あと前回は短編とか言いつつ過去最高の文字数となっております
……まぁいっか!
An Act in the Garden of Angels
ビナーの討伐と列車砲シェマタ破壊という二大作戦の大規模動員が終わったアビドス。
当然、動員された人員は元の所属に帰ることになる。
それには当然…
「んッん~…あぁ~…帰って来れたなぁ…。」
「何度も通った道だってのに…なんだか違って見えらぁ…。」
「こんなに清々しく帰ってくるのは初めてだ…!」
トリニティのスケバン集団である『七転八倒団』も含まれており、現在はW.G.T.C.所有の車両に揺られ帰路についている。
全員の表情はとても誇らしく晴れやかだ。
「アタシら…本当にあの戦いに参加したんだなぁ…。」
このトリニティではぐれ者である自分達が…
「他の皆がいたからだけど…勝つことができたんだな…」
かつて、同じ学校の同胞にすら疎まれていた自分達が…
「あんな化け物相手に…挑んで活躍できたんだよな…。」
そんな自分たちが…ビナーの討伐に携わり成果を上げたのだ。
話には聞いていたが…間違いなく怪物と言っていい相手だ。
自分たちのようなちっぽけな存在にどうこうできるはずがない…そう思わせるほどの相手だった。
だが…それでも自分たちも参戦し勝利に貢献できた。
かつての自分に話しても絶対に信じてはくれないに決まっている。
いまいち実感がわいていないそんな彼女たちに…
「そうだぞ。皆がいたから俺達は勝てたんだ。誰一人欠けても決して勝てなかっただろう。」
車を運転中のネイトが七転八倒団に改めて称賛の言葉を贈る。
おべっかでも何でもない。
共にビナーと戦った戦友として短くも惜しみない称賛だった。
「…へへッ、これでシスターさんたちにも胸張って報告できるな…!」
「なんたって『アビドス解放の英雄』のお墨付きだ、ティーパーティーにだって文句は言わせねぇ…!」
「そうさ、あんな連中よりアタシらすげぇことやってのけたんだ…!」
その言葉に七転八倒団の全員の表情に自信が漲った。
「さぁて、そろそろつくぞ。全員、胸を張って凱旋と行こう。」
『了解っ!!!』
そうこうしているうちにW.G.T.C.の車列の前にシスターフッドの本拠地である『大聖堂』が見えてきた。
しばらくし、
「ネイトさん、ご無事だったんですね…!」
「あぁマリー、君やサクラコの祈りのおかげでな。」
ネイトは大聖堂の中に通されマリーと対面していた。
「それで…七転八倒団の皆さんは…?!」
「今は寄宿舎に戻っている。他のシスターたちに囲まれて土産話をせっつかれて嬉しそうに話してたよ。」
「まぁ…本当にお約束を…。」
「うん、ちゃんと七転八倒団『全員』を『俺』が連れて帰ってきたぞ。」
「ふふっサクラコ様もお喜びになるでしょう。さぁこちらへどうぞ。サクラコ様やシスターヒナタもそろそろお戻りになられるでしょうから。」
「失礼する。」
マリーに促され大聖堂にある休憩室に通されるネイト。
「どうぞ、サクラコ様や先輩方に比べるとうまく淹れられてませんが…。」
「これはどうも。…うん、旨いよ。さすがはお嬢様学校。お茶の淹れ方もばっちりだな。」
「まぁ、お上手ですね♪」
席に着き彼女が淹れてくれた紅茶を楽しんでいると…
「「………。」」
突然、ネイトとマリーが互いに顔を見合わせ二人の間に沈黙が流れ…
「あのネイトさん…。つかぬ事をお聞きしますが…。」
「うん、実は俺もマリーに聞きたいことがあってな…。」
双方、相手に何やら思うことがあるようで…
「私達…どこかでお会いしたことあります?」
「実は俺もなんだかマリーと初対面じゃない気が…。」
傍から聞くと新手のナンパかと言いたくなるような話題になった。
言うまでもないが…ネイトとマリーは数日前に出会ったのが初めてだ。
なのに…
「ちなみにアビドスに来たことは…。」
「いえ、アビドスへ出かけたことは記憶には…。」
「だよな…。俺もトリニティに来たのはこの前が初めてだし…。」
互いに年齢も性別、ヒトとキヴォトス人というくくりでは種族も違うのに初対面から言いようのない既視感を覚えている。
「う~ん…なんだかなぁ…。」
何やら腑に落ちない様子のネイトだが…
「きっとこのような奇妙な縁も主の思し召しです。私は貴方との出会いを大事にしていきたいと思っていますよ、ネイトさん。」
「…そうだな。俺も新たな知己ができたことは嬉しいことだしそう思うことにするよ。」
信心深いマリーの言葉を聞きあまり深く考えることを止めることにした。
すると、
「お待たせしました。ネイトさん。」
「やぁサクラコ、『約束』はしかと果たしたぞ。」
「フフッ…貴方なら『約束』を全うしてくださると『信じて』いましたよ。」
お付きのシスターフッドの生徒を数人連れたサクラコと、
「ネイトさんっ、無事にお勤めを成し遂げられたんですね…!」
「ありがとう、ヒナタ。忙しそうなときに呼んでしまったかな?」
作業中だったか少々汗をかいているヒナタがやってきた。
「物品の整理をしてまして…汗をかいたまま来てしまい申し訳…。」
「いや、突然やってきたのは俺なんだから謝らないでくれ。それにしても…物品の整理とは大変そうだな。」
なにせ、ここはトリニティでも歴史の深いシスターフッドだ。
その物品ともなれば量もさることながら価値も凄いものになるだろう。
「シスターヒナタはいつも頑張ってくれていますよ。今日も古い時代の『甲冑』が出てきたとか…。」
「か、環境整備の『草むしり』をしていましたら他のシスターからそのような報告があったので…。」
と何ともシスターフッドらしい話を聞いていると…
「草むしり…?」
突如…
「甲冑…。」
ネイトとマリーの脳内にあふれ出した…
「「………ッ!?」」
存在しない記憶―――
『フルルルルルルァーイ!』
『おぉ、今日もたくさん取ってきたな。はい、これ今日の分の報酬。』
『ィィィィィィヤァァァァァアッハ!!!』
「「…………?」」
「あっあの、ネイトさん?どうかしましたか?」
「えッ!?い、いやなんでもない…。」
「マリーまでぼぉッとして…ひょっとしてお疲れですか?」
「だっ大丈夫です、サクラコ様…。少し物思いに…。」
同時に首を傾げ固まった二人にサクラコとヒナタも心配そうに声をかけるがすぐに調子を取り戻したネイトとマリーであった。
「ま、まぁそれよりも…今回の件を話そうと思ってな。」
「簡単な話は七転八倒団の方々から聞いています。とても大変な『旅』だったようですね…。」
「あ、お怪我はありませんでしたか?」
「少し意識を失うようなことはあったがヘルメットを被ってて目立った怪我はないから安心してくれ、ヒナタ。」
二人も席に着きサクラコの言うところの『旅』について話し始める。
話せない部分もあるが…
「まぁゲヘナの方々と共に…。」
「彼女たちにも戦える力を付けさせた方がいいと思ったがまさかとんでもない化け物が出てくるとは思わなくてな…。」
「それはとても大変な出来事だったんですね。」
『ゲヘナとの演習準備中にビナーが襲来』というカバーストーリーの範疇でサクラコ達にも事の次第を説明する。
無論、サクラコもネイトがすべてを話しているわけではないことは察している。
それでも…まるで本で読んだ大活劇のようなネイトの話に目を輝かせて聞き入ってくれていた。
「ひょっとして…ゲヘナと関わるのはトリニティ的に拙かったか?」
「ご心配なさらず、ネイトさん。確かに以前よりトリニティとゲヘナは犬猿の仲、よく思っていない方々も大勢いらっしゃいます。」
ネイトの問いかけにサクラコはゲヘナとの関係の悪さを上げるも、
「ですが、それでも…そんな因縁があろうとそれを乗り越え互いに手を取り合い何かを成し遂げることはとても尊い行いに違いありません。」
今回のように一致団結し行動した事を称賛してくれた。
エデン条約が締結される前にトリニティとゲヘナがこのようなことが起こったなど誰も信じないだろう。
「アビドスの皆様がその懸け橋になってくださったのは私共にとっても非常に良い刺激と吉兆になると思います。」
それをアビドスはやってのけた。
政治には関わらないことを信条としているサクラコだが笑みを浮かべ…
「ありがとうございます、ネイトさん。七転八倒団の皆様がトリニティの歩むべき未来を示す先駆けとなるきっかけをくださって…。」
ネイトと七転八倒団に明るいトリニティの未来を見るのであった。
「そうか。そう思ってくれるんだったら彼女たちを連れて行った甲斐があったよ。」
その言葉を聞き、ネイトも少し肩の荷が下りたようだ。
「よ、蘇ったアビドスのオアシス…私も一度伺ってみたいです。」
「だったらちょうど古書館のウイがアビドスに来る予定があるから便乗してきたらいいんじゃないか、ヒナタ?護衛も必要だろうしな。」
「よ、よろしいのですか?」
「アビドスだと観光地にしようかっていう話も出てるんだ。シスターフッドがやってきたとなれば箔が付くってものさ。」
ひょんなことから蘇ったアビドス大オアシスをホシノ達もこれをどうすればうまく活かせるか模索中だ。
トリニティの一大勢力のシスターフッドが訪れたとなればいい宣伝になるはずだろう。
「サクラコ様…。」
そんなネイトの申し出を聞きヒナタはおずおずとした様子でサクラコに視線を向けると…
「フフッ、シスターヒナタ。たまにはそのような場所に『お出かけ』することも大切ですよ?」
笑顔でヒナタがアビドスを訪れることを推奨するのであった。
「わぁ、ありがとうございます!」
「よかったですね、シスターヒナタ♪」
花が咲いたような笑顔を浮かべるヒナタにマリーも笑顔を浮かべる。
…が
(そのような激戦が繰り広げられた戦場にシスターヒナタを…!?)
(これはつまり…アビドスとゲヘナの戦いぶりを実地で推し量るための潜入任務…!)
(さすがはサクラコ様…!シスターフッド内でも重鎮のシスターヒナタにその任を任せるとは…!)
(もしこれが達せられれば…ティーパーティー相手に情報戦で優位に立てる…!)
(さすがはサクラコ様…!熱砂の猛将すら手玉にとる深謀…感服いたしますわ…!)
お付きのシスターたちがまた何やら深読みしている。
「………サクラコ、君も苦労しているようだな…。」
「はい?」
ネイトも何やらかなりのすれ違いが起きていることを察しサクラコの苦労を偲ぶのであった。
その後もしばしの間ネイトたちはビナーとの戦いについて語らい…
「本日はとても心躍るお話をどうもありがとうございました、ネイトさん。」
「いやいやサクラコ、こんなおじさんの話に付き合ってくれてこっちが礼を言いたいよ。」
そろそろアビドスに帰らなければならない時間になり大聖堂の前でネイトを見送りにサクラコ達もやってきてくれた。
「ぜひまたお気軽にいらっしゃってください。『お喋り』や『見学』でも私共はいつでも歓迎いたしますよ。」
「あぁ、今度来るときはアビドスの皆や娘を連れてきたいものだ。」
「ふふっアリスちゃんにお会いできる時を私も心待ちにしていますね♪」
「きっとアリスもマリーと仲良くなれるはずさ。ヒナタもこっちに来るときは一声かけてくれ。アビドスはきっと君を歓迎するはずだ。」
「は、はい!オアシスを訪れる日を楽しみにしています!」
再会とアビドスへの来訪の約束を交わしネイトは大聖堂を後にするのであった。
「いやはや…あの誤解されっぷりは天性の物だろうな…。…あ、そういえばサクラコに相談する事が…まぁ次の機会でいいか。」
車両に戻る道中、おそらくそのままの意味を深読みされまくっていたサクラコのことについてあれこれ考えるネイト。
「しかし…どうしてマリーにあんな既視感を覚えてるんだ、俺は…?」
さらにマリーとの謎の感情のシンクロについて考えていると…
「あ、ようやく戻ってきましたね!」
「ん?」
車列のそばに来るとなんとも元気な声を掛けられそちらに視線を向けると…
「貴方がティーパーティーの追跡を振り切って七転八倒団の方々と逃走した方ですね!」
淡い青と紫のボリュームのあるツインテールをした星形のヘイローを頂いている少女がいた。
その背後には苦笑を浮かべている同行してくれたアビドスの生徒達がいる。
「あぁ~…ひょっとしてこの前のことか?」
一応身に覚えがあることなのでそう答えると…
「やっぱり!更生の兆しが見えてきたとはいえ市内暴走は見逃せませんよ!」
こちらに指をさしながらあの日の出来事を諫めてきた。
「まぁ、こっちにも事情があったんだ。それで君は?」
「申し遅れました!私、トリニティ自警団のエース『宇沢レイサ』ですッ!!!」
目の前の少女、『宇沢レイサ』はまるで特撮ヒーローのようなポーズをビシッと決める。
「ほぉ自警団か。なんとも懐かしいワードだ。」
「むむっどういう意味ですか?」
「これでもここに来る前は自警団のまとめ役をやってたんだ。」
「なんとっ!?ということは貴方は私達の大先輩なんですか!?」
目の前の大人がまさかの自分たちと同じ自警団に勤めていたと知りレイサも目を丸くする。
「なに、そんな大したものじゃないさ。そうか、君のような子も頑張ってるんだな。」
「えっえへへ~それほどでも~♪」
「自己紹介が遅れた。俺はW.G.T.C.代表取締役社長兼アビドス高校用務員のネイトだ。よろしくな。」
「はいっよろしくお願いしますね、ネイトさん!」
ネイトも自己紹介とレイサとの握手を交わし…
「では、若き自警団員君よ。トリニティの治安維持頑張ってくれ。」
「はいっ!今後も頑張っていきます!」
すれ違いざまに応援の言葉を掛けられレイサもそれに答えビシッと敬礼の姿勢をとるが…
「では俺はこれで帰らせてもら…。」
「………ちょちょちょッ!?まだ話は終わってませんよ!?」
慌てて駆け寄りネイトの手を取って引き留めた。
「むっ引っ掛からなかったか。それでレイサだったか?今日は一体どういった用だ?」
「それは~…!」
逃がしてはもらえないようなのでネイトも立ち止まって用件を尋ねるとレイサは背負っていたリュックから…
「挑戦状を!受け取ってー!くださいっ!」
『挑戦状』という文字と怒り顔の簡単な猫のイラストと星が描かれた封筒をネイトに差し出した。
「挑戦状?…なるほど、決闘の申し込みか?」
ネイトが知る所作とは違うがこの封筒の意味を問い返すと…
「ハイッ!勝負です!」
レイサは元気に返事をした。
それを聞き、
「フム………いいだろう。」
「ッ!」
ネイトの目に鋭さが宿り一瞬で変わった雰囲気にレイサは息をのんだ。
「だが、生き死にを賭けるわけにはいかない。使うのは互いにペイント弾一発だけ、それでどうだ?」
「はっはい!」
「よし、じゃあこれを使うといい。」
レイサに普段訓練で使うショットガン用のペイント弾を渡し自らはウェスタンリボルバーに同様の44マグナム弾を装填するネイト。
レイサも愛銃であるDP-12『シューティング☆スター』にシェルを装填した。
そのまま二人は10mほど距離をとり…
「誰か合図を頼む。」
「うっす!じゃあアタシが空薬莢を投げっからそれが落ちたら合図でどっすか、アニキ!?」
「あぁ、構わない。レイサは?」
「わっ私もそれで構いません…!」
「よし…。」
合図も決まり、ネイトはレイサを見据え右手をホルスターに収めやウェスタンリボルバーに添える。
たったそれだけの動作だったのに…
「うぅ…ッ!」
レイサは後ろに下がりたくなった。
今まで幾多もの不良やスケバン相手に戦いを繰り広げてきたが…
(こ、こんなプレッシャー…ッ!!!スズミさん…いいえ、風紀委員長クラスの…!)
今のネイトから伝わるプレッシャーだけで…尊敬する自警団の先輩以上の戦闘能力を感じ取っていた。
勝てる気が…しない。
それでも…
「まっ…負けません…!」
退きたくなる足を必死にこらえ…ネイトと対峙する。
「…フフッ、勇敢な自警団員を見るのは…いつどこの世界でもいいものだ…。」
そんな彼女の姿にネイトは懐かしさを覚えていた。
そして…
「いいか!?…行くぞッ!」
隊員によって薬莢が投げ上げられる。
薬莢はある一定の高度まで上がり…今度は地面に向け真っ逆さまに落下する。
時間にして数秒だろう。
直後、
チャリィン
薬莢が地面に落ち甲高い金属音が鳴り響いた。
「ッ!!!」
レイサは素早く『シューティング☆スター』の銃口をネイトに向けようとする…が、
ズドォンッ!!!
「うぎゃっ!?」
ネイトが腰からウェスタンリボルバーを抜きクイックドローで彼女のおでこに二発のペイント弾を叩きこむ方が早かった。
訓練用に実弾と近い弾道特性を持つ代物だ。
衝撃もかなりありレイサは腰を地面に落とす。
「…悪くない…がまだまだ粗削りだな。」
ウェスタンリボルバーをホルスターに戻しネイトは茫然としている彼女に歩み寄り、
「立てるか、レイサ?」
レイサを立たせるために手を差し伸べ、
「うぅ…ハイ…。」
「ほら、これで顔を拭くといい。」
「ありがとうございます…。」
ハンカチを渡し彼女の顔を綺麗にさせる。
「凄い早撃ちでしたね…!」
「なに、練習を重ねればできるようになるさ。」
「練習…私、もっと強くなれますか…?」
ほんの数秒にも満たない戦いだったが…レイサはネイトとの差を歴然に感じていた。
自警団のまとめ役を務めていたということにも納得がいく。
今の自分がそこまでたどり着けるか、彼女は不安を覚える。
「それは何とも言えないが…そのガッツは忘れるなよ、レイサ。」
ネイトはそう浅く笑いながら…
「これを君にやろう。」
「わっと?!これは…?」
レイサに自分の名刺とキャンディを渡し、
「今度、決闘や訓練がしたければ連絡してアビドスに来るといい。うちにはまだまだ強い奴がわんさかいるぞ。」
再戦と訓練の約束とアビドスの並み居る強者たちの存在をレイサに伝える。
アビドスの強者の存在とまたネイトと決闘ができると分かり…
「………ハイっ!その時はよろしくお願いします!」
レイサの表情も明るくなった。
「それじゃ俺はこれで。また会おう、レイサ。」
「分かりました!さようなら、ネイトさん!」
改めて再会を約束しネイトは車両に乗り込みアビドスへと帰還するのであった。
「………よぉし、次にまた会うときのために『キャスパリーグ』に決闘を申し込みに行きますか!」
レイサはネイトがくれたキャンディを頬張り研鑽のため走り出した。
帰路の道中…
「………あれくらい真っすぐに来ればいいものを…。」
流れる風景を見つつネイトはそう独り言ちるのであった。
A New Day in Gehenna
ある日のゲヘナの風紀委員会が保有する留置所にて…
「ふぅ…空が眩しいですわ…。」
「ようやく釈放されましたね。」
「やっとまともなご飯が食べれる~。」
「不味くはないけど量が足りないもんね。」
先日、ネイトが講じた一計によって捕らえられていた美食研究会が釈放された。
さすがに拘束中の食事は彼女たちには味も量も物足りずやや不満げである。
なので…
「それでは…出所祝いにあの場所へ参りましょうか、皆さん。」
「ウフフッあの時に食べ損ねた分、今日はたっぷりいただきましょう♡」
「わーい!じゃあ早く行こ!今ならちょうどいい時間だし!」
「今日はちゃんとできてたらいいなぁ…。」
そのフラストレーションを発散すべく早速ある場所へ向かうことに。
それは…
「フウカさん、待っていてくださいまし!今お迎えに参りますわ!」
先日簀巻きにして連れ去ったゲヘナ給食部部長フウカがいる食堂である。
美食研の一行はそのまま誰に遮られるでもなく食堂へ直行。
だが…
「あら?これは一体…。」
「なんだか様子が…。」
「いつもより賑わってるね…。」
「どうなってるの…?」
食堂に近づくにつれ違和感に気付き始める。
ゲヘナ給食部、フウカの腕は中々のものだが…問題はゲヘナの生徒数に対する部員の少なさだ。
それこそ数千人の昼食を実質的に一人で作るという狂気の沙汰だ。
なので…クオリティも落とさねばならず味に関する苦情も多い。
しかし、
「いやぁ…今日も美味しかったぁ…。」
「ホント、私お替りしちゃったよ。」
「それに暴れる人もいないから来やすくなったよねぇ。」
食事を済ませたであろう生徒たちの表情は満足げだ。
さらに普段なら聞こえてくるような喧騒もあまりない。
「何かあったんですかね?」
「あ、ひょっとして新入部員が大勢入ったとか?」
「いや、今までどんな好条件で応募かけても誰も入らなかったじゃない。」
「…ともかく参りましょう。」
今までにない変化にハルナすらも緊張しながら歩を進める。
そして、食堂にたどり着いた美食研の面々が目の当たりにしたのは…
「コロッケ揚げたて入りましたー!」
「肉うどんセットお待ちの方ー!」
「フウカ部長、Bランチが次のロットで最後です!」
「分かったわ、食券機を切り替えておいてちょうだい!」
「こっこれは…!?」
厨房内や食堂内を多くの給食部の塗装がされたロボットが動き回り、厨房でフウカが忙しないながらも充実した表情でフライパンを振るい調理していた。
「あ、あのロボットって確か…?!」
そのロボットにハルナたちには見覚えがあった。
と、少々茫然としている美食研の面々の前に、
「いらっしゃいませ!食券を購入して列にお並びください!」
「あ、はい分かりました。」
テーブルを片付けていたロボット…Ms.ナニーがそう声をかけられ彼女たちも列に並ぶことに。
普段なら行列を蹴散らしてでも食事にありつこうとするところだがあまりに変わった食堂の景色に見入っていた。
そして食券を購入しそれを渡す際、
「ごきげんよう、フウカさん。」
「あっハルナに美食研の皆、いらっしゃい!出所したのね!」
「えぇ先程。それにしても少し見ない間に随分…。」
ちょうどフウカが近くにいたので声をかけるも、
「ごめんなさい!あとちょっとで山場超えるだろうから話はその時に!」
「あ、ハイ…。」
まだ忙しそうでまた別の場所に向かっていった。
ハルナもこれには素直に応じるしかないのでそのままランチを受け取り席に着く。
「なんだか…賑やかなせいか調子が狂いますね…。」
「ま、まぁ早く食べちゃお!せっかくの出所初めてのご飯なんだし!」
「そうね。ほら会長も何時までもボォッとしてないで。」
「し、失礼しました。では、いただきましょう。」
『いただきます。』
何はともあれ出所後初の食事だ。
全員手を合わせてから食べ始めると…
「ッ!美味しい…ですわ…!」
「いつもならここまでのクオリティは…!」
「ん~!このコロッケ、サクサクでほくほく~♪」
「すっごい!フウカ攫って作ってもらった時の味よ!」
味にうるさい筈の彼女たちが味の良さに目を丸くしていた。
フウカの腕の良さは知るところだがそれはあくまで集中した状態でである。
このマンモス校であるゲヘナ学園の給食を作る際には仕方ないとはいえ味のクオリティが落ちることはハルナたちも知っている。
だが、今食べたこの料理の味は…まさしくフウカの腕だからこそ為せる味だ。
「ホント美味しい!…あれ、ハルナ?固まっちゃってどうしたの?」
「いっいえ大丈夫ですよ、ジュンコさん…。」
「アカリまで。食べないんだったらアタシがそのコロッケ貰…。」
「だっ駄目ですよ!これは私の食事なんですから!」
一瞬固まっていたが奪われてはたまらないとハルナとアカリも箸を進めていく。
しばらく食べ進んでいると…
「どう?前と比べたら結構美味しくなっている自信はあるけど?」
客足が落ち着き余裕ができたのでフウカがハルナたちの元へやってきた。
「あの…ハルナさん。随分給食部のご様子が様変わりしているようですが…。」
「それにあのロボット、私達もとても見覚え有るのですが…。」
ハルナとアカリがそこら中にいるMs.ナニーについてフウカに尋ねると…
「あぁ、それはね…。」
フウカがこの状況の説明を始めてくれた。
先日のW.G.T.C.所属のロボットソルジャー部隊が派遣された日。
そのタイミングに乗じ、フウカが以前ネイトから提案されていたリース契約のロボット達が送り届けられていたのだ。
その数…30機におまけの6機の計36基の大型契約だった。
「なるほど…どうりで以前ネイトさんの所で見たロボットだったわけですね…。」
「凄いのよ。一機一機が軽く私くらいの速さで調理できるし味付けも完ぺきなの。」
「そ、それはすごいね…?!」
「フウカが30人以上なんて信じられないわ…!?」
フウカの発注としてはとにかく作業効率の向上を主題としたカスタムが求められた。
そこでネイトはMs.ナニーのボディに『ヌカ・マスコット腕』を装着した。
このモジュールは『Mrハンディ』型の特徴ともいえる3つのアイセンサーと併用して装着ができ360°を見渡せる視野の広さ+スラスターアームも併せて5本の腕による作業を実現することが可能なのだ。
これにより実質的に一機で人の3.5倍以上の効率化に成功。
元よりゲヘナの食卓事情を担っていたフウカに十分ついていくことができた。
「いやぁ最初はどうなるかって心配だったけどあの子たち同士でも連携してくれて今じゃ余裕をもって料理を作り終えられてるわ。」
結果としてフウカ自身の作業効率も飛躍的に向上、その分料理のクォリティを上げることもできた。
元は大所帯のW.G.T.C.の作業現場の飯場を担当しているロボットだ。
これだけいるならばゲヘナの食卓事情を賄うのは可能であろう。
さらにゲヘナ給食部の変化はロボット達だけではない。
「他にもね、修理された業務用調理器具も格安で卸してくれたのよ。大なべや鉄板とかフライヤーにお米も炊ける大型のガスオーブンまで。」
今まで欲しくても導入できなかった大型の調理機器、これもネイトとの関係を築けたことにより廃墟からの掘り出し物を仕入れることもできた。
ちなみに…かつてはフライパン一個で目玉焼き4000人前焼くという無謀としか言えない暴挙をするよりほかなかった。*1
しかし、
「でも大丈夫なの?ネイトさんって優しいけどきっちりするところはきっちりする人だし。」
「確か給食部の予算もそこまで余裕があるわけじゃなかったんじゃないですっけ?」
「…その一因を担ってるあんたたちがそれを言うの?」
イズミとアカリが言うように給食部の懐事情は決していいとは言えない。
予算も諸事情で削られ日々の食材を買うためにやりくりに苦労しているのはよく知っている。
そこに来てネイトとのこの大型リースと機材導入。
とてもじゃないが給食部にどうにかできる負担ではないはずだが…
「まぁそこもネイトさんとちょっとした事業提携を結んでね。そのおかげでここまでの設備を導入できたって訳。」
「事業提携…ですか?」
「なんでもアビドスの復興事業のために万魔殿と取引しててその一環で…。」
と、フウカが種明かしをしようとしたその時…
「なんだとッ!?Bランチ売り切れだって!?」
券売機のあたりで怒号が響き渡った。
見ると数人のゲヘナ生がどうやらお目当てのメニューが売り切れていることに文句を付けているようだ。
「申し訳ありません。先ほど完売しまして…。」
「おいおい、わざわざ来てやったってのにそりゃねぇんじゃねぇの!?
「他のメニューでしたらまだございますのでそちらを…。」
先程ハルナたちを案内していたMs,ナニーが申し訳なさそうに応対しているが…
「分かってねぇなぁ!アタシらの舌はもうBランチの舌になっちゃってんのよ!」
「それが売り切れってなっちゃうち等も腹に据えかねるわけさ!」
「どう落とし前付けてくれるんだこら、あぁ!?」
大人しめのMs,ナニーに調子づきさらに詰めよっている。
そんな光景を目の当たりにし…
「…全く出所して初めての食事で無作法な方々に出くわしましたわね…。」
「ここは一つ…フウカさん躍進を祝って我々が『教育』いたしましょうか♠」
「よぉし、久々に美食研究会として暴れちゃおうか!」
「そうね、私たちの復活を知らしめるのにもちょうどいいわ。」
食に関しての妥協を許さない美食研究会全員の目に剣呑な光が灯り各々の得物を手に立ち上がる。
が、
「待ちなさいよ、アンタ達。」
それにフウカが待ったをかける。
「止めないでくださいまし、フウカさん…。」
「このままでは給食部の一員が壊されるやも…。」
「大丈夫だから。そんなやわな子じゃないわ。」
「それってどういう…。」
血気盛んなハルナとアカリを宥めつつフウカがその方向を見ていると…
「テメェじゃ話にならねぇ!給食部の部長呼んでこいや!!!」
「ぶっ壊されたくなけりゃ言うこと聞いた方がいいぜ!」
さらに不良たちの語気が強くなったかと思うと…
「…敵対的言動を確認。警戒度を黄色に引き上げます。」
先程と打って変わってMs,ナニーの口調が無機質なものに変わった。
しかし、
「何訳分かんねぇこと言ってんだ!?マジでぶっ壊すぞ!!!」
いうが早いか不良の一人が腰に提げていた拳銃を引き抜こうとする。
その時だ。
ズバァン!
「アッツ!?」
Ms,ナニーのスラスターアームに搭載された『レーザーピストル』からその拳銃に向け一筋のレーザーを照射。
銃は一瞬のうちに飴の様にドロドロに溶けて地面に落ちた。
「敵対行動を確認。これより『退店プロトコル』に移行。」
「てってめぇよくもッ!?」
さらに無機質になったMs,ナニーの口調に不良たちは慄きながらも攻撃を加えようとした。
が、
ブシュウウウウウウウッ!
それよりも速くMs,ナニーのアームから白煙のようなものが噴き出し不良たちを包み込んだ。
白煙が晴れるとそこにいたのは…
パキィン!
ガチガチガチ…ッ!
全身を氷で包まれ微かに動く口から歯が鳴る音を響かせる不良たちだった。
「ウッソぉ…?!」
「ね、言ったでしょ?大丈夫だって。」
まさかの光景に再び言葉を失う美食研究会の面々。
考えてみればそうだ。
このキヴォトスにおいて最悪の治安を誇るゲヘナに丸腰のロボットをネイトが送り込むわけがない。
「一応、設備の破壊を抑える用の武装セットを搭載してくれてるの。」
「ち、ちなみに他には…?!」
「冷却砲にカプサイシン高圧噴霧器、鳥もちランチャー…とかかしら。そっち方面はネイトさんのセンスだから私は詳しくは分からないの。」
聞くだけでも食らいたくない武装の数々。
あのネイトが直々のカスタマイズしているのだ。
生半可な武装なわけがない。
「フウカ部長、暴れている方の制圧が完了しました。」
「ありがとう、風紀委員会に連絡してちょうだい。」
不良を制圧し語気も元の柔らかいものに戻ったMs,ナニーに手早く指示するフウカ。
最早こんなことは日常茶飯事なのだろう。
と、ここで…
「…ちょっと待ってくださいまし。」
ハルナには嫌な予感がよぎった。
「何よ、ハルナ?」
「仮の…仮の話ですわよ?もし私共がいつものようにフウカさんに料理を『お願い』した場合は…。」
彼女がフウカにそんな質問をした次の瞬間、
ジャキンッ!!!
『~ッ!!?』
この場にいたMs,ナニーの全アームの銃口が美食研究会全員を捉えた。
さらに、
バゴゴゴンッ!!!
「最高警戒対象『美食研究会』の部長略取の意志を確認。」
「調理プロトコル『ソニー・ビーン』を起動準備。」
「『アバトワールトロン』は『食材』を見逃しません。」
食堂の隅に置かれていたハッチが開け放たれ、なぜかゴム製のエプロンを付けた白と黄色を基調としたカラーリングのアサルトロン型のロボットが飛び出した。
手にはシシケバブとミートフック、ドリルといった物々しい武装が装着されている。
「ヒィッ!!?」
「は、ハルナさんっ!?」
「謝って、早く!!!」
「こ、これは拙いわよ!?」
周囲をMs,ナニーに完全に包囲状態な上に明らかにヤバい雰囲気を放つアサルトロンタイプのロボットの登場にさすがの美食研究会も身の危険を感じた。
が、
パンパンッ!
「はぁい、皆落ち着いて。大丈夫だから仕事に戻ってちょうだ~い。」
フウカが軽く手を鳴らし指示を飛ばすと、
「了解しました、部長。」
「待機任務に戻ります。」
Ms,ナニーは腕を下ろしアバトワールトロンも武装を収めハッチに戻っていった。
「…とまぁ、一応警備員的な役目もあるから気を付けなさいよ。」
「ハ…ハハッ、肝に銘じますわ…。」
自分たちも風紀委員や他学区の治安部隊との戦いで修羅場を潜り抜けてきた自負はあったが…先ほどの状況は背筋が凍り付いた。
36体のロボット、しかも一機一機の戦力は風紀委員以上ともなると…
「こ、この食堂ではもう下手なことはしない方がいいですね…。」
「完全に囲まれた状態じゃ…勝ち目ないね…!」
「こ、怖かったぁぁぁぁ…!」
さすがの彼女たちも下手な行動を控えることを誓うのであった。
すると、
「………まぁそうね。」
「?」
「この子達のおかげで時間に余裕ができたからたまにならあんた達に付き合ってもいいわ。」
フウカがそうハルナたちに提案してきた。
「ほ、本当ですの!?」
「でもっ!!!前みたいに誘拐紛いなことはなしよ!その時は今みたいにあの子たち止めないからね!ちゃんとアポを取りなさいよ、アポを!」
無論、ちゃんと段取りを踏むことが大前提だと付け加えると…
「もちろん!うふふ、それでフウカさんの料理が食べやすくなったと思えば何の苦でもありませんわ!」
ハルナも快く了承。
「そう考えると…ネイトさんにはホントに感謝ですね。」
「うん!だってこれでフウカが私達に付き合ってくれる機会が増えたんだもん!」
「お店の予約とるような物よね。好きな時に誘えないのは残念だけど…。」
アカリ達もこのフウカの提案には賛成のようだ。
食に対する妥協はしないが…それにしてもこのロボット達を相手にするのはさすがに避けたかったようだ。
すると…
「フウカ、通報があったから来たわよ。」
「あ、風紀委員長。」
食堂の入り口に先ほど氷漬けにされた不良たちを移送するためにヒナがやってきた。
「これはこれはヒナさん。ここまで来るのはお珍し…。」
ハルナたちも挨拶しようと振り返るが…再びそこで表情が固まった。
「あら美食研究会、珍しく大人しく食事しているようね。」
確かに食堂の入り口にはヒナと彼女が引き連れてきたであろう風紀委員たちがいるが…
「手配犯『美食研究会』を確認。委員長、指示を。」
「何もしなくていいわ。行儀良くしているしここで戦えばフウカにも迷惑をかけるわ。」
先程現れたアバトワールトロンよりも更に物々しいカスタマイズが施されたアサルトロンがヒナの傍らにいた。
全身を棘だらけの装甲である『スパイクプレート』で覆い両手にはそれぞれステルスブレードと建設用クロ―が装着され胸元に『風紀』と描かれている。
「あ、あのヒナさん…?!そのお隣にいらっしゃるのは…?!」
「この子?ネイトさんからリース契約でウチに来てるの。」
そう、W.G.T.C.のロボットを導入したのは何も給食部だけではない。
ゲヘナ風紀委員会も戦力増強と人員確保のためにネイトとロボットのリース契約を締結。
事務作業用のMr,ハンディーは元より…規則違反者対策としてアサルトロンやセントリーボットまでも導入している。
「元からおっかないのにさらにおっかなくなってるっていうの…!?」
「安心しなさい。規則違反しなければむしろ学校生活をサポートしてくれる頼もしい子たちよ。」
「肯定、私達はゲヘナの秩序維持と学校生活環境の向上を目的に派遣されています。」
「いや…じゃあせめてもう少し大人しいデザインは無かったんですか…?」
「治安維持には威圧感も必要よ。それじゃ私達はこの凍ってる子たちを連れて行くわね。」
そう言い、ヒナは部下の風紀委員に指示し氷像になった不良たちを担ぎ上げ…
「委員長、この規則違反者たちはどうしますか?」
「ちょうど大浴場が空いているわ。湯船に突っ込んでおいてちょうだい。」
一先ずこの氷を解かすために大浴場に運んでいくのであった。*2
「………まぁそう言うことだから。アンタ達も活動するときはほどほどにしなさいね。」
フウカもそう言い、厨房へと戻っていくのであった。
収監中にだいぶ様変わりしたゲヘナの様子を見せつけられ…
「…皆さん、今後のゲヘナ内での活動は迅速果断に行うことを主題にしましょう。」
『異議なし。』
美食研究会は今後の活動方針を即決で決めるのであった。
こうして、少々鉄とオイルの匂いが増えたゲヘナの日常は変わらず進んでいくのであった。
The Connection made by the Swallowtail Butterfly
さて…先の『Operation: Returning Pequod』でひょんなことから人員の派遣を行えたミレニアムだが…
《デカい奴はな…お前だけじゃないんだぞ…ッ!!!ビナアアアアアアアアッ!!!》
《リバティ・プライムッ!!!戦闘を開始するッ!!!》
ドガァァァァァァァァァァァァンッ!!!
「「………。」」
現在、セミナー保有の会議室で作戦中に彼女たちによって録画された映像を視聴しているところだ。
時間にして1時間少々、ちょっとした長編アニメくらいの尺だ。
「………以上が『アビドスのオアシスよりも眩いばかりの病弱美少女ハッカー』にして特異現象捜査部部長のこの私が記録したアビドスとゲヘナを筆頭とした三校同盟による呼称名『ビナー』の討伐作戦の推移になります。」
映像も終わりヒマリがそう締めくくるが…
「「………。」」
報告を受けていたセミナーのユウカとノアは一切反応を返さない。
「…あ…あの、ユウカ?ノア?」
不審に思ったヒマリが声をかけると…
「…あのヒマリ先輩。」
ユウカがゆっくりと口を開き…
「確かに私達は記録をお願いしましたが…その…。」
「その?」
「どこかで手違いがありましたか?」
「………はい?」
思わずヒマリが困惑するような質問を行った。
「いや…こんな日曜日の朝に放送されているようなロボット同士の激しい戦闘なんて…ねぇノア?」
「そっそうですね、ユウカちゃん。もうヒマリ先輩も人が悪いですよ…。こんな凄い映像を編集するだなんて…!」
今度はノアもこの映像が作り物のように発言する。
…まぁ確かに、初見でこんな映像を見せられて現実のものだと思うのはかなり飲み込みずらいのは理解できる。
しかしながら、
「えぇっと…そんな意見も分かりますが…これは正真正銘の先日行われたビナー討伐作戦の映像で…。」
この記録を行ったのはヒマリを筆頭にミレニアムの最高峰の者たちだ。
ヒマリだけでなく、
「おいおい、それは少々不躾な言葉ではないか?これを録画したのは私が作ったドローンだよ?」
エンジニア部部長のウタハに、
「あくまでここでの公開に限ってネイトさんからも許可を貰って編集も一切していないよ。」
ヴェリタスの頭脳であるハレもこの映像は本物だと証言する。
そう、紛れもなくこの映像は本物。
「あれほどの弾速の砲弾をこれほどの精度で…!ガウスキャノン…これが私たちの夢の果て…!」
「一体どうやってあんな巨体を完璧な二足歩行で…!?それにあれほどの重武装も搭載可能なんて…!?」
エンジニア部の居残り組であったコトリとヒビキは食い入るようにガウスキャノンとリバティ・プライムを見つめ自分の持つ知識で解析しようとし…
「発言の内容はさておいて…ほぼ完ぺきな対話が行え指示にも的確に答える高性能なCPUが搭載されてるのは確実ね…!」
「それに戦況に合わせた柔軟な武装の変更と先を見据えた戦術的見地も兼ね備えています…!高度な指揮センターも同然ですね…!」
「こんなシステム…私たち全員がかかってもあんな一瞬じゃ構築出来っこないよ…!?」
ハッカー集団ヴェリタスのコタマにマキ、現在部長を任されているチヒロまでもビナーを相手に高度な連携と分析能力を見せたリバティ・プライムの性能に驚くばかりだ。
そして、彼女たちだからこそ分かる。
この映像に…一切の加工などされていないことが。
「………えぇ、良いでしょう…!この映像の真偽は問いません…!でも、一番信じられないのは…!」
ユウカも苦々しい表情と声音でようやくこの映像が本物であると認めるも…
「なぜ…ネイトさんがこれほどのヘイローと神秘を…!?」
それでもなお…信じ難いシーンをピックアップした。
画面に映し出されていたのは真紅のX-02を纏い蒼白のヘイローを背負うネイトの姿だ。
「過去、外部の人間にヘイローが発現した例は一切ありません…!」
ノアの言うようにヘイローとは本来キヴォトス人の中でも『ヒトの生徒』だった存在しか持ちえない。
後天的な…ましてやキヴォトス人でもない人種の発現は前例がない。
その事象もさることながらヘイローの大きさも規格外だ。
ヘイローの大きさは神秘の出力の大きさと言ってもいい。
その出力のあまり…
「どうしてヘイローの形状までこんなに鮮明に…!?」
本来は不鮮明なはずのヘイローの形状まで分かるほどだ。
「ヒマリ部長、このことに関してネイト社長は…?!」
「残念ながら…詳細はネイト社長からは聞き出せず…。」
「やっぱり生半可なことでは手の内は明かしてはくれませんか…。」
真相を知るはずのネイトも追及をのらりくらり躱し続け判明せず。
「はぁ~…これで少しはネイト社長のことが分かるかと思いきや…。」
「新しく分からないことが一気に増えちゃったね…。」
テクノロジーに縁深いミレニアム生なら多々ある状況だが…あまりにもこれは問題が増え過ぎた。
ガウスキャノンだけでなく自身たちのテクノロジーの理解を遥かに超えた存在であるリバティ・プライムの登場。
そして、ネイトの神秘の発現。
正直、1の成果に対し課題が50くらい増えたような気がしてならない。
「そう言えば…会長はこの件に関しては何か言ってないの?」
チヒロがセミナーの二人にそう尋ねるも…
「それが少し前から『出張』ということで今この学校にいないんです、チヒロ先輩。」
「場所も伝えず赴かれましたので私達もどこで何をしているか分からないんです。」
おそらくこの手の事象にも明るい筈の人材も今はミレニアムにおらずなす術がないようだ。
「………この中で今回の件に少しでも詳しそうな生徒に心当たりがある人はいる?」
八方ふさがりに思え頭の痛みを和らげるように眉間をつまむユウカがそう呟くと…
「…あの子たちならひょっとしたら…。」
ヒマリに一つ心当たりがあるようだ。
数分後、
「で、私たちが連れて来られたってこと?」
「そう言うことよ、モモイ。」
会議室に召集されたのはモモイ達ゲーム開発部の3人だ。
「考えてみれば…ミレニアムでネイト社長と一番最初にコンタクトをとれたのはモモイちゃん達でしたね。」
「そして…未だ現状が不明なあの廃墟区画の水没地帯での活動にも同行している…。」
ネイトのことを理解するにはこれ以上ない人材ではあるが…
「えぇ~ッと…ごめん、ユウカ。」
「…それはどういう意味の謝罪なの、ミドリ?」
「その…ネイトさんとの約束で私達も詳しくは話せないの…。」
「と、というよりも、私達もそこまで、詳しく理解は。していないし…。」
「あの時のネイトさんもあまり自分に何が起こってるか分かっていない感じだったんだよね。」
ネイトがむざむざと情報流出の水漏れ箇所を放置しているわけもない。
ケテル軍団との戦闘の推移の話はしても構わないがそれ以上の…『どう戦った』という部分までの言及はしないよう申し付けられている。
もっとも、あの頃だと『あんな』話をしても信じてもらえないはずなのでモモイ達もそう思い了承していたのだが…
「いやぁ…まさかこうなるとは思ってなくて…。」
「だからごめんなさい、ユウカ…。」
「………あぁもう、抜かりがなさすぎよぉ…!」
こういわれてはユウカも強引には聞き出せない。
ゲーム開発部は数少ないW.G.T.C.との強固な窓口だ。
その部活と彼と交わした約束を強引に反故にしようものなら得られる情報以上に失われるであろうことが多すぎる。
「ひょっとして…ネイト社長がゲーム開発部のパトロンになったのは…。」
「このようなケースを見越して…という可能性もありますね。」
「まさか…と言いたいけど…独立戦争の時の策略の能力も考えると…。」
「デジタルじゃない『人』という強固なつながりは私達でもハッキングできないもんね…。」
このままなす術なしかと思われたが…
「………そうよ。」
「ユウカちゃん?」
「そうよ、人よ。何を難しく考えていたのかしら…!」
ユウカがはたと気付く。
今回の一件、インパクトが強すぎて難しく考えすぎていた。
「だとしたらちゃんと段取りを考える必要があるわね…!」
「ちょっとユウカ、一体何を思いついて…。」
何やらぶつぶつと呟き考えを巡らし始めるユウカにチヒロはちょっと引き気味に声をかけた。
その時、
「パンパカパーン!アリスが会議室にやってきました!」
アリスが少々遅れて会議室にやってきた。
「あ、いらっしゃい。アリスちゃん。」
「何かあったんですか?」
「はい、パパから荷物が届いていたのでそれを受け取っていて遅れました!」
確かにアリスの手には何やら小包がある。
「荷物ですか?」
「えぇっと…まずはモモイ達に。」
「私たち?」
「ウタハ先輩に。」
「何かな?」
「はい、ハレ先輩。」
「ありがとう、アリス。」
「ヒマリ先輩、あとでエイミにも渡しておいてもらえますか?」
「えぇ、承りました。」
その小包の中からまた小箱を取り出し今回この作戦に参加した生徒たちに配っていく。
「ねぇ、開けてもいいの?」
「はい、アリスもまだなので一緒に開けましょう!」
ほぼ同時刻、
「なに、ネイト社長から?」
「うん!アビドスに来てくれた生徒に渡しておいてってお手紙があったよ!」
ゲヘナは万魔殿、
「一体何なのかしら?」
「危険物…じゃないでしょうか、ヒナ委員長。」
「いくらなんでもそれはひどいんじゃない、アコちゃん…?」
風紀委員会、
「シスターサクラコ!アニキからお荷物です!」
「まぁ、何でしょうか?」
トリニティのシスターフッド、
「これが…。」
「ネイトさんから…委員長と私に?」
「フフッ一体何なんでしょうねぇ♪」
ハナコとウイにシミコ、
「え、ネイトさんから?」
「はい、あの日に参加した全員あてに送られてきました。」
「おー初めてのープレゼントー。」
ハイランダーの橘姉妹の元にも届いていた。
そして…
「あぁ、昔のままですね…。」
アビドスは『Cafe Franklin』にてマスターが懐かしむような声を上げてそれを手に取っていた。
それは…かつてマスターがアビドス生徒時代の相棒であるコルトSAAとウィンチェスターM1873カービンだ。
「やっと時間が取れてフルメンテナンスができてな。時間をかけてすまなかった、マスター。」
「何の…こうしてまたかつての思い出に触れられたのならいくらでも待った甲斐があったというものですよ…。」
「しかし、よかったのか?一応要望通り『無煙火薬』に対応する改造は施したがそれだけで…。」
ネイトの腕なら更なる高性能を与えられる改造を施せるが…
「えぇ、これで…これがいいのです…。」
しみじみと言った様子でその銃たちに触るマスターだがその手には一切のよどみがない。
まるでずっと共に過ごしてきたかのような手慣れ具合だ。
「ありがとうございます、ネイトさん。久しく昔を思い出せて胸が躍ってますよ。」
「それはよかった。あと、それから…これはマスターに『おまけ』だ。」
「おまけですか?」
「その銃の持ち主には…これが似合うと思ってな。」
そう言い、ネイトが取り出したのは…
「ほっほっほっ、ボウイナイフですか…!」
革製の鞘に納められた大型のナイフ、ボウイナイフだ。
グリップ部分には今のマスターを表しているのか湯気が立っているコーヒーカップが描かれている。
「抜いてみてくれ。」
「では…。」
ネイトに促され抜いてみると…
「これは…。」
「ミューズのシンボルだ。マスターにはこれが必須だと思ってな。」
刀身に優美なエンクレーブと共に本とハープの彫刻が施されてあった。
「…ありがとうございます、ネイトさん。」
「まぁ記念品として飾るもよし。無論、使ってもよしだ。」
「そうですねぇ…。少し考えて決めようと思います。」
「そうか。そしてもう一つ…。」
「おや、まだ何か?」
「これが…俺からこの作戦に携わってくれたみんなに配ってるプレゼントだ。」
次にネイトが差し出したのは…キヴォトス各所に届けられたものと同一の小箱だった。
「ほぉ、開けてもよろしいですか?」
「ぜひ感想を利かせてくれ。」
「では…。」
そして…その箱の中身を見た全員が…
「わぁ…!凄い…!」
「フフッこの清楚な高嶺の花にふさわしいプレゼントですね…。」
「ほぉ…見事な細工だ…。」
「わぁ…この材質って…。」
「綺麗…アビドスらしい送り物ね。」
「全くネイトさんったらキザなことを…。」
「アコちゃん、表情がうっとりしてるよ。」
「私達には『なじみ深い』ですが…素晴らしい贈り物ですね。」
「わ、わぁ…私には似合いそうに…。」
「何言ってるんですか、委員長。こんなきれいなのに…。」
「ウフフッ私の名前にもピッタリなデザインですね…。」
「おぉーすっごいキレー。嬉しいね、ノゾミー。」
「パヒャヒャッ汚すの勿体ないから大事にしようね!」
「キキキッ…なるほどな…。」
「わぁー!これってイブキの!」
全員が笑顔になってくれた。
その正体は…
「アゲハチョウですね…。」
「ゲヘナの小さな恩人のアイデアでな。」
精巧なステンドグラスで作られたアゲハチョウを模ったピンバッチだ。
「アビドス砂漠の石英砂にゲヘナの『硫黄』やハイランダーの象徴ともいえる『鉄』を着色剤にして作ったんだ。」
「見事な造形ですね…。」
「今回携わった皆…『アゲハ同盟』がなければ成し遂げられなかった…。わずかな時間だが…素晴らしい時間だった…。」
コーヒーを飲みつつネイトもしみじみとつぶやくと、
「ネイトさん、アゲハチョウの象徴は御存じで?」
ピンバッチを見つめながらマスターがそう尋ねてきた。
「?悪い、そういう方面には疎くてな…。」
「『幸運』と『変化と再生』に『不滅』。そして…『精神的な成長』、昔読んだ本にそう書かれてありました。」
マスターから聞かされたアゲハチョウの象徴を聞き、
「………ハハッ、それはまさにぴったりな同盟名だったわけだ。」
ネイトも快活に笑う。
あれほどのメンバーが集まり全員生還できた『幸運』。
参加したすべての学校に齎された『変化』。
アビドス大オアシスの『再生』。
今後無くなるはずのない『不滅』の思い出。
そして…多くの生徒の『精神的成長』。
正に…このアゲハチョウにふさわしい事柄ばかりではないか。
「…マスター。いいものだな、人の縁というものは。」
「えぇ、本当に。」
ネイトとマスター、二人の男は静かに変わり始めているキヴォトスの胎動を感じしみじみと語らい続けるのであった。
友情は世界を一つにする唯一の結合である。
―――第28代アメリカ合衆国大統領『ウッドロウ・ウィルソン』