ気味にネイトも諭す。
すると、
「あらぁ?でしたらネイトさんを『驚かせ』ましょうかぁ♪」
いつものように蠱惑的な表情で思わせぶりな発言をするハナコ。
だが…
「真正面から来るならちゃんとお相手するが?」
ピクリともしないどころか余裕たっぷりで返され、
「………や、やっぱり遠慮しておきますねぇ。///」
耳を赤くしそっぽを向いてしまった。
すると、
《お待ちのハナコ様、ハナコ様。ご用意ができました。》
シミコの声でアナウンスが流れる。
「ッと、さすがに仕事が早いな。」
「まだ1時間も経ってませんか…さすがはウイさん。」
ハナコですら翻訳に手間取ると言っていた石板の解読をこれほど短時間で終わらせたことに二人は舌を巻いていく。
「行かれるのですか?」
「あぁ、バタバタしてすまない。今度はゆっくり話をしたいな。」
「私もです。本日は色々とありがとうございました。」
「それではサクラコさん、私達はこれで♪」
「ごきげんよう、ハナコさん。ネイトさんもトリニティの滞在を楽しまれてくださいね。」
「だいぶ刺激的な時間を楽しめているよ。じゃあな。」
正直のんびりしていたいが…事情がそれを許さない。
サクラコに別れを告げネイトとハナコは古書館へと向かう。
「フフッ、なんとも不思議な殿方ですね。」
短い時間だがネイトとハナコとのお茶会に満足げな表情を浮かべるサクラコ。
すると…
「サクラコ様、少しお耳に入れたいことが…。」
サクラコに同行していたシスターフッドの生徒が彼女に何かを耳打つ。
古書館にたどり着いたネイトは…
「こ、こちらが石板の翻訳と、私なりの注釈を添えた解説書に、なります…!」
「ありがとう、ウイ。まさかこんなに早く翻訳が済むとは思わなかったよ。」
「ネ、ネイトさんがお持ちした、石板の写しが、丁寧だったお陰です…。」
ウイから分厚いファイルを数冊受け取っていた。
相当巨大な石板で長い内容だったはずだがウイは完璧にやり遂げてくれたようだ。
「こ、これであなたたちアビドスが、成し遂げられることを祈っています。」
「あぁ、ウイは約束を果たしてくれた。今度は俺が約束を果たせるよう頑張る番だ。」
「た、楽しみにしています…!」
「ウイさん、酸素ボンベを沢山用意するのをお勧めするそうですよぉ?」
「さ、酸素ボンベですか…?」
そんな会話をしていると…
「ぶ、部長!大変です!」
シミコが血相を欠いて古書館に飛び込んできた。
「…何があったのですか、シミコ?」
その様子にウイも非常事態を察知する。
「ティ、ティーパーティの生徒が図書館に大挙して押し寄せています!今は何とか他の図書委員と来訪していたシスターフッドの生徒が突入を押し留めていますが…!」
「な、なぜティーパーティーが…!?」
まさかの来訪者、それもどう考えても穏やかではない状況にウイは目を白黒させるが…
「っち、ここまでやるか…。」
「余程ネイトさんが魅力的な方なんでしょうねぇ。」
「こ、心当たりが?」
「…すまない、ウイにシミコ。俺が余計な客を招いてしまったようだ。」
ネイトがこれまで図書館の外であっていたことを説明すると…
「ティ、ティーパーティーは一体何を…!?」
「でも、ネイトさんの注目度なら…納得できる部分も…!」
あまりにも強引なティーパーティーの行いに驚愕するしかない。
「さて…ここに長居するのも迷惑をかけるな…。」
そういうと、ネイトは腰のP7を抜き装填済みかを確かめ…
「いい加減鬱陶しいし…そろそろ打って出るか。」
今まさにティーパーティーの待つ正面玄関に向かい歩き始める。
「…お供しますよぉ、ネイトさん。」
「Ha,P、君は…。」
「仰ってたじゃないですかぁ。『今日は最後まで付き合ってくれるか?』って。」
さらにハナコもアサルトライフル『L85A2』にアンダーバレルグレネードランチャー『L123A2』を装着した自らの得物である『オネストウィッシュ』を持ちネイトの後に続く。
どうやら、ネイトがなんと言おうと引き下がるつもりはないようだ。
ならば、
「…そうか、それじゃあ…Shall we dance?」
「フフッYes, let's♪」
ネイトはその手を取りハナコをエスコートし正面玄関へと向かおうとすると…
「…お、お待ちください、二人とも…!」
「ウイ?」
「こ、こちらへ…!」
ウイが二人を引き留めある場所へと案内する。
正面玄関では…
「ティーパーティーの皆さん、ここは公共の場です。あまり騒がれては御来客の方々が驚かれてしまいますよ?」
「し、しかしっシスターサクラコ!」
「我々がこの場にいるのもティーパーティーの命によるもの!そこをお退きになってください!」
「でしたら『ご命令』をお教え下さりませんか?私どもも『お手伝い』出来るやもしれませんし…。」
ティーパーティーの生徒たち相手にサクラコがまるで立ち塞がるようなポジションとなって口論となっていた。
いかにティーパーティーの指令を受けた生徒たちと言えど相手はトリニティでも大きな影響力を持つシスターフッドのリーダーだ。
(な、なんて威圧感…!)
(物腰はとても柔らかいのに一歩も動けない…!)
ティーパーティーの生徒たちもサクラコから只ならぬ雰囲気*5を感じ一歩も動けず、
(さすがです、サクラコ様…!あれほど鬼気迫ったティーパーティーの配下をたった一人で…!)
(さらにあちらへの探りとあわよくば手柄の奪取までお考えとは何たる策謀家…!)
(やはりトリニティを統べるのはティーパーティーではなくシスターフッド、そういうことなのですね…!)
背後で整列するシスターフッドの生徒たちも尊敬のまなざしをサクラコに向け一歩も引かない覚悟を固めている。
その時、突如として周囲に響くエンジン音。
一斉に視線を向けるとその先には…
「~ッ!?いっいつの間に!?」
そこにはバイクに二人乗りをして小馬鹿にした笑みを浮かべつつこちらに見せつけるようにVサインで自分の目を差した後こちらにそのVサインを向けるネイトがいた。*6
もう一台のバイクの後ろにはハナコも乗っている。
直後、バイクはエンジン音を轟かせ走り去る。
「お、追うのです!なんとしても確保を!!!」
ティーパーティーの生徒たちは急いで乗ってきた車まで戻りネイト追跡のため走り去っていく。
「…なっなんだったのでしょうか…?」
残されたサクラコはきょとんとしてその光景を見つめるしかなかった。
そして…
「よ、よかった…。逃げられたようですね…。」
ウイもカーテンからわずかに覗き走り去るネイトたちの姿を見て安堵する。
「委員長、あんな『隠し通路』どうやって見つけたんですか?」
「こ、ここは古いトリニティの、建物の設計図もあるからそれで…。」
そう、ネイトたちが図書館を脱出できたのはウイが教えてくれた『隠し通路』のおかげだ。
歴史ある建造物の多いトリニティ。
その中には一般生徒には知られていない『隠し通路』が設けられている場合も多く中央図書館も例外ではない。
ウイはそれをネイトたちに教え脱出を手引きしたのだった。
「でも委員長がここまでやるとは…。」
「と、図書館前で、暴れられたくなかっただけです…!それに…。」
ウイが近くのテーブルの上を見ると…そこにはネイトが持ってきてた超稀覯本が置かれていた。
ネイト曰く、『約束を果たすための質』とのこと。
「ティーパーティーにあれが見つかったら、即刻没収されます…!せっかくこんな貴重な本を、手元においておけるのだから、隅々まで調査しなければ…!」
「おぉ~…委員長が見たことない位目を輝かせてます…!」
「さぁ、始めますよ、シミコ…!」
「はい!」
こうして普段では考えられないようなテンションでウイはそれらの本の調査に入るのであった。
―――――――――――――――――
―――――――――
―――
図書館を脱したネイトたちはその後、
「いやぁ、引っ越し最中に急に呼び立ててすまなかったな。」
「いいって事っすよ、アニキ!これくらい朝飯前だ!」
七転八倒団のメンバー操縦するバイクでトリニティ市街地の裏道を疾走。
隠し通路脱出の際にネイトが救援を要請し駆けつけてくれたのだ。
「しかし、検問とか大丈夫か?」
「任せて下せぇ!バラック小屋時代に見つけた裏道とか駆使して逃げ切って見せまさぁ!」
「お嬢様のティーパーティーの検問なんかあたし等にゃザルだぜ!」
流石は現役のスケバングループ、大通りを回避した逃走など朝飯前といったところか。
流石に言うだけあり検問も全て回避し…
「よし、ここでいいぞ。」
「分かりやした!」
最初の集合地点である『ノイヌ駅』まで戻ってきた。
「いろいろと今日はありがとう。」
「なんのなんの!あたし等だってアニキに世話になったからお相子だ!」
「じゃあな、『その時』になったら頼む。」
「了解!んじゃアタシらこれで!」
「ハナコちゃんもまた会おうぜ!」
「素敵なドライブをありがとうございましたぁ♪」
ネイトとハナコを下ろし七転八倒団はシスターフッドの寄宿舎へと帰っていった。
「…はぁ、本当にトリニティには一人で当分来ない方がいいのかもな。」
正直自分の立場は理解しているがそれにしてもティーパーティーの反応は過剰すぎる。
こんな状況では公的な訪問も難しいだろう。
「ですが、シスターフッドや図書委員会と関係を築けたのはよかったのではないですかぁ?」
「…それもそうだな。」
それでも今回の旅は実りあるものではあった。
特にティーパーティーとは独立した組織のシスターフッドと関係を持てたのは今後W.G.T.C.の業務にもいい影響を齎すかもしれない。
「Ha,Pも今日は色々とありがとう。」
「いえいえ、私も楽しかったですよぉ♪」
「そのお礼というわけじゃないが…これを。」
そう言い、ネイトが取り出したのは青い発煙筒のようなものだ。
「これはぁ?」
「『シグナルグレネード』と言って使用すると発信電波が発せられる。もし、俺の手を借りたいときは使ってくれ。出来るだけ早く駆け付ける。」
「まぁ、そんなものを…。有難く頂戴しますねぇ。」
ネイトの助力を得られる、これがどれほどの助けになるかハナコにはすぐに分かった。
「さて、追手が来る前にさっさと帰るか…。」
「お見送りいたしますねぇ。」
「ッとその前に…。」
駅構内に入る前にネイトは近くにあった小さな土産屋である物を購入する。
「お待たせ。」
「何を買われたんですかぁ?」
「お返しをちょっとな。」
改めて駅構内に入り時刻表を確認すると…
「えぇっとアビドス方面は…あと10分後か。」
まだ少々余裕があるようだ。
「どうしますかぁ?」
「Ha,Pは先に行っててくれ。俺は少しお手洗いを済ませてくる。」
「はぁい♪」
一旦ここで別れネイトは奥にあるトイレへと向かう。
郊外の駅だけあってこの時間の人出はほとんどない。
ハナコは一角にあるベンチに腰掛け愛読書を読み始める。
すると…
「ほぉらいい子ねぇ。」
「あうあうぁ~。」
大荷物と乳母車を押すスズメタイプの獣人の親子がやってきた。
「よいしょよいしょ…。」
この駅はホームに行くには階段を上らなければならず親子は四苦八苦しながら登ろうとし始めた。
段数はかなりあるのでこのペースで次の電車に間に合うか少々微妙だ。
「…あのぉお手伝いいたしましょうかぁ?」
「あぁ、ありがとうございます。」
「カバンをお願いしても?」
「本当に助かりますわ。」
そんな親子を助けるためハナコが乳母車を引っ張ることにした。
「あぅ~?」
「はぁい、もうすぐ登り切りますからねぇ~。」
「貴女のような優しい生徒さんに会えてよかったわぁ。」
ハナコが赤ん坊をあやしながら階段を上っていると…
「「「………。」」」
(あら?)
階段を下りてくる三人の獣人の大人が現れた。
ダイヤは先ほど確認したが…直近できた電車はない。
その三人の大人はまるでこの階段を見張るかのようなポジションで佇む。
「………。」
「?あの、やっぱり重かったですか?」
「え、あぁ大丈夫ですよぉ。」
不審狩り動きが停まったハナコだが母親に声を掛けられ再び階段を上り始める。
その時、
「あ、見つけましたよ!」
「あらヒフミちゃんじゃないですかぁ。」
階段の下からヒフミに声を掛けられた。
「もう、急にいなくなるなんてひどいじゃないですかぁ!」
「うふふっ覗きなんてはしたないですよぉ?」
「うぐッそれは…そうですが…。」
どうやらあの後も出歯亀をやるつもりだったようだが撒かれたため集合地点のこの辺りで待ち構えていたようだ。
「では、許してあげる代わりに手伝ってもらえますかぁ?」
「はっはい!」
ハナコの頼みでヒフミを乳母車を上らせる手伝いをする。
ちょうどその頃、
「ふぅ、すっきりした。」
手をハンカチで拭きながらネイトがトイレから出てきていた。
すると、
「教官、見つけたぞ!」
「って、おぉB.B.Eか。」
向こうの方からᓀ‸ᓂ表情のアズサがやってきていた。
「追跡対象の再捕捉にやけに時間がかかったな。」
「急にタクシーなんか使われたら追いつけない。」
「そういうところも想定して追手は一塊にするんじゃなくて一定距離で分散させるんだな。」
「…なるほど、そういう方法もあるのか…。」
出歯亀の件すらまるで訓練の一環のようにプチ反省会を開き始める二人。
ネイトも別に怒っているわけではないので穏やかに課題点を挙げていく。
「ほらぁ、ペロロ様ですよぉ。」
「きゃっきゃっきゃっ♪」
「よかったわねぇ、綺麗なお姉さんたちがお世話してくれて。お前がいい子にしてたからよぉ。」
「まぁ、お上手ですこと♪」
ヒフミは持っていたペロロ人形であやしてくれているおかげで赤ん坊は終始上機嫌だ。
そうこうしているうちに階段もかなり上の方にやってきた。
…だが、
「………。」
さらにもう一人の獣人の大人がホームから現れ階段の中腹に佇み周囲を窺い始める。
(また…?)
「ハナコちゃん?」
「え?」
「どうかしましたか?」
「…大丈夫ですよぉ♪」
ヒフミに不思議そうな表情で見られ思考を切り替え笑顔でハナコは返し、
「本当に助かりましたぁ。なんとお礼をしたらいいやら…。」
乳母車はとうとう階段の一番上に到着した。
「いいえぇ、当然のことをしたまでですからぁ。」
「お友達の方もありがとう。この子がぐずらない様にあやしてくれて。」
「当然のことをしたまでですよ。それに私じゃなくてペロロ様のおかげです。」
母親とそんな会話をしていると…背後から風が吹いてきた。
どうやら…またホームから誰かがやってきたようだ。
「………。」
ハナコの中の何かが警鐘を鳴らし始める。
背後に現れた何者かは一切動こうとしない。
これではまるで…階段を包囲しているようではないか。
(…まさか。)
彼女の優れた頭脳が…ある結論を弾き出したその時、
「あぁーやっと見つけたわよ!!!」
階段の下から声が響く。
「全く、急にいなくなるなんてやっぱりえっちなことしてたのね!!!」
「こ、コハルちゃん。」
出歯亀最後の一人のコハルだ。
「す、少し落ち着いて…。」
「赤ちゃんもいますから、コハルちゃん。」
少々慌てながらもハナコはヒフミと共に彼女を追いつかせる。
だが…
「大変だったんだからね、『ハナコ』!!!なんだか町中検問だらけで…!」
ヒートアップしたコハルは階段を登りながら高らかにハナコの名前を叫んだ。
その時だ。
「…ハナコ?」
背後から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「~ッ!」
急いで振り向くと…
「ッソイツだ!!!」
背後にいた男は懐から長物の銃を取り出しこちらに構えようとした。
「伏せてくださいッ!!!」
「きゃあッ!」
「わッ!!!」
咄嗟にハナコはヒフミと母親を突き飛ばし、
「クゥッ!!!」
「ぐはぁッ!!?」
倒れ込みながらも『オネストウィッシュ』を男に向け発砲。
連射された5.56㎜弾の弾丸の一部が叩き込まれその男は昏倒。
「「ッ!!?」」
その銃声にネイトとアズサは弾かれた様に動き出す。
「こっこいつ!!!」
続けざまにハナコたちとは逆サイドにいた大人がこちらに銃撃を加えようとするも…
「わわっ何する気ですかッ!!?」
「ぐぉっ!?」
今度はヒフミがL85A2『マイ・ネセシティ』を構え発砲し何とか撃たれる前に撃退。
「は、ハナコちゃん何が!?」
「構えてください、ヒフミ…!」
ハナコの予想が正しいのなら…
「いたぞッ!!!」
「撃てッなんとしても仕留めろ!!!」
「このガキども!!!」
残り三人もどうやら仲間のようでハナコとヒフミに向い銃を抜き放つ。
「なんだか知りませんが許しませんよ!!!」
ヒフミが階段中腹にいる男目掛け発砲、倒れた体勢で狙いも付けられないバラマキの射撃だったため、
「ぐあッ!?」
「った、弾切れ!?」
マガジンを空にするまで発砲しても男の方に命中する程度で制圧できず、
「私がっ!」
ハナコが追撃を仕掛けようと起き上がり狙うも…
「いやああああああああ!!!」
絹を裂くような悲鳴が構内に響き渡った。
見ると…乳母車が階段を下り始めているではないか。
「ッ、だっ駄目ッ!!!」
射撃を中断し、ハナコはその乳母車を負う。
「よそ見してていいのかぁッ!!?」
「~ッ!?」
それを見ていた階段下逆サイドの男がハナコを狙う。
しかし、
「ゴアッ!!?」
その男は背後から撃ち抜かれた。
「ハナコッ!!!乳母車を早く!!!」
「アズサちゃん!!!」
そう、アズサが後方から『Et Omnia Vanitas』の精密射撃で撃ち抜いたのだ。
これで残りは二人となったが…
「こ、このぉっ…!!!」
ヒフミに肩を撃ち抜かれた男が狙ったのは…乳母車だった。
幸い弾丸は壁に当たったが…いつ当たるか分からない。
「なっなんてことをっ!?」
ハナコはその男を制圧しようと銃を向けようとするが…
「コイツ、ただで済むと思うなよ!」
「ッ!?」
さらに階段下からは最後の一人がハンドガンでこちらに狙いを定めている。
(どッどうすれば…!?)
乳母車を狙う男に銃を向ければ自分が、自分を狙う男に銃を向ければ赤ん坊が危ない。
すると…
「ペロロ様!お願いします!」
ヒフミが乳母車の下部目掛けてリュックからフリスビー上の物を取り出し投げ込んだ。
次の瞬間、そのフリスビーが弾け…巨大なペロロ人形が出現。
「なっなんだそいつ!!?」
男はなおも乳母車を狙うが…余程頑丈な造りか弾丸を受けてもペロロ人形はしぼんだり破裂する様子は見えない。
これで乳母車は防御できる。
「ありがとう、ヒフミちゃん!!!」
ハナコは正面で自分を狙う男に照準を定め『オネストウィッシュ』を発砲。
「クゥッ!!!」
階段下の男も撃ち返してくるがペロロ人形が防いでくれたり外れる。
しかし、ハナコも射撃が特段上手というわけではない。
しかも、乳母車を止めようと片手での発砲ではさらに命中率は落ちる。
互いに撃ち合うも決定打を得られず、
「ちぃッ!」
階段下の男が先に弾切れし柱の陰に隠れる。
ハナコは牽制のつもりで撃ち続けるが…
「あッ!?」
『オネストウィッシュ』もマガジンの弾を吐き出し終え射撃が止む。
「へへッ…!」
階段下の男は好機とみて再装填。
万事休すかと思われたその時だ。
「Ha,Pっ!!!」
ネイトが走り込みながら…H&K P7をハナコに投げ渡す。
自らは…あのSAAを階段中腹の男に向けながら乳母車の下にスライディング。
「喰らいや…!」
装填を終えた階段下の男が姿を現すよりも早く、
「はいっ!」
ハナコはH&K P7をキャッチし発砲。
「ぐへッ!!?」
完全に虚を突かれた男に弾丸は命中し気絶。
「ハーハー…!」
そして、スライディングしたネイトが乳母車を受け止めたと同時にハナコもその取っ手を掴む。
「Ha,P、赤ん坊は!?」
SAAを最後の男に構えつつネイトがハナコに確認を求めると…
「あぅ~きゃあ~♪」
あれだけ揺れ銃声も鳴り響いていたというのにケロッとハナコに向って笑顔を見せていた。
ちょうどそのタイミングで役目を負えたペロロ人形が力なくしぼんでいった。
「赤ちゃん!!!赤ちゃんは!!?」
「無傷です、大丈夫ですからそこにいてください!」
母親に赤ん坊の無事を伝えつつハナコはH&K P7を構え最後の男を狙う。
そう、この男はまだあきらめていない。
「立てッ立ちやがれ!!!」
「や、やだっきゃあッ!!?」
「動くなっ、友達がどうなってもいいのかッ!!?」
何と今度は傍らで伏せていたコハルを人質にとり、
「いいか、俺はコイツと外に出る!!!そして、俺とコイツは車でずらかる!!!」
この場から脱出しようとしているではないか。
「いやったっ助けて!」
なんとが逃れようともがくコハルだが…
「黙ってろ!!!いいか、変なことを考えたらお友達の可愛い顔が台無しになるぞ!!!」
さらに男が取り出したのは…対キヴォトス人用の手榴弾だ。
もし、至近距離で炸裂しようものなら…いかにキヴォトス人と言えど無傷では済まない。
「ひぅッ…!」
「こっコハルちゃん…!」
ヒフミも狙おうとするも角度の都合で発砲すればコハルも傷つけてしまう。
「クッ…!コハルの体が…!」
アズサも同様でコハルが障害物となり男を撃ち抜けない。
つまり…
「「………。」」
全てはハナコとネイトに託されたのだ。
「いいか、5秒間だけ考えさせてやる!!!さっさと武器を捨てろ!!!」
とうとうタイムリミットを提示する男。
(やだっ怖いなんでっなんで私がこんな目に…?!)
コハルの心は恐怖に支配されその身は固くなる。
あまりにも理不尽な要求、余りにも不条理な状況に…
「うぅ~…!」
自然とその目から涙が溢れ始める。
その時だ。
「…『HExecutioner』、お前は誰だ?」
「ふぇ…?!」
「お前は、誰で何だ?言ってみてくれ。」
「ネ、ネイト…さん…!?」
かつて自分に付けてくれた渾名を呼び、乳母車を抑えたまま片手で狙いを定めるネイトが自分に質問してきた。
はっきり言ってこんな状況で何のつもりか…と普段の彼女ならツッコんでいただろう。
だが、
「わ、私は…!トリニティ総合学園一年生で…!正義実現委員会所属の『エリート』の…下江コハルよ…!」
不思議とコハルの口は動きネイトの質問に答える。
「そうだ、HExecutioner。お前はエリートだ。」
「黙れっ!!!」
「そっそうよ、私はエリートよ…!」
「じゃあ…次に銃が撃たれた後何をすればいいか…分かるな?」
「なっ何をすれば…いいか…?」
ネイトの次の質問を考え、その結論に至った時…
「あッ…!」
コハルははたと理解した。
次の瞬間、自分が何をすべきかを。
「…理解したな。」
「まっ…任せなさい…!こ、こんなのっ…ちっとも怖く…ないわ…!」
不思議と恐怖も和らいでいた。
「…狙えますか、ネイトさん?」
「誰に言ってる、Ha,P?…最初からばっちりだ。」
ネイトがそう答えるとハナコがH&K P7を下ろす。
これで銃を構えているのは…ネイトだけになった。
「………。」
「クッくそ!イ~チ!!!」
男は本気だと示すためにネイトを睨みながらカウントダウンを始める。
「………。」
だが、ネイトはなおも無言でSAAを男に構え続ける。
「ハー…!ハー…!」
男は緊張のあまり滝のような汗を流し呼吸が荒くなる。
そして…
「ニ…ッ!」
再びカウントダウンをしようと息を吸い込んだ次の瞬間、
「今です!」
ハナコの裂ぱくの声と共に一発の間延びした銃声が響く。
「ヒュごッ!!?」
男は奇妙な声を上げて固まる。
「にー…。」
代わりにネイトがカウントダウンを唱えると…
「ぐゴゴ…!?」
男は苦しそうな声とともに体から力が抜ける。
すると、
「エイッ!!!」
コハルは男が握っていた手榴弾を奪取。
脱力したことにより安全レバーが解除されることを回避した。
「…Ha,P、赤ん坊を母親の元に。」
「はいっ!」
「あぁ!ありがとう!ありがとうございます!!!」
ハナコに赤ん坊を託しネイトは立ち上がりコハルの元へ向かう。
「ハー…!ハー…!」
「よくやった、HExecutioner。さすがは正義実現委員会のエリートだ。」
「とっ当然よ…!こっこの位…!」
コハルは気丈に答えるが声も肩も震え血の気が引いている。
ネイトはすぐさま男のポケットを弄り安全ピンを見つけ手榴弾に指し直した。
「さぁ、これでもう平気だ。手をゆっくり放してくれ。」
「う、うん…!」
「コハルっ!」
「コハルちゃぁん!!!」
安全の確保が済みヒフミとアズサも駆け寄りコハルを抱きしめる。
「すごいぞ、コハル!あんなに速く手榴弾を奪うなんて!」
「コハルちゃんはすごいです!あんなに怖いのにすぐに動けるなんて!」
「とっ当然よ…!わ、私は…エリート…!」
二人に抱きしめられようやく終わった事が分かったのか…
「ヒグッエグッ…!こ、怖かったぁぁぁぁ…!」
コハルの目から涙が溢れた。
その時、駅に電車が到着したというアナウンスが流れる。
「…行ってください、ネイトさん。」
「あとは私たちが何とかするから。」
ハナコとアズサに促され、
「…すまない、皆気を付けてな。」
ネイトはすぐさま電車に乗り込みトリニティを後にした。
あのままあそこにいたら…何が起こるか分かったものではない。
「ぐすっ…!そ、そうだ…!」
「コハルちゃん…?」
「わ、私は正義実現委員会…!やるべきことを…やらなくちゃ…!」
少ししコハルは落ち着き、
「ハナコ、犯人を拘束したら正義実現委員会に通報して!」
「はいっ!」
「アズサは周辺に不審人物がいないか警戒に当たって!」
「分かった!」
「ヒフミ、私と一緒にあの親子の警護につくわよ!
「了解ですッ!」
自分にできる限りの知恵を絞り…正義実現委員会としての務めを果たすために行動するのであった。
最後の最後で銃撃戦に発展したネイトのトリニティ訪問。
「……まさか…ここまでやる連中なのか…?」
帰路の途中…誰に聞かせるでもなくネイトはそう独り言ちるのであった。
この街は腐ったドブよりくさい。
―――映画『アンタッチャブル』より