―――詩人『アリストパネス』
『ノイヌ駅』での銃撃戦から数時間後、
「ハイ…ハイ…承知しました。では、そのようにいたします。」
場所は正義実現委員会庁舎。
「『ハスミ先輩』、上の方々はなんと?」
「…拘束した容疑者の取り調べと事件の捜査はティーパーティーが引き継ぐそうです。」
「ということは…私たちの出番はここまで…っすか?」
「残念ながら…。」
イチカと言葉を交わす『ハスミ』と呼ばれた生徒は冷静にそう返す。
だが…その表情には悔しさがにじんでいる。
『羽川ハスミ』、女子高生離れした体躯と巨大な羽をもつ3年生の正義実現委員会の副会長だ。
卓越した狙撃能力を持ち指揮や組織運営、対人折衝で事務方のトップとして日々正義実現委員会を支えている。
「…どうしてっすか…?‼新人ちゃんで裏方とはいえ…ウチの生徒が…?!」
同じく悔しさをにじませるイチカ。
そう、この騒動には自分たちの仲間である下江コハルが巻き込まれた。
幸い無傷だったが下手をすれば…。
なんとしても真相を明らかにしたいと思うのは当然だ。
理由は説明されてはいる。
『阿慈谷ヒフミ』、現在のティーパーティーのホストであるナギサのお気に入りの生徒だ。
そんな彼女が巻き込まれたということは真の狙いはティーパーティーの可能性もある…というのが説明された理由だ。
だが…
「絶対違うっす…!犯人はヒフミさんではなく『ハナコ』さんの名前に反応してたというのが共通の証言っす…!」
証言からして…それはない事は分かり切っている。
犯人は明らかに『ハナコ』が狙いだった。
才媛と呼ばれている彼女だが…どの派閥にも無所属故にこの事件にはもっと違う動機があるはずだ。
それでも…
「分かっています。ですが、私達はティーパーティー指揮下。上の決定には逆らえません。」
ティーパーティーの命令な以上、どうあがいてもこの結論は覆ることはない。
「…お茶会のお嬢様方が何考えてるか分かんないっす…。」
「そうですね…。」
虚し気に呟くイチカにハスミも同意する。
この捜査の強引な引継ぎだけではない。
今日のトリニティに潜む不良集団への一斉がさ入れ。
その後は理由不明で公共交通機関をピンポイントに取り締まる検問にも駆り出された。
あまりにも強引且つ性急すぎるやり方だ。
すると…
「…二人とも。」
一人の生徒が重々しく口を開く。
正義実現委員会の象徴ともいえる黒い制服の所々が赤く染まり翼も羽がなくヘイローもまるで滴り落ちる血を現したかのような形状だ。
全身から漂う禍々しい雰囲気、一見してただ者ではないと分かる。
「…なんすか、『ツルギ先輩』?」
イチカはその生徒に視線を向ける。
『剣先ツルギ』、このキヴォトスにおいてトップクラスの戦闘能力を誇り『トリニティの歩く戦略兵器』の異名を持つ正義実現委員会委員長だ。
「これを…どう思う?」
ツルギはイチカとハスミの前にある物を差し出す。
それは…一発の潰れた弾丸だ。
今時珍しいノージャケットの鉛製で先端こそ変形しているが殆ど原形をとどめている。
「コハルを人質にとった犯人が受けた弾丸だ。どこから出てきたと思う?」
「う~ん…ここまできれいだってことは体の柔らかい所にでも当たったんすか?」
「ですが、腹部はあの子に隠されていたはず。頭部に当たっては変形はもっと大きいはずですが…。」
二人は彼女の問いかけに様々な考察を考えるが…
「…口の中だ。」
「え…?」
「搬送した『救護騎士団』の病院で吐き出されたそうだ。」
全く予想できない…通常ではありえない場所から出てきたというではないか。
「証言によると、階段下から約15mの距離から『白洲アズサ』が乳母車を抑えたまま犯人が持っていた44口径の『デザートイーグル』を使って片手で撃ち抜いた…らしい。」
ツルギはこの事件の証言を纏め射撃した状況を説明し、
「ハスミ、アナタにできるか?」
自らの腹心であるハスミにこう問うた。
「できないとは…。」
ハスミは自身の狙撃の腕を鑑み可能と言いかけるが、
「人質を取られ、カウントダウンの最中、乳母車を抑え、不安定な姿勢で、片手で、大型ハンドガンで…だ。」
「………。」
あまりにも厳しい条件に閉口するしかない。
それを自分よりも華奢なアズサにできるかと言われると…。
そんな中、
「…まさか。」
イチカがある人物に行き着く。
「…昼間に会ったという『彼』ならどうだ、イチカ?」
ツルギも同じ結論に達したようだ。
「…あの人の腰に提げてたのは『H&K P7』でしたけど…。」
「未知の収納手段を持っているという情報もありますね…。」
かつて幾発ものロケット弾を撃ち抜いて見せた彼の腕ならば…と考えるイチカとハスミだが…
「だというのに…全員の証言は『彼が電車に乗った後に襲われた』となっている。」
問題はネイトがその場にいなかったとされていることだ。
ハナコたちはおろか…巻き込まれた母親までもだ。
ハナコが使った拳銃に関しては別れ際に礼の一つとして贈られたらしい。
「ツルギ、監視カメラは…。」
「犯人の一人が妨害装置を持っていたようだ。映像があまりにも不鮮明で証拠にはなり得ない。」
「ただの武装した犯罪者にしては…随分周到っすね…。」
しかも客観的証拠は皆無。
肝心の犯人への聴取も行う前にティーパーティーに身柄を持っていかれてしまった。
「この後はどうするのですか?」
「命令の通りだ。その弾丸もこの後ティーパーティーに送る。」
「コハルにはどのように?」
「報告書は出さなくていい旨を伝えてくれ。」
淡々と今後の指示を出していくツルギだが…
「それから…。」
「それから?」
「コハルを明日呼んでほしい。公的には無理だが…私達だけでもあの子を誉めてやらなくてはな。」
禍々しい雰囲気を纏っているとは思えないほど柔らかい笑みを浮かべそう二人に伝える。
確かにコハルは有事に動けず人質になってしまった。
だが、その後は二次災害の防止や事後の対応は正義実現委員会の生徒に恥じないものだった。
その労を労わずして先輩は務まらない。
「そっすね。コハルも一人で頑張ったっすから誉めても罰は当たんないっすよね。」
「分かりました。では明日にでもコハルを呼んでささやかなお茶会でも…。」
「あぁ、頼んだ。」
こうしてトリニティで騒動が起こった慌ただしい一日が過ぎていった。
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そんなこんなで翌日のこと、
「…これがトリニティ図書委員会の協力を得て解読された石板の内容だ。」
「まさか本当にすぐ解読できちゃうなんてねぇ…。」
「ん…これでビナーに対抗する手段が分かるかも…。」
「本当にすごいわね。私達じゃちんぷんかんぷんだったのに…。」
「ネイトさんがトリニティの方と知り合っていたおかげですね。」
潜入とは名ばかりとなってしまったがネイトの狙いは大成功。
知りたくてたまらなかった石板の内容が今ここにある。
逸る気持ちを抑えきれなさそうにファイルを見つめるホシノ達だが…
「あ…あのぉ…ネイトさん?」
「どうかしたか、ノノミ?」
「こ、この格好は…ちょっと…。///」
いつもは余裕たっぷりのノノミが今日は珍しく困った表情を浮かべている。
「…その…ごめん、ネイトさん…。///」
「私達もムキになり過ぎました…。///」
「ん…私は気にしてないけど…。」
「シロコちゃぁん…そこは形だけでも恥ずかしがろうよぉ…。///」
さらにシロコ以外の面々も…羞恥に顔を赤くしているが…
「いやなに。あんな『素敵な』Tシャツをコーデしてくれた礼だ。」
「うへ~…めちゃくちゃ皮肉るじゃぁん…。///」
対するネイトは『悪い』笑みを浮かべ彼女たちの意見を一蹴する。
昨日、トリニティから戻ってくる際にネイトはあるお土産を買っていた。
それが何かというとこれまたTシャツだ。
しかも、ネイトが昨日着ていた物に負けず劣らずに…かなりダサい。
それを今、ホシノ達が制服の上から『着させられている』。
「さて、本題に入ろうか。」
「ちょ、着せたんならせめてなんか言いなさいよ!///」
しかもそれに特段コメントもなしの放置プレイのオマケつきである。
「…諦めよう、セリカちゃん…。ネイトさんには勝てないよ…。///」
「う~…イタズラし過ぎたのは謝りますからぁ~…。///」
「やっぱネイトさん…『仕返し』には容赦ないねぇ…。///」
ホシノ達は思い出した。
ネイトは…『やられたことは必ずやり返す』男だと。
しかもそれが善意や悪意に関わらずやられたことがそのまま、もしくは増加させてやり返す。
今まで近くで見ていたというのにホシノたちはそのことをすっかり忘れてしまっていたのであった。
閑話休題
「じゃあ、さっそく確かめるとしようか。」
ある程度ホシノ達が落ち着いたタイミングでいよいよ解読された石板の内容を確かめることに。
その内容は…
かなり古めかしい文面だが…
「これが…!」
「昔のアビドスの…私たちの祖先が遺してくれたビナーの伝承…!」
これこそ、古代のアビドスの住人が記録したビナーに関する情報だ。
「大蛇の体躯に鯨の頭蓋…。」
「まさしくビナーの特徴ですねぇ…。」
記載されている特徴から見て間違いないだろう。
「『地上の音色にて躍動』っていうのはどういうことなのかしら…。」
「おそらくだが…奴は地中を移動中の索敵手段として『音』を使っているんだろう。」
「ん…音だけでそんなことできるの?」
シロコがその部分に首を傾げるが、
「シロコちゃん、音を嘗めちゃぁいけないよぉ?」
ホシノがその疑問に答える。
「どういうことですか、ホシノ先輩?」
「鯨の頭蓋を持つって書いてあるでしょ?これはつまりビナーにも鯨級の『音を感じる能力』を持ってても不思議じゃないのぉ?」
「鯨ってどれくらい耳がいいか分かんないんだけど…。」
「んまぁ正確には聴力じゃないし種類にはよるけどぉ…海の中で数百㎞離れた仲間の鯨とコミュニケーションが取れるらしいねぇ。」
「そんなに離れてても音を感じ取れるんですかぁ…!?」
「たぶん、それと同時に強力な『音波レーダー』も持ってるかもね。受信する側じゃなくて発信する能力も無きゃこの文章に矛盾が生じちゃうし。」
普段ののんびりした彼女と打って変わって饒舌に自身が持つ『鯨』の知識を語る。
「…かなり鯨に詳しいな、ホシノ。」
「おじさん、お魚や水の生き物が好きだからねぇ。自然と覚えちゃったよぉ。」
「なるほど、だから水族館デートを希望したわけか。」
好きこそものの上手なれ、実に正鵠を得た言葉である。
「ビナーの性能はその通りとして…これはどういうことですかね…。」
アヤネが指差したのはその次の文だ。
「『砂は舞い大地に恵みをもたらさん』とありますけど…明らかにビナーの生態に合致しませんよね…。」
ビナーが砂を舞い上がらせて起こすのは街を沈めるほどの砂嵐だ。
とても恵みなど齎すはずがないが…
「いや、アヤネ。間違ってはいないぞ。」
「え?」
「砂漠の砂にはリンや鉄分なんかの植物の成長に必要な成分が多く含まれている。それが適量降り注げば…大地に恵みをもたらすのは間違いじゃない。」
ネイトがこの文の根拠を補強する。
これは現実世界でも同じ現象が起こっておりサハラ砂漠の砂塵が海を渡り遠いアマゾンの熱帯雨林を育んでいるというのは有名な学説だ。
ちなみに『黄砂』も同じ効果があるらしいが…環境汚染の進行により健康被害が目立ってしまっているのが現状だ。
「だとすると完全に暴走状態になっちゃってるわね、今のビナーって。」
「ひょっとして大昔はアビドスの農耕を補助する巨大なシステムだったのかもしれませんね…。」
あり得る話だ。
今ほど農業技術が発達していないはずの太古のアビドス。
かつての『ビナー』はそんなアビドスが効率よく食料を確保するために考案されたシステム…という説はかなり納得がいく。
実際にケテルも水没地帯にある工場の制御センターに同様の物が用いられていたことからも一行の余地はある説だ。
(デカグラマトン、それが何なのか分からないが…そんな太古のシステムを乗っ取り暴れさせている…ということか。)
そしてそんなビナーの暴走の『要因』が…デカグラマトンなる存在だろう。
「じゃあ次、『彼の者の領域を征きし時、疾き翼をもつ者を連れて行かん』ってとこだけど…。」
話は本題に戻り、次の文章へ。
「『さすれば、その旅に平穏をもたらすであろう』ってことはつまり、これを連れて行けば…。」
「ん…ビナーは寄ってこなくて砂漠を安心して渡れるって事?」
おそらく、これはビナーを避けるための方法なのだろう。
「疾き翼ってことは…つまり鳥って事ですかねぇ?」
「それもただの鳥じゃないだろう。見てみろ、ウイがその答えを導き出している。」
そう言い、ネイトがウイの解説書を開きその部分を指さす。
「『ハヤブサ』、もしくは『タカ』のことかぁ…。」
「昔のアビドスってタカ狩りが盛んだったんですねぇ…。」
銃が未発達の時代、狩猟と言えば弓矢が一般的だが動物を調教し行う狩猟法も多く存在する。
タカ狩りはその中でも有名なもので古来より世界各地で行われてきた。
現在でも行われ特に中東では今でも王族の娯楽の一環と権威の象徴として盛んにおこなわれている。
その熱はすさまじく野生のタカの保護に多額の費用が費やされタカ専用の動物病院があるほどだ。
ウイの解説書にもそのことが記されており昔のアビドスでも日々の食料や毛皮を得るためや権威の象徴としてハヤブサやタカなどが飼育されていたそうだ。
「ビナーは音でいろいろ探るってことは…タカやハヤブサの鳴き声が嫌いってことなの?」
「あれだけ大きい体で随分臆病なんですね…。」
爆音などならまだ理解できるがハヤブサなどの鳴き声の大きさはたかが知れている。
それはそれとしてあまりにもビナーという存在を考えても不釣り合いな弱点ともいえる。
正直眉唾な情報だが…
「いやぁ…結構バカにできないとおじさんは思うなぁ。」
「俺もだな。音っていうのは結構侮れないぞ。」
ホシノとネイトは信憑性があると判断しているようだ。
「ん…ホシノ先輩にネイトさん、どういうこと?」
「…よぉしじゃあ実演して見せよっか。」
いまだに首を傾げるシロコにホシノはおもむろに席を立ち…
「みんな強い子たちだけど…これは苦手でしょ?」
普段使っているホワイトボードを裏返し黒板の面を露にしたかと思うと…思い切り引っ搔いた。
ギギギイィィィィィッ!!!
「うわぁッ!!!?なっ何すんのよ、ホシノ先輩!」
「いきなりそういうのは止めてください!」
突然の暴挙に耳を抑えつつホシノに怒りを向けるセリカとアヤネ。
「わぁ…!一気に鳥肌立っちゃいましたぁ…!」
「ん…私も耳が逆立っちゃった…!」
ノノミとシロコですら平静ではいられなかったようだ。
が、
「うへぇ~…!やったのはおじさんだけど引っ掻く感触も伝わってこれはやばいねぇ…!」
一番被害を受けていたのは引っ掻いたホシノ本人であった。
頭上のアホ毛がビンと立ち寒そうに身体をさすっている。
「…と、こんな感じに生き物には『ストレス』を感じる特有の音が存在している。」
「って、なんで自分だけ耳塞いでんのよ!?」
唯一、先んじて耳を塞ぎ平気なネイトが補足する。
「おそらく、ビナーにとってはタカやハヤブサの鳴き声が俺達でいう『黒板を引っ掻く音』なんだろう。」
「鯨級の音を察知する能力があるならさぞ堪えそうだねぇ。」
そんな音の発生源に好き好んで近づく存在はいないだろう。
となると…
「…だとするとこれも音と関係があるんですかねぇ?」
最後の疑問となるのはこの部分だ。
『天より滴降りし時に大地を固めし礎を運ぶことなかれ さすれば、彼の者は怒り滅びをもたらすであろう』
「天より滴降りし時というのは『雨』だというのは分かりますが…。」
「『大地を固めし礎』って…煉瓦とか?」
「ん…時代を考えると土を固めただけの建材かも。」
「ウイもそう考察している。現にアビドスの古い遺跡からは土を固めただけの日干し煉瓦が出土しているらしい。」
ウイが考察したのは『アドべ』という砂や土に藁を混ぜた太古から使われてきた建材の一種だ。
「それを雨の時に運んだらビナーが怒る…ますます分かりませんねぇ…。」
「雨の当たる音が気に喰わないとかぁ?」
「だったらこの前の砂嵐の時に降った雨で何かしら反応を見せてもおかしくないだろう。」
アビドスでも稀に雨が降る。
が、そのたびにビナーが暴れていたら記録が残っているはずだ。
だとすると…何がビナーの逆鱗に触れるのか。
「土レンガに雨が当たった音…以外に何かがあるのか?」
「でも土なんてどこにでもあるわよね?」
「ウイさんも…そこは不明と解析されてますねぇ…。」
何かあるはずと頭を捻っていると…
「……………あ。」
「ん…ホシノ先輩、何か思いついたの?」
「…ちょっと待ってて。」
ホシノはそう言い、委員会室から飛び出していく。
「ど、どうしたのかしら…。」
「何かこの正体がつかめたんですかね…。」
そう言いつつ、残されたネイトたちが待つこと数分…
「分かったぁー!!!これだぁー!!!」
『ッ!?』
喜びの声を上げてホシノが戻ってきた。
その両手に掲げられていたのは…
「ず、図鑑?」
『よい子のお魚図鑑』とでかでかと描かれた学習教材の一冊であろう結構大きめな魚の図鑑だった。
「見てみてっ!これ!」
それを長机の上にドンと置きホシノが指し示したのは…
「…『アビドスオオハイギョ』?」
「アビドスにこんな魚がいたの…?!」
例えるならウナギとナマズを掛け合わせたような細長い体をした魚だ。
「…これがその正体なんですか、ホシノ先輩?」
「そう、昔から殆ど形が変わらないまま生きてきた古代魚っていう種類で魚なのに『肺呼吸』するの!そして、ほらここ!」
興奮気味にホシノが指さしたこの魚の説明文にはこう記載されていた。
「『乾季には土の中に潜り粘液で繭を作って休眠する』…。」
「『最長で数年間生きられて雨が降るとまた活動を再開する』…。」
「…っそう言うことか!」
ネイトも理解した。
ビナーが怒る…いや呼び寄せるのは日干し煉瓦その物ではない。
「土レンガを作る際に紛れ込んだコイツが雨で活動を再開することがキーか!」
「そう!そしてほら、ここ!」
続いてホシノが指さした箇所には…
「ん…『刺激を受けるとこの魚は時おり鳴き声を上げる』…?!」
「あぁ!だから、運んだ時の衝撃で雨で目覚めたこの魚が鳴いちゃうから!」
「ビナーがその声を聞きつけておびき寄せられるってことですね!!!」
魚としては珍しい『鳴き声を上げる』という生態もしっかりと記載されていた。
つまり、
1,何かの拍子に日干し煉瓦の中に休眠中のハイギョが紛れ込んでしまう。
2,雨が降って休眠が解けたハイギョが活動を再開する。
3,その拍子にハイギョが鳴いてそれを聞きつけたビナーが襲い掛かる。
というプロセスなのだろう。
「ということはこのハイギョを見つけて鳴き声を録音できれば…!」
「ビナーを俺達が待ち伏せしている戦場におびき出せるっていう寸法だ…!」
つまり、これまで懸念されていた『ビナーを待ち伏せしているキリングフィールド』に誘い出す方法が判明したも同義だ。
が、
「…で、どうやったらハイギョの鳴声って入手できるんでしょうかぁ?」
ノノミが首を傾げながら疑問を呈する。
どう考えてもマイナーな魚だ。
ちょっとやそっとで実物が手に入るとは思えない。
「…アビドスのアクアリウムに問い合わせてみるぅ?」
「こうなったらキヴォトス中の水族館に聞いてみましょ。」
「ん…先生にもちょっと調べてもらおう。」
それでも可能性がないわけではない。
しらみつぶし覚悟でこの魚の情報を調べ上げようとする面々。
すると…こちらに向け走って来る慌ただしい足音が聞こえてきた。
何だと思い全員が入り口に視線を向けていると…
「親分、コイツ見てくれ!!!」
番長が何やら大きなクーラーボックスを抱えて扉を大きく開け放った。
「そんなに慌ててどうしたんだ、一体?」
「今日、うちの班ってアイツの偵察に行ってたがそん時にこの前の雨がまだ干上がってないワジの水たまりにすげぇのがいたんだよ!」
何やら興奮気味に抱えてきていたクーラーボックスのふたを開けると…
「見てくれ、コイツ!必死になって捕まえたでっけぇなんかの魚だ!!!」
泥まみれでビチビチとうねっている…ナマズとウナギを掛け合わせたようなフォルムの巨大な魚だ。
「何か分かんねぇけどよ、親分ならうまく料理できんじゃねぇかなって!」
番長は未知の食材を『ゲテモノ』に詳しいネイトに調理してもらおうというなんとも純粋な思いで持ち込んだのだろう。
「やっぱかば焼きかなぁ!俺、一度でいいからうな重腹一杯食ってみたかったんだよ!こいつウナギじゃないけど!」
純粋な声で語る番長だが…
『…………。』
ネイトと復興施策委員会の面々はその魚を見つめた後…
『…………。』
今一度、長机の上に置かれた図鑑の写真を見る。
同じだ。
特徴から体色まで…『アビドスオオハイギョ』とうり二つだ。
その結論にたどり着いた瞬間、
「わああああああああああああッ!!!」
悲鳴に似た絶叫がアビドス高校に響いた。
数分後、
「はぁー…はぁー…!な、何とかなったわね…!」
「さ、幸い…鳴いたような様子はなかったですね…!」
「ん…番長は悪くないけど…最悪のタイミング…。」
「もしこれでビナーが来てたら…末代まで笑いものでしたね…。」
「うへ~…運がいいのか悪いのか分からないよぉ~…。」
そこには息を荒くする復興施策委員会の面々が。
直後、天と地がひっくり返ったような騒ぎとなった一同。
すぐさま番長とアビドスオオハイギョをこの学校で最も防音に優れた放送室にぶち込んだ。
ついでに番長に集音マイクを押し付けアビドスオオハイギョの鳴き声の収録も任せた。
「ぜぇーぜぇー…戻ったぞ…。」
「お疲れ様ぁ、ネイトさぁん…。」
「どうでしたぁ…?」
「スピーカーを何十連も繋げて動画サイトにあったタカやらハヤブサの鳴き声を繰り返させてる…。これで多分来ないはずだ…。」
ネイトもすぐさま部屋を飛び出し砂漠に向け爆音で二種類の猛禽類の鳴声を響かせる装置をクラフト。
騒音で苦情が来るかもしれないが…ビナーが来るおそれに比べたらはるかにましだ。
「…あとで番長に腹一杯うな重ご馳走しなくちゃな。」
「うん、何はともあれ大手柄だもんね…。」
どうやら先日の砂嵐対策にネイトが行った人工降雨。
これによって休眠中だったアビドスオオハイギョが目覚めたようだ。
持って数年の休眠でどうやって生き残ったか疑問だが…
「思えば…二年前にアビドスに記録的な大雪が降ってましたねぇ…。」
「その時に目覚めてたとするなら…計算はおかしくありませんね…。」
アビドスでもごくたまに少量の雨のほか雪も降ることがある。
その雪解け水で復活しまた休眠というプロセスをたどったと考えると何もおかしいことはない。
こうして、ひょんなことながらも…ビナーを呼び寄せる鍵が揃った。
「………話は変わるが、俺がいない間で何か進展はあったか?」
空気を換えようとネイトがホシノ達に尋ねる。
ネイトがいない間も彼女たちによってビナーに関する情報収集は行われていた。
「はい、アビドス高校に配備されているアイボットの全機を出動させ探査を行っていました。」
「アイボットで?」
装置によっては偵察なども行えるアイボットだが本来の用途は資源探査だ。
そのような分野はドローンなどの専売特許かと思ったが…
「ビナーって要はでっかい『金属の塊』でしょ?アイボットを資源探査モードにして場所を探れるんじゃないかと思って。」
「なるほど、『MAD』の要領か。」
「『MAD』?」
「『磁気探知機』、俺の世界でも水中の潜水艦を発見するのに使われていたんだ。」
確かに資源探査モードを用いれば地中に潜むビナーの存在を察知できるかもしれない。
それはまさに砂漠という海の中に潜むビナーという潜水艦を探す対潜哨戒機のようなものだ。
「それで結果は?」
「こちらを見てください。」
アヤネが差し出したタブレットには…
「………反応が二つ?」
「はい、設定は数百t単位で同一の物質がある場所を探知するようにしたんですが…。」
アビドスの砂漠の二か所にとても大きな反応を示した地図が表示されていた。
「…廃墟のビルという可能性は?」
「それはないかなぁ。そこは砂嵐以前から砂漠だったりして建物がない『閉鎖地区』っていう場所だし。」
「一つは砂漠の奥地に微弱ながらも広範囲の反応。そしてもう一つはここ…岩山などがある辺境の地で大きさは小さいながらも強力な反応がありました。」
「このどっちかが…ビナーだと思って間違いないわね…。」
地図に照らし合わせると双方はかなり離れた距離に点在しいかに巨大なビナーだとしても頭と尻尾が確認されたとは考えにくい。
「…ん?閉鎖地区なのに線路が通ってるのか?」
「はい、セイント・ネフティス社の砂漠横断鉄道の支線が接続されているらしいです。」
「ハイランダーから提供された情報なども統合したマップですのでそれが反映されてるんだと思いますぅ。」
「だったらネフティスやハイランダーが何か知ってるんじゃ…。」
「ん…そう思って問い合わせたけど随分前に放棄されてるから現在の状況は分からないって言われた。」
セイント・ネフティス社の鉄道計画がおよそ十数年以上前の話。
そこから現在までの間に放置されてるのであれば…何があっても不思議ではない。
「ひょっとして…ビナーの巣があってちっちゃいビナーがいたりして。」
セリカがそう冗談めかして言って見せる。
が…
「…ありえない話じゃないな。」
「…え?」
ネイトは至極真面目にその可能性を考える。
「ちょ、ちょっとネイトさん。軽いジョークだって…。」
「うんにゃ、セリカちゃん。おじさんも十分あり得る話だと思うなぁ。」
まさかのホシノまでネイトの意見に同調。
「まっ待ってよ!あんなのがまだいるかもしれないっていうの!?」
ビナーが二体いるなど考えたくもない話だが…
「セリカちゃん。…ケテルだってめっちゃくちゃいたんだよ?」
「ッ!」
この場にいるセリカ以外のメンバーが…デカグラマトンの預言者である『ケテル』の大群と相対してきている。
ビナーが…そうでない可能性は捨てきれない。
「…よし、一先ずこの両方の地点は調査対象に加えよう。番長がハイギョの鳴き声を録音し次第、調査の第二フェーズに移行する。」
「…もし二つともビナーだったら?」
「デカい方は範囲が広いうえに微弱な反応だから無理だが…小さい方の反応の強度ならマサチューセッツの砲撃を十二分に叩き込める。そうじゃなかったら現地に言って調査だな。」
「うん、それでいこう。アヤネちゃん、マサチューセッツのCICに至急通達。この座標を伝えてすぐに砲撃できるように戦闘準備。」
「分かりました!」
こうして、ビナー討伐作戦は新たな段階へと進んで行く。
しかしこれが…新たなる『脅威』の登場であることはネイトやホシノ達には知る由もなかった。