『オアシス』というものはどうやって生まれるかご存じだろうか?
様々な要因はあるが多くは『地下水の湧出』である。
地下の水脈が地表近くを通り植物の根が届いたり、雪解け水などの山間部から地中を伝って来た地下水の出口であったりというのもある。
アビドス大オアシスも例にもれず、地下水の湧出で生まれた場所だ。
その規模はおよそ5700㎢以上、愛知県と三河湾がすっぽり入る面積である。*1
そんな巨大なオアシスがなぜ枯れてしまったのか?
原因はまたしても…かつてアビドスを襲った大砂嵐に起因する。
砂漠の砂というものは非常に粒子が細かい。
一般的に砂というものは水捌けがいいと思われがちだが砂漠の砂はその例外と言えるものだ。
粒子が細かすぎるので水が浸透できる隙間がほとんどなく故に水と触れると粒子同士が結着し固まってしまい地中まで水が沁み込まないのである。
逆に海岸などにある砂は粒子の大きさが疎らなので水がとても浸透しやすい。
例えるなら『小麦粉』と『パン粉』、同じ小麦粉だがどちらが水を吸い込みやすいかは言わなくても理解できるだろう。
そんな砂漠の砂が街を埋め尽くすほどの量がオアシスに降り注げばどうなるか?
湧き出す水の力を上回る湖底に積もり固まった砂という重量物の出現によって水の流入量は減少する。
そんな砂嵐が何度も何度も繰り返され…とうとう湧き出す水を完全に封殺するほど砂が湖底に振り積もり固まった。
水の流入が無くなれば後は砂漠という高温低湿な環境によってオアシスはあっという間に涸れるのは当然の帰結である。
オアシスに『あった』水の顛末は先に述べた通り。
…では一つ問いかけをしよう。
オアシスに『入るはずだった』水はどうなったのか?
帯水層から上がる水は決して止まることはない。
押し留められて幾星霜、地上を目指した水は地中の奥底で足止めされ続けてきた。
それは単に何十mも振り積もって形成された一枚の砂岩によって抑え込まれていたにすぎない。
広大なアビドス大オアシスを満たしていた水全てが…だ。
いわば何時弾けてもおかしくないパンパンの水風船のような状態である。
そんな場所にビナーはその巨体を使って…その水風船に穴を穿ったのだ。
その結果…
ドッバアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!!!
均衡が崩れ破局が訪れた。
太さにして優に100m、高さに至ってはその数倍以上はくだらない超大型の水柱が聳え立った。
場所からしてかなり遠い場所だというのにその大きさは遠近感が狂うほどだ。
そして…その水は猛烈な勢いでこちらに大波となって押し寄せ始める。
「なっ何よあれぇッ!!?」
「水ッ!?水が湧き出したんですかッ!!?」
まさかの事態にセリカやハルカは目をひん剥き悲鳴に近い大声を上げる。
ヒナやホシノ、ワカモですらその表情がこわばっている。
「番長、出せ!!!早く行くんだッ!!!」
「合点承知だぁぁぁぁッ!!!」
「ネイトさんは!?」
「殿だ!俺の足ならすぐに逃げ出せる!」
唯一ネイトだけが声を張り上げ番長に発射指示を飛ばす。
M1A4E2 Thumperのエンジンが唸りを上げて走り出す。
戦車にしては快速なM1A4E2 Thumperだが不整地ではその速度は55km/hまで落ちる。
「やばいやばいやばいいいいい!!!あんなの聞いてないよォォォォ!!!」
「アクセルベタ踏みしろッ!!!少しでも緩めたら飲み込まれるぞッ!!!」
「ん…ランチャーや弾体は捨てて少しでも身軽にして…!!!」
他の部隊も必死に湖底から上がろうと走る。
中には予備の弾薬や装備を投棄し少しでも速度を上げようとする生徒もいる。
一番危険な自走砲部隊も…
「万魔殿砲兵隊、大丈夫か!?」
「こっちはいいから早く行って!!!全員巻き込まれたら元も子もない!!!」
素早くエンジンを駆動し脱出作業に入っていた。
押し寄せる水の勢いはすさまじいがまだ猶予はある。
鈍重なフンメル自走砲でも脱出できる余裕はあった。
…だが、
《だ、ダグー!!!急いでイロハの車両を護りに向えッ!!》
突如、指揮官のマコトから直通の無線で急行指示が飛ぶ。
「はぁッ!?何言ってんだ、アンタ!?」
《だっ黙って指示に従うんだッ!!!》
「マコト議長、それは承服しかねます!!!このままでは我々は押し流されるんですよ!?」
アビドス自走砲部隊からはもちろん万魔殿砲兵隊からも正気を疑うような声が飛ぶ。
「こっから戦域まで数㎞離れてると思ってるですか!?そんな余裕は…!」
《いいから向え、議長命令だぞ!》
「死にに行けっていうのが命令か!?第一、万魔殿の戦車長の腕なら…!」
完全に冷静を失っているマコトの声に反論しながらも不審に思うダグー部隊。
確かにこの緊急事態で自分の組織を大事に思う気持ちは分かる。
だが、戦車部隊は自分達よりは安全な上…戦車の扱いを誰よりも心得ているイロハなら既に撤退を開始しているはずだ。
明らかに矛盾した命令だが…
《いいか、イロハの虎丸には…!》
続く言葉を聞いた瞬間、
「マジかよ…!?」
アビドスからは愕然とした声が、
「議長、なんでそんなことをしたんですかッ!?」
万魔殿の生徒からは怒号が上がった。
《ネイトさん、マコトが何か…!?》
「今は無視しろ!!!アイツは上にいるから心配ない!!!」
ダグーと直通無線だったので混線した程度でネイト達には詳細な内容は伝わらなかった。
ネイトはギリギリまで踏みとどまり生徒たちが無事に退避できたか確認している。
車両部隊『タシュテーゴ』やバイク機動部隊『パース』はすでに大半が脱出できている。
M1A4E2 Thumperもなんとか水が到達する前に脱出できそうだ。
だが…
「あぁもう…!何なんですか、あの戦車…反則でしょう…!?」
万魔殿戦車隊のティーガーⅠだけが取り残される形になった。
なにせ重量はM1A4E2 Thumperの3割増しでエンジン出力も比べるまでもない。
しかも足下は不整地の権化ともいえる砂地のためその速度は時速20㎞と非常に遅い。
そんな自分達と対照的に軽快に走り去っていくアビドスの戦車を恨めしそうに眺めるイロハ。
すると、彼女が身体を出しているキューポラの隣にある装填手用のハッチから…
「ねーねーイロハ先輩、一体何があったの?」
イブキが慌てている彼女に状況を尋ねてきた。
「ッ!出てきてはダメです、イブキ…!」
「あっそうだったね。」
イロハはそれを見て慌てて注意する。
そう、本来は…イブキはこの場にいないはずなのだ。
昨日、ブリーフィングのこと。
「何?イブキは居残りだと?」
「あぁ、イブキはここに残ってもらう。」
ネイトとマコト達万魔殿上層部は話し合っていた。
「どうして、ネイトさん?」
コテンと首を傾げネイトに真意を尋ねると…
「それはな、イブキ。君がこの戦いについてこれるとは思わないからだ。」
「え…。」
「ちょ、ネイト社長…!」
何ともドストレートな意見を彼女に伝えるネイト。
「はっきり言う。君は幼すぎる。俺達が相手するのは怪物、君を気に掛けながら戦うのは俺にだって無理と言っていい。」
ネイトの生涯でもビナーは規格外の相手だ。
正直言って今の布陣でも勝利できるかはあって五分五分だと思っている。
これは全員が『戦いに集中』した状態である。
そこに身体も未発達のイブキが組み込まれると…勝率はさらに下がるだろう。
「うぅ…。」
イブキ自身…この場の誰よりも年下で弱いことは自覚している。
だが、それを面と向かって指摘され落ち込んでしまった。
「だっだがイブキにも何かできるはず…!」
イブキを溺愛するマコトが何とか彼女の参戦を取り付けようとするが…
「ではどこに編成するんだ、マコト?」
「ぐッ…!」
ネイトのこの質問で言葉に詰まった。
戦車部隊は彼女にはどの役目も荷が重い。
車両部隊は運転はおろか射手としても能力不足。
砲兵部隊は砲弾を運ぶことすらままならないだろう。
前線部隊は論外と言っていいだろう。
ネイトほど戦いに詳しくないが…マコトも重々理解していた。
「だから、後学のためにイブキは見学だ。」
「見学…。」
「皆の役に立ちたいっていうイブキの気持ちも分かる。だが、それは戦いに参加するだけじゃなくてこの戦いで何かを学ぶことでもできるんだ。」
ネイトも意地悪で行っていないことはイブキにも分かっている。
作戦の成功は元より…イブキの安全も十分に考えての決断だということも。
「だから、『勉強』がこの戦いでのイブキの役目だ。良いな?」
「…うん、分かった。」
「心配するな。アリスやモモイ達もいるから寂しくはないさ。」
イブキが頷いたのを見てネイトも理解してくれたと思い自分の準備へと戻っていった。
…ネイトは理解してくれたものだと思っていた。
だが、
「やっぱりイブキも行きたい!」
「いっイブキ、わがままは…。」
「絶対に邪魔にならないしお手伝いもするから!」
今朝、ネイト達が作戦域に先入りしたタイミングでイブキが駄々をこねて参戦をせがんできた。
「先輩達だって危ないとこ行くのにイブキだけここにいたくない!イブキだって先輩たちの役に立ちたい!」
「いっイブキちゃん、今回の戦いは本当に危険な…!」
「ネイト社長と約束したじゃないですか…。」
サツキとイロハが困ったように彼女を宥めるも…
「イブキだって戦えるよ!マコト先輩がくれた『バンバーン!ちゃん』でびなーなんかやっつけちゃうんだから!!!」
イブキは万魔殿の正式小銃であるHK416『バンバーン!ちゃん』を掲げて宣言する。
ただただ自分も皆の役に立ちたい、その一心だった。
日々イブキの努力を見ている二人もその気持ちは痛いほどわかる。
だが、ネイトが言っていた懸念も十二分に理解している。
なんとかイブキを押し留めようとするサツキとイロハだが…
「よぉし分かった!」
「ま、マコトちゃん…!?」
「イブキも我が万魔殿の一員だ!私の特例で作戦の参加を認めよう!!!」
イブキにダダ甘のマコトが独断でイブキの作戦参加を認めたのだ。
「なっ何言ってるんですか、マコト先輩…!」
ぎょっとするイロハだが…
「いいのっ、マコト先輩!?」
「あぁイロハの意気は十二分に理解した!現場でしっかり学ぶがいい!!!」
「やったー!」
そんな彼女を無視するようにマコトは話を進め、
「イロハ、お前の虎丸にイロハを載せろ!いいか、この場の者以外にはばれるなよ!」
「ちょ、ネイト社長にも言わずに…!」
「少々癪だがアビドスの戦力は強力!社長の作戦も我々の強みを最大限に生かしたものだ!ならば映像よりも前線で肌に感じながら学んだ方がイブキの後学にもよいはずだ!」
こうなってしまっては…もうマコトを止めることはできない。
「…はぁ、分かりましたよ。もしネイト社長にばれた時は先輩が怒られてくださいね?」
「お邪魔するね、イロハ先輩!」
イロハも渋々受け入れ虎丸への搭乗を認めた。
「ちょっちょっと…本当に大丈夫なんでしょうね、マコトちゃん…?」
「案ずるな、よほどのことがなければ我々の勝利に間違いはないだろう!!!」
マコト自身、そう自信満々に述べていたが…
(油断していた…!ネイト社長の言う通り連れてくるべきじゃなかった…!)
この惨状を見てそんなマコトの言葉はとうに霧散している。
「わーッ!!?何あれ!?」
「しっかりつかまっててくださいね、イブキ…!」
一瞬も油断できない戦闘は元より今は戦車丸ごと水没の危機にさらされてた。
イブキも後方から迫りくる濁流に恐怖している。
なんとか離脱したくても虎丸の速度はこれ以上あげられない。
まだ距離自体はあるが決して余裕がある物ではないが…
「こうなっては…虎丸全車へ、後方へ発砲用意…!」
イロハにはとっておきの秘策がある。
素早く虎丸の砲塔を後方へ向け、
「全車、最大俯角…発射…!」
地面を撃つほどの確度で主砲『8.8 cm Kwk 36L/56砲』を発砲。
するとどうだ?
発砲の反動で少々虎丸は加速。
「凄い、虎丸速くなった―!」
「よし、これなら…!全車、全弾撃ち切るつもりで撃ちまくってください…!」
《了解、戦車長!!!》
これに光明を得た万魔殿戦車隊は同様に後方に発砲しながら加速していく。
「なんて無茶苦茶な加速方法を…!?」
流石のネイトもこのぶっ飛んだ加速方法に目を丸くしながらも…
「だが、この様子なら…!」
万魔殿戦車隊以外はすでに離脱済み、イロハたちもあの濁流が到達するまでには脱出可能だろうと判断。
「こちらネイト、これより離脱…!」
殿はこれ以上必要ないと判断し自身も脱出のために動き出した。
だが…
ビキッビキビキッ…!
「ッ!?まずいッ!」
地面に走っていく亀裂を見て全速力で走り出す。
そう、数十年分貯め込まれた水が…『たった』あれくらいの水柱程度で吐き出しきれるわけがない。
はちきれんばかりの水風船に穴を穿とうものなら…その穴は拡大することは自明の理だ。
つまり…
ブッバアアアアアアッ!!!
水の噴出孔は拡大、それはオアシス辺りのあらゆる場所で発生していた。
ネイトがいた場所も例外ではなく周囲から水が噴き出し始める。
しかもこの辺りの地中はビナーが荒らしに荒らしていた。
他所よりも吹き出す水の量が多い。
そしてその亀裂は…
ビキッビキビキッ…!
「そ、そんな…!?」
一足遅いイロハたちが乗る虎丸の場所にまで到達し…
ドブッバアアアアアアッ!!!
虎丸を突き上げる勢いで水が噴出した。
「クゥッ…!」
突然の衝撃にイロハは何とかしがみつき事なきを得たが…
「きゃあああああああッ!!?」
「い、イブキッ!!!」
掴まりが甘く噴き上がった水の場所も相まってイブキが虎丸から宙高く弾き飛ばされて…
「うぐッ!?」
地面に背中から落下。
「い、イロハ…先輩…!」
幸いぬかるんだ地面だったため負傷しなかったが…虎丸はもう手の届かない場所まで進んでしまっている。
「まっ待って…!待ってよぉ…!」
それを見て…涙が溢れた。
立ち上がろうにも地面はぬかるんで思うように立てない。
さらに至る所から自分の身長を優に超える勢いで水が噴き出し始め…
ドドドドド…ッ!!!
濁流も先ほどよりも迫り揺れがこちらまで伝わり始めた。
このままでは…
「やだ…!やだよぉ…!怖いよぉ…!!!」
どうしようもなく怖かった。
逃げようともがいてもちっとも前に進めない。
まるで…自分を決して逃がさないという意思があるかのように。
(どうして…?イブキが…イブキがネイトさんの約束破った悪い子だから…?)
ネイトは自分を危険な目に合わせない様にと居残りをさせていた。
だが…自分はそんなネイトの想いを無視し約束を破ってここに来た、来てしまった。
そして…自分はたった一人取り残されてしまった。
「うぅ…うわああああああああ!!!」
もうどうしようもない、イブキは声をあげて泣き始めるがその声は噴き上がる水の音にかき消され誰にも届くことは…。
………否、
ザバァン!!!
「ふぇ…?!」
水の帳を突き破り…
「イブキ、無事かッ!?」
ネイトが駆けつけた。
数十秒前、
「と、止まってください!!!」
イロハは即座に停車を求めるが…
「無茶だ、戦車長!!!今止まったら泥濘で動けなくなります!!!」
悲鳴に近い反論が操縦手から飛び出た。
言い分は理解できる。
泥濘は戦車最大の敵、いかに虎丸でも足をとられれば一巻の終わりだ。
しかも…もはや戻る余裕はない。
水の噴出箇所はどんどん増えていきとうとうイブキの姿も見えなくなってしまった。
イロハも…そんなこと分かっている。
自分は万魔殿戦車隊の長、部下を守る義務がある。
たった一人のために…部下を危険には晒せない。
それでも…
「だれか…ッ!誰かイブキを…ッ!」
泣きそうな声で必死に無線で呼びかけるイロハ。
その時、
《こちらエイハブ1ネイト、急行する!!!》
無線機から…今一番聞きたかった声が響き渡った。
《ッ!ネイト社長!!!》
「理由はしっかりあとで聞かせてもらうぞ、イロハッ!!!だから今は生き延びろッ!!!」
ネイトは進路を変更、X-02自慢の快速を活かし泥濘始めた大地を疾走している。
まさに偶然であった。
ネイトが撤退を開始した直後、
(ッ!?レーダーに反応が!?)
突然、パワーアーマーに搭載されているレーダーに反応が増えた。
何があったのかと反応が増えた方向、イロハたちの退避方向へと視線を向けると…
「イブキッ!?」
ここにはいないはずの地面に蹲っているイブキの姿がターゲッティングHUDがとらえた。
なぜだ?と疑問がわく前に、
ダッ!!!
進行方向を切り返し一直線に向かい始める。
真相などあとから追求すればいい。
今、自分の目の前でイブキがたった一人取り残されている。
そして、今動けるのは自分だけだ。
ネイトが動くことに…それ以上の理由は必要なかった。
(もうっ…俺の手から誰かが零れ落ちるのは…嫌なんだよ…ッ!!!)
帰還率100%、ネイトの達成条件にして…己に架した戒めのようなものだ。
米中戦争、連邦…そこで自分はどれほど仲間を失った?
そして…目の前で自分は愛する者たちを失った。
もうあんな思いをするのはまっぴら御免こうむる。
だからせめて、この第二の人生では誰一人仲間を失いたくない。
元軍人とは思えないほど甘ったれた考えだというのは重々分かっている。
それでも…
(間に合えッ間に合ってくれッ!!!)
全速力で駆け抜けるネイト。
既に進行方向のいたるところで水が噴出し始めているがそれを躱し…
「イブキ、無事かッ!?」
「ふぇ…?!ネッネイトさん…?」
「全く聞かん坊な子だっ!さっさとここから出るぞ!!!」
砂まみれのイブキを抱え上げ、
(帰ったら直してやるからな…!)
背中のスカラベの中央パーツを分離させ足に括り付ける。
もうこの辺りは泥濘が深刻化している。
少しでも動けるようにかんじきの代わりにしたのだ。
そして、
「アヤネ、上からナビゲートしてくれッ!!!」
《了解しました!》
上空のドローンからの誘導を受け脱出を図る。
かんじきを装着しているため速度はだいぶ落ちるがそれでも一歩一歩前進し続ける。
だが、
《そこを左に!》
リアルタイムでアヤネが指示を飛ばすも、
ドッバアアアアアアッ!!!
「クゥッ!」
「きゃあッ!?」
噴き上がる水がその行く手を遮る。
出始めたばかりの水圧はティーガーⅠですら浮かす水圧だ。
まともに踏み抜けばX-02では弾き飛ばされる。
「こっちか…!」
すぐに水が噴き出していない箇所を見つけ走り出すが…
ドドドドド…ッ!!!
いよいよ濁流がそこまで近づいていることが振り向かずとも振動で分かるほどとなっていた。
そして…岸までの道のりはまだ半分以上残っている。
「………。」
「ネイトさん…ッ!」
イブキを救うためネイトは決断を迫られる。
僅かな逡巡の後、
「…こちらネイト。アヤネ、もう大丈夫だ。」
ネイトは足を止めアヤネに無線を飛ばす。
《だ、大丈夫ってどういうことですか!?》
「もう間に合わない。どう急いでも…俺達は濁流にのみ込まれる。」
そんな弱気ともいえるネイトの無線に…
《何を言ってるんですか、貴方は!?イブキちゃんを抱えてるんですよ!?そんなこと言ってる暇があるなら走ってください!!!》
アコは怒った声音で檄を飛ばす。
だが、
「誰が諦めるといった、天雨アコ?」
《なんですって!?》
「安心しろ、俺もイブキも必ず帰ってくる。だから…少しの間頼むぞ。」
不敵な笑みを浮かべているのが分かる声でアコにそう返答すると…
《…分かりました、幸運を祈ります。》
覚悟を決めたアヤネがそう短く返す。
《あ、アヤネさ…!》
「ネイト、アウト。」
何か言いたげなアコの声をシャットアウトするようにネイトは無線をオフにし、
「…いいか、イブキ。よく聞いてくれ。」
「うん…。」
「必ず君を連れて帰ることを約束する。だから…俺を信じてほしい。」
腕の中のイブキに向って優し気にそう語りかける。
イブキも、
「…分かった。イブキ、ネイトさんを信じる…!」
恐怖に震えながらもネイトのアーマーを握りしめて見つめるのだった。
―――――――――――――――――――――
「アヤネさん、どういうつもりですか!?」
ネイトとの通信を切ったアヤネにアコは食って掛かる。
「あのまま走り続ければ間に合ってたかもしれないんですよッ?!」
ネイトのパワーアーマーの足の速さはアコも知るところ。
立ち止まらず走り続ければあるいは…。
「確かに彼なら無事でしょう!!!ですが今はイブキちゃんを…ッ!!!」
例え日々敵対している万魔殿の議員とはいえ幼いイブキが危険にさらされることなどアコも望んでいない。
今にも胸ぐらを掴みそうになるアコだが…
「落ち着いてください、アコさん!!!」
「ひっ…!?」
まさに『鬼気迫る』とはこの事か。
その一喝でアヤネはアコを黙らせた。
「あの状況で『かも』という可能性にかける危険性を理解しているんですかッ!?」
「き、危険性…!?」
「逃げ切れなかった場合を想定していますか!?あの状態では間に合うか五分五分…いえそれ以下の可能性しかないんですよ!?」
ネイトに及ばないまでもナビゲーターとしての経験は積んでいるアヤネ。
そんな彼女をもってして…ネイトたちを脱出させることは非常に困難だった。
数秒前の指示がすぐに使えなくなり次の指示を出す前にどんどん手段は減っていく。
ナビゲートしていたアヤネだからこそ言える意見だ。
「だからネイトさんは賭けたんです!脱出できずに飲み込まれるより『手立て』を用意して飲み込まれる方にっ!!!」」
あのまま走っても間に合う保証はない。
その場合は何の対策も出来ずに濁流がネイトたちを飲み込むだろう。
ネイトなら十二分に生き残れる可能性はある。
なにせX-02を纏い生身であっても水中で呼吸できる規格外の存在だからだ。
だが…彼に抱えられたイブキにそれが耐えきれるわけがない。
だから、あえて立ち止まった。
二人とも生きて戻るために、その策を弄するために。
「ネイトさんは絶対に諦めません!!!全員連れて帰る約束を絶対に違えるわけがありません!!!」
「あ、アヤネさん…!?貴方、何を言って…!?」
普段の彼女らしからぬ迫力にアコがたじろいでいると…
「~ッ!!?アヤネの姐さんッ!!!アル社長の部隊がっ!!!」
『ッ!?』
さらなる凶報が二人の間に舞い込んだ。
ほんの少し前、ガウスキャノン部隊『フェダラー』陣地にて…
「あいつ、とんでもない事やらかしたわね…!」
遠方にいたアルは噴き上がる水柱に圧倒されていた。
あの短時間で…ビナーは完全に盤面をひっくり返した。
アビドスとゲヘナの包囲網は完全に崩壊し立て直すのにも相当な時間がかかるだろう。
ならば…
「ビーコンの反応はッ!?」
「反応では奴はすでに地上に出現しています!!!」
「再装填を急いでっ!!!今、ビナーを仕留められるのは私達だけよ!!!」
ビナーを屠れるのは自分達ガウスキャノン部隊『フェダラー』のみだ。
撃ち込まれたビーコンの反応は補足できている。
動きは直線的、外しようがない。
(次の一撃ですべてを決める…!この戦いに終止符を…!)
三度目の正直、アルは全神経を注ぎ次弾が装填されるのを待つ。
…だが、アルはこの言葉を忘れてしまっていた。
ザバァン!!!
「………え。」
『二度あることは三度ある』。
ビーコンの反応とは全く違う水面。
そこから…ビナーが顔を飛び出させた。
そして、その口はすでに熱線砲の発射態勢に入っていた。
「たっ退避…!!!」
次の瞬間、
カッッッ!!!!!
アル達を…光の奔流が襲った。
皮肉にもそれとほぼ時を同じくして…
「しっかり掴まってろよ、イブキッ!!!」
「うんッ!!!」
僅かな時間だがあらん限りの手立てを用意したネイトとイロハの眼前に…
ドドドドドッ!!!
パワーアーマーを容易く呑み込む高さの濁流が迫っていた。
「そんなッ!!!駄目だ駄目だ駄目だッ、そんなッ!!!」
マコトはドローン越しにその光景を見て悲鳴を上げる。
彼女が誰よりもかわいがってきたイブキに絶体絶命の危機が迫っているというのに何もすることができない。
声すら届けることができない。
そして…次の瞬間、
ドワォッ!!!
「いっイブキいいいいいいいいいッ!!!」
二人を膨大な濁流が呑み込んだ。
神は我々をあざ笑っているのだ…!人に死の恐怖を植えつけ…命に縛りつける。俺には見えるぞ…!白鯨の目を通して俺をあざ笑っていやがる…!
―――『白鯨』よりエイハブ